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池内 了著 「科学者と軍事研究」 
岩波新書(2017年12月20日)

防衛省と大学の共同研究制度「安全保障技術研究推進制度」で大学は何を失うか

池内氏は本書を上梓する1年半前の2015年夏に「科学者と戦争」(岩波新書)という書を出している。従って「科学者と戦争」が前編で、本書「科学者と軍事研究」が続編になるようだ。「軍学共同」、「大学の軍事研究」、「科学の軍事化」といった言葉もようやく市民権を得て普及し始めた。共同というと対等な関係に見えるが、実は軍(自衛隊)がスポンサーになって、「学」に軍事研究の下請け機関化するものに他ありません。学が培った知的成果や知的財産を軍が買い取り、軍事利用のために独占するということになります。2015年に発足した「安全保障技術研究推進制度」を中心とする軍学共同開発の実体を前編で2016年度テーマ募集までの動きをまとめ、続編である本書で2017年度テーマ決定までの2年弱の動きを述べたものです。今大学は国家が導入した厳しい競争環境の下で、国民の公共財としての知の探究と継承をおこなう「知の共同体」から、経済論理に縛られて効率を求められる知を商品化する「知の企業体」と化しつつある。国による「大学改革」の押し付けがあり、大学の財政逼迫の問題から「軍学共同」へ導く背景が伺えるのである。このような軍学共同が急展開するようになったのは、2013年12月17日になされた安倍内閣の3つの閣議決定である。安倍内閣の「積極的平和主義」の名のもとに行われる軍拡路線展開であった。以下に3つの閣議決定を記述する。
@ 「国家安全保障戦略」で、デュアル・ユース技術(軍民両用技術)をはじめ、「産官学の力を結集させて、安全保障分野に有効に活用する」
A 「平成26年度以降の防衛計画大綱」で、「大学と研究機関のとの連携の充実により、防衛にも応用可能な技術(デュアル・ユース技術)の活用に努める」 軍と学の連携に踏み込んでいる。
B 「中期防衛力整備計画」で、上記@とAを繰り返し述べている。
この閣議決定を受けて、2014年6月に防衛省より「防衛生産・技術基盤戦略」が出され、「大学・国の研究機関における有望な目だし研究を育成するたっめに、防衛省独自の基金制度を設ける」として、2014年夏に「安全保障技術研究推進制度」として防衛省が予算化する委託研究制度が決定された。2015年初年予算は3億円、2016年予算は6億円、2017年度予算は110億円に増額された。これに対して、日本学術会議が2016年5月に「安全保障と学術に関する検討員会」を発足させ、議論が戦わされ著者も参考人として呼ばれた。2017年3月24日に、50年ぶりに「軍事的安全保障研究に関する声明」が出され、4月13日には声明に付属する「報告」を採択した。政府・防衛省が進める軍学共同研究路線に足して基本的に拒否の態度を表明した。防衛庁装備庁のこの委託研究制度とは独立して、以前から進んでいる日本の科学の軍事化について、そして米国の資金関係は研究者の間に浸透していた。日本政府は第4次産業革命論の美名のもとで、海外(主としてアメリカ)との武器共同生産や武器輸出を本格化させようとしている。ここで日本の研究者側にもある「軍学研究許容論」の倫理、論拠、その背景を考えなくてはならない。今科学と大学を取り巻く状況は非常に深刻になっており、このまま続くと日本の科学のみならず学術全体の実力低下は確実に起こるであろう。それは日本の衰退にもつながるのである。このような危機意識をもって本書は書かれた。

池内了氏の著作で私が読んだことがあるのは、池内了著「疑似科学入門」(岩波新書2008年)だけでした。その本の内容は、「疑似科学」とは「科学に似ているが、どうも疑わしい」という意味らしい。同じような言葉に「似非科学」は「似て非なるもの」という意味で科学ではないと断定しているところが異なる。本書の「疑似科学入門」ははっきり嘘だとわかる「似非科学」を第1種、第2種疑似科学と分類し、グレーゾーンの「疑似科学」を第3種疑似科学といって、本書の主題とするのである。著者によると、本コーナーでも取り上げた蔵元由紀著 「非線形科学」が話題とするカオスやシンクロや自己組織化なども第3種疑似科学にいれられ、「非線形科学」もまだ市民権を得ていないようだ。現代は科学の時代といわれながら、結構非合理がまかり通っている。それはそれで人生を面白くはしているのだが、非合理を簡単に許容すると人間は考える力を失う。デカルトも言ったように考える事は人間の存在理由であるのだが、情報社会やメディアの蔓延で考えることを「お任せ」してしまうと、結局信じるかどうかだけになってしまう。そこへ疑似科学が侵入してくるのである。論理の積み重ねと経験で自分の頭で考えることが大切な事で、自分が観客になった「劇場化政治」や「観客民主主義」は政治家に取り込まれてしまうのである。ということで結構面白い内容でした。もやもやとしたものにロマンを感じるひとはかなり多いはずです。しかしそれは根拠のないおしゃべりの範囲に入るようです。今回の「科学者と軍事研究」とはかなり歴史的、政治的で、それなりの自己の姿勢が問われる問題です。このような本を書かれる池内氏を取り巻く大学の環境変化をもたらしたのは。2012年度末に成立した第2次安倍内閣が打ち出した防衛力強化(軍国主義復古)政策によるものです。池内氏は急速に右傾化する安倍内閣の大学政策に立ち向かう活動を開始しました。池内氏は学究の人ですので世間の認知度は大きくはありませんので、まず池内氏のプロフィールから紹介します。池内 了(1944年12月14日生まれ、兵庫県姫路市出身 )氏は、日本の天文学者、宇宙物理学者。現在は総合研究大学院大学名誉教授、名古屋大学名誉教授。世界平和アピール七人委員会の委員でもある。「九条科学者の会」呼びかけ人も務めている。経歴は以下です。
1963年:兵庫県立姫路西高等学校卒業
1967年:京都大学理学部物理学科卒業
1972年:京都大学大学院理学研究科物理学第二専攻博士課程単位取得満期退学(1975年1月修了)
1972年:京都大学理学部助手
1975年: 京都大学理学博士 「銀河の構造と進化 : ガス,星の存在比に着目して」
1977年:北海道大学理学部助教授
1984年:東京大学東京天文台助教授
1988年:国立天文台理論天文学研究系教授
1992年:大阪大学理学部宇宙地球科学科教授
1995年:大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻教授
1997年4月:名古屋大学大学院理学研究科教授
2005年4月:早稲田大学国際教養学部特任教授
2005年5月:名古屋大学名誉教授
2006年4月:総合研究大学院大学先導科学研究科教授・学長補佐
2007年4月:総合研究大学院大学理事・葉山高等研究センター センター長
主な著書は一般読者向けでは、「科学者と戦争」、「疑似科学入門」(岩波新書)、「科学のこれまで、科学のこれから」(岩波ブックレット)、「大学と科学の岐路」(リーダーズノート)、「科学・技術と現代社会」(みすず書房)等があります。

第1章) 安全保障技術研究推進制度について

2015年度からスタートした安全保障技術研究推進制度の状況を16年、17年と比較してまとめる。それから各年度の特徴を記してゆきたい。この3か年の応募件数と採択件数を比較すると、2015年度に109件もあった応募数が2016年度には44件と激減し、2017年度の応募件数は104件と元に復した。この年の6月に自民党国防部会が予算を100億円に増額させるため、自民党国防部会長の議員を財務副大臣に任命し、これを受け防衛省は110億円の概算要求を行ったばかりである。公募・採択件数の年度経過を年度別(2015,2016,2017年度)に記すと、合計応募件数は(109,44.104) 合計採択件数は(8,10,14)となり、大学から応募および採択件数は(58,23,22) (4,5,0)で、公的研究機関からの応募、採択件数は(22,11,27) (3,2,5) 企業からの応募、採択件数は(29,10,55) (2,3,9)であった。2016年度の応募件数は激減した理由としては、著者たちの「軍学共同反対アピール署名の会」と「大学の軍事研究に反対する会」が合同して、2015年4月末に「軍学共同反対連絡会」を結成し、反対運動を繰り広げたことも一因かもしれない。またマスコミ(東京、朝日、毎日新聞)が軍学共同問題に関心をもって批判的記事を書いたことも関係するかもしれない。また2015年5月から9月にかけ「安保法制反対」運動が大学において高まったことにも関係があるだろう。2015年度と2016年度に採択された課題についていくつか共通するテーマがあることに気が付く。2015年に採択された「海中ワイヤレス電力伝送じぎゅつ開発」、「光電子倍増管を用いた適応型水中無線通信の研究」と同じテーマが2016年度も採用されていることから、通信線を使わない情報伝達や電力伝送を行う技術開発に防衛省は関心を持っているようだ。無人航空機や無人艇の開発は防衛装備庁と海洋研究開発機構との「技術協力」がすでに行われている。これは情報交換が主であるので、予算化はなされていない。2016年の採択テーマの特徴として、「マイクロバブルの乱流境界層中への混入による摩擦抵抗の低減」は船などの速度向上を狙ったものである。また「吸着能と加水分解反応に対する触媒活性を持つ多孔性ナノ粒子集合体」開発は2015年度に同一内容の課題があった。いずれもナノ粒子の特性を生かして有毒ガスの吸着分解材の開発である。毒ガス対策の装備である。2015年度と2016年度の「光、電波を吸収するダークマテリアルの開発」はステルス機に装備する物質の研究課題である。ここで防衛装備庁の研究課題にはすべて「基礎研究」と記しているが、これは学術研究をさすものではなく、官庁用語で「戦略的・要請的な研究」を意味するもので実は応用研究のことである。2016年5月自民党の国防部会(大塚部会長)は次の3項目の提言を安部首相に提出した。
@ 安全保障技術に関する指令塔となる「綜合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に防衛相も参加し、生来国防科学委員会を設立する。
A 「技術的優位」(少しでも敵より優位な武器を持って敵を殲滅する思想)を確保するための戦略的な研究開発の推進を図ること。武器研究のための「安全保障魏jy津研究推進制度」を100億円規模に拡大し、大学や民間企業を動員すること。
B 装備品の国際化への戦略的対応のため、兵器生産技術の民間転用(デュアルユース)と海外移転を念頭に置いた開発を行い、「防衛装備移転三原則」を活用すること。
防衛省は2017年度概算要求に5兆1千億の予算を提出し、そのなかで「安全保障技術研究推進制度」として110億円を要求した。

2017年度の募集要領は反対運動に考慮しつつ、応募者に軍事研究に巻き込まれる懸念を持たせないよう慎重な表現をしている。本制度の運用について次の4項目を強調している。
@ 受託者による研究成果の公表を制限することはありません。
A 特定秘密をはじめとする秘密を受託者に提供することはありません。
B 研究成果を特定秘密をはじめとする秘密に指定することはありません。
C プログラムオフィサーPOが研究内容に介入することはありません。
研究成果の公開に関して、これまでの公募要領・委託契約書・委託契約事務処理要領におのおの異なった文言が使われていた。2016年度の公募要領には、
@ 制度の概要:成果の公開を原則としています。
A 本制度のポイント:成果の公開を原則とします。ただし研究期間途中の成果の公表は、事前に防衛装備庁に届ける
B 研究成果の外部への公開が可能です。実施期間中の公開にあっては事前に通知が必要です。担当POと調整の上、委託契約事務処理要領に定める「成果公表届」を事務局に提出すること。
2015年度の委託契約事務処理要領第31条には「発表の内容、時期などを防衛装備庁の書面による事前の承諾を得るものとする」、2015年度委託契約書第35条には「成果を外部に発表するにはその内容を、あらかじめ防衛庁経理室に確認するものとする」となっている。このように一貫性のない記述にクレームがついて、2017年度の募集要領となったようである。2017年度2月改定の事務処理要領では36条では「成果を制限なく公表することができる。この場合公表する内容を防衛装備庁に通知する」など一応表現はソフトになったといえど、研究者は公表前にPOに通知しなければならないことは変わらない。2017年度の募集要領の第2項目とだい3項目は特定秘密に関わることで、これまでの公募要領には書かれなかった事柄である。2016年度の公募要領には「特定秘密の保護に関する法律、日米相互防衛援助協定に伴う秘密保護法による特別防衛秘密にする情報が委託先に提供されることはありません」という文言のみであった。つまりAの項目のみであった。2017年度はBの項目を追加したのである。実用化に向けた成果が出た場合直ちに「特定秘密」に指定され、公表などがかなわな場合が懸念されたので追加した。しかしこの判断は防衛省の一部局である装備庁が公表できるといっても、本省である防衛省がNGといえばそれに従うのが原則である。もう一つの問題は、委託された各研究課題に防衛装備庁の担当者がPOとして受託研究者を助言し、研究計画・研究内容・予算の執行・成果の公表などについて、介入・干渉・指図・強制をしてくる可能性が懸念される。2016年度の公募要領にPOが言及されているのは、2.1選考・評価体制の項である。「研究課題の進捗管理は、防衛装備庁のプログラムディレクターPDの指示のもと、プログラムオフィサーPOが中心となって行う。研究実施者はPO と密接な連携を図り、運営全体の事務取扱は、PDの統轄のもと防衛装備庁技術戦略部技術振興官が担当する」POは日常的に研究現場において口を出すと考えられる。研究者はPOがスポンサー面して研究に介入してくることを不愉快と思うであろう。そこで2017年度の募集要領の第4項目「プログラムオフィサーPOが研究内容に介入することはありません」を追加したのである。2017年度は「研究の進めかた」を大幅に書き換え、「POが行う進捗管理は研究の円滑な実施の観点から、研究計画や研究内容について調整、助言または指導を行う。ただしこれは研究費の不正な使用など不正行為を未然に防ぐためである」となっているが、後半の「不正な行為」は異様な理由付けであり、進捗管理は研究の円滑な実施のためという目的に矛盾している。

2017年度の公募要領で劇的に変化したのは、公募する研究テーマの内容である。この研究委託制度は、防衛庁装備庁が募集する研究テーマを提示し、それに応じて研究者が自分のアイデアによる提案を行う。それを審査して採択課題を決定する。公募研究テーマ数は2016年度は20件であったが、2017年度は30件に増やした。(すべてのテーマの末尾には「基礎研究」と名付けていることは先に書いたので、各テーマ名の末尾の「・・に関する基礎研究」は記さない。) 公募テーマから防衛装備庁が欲しがっている軍事技術を見てゆこう。2017年度の「複合材料接着構造における接着海面状態と接着力発現」、2015年度にも「構造軽量化を目指した接着部の信頼性、強度向上」が採択されているので、航空機などの部材接着信頼性が問題となっているのであろう。2017年度公募テーマ「赤外線光学材料」は、15年、16年にも「赤外線の放射率を低減する素材」を挙げており、17年度はより一般的なテーマとなっている。ステルス機、赤外線写真に適用を考えているのだろう、2017年公募テーマの「高出力レーザー」は15年、16年にも掲げていた。光源だけでなくレーザー利用も考えて広い内容となっている。16年には「YAGセラミックレーザー」が採択されている。ミサイルの電子部品の破壊を狙ったテーマであろうか。2017年度公募テーマの「高出力・高周波半導体技術:、「超小型センサーチップ」はデジタル技術開発で、「高速化演算手法」、「移動体通信ネットワークの高性能化」、「サイバー防御技術」はコンピューター技術開発テーマである。2017年度公募テーマ「サイバー防御御術」はAI関係の技術開発である。15年度、16年度の公募テーマであった「水中移動体や水中通信の手法」、「有毒ガス吸着材」、「ステルス機の塗膜材料」、「高性能ジェットエンジン、超高速エンジン」などについても2017年度にも掲げられている。2017年度研究テーマ採択結果を見よう。大学からの公募数は22で採択は0であった。公的研究機関の公募数は27で採択は5であった。企業の公募数は55で採択は9であった。総計104の公募申請テーマに対して採択テーマは14であった。なお公募テーマはその規模から小規模研究(3000万円以下,原則3か年)と大規模研究(最大20億円、原則5年)に分けられる。その比率は小規模研究の方が少し多い。2017年度の公募数・採択数ともに企業からのテーマが主役になっていて、公的研究機関がそれに次いでいる。企業が「安全保障技術研究推進制度」に本格的に参入することは明白である。公的研究機関は学生教育義務がないことや予算が厳しいことから、今後「軍学共同」の本命になっていゆくだろう。2017年度採択の小規模研究テーマ(8つ)には、@不均質媒質内埋蔵物の高分解能な立体形状推定、ACFRP接着海面域におけるエポキシ当量測定、B海水の微視的電磁波応答の海底下センシング、C半導体の捕獲準位に電子蓄積する固体電池、D超広帯域透過光学材料・レンズ、E不揮発性高エネルギー密度二次電池、FMUT型音響メタマテリアルによる音響インピーダンスの制御、G超高温遮熱コーティングシステムである。大規模研究テーマ(6つ)には、@極超音速飛行に向けた流体・燃焼、Aフォトニクス結晶による赤外量子カスケードレーザー、B無冷却タービンのための革新的材料、C共鳴ラマン効果による大気中微量有害物質遠隔計測、D極限量子閉じ込め効果を利用した高出力・高周波デバイス、E複合構造における接着信頼性管理技術の向上である。委託研究機関の特徴として、大学からの採択はゼロである。しかし分担研究機関としての参加は5件もある。公的研究機関としてJAXAが3件、物材機構が1件、企業については日立が2件、東芝マテリアル、パナソニック、IHI、三菱重工、富士通であった。こうして軍産連携と産学協同を結び付けて軍産学複合体とする意図であろう。

第2章) 日本学術会議の態度表明

2012年宇宙航空研究開発機構JAXA法から「宇宙開発は平和目的に限る」という条項が削られる問題が起きた時「JAXA法改悪反対インターネット署名の会」が結成された。その時以来の著者たちの仲間4名が中心となって「軍学共同反対アピール署名の会」を立ち上げ、2014年7月記者会見を行って本格的な運動を開始した。著者は9年間日本学術会議の会員であったので、日本学術会議に働きかけるべく手紙を書いたという。当時の大西会長は自衛のための軍事研究は許容されるとする意見であったが、2015年4月に動き出した防衛装備庁の安全保障技術研究機構を問題とする日本学術会員が増えてため、2016年5月に日本学術会議としてこの問題を議論する日本学術会議の「安全保障と学術に関する検討委員会」を発足させることになった。検討委員会でまとめられた意見が合意に達し、2017年3月に「軍事的安全保障研究について」が発表された。軍事研究反対声明は1950年と1967年以来50年ぶりの声明であった。その前に日本学術会議の会員選出について説明しておこう。日本学術会議は戦後民主主義の精神に則り、1949年に内閣総理大臣の管轄で総理府の機関として発足した。当初日本学術会議の会員選出は一般選挙で、修士卒業程度の研究者が有権者登録を行い、5年以上の研究歴がある専門研究者を、全国区と地方区で無記名選挙を行い210人の会員を選出した。日本学術会議は原子力の平和利用の自主・独立・公開の三原則を提案するなど日本の学術界を統括・先導する役割をはたした。時がたつにつれ、高等教育の運営を任された文部省は大学を管轄下において、日本学術会議を骨抜きにするべく、研究面での権限を徐々に奪っていった。概算要求という実務においても、文部省は日本学術会議に諮問せず、文部省自前の審議会で出来レースの答申を得るようになり、日本学術会議は理念だけを議論する形ばかりの組織となり文部行政から疎外された。こうして予算や実務は文部省が独占し、日本学術会議は悉く無視され、忘れられた存在となった。政府は日本学術会議に会員選出法の改革を要求し、1985年に選出法改正が行われた。日本学術会議に「登録された学術研究団体からの会員推薦法に変わった。日本学術会議が持っていた各種の権限(共同利用研究、科研費審査委員の推薦)は縮小され、学術研究の基本的施策を議論する場となった。また1999年頃に始まった国の行政改革にあわせて、2001年には内閣総理大臣から総務大臣の管轄になった。2005年に再度改革が行われ、@内閣総理大臣の所轄とし、内閣府の特別の機関とする、Aこれまでの7つの部会制をやめ、3つの部会制にして各部会は70人、それ以外に2000人の研究連絡会員とする、B会員の任期は二期六年、70歳定年とする、C次期会員と連絡会員は現会員と連絡会員の推薦によって候補者を決定し、内閣総理大臣が任命する。日本学術会員が学会のボスが禅譲してゆくものとなった。日本学術会議の会員は自動的に総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の委員となるので、政府の御しやすい審議会となってしまった。日本学術会議の職務・権限を「幹事会」(16名)に委任できることになり、日本学術会議は16人のボスがコントロールできるのである。日本学術会議の「安全保障と学術に関する検討委員会」が議論を開始したのは2016年5月からであった。想定されていた審議事項は、@1967年決議以降の状況変化をどう見るか、A軍事的利用と民生的利用つまりデュアルユース問題、B安全保障研究が学術の公開性、透明性に及ぼす影響、C安全保障研究の研究資金の導入が学術研究全般に及ぼす影響、D研究が適切であるかどうかの判断が個々の科学者に委ねられるか、機関に委ねられるかを挙げた。防衛軍事研究は許容されるとする大西会長としては、審議の明確な結論は求めるべきでない意向であった。15名からなる検討委員会が6月14日に発足した。2017年3月まで検討委員会を11回開催し、2017年3月の幹事会での「声明」の決定、4月13日に幹事会における「報告」の承認で審議は決着した。なお検討委員会は一般と報道関係者に公開された。

2016年11月18日の第6回委員会で、防衛装備庁の職員2名と著者(当時名古屋大学名誉教授)が参考人に呼ばれ、論戦を行った。防衛装備庁は「安全保障技術研究推進制度」の説明を行ったが、新規な内容は無かった。著者が提出した資料は「防衛省資金の問題点」である。内容の分量はかなり多いので、項目と要点だけを列記しておく。
@ 大学・研究機関で行われる学術研究について
a) 学術の原点: 研究は誰のため、何のための学術研究かという心情の覚悟のことで、科学者はこの点から出発し、それを持ち続けることに矜持を持つ
b) 学術研究の自律性と公開性: 学術研究は自由で自律的に行うことを原則とし、研究成果の発表・公開の完全な自由が保障されること。憲法23条「学問の自由」が原点となる。
c) 科学に携わる者の倫理規範: 自分が行った研究が、社会の平和や人間を破壊する方向に用いられないか慎重の上に慎重でなければならない。少しでも研究活動への干渉や成果の発表・公開について阻害が予想される場合、拒否する心構えを保持しなければならない。
A  防衛省の委託研究制度(競争的資金制度)について
a) 軍事技術利用の推進が目的: 防衛省のこの制度は将来の装備品に繋げてゆくことを想定した委託研究制度である。つまり軍事研究であることを明言している。学問の原点と齟齬することも明白である。
b) 自律性と齟齬する制限: この委託研究制度はPDの指示のもとPCによる研究進捗管理が行われるので、自由で自律的な研究環境ではない。制限付きの公開であること唐「公開の完全な自由」は保障されていない。防衛装備庁への定期的報告義務が設けてあっていずれも自律的な学問研究の精神と相容れない制限が課せられている。
c) 防衛省資金という意味: 「継続的な協力」をうたい、技術収集や情報提供者としての役割など、防衛省の都合いいパートナー作りの狙いがある。
B 防衛省からの委託研究資金を受け入れる研究者の言い訳について
a) 三つの言い訳: 研究者は防衛省資金を得るためいろいろな口実を並べるが、要は研究費がないからどこからの資金でもいいとか、通常兵器の防衛目的の技術開発は許されるとか、すべての科学技術はデュアルユースなのだから区別はないといった3つの理由にまとめられそうである。
b) 研究者版経済的徴兵制: 科学技術基本計画で打ち出された「選択と集中」という政策によって、今、大学では競争資金を獲得しないと研究ができない状況になっている。そもそも日本の高等教育への投資が少ないうえに、選択と集中という政策は偏ったテーマに研究資金が流れやすい。金の力で研究の方向を誘導する仕組みである。正しい選択など官僚に期待することは無理で、間違った選択なら日本の研究能力は自壊してしまうのである。
c) 防衛のための軍事研究は許容される: 日本国憲法は一切の武力を放棄することが原点である。防衛のためなら積極的に戦争を行うとする安倍内閣の政策の下では防衛のための軍事技術なら許されるというのは単純すぎる考えである。兵器こそ自衛と攻撃の両方に使えるデュアルユースである。
C デュアルユース技術について
a) 民生利用と軍事利用: デュアルユース技術とは軍民両用技術のことである。軍事技術とは軍からの資金で国家安全保障の名目で戦争を効率的に行う技術開発である。
b) スピンオン=軍民転換: 民から軍への転換は民生技術の地用を軍が独占することで利用範囲が狭まる。軍の技術開発は、将来民生用に使えるという言い訳は逆転した論である。
c) 防衛省のデュアルユース: スピンオフ=軍から民への転換については防衛省は何も考えていない。防衛省としてはスピンオンしか念頭にない。
d) 軍事用品の民生利用: スピンオフをデュアルユースの利点であるかのような論は無責任というより詐欺である。
D 防衛省資金が学術研究に及ぼす悪影響 
a) 大学への直接の影響: 研究の発表・公開の完全な自由が保障されないことからくる悪影響として、大学の研究者及び設備の囲い込みであり大学の自治の侵害である。研究者間の自由な意見交換交流が阻害される。学生の教育上、偏向した知識、秘密漏洩罪への恐怖、研究発表の躊躇となる。
b) 大学等の社会的立場への悪影響: 研究活動や研究内容が外部から見えなくなり、国民への説明責任が果たされない。偏った研究内容は大学の社会的信用を失わせる。医学関係では非人間的な研究の恐れが十分にある。科学者の高慢と独善、反社会的エリート意識を増長させる。
c) 研究者個人の意識への悪影響: 一度公募に応じるとさらに防衛省受けするテーマへの志向へ走り、知らず知らずに軍事協力という役目を果たすことになる。これを「同調心理」という。軍に資金面で頼ることは軍依存体質を産む。これを「麻薬効果」とよぶ。原発依存地方自治体と同じ体質となる。
d) 学生への悪影響: 軍事研究への学徒動員は、学術の原点についての倫理意識や社会的意識に欠けた学生しか育たなくなる。
e) 今後の研究への悪影響: 防衛省から委託を受けた企業との産軍連携は、分担研究に大学を巻き込むことにより防衛省の迂回援助となり次第に産軍学連携へと拡大してゆき、アメリカのような産学軍複合体に取り込まれてゆく危険性が大きい。
E 日本学術会議が軍学共同を容認する場合に悪影響 
1950年、1967年の2回「軍学共同」に反対した学術会議が、防衛省の資金導入によって軍事研究に携わることは研究行為における秘密保持を容認することであり、研究内容や成果の無条件の公開と自由な交流が阻害される可能性を受け入れることである。それは「世界の平和と人類の福利に貢献する」という学問の原点を放棄することである。防衛関係者から「学者は金の力で屈服させられる」とみられる。そして御用学者への道に迷い込むのである。学術研究者の社会的信頼度は3.11東電福島原発事故のときと同じように失墜してしまう。 

日本学術会議「安全保障と学術に関する検討委員会」は、2017年2月4日に一般の人々向けに日本学術会議主催の学術フーラム「安全保障と学術の関係:日本学術会議の立場」を開催した。杉田委員長から「中間とりまとめの状況報告」がなされ、大学等においては軍事研究に慎重であるべきだとする見解を集約しつつあることが述べられた。このフォーラムで反対派が多数を占めたといっても、軍事研究の賛成派箱のような集会には来ないものであり、結局力を持っているのはどちらだということになる。また政治的な問題には首を突っ込まない研究者も多い。これまでの日本学術会議の歴史を見ると、核兵器禁止問題、水俣病等の公害問題、エイズの非加熱製剤の薬害問題、原発や放射線被ばく問題など、科学に関連する数々の問題が起こっていながら、日本学術会議は指導的な意見を言うことができなかった。しかし大学の軍事研究資金導入問題は、差し迫った大学内部の問題であり、自身の崩壊に繋がりかねない危険性を持っている。検討員会は重大な問題であるため、17年3月24日の幹事会で「声明」が了承され、4月の総会で決議されることを望んだ。幹事会の議論の結果、幹事会が「声明」として決定し発表することになった。その前に総会での議論が必要という意見があったが、幹事会は「声明」そのものを出すことを重要と考えた。こうして3月24日に「声明」が発表され、4月13日の総会に「幹事会報告」が付属文書として提出された。「報告」は総会で承認され翌日発表された。報告は、T「作成の背景」、U「現状及び問題点」、V「報告の内容」からなっている。「報告の内容」については次の六点が述べられている。要点だけを記す。
@ 科学者コミュニティの独立性: 戦前の日本の科学者は科学者コミュティが政府からの独立性を確保していなかったために、戦争に協力してきたことを反省し、科学者コミュニティは学術の健全な発展と社会の負託にこたえるべきである。
A 学問の自由と軍事的安全保障研究: 学問の自由の確保には学術研究の自主性・自律性・成果の公開性が保障される必要があり、人権・平和・福祉・環境など普遍的な価値に照らして研究の適切性を判断する。学術研究は政府の介入がってはならない。軍事研究の分野では内容や秘密性の保持に関するする政府の介入が懸念される。
B 民生研究と軍事的安全保障研究: 軍事的安全保障研究には、直接的軍事目的の研究、資金源が軍事機関である研究、成果が軍事目的に利用される可能性がある研究に分けられる。また自衛のための研究という論は自衛手段=攻撃手段を区別することは困難であるので成り立たない論である。
C 研究の公開性: 軍事的安全保障研究では秘密性の保持が要求されるので自由な研究環境を阻害する。自由な研究は公開性が原理原則である。
D 科学者コミュニティの自己規律: 大学では軍事安全保障研究とみなされる研究の適切性について、その目的・方法・応用について技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである。学会・協会でもガイドラインを設定することが望ましい。
E 研究資金のあり方: 現在基礎研究分野を中心に研究資金の不足が顕著であり、資金の豊富な軍事安全保障研究資金に研究者が流れる可能性がある。科学者の自主性・自律性・成果の公開が尊重される民主的な研究資金の充実が望まれる。

第3章) 軍事化する日本の科学

日本では今静かに軍学共同の研究が進行中である。日本の科学研究における軍事化は大規模でないにしろ多方面で進められており、暗黙の裡に科学者側の認知が進んでいるといえる。それに参加する研究者には軍事化路線に加担しているという意識が希薄であることの方が心配である。軍の資金になれるとむしろ引き返す方が容易ではなくなる。防衛省は大学等への委託研究予算を増やしているが、その危険な戦略は次のような段階を経るものと考えられる、@)装備化を目指す基礎的技術開発、A)軍産複合体の形成を開始し、実用化の課題を探る、B)省庁間協力で産学と軍学共同を結びつけ、軍産学官複合体形成を本格化させる、C)画期的な武器開発を目指して、武器の国際共同開発と武器輸出のための実力をつける。
大学は今のところ軍学路線に消極的であるので、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)は「第5期科学技術基本計画」で安全保障科学技術政策を展開して、大学の運営に政府が介入する道をつけることを宣言している。さらに「日本再興戦略」なるものを閣議決定し、国家への学術の取り込みを図るつもりである。今まさに「大学と科学の岐路」に差し掛かっているとい得よう。@現在進行中の軍事研究協力、A軍事大国へのステップ、B大学改革による大学運営への政府の介入 の3点についてまとめておこう。

@ 現在進行中の軍事研究協力: 防衛整備庁が有する陸上・艦艇・航空・電子装備研究所・先進技術推進センターの五つの研究所と大学・研究機関・官公庁・財団法人などとの間で「研究協力協定」を結んで、防衛にも応用可能な民生技術を積極的に活用する研究が行われている。現時点では(2017年8月)、7大学6公的研究機関1官庁が参加して、累計23件の技術協力が行わr手ている。その中で宇宙航空研究開発機構(JAXA)が7件ものテーマで協力しているのが突出している。JAXAはスパイ衛星の打ち上げを通じて防衛設備庁とのつながりを深め、軍事研究に本格的に参入する意図である。国家間の外交・安全保障・経済などの課題を研究する目的で、1980年代に国際関係学部や公共政策大学院などが設立された。そういった大学・学部に研究交流という形で防衛省の人間が大学に出入りするようになった。防衛設備庁の研究所には外部評価委員会を設け、これまで総計160人の大学教員が委員となった。また「安全保障技術研究推進制度」の審査・評価を行う外部評価委員は毎年15名が任命されるが、大学教員が名を連ねている。こうして防衛省では大学教員を取り込んで人的交流を図っている。米軍から日本の大学への資金援助は戦後始まったようだが、明るみに出たのは1967年朝日新聞の記事で会った。日本学術会議が軍事研究を拒否する「声明」を出した。2008年以降米軍からの援助は累計135件、八億八千万円であった。日本学術会議は、「まず研究の入り口で研究資金の出所等に関する慎重な判断が求められる」として、教員は企業、財団などから研究資金供与や寄付金の申し出があると、「寄付金収入」として大学当局に届け出て、「委託経理金」という扱いになる。金の流れを透明化するためである。日本の大学で様々な形で軍事化が進んでいるが、アメリカのように国の研究予算の半分が軍事研究に使われる事態にはまだなっていない。しかし「安全保障技術研究推進制度」を突破口にして大学や研究機関が軍事化に邁進すれば、「軍産学官複合体」への道につながってゆくのである。

A 軍事大国へのステップ: 日本の研究の軍事化戦略は先に、@)装備化を目指す基礎的技術開発、A)大規模実用化の課題を探る、B)省庁間協力で産学と軍学共同を結びつけ、軍産学官複合体形成を本格化させる、C)画期的な武器開発を目指して、武器の国際共同開発と武器輸出のための実力をつけると書いた。C)を除いてその順にまとめる。
@)装備化を目指す基礎的技術開発段階: 2015年から開始された「安全保障技術研究推進制度」を足場とする第1段階です。官庁言葉での「基礎研究」とは戦略的・要請的とあるように、ある明確な目標が要請され、戦略的に開発を進めるべき研究のことである。学術研究ではこれは「応用研究」と呼んでいます。あえて防衛省が「基礎研究」と呼ぶのは明確な 軍事研究であることを曖昧にし、カムフラージュし、オブラートで包むためです。
A)大規模実用化の課題を探る段階: 「安全保障技術研究推進制度」が2017年度より110億円となったことで、第2段階に足を踏み入れたと思われる。1件当たり20億円、原則5か年によって、大規模開発研究が可能となった。2017年度予算は12億円を使うことにして、来年以降に備えて備蓄しておくことになった。現時点では大型実用化テーマは設定されていない。研究開発法人の公的研究機関(産総研など)は特定プロジェクトを除いて、融通性のある予算は無く、大学以上に予算削減要求が強いので、創造的研究の余地は少ない。従って軍事研究に手を出す素地はできているようである。
B)省庁間協力で産学と軍学共同を結びつけ、軍産学官複合体形成を本格化させる段階: 2016年8月に出された「防衛技術戦略」には20年先を見通した技術戦略の必要性を示しているが、まだ計画段階であり、10年位時間はかかるであろう。その戦略において、「防衛装備移転三原則」を示して産業界の武器生産と輸出を可能とする道を引いた。現状では民生技術で経済が成り立ってきたので、それほど武器輸出は進んでいない。ここには経産省の協力が不可欠であり、大学の協力を得るには文科省との連携も必要である。そこで、防衛省としては(産学官共同+軍産連携)を省庁協力が後押し、軍産学官複合体に持って行く方向に施行してゆくだろう。
C)「防衛省中長期技術見積もり」の具体的実現の段階: 「防衛技術戦略」ではこの10-20年程度の時間をかけて、@外国に対する技術優位性の確保、A優れた防衛装備品の効果的な創製の2点に絞った課題設定を論じている。「防衛省中長期技術見積もり」では画期的な軍事技術開発を構想することを第4段階と位置付けている。キャッチフレーズはスマート化、ネットワーク化。無人化、高出力エネルギー技術である。ほとんどの軍事装備品は「技術的優位」思想で、アメリカで新規戦闘機の売り込みがあると、惜しげもなく旧機を廃棄し数兆円をかけて戦闘機を購入し入れ替えている。こうして軍備増強という形で膨大な資源とエネルギーと人的資源を無駄使いを繰り返している。冷戦でソ連が崩壊したのは、核ミサイル競争で膨大な国力を乱費し疲弊したためである。それは持続可能性と矛盾しており、人類存続の危機を招くことに目をつぶってきた。

B 大学改革による大学運営への政府の介入: 政府が進める軍事化路線においては、人材を抱える大学の協力が不可欠なので、大学改革が遅れているとの言いがかりをつけ、主に財政的措置を通じて国家が大学の軍事化を促す方策がとられている。安倍内閣は財界の要請を受け国立大学を産業界に奉仕する場とするため、産学共同のための条件整備と職業教育に軸足を移すよう「大学改革」を進めてきた。2014年8月国立大学法人評価委員会において、教育や人文・社会科学という分野の組織廃止・転換を進めるべきだという方針が出され、2015年6月各大学に通知が出され組織改編を促した。2004年の国立大学の法人化以来、文科省の大学支配が貫徹されるようになっていた。大学を競争原理に曝して短期の成果を競わせ、財界が要求する「改革」を実行する大学を優遇して差別化して全体として安上がりに済ませるのが、文科省の「大学改革」の目標です。そしてさらに政治的な要素が加わり、政府に楯突くような「社会科学」は廃止したいと菅官房長官も言っていました。2016年1月に綜合科学技術イノベーション会議CSTIで決定された「第5期科学技術基本計画」では、我が国の大学が欠ける問題点を検討して、「世界における我が国の科学技術の立ち位置は全体として劣ってきた」という厳しい結論であった。そこまでは正常な現状認識であるといえる。問題は、「大学などの経営・人事システムをはじめ組織改革の遅れや、組織間、産業間、府省間、研究分野間などの様々な制度的要因が存在する」と、大学に責任を押し付けるのがCSTIという為政者の常である。具体的には大学に人材、組織改革を強要するものである。政府は「第5期科学技術基本計画」を受けて、「科学技術イノベーション総合戦略」(略して「総合戦略2017」)という処方箋を出した。しかしピント外れの処方箋は事態を一層悪化させるものでしかない。イノベーションの意味を「価値の創成」とするか、「社会における改革」と取るかでは不明瞭であるが、政府の文脈は「改革」という意味である。創造性のない人、研究テーマにいくら金をつけても決して成功しない。また組織、人事システムを猫の目のように(朝令暮改)変えても、いい研究は生まれない。そんなことは自明である。「総合戦略2017」は基本的に「第5期科学技術基本計画」と同じ課題を掲げているが、新たに「知の基盤の強化」、「資金改革の強化ー外部資金の京化による資金源の多様化」、「国立大学改革と研究資金改革の一体化」等が提示されている。資金の多様化という無責任な官僚用語は国家の責任を放棄し、金は自分で工面してくるという国家にとって都合のいい安上がり策であるが、空文句である。この文章の無味空論さは、日本経済再生本部で議論され閣議決定された「日本再興戦略」と同じく空理空論の作文である。「我が国が強い分野を支える拠点・人材への集中投資」では、現状の日本の劣位の認識は正しいとして、政府は「選択と集中」政策しか眼中になく、選ばれたエリート分野やエリート大学に資金を集中すれば、それで日本の科学技術は一流になると考えているようである。強い分野を支える拠点・人材はどうしてできたかへの検証は無く、最初から存在するアプリオリの分野へ資金を流し込めというに等しい。政府の誤った政策によってやせ衰えた体に鞭を撃つ政策である。ますます日本全体の科学技術はガタガタになってゆくことは必至であろう。

第4章) 研究者の軍事研究推進論

大学の研究者が軍事研究に携わってゆくには、それなりの言い訳が用意されている。本質的に研究者は自分の研究が人々の生活の向上や文化の創造のため、平和のために使われることを望んでおり、戦争に協力したくないと思っているためである。軍事研究を行うことには後ろめたさが伴うものである。消極的・積極的な言い訳を類別すると、@軍事目的であろうと結局は民生の役に立つというデュアルユース論、A自衛のための研究は不可欠であるという自衛論、B研究費不足論の三点である。
@ デュアルユース論: 科学者の組織的動因が行われるようになったのは第1次世界大戦以降のことである。第2次世界大戦では特殊な軍事プロジェクト(核爆弾、戦闘機など)などに科学者を結集して計画的・組織的に軍事開発を行った。戦争で開発された軍事技術が民生に利用された例としては、ソナー探知機、航空機、レーダー、医薬品、コンピューターなどである。特にアメリカにおける軍産複合体も形成・肥大化とデュアルユース技術は深い関係にある。第2次世界大戦まではアメリカに恒常的な軍需産業は存在しなかった。平和な時は民生技術に使用され、戦争時には科学者を動員して軍需生産に切り替えた。第2次世界大戦で開発された核兵器、大型爆撃機、さらにミサイルなどは、常に新鋭兵器の開発・生産を行う恒常的な軍需産業(企業)を出現させた。その軍事技術は機密として秘匿され民生部門に波及しなかったし、日常生活に必要がない軍需産業は民生品製造産業の衰退を招いた。日本が戦後奇蹟の復興を遂げたのは経済優先を貫いたためで、軍事産業には決して手を出さなかった。アメリカで「軍産複合体」が誕生したのは、1957年アイゼンハウアー大統領が高等研究計画所を作って、遅れをとった人工衛星を開発するためであった。1980年代レーガン大統領の時に膨大な宇宙予算の拡大があり、「軍学産複合体」ができ、軍学共同が研究者の体質になった。1990年代のクリントン大統領のとき、兵器産業と民生産業の技術交流が盛んになった。この時生まれたGPSやインターネットなどの軍事技術が民間へ解放され経済発展を招来したといわれる。21世紀のグローバル化時代になると、日本の産業構造は後進国のキャッチアップによってガラパゴス化私経済の国際競争力は急速に衰えた。2012年第2次安倍内閣以降の軍学路線に便乗する動きが顕著になった。本来の経済活性化策を取るより、軍需産業育成路線に大学が協力する安易で危険な道に入り込もうとした。ここでデュアルユースの意味を再確認しておこう。一般的には「民生技術と軍事技術の二面性を利用することである。軍民両用技術というのがふさわしい。しかしデュアルユースには「防御目的と攻撃目的の二面性」という意味がある。防御技術は戦争技術(軍事技術)ではないという論であるが、はたして戦争局面において防御と攻撃は同じことである。詭弁としか言いようのない論である。さらにオブラートに包んで「安全安心の技術と民間技術のデュアルユース」という言葉が科学技術基本計画で使われた。軍事技術を安全安心の技術と言い換えている。まさに情緒的感覚に訴える論である。何おかいわんやである。また「基礎研究は軍事研究ではない」という論もある。基礎研究は応用研究、実用化研究とつないでゆくことで使える技術となるので、研究段階の問題で免罪されるものではない。ここで研究者に厳しく問われるのが倫理責任である。自分は非常に危険なものを生産することに対する倫理責任こそが問われるのである。軍事技術も将来民生に転用されれば国民生活に役にたつという「居直り論」がある。すべての軍事技術が民生技術になるかといえばそれもあり得ない。戦闘機エンジン開発が航空機や自動車技術になるということはそうとも言い切れない。さらに「軍事技術は科学の発展に寄与する」という科学技術性善説も正しいとは言えない。人を殺す兵器技術(核兵器)が(原子力)平和利用になるとは言えない。科学者・技術者にか科学主義・技術主義の発想が色濃くあることは否定できない。科学・技術の発展が第一で、その利用が民生か軍事かは二の次だと考えがちである。これは全体を敢えて見ない論で「視野狭窄」である。民主技術を軍事用に転用することを「スピンオン」と呼び、逆に軍用技術が解放され民生のために使うことを「スピンオフ」と呼ぶ。そもそも軍事技術は国民の税金で研究したものだから、開放して当然である。 軍が秘匿・独占するのは知的財産の横領である。軍の使い古したものを有難がってもらう必要はない。その前に軍がどれほど膨大な財産の浪費をしてきただろうか。冷戦終了時にあった核弾頭は75000発といわれ、現在は15000発に減少した。ここで6万発の廃棄された核弾頭の開発費を含めたコストは計り知れない浪費になった。軍はスピンオフによって人々に多大の恩恵を施したかのようなふりをしているが、実は資源・エネルギー・人間の壮大な浪費をしたことを覆い隠すための冗談としか見えない。
A 自衛論: 2014年7月に「集団的自衛権の行使容認」を閣議決定し、2015年9月「国家安全保障法制度」を一括採決した。その結果、もはや自衛隊は専守防衛にとどまらず、同盟国の要請があれば海外に出かけて「防衛活動」を行うことが可能となった。「戦力非保持」を宣言した憲法のもとで、戦力強化に邁進するという異様な事態となっている。世事に疎い科学者は日本が専守防衛から集団的自衛権の行使に踏み出した事実を真正面から捉えていず、旧来の専守防衛意識のままである。従って防衛目的の兵う機関発には協力するが、攻撃目的の兵器開発には携わらないという「自衛論」は尤もそうに見えて実は空論に過ぎない。核兵器についても、研究者は「核兵器開発はあり得ない」ということは現時点でいえるだろうが、「核兵器の保有・使用は、現在の憲法の範囲では許容される」という閣議決定があることも認識していない研究者が多い。核兵器開発は現政権は禁止していないのである。すべての戦争は「自衛」を口実に開始され、侵略戦争さえ「自衛のため」の開始された。相手の軍事的脅威に対抗して我が国を守るためには「先制攻撃」も辞さないのが戦争の常である。今の状況は、日米政府が北朝鮮のミサイルや核実験の恐怖を煽って国民を脅し、それによって軍事力を強化する圧力にする魂胆である。
B 研究費不足論: 国立大学は2004年に法人化されて以来2015年まで一般運営費交付金と呼ばれ各大学に公布される資金に対して、「効率化係数」と呼ばれる毎年1%の一律減額が強いられてきた。予算の1%が毎年減額される一方、学長が知名度上げる施策の経費に回される分だけ、教員積算校費を削減せざるを得ない。科学技術基本計画で「選択と集中」が謳われ、経常研究費はばら撒きだとして削減し、研究費の獲得はもっぱら競争的資金で調達すべきという政策がとられた。又効率化係数で削減された一般運営費交付金は「大学改革」を看板として大学に優先配布される。つまり資金配分による「大学改革誘導策」となった。教員の研究費を取り上げて、大学のパフォーマンスのために使うのである。教員は経常研究費が少なくなって、競争的資金獲得のための作文と説明に忙しくなった。研究に従事する時間が削がれ、日本だけが発表論文数も業績数(論文引用回数)も減少している。研究要員として博士号取得者を任期付きで雇うから、生活が不安定で落ち着いて研究できないというポスドク問題を引き起こしている。2016年度から国立大学を@世界に伍する研究大学(16大学)、A特色ある研究を有する大学(15大学)、B地域連携重視大学(55大学)の3種に分類し競わせて、予算の配分に反映指せるという文部省の裁量制となった。@の中でさらに細分化し、「指定国立大学」として京都大学、東京大学、東北大学の三大学が選ばれた。「指定候補」として東工大、一橋大学、大阪大学、名古屋大学が選ばれた。これは「大学ランキング手法でパフォーマンスを競わせる趣旨である。国立大学以外の私立大学の理工学部ではもっと大変な状況にある。
C 工学系の研究費問題: 産学共同は学問の目的に経済論理が掲げられ、「社会において役に立つ」ことが強調されたことがその機運が高まった。大学にとって知的財産の産業界への積極的利用を持ちかけ、産業界が大学に寄付金や建物や講座を寄付しやすい税制を整備することであった。教員の副業を推奨するふうに産学官の連携で急速に進展した。「産学官連携センター」が大学内に設置された。産業界から大学への委託研究制度は、特定の企業と大学の教員とも委託契約で、きょういんは受託研究費や寄付金を通じて資金の提供を受け、それと引き換えに企業の求めるノーハウの援助、開発研究や生産活動への参加などを行う。工学系の分野ではこのような産と学の結びつきは日常的に行われるようになって、委託研究費や寄付金で研究資金に不自由していないとみられがちである。当然分野によって偏りが大きい。重点分野(IT、バイオ、ナノテク、ロボット、医療機器、医薬品、エネルギーなど)では投資が盛んである。日の当たらない分野(理学系、農学系)では科研費などの競争的資金に頼るしかない。その研究が基礎的であればあるほど、資金の量と成果は比例するわけではない。研究費が多いほど自分の思い通りの研究ができると考えるが、現実にはそれは必ずしも研究にとってプラスの作用をしていない。ひも付き研究は研究者にとって、非常にストレスの多い仕事である。期限や成果の制約から心理的には「その日暮らし」の気分に追い詰められている。決していい仕事ができるような精神状態ではない。
D 特許の問題: 産学協同の委託研究では、特許と関連した研究発表の自由の問題があって、学問の在り方に問題が投げかけられている。特許の帰属、製品化に成功した場合のランニング比率(売上高の何%を大学に支払う)などは、通常「共同研究契約書」、「協定書」などで予め決めて置く。ところが大学の研究者にとって、特許は研究の主導権を握るために必要で、可能な限り成果は論文として発表したいのである。特許との関連において実質的な研究内容の公開が遅らされることがあり、迅速な研究発表は研究成果の認知につながるので、遅れると研究の先陣争いにとって致命傷となる。防衛省装備庁の技術協力、安全保障技術研究推進制度では、成果の公表前にかならず装備庁の紙面による確認、通知が必要である。これには特許申請も含まれるから、特許は公開されるので防衛省の軍事上の秘密に指定されると研究発表も特許申請もできなくなる可能性が高い。たとえ知財権が大学にあるとしても装備庁の同意が得られなければ申請もできないのである。産学協同の笑話であるが、成果が学位論文として提出する期限内に特許申請が間に合わない場合、「黒塗り箇所のある論文の提出」が受け付けられないという矛盾をどうするのか。



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