070424

ひろ さちや著  「狂い」のすすめ

 集英社新書(2007年1月)


日本社会は狂っている。こんな狂った社会の言いなりになってはいけない。
私達は狂うことによって自由に人間らしい生き方が出来る。

私はこの本の題名をみて、一休和尚の「風狂の生き方」を想起した。本書を読んで益々その意を強くした。室町戦国の世は日本の弁証法的矛盾が吹きだした創造的時代であった。世は下克上の戦乱に明け暮れ都は戦火に焼かれ、貨幣経済や市場勢力が勃興して自由自治都市が発生すると同時に、多くの貧民が餓死する将に地獄絵の世界であった。しかし文化芸術の分野では日本文化の原型といえる茶、華、能、絵画、庭園、大建築物、宗教改革に創造的進化が見られた実に魅力的な時代であった。まさに日本のルネッサンス時代であった。しかし一休和尚の住む禅寺は、幕府系臨済宗五山制度と唐禅を理想とする皇室勅願系大徳寺・妙心寺の派閥抗争が著しかった。権力におもねる禅宗派閥の腐敗堕落は著しかったようで一休和尚の生涯はその腐敗との戦いに終始した。まさに一休和尚から見れば狂った世の中で生きるためには、自分がただ狂って世にすねるか反抗するかしか自由な生き方はなかったのである。この辺のいきさつは水上勉氏の「一休」という書物に書かれている。今は室町と時代は違うが、狂った世の中だと思うのは私一人ではないようだ。いなかるテクノロジーの時代になっても、人のやることの本質は同じである。人間が進化するにはやはり600万年くらいが必要なのかもしれない。

著者のひろ さちや氏については私は不勉強にしてよく知らなかった。東大インド哲学科卒ということを聞いてさもありなんと思う方だ。哲学といえばギリシャ哲学から西欧哲学への流れが哲学者の正統であろう。インド哲学とは仏教のことである。よほどの変人なのだという想像が付く。ということで、ひろ さちや氏は坊主かどうかは知らないが、間違いなく在家仏教徒である。従って本書は哲学書ではなく、仏教の教えを説く本であろう。本書は四章から成り立ち、「狂い」のすすめ、人生は無意味、人間は孤独、「遊び」のすすめからなる。日本人にとって分りやすいお題である。本書の内容は、内容は深いでしょうが言葉としては多くない。簡単で流すように読めてしまう本である。気に入った文句を紹介したい。

「狂い」のすすめ

室町時代後期の歌謡集「閑吟集」に「何しょうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」という言葉があります。自分は弱者だと自覚すると世間は強者です。弱者は強者の食い物です。弱者は独自の思想哲学を持たなければいけません。強者のからくりを見抜いて甘い汁を吸わせないようにするのです。強者は弱者を愚鈍にしておくことで利益を得ようとするのです。そんな世間の言うことなんか聞いていてはいけません。こんな世の中で世間のいうことを聞いて奴隷になるよりは、世間を信用せず軽蔑することで世間に楯突いてみませんか。金融資本主義、土建王国、エコノミックアニマルといわれる今の日本は狂って居ます。こんな狂った社会で、社会が言うようなまともな生き方をしてはいけない。奴隷になるより狂いましょう。ただ狂って遊びましょう。私達は本当の人間らしい生き方ができるのですよ。

人生は無意味

生きがい、人生の目的、過去のしがらみ、未来への不安などによって自分を縛ってはいけません。人間は本来「在るように在る」のです。期待される人間像とか生きがいというような機能価値は嘘っぱちです。人間は存在しているだけで価値があるのです。これを存在価値といいます。サマーセット・モームは「人間の絆」のなかで人間の歴史を要約すれば「人は,生まれ、苦しみ、そして死ぬ」それだけです。こうしなければならないという拘束で苦悶して自殺したり、人生を降りてしまうのは愚の骨頂です。ガンになって苦しんで死ぬこともあるがままの人生です。「反省や後悔をするな!希望や理想を持つな」ということが、無理なく人生を楽しんで全うする秘訣です。「少年よ大志を抱け」といって少年を苦に追い込むのは悪魔の言葉です。

人間は孤独

「そのまんま」に生きよう。我々には「自分が自分であっていい」という権利がある。これを「基本的人権」といいます。ガンになっても闘うな、治療するなということではなく、治るのも人生治らないのも人生と考えて生きることです。私達には自我というトゲを持っています。従って他人に癒しを求めてはいけません。癒されるわけはないのです。孤独を生きることが人間の運命です。他人を全的に理解することは現在の脳科学では不可能です。人のことについては何も言わないほうがよいのです。なにも言わずにじっと相手の言うことを聞いてあげる。それが本当の慈悲というものです。

「遊び」のすすめ

孤独とはいっても、人間はお互いに関係しあって生きています。迷惑をかけているとってもいいでしょう。それを縁と言うのです。人はこの世に存在することが全てなのです。先は何も分らずただ遊んでいるようなものです。この世にいる全ての人に存在価値があるのです。誰に拘束猿ことなく楽しく遊んでそして死にましょう。一期は夢!


随筆・雑感・書評に戻る   ホームに戻る
inserted by FC2 system