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春山昇華著 「サブプライム後に何が起きているのか」

 宝島新書(2008年4月)

格付け信用の失墜とレバレッジ手法の終焉 世界の金融の中心は移動しつつある

昨年11月に発刊された春山昇華著 「サブプライム問題とは何かーアメリカ帝国の終焉」の纏めで述べられたことを採録すると以下であった。
これまで消費大国アメリカが世界から物を買ってくれたおかげで、世界経済は潤っていた。欧州、日本、中国はアメリカのための生産基地であったし、裏返しにいえば植民地であった。この世界経済の構造が今後とも磐石であると云う保証はないし、いつドル崩壊が起きるか分からないという不安もある。2007年9月24日IMFは世界経済見通しを悲観的に軌道修正した。アメリカの住宅価格は15%から最悪30%低下すると云う予想である。アメリカは世界一の消費大国で内需主導の経済政策を戦略の中心においた。貿易赤字は望んでしている戦略である。日欧は一度も内需主導になったことはない。アメリカが買ってくれるから生きてこれたともいえる。アメリカパワーの源泉はドルの信用である。信用がある限り国債証書は輪転機を回せば印刷できる。しかし近年ドルは低落を続けている。1984年と2002年にドルは上がったが、いまやドル指数は80%を切っている。アメリカの覇権について懸念材料はエネルギー資源価格の高騰である。資源消費大国アメリカにボディブローを与え続け、中南米、ロシア、中国の動向がアメリカの覇権に影をさしている。欧州や東アジアと云う経済圏がアメリカ従属から独立したときが新たな覇権が生まれるかもしれない。

本書はその半年後に再び「サブプライム問題」のその後の成り行きを追跡し、世界金融の状況を検証したものである。2008年1月31日、日本の大手銀行グループの決算(2007年度末までの)が発表された。サブプライム関連の損失は5882億円に上った。アメリカのサブプライムローン問題は「信用危機」、「流動性の危機」、「資金繰りの危機」という三つの危機を引き起こした。2008年1月アメリカが不況に落ちるという不安が世界同時株安を引き起こし、今現在(6月)も株価は低迷し続けている。欧米の金融機関は巨額の損失を計上し、シティーグループ、メリルリンチ、USBという巨大金融機関の社長の首が飛んだ。そしてモノライン保険会社も危機に陥った。サブプライムローン関連証券にトリプルAという格付けを与えていたS&Pやムーディーズという格付け機関はつぎつぎと格付けを下げ、「格下げ」が価格崩壊を加速するという悪夢のスパイラルに入った。今サブプライムローン問題を反省すると、投資家の欲望が格付けと証券化の暴走許した結果のバブルであった。格付け会社は証券会社の追認機関(提灯持ち)と化したということが実態であった。格付け機関の役割は、証券化商品に支払い保証の期待を賦与して、大量取引が可能な「標準化と均質化」を備えた投資商品へ変身させる事であった。「トリプルA皆で渡れば怖くない」という風潮を助長した。サブプライムローン問題は単に金融機関に損害を与えただけでなく、証券化・格付け・金融保険制度という欧米流の金融制度に根本的な不信が生じたほうが重要である。また世界中の投資家が「レバレッジを使って利益を増幅させる」というやり方に待ったがかかった。そして金融信用が収縮し「もう金は貸さない」という状況ではレバレッジ手法は使えない。この欧米の金融危機に動いたのが、アジアと中東の国冨ファンド(SWF) であった。オイルダラーと外貨準備金による緊急支援の手は、今後どのような流れを生むのだろうか。

1) 窮地に陥った欧米の金融機関

ここ20年の米国国債(10年)の金利を見てみると1984年に14%であった金利は長期的な低下トレンドであり既に4%以下である。そして株価市場NYダウは20年間上昇相場を形成した。金利の低下は住宅ローン金利の低下となって住宅ブームがおき住宅価格は上昇した。金利の低下は企業の資金調達にかかるコストを下げ業績を飛躍的に向上させた。企業は潤沢な資金をもっており、ビジネスターゲットは企業から消費者へ移行した。金融技術が著しく発展し証券化という手法で、消費者に住宅や高マージンの金融商品を売りつけたのである。2007年度は金融業界にとって、住宅バブル、証券バブルを謳歌した2006年度の天国から一転して地獄へ突き落とされた年になった。2077年度の米国経済指標を見ると、GDP成長率は4.9%という高い成長率を示したが、製造業景況指数、ビジネスアウトルックや消費者マインド指数が下がり、設備稼働率は横ばい、失業率は5%に上昇した。住宅ローンの返済遅延が悪化すると証券化商品が格下げされ、証券化商品の値下げ、ヘッジファンドの証券化商品の投売りとなり、さらに値下げを加速した。証券化商品のバブル(銀行の特別目的会社SIVによるABCP証券発行の自転車操業)は止まって、銀行の資金調達は悪化した。英国ノーザンロック銀行では預金の取り付け騒ぎまで発展した。これを「信用危機」という。混乱を避けるためFRBやECBは公的資金を注入し続け現在は沈静化している。銀行の貸出基準の強化で貸し渋りという「流動性の危機」が発生した。短期金融市場では一時パニックになったが、中央銀行による量的緩和と大幅利下げによって2008年2月にはFF金利程度に下がり流動性危機は収まってきたようだ。1月多くの企業は景気後退局面リセッションになった途云う予想をしたため、景気の悪化懸念に対応して、FRBは大幅な金利引き下げを行った。FF金利は3%、10年国債金利は2%と低下した。米国の金利も日本並みにゼロ金利時代になるかもしれない。すると「ドルキャリー取引」を誘発し、大規模なドル売りが発生するかもしれない。

2008年2月4日ラスベガスで全米証券化会議が開かれ、証券化商品は氷河期に入ったと評された。2007年度の世界の金融機関は21兆円を失ったといわれる。米国の住宅ローンの残高は、優良なプライムローンが約800兆円、サブプライムローンが158兆円、サブに近いオルトAローンが107兆円で、広義のサブプライムローン残高の合計は265兆円である。はたして損失が20兆円程度で済むのか、日本での経験ではまだ信じられない数値である。日本の金融機関ではみずほFGと野村證券があわせて5000億円の損害であった。日本の被害が少なかったのは、金融萎縮のため手を出せなかったことが幸いしたのかもしれない。銀行の簿外取引SIVは別に「飛ばし」であって、自己資本規制をたくみに避けるものでったが、銀行が簿外のSIVを引き取らざるを得ないので、銀行の不良債権が増加する。昨年秋にシティーグループ、メリルリンチ、USBという巨大金融機関の巨額な損失が明るみになった。損失をカバーする新たな資金を得るために、シティーグループは2007年11月アラブ首長国連邦から8025億円の融資を受けた。メリルリンチも2007年12月シンガポール政府系ファンドから4708億円の融資を受けた。欧米金融機関はアジア・中東の政府系ファンドSWFからの融資(金利11%程度)でようやく息を継いだという感じである。メリルリンチはクエート・シンガポール・韓国などから1兆2000億円、モルガンスタンレーは中国から5350億円、USBはシンガポールから1兆円、シティーグループはアブダビ・シンガポール・クエートから2兆4000億円を借りた。巨大金融機関は2007年度下半年の赤字で4年間の利益をすべて吐き出した。現在は縮小均衡(リストラ)へと舵を切っている。証券業界だけでも四万人のリストラが発表された。2008年の東京G8では全くの無策に終始した。協調の仕様も無いのだろうか。

2) 救世主の国富ファンド

これまでの金融の歴史では誰かが窮地に陥ったら、奉加帳をまわして救済資金が集められた。しかし今回この奉加帳方式は機能しなかった。90年代より金融危機関は自己資本規制(バーゼルT&U)によって、野放図な拡大路線は取れなくなっている。商売の規模に応じた資本金規模が求められるのであるが、経営者は株価の下がる増資や自社株ストックオプションは避けるものである。銀行には余裕のお金は何処にもなかった。銀行はリスク上許される限りのレバレッジを掛けた嵩上げ商品開発(証券化)に努めてきた。つまりオフバランス(簿外)を大々的に進展させた「レバレッジ経営」をしていたのである。すると資金に余裕のある者は,先進国金融機関以外に求めざるを得ない。そこで登場したのが、アジア・中東の国冨ファンドである。

国冨ファンドとは国家機関(ソブリン)が主体となって運用するファンドである。IMFの推定によると、268兆円の資産規模で、ヘッジファンドの2倍の資産規模を誇る。その資金源は石油・ガスなど天然資源の輸出による貿易黒字か、商品の輸出による貿易黒字である。貿易黒字によって外貨の蓄積、外貨準備高をたくさん持っている。天然資源の輸出による貿易黒字国にはアラブ首長国連邦、サウジアラビア、クエート、カタール、オーストラリア、リビア、アラスカ、ブルネイ、マレーシアなどがあり、商品の貿易黒字国にはシンガポール、中国、香港、韓国などがいる。世界で唯一、貿易時の支払いに使用される米ドルを持つアメリカだけが巨額の貿易赤字に耐えられる。アメリカの貿易赤字の累積額がすなわち国富ファンドの資金源である。政府系ファンドといえば年金、郵貯などもファンドではあるが、資金に余裕は無いし、長期の貸付にはリスクが大きいので出来ない。短期的な時価評価に煩わされない巨額の投資が可能な余裕のある資金が中東の石油系ファンドである。秘密のベールに包まれ、国民の監視から免れた資金とは中東の王政国家や社会主義国家資金である。すなわち民主主義議会(民意)が存在しない独裁国家が便利である。

中東イスラム圏でな「利息のある貸付業務を行っている企業への出資・投資は禁止」されている。イスラム金融とアメリカ金融が共存共栄できるかどうかは不透明である。しかし近年の中東諸国や中国が資金の再配分の権力を持ちつつある。覇権が移動しているのだろうか。覇権とは権利と義務が表裏一体の関係にある。義務とは貿易決済で必要とする流動性のある通貨を潤沢に供給する事である。アメリカは膨大な貿易赤字を海外からの資金流入で埋め合わせるという自転車操業が出来る経済大国である。日本や中東や中国がアメリカへの商品輸出に依存している限り、覇権国家とはいえない。ましてドルに代わる事は未だ想像もつかない。

3) レバレッジバブルの正体

2007年の証券化ビジネスは好循環からあっという間に悪循環に変わる地獄を体験した。米国経済は住宅価格の上昇によって、住宅ローンが多く組まれて証券化商品の価格が上昇した。それが証券化商品への投資利益を生んだ。同時に証券化商品の価格変動が少なかったので、証券化商品の規模が増大して、証券化商品の信用・価値が著しく増加したのである。それが「いけいけどんどん」の好循環バブルとなった。ところがこれが逆回転しはじめたのである。バブル崩壊である。一度値崩れをすると証券化商品の大量売り圧力となった。待ちは無い、脱兎の如く売り抜こうとする。皆が逃げ出す、誰も買わない、誰も金を貸さない証券化商品となった。住宅ローンの証券化ビジネスで儲けたのは、証券化の手数料を取る証券会社と、特別目的会社SPCをつかう銀行であった。住宅を買う消費者は銀行や住宅ローン会社とローン契約をする。銀行はこの契約を集めて、証券会社に売却する。証券会社はこれを証券に加工して高手数料を頂く。このMBSやABS証券に格付け会社やモノライン保険会社が信用を賦与してくれるのである。そして住宅ローンの支払い遅延リスクを広く証券に薄めてばら撒くのであった。債権投資家はこの商品がトリプルAだから投資した。モノライン保険会社が債権の最期のとりでであるはずだが、ここが破綻すればすべてが絵に書いた餅に化すのである。

薄い金利差を大きく見せる手法がSIV、ABCPを使った「レバレッジ」という「鞘抜き」ビジネスである。これもすべてがうまくいった場合に限るのである。どこかでつまずけば損失も梃子の原理で拡大する。特別目的会社SPCがトリプルA 証券化商品を保有し、借金なしで自己資金50億円を3年の金利3.5%で投資したとすれば1億7500円の儲けである。ところが950億円を金利3.3%で借金して1000億円を金利3.5%の商品に投資すれば、得られる利益は35億円で、払う借金の利子は31.35億円である。差し引き3.65億円の儲けとなり、なんと利益率は自己資金が50億円だからみかけは7.3%になる。投資と借金の金利差0.2%でもこのようなレバレッジ効果がでる。借金の期間が短ければ金利はもっと下がるのである。普通は6ヶ月の借金期間を繰り返して3年間の投資にやりくりする。是が借金を利用して利益を膨らませる「レバレッジ戦略」という。是が成り立つためには、自分の格付けがトリプルAを維持しなければならない。もうひとつは投資期間と借金期間のギャップである。証券化商品が担保となって資金を調達するので、商品が格下げされると金を貸してくれるところが無くなる。そうするとこのビジネスモデルは終焉を迎える。それが2007年度夏以降の事であった。「信用創造メカニズム」が逆回転をした。金融界ではこれを「信用収縮」といいデフレとなる。サブプライムローン問題の本質はこの「レバレッジバブル」であった。日本の失われた13年の歴史が教えるところは、不動産バブル崩壊後の修復過程では、金融機関がまず復活し、その後に不動産市況が底を打つと云う順番である。

4) モノラインと証券化の行方

証券化商品に絶大なトリプルAという評価を与えたのが、格付け会社とモノライン保険会社であった。これでサブプラム層に住宅ローン契約してきたのである。金融だけを扱う保険会社をモノラインという。モノラインが支払い保証を与えれば、その証券を担保にして金を借りる事ができる。モノライン保険会社は「信用」を提供していた。保険ビジネスが成立するには多岐にリスクを分散し、多くの契約数を持つ事である。モノライン保険会社が支払い保証を出せば、すべては順調に回転するはずであった。しかし「住宅バブル」と「証券バブル」の崩壊によって前提条件が崩れた。サブプライムローンという全く分散されない同一の低品質のリスクを大量に背負い込んだモノライン保険会社の失敗であった。均質化、標準化という目的で証券化したがゆえに激しい価格変動を受ける宿命に見舞われたのである。モノライン保険会社の株式が2007年より凋落し、2008年1月アムバックという保険会社の会社格付けもトリプルAからダブルAに格下げされた。アムバックの降格で被害を蒙ったのが地方債である。信用が低下すると高い利子を払わないと借金できないのである。地方債の発行市場はとばっちりに過ぎないが、本当に損失を蒙るのは銀行や証券会社である。銀行や証券会社の抱え込んでいる証券化商品の価格がさらに低下して評価損が膨らむと、更なる資本金の積み増しが必要となる。

証券化の歴史は、実は不良債権を進めるために大変苦労したから発展した技法である。証券に魅力を持たせるため、標準化、均質化、格付け付与による高品質化これらのすべては「臆病な投資家の資金を呼び込むための打ち出の小槌」の役割を果たした。証券化の長所は広く万人に分割されて保有され、転売によって流通するので市場での監視が強い事で、反対に欠点は証券の保有者が借り手の事情をよく理解していない事である。そのため思惑で売買され、証券価格が行き過ぎた値動きになりやすいことである。今回サブプライムローンのように実情以上に値下がりして壊滅することである。その下落の大ききな要因に一つが「レバレッジ」である。3) レバレッジバブルの正体に書いたように、すべてがうまく回転していれば、薄い金利差でも巨大な利益を生むことであった。しかし損失も増幅されるのである。もし10%損失が出れば、自己資金だけの場合は10%の損失ですみ90%の資金は回収可能である。しかし10倍のレバレッジを掛けていれば、10%の見込み違いで損失額は自己資金全額となる。レバレッジの破壊力は凄まじい。

サブプライムローン証券化に使われた「トランシェ」という技法は、リスクを多層化して証券受け取り利率を上げるという手法が用いられた。安全な証券の受け取り利率は低く、リスクの高い証券の受け取り利率を高くするのである。これをシニア、メザニン、エクイティとよぶ階層別「優先劣後構造」といい、低品質のサブプライムローンの集合体であっても、優先的に利払いが受け取れる「トランシェ」を恣意的に作り出しそれをトリプルAとして販売したのである。破産するサブプライムローンの比率は1/3途云う予測がある。するとリスクの高いエクイティは本来利益は受け取れないはずなのに、これを再度トリプルAとして販売したのである。これはもう詐欺である。証券化は悪ではないのである。「リスクを適当に再配分する」という機能はあるのだが、再証券化商品というまがい物を作ったため全体が詐欺になったのである。

5) 世界金融の覇権交代の流れ

対26カ国の貿易加重ドル指数は2002年より下降の一途である。アメリカドルの通貨価値が下がっているのである。アメリカの双子の赤字は世界が許容しているから続いているのである。商品をアメリカに輸出しなければ世界の経済は破産するからである。アメリカの体力回復を願っているのだ。アメリカの景気回復はあるのだろうか。日本の経験からアメリカはデフレを警戒しつつゼロ金利まで下げる必要がある。そして通貨価値を上昇させてはならない。アメリカへの輸出国はドル安を我慢しなければならない。98年の危機はアジア・ロシアで発生した。現在の危機は欧米である。外貨準備高の優等生は日本と中国であったが、2006年より中国の外貨準備高は日本を抜いて世界一である。中国はケ小平の「黒猫白猫」、「先富論」、「一国二制度」という柔軟な経済路線で躍進した。アメリカが欲しがる商品の製造基地としてのし上がってきた。また外圧にいわれるがままに金融自由化を実施した「日本の失われた13年」を中国はしっかり学んでいた。人民元レートも開放しないのである。

2006年度まで世界の金融市場は@アメリカの証券化資金 A中国の貿易黒字 B石油ガス生産国の貿易黒字で積みあがった余剰資金で支えられてきた。証券化バブルが崩壊した今日、レバレッジ手法は減少するだろう。黒字を溜め込んだ国が新しい金持ちになる。世界金融は欧米から重心が移動しつつある。日本の生きる道は、コスト競争で中国には勝てないので、トヨタの成功例に学んでトータルなコストパフォーマンスで競争力を向上させることと、任天堂のように他者が真似できないような製品を提供する事であろうか。日本の経済力は1988年をピークとし、国民所得の世界順位は93年がピークであり、労働人口は96年がピークで、総人口のピークは2004年であった。日本は穏かに衰退を続けている。ヨーロッパ並みの小国になるだろう、それもいいじゃないかという考えもうなずける。覇権国家は疲れるし、殺伐とした殺人国家にはなりたくない。製造業主体の経済から、知識主体の経済へ移行しつつある。金融中心ということはなりたくないが。


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