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堤 未果 著 「貧困大国アメリカ」

 岩波新書(2008年1月)

政府を民間に売り渡した、金融資本支配のアメリカ式格差社会の行き着く先 

貧困層は最貧困層へ、中流社会は急速に崩れて貧困層へ転落してゆく。極度のアメリカ式格差社会の進行は決して人事ではありません。このアメリカの現実を、「追いやられる人々」の目線で見る事は日本の将来の選択につながります。弱者切捨て、社会保障費削減はセイフティネットを破壊し、さらに新しい弱者層を拡大しています。サブプライムローン問題はその弱者層を食い物にして梃子原理を利かせて儲けてゆくグローバル金融資本の姿を如実に示しています。金融資本が支配する反面教師としてのアメリカ社会から学んで私達の生活を守る戦略を考えるためにこの本は書かれたようです。日本でも中曽根首相から小泉・安倍首相へと続いた新自由主義政策は規制緩和・自由化の美名のもと、急速に政府機能を失いつつあります。日本の現在の政策の行き着く先の社会はこアメリカ式格差社会です。しかし未だ日本の国民皆健康保険制度、年金制度、終身雇用などは世界の資本主義国のお手本となっています。これらを壊しては何のための日本国なのでしょうか。金融ビッグバン以来グローバル金融資本に骨の髄まで売り渡して恥じない日本政府の政策こそ改めなければなりません。日本はアメリカの後追いをしてはいけません。むしろヨーロッパ型の成熟して安定した近代社会を守り抜く事が日本の選択肢ではないでしょうか。

著者堤未果氏を紹介する。氏のブログからプロフィールを引用したが、岩波新書の末尾の著者紹介と同じ内容である。ニューヨーク州立大学国際関係論学科学士号取得。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連、アムネスティインターナショナルニューヨーク支局局員を経て、米国野村證券に勤務中に9・11に遭遇。現在は帰国してNY-東京間を行き来しながら執筆、講演活動を行っている。国際政治環境研究所理事。著書に「空飛ぶチキン〜私のポジティブ留学宣言〜」(創創社出版)「グラウンド・ゼロがくれた希望」(ポプラ社) 2006年に出版した「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命〜なぜあの国にまだ希望があるのか〜」(海鳴社)で、日本ジャーナリスト会議黒田清新人賞受賞。「貧困大国アメリカ(岩波親書)」刊行。朝日ニュースター「ニュースの深層」サブキャスター。堤未果氏の回想によると、隣のビルから目の前でおこった9.11同時テロが彼女の世界観を根底から変えたそうである。9.11以降ジャーナリズムは、愛国心という言葉に煽られて中立とは程遠い好戦的で戦争鼓舞の論調に変化した。実はすべてを変えたのはテロではなく、「テロとの戦い」という美名の下で一気に押し進められた「新自由主義的政策」のほうであったという。瞬く間に国民の個人情報は政府に握られ、命や安全、暮らしに関る政府機能は民営化され、社会保障費は削減されて膨大な貧困層が生み出された。テロとの戦いを利用した金融グローバル資本の政府占拠であった。あの時アメリカで何が起きたのかをメディアが口をつぐんで伝えないなら、表現の自由が侵されていると声を上げて健全なメディアを再建するのが、私たちジャーナリストの責任であると堤氏はいう。「いまやメジャーメディアは真実を伝えない、真実はネットのなかにある」というのである。中国ではネットでさえ政府の操作下にあると聞く。この世界を動かす力はあまりに大きく私たちの想像を超えている。しかしその力学を理解すれば世界は違った風に見えてくるはずだ。堤氏は「未来を選び取る自由を決して手放さないと決めた世界の仲間たちへ、愛をこめて」とこの本を締めくくった。

2007年アメリカのサブプライムローン問題は「信用危機」、「流動性の危機」、「資金繰りの危機」という三つの危機を引き起こした。2008年1月アメリカが不況に落ちるという不安が世界同時株安を引き起こし、今現在(6月)も株価は低迷し続けている。欧米の金融機関は巨額の損失を計上し、シティーグループ、メリルリンチ、USBという巨大金融機関の社長の首が飛んだ。そしてモノライン保険会社も危機に陥った。このサブプライムローン問題はアメリカ社会になぜ起きたのか。2006年ごろ方住宅ブームは勢いをなくし始めた時、業者が新たに目をつけたターゲットは国内に増え続ける不法移民と低所得者層だった。自己破産をし経歴を持つものやクレジットカードが作れない彼らにも住宅ローンが組めると云うふれこみだった。このサブプライムローン問題の本質は単なる金融の問題ではなく、過激な市場原理が経済的弱者を食い物にする「貧困ビジネス」のひとつだった。アメリカ国内でアフリカ系住民の55%、ヒスパニック系住民の46%がサブプライムローンを組んでいる。経済的な人種搾取といってもいいが、それ以上に恐ろしいのは世界を二分するような格差構造をめぐって、暴走型市場原理システムが弱い者の生存権を奪い貧困化させ追い詰めて金融商品で儲けるという潮流である。「教育」、「命」、「暮らし」という国民の責任を負うべき政府が、「民営化」によって民間企業に国民を売り飛ばして市場原理で貧困化させるという構図は、はたして国家といえるのか。単にアメリカと云う国の格差・貧困問題を超えた大きな流れを今ここで検証しよう。「暮らしー格差貧困・災害対策の民営化」、「命-医療・健康保険の民営化」、「若者ー教育の民営化」、「戦争の民営化」という「民営化による生活の破壊のすさまじさ」の切り口で検証を進める。

「暮らしー格差貧困・災害対策の民営化」

アメリカンドリームとアメリカのイメージそのものであった幸せな中流家庭は何処からおかしくなったのだろう。それはニクソン大統領からロナルド・レーガン大統領に代わったときからである。福祉国家から小さい政府をめざす効率優先の新自由主義(市場原理主義)政策に変化し、企業への規制を廃止・緩和し、法人税をさげ社会保障費を削減した。その結果年収220万円以下の貧困人口は1970年代に較べて急増し、3650万人、貧困率は12.3%となった。18歳未満の「貧困児童」も17.6%に増加した。その児童のために「無料ー割引給食プログラム」が実施されているが、人種別の受給有資格者児童の割合は、白人で24%、黒人で70%、ヒスパニックで73%、アジア系33%、アメリカ原住民で65%が有資格者である。この給食制度は貧困児童の食を満たすという点ではまことによい制度であるが、また貧困成人の食のための「フードスタンプ」発行制度で受給している人口は2006年度で2619万人、ワーキングプア-人口は3650万人(アメリカ人口は約3億人)である。皮肉な事に貧困と肥満が相関している。安く食を確保するため食事内容がお粗末になり油で揚げた「ジャンクフード」中心になっているためと思われる。120兆円といわれる食品産業が貧困層をターゲットに高カロリー食品で利益を上げている。貧困層は自分家庭で調理する事は少なく、ジャンクフード、ファーストフード(日本で言えばカップヌードル)に依存している。経済的弱者は見かけのの高カロリー食品で肥満になっている。貧困と肥満が同義語になっている。

2005年8月29日アメリカメキシコ湾岸を襲ったハリケーン・カトリーナによりニューオリンズ市の80%が水没した。これを単なる自然災害と呼ぶにはあまりにもアメリカ社会の現実を象徴するものであった。被害を拡大し、復旧を遅らせているのがブッシュUのアメリカ政府の政策である。そういう意味で人災と呼んでもいい。連邦緊急事態管理庁(FEMA)のブラウン長官は同日午後「緊急救援活動はFEMAが一括管理する。承認されていない活動は認めない」と声明を出した。ニューオリンズ市が水没してもなんら手は打たれなかった。なぜ対策がこうも遅れたのだろうか。それは1997年クリントン大統領が制定した災害予防プログラム「プロジェクト・インパクト」をブッシュUが2001年に廃止し緊急緩和助成プログラムHMGPに移行し、かつFEMAの機能を大幅に縮小して民営化し、2003年予算を半分に削減したからである。それを提言したのがブッシュUの側近「鉄の三角形」であった。国民の命に関る部分を民間に委託するのは間違っていたのである。民間企業は利益優先で災害復興もままならず、住民を追い出して被災地の再開発に血道をあげていた。ニューオリンズの貧困地域を「地域全体の経済競争地区化」、「均一課税自由企業地化」という法案を承認した。災害復興はまるでやるつもりはなく、資本主義の理想郷つくりに邁進した。またルイジアナ州では災害後すぐに学校の運営を民営化する「チャータースクール」に切り替えた。学校の教師と職員7500名を解雇した。

「命-医療・健康保険の民営化」

80年代以降、新自由主義の流れが主流になるにつれて、アメリカの公的医療も徐々に縮小した。政府は「自己責任」という言葉の下に国民の自己負担率を拡大させ、自由診療という保険外診療を増やした。政府が公的健康保険から手を抜き始めると、民間の医療保険が拡大し保険会社の市場は拡大した。だが、国民の命に対して国の責任範囲を縮小し民間に移行することは取り返しのつかない「医療格差」を生み出した。アメリカの乳児死亡率は年間平均1000人に6.3人という先進国では最も高い率で(日本では3.9人)ある。2005年の全破産件数208万件のうち企業の破産は4万件で、個人破産が204万件であった。その内半分が高額医療負担による破産であった。例えば盲腸で一日入院するとニューヨークで243万円、ロスで194万円(日本では4,5日入院しても30万円を超えることはない)である。日帰り出産費用は165万円(日本では35万円の出産一時金が出る)である。これではアメリカに住みたくないと思うのは私だけではないだろう。2007年で4700万人の無保険者がいる。このような恐ろしい状態になったのは、効率と利益を求める競争原理を医療現場に持ち込んだためであり、政府の責任放棄であろう。医療機関は医療過誤訴訟などマイナス要因で民間保険会社の登録からはずされるのを恐れ、看護師削減、産科の廃止、コストダウン、ベット効率回転合理化などを迫られている。医療機関は保険会社と個別に契約するため、保険料請求事務が大変な負担になっている。こうして1960年代に成立したアメリカの「メディケア」、「メディケイド」は次第に破綻しつつある。「メディケア」受給者数は4230万人、「メディケイド」受給者数は5340万人で高い医療費と保険会社の支配化で州政府の財政を圧迫している。

日本の医療費は出来高払いであるが、1983年以来アメリカは病気別定額払いDRGになり、医療サービスの数を減らす事が病院側の利益につながる仕組みである。したがって入院日数や入院数、ベット総数の減少を余儀なくされ、ついに病院数自体も減少した。病院の経営は日本は医療法人であるが、アメリカは非営利型から株式会社型の経営に切り替わった。HCA社という巨大病院チェーンの利益率は18%である。普通の企業ではあまり見られないほどの高利益率である。病院の吸収、買収が日常化している。1999年の医療過誤「医療事故」で死亡する人は年間7万1000人であった。年間4万人の自動車事故よりはるかに多い数であった。院内感染は入院患者の5%、年間180万人が感染症にかかった。これを医療不信・医療崩壊といわずしてなんだろうか。「医は算術」は日本では公にできないが、アメリカではまさに「医は算術」である。保険会社は病気になった人保険から締め出し、一度病気なると無保険者にならざるを得ない。国民は健康なうちは会社を通じて安い医療保険に加入できるが、一度病気になり働けなくなると、高額な自己加入保険か無保険者になってしまう。医療費負担破産はクレジット負債破産についで自己破産の直接原因の第2位である。アメリカ国民は日本の国民皆保険制度を理想の医療制度だと絶賛しているのだ。市場原理とは弱者をこのように切り捨ててゆくシステムなのです。民主主義国において市場原理主義を絶対に入れてはいけない「セーフティネット」があります。それにたいして政府が責任を持たなければ国とはいえません。

「若者ー教育の民営化」

新自由主義は「いのち」、「くらし」に加え「教育」にも競争を導入した。2002年ブッシュUは教育改革法「落ちこぼれゼロ法」を制定した。学力テストの結果は学校が負い、成績が悪ければ教師は降格・免職、学校助成金削減・廃校処分になるというものだ。そして最大の問題は高校生の個人情報(成績・家庭情報など)を軍の採用係りへ提出する義務とし、拒否すれば助成金をカットする。裕福な子弟が通う私立学校にはこのような義務はない。貧困な家庭の子供が通う公立学校を管理する法律である。これが即ちに、貧困生徒が軍に入隊する仕組みにつながる。格差を作って、貧困家庭の子供を兵隊にするシステムとなっている。さらに貧困生徒の入隊希望者には学費免除、医療保険加入、非アメリカ市民には市民権の取得という特典で誘う。2005年「低所得者児童向け医療保険制度基金」から1200億円を削減し、経済格差で生まれた貧困児童の選択肢を狭めている。2007年の「移民法改定」では入隊すれば不法移民にも市民権を与えることにして、軍隊に入隊するしか生きる道はないようにもってゆくのである。このように貧困な若者は出口をふさがれ、軍隊へ一直線に向かい、新兵は全員イラクへ送られる。

アメリカの学資ローンには政府が教育補助として返済不要の奨学金も一部あるが、殆どは政府が年率8.5%の利子を金融機関に補助する学資ローンである。政府の新自由主義政策の流れで教育予算が大幅に削減された結果、学資ローン貸し出し機関の民営化が急速に進んでいる。政府が利子を補給するので金融機関にとって「ドル箱」と呼ばれている。大学生の卒業時のローン借金は4年生で300万円ほど、修士では1200万円ほどになる。学資に耐えられず中退する学生も多い。全米の33%が学資ローンの受給者でクレジットカード返済滞納者である。ここにも軍隊の手が伸びている。卒業までの費用を軍が負担し、卒業と同時に入隊する条件である。奨学金制度の予算削減、ローン利子補給の学生支援企計画予算の削減、教育補助関連予算の削減によって貧困学生を追い詰め結果、若者たちの自己破産件数は111万件(1999年)となった。高校卒業後入隊しても新兵の給料は年160万円ほどで貧困ラインすれすれである。イランから帰国後PTSDで職につけない人もおり、全米に350万人いるホームレスのうち、50万人は帰還兵である。社会保障費を削減し大企業を優遇する政府のやり方は、セイフティネットがない中で教育や雇用の場所を奪われた若者たちに希望を失わせる。その結果中間層は消滅し、貧困層は大企業の利益を拡大するシステムの中に組み込まれた。

「戦争の民営化」

グローバル市場において最も効率よく利益を生み出すもののひとつに「貧困ビジネス」がある。サブプライムローンはその典型であった。国家レベルでは「戦争」である。アメリカの経済学者フリードマンは「国の仕事は軍隊と警察以外のすべては市場に任せるべきだ」というむき出しの市場原理を唱えたが、その戦争までが民営化されている。戦争請負会社「ケロッグ・ブラウン&ルート社」は派遣人員6万名をイラクやアフガニスタンに送った。貧困層の非アメリカ人は言葉巧みに戦場へ送られた。採用の名目は運転手・清掃・調理人などで海外派遣もありうるということで(日本人もいた)あった。民間人が殺されても戦死者として政府も発表する義務はない。ガルフ・ケータリング社、モーニングスター社などすべての戦争請負会社何重にも下請け構造になっているが、その親会社の一つがチェイ二-副大統領がCEOだった石油サービス・建設業の「ハリバートン社」である。戦争後方支援の下請けの末端では最低賃金さえ守られていないので、戦争請負会社の利益は莫大である。派遣員のターゲットはアメリカ国内から、生活水準の低い貧困国に向った。そして戦争のコスト削減のため戦闘行為の下請けも行われている。「ブラックウォータUSA社」は戦闘事態を行う「傭兵」派遣会社である。2008年度のアメリカ国防省予算は約50兆円、イラク・アフガニスタン駐留予算は16兆円が議会で審議されている。「傭兵」には法的拘束力はない、野蛮行為に対して国際法は適用できないのである。しかもアメリカ政府とは警備という名目で契約しているので、契約相手は国防省ではなく国務省である。

テロ対策と称して、国民の個人情報の一元化と監視体制が強化された。9.11以降は「テロ撲滅」という名目が立てば、国民の権利はどうしてもかまわない状態になった。要するに戦時国家総動員体制である。個人の権利は制限されてやむなしというのである。2002年ブッシュUは国家安全保障局の盗聴を認めた。2008年より「国民身分証法」の磁気IDカードの所持を義務つける法案が施行される。もはや徴兵制に頼る必要さえなくなっている。格差を拡大する政策を次々と打ち出せば、貧困層は追い詰められ生活苦・借金苦から戦争に応募してくるのである。目の前の生活に追い詰められた末に選ばされる選択肢の一つに戦争があるということだ。

まとめ

むき出しの資本の利益の前に、アメリカ政府は市場原理主義政策を打ち出し、格差を拡大した。自分は勝ち組と行けると幻想したら大間違い、勝ち組は巨大金融資本だけ、マイノリティの貧困層は戦争へ、中流は貧困層へ落とされた。「勝ち組・負け組」、「自己責任」、「規制緩和」、「小さな政府」、「経費削減」、「改革」という言葉の陰で格差拡大、政府責任放棄、労働者セーフティネット破壊、社会保障経費切り捨て、弱者・高齢者切り捨てなどが進行した。このようなアメリカ社会の後追いを歴代の日本政府が進めています。こんな社会になってはいけない。国民を資本という血の通わないモンスターの餌食にしてはいけない。


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