小林秀雄全集第1巻    「様々なる意匠」


小説四題から「様々なる意匠」、「アシルと亀の子」などの初期デビュー評論集


初期小説四題:「蛸の自殺」、「一つの脳髄」、「飴」、「女とポンキン」

小林秀雄が文壇にデビューする前に短い小説(是を小説というかどうかは疑問だが)を四題書いていることを知る人は少ない。1922年20歳のときに「蛸の自殺」、1923年に「一つの脳髄」、「飴」、1925年に「女とポンキン」を書いた。当時流行の新感覚派に似た感受性の強い文章で始まる。あまりに短いため筋らしい筋もなく、貴族趣味の激しい嫌人性(俗悪嫌悪)の感情が支配する生理的感覚に満ちた小説である。こんな小説は気味が悪いだけである。ということで誰も注目することはなかったので、小林秀雄の小説制作意欲は消滅したようだ。二度と小説を書くことはなかったので記念碑的存在であろうか。

ランボーT

小林秀雄はフランスの詩人ランボーについて三回著述した。1926年に「ランボーT」、1930年に翻訳「ランボー詩集地獄の季節」と「ランボーU」、1947年に「ランボーV」を著した。ランボーTは「この孛星(はいせい)が、不思議な人間厭嫌の光を放ってフランス文学の大空を掠めたのは、1970年より1973年まで・・・」というあの有名な文句で始まる論文であった。ランボーは自分をパリに呼んでくれたボオドレールにピストルで撃たれて(同性愛の痴話げんか?)その年にパリを出奔し文学的生命に終止符をうった。その歳19歳であった。驚くべき早熟な天才であろうか。凡人の言葉で言えば「直情怪気」、実行家精神でアフリカの砂漠に消えた。小林秀雄は「ランボーの詩弦は・・・触れるもの全てを石断することから始めた。」、「ランボーが破壊したものは芸術の一形式ではなかった。芸術そのものであった。」、「彼は美神を捕らえて刺し違えたのである。」とランボーの宿命を賛美して、ランボーの美とは破壊者の作り出した光芒であるとした。この初めのランボー論のモチーフをなしたのは「宿命の理論」であって、当時の小林秀雄の文学活動を貫くライトモチーフであった。かくして小林秀雄も日本の文学界を破壊し、否定する作業を開始する。

芥川龍之介の美神と宿命

芥川の宿命を「重要なのは自殺なる行動ではなく、自殺の理論である、つまり彼の自殺的宿命である。彼の言葉を借りれば彼の星である。」と規定した。つまり宿命を星と表した。小林秀雄の芥川感は「彼は決して人が信じる様に理知的作家ではないのである。神経的存在であった。」「文学者の脳髄は宿命より美神に向かって動くのだ。芥川氏にはこの方向がなかった。彼は美神の影を追い宿命の影を追って彷徨した。」「芥川氏は消して人生を見ることをしなかった作家である。」で集約される。つまり小林秀雄は芥川を生活感のない神経だけの作家だと決め付けて、美神に近づくことが出来なかった顔のない現象だと断罪した。日本文学の脆弱性を指弾した。ある人が小林秀雄の糾弾の仕方を「香具師の啖呵」のように名文句で印象に残る言い回しの才があると指摘しているが、否定の論法逆説の論法断罪の小気味よさが小林秀雄の持ち味かもしれない。

「悪の華」一面

小林秀雄の初期の文章に見る晦渋さに付き合う方法を述べよう。彼はプロレス中継で有名になった古舘一郎ばりの無内容な言葉を躍らせることが得意であるので、そんな騒がしい言葉にとらわれず、何を言いたがっているのかだけを文脈で追っていけばいい。わけのわからぬ逆説に付き合う必要はない。AはBであるといえば分かることをAでなければBでないだろうといった言い回しでくるのでそんな陥穽に落とされてはいけない。「悪の華」はフランスの象徴派詩人ボードレールの詩集としてあまりに有名である。小林秀雄は「僕の若年の決定的一時期をほとんど支配していたこの本に一種の別離が出来るように思えるのだ」と述べている。小林秀雄の捕らえたボードーレールの一面貌を語っている。徹底した自意識で思索し認識したために、詩人ボードレールは象徴の森を彷徨するのである。その時詩人の魂は忘我を強制され倦怠/退屈を見るのである。「悪の華」は退屈を退屈した燦然とした形骸である。結局詩人は是を創造の理論としたため25歳で枯渇した。というのが小林秀雄のボードーレール論である。とすれば「悪の華」を何か意味のあることとして読む我々の馬鹿さ加減よと自虐的にならざるを得ない。其処へいたる過程の詩人の魂を理解することに意義があり、詩篇は残骸のガラクタだ。

様々なる意匠

文藝評論家の工夫やスタイルを「様々なる意匠」という言葉で表現した。当時の日本文壇の様々なる意匠をざっと述べたもので、ネーミングのうまさの割には内容の浅いもので見るべき論文ではない。ボードレールの象徴主義文藝批評の手法は上の「悪の華」に述べたように己を自覚することであった。マルクス主義文学、「芸術のための芸術」、新感覚派文学の衰弱的傾向、大衆文藝の錯覚によるが根強い人気などを総覧している。

アシルと亀の子 T〜X

「アシルと亀の子」とは「アキレスと亀」のことで逆説の典型である。もっともらしい屁理屈に見えてトリックが隠されている説である。あまりいい意味ではない。総合雑誌文藝春秋に文藝時評を書くことになった小林に対して、堀辰雄氏は「小林は日本の現代小説なんて一つも読んでいないからどうかくのだろうか」と心配した最初の文藝時評である。今までの時評調を一新した小林らしい清新な評論と評されたが、しかし読んだ人の大半には高飛車的で難解でどこまで分かったのだろうかと案じられた時評であったそうだ。アシルと亀の子Tでは中河与一氏の「形式主義芸術論」と大宅壮一氏の「文芸的戦術論」の無内容・形式主義を非難し、アシルと亀の子Uでは三木清氏の「振興美学に対する懐疑」について批評の社会性に難癖をつけ、アシルと亀の子Vでは滝井孝作の文章を「名文に難解は付き物だ」といい、牧野信一氏の文章を理知的にいい文章だと珍しく誉めている。アシルと亀の子Wでは自分の文章の晦渋性を弁解して「評論家のほうが小説家の百倍大変だ」と居直っている。アシルと亀の子Xでは広津和郎氏の「文士の生活を嗤う」を引いて文士の甘さ加減を嘲笑して日本文壇の徹底なさを嘆いている。というようにアシルと亀の子はどうと言うテーマがなくて、小林秀雄の嘲笑罵倒の限りを尽くすやくざな態度が見え隠れして私には好感が持てない。これが若い作者を恫喝し煙に捲く小林氏一流の教祖的態度なのだが、誰も一矢を報いようしない文壇とは変な社会だ。


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