文藝散歩 1
小林秀雄全作品
    
新潮社(第6次小林秀雄全集)
 
わが青春の文学事始に再度チャレンジ
 

かっての大学受験国語試験で、「小林秀雄」の難解な評論は「朝日新聞」とともに引用頻度が高かった。つまりひねりが多くて一筋縄では誤解するといういやらしい文章家である。大学受験引っ掛け問題の典型であった。しかし高校時代には小林秀雄の本は私にとって芥川龍之介、森鴎外と同程度に愛読した。悪の華に代表されるフランス文学、ドストエフスキーのロシア文学や日本的主題である「無常」、「本居宣長」などへの入り口を開いてくれた。いわばわが青春の文学的泉源であった。その後会社勤めになってからは小林秀雄は興味の外になり、ほとんど省みることなく数十年が経過した。会社を辞めて悠々自適になったときふと新聞広告のこの全集が目に留まった。次に何をやろうかと考えていた時だったので金のかからない知的な生活にはぴったりな材料だと判断し、青春時代の文学の師匠であった「小林秀雄」を再度読んでみようという気になった。
本全集は平成15年から刊行されている新潮社第5次小林秀雄全集の普及版だそうだ。定期購読を始めたが平成17年4月で全28巻プラス別卷4巻で完結した。ようやく全巻を読み終えた。そこで簡単な読書メモを作ったほうがいいのかなという気になったので、ホームページに文藝散歩欄を設け「小林秀雄」読後感を記載する。


小林秀雄の文学散歩

「小林秀雄全作品」目次概要から小林秀雄の変遷をたどってみる。1922年の「様々なる意匠」を処女作として評論活動を開始し、フランス文学翻訳者と紹介者としてデビューした。ランボー、ボオドレール、ヴァレリイ、アンドレ・ジイドなどについての評論・翻訳が目立つが、とにかく分かりにくい文章である。私も若かりし頃はこの紹介文を咀嚼不十分で鵜呑みにしていたようだ。今でもよく分からない。なぜ分かりにくいのか考えてみると、若いときの小林秀雄はフランス風言い回しの格好をつけてわざと二重三重にひねって難解にしたに違いない。どうだフランス文学を分からぬ奴には理解できないだろうといわんばかりに。そして本質的にはフランス語の詩や散文には音韻があってもともと音楽的に作られているものを、そんな伝統のない日本語に意訳しても美しさは損なわれているだろう。よさが分からなくて当然かもしれない。ついでロシア文学としてドストエフフスキィの思想(ロシアの文化・社会の悲劇、ツアー専制と正教支配)をしつこく追求していることに感服した。人間の悪魔的幻想の悲惨さを独特の陰惨なリアリズム追求したドストエフスキーの像に迫った。これはついに小林のライフワークと言ってもいい。日本文学評論では、ロシアと同様に西洋化できない日本文学の悲劇として私小説批判とプロレタリア文学批判を主とした評論活動が第2次世界大戦前まで続いた。ところが終戦直前あたりから「無常ということ」を初めとして急速に日本回帰が始まった。これは軍部により表現の対象を制約された文藝人としてやむをえない転進になった。このことが幸いして戦後は矢継ぎ早やに日本文学・文化に関する評論作品になって結実した。平家物語、徒然草、西行、実朝、鉄斎、雪舟、光悦と宗達、本居宣長などの代表作は私たちにも良く分かる内容で実に興味深く読んだことを憶えている。小林秀雄はまた絵画や音楽に対しても造詣が深く、その関係の評論も多い。モーツアルト、ゴッホの手紙、近代絵画、壺、ゴッホの絵などの作品も、同じ趣味を持つ私には分かりやすくうなづく点が多い。小林秀雄氏は骨董品収集家としても有名で、娘の白州正子も骨董家・文化評論で知られる。ということで小林秀雄は戦前はフランス文学・ロシア文学紹介者として活躍し、戦後は日本文化文藝の発掘者として振舞った。物を見る眼は非常に研ぎ澄まされていた一流の評論家であった。

小林秀雄氏の全作品を読み直すにあたって注意すべきは、論点の変遷が激しいことは辛抱してついてゆくこと、否定の否定が多いのであまりこだわらず文脈で捉えること、逆説的表現の目くらましに翻弄されないこと、一流の高踏的態度には平伏しないで言わんとするところに注意すること、かならずしも結論が論理的に導かれていないことが多いので其処はしっかり指摘することなどであろう。そして次第に私の批評のやり方も小林流になってくるので、もう一人の小林秀雄が小林秀雄の作品を評論するとどうなるかということにすごく興味がわいた。果たして成功しているかどうかお楽しみに。本当の自分はどこに行ったのやら。なかったりして。

全内容についてコメントするわけではなく、取捨選択する基準は以下である。第2次大戦後の流行として2,3人で標題を論じた対談・鼎談や座談会形式の文章は頁数は多いが、基本的に小林秀雄個人の作品ではないので(参考的に取り上げることはあっても)これらはコメントしない。さらに短い文芸時評・雑誌の読後感や巻末寄稿文などはあまりに雑文的、私的、時事的なのでこれらはコメントしない。さらに戦争中の従軍記者としての紀行記は歴史的残滓なので取り上げたくない。ということで私がコメントするのは10頁以上の内容を持ち、テーマを持ったまとまった論文に価する作品を対象とする(といってもかなり恣意的な選択であるが)。
別卷1「感想 上」、別卷2「感想 下」はベルグソンに関する未完作品(放棄作品)である。ちょっと読んでみたが、何が書いてあるのかチンプンカンプンで判読不明なので取り上げない。別卷3「無私を得る道 上」は小林秀雄を偲ぶ文、別卷4「無私を得る道 下」は年譜、解題、目録なのでコメントする必要は無い。「無私を得る道」とは誰がつけた題名か知らないがあたかも内容のありそうな題名で紛らわしい。
取り上げた作品は目次概要に記す。


アップした卷番号は赤色に変わります。各卷名にマウスを当てクリックすれば、各卷の読後感想のページが開きます。
<
新潮社「小林秀雄全作品」 各巻概要と読後感想
卷名 収録年 目次概要(取り上げた作品)
1 様々なる意匠 1922-1930 蛸の自殺・一つの脳髄・飴・女とポンキン
ランボーT
芥川龍之介の美神と宿命
「悪の華」一面
様々なる意匠
アシルと亀の子T〜X
2 ランボオ詩集 1930 ランボオ詩集
ランボオU
アルチュウル・ランボオの恋愛感
3 おふぇりあ遺文 1931-1932 マルクスの悟達
文藝批評の科学性に関する論争
室生犀星
谷崎潤一郎
オフェリア遺文
4 Xへの手紙 1932-1933 小説の問題T、U
逆説というものについて
Xへの手紙
アンドレ・ジイド
批評について
「未成年」の独創性について
5 「罪と罰」について 1934 「罪と罰」について  T
レオ・シュストフの「悲劇の哲学」
林房雄の「青年」
「白痴」について T
文章鑑賞の精神と方法
6 私小説論 1934-1935 翻訳 バレリィ著「テスト氏」
私小説論
新人Xへ
「地下室の手記」と「永遠の良人」
7 作家の顔 1936 作家の顔
純粋小説について
文学者の思想と実生活
トルストイの「芸術とは何か」
現代詩について
アンドレ・ジイドの人及び作品
8 精神と情熱とに関する81章 1936 翻訳/アラン著「精神と情熱に関する81章」
9 文芸批評の行方 1937 ドストエフスキーの時代感覚
菊池寛論
「悪霊」について
文芸批評の行方
10 中原中也 1937-1938 中原中也、中原の遺稿、死んだ中原
志賀直哉論
山本有三の「真実一路」を廻って
11 ドフトエフスキーの生活 1939 ドストエフスキーの生活
12 我が毒 1939 翻訳/サント・ブウヴ「我が毒」
「テスト氏」の方法
13歴史と文学 1940-1941 アラン「大戦の思い出」
環境
文学と自分
歴史と文学
林房雄
14 無常ということ 1941-1945 伝統
「カラマンゾフの兄弟」
当麻
無常ということ
平家物語
徒然草
西行
実朝
15 モーツアルト 1946-1948 モーツアルト
ランボウV
光悦と宗達
16 人間の進歩について 1948 チェホフ
「罪と罰」について
17 私の人生観 1949-1950 鉄斎U
中原中也の思い出
私の人生観
蘇我馬子の墓
18 表現について 1950 雪舟
表現について
ペストT、U
金閣焼亡
ニーチェ雑感
偶像崇拝
19 真贋 1951-1952 真贋
政治と文学
「白痴」について U
20 ゴッホの手紙 1952-1953 ゴッホの手紙
21 美を求める心 1954-1958 菊池寛
ハムレットとラスコオリニコフ
ドストエフスキー七十五年祭における講演
美を求める心
鉄斎 V、W
22 近代絵画 1958 近代絵画
ゴッホの病気
論語
23 考えるヒント 上 1959-1960 考えるヒントシリーズ(プラトンの国家、歴史、言葉、役者、ある教師の手記、ヒットラーと悪魔、平家物語、プルターク英雄伝、忠臣蔵T、U)
本居宣長「物のあわれ」の説について
24 考えるヒント 下 1961-1963 考えるヒントシリーズ(学問、徂徠、弁名、考えるということ、ヒューマニズム、福沢諭吉、還暦、天と言う言葉、哲学、天命を知るとは、歴史)
25 人間の建設 1964-1965 批評
常識について
26 信じることと知ること 1966-1976 中原の詩
生と死
信じることと知ること
27 本居宣長 上 1977 本居宣長(1章-31章)
28 本居宣長 下 1977-1982 本居宣長(32章-50章)
本居宣長補記 T
本居宣長補記 U
別卷1 感想 上 1958 小林秀雄が発刊を禁止した未完のベルグソン論
別卷2 感想 下 1958・1981 小林秀雄が発刊を禁止した未完のベルグソン論
未完・正宗白鳥の作品について
別卷3 無私を得る道 上 1922-1930 23人の知人が語る小林秀雄の印象
別卷4 無私を得る道 下 1922-1930 年譜・作品解題・著者目録


随筆・雑感・書評に戻る   ホームに戻る
inserted by FC2 system