141005

駒村康平著 「日本の年金」
岩波新書(2014年9月)

少子高齢化の年金制度の現実と課題と社会保障制度のあり方

年金問題はいつも問題だらけで、維持可能なのかどうかも不明なまま微調整を繰り返してきた。特に日本のような「少子高齢化」が顕著に進む社会では、悲観的な見方が支配的である。狭い日本で1億2000万人余の人々が生活しているとストレスも大変で、政治家が「産めよ増やせよ」と音頭を取っても誰が踊るわけでもなく、合計特殊出生率(15歳から45歳までの女性が生涯に産む子供の数)は2005年で1.26で先進国では最低である。これは積年の生活苦の表れで、近年は格差社会で貧困化が進んでいるため未婚者(結婚をあきらめた人)が急増している。年金問題とは生物学的な人口問題と表裏一体で、かつ人口問題がほぼ1世代(30年間)は決定的に動くため、どのような手を打っても、昔生まれた子が子供を産む世代になるまでの過去のことは効果は表れない。つまり現状は決定的で、効果は30年後のことである。こうした生物学的人口問題を年金制度がとやかくできるわけではないとすると、しかも30年後まで決定されているとすると、年金制度の将来図はかなり正確に計算できるはずで、厚生省で独法「社会保障・人口問題研究所」において日夜パラメータシュミレーションを行っていることであろう。従って年金問題は政治家が判断できる部分は少なく、数十年に一度、社会情勢や国体とか価値観が大きく変わるとき、年金制度設計が問題となる。こうしたマクロな社会情勢の変化については、松谷明彦・藤正 巌著 「人口減少社会の設計」(中公新書 2002年)が参考になる。又人口問題については、河野稠果著 「人口学への招待」(中公新書(2007年)が教科書的な解説を与えてくれる。私が年金問題に関心を持ったのは、2007年前後に社会問題化した「失われた年金記録問題」からである。長妻昭著 「消えた年金を追って」(リヨン社 2007年)岩瀬達哉著 「年金の悲劇」(講談社 2004年)を読んだ。いずれも暴露本で、社会的なインパクトが強く社会保険庁を解体に追い込んだ。本書駒村康平著 「日本の年金」のような正統的な年金問題の解説書としては、盛山和夫著 「年金問題の正しい考え方」(中公新書 2007年)があった。盛山氏は「階級・階層、計量社会学、数理社会学などを専門領域としつつ、最近は、合理的選択理論や制度論・権力論の研究にも手を染めている。これは、近代社会の家族や教育や階層の変容を念頭におきながら、そうした変化を規定する近代の社会変動の基本的諸軸、たとえば個人主義化、普遍主義化、合理化など、について原理的に考えておきたいというものである。」という趣旨で書かれている。「年金制度の正しい理解のために」と称して、「高齢化は2004年度年金制度改正の時に前提としていた将来人口予測をかなり上回って進んでいる。厚生省自身がこのままでは年金は大変なことになってしまうと云う意味のメッセージを出し続けていることが、年金への不安を煽って若い人の年金への信頼を崩しているようだ。月額年金保険料負担が、1993年で8400円、1995年には10170円、2007年4月には14100円と引き上げられてきた。未納問題、議員年金、社保庁などは年金問題からすると瑣末なことことであるが、年金総額が40兆円を越える今日では、年金財政バランスこそが日本国政府の最大問題である。この年金財政システム(基礎年金の消費税化、積み立て方式、民営化など)の議論が盛んであるが、年金制度は現代福祉国家の持続可能性に関る重大問題である。福祉国家日本では社会保障費全体で80兆円となり国家一般会計規模であり、年金給付総額は40兆円を超えGDPの約一割近くに相当する。積み立て・民営化方式は国家の年金制度そのものを廃止することで極めて無責任な降参論である。基礎年金の消費税化論では消費税率を大幅に上げない限り(20−30%)給付金額の大幅引き下げは避けられない。本書の結論は年金制度を維持する立場から税支援拡大とスライド式調整による方式を提唱する。」というものであった。

駒村康平氏のプロフィールを述べる。1995年 慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済政策、労働経済学専攻。1993年4月 社会保障研究所研究員。1996年12月 国立社会保障・人口問題研究所研究員。1997年4月 駿河台大学経済学部助教授。2000年4月 東洋大学経済学部助教授から2005年教授になり、2007年4月 慶應義塾大学経済学部教授となった。国との関わりについては、2009年ー2012年厚生労働省顧問、2010年社会保障改革に関する有識者検討委員、2010年社会保障審議会委員(年金部会など)、2012−2013年社会保障制度改革国民会議委員を務めた。主な著書には、「年金はどうなる」(岩波書店)、「最低所得保障」(編著 岩波書店)、「年金と家計の経済分析」(東洋経済新報社)など。慶応大学での研究は「高齢社会を迎えた日本では、年金、医療、介護、生活保護、福祉(児童福祉、障害者福祉)、といった分野での改革が行われています。駒村研究会では、上記の課題について研究を進めています。」という。つまり社会政策全般である。この分野の厚生省が発行する文書として、厚生の指標「保険と年金の動向」(財団法人厚生統計協会)が毎年発行されている。一般書店には置いていないが、「保険と年金」白書のような本である。現状を知るうえで参考になるので挙げておきたい。年金をめぐる社会や経済環境が変化する中で、現在の年金制度の役割、将来の役割、今後の改革を考えてゆかなければならい。年金制度を支配するのはマクロな人口動態つまり年金受給世代と年金支払いの現役世代の比率(高齢化率)であり、年金運用にとって一番大事なことは何%で経済成長が続くかどうかであろう。デフレ状況で現役世代の賃金が上がらない場合、てきめんに年金財政はピンチとなる。そうなると年金給与水準の引き下げや制度改革が必要となる。また改革は年金制度の手直しだけに限らない。医療、介護、生活保護、子育て支援など他の社会保障制度や税制、高齢者雇用、ワークバランスなどと言った政策との連携が必要である。年金制度を取り巻く社会や経済・環境である、@人口(少子高齢化)、A雇用(非正規化化)、B格差拡大(貧困化)、C社会保障財源(財政赤字)と言った背景を考えてゆこう。
@ 人口(少子高齢化): 日本の総人口は2004年より徐々に減少している。とくに15−64歳の生産年齢人口は急速に減少する。65歳以上の人口比すなわち高齢化率は現在25%であるがさらに上昇し、2060年には40%で止まるとみられている。年金財政は100年後の人口や経済を予測して超長期にわたる安定性をチェックしている。しかし誰も100年後を予測できないし、経済は明日のこともわからない。だから年金財政の見通しとは、あくまで現在の「投影」に過ぎない。国立社会保障・人口問題研究所の推計人口は5年に1度行われる国勢調査に基づいている。年金制度も100年先の財政安定性を5年に1度チェックしている。現金給付である年金にとって名目年金額が重要なのではなく、実質的な生活水準の老後を保障することである。このため物価・賃金の変化に対応するスライドが組み込まれている。当面の社会保障の危機は、団塊世代が75歳に達し医療や介護の給付費用が一気に増大する2025年を想定している。2030年の人口動態をみると、人口は2012年に1億2700万人だったが、30年後2042年には1億1400億人と9%弱減少する。現役世代は6700万になり15%減少し、65歳以上の高齢者は3700万人と20%増加し(高齢化率32%)、75歳以上の後期高齢者は2300満員と50%増加(後期高齢化率220%)となる。単独世帯数は全世帯の36.5%となる。単独高齢者世帯数は36.3%となる。65歳以上の高齢者数は2042年にピークとなり、75歳以上の高齢者数は2055年ごろがピークとなる。高齢化は都市部において顕著となり、今後の要介護者の増加、高齢者医療への需要は特に都市部において急増する見込みである。
A 雇用(非正規化): 年金保険や健康保険と言った社会保険は、雇用のシステムと密接な関係にある。1990年以前は日本型雇用システムが定着し雇用は安定していた。正社員を中心とした皆保険・皆年金が成立していた。90年代以降金融資本を中心としたハイパーグロバリゼーションが進行し、日本はバブル崩壊後日本型経営は大きな変動期を迎えた。雇用の選択肢の増大は企業側に多くの利益をもたらし、正社員幹部候補生、専門職、短期非正社員の3つのグループ化が行われ、非正規社員の雇用は大幅に伸び、それが賃金と待遇に大きな格差を生んだ。非常に劣悪な労働条件と低賃金、社会保障制度外しなどで非正規社員は生活給や持家は不可能となった。正社員は厚生年金と健康保険、自営業は国民年金と国民健康保険といった社会保険制度は非正規社員の増加を見込んでいなかった。非正規社員は厚生年金から外れ、国民年金と国民健康保険へ流れ込んだ。ところが企業の負担がないことや保険料が定額制のため低所得者ほど負担が増える逆進性となっている。雇用保険も非正規社員には適用されない。これで負担から解放され一気に楽になった企業が2000年以降中国特需で一人儲けすることができたのである。2013年度の国民年金の未納率は39%、国民健康保険の滞納率は18%に示されるように、非正規社員の貧困化が顕在化し、持ち家も結婚も期待できなくなった。それは社会保障、住宅政策、教育政策などに深刻な影響を与えている。
B 格差拡大(高齢者貧困化): 格差の拡大、貧困の増加は就業構造の変化とグローバル化と技術の変化に関わっている。製造業が国際競争の激化の為海外移転を促進し、労働者の賃金抑制に専心したため、90年代後半から21世紀初期にかけて国内労働者の低賃金化は普遍的となった。バブル崩壊後少し経ってから生活保護の受給者数が上昇し始め、2008年のリーマンショックで加速した。生活保護受給者数は1995年で0.68%であったが、2011年では全年代で1.6%に増加したが、特に高いのが高齢者65−69歳で2.7%であり、70歳以上で2.6%である。ただ上昇率という微分(変化率)で見ると、30−39歳の若年者の貧困率上昇が際立っている。こうしてみると生活保護は年金制度の補完的な機能をはたしている。年金は「防貧」(十分かどうかは怪しいが)とすれば、生活保護は「救貧」事業である。金額的に言えば、生活保護の方が最低賃金制や国民年金よりも高いので生活保護に流れる傾向はないとは言えないが、生活保護は貯金や資産・乗用車の保有制限、親族による扶養義務、行政機関へのアピローチといった点で利用が抑制されているという。稲葉剛著 「生活保護から考える」(岩波新書 2013年)に詳しいが、潜在的には生活保護受給世帯の5倍以上の貧困世帯が存在するといわれる。日本の年金制度は皆年金を謳っているが、実質的にはそうではない。未納を自己責任と切り捨てて分母を小さくし、生活保護で拾えばいいとする考えは、全社会保障の中の移動に過ぎないし、それは必ずしも効率的ではない。
C 社会保障財源(財政赤字): 民主党政権は3党合意による、税と社会保障一体化改革を進め、2014年4月の消費税増税への道筋を決めた。消費税増収分(5%アップ)の10兆8000億円が社会保障給付の安定財源として使われる予定である。社会保障給付金は2012年に約110兆円に達し、財源は社会保険の60兆円、国庫負担の30兆円である。国家一般会計予算は90兆円で、税収は42兆円、歳出−歳入の差額分は国債で補てんしてるため、国際累積額は2013年度で約979兆円に達した。毎年約40兆円の国債を発行し続けると国内資金が持続できるかどうか、国債の格下げにもつながる。日本の財政再建の道筋は極めて困難となっている。田中秀明著 「日本の財政」 (中公新書 2013年 ) は財政規律と予算制度改革を強調している。

1) いまの年金制度

@ 公的年金の役割
社会保障制度とは公的な仕組みでの生活保障である。年金、医療保険、介護保険、雇用保険、労災保険、社会福祉サービス、生活保護、障害者保護などである。現金給付の形で所得を保障する「所得保障」には、年金、雇用保険、労災保険、生活保護がある。2011年で社会保障費用は約107兆円、うち約半分の54兆円が年金に使われた。日本の公的年金は保険料を支払ったことを条件に給付が受けられる。これを「社会保険の原理」という。公的年金は現在高齢者世帯の所得の約68%をしめており、これがなくては生活が成り立たない。そして高齢化率が高い地域ほど年金に依存する割合が高い。まさに高齢者の命綱と言える存在である。公的年金には国民年金と企業で加入する厚生年金、公務員私立学校が加入する共済年金の3本立てである。年金の構造は3階建て(国民年金を基礎年金とし、その上に厚生年金保険、共済年金、国民年金基金が加わり、さらに厚生年金基金という3階構造)となっている。共通部分の国民年金には、20歳から59歳までの国民が加入することが義務付けられている。つまり入口が3つあって出口が一つという構造である。自営業や非正規労働者は「国民年金第1号被保険者」といい、勤労者や公務員は「国民年金第2号被保険者」といい(厚生年金の保険率は17.1%で労使で半分鶴負担する)、第2号に扶養されている配偶者は「国民年金第3号被保険者」(年収130万円以下の専業主婦)と呼ぶ。基礎年金には、65歳以上の老齢基礎年金、遺族基礎年金、生涯基礎年金がある。「受給資格期間」は25年以上である。国民年金を40年間(480ヶ月)納入すると満額の老齢基礎年金は月額6万4400円である。受け取り年金額=(納付月数/480)×64400円である。基礎年金の拠出は複雑な経路を経るが年金特別会計に集められ、受給者に既存年金として給付される。基礎年金保険料の拠出金は厚生年金の保険料総額の約33%である。厚生年金の加入者にとって、国民年金相当分を報酬比例で支払っていると考えられる。

A 厚生年金の給付と負担
老齢厚生年金とは従業員5名以上の事業所に適用され、常時雇用の70歳以下の従業員が対象である。保険料は総報酬に17.1%(2014年8月まで)を掛けて労使折半する。老齢厚生年金の支給開始は2000年の改革で65歳からとなった。ただし当面60−64歳までは報酬比例部分が「特別支給老齢年金」として支給される。2025年より男性は65歳支給となる。年金支給額は標準報酬額と加入月数に比例する。例として1965年に入社し初任給2万5000円でスタートした人が、40年働いて2005年に50万円の時に退社したとすると、ふぃく雑な計算になるが名目賃金上昇率を加味した再評価を行う。この再評価率は時代の変化で変わり、1994年の改革で手取り賃金の上昇率となり、2003年よりボーナスも含めた平均報酬額で計算され「総報酬制」となった。総報酬に掛ける「給付乗律」はかっては1%であったが、1985年の改革で0.548%となった。従って受け取る報酬比例年金額(年額)は再評価後の総報酬額×0.548×月数で、先のモデル世帯の年金は21万8000円となる。厚生年金制度の設計の目安として、「所得代替率」(自分の現役時代の所得の何%が年金として給付されるかの目安)が常にチェックされる。所得代替率とは概ね「受給できる年金額)/(現役時代の平均賃金)のことであるが、分子、分母とも定義が流動的で、計算方法は国によっても異なる。例えばOECDが定義する日本の所得代替率は2013年統計で、35.6%で、フランスは59%、イギリス32%、アメリカ38%、ドイツ42%である。政府が公表している所得階層別の所得代替率は可処分所得を分母とし、2014年時点では月収15万世帯で111%、35万円世帯で62.7%、55万円で49.2%(年金27万1000円=基礎12万8000円+厚生14万3000円)となる。基礎年金は定額制であることから加入期間のみに比例し、厚生年金部分は意外に少ない。だから低所得世帯ほど所得代替率が高くなり得をした気になる。所得代替率の代わりに「マクロ所得代替率」は、賦課方式の年金制度で現役世代と高齢者世代の世代間公平性の目安となる。この水準は現在60%である。高齢化が進むにつれ、このマクロ所得代替率を維持するためには、保険料を上げ続けなければならないので、若い世代の不満が高まった。そこで政府は2004年の年金改革でこのマクロ所得代替率を維持することをあきらめ、高齢化の上昇分だけ年金をスライド率を下げる「マクロ経済スライド」を採用し、所得代替率を下げた(60%×0.84=50%)。老齢厚生年金の仕組みはこれぐらいにして、次に遺族給付を見る。遺族基礎年金が中心で、老齢基礎年金の受給者や60−65歳の老齢基礎年金の被保険者が死亡したとき、18歳未満の子どもがいる配偶者や子供に支給される。遺族厚生年金は亡くなった人に生計を維持されていた遺族に支給される。2012年で遺族基礎年金受給者は11万人、遺族厚生年金受給者h499万人、遺族共済年金受給者は96万人であった。年金のもう一つの柱である障害年金については省略して述べないことにする。

B 2012年の一体改革に伴う年金改革
2012年の民主党政権時代に、社会保障と税の一体改革に関連して行われた年金改革では、国庫負担の1/2負担原則の固定、被用者(労働者)の年金の一体化といった課題が解決した。年金財政の安定化という課題については、2004年の改革では、高齢化の進展分だけ、年金財政の安定化のため年金支給額を抑制する「マクロ経済スライド」は、物価連動においても物価上昇分から1%を差し引いた分だけしか年金額を増やさないために、年金額の実質水準は低下する。物価上昇についてはデフレが続いたためにマクロ経済スライドは機能しなかった。2011年度の年金額は1%程度低下したが「特例水準」で年金を据え置き、労働者の賃金が低下したのでモデル年金の所得代替率は約63%に上昇した。2013年度から特例水準を見直し、年金支給額を毎年1%引き下げることになった。非正規労働者への適用拡大については、2012年度の改革では、週20時間以上、月額賃金8万8000円以上、勤務期間1年以上、従業員501人以上の企業について厚生年金と健康保険の適用対象となった。政府は目標300万人適用拡大を狙ったが、企業の抵抗で30万人にとどまった。2016年度から施行される。つぎに低所得者への年金対策であるが、低所得高齢者への年金に納付実績に連動して最大5000円の加算を行うことになった。低所得者とは老齢基礎年金満額(2015年度77万円)以下の人を指し、推計500万人である。高所得者(550万円以上の所得)の年金の一部支給を停止案は見送られた。老齢基礎年金の受給資格期間を消費税が10%になったら、現在の25年から10年に短縮することも含まれている。65歳以上の無年金者42万人も受給資格期間を満たす場合、17万人が年金受給資格を得ることになる。

C 新たな課題
2012年の年金制度改革で2015年10月より被用者(労働者)の年金の一元化が実施されることになった。その骨子は共済年金と厚生年金の制度は厚生年金の制度にそろえる、実施に当たっては従来組織である共済組合や私学事業団を活用する、共済組合のある公的年金の3階部分を廃止する、恩給は27%引き下げるということである。なぜかというと公務員の方が退職金が400万円も多く厚生事業と調整をはかるためである。公務員はそれほど退職金を貰っていたとは知らなかった。だから公務員天国と揶揄される。こうして厚生年金に国家公務員と地方公務員及び私学教職員も加入して、厚生年金に統一される、公務員は2017年より保険料が厚生年金と同じになる(私学教職員は2027年より)。
日本の社会保障給付のための行政コストは1.79%でOECD平均の3.12%を下回っている。ところが2007年旧社会保険庁の年金記録管理の杜撰さが暴露された。その詳細は長妻昭著 「消えた年金を追って」(リヨン社)などに詳しいので繰り返さない。結果だけ言うと、2006年6月時点で5095万件が宙に浮いていた。統合できたものは1738万件、死亡により浮いたものが1245万件、残りの2111万件は依然解明中である。これらの確認作業に要した費用は4013億円で約1兆9000億円の年金が回復された。この年金記録問題の最大の原因は、国が制度改革を複雑で分かりにくいものに変更するたびに、変更や書き換えを行うときに発生したもので、今後年金記録問題を発生させないために、国が年金制度を複雑にしないことが必要である。このため社会保障にかかわる個人情報照合システムとして2013年5月に「マイナンバー制度(社会保障・税に関する番号制度)」が成立した。(実施は2015年10月が予定されている) ただし医療データーは別制度となる。社会保障の利用者にとって手続きが簡単で行政的には効率的で情報を共有できる。
2012年AIJ投資顧問による厚生年金基金積立金の多大な損出が発生した。厚生年金基金が国から預かって運用する「代行部分」が、一定の水準下回る「代行割れ」が起るリスクが常にあった。そこで大企業の厚生年金基金(連合型基金)は、代行を返上し純粋な企業年金にすみやかに移行した。1999年以降厚生年金本体と基金の財政は一体化が進み、厚生年金基金の必要性は薄れている。中小企業の「綜合型基金」では、不況業種で代行割れが多く発生し1兆1000億円に上っている。代行部分の解散促進のため、2013年6月厚生年金保険法が改正され、厚生年金基金制度は廃止された。しかし優良な厚生年金基金は残っているので、速やかに厚生年金基金制度を廃止し、すべての基金を企業年金に移行させることが望ましい。

2) 年金制度の課題

2003年世界銀行が先進国の年金改革専門家へ何を重点としたかのアンケートを行った結果、第1位は年金制度の持続可能性、第2位は低所得者の保護、第3位は労働者のカバー拡大、であり、あとは経済政策、金融市場であったという。そこで先進国での共通の問題点として、@少子高齢化の中で年金財政の安定性を図ること(マクロ経済スライドにより年金水準の切り下げなど給付抑制策)、A非正規労働者の年金未納問題への対処(国民保健の低所得階層への逆進性)、B低所得高齢者の生活保障(850万人の高齢者は年金のみに依存しており、月額5万円では生活保護を受ける高齢者が急増している)の問題点が浮かび上がった。

@ 年金財政の変化
日本の年金制度は1942年「労働者年金保険」に始まる。そして何度も制度が上積されてきたので複雑怪奇なバロック建築となっている。戦後1954年に定額部分と報酬比例部分の2階建てとなり、積み立て方式で再スタートしたが、すぐに「平準保険料」に変更された。公務員には共済制度、自営業者や零細企業労働者むけの国民年金が発足した。1966年企業年金と厚生年金をあわせて厚生年金基金制度が発足した。高度経済成長期には国民年金額は引き上げが繰り替えされ、1973年度の改革によって自動物価スライド制度が実施され、厚生年金・国民年金は5万円年金を目指し給付も急速に引き上げられた。年金財政は次第にひっ迫し賦課方式の性格を強めた。オイルショック後経済成長が鈍化し出生率の低下の時代となった。1985年の改革で給付を引き下げた。少子高齢化の進行により保険料の上昇は避けられなくなった。1994年の改革では支給スライド率の引き下げ、厚生年金の支給開始年齢の引き上げが決まった。2001年より3年間で1歳づつ上がった。2000年の改革では厚生年金の給与水準を5%引き下げ、65歳以上は物価上昇率のミニスライドさせ、老齢厚生年金の65歳までは年金を支払わないという内容で、この結果所得代替え率は59%まで下がった。急速に進む少子高齢化に対応するため、2004年の改革ではこれまでの改革と180度方針を転換した。保険料の際限ない拡大を止め、将来の保険料の上限を示し、その収入の範囲内で給付を行うというものである。完全賦課方式で報酬比例部分の年金財政を見ると、取り崩しを考慮しないと支出=平均年金額×年金受給者数、収入=平均賃金額×保険料率×現役労働者数であり、支出=収入とすると、保険料率=(年金受給者数/現役労働者数)×(平均年金金額/平均賃金額)となる。(平均年金金額/平均賃金額)は所得代替率の概念に近い、(年金受給者数/現役労働者数)は年金財政の高齢化率である。少子高齢化が進んでも所得代替率を変えないなら、保険料率は引き上げざるを得ない。そこで2004年の改革では2017年以降保険料率を18.3%で固定し、高齢化が進む分だけ所得代替率を引き下げる(下限50%)というものである。つまりこれが「マクロ経済スライド」である。そして概ね100年後の時点で年金給付1年分の罪与え筋を残す。そして5年に一度年金財政を見直すという。ここで注意すべきことは100年後を見通すことはできないので、年金財政の姿を現在の投影で見るということである。絶えず修正を加えて微調整をする。100年程度の長期に予測に基づいて積立金を運用する方が安定した年金制度が運営できるというのである。こうなると政治が入り込んで破綻するリスクは少ないであろう。日銀の金利調整と同じである。2009年の財政検証では、積立金残高は2012年で144兆1000億円と推測されるが、2009年の検証では140兆円9000億円であったので、年金財政は危機的だということではない。

A 低所得者の未納問題
年金財政的には未納者問題は限定的である。現役世代の負担が少し上がることであるが、それよりは未納者が低年金者や貧困高齢者になる社会保障問題の方が重大である。だから対策が急がれるのである。2013年の国民年金第1号被保険者の納付率は60%弱(未納者は毎年2%づつ増えている)である。国民年金は、法定免除、申請免除、学制納付特例、若年者納付猶予が増加すると分母が少なくなり(分母切り)、納付率は上昇する。別に納付金が増収されわけではない。将来の低年金者となる可能性が高いのは、追納もしなくなるからである。2013年度の公的年金加入者は6727万人で、うち1805万人が第1号(国民年金)被保険者である。このうち国民年金未納者259万人と未加入者9万人の合計268万人は公的年金加入者全体の4%である。味能さyの存在は年金財政に与える影響は大きくはない。しかし国民年金の未納者が増えると、基礎年金拠出金に影響する。基礎年金拠出は国民年金と厚生年金と共済年金の納付者が負担している。年金未納者はその分年金を受け取れないから将来の基礎年金給付総額は減少し、財政を苦しめわけではない。しかし現在の年金加入者は多めの負担を強いられるので問題である。年金未納者が増大した主な要因は、非正規労働者の増加と若年労働者の貧困である。つまり格差問題である。国民年金第1号被保険者の自営業者と家族従業員は22%を占めるに過ぎないが、第1号被保険者の多くは非政治労働者である。企業は90年以降代非正規労働者を増やすことで厚生年金企業負担分を節約してきた。そして国民年金は報酬比例制ではなく定額制になっているため逆進性である。今後、未納者が増え高齢化すると、生活保護の受給者が増加する可能性がある。非正規・短時間労働者へ行使年金の適用を拡大することが課題となる。

B 海外各国の年金制度
日本の年金制度が企業の厚生年金、公務員・教職員の共済年金、自営業者と非正規労働者の国民年金という3つのグループからなる制度で、保険方式の基礎年金の上に厚生年金が乗る2階建て方式になっているが、国際的にみると年金制度はさまざまである。3つのパターンが存在する。「ビスマルクタイプ」はドイツ、フランス、イタリア、日本などであり、職域別の賦課方式で、所得比例の給付を特徴としている。「ベヴァリッジタイプ」はニュージランド、アイルランド、カナダなどであり、国民全員を太守とする均一給付のユニバーサル年金である。「ノルディックタイプ」新型タイプ)」はスウェーデン、フィンランド、ノルウェーなどであり、税と年金の一体徴収を行い、無条件で基礎年金を給付することは後退したものの、所得比例年金を基本とし低所得者には「最低保証年金」を用意する。また上乗せ個人年金の加入を強制するという特徴がある。欧州では一般的な公的扶助制度以外に公的扶助を用意している。日本がビスマルクタイプであることは、ドイツを参考に年金制度を導入したからである。そして定額負担定額給付の国民年金はベヴァリッジタイプ的修正である。1985年に両者をつなぐ基礎年金制度に移行した。先進国の年金制度で自営業の取り扱いは所得比例保険料であり、日本だけが定額保険料制である。日本\の厚生年金は労使折半であるが、自営業者の保険料は自営業者全額負担である。労働者も自営業者も同一制度の所得比例保険料を導入している国として、アメリカ、スウェーデンがある。自営業者への賦課は収入ー経費=所得が対象となる。日本でもサラリーマンの課税には収入から大きな所得控除を引いている。これは経費という観点である。現在の厚生年金ではサラリーマンから控除は考慮せず、総報酬に保険料を掛けている。

C 自営業の年金制度
日本で自営業者の国民年金は定額負担定額給付となっているのは、自営業者の所得が掴みにくいからである。1950年の社会保障制度審議会の「1950年勧告」では皆年金が望ましいと言いながら、一般国民については限定的に無拠出年金による裁定保障を示した。さらに1953年勧告では、厚生年金、船員保険、恩給、公務員共済、私立教職員共済組合を統合した総合年金制度を確立し、自営業者への年金適用拡大を図るとされた。自営業者は定額+上乗せが提案された。1957年社会保障制度審議会は「国民年金の早急な発足」を提案した。1959年「国民年金」法案が成立し、1961年より職業別年金制度がスタートした。1961年の国民年金創設に際して自営業者に所得比例年金が提要できなかtt最大の理由は、所得捕捉が不十分だったということである。(自営業者への所得申告をさせているのに、所得捕捉困難とは?) 今日年金加入者に占める自営業者の割合はわずか7%である。2012年度厚生労働省が実施した「公的年金加入者などの所得に関する実態調査」では、国民年金第1号被保険者の内自営業者の平均年収は247万円、厚生年金被保険者の平均426万円に比較するとかなり少ない。高所得の自営業者はすでに厚生年金に移行している。第2号被保険者になった自営業者の平均所得は492万円である。国民年金第1号被保険者とは小規模自営業者、あるいは個人事業主であると思われる。EUの平均貧困率は15%で、ワーキングプアーは7%であった。職業別にみると、サラリーマンの貧困率は6%で、自営業者の貧困率は16%であった。企業が個人事業主と業務委託契約を結ぶケースでは、企業に従属的に働いていながら、雇用関係はないし社会保険は全額自己負担という「偽装自営業者」(偽装請負)であり、これを放置するとますます企業は従業員を削減するであろう。そこでイタリアでは委託契約料から社会保険料の企業負担分を徴収する改革を進めている。イギリスでは1999年から国民保険の保険料を所得税と共に一括徴収している。

3) これからの年金制度

この第3章が本書の中心を占める。本文の約半分(110頁)を占めている。第1章、第2章が現行年金制度の解説、および歴史を書いているので、第3章にこそ著者の社会保障制度関係政府委員としての活動の立場(主張)が込められている思う。日本型労使関係(終身雇用、年功賃金、企業福祉)は90年以降ほとんど崩壊し、社会保障から切り捨てられた非正規労働者への移行が促進されその就労割合は今や3割をはるかに超えた。そして企業の独り勝ち(実感なき景気回復)となり、配分は圧倒的に企業側に有利となった。又女性の集合率は上昇し、家族主義に立つ今の年金制度は女性の市場参加を阻んでいる。これからは年金制度は家族単位ではなく個人本位の制度設計が求められている。そこで本章では8つの観点で今後の年金制度の在り方を考察している。

@ 制度設計:
戦後に生まれた「団塊の世代」は日本だけの現象ではなく、世界各国でこの世代が2000−2010年に年金受給者になった。そのため年金を充実させてきた福祉国家にとってその負担が膨大になることは避けられなかった。保険料の引き上げ、年金支給率の引き下げを検討してきたが、政権与党は選挙の際に年金問題や増税問題を話題にすることは不利になるので、「非難回避行動」をとるようになって改革は遅れがちとなる。原発事故問題と消費税増税問題を前にして2012年12月民主党政権は崩壊したのである。従って年金改革問題は「不透明化戦略」を取り国民には明確な説明責任を放棄してきた。施策が具体化して抑制効果が出ると、それがかえって国民の年金問題への不信感を高めてきた。2004年の改革も分かりにくかった。賦課方式の年金財政は、@保険料の引き上げ、A給付の引き下げ、B現役世代を参加させる、C経済成長により賃金を引き上げるといった方法で安定化させる。しかし90年以降のデフレ期で年金制度の中で打てる手はA給付の引き下げのみであった。そこで年金乗律の引き下げ再評価や受給スライド率(物価上昇分)の引き下げ、支給開始年齢の引き上げ、といったパラメーターの調整が選択肢となる。日本の1985年改正、1989年改正、1994年改正、1999年改正、2004年改正のパラメーター調整は、保険料に引き上げは1994年改革までで、以降は凍結された。支給開始年度引き上げは1994年に65歳となった。2004年改正でマクロ経済スライドが導入された。給付乗率引き下げは1999年改正で5%となった。所得代替率は1999年より69%が59%に引き下げられ、2004年には50%まで低下した。とくに日本のマクロ経済スライドによる給付水準の引き下げは、年金財政の問題を生活保護制度に押し付けるものとなった。しわ寄せを食った生活保護制度がなし崩し的に機能不全になる可能性もある。介護保険への拠出を民間健康保険に押し付け、軒並に健康保険組合が赤字になった例と同じ現象である。他の制度への押し付けは間違いなく両制度の共倒れになるのである。

A 現行制度維持か、抜本改革か、公的年金廃止民営化か:
日本では1985年に基礎年金を導入して以来、概ね5年に一度パラメータによる調整を行い年金財政の安定化を行ってきた。2009年に成立した民主党政権は抜本的改革(パラダイムシフト)を提示し意見を求めた。いま日本の年金制度の何が問題なのかを整理する。日本の制度は先進諸国と同様に賦課方式という世代間送り方式であり、少子高齢化は年金財政の持続可能性を危うくする。これが日本にとって一番喫緊の問題となっている。そして高齢単身世代の貧困化は著しく低所得高齢者への所得保障を拡大しなければ、生活保護に転落することは必死である。さらに現若年層が低賃金のゆえに結婚できないでいる単身者の増加は、30年後の新たな低所得高齢者問題を孕んでいる。国民年金において自営業者は22%に過ぎず、いまや国民年金は非正規労働者の逃げ込み先になっている。労働者の社会保険(健康保険、失業保険、年金保険)を切り捨てた企業の労働コスト削減策だけは派遣法改正という国の保護のもとで、水が低きに流れるように瞬く間に労働市場を支配した。もともと低賃金(生活保護以下の)と相まって、しかも定額納入性は大きな障害(逆進性)となって国民年金の未納問題・非加入問題に発展したのは当然の帰結である。非正規労働者を厚生年金制度に適用拡大することこそ、年金一元化制度を待つことなく、欧州のように企業の契約料に社会保険を負担させることで解決できる。しかし日本では、それなら安い労働力を求めて企業は海外へ移転するという脅しをかけてくることが必至であるが、国が厳とした姿勢を示すことが必要である。自民党政権は選挙では企業献金で成り立っているので、企業減税はやるが、派遣法を撤回することは至難かもしれない。国民年金を定額制から所得比例式に改めるには、まずもって正確な所得の捕捉が必要である。年金の一元化が進んでいるスウェーデン、イギリス、アメリカは、税と社会保険料の徴収一元化が行われている。なお税と社会保険料を別々に徴収している国には職業別分立型年金制度のドイツ、フランス、日本などである。しかも日本の社会保険料、労働保険料の徴収体制はほとんどが分散している。国税庁ー国税、消費税、税関ー輸入消費税と関税、市町村ー地方税、国民健康保険料、介護保険料、日本年金機構ー厚生年金保険料、協会けんぽー国民健康保険料、介護保険料、労働局ー雇用保険、労災保険料、健康保険組合ー健康保険料、介護保険料、共済組合ー共済年金、健康保険料、介護保険料というバラバラの仕組みである。徴収体制や計算式の違いもさることながら、省庁の縄張り意識が根強い。2012年度より厚生年金と共済年金の一元化が行われたが、徴収、運用、給付、記録管理の組織は従来通りバラバラのままである。少子高齢化で公的年金の持続性が心配される中で、賦課方式の公的年金を廃止し、自らの老後年金を自分で準備する民間化積立方式に切り替えるべきという意見も出ている。この意見の出どころがもし国ならば職務放棄に近いし、民間保険会社なら高額な積立金を要求されることは目に見えている。国や企業の負担分がないから高額な保険料になることは間違いないし、これは年金の格差化である。ますます低所得者層は年金の恩恵から遠ざけられるのである。年金制度は経済成長を前提としなければ維持困難に陥ることは自明である。しかし年金制度が実質経済成長率を直接的に高める機能は未知数である。分からないと言った方がいい。年金制度はポジティヴよりはパッシィブ(受け身)で在らざるを得ない。現在でも年金は運用されているし、有力な資金力を持っているが、年金積立金が経済の当事者(全要素生産性の成長率)となるにはリスクが大きすぎるのである。したがって積立方式にすれば高齢化を乗り切ることができるというのは幻想である。

B 高齢者への最低所得保障:
低所得高齢者問題に対して各国はどのような対応をしているのだろうか。年金の枠組みの中で最低所得保障を行っている国として、スウェーデン、フィンランドがある。税を財源とした「最低保証年金」を導入している。年金制度外で高齢者に最低所得保障をこなっている国にはドイツ、イギリス、フランスがある。これを「公的扶助」という。日本でいうと生活保護に相当する。公的扶助の割合を全国民、現役世代、高齢者別にみると、デンマークやスウェーデン、チェコ、フィンランドの高齢者で公的扶助を受けている人はほとんどいない。これらの国では全国民、現役世代ともに公的扶助を受けている人は数%に過ぎない。ドイツでは低所得の高齢者と障害者には年金以外に最低所得保障(月 約10万円)を給付する。全世代で公的扶助を受けている人が多いのはイギリスで、全国民の22%、現役世代で16%、高齢者は26%である。イギリスの公的扶助制度はペンション・クレジットという。資産調査を行い最低保障レベル以下の所得未満の人に差額を支給する。日本でいうと年金≪6万円)をもらいながら生活保護水準(月17万円)との差額分(11万円)を保障される仕組みである。スウェーデンのNDC年金とは、賦課方式のままで拠出建て・個人勘定に切り替える仕組みである。保険料として拠出した額は個人資産として運用され年金額が加算される。低年金車内は「最低保証年金」がNDCに上乗せされる。各国の低所得高齢者対策には注目されることが多いが、もっと注目すべきは欧州の政治的合意のやり方である。年金ワーキンググループには、利害関係者(労使)は含まれず、与野党幹部で構成され、かならず合意する意志の下で、合意事項は破棄しない、WGは非公開とし、合意議事録を作成し、合意後公開する取り決めがあった。利害関係者特に使用者側の意見が強力に作用して何も決められない日本と違い、年金改革の議論の進め方に関する政治的なルールの確立が重視されてきた。

C 抜本改革は可能か:幻の2009年民主党政府改革案
日本の年金改革の抜本的案として2009年に民主党は、最低保証年金とNDC型「所得比例年金を組み合わせたスウェーデン方式年金に類似した案を掲げた。年金制度の一元化、保険料率は15%で固定し、所得比例年金、消費税を財源にして「最低保障年金」を創設する、すべての人が7万円以上の年金が受けられるというものであったが、道筋が明確でなく頓挫した。ここで賦課の対象となる所得の定義が課題であった。自営業に所得比例年金を導入している諸外国では事業収益=事業収入ー必要経費を賦課対象所得と考えている。被用者では「総報酬」(賃金、残業代、手当、ボーナス)が賦課対象になっている。これを自営業者と同じにするには所得≒総報酬ー所得控除とすべきだという意見がある。現在の厚生年金は総報酬額約200兆円を賦課対象にしこれに保険料率15%として、保険料総額30兆円を確保している。これから所得控除(約30%)を引くと総額21兆円となり大幅に減額となる。スウェーデン、アメリカでは自営業者の収益は費用を差し引き、被用者は総報酬を賦課対象としている。勤労者は源泉徴収ですべてを把握されているのに、自営業者の収益については意図的に少なめの所得申告をしているという、所得の捕捉を巡る不公平感がある。税と保険料の納税者番号制度「マイナンバー制度」を採用している国が多いが、マイナンバー制度でも自営業者の所得把握は別問題で難しいことには変わりはない。高齢者の割合が高くなる将来にどのくらい消費税を上げなければならないかを試算すると、最低保障年金の受給者が全高齢者の75%を占めるとすると、消費税率は現行の1.4%高くしなければならない。高齢化率が上昇すると年金レベルが低下するというマクロ経済スライド制では、1/3近くの高齢者の公的年金は5万円を切ることになる。又どこから新制度へ移行するかということも明確になっていない。民主党政権が現行制度を民主党案に近づける地道な連続改革の道筋を示せなかったことが、民主党案が幻に終わった最大の原因である。

D 2014年の年金財政検証:
民主党政権下で行われた年金制度の補修と改革とは、基礎年金の国庫負担1/2を確実にする、税と社会保障の一体改革であり、勤労者年金の一元化、短時間労働者編厚生年金の適用拡大であった。また低年金低所得者向けの年金生活者支援給付金を導入したことがあげられる。2012年末の成立した自公政権では再び現行制度のもとでの年金改革の道筋に戻った。2014年度は5年に一度の年金財政検証の年である。保険料を2017年に固定して、@年金の所得代替え率が65歳の受給開始時点で50%を確保できるか、A100年後に1年間の給付に相当する積立金を保持することを持続可能の要件として年金財政を検証することである。現状の経済状況を投影して100年後の賃金、金利、賃上げ率、物価上率の動きを予測する。此の経済状況という前提を計算する前に、様々な経済パラメーターである貯蓄率、資本減耗率、資本分配率と言った想定「前提の前提」が大切になる。いつも金利や賃金上昇率が高いと批判されるが、かくも経済パラメータの想定は重要なのである。すべての経済パラメーターが専門員会で議論されるわけではない。経済成長は労働要因と資本要因とそして「全要素生産性」の部分が0.5%を巡って議論された。そこでは女性の労働力率が「子ども子育て支援制度」により85%でフラットになることを想定している。年齢別の労働力率は60−64歳は確かに上昇してきたが、65ー69歳では49%で底となった。財政検証では8ケースの見通しが示された。1983年ー93年の全要素生産性まで経済が回復し、同時に高い労働率を確保できるとした5通りのケースと、低い生産性と労働力率の上昇を想定しない3通りのケースが示された。経済前提は経済成長、労働力率、運用利回り次第で年金財政は左右されるので楽観視できる状態ではない。経済前提は政府が想定する標準ケースとして、全要素生産性が1%、物価上昇率が1.2%、賃金上昇率が1.3%、運用利回りが実質3%としている。その年金制度検証結果は、標準ケースと想定される場合、所得代替率が50.6%(2014年62.7%)、厚生年金における基礎年金の比率51%(同58.7%)、基礎年金の低下幅29%、報酬比例部分の低下幅5%であった。実質水準を見るとき、年金には物価スライドと賃金スライドとがあるが、その乖離が20%を超えるときは賃金スライドを採用するという「8割ルール」がある。この「賃金上昇率―マクロ経済スライド」によれば、対賃金比の基礎年金は大幅に低下する。そのため物価上昇率だけで基礎年金の価値を考えると、基礎年金のみに依存する高齢者は社会の豊かさから取り残されることになる。所得代替率の低下の想定は、2004年度の検証では15%程度であったが、2009年と2014年の検証では賃金階層別で月25万円のケースでは22%も低下することになる。年金財政の安定化オプションとして、@デフレ期のマクロ経済スライド、A非正規労働者などへの厚生年金適用拡大、B基礎年金45年加入制度(20−64歳)の3つが議論された。第1にマクロ経済スライドはインフレ期にしか行われず、デフレになると年金水準は高止まりし、次世代が苦しむことになる。従来の年金の財政検証では物価上昇のみを想定していた。しかし2004年から10年間の経済実態はデフレ基調が続き、マクロ経済スライドは実施されなかった。もしデフレ期にマクロ経済スライドを実施すると、1%のデフレ経済では年金額を1%引き下げることになるが年金受給者は大きな負担感を抱くが、マクロ経済スライドを行わなかった場合景気変動のリスクは次世代に転嫁される。第2の短時間労働者への厚生年金の適用拡大として、月額5万8000円以上または週20時間以上を対象とした「220万人加入ケース」、さらに月額5万8000円以上の人に厚生年金を提供する「1200万人加入ケース」を適用すれば国民年金加入割合は現在の22%から11%にまで減少する。国民年金の保険料は定額制で逆進性の問題があり、未納率も高い。賃金比例式の厚生年金の加入者が増加する方が年金制度にとって望ましい。厚生年金の適用拡大は保険料収入が増加するので年金財政を改善する。第3の加入期間を45年に延長することは、国民年金の任意加入性はそれほどの効果は期待できない。だから強制加入性にすると、基礎年金の拠出金額に影響する。計算結果ではマクロ経済スライドや220万人加入拡大では効果は少なく、1200万人加入拡大や、45年間加入制は国民年金の積立金を増加させる。

E 支給開始年齢引き上げという選択肢:
2014年の検証において、労働市場が拡大するケースでは50%の所得代替率が確保できるなら年金支給開始年齢の引き上げは直ちに必要ないが、労働市場が拡大しない想定ケースでは所得代替りつが50%を割る事も有り得る。1959年にせ宇呈された国民年金は初めから65歳支給で、当時の男性の65歳時点での平均余命は約12年であった。厚生年金の支給開始年齢は1973年の60歳まで引き下げられたが、この時点での男性の平均余命は65歳で14年と伸びていた。平均余命は1970年から1975年が急激に伸びた。1985年の改革で支給開始年齢は男性が65歳、女性60歳とされが、男性の60−65歳までは「特別支給の老齢厚生年金」が支給されるので影響は少なかった。1994年の改革で、定額部分については男性65歳、女性65歳に引き上げるとされた。2000年の改革では報酬比例部分についても2013年度から12年かけて、男性は65歳、女性も65歳に引き上げることになった。各国も長寿化によって男性の年金受給期間は伸び続けると予想されている。例えば日本では2030年頃には平均受給期間は20年、2050年には22年と予想され、フランスでは2030年には23年、2050年には24年と予想される。日本では2025年には65歳に支給開始年齢が固定されている。イギリスは2040年の支給かし年齢を68歳にする予定で、ドイツは2029年に支給開始年齢を67歳としている。デンマークでじゃ国民年金の支給開始年齢を2025年から2027年にかけて65歳から67歳に引き上げ、その後は平均余命に連動して引き上げる計算式を用意している。支給開始年齢の引き上げは必然的に高齢者雇用問題と連動しなければならない。2012年「高年齢者雇用安定法」が成立した。日本では支給開始年齢の再引き上げは当面必要ないとして十分議論されていないが、2030年代に67歳支給開始に到達することは必至である。すると高齢者の定義も変わってこざるを得ない。仮に70歳以上を高齢者と定義すると、扶養率=高齢者一人を現役世代何人で扶養するかという定義は大幅に変わってくる。65歳高齢者扶養率は、現在2015年で日本では扶養率は2人、2050年で1.5人である。アメリカは現在4人、ドイツは現在3人である。各国で扶養率は減少傾向にある。日本は少子高齢化という現象が、現役世代の労働者不足社会であるということである。高齢者の雇用問題は、高齢者が年功ギャップを利用して良い条件の雇用を抑えて、若年層にチャンスがなくなるという点である。ほかには低所得高齢者への配慮、健康保険・介護保険への影響、公私年金の連携なども考慮しなければならない。

F 年金積立金の運用:
2014年年金財政検証と併せて「独法 年金積立金管理運用」GRIFという機関(2006年設立)の改革と公的年金積立金の運用の在り方も再検討された。公的年金の積立金は、財政検証で想定された運用利回りを確保するため、GPIFがポートフォーリア(資産運用割合)を設定している。国内債券(国債など)60%、国内株式12%、外国債券11%、外国株式12%、短期資産5%となっている。GPIFの運用パフォーマンスは2014年3月末で、運用資産額は約126兆6000億円で、名目運用利回りは8.64%となっている。2006年から8年間の実質運用利回り(名目から賃金上昇率を引く)は2.78%と良好な運用実績となっている。2014年2月内閣官房の有識者会議がGPIFの改革と公的年金の積極運用を主張した。これを受けて安倍総理は100兆円の公的年金基金の資産運用を自由化する改革を述べ、かつ成長路線にGPIFは貢献する投資を行うという。すなわち国債比率の引き下げと株式比率の引き上げという見通しが生まれた。この有識者会議の見解には問題が多い。まず第1に「公的・準公的資金」である公的年金積立金を、実際には金融市場の活性化、経済成長に寄与する手段として使うことに問題がある。OECDが2009年に「GDIPのガバナンス及び資産運用改善案」を公表し、公的年金の持続性を高めるためにGDIPの独立性強化を謳っている。公的年金の積立金の運用は「厚生年金法第79条の2」で「安全かつ効率的に行うことにより、厚生年金の事業の運営の安定化に資する」という。現在の公的年金は給付の3年分から4年分しか残されていない。しかも100年後には1年分程度まで取り崩すことになっている。年金給付が滞ることがないための準備金である。外貨準備高と同じものであって遊んでいる金ではない。有識者会議は「日本再興戦略」、「経済成長と資金運用の好循環」というレトリック(論理)を使っているが、年金積立金を使って株に投資し株価が上がっても、企業の付加価値を生むわけではない。実体経済と乖離して株価をつり上げて経済が成長するというのはバブルの再現である。民間企業がリスクに消極的だから、公的年金を投入してリスクを取りに行くことは、第3セクター方式につながりいつも損を負うのは公的資金である。もし有識者会議の真意が経済成長にあるなら、その政策のコストやリスクは公的年金の積立金(埋蔵金ではない)に押し付けるべきではない。財政投融資や産業政策で対応すべきものである。と非っさyは有識者会議の議論を厳しく批判している。クリントン政権でも年金の運用は金融市場で売買されない非市場性国債で保有されている。財政上意味のある運用目標は名目賃金上昇率プラスアルファである。(1.6%+α) 賃金デフレでは1.6%以下の運用でもいいし、全額国債で運用していいのである。しかしOECD勧告(独立性とガバナンス強化策)の点からのGDIP改革は進んでおらず、政権の意向で運用委員会のメンバーは大幅に入れ替えられ積極運用派が多数を占めている。運用に対する年金受給者の意見は全く考慮されいない。すくなくとも労使意見の反映や運用成績に対する情報提供が非常に重要になる。開けてみれば財布は博打ですっからかんでは困るのである。


読書ノート・文芸散歩に戻る  ホームに戻る
inserted by FC2 system