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文藝散歩 

プラトン著 藤沢令夫訳 「メノン」
岩波文庫 1994年10月

知と一体化した真の徳は教えられる それが哲学者の道である

「メソン」岩浪文庫

「メノン」は比較的短編の対話篇ということもあって、プラトン哲学を学ぶ入門書となってきた。プラトン著 岩田靖夫訳 「パイドン―魂の不死について」(岩波文庫)で述べたように、プラトンの真作で初期の過渡期に位置する。いわゆる「想起説」の証明として有名な書である。メソンはアテナイを訪問中のテッタリアの若い青年として描かれている。テッタリアの都市パルサロスの有力な貴族の家柄で、アテナイとはエイオン遠征軍(紀元前477年)に同行して以来の関係にあった。メノンはアテナイ民主派の有力者アニュトスの客で、アテナイ訪問中はアニュトスの家に滞在していた模様である。メソンは何らかの政治的目的の使いとしてアテナイを訪問していたようだ。紀元前404年テッタリアのペライにリュコプロンが僭主制を樹立し、パルサロスのメロン家に脅威を与えたので、アテナイの民主派に援助を求めに来たのではないかと推測される。しかしメノンが歴史に名を残すのは、紀元前401年ペルシャとのクナクサの戦いにおいて左翼の将として参加したことであるが、この戦いで破れ捕虜となりペルシャの地で亡くなった。この遠征軍の戦いを描いた、クセノポンの「アナバシス」において、メノンは貪欲、不実、不正、悪辣の権化として語られている。本当のところは分からないが、本書では素直な好青年となっている。メノンの思想レベルは、本書の37pに「善きものとは、金や銀を手に入れることも、国家において名誉や富とかいうもの・・・」と述べているように、いわゆる平均的なギリシャ貴族の願望を代表している。アテナイ滞在中にメノンが果たしてソクラテスと対話したかどうかは劇のシナリオからはいらぬ詮索である。しかしソクラテスの対話の相手としてメノンを選んだプラトンの意趣は、一種皮肉な効果を期待し、メノンの家柄や美しさの見かけにおいて対照的で、ソクラテスの真実の徳の所有に対応させるつもりである。登場人物はメノン、ソクラテス、メノンの召使い、そしてアニュトスの4名である。アニュトスは紀元前409年ペロポネソス戦争にアテナイの将として参加し、スパルタに敗北した。紀元前404年アテナイに30人政権(独裁政権)が成立した時に亡命し、民主政権の回復に尽しアテナイの有力者となった。徹底したソフィスト嫌いのため、紀元前399年メレトスと共に、ソクラテスを告発した。訳者藤沢令夫氏はメノンとソクラテスの対話が行われた時期(あるいは舞台設定)は紀元前402年の初めごろということを、様々な考証(私にはあまり関心がないことであるので省く)から確信している。「メノン」における対話展開の荒筋は以下である。前半(第1章―第19章 9頁ー64頁)と後半(第20章ー第42章 65頁ー118頁)に分けてみると、前半は「徳は教えられるか」というメノンの問いに、ソクラテスは「そもそも徳とは何であるか」のほうが重要だというソクラテスの問いに置き換えられ、徳の定義を試みる。メノンが提出する答えは次々とソクラテスによって斥けられ、メノンは行詰り(アポリア―)に陥る。「人は自分が知らないことをどうして探究できるのか」というメノンの問いに対して、ソクラテスは「生前に得た知識を想起する」という「想起説」の思想を提示する。そしてメノンの無学な召使いの少年を使って、ソクラテスの問いにしたがって幾何学の問題を解かせるという実験を行う。生後の学習がなくとも、人間の論理展開法は生前に獲得した知識であるから無学な召使にも幾何学の問題を解くことができるということを示した。後半の対話は、メソンは「徳は教えられるか」という最初の設問に戻る。そこでソクラテスはやむなく「仮説の方法」によって、定義や公理がなくとも、相手の設問に従ってこれに答える(矛盾を導く)論理展開を提案する。論理はこうである。もし徳が知識であれば教えることができるが、もし知識でないなら教えることはできない。徳が善きものであるならそれは知識になるが、徳は教えうるはずである。ところが誰も教えられる人は存在しない。有徳の士でさえ自分の息子に能力と徳は教えられないのである。だから徳は知識とは区別される。徳とは正しい思わく(生まれ持った能力)のことである。すなわち神の恵みによって人に与えられるものである。だからソクラテスは徳の由来を説くよりは、徳それ自体とは何であるかに思いをめぐらす時はじめて明らかになるという最初の自説に戻る。

「メノン」で論じられている主要な概念について簡単にまとめておこう。
@ 徳(アレテ−)
人の卓越した能力=徳は教えることができるかというメノンの問いは、いわば当時の流行の論題であったそうだ。つまり期待される人間像は教育可能(拡大再生産)かどうかという今日的課題(少し皮肉っぽく言うと、むしろクローン人間の育成ということ)である。「優れていること」とは時代、社会の置かれた状況によって大きく異なる。昔ホメロスの時代は武勇(腕力)や高貴な生まれというのが徳とされたが、紀元前5世紀のギリシャポリス(都市国家)社会では、政治能力のことである。国家有数の士の特質・能力は親子相伝できるかというソクラテスの反論につながる。プラトンが言う「徳」とは今でいう「道徳教育」のことではない。アテナイ民主政では家柄に関係なく人その能力=徳によって国事に参加し、頭角を現すことができた。ソフィストたちはそういった人物を教育すると言って、有力者から授業料を取ったのであるが、実際教えたのは「雄弁術」であった。本書「メノン」のソクラテスはこの「徳は教えられるか」という問いよりも、大事なことは「徳とはそもそも何であるか」という、徳の本質規定を重要と考えた。小手先で教えることは「知識」にすぎない。知識は無論必要なことである、徳=人間としての卓越性は後天的な知識を超えた、先天的な人間力である。これは今日では「生まれもった能力」というが、ソクラテスは「神より授かった能力」とか「人間の自律的論理能力」の表現をする。誰に教わらずとも人間が備えている「大脳回路的必然性」のことである。言語文法、数学論理などのことを言っているようだ。ソクラテスの時代ではこれが宗教的な啓示とか、民俗宗教的な魂の不滅とかいうアルキメデス派の影響を受けている。ソクラテスは「人は自分が知らないものをいかにして探究できるのか」という設問に変える。それが「想起説」である。
A 想起(アナムネーシス)
人間の魂は不滅であるというオカルト的宗教はソクラテスがアルキメデス派の影響下にあったことを示している。ただ単に言葉を言い換えれば「魂」の代わりに「人の不変で崇高な精神」とすれば「イデア論」となる。自分が全然知らなかったことを学ぶわけではなく、この世に生まれてくる前にすでに学んだことを想起しているという「想起説」は、「パイドン」においても取り上げられている。パイドンにおいて想起説による逆証明が行われ、「イデアの認識は想起である、人は誕生以前にイデアを見ていた」とする。想起説は「人間の魂は不滅である」ということを前提としなければ成立しない。想起説は「人間の魂は不滅である」というテーゼの演繹にすぎない。こうして想起説は魂の不滅とイデア論と一体化して提起される。ただ「メノン」においては「想起」は語られても、想起される対象が美とか善そのものというイデア的真実性は語られていない。つまりプラトンのイデア論はこの「メノン」の段階では、まだ未成熟な状況であったということである。ソクラテスとメノンの対話は、知の思い込みを論破されてメノンの行き詰まり(アポリアー)と無知の自覚が現出され、探求の再出発に向かって、想起説の発見に至るという流れ(ソクラテスの得意とする認識論)を示している。ソクラテスとメソンの召使い(子供)とのいわゆる幾何学の定理(正方形の1辺の長さと面積との関係:比例ではなく2乗の関係)の理解の仕方は、ソクラテスが誘導したことに子どもがうなずくことで理解ができたというだけのことで、これを前世の記憶の「想起」というのはばかばかしい。
B 仮説(ヒュポテシス)
本書後半において、行き詰まりから無知の自覚、そして徳の本質の探究に向かうかと思われたが、メノンの「徳は教えられる性格を持つか」という設問に逆戻りした。徳の本質(実体)は分からないまま、どのような性質化の探求はソクラテスは好まないのであるが、ソクラテスはやむなく仮説(前提)を立てて問題を考察するのである。これは数学の証明における「背理法」というやり方である。あるテーゼを真と認めると、その結果矛盾になることを導き、最初の仮定テーゼは真でなかったというやり方である。ある人はこのやり方を「煙に巻く」といい、正攻法の証明ではないと納得しない。要するに徳は教えられるとすると、それは知識であり、もし徳が知識であれば教えることができるが、もし知識でないなら教えることはできない。徳が善きものであるならそれは知識になるが、徳は教えうるはずである。ところが誰も教えられる人は存在しない。という論理の展開で徳は教えられないという結論となる。仮説の否定となった。すべて論理の展開かというと、最後の「誰も教えられる人はいない」という部分は経験である。経験と論理が混在する論の立て方はフェアーではない。苦し紛れの論理の破たんではないだろう。「知識は教えられうる」、「徳は知識ではない」、「徳は善きものという価値である」などと言った命題の並べ方は、対話という形式で相手に認めさせる(反論を放棄させるか、しぶしぶ同意させる)ことはできても、冷静に考えると選択肢はいくらでもあり、反論は無数にある。とても納得できる筋書きではない。従順なひとが教祖の教えにうなずいているだけのことかもしれない。
C 正しい思わくと知識
徳は有益なものであるが知識ではないという条件で、「正しい思わく」という概念が登場する。思わくを知識と対比させる考え方は、やがてイデア論の中で重要な役割を演じる。日常的な経験や感覚と言った認識論的知識と、カントの言う純粋理性によるイデア的真実性は対応するからである。だからイデアは感覚的事物とは区別されそれ自体で存在するという観念論に直結する。ところが「メソン」ではイデアは明確な形を取ってはいない。「正しい思わくを持つ人は、ラリサへゆく道を実際に通ったことはなくても正しく見当をつけることができる」という言い方において、「正しい思わく」とは事物の本質理解への論理的考察力を持った人という意味で使われている。知識がなくても正しい結論を導くことができる。感覚的世界とイデア界という、対象そのものと厳しく区別するイデア論の思想が萌芽している。
D 中心テーゼ
徳は教えられる知識ではなく、正しい思わくとして、知とは無関係に神の恵みとして授かるものであるということが本書の中心テーゼであった。しかし「徳は知である」というソクラテスの教えを、プラトンは否定したわけでないにしろ大きく変質させた(進歩させた)。訳者藤沢令夫氏は苦心惨憺次のようにソクラテスとプラトンの仲を取り持つのである。プラトンの意図することは、「徳は知である」というソクラテスの教えは真実である。真の知である様な徳こそ唯一の本当の徳である。そのような徳であれば、本当の意味で教えることができるというふうに。現実には優れた政治家と言えども本当の意味で徳を教えることはできなかった。それが真実である以上それに向かって現実的な努力をするのが「哲学」の指示する道である。知としての徳を備えた政治家こそが養成されなければならない。必要なのは政治の教育であるということが「国家」の中心テーゼである。

本書 「メノン」の 概 要

原典には章の区分は無いが、慣用的に本書も42の章に分けられている。以下、それを元に、各章の概要を記す。
序論
1.メノン、ソクラテスに「徳は教えられるか」を問う。
2.ソクラテス、自分は徳が何かを知らない上に、それを知ってる者に会ったことも無いと述べる。
3.メノン、男の徳は「国事を処理する能力」であり、女の徳は「夫への服従と家事」であり、その他、子供、年配、自由人、召使、それぞれに徳があると述べる。ソクラテス、それらに共通する徳の定義を聞きたいと述べる。
4.ソクラテス、再度、徳の本質の定義について述べる。
5.メノンは、徳とは「人々を支配する能力を持つこと」だと述べる。ソクラテス、その定義に「正しく」を付け加えるべきか問う。メノン、「正義」は徳なのだから付け加えるべきだと同意する。ソクラテス、それは「徳」か「徳の一部」か問う、「円形」が「形の一部」であるように。メノンたしかに徳にも色々あると述べる。ソクラテス、挙げてみるよう頼む。メノン、勇気・節制・智恵・度量の大きさ等を挙げる。ソクラテス、再度、我々は多くの徳を見つけ出してしまったと指摘。
6.ソクラテス、自分達が求めているのは、そうした様々なものを列挙する際に、「念頭においている」当のものであることを、「形」と「円形」「直線形」等を例に指摘。
7.ソクラテス、「形」を例に、共通同一の定義を要求、試しに、「形」とは「色に随伴しているもの」という例を挙げてみる。メノン、それでは不明瞭な語である「色」の再定義が必要になるので、間が抜けた定義だと指摘。
8.ソクラテス、ソフィストであれば先程の定義でもいいだろうが、自分達は問答法をやっているのだから、合意・確認を経ながら話を進めていこうと前置きし、「終わり」「限界」「端」「平面」「立体」などを確認しつつ、「立体がそこで限られるもの」「立体の限界」という定義を提示。
9.メノンに「色」の場合はどうなるかを問われ、ソクラテスは、エンペドクレスの「感覚は外物から流出した微粒子が感覚器官の孔から入って生ずる」という説を引き合いに出しつつ、「色」とは「その大きさが視覚に適合して感覚されるところの、形から発出される流出物である」という定義を提示する。メノン、称讃する。ソクラテス、今回の定義はものものしいので、メノンは気に入っているかもしれないが、自分は前の定義の方が優れていると思うと述べる。
10.メノン、「徳」の定義として「美しいものを欲求して、これを獲得する能力があること」を提示。ソクラテス、「美しいもの」は「善いもの」であるが、その反対の「悪いもの」を、自ら望む者などいないことを指摘。
11.ソクラテス、「善いものを獲得する能力」を考察。「善いもの」として、健康、富、金、銀、名誉、官職などを2人は例示していくが、ソクラテスはそれらが「不正に」獲得されたなら「徳」とは言えないので、「正しく、敬虔に」という条件を定義につける必要を指摘。更にソクラテス、「正しくない」場合に、金、銀などの「善いもの」を「獲得しないこと」も「徳」であり得るし、結局のところ、正義、節制、敬虔などが付け加わらないと、その定義は成り立たないことを指摘。
12.ソクラテス、メノンの徳の定義に対して相変わらず「徳」を切り刻んでその「部分」を提示しているだけだと指摘。
13.メノン、他人を行き詰まらせるソクラテスの性質を「シビレエイ」に例えてからかう。ソクラテス、自分の場合は、他人の前に、まず何よりも自分自身が道を見失って行き詰まっているのだと、違いを指摘。
14.メノン、ソクラテスが対象を全く知らないのであれば、それをどうやって、どういう目処の下で、探求するのか、また、仮にそれを獲得できたとして、どうやってそれを確認するのか問う。ソクラテス、それは論争家たちがよく持ち出す議論、「人間は、知っているものも、知らないものも、探求することはできない」という話と一緒だと指摘。そしてソクラテスは「不死の魂」の話を始める。
想起説
15.ソクラテス、魂は不死であり、その輪廻の過程で既に見て学んできているのだから、それを想い起こすことができるのは、何も不思議なことではない、人が「探求する」とか「学ぶ」とか呼んでいるものは、実は全て「想起する」ことに他ならないと述べる(想起説)。メノン、「想起」の意味を尋ねる。ソクラテス、メノンの従者を使って証明しようと述べる。メノン、1人の召使を選ぶ。
16. ソクラテス、召使に「正方形」を書いて見せ、それを縦横に線を引き、「四等分」する。元の「正方形」の一辺を2プース(pous)とすると、四等分された「小さな正方形」の一辺は1プースであり、その面積は1平方プースとなる。「小さな正方形」を2つ合わせると、その面積は2平方プース。元の「正方形」は、「小さな正方形」4つから成るので、先の倍(2の2倍)であることを確認しつつ、ソクラテスはその「正方形」の面積を尋ね、召使は4平方プースと答える。ソクラテス、次に元の「正方形」の「2倍の面積」を持つ「2倍正方形」を想像してもらう。その面積を問われ、召使は8平方プースと答える。ソクラテス、それではその「2倍正方形」の一辺の長さはどれくらいかを問う。召使は(面積が2倍なのだから同じように)元の「正方形」の一辺(2プース)の2倍だと答える。ソクラテス、メノンに今の召使は「面積が2倍の正方形は、2倍の辺からできる」と思い込んでいる状態だと指摘。
17.ソクラテス、実際に縦横2倍の辺を持つ「大正方形」を書いて見せ、そこには元の「正方形」が4つ入ること、すなわち、2倍の辺からは4倍の面積の図形ができることを指摘、その面積は4平方プースの4倍で16平方プースだと確認する。召使、同意する。ソクラテス、改めて面積が8平方プースである「2倍正方形」の一辺の長さを問う。ソクラテスは、「2倍正方形」が、元の「正方形」の2倍であると同時に、今書いた「大正方形」の半分の大きさであることを指摘。召使、同意する。ソクラテス、元の「正方形」の一辺は2プースであり、「大正方形」の一辺は4プースなので、「2倍正方形」の一辺の長さはその間にあると指摘。召使、同意する。その長さを尋ねられ、召使は3プースと答える。ソクラテス、「2倍正方形」の面積が8平方プースであることを確認しつつ、改めてその一辺の長さを問う。召使、分からないと答える。
18.ソクラテス、メノンに今の召使は先程の「思い込み」状態から、「行き詰まり(アポリア)の自覚」(無知の知)にまで前進したと指摘。
19.ソクラテス、「大正方形」内にある4つの元の「正方形」群のそれぞれに、それらを半分にする「対角線」を引き、正方形を作る。面積が4平方パースである元の「正方形」を半分にしたものが4つあるので、2×4=8平方パースの「2倍正方形」がようやく作られたことを、召使は確認する。
20.ソクラテス、今の一連のやり取りによって、召使は知らなかったはずの事柄に対し、彼の中で様々な「思いなし」(思惑)が生じ、繰り返し尋ねられることでそれが明確化していったことを指摘。メノン、同意する。ソクラテス、それは自分の中にあった知識を取り出し、把握し直すことであり、「想起する」ということではないかと指摘。
21.ソクラテス、召使が「現世」でそれを学んでないとすると、「前世」以前に学んだことになると指摘。メノン、同意する。ソクラテス、したがって魂は不死であり、全てを知っているのであり、知らないと思っているようなことでも、それを励まし、探求し、想起できるように努めるべきではないかと指摘。メノン、なるほどと感心する。
仮設法
22.ソクラテス、それでは「徳とは何か」の探求に戻ろうと提案。しかしメノン、それよりも当初に尋ねていた「徳は教えられるのか」(それとも生まれつきか)についての、ソクラテスの意見を聞かせて欲しいと述べる。ソクラテス、それを受け入れ、どうやら自分達は「何であるか」すら分ってないものに対して、それが「どのような性質であるか」を考察しなければならないらしいと、自嘲する。
ソクラテス、これを考察するにあたって、正誤未判明なままの結論・前提を先に設定(仮設)し、そこから遡って条件に合うように議論を絞り込んでいく手法を採るよう提案。
23.ソクラテス、「徳が教えられる」として、それは「どのような性質」か、から議論を始める。ソクラテス、教えられるとすれば、徳は「知識」ではないかと指摘。メノン、同意する。ソクラテス、これで「徳が「知識」の一種であれば、教えられるし、「知識」でなければ、教えられない」という第一段階が片付いたと指摘。メノン、同意する。ソクラテス、それでは次に「徳は「知識」か否か」を考えなければならないと指摘。ソクラテス、徳は「善いもの(善)」と仮設し、「「知識」とは別の「善」があれば、徳は「知識」ではないし、全ての「善」が「知識」に包括されるなら、徳は「知識」である」と推定できると指摘。ソクラテス、「善い人間」は徳ゆえにそうであるし、また同時に、「善い人間」は「有益」な人間でもあるので、徳は「有益」だと指摘。メノン、同意する。
24.ソクラテス、「有益」の例として、健康、強さ、美しさ、富などを挙げる。メノン、同意する。ソクラテス、しかしこれらは時には「有害」でもあると指摘。メノン、同意する。ソクラテス、それではそれらは「正しい使用」である場合には「有益」になり、そうでない場合は「有害」になるのではないかと指摘。メノン、同意する。ソクラテス、続いて魂における「有益」の例として、節制、正義、勇気、物分かりの良さ、記憶力、度量の大きさ等を挙げ、これらも「知識」「知性」を伴う場合には「有益」となり、そうでない場合は「有害」になると指摘。メノン、同意する。ソクラテス、したがって徳が「有益」なものであるならば、徳は「知」でなければならないと指摘。メノン、同意する。
25.ソクラテス、更に先に挙げた富の類も、「知」に導かれた魂よって「有益」になるし、そうでなければ「有害」ともなると指摘。メノン、同意する。ソクラテス、したがって人間にとっての一切の「善いもの」は「魂」に、そしてその「知」に依存するのであり、「徳は「知」」ということになると指摘。
アニュトスとの問答
26.ソクラテス、しかしいまだに「徳が「知識」である」ことに対する疑念が拭えないと言う。というのも、徳が「知識」であり、教えることができるのであれば、それを教える教師がいるはずだが、自分はまだそれに出会ったことが無いからだと。そこにちょうどアニュトスがやって来たので、素性も良く、アテナイで重要官職を担ってもいる彼に、ソクラテスは「徳の教師」について尋ねてみることにする。
27.ソクラテス、例えば医術、靴作り、笛吹き術など、何かを教わろうと思ったら、その専門家のところで報酬を払って教わるのが当然ではないかと指摘。アニュトス、同意する。
28.ソクラテス、では徳を学ぶには、ソフィスト達のところへ行くべきか問う。アニュトス、連中のところへ行けば害悪を受けて堕落すると。
29.ソクラテス、しかしプロタゴラス40年以上もソフィストをやって大金を稼いでいたし、現在でも様々なソフィスト達が活躍しているのは、彼らは青年達を自覚的に欺いているのだろうか、それとも本人達も無自覚なままそれを行っているほど気が狂っているのか問う。
30.アニュトス、ソフィスト達は気が狂っているわけではなく、気が狂っているのはむしろ青年達の方であり、もっと気が狂っているのはそれを許容する彼らの身内、そして最も気が狂っているのがそれらを排除しない国家だと答える。ソクラテス、アニュトスはどうしてそんなにソフィスト達を毛嫌いするのか問う。ソクラテス、それでは誰のところに行けば、徳を教えてもらえるのか問う。アニュトス、アテナイ人で「ひとかどの立派な人物」なら誰でも優れた人間にしてくれると答える。
31.ソクラテス、その「ひとかどの立派な人物」達は、誰にも学ばずにそうなったのか問う。アニュトス、彼らも「ひとかどの立派な人物」であった先人達に学んだのだと答える。ソクラテス、そんな現在及び過去の優れた人物達は、「自分の徳性を他者に教える」ことにかけても優れているのか問う。
32.ソクラテス、テミストクレスを例に出し、彼は息子のクレオンパントスに熱心に教師を与え、教育を施したが、父親ほど優れた人物になったという話は、聞いたことがないと指摘、それではテミストクレスは自分が持っている肝心の知恵だけは息子に教える気がなかったのか問う。アニュトス、あり得ないと否定する。
33.ソクラテス、次にアリステイデスを例に出し、息子リュシマコスを同じように優れた人物にできなかったことを指摘。更に、ペリクレスとその2人の息子達パラロス、クサンティッポスについても指摘。更に、トゥキュディデス[11]その2人の息子達メレシアス、ステパノスについても言及。
34.ソクラテス、以上のように、本人に徳性があり、教育に熱心であるのにも関わらず、誰一人として息子達を自分と同じように仕上げることができなかったということは、「徳は教えることができない」ということなのではないかと指摘。アニュトス、人々のことを軽々しく悪く言ってはいけないと憤慨、この国(アテナイ)では特に他人に害を加えるのは容易なのだから、口が災いの元にならぬよう気をつけることをソクラテスに忠告しつつ、怒りで黙り込む。
終論
35.ソクラテス、アニュトスはソクラテスが彼らの悪口を言っていると思い込んでいるとメノンに述べる。ソクラテス、代わりにメノンに彼の国の優れた人物達は、徳を教えられると言い、その教師の役を引き受けているか否か問う。メノン、彼らは時には徳を教えられると言うし、ある時はそうでないと言うと、述べる。ソクラテス、ではそんな意見が一致しない人々を徳の教師と言えるか問う。メノン、否定する。ソクラテス、それではソフィスト達はどうが問う、徳を教えると公言する彼らは、本当に徳の教師だと思うか問う。ソクラテス、ではメノンもソフィスト達は徳の教師とは思えないのか問う。メノン、分からないと答える、自分も時には徳を教えられると思ったり、時にはそうでないと思ったりもすると。ソクラテス、徳が教えられると思えたり、思えなかったりするのは、メノンや政治家達だけではなく、詩人テオグニスの場合も一緒だと指摘。
36.ソクラテス、テオグニスの詩を披露する。そして、これまでの話をまとめ、一方には徳を教えると称するソフィスト達がいるが、そんな彼らの資質・能力に疑問・批判を投げかける者がおり、他方には、本人の徳性が認められている人物達がいるが、彼らがその徳性を教えられるか否かについて見解の相違がある、こうした意見が混乱した人々を徳の教師と肯定できるか問う。メノン、否定する。
37.ソクラテス、それでは徳を教えることができる者はいないし、それを習う者もいないし、徳は教えられるものではないということになると指摘。メノン、同意する。メノン、それでは「徳を備えた人物」の存在すらも否定されることになってしまうのか問う。ソクラテス、自分達は徳が「知識」によって導かれる場合だけではないことに、気付いてなかったのではないかと指摘。
38.ソクラテス、「優れた人物」は「有益な人間」であり、その「有益」たるゆえんは、我々を「正しく導く」ことにあるわけだが、それが「知」によってのみなされると考えたのが、正しくなかったのではないかと述べる。なぜなら、見当をつけて道を歩いていくのと同じように、「知」にまで至っていない「思いなし」であったとしても、それがうまくいく限りは、その「有益性」において、「知」と何ら変わらないからだと。メノン、「知識」を持っている者は常に成功するが、「思いなし」の場合は常にうまくいくとは限らないのではないかと指摘。
39.ソクラテス、逆に言えば、「思いなし」が正しい限りは、常にうまくいくと指摘。メノン、それではなぜ「知識」は、「思いなし」より高く評価されるのか問う。正しい「思いなし」も、そのままでは魂から逃げ去ってしまうが、それを先の「想起」の話のように、「原因・根拠の思考」で以て縛りつければ、「知識」として、「永続的」に価値のあるものとして留めることができる、それゆえ「知識」は、「思いなし」より高く評価されるのだと。
40.ソクラテス、これはあくまでも比喩を使った推量だが、それでも「知識」と正しい「思いなし」が別のものだということ自体は確かだと述べる。ソクラテス、「知識」であれ、正しい「思いなし」(思惑)であれ、生まれながらにしてそなわっているものではないと指摘。メノン、同意する。ソクラテス、では「優れた人物」も、生まれながらにして優れているわけではないと指摘。メノン、同意する。
41.ソクラテス、先の議論によって、「優れた人物」は、教えることができるような「知識」によって正しく導いていたのではないことが、明らかになったので、正しい「思いなし」によってそうしていたということになり、これによって国を正しく導いている政治家というのは、神託の巫女らと何ら変わらず、「神がかり」によって、それを行っていることになると指摘。メノン、同意しつつ、そんなことを言ったら、傍らのアニュトスが腹を立てているかもしれないと述べる。
42.ソクラテス、これまでの議論をまとめると、徳とは、生まれつきのものでも、教えられるものでもなく、それを身につけている者は、知性とは無関係に、「神の恵み」によってそれを身に付けていることになる、これまでのように他者に徳を教えることができる者が出て来ない限りは、と指摘。


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