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小林篤子著 「高齢者虐待」ー実態と防止策ー

 中公新書(2004年7月)



2015年には25%が65歳以上の超高齢者社会を迎える。そのなかで近年暴力や介護放棄などによる高齢者虐待が社会問題化している。献身的な介護に疲れ果てた息子が老親に手を上げる、長引く看護に疲れ果てた老老介護者が配偶者を殺すといった事件も後を絶たない。適切なケアーが期待される介護施設でも性的虐待や暴行が横行している事実も見逃せない。著者小林篤子氏は読売新聞社会部記者の目で高齢者虐待の実態をルポした。

高齢者に対する虐待行為とは

「高齢者の心身に深い傷を負わせ、基本的人権を侵害する行為」はすべて虐待と見なされるが、高齢者への虐待には次の五種類があるとされる。
1)身体的虐待:暴力的行為で高齢者の身体に傷やあざ、痛みを与える行為。また外部との接触を遮断する行為や身体を拘束する行為。
2)心理的虐待:脅しや侮辱、無視、嫌がらせ、排泄への嘲笑、怒鳴りつけるなど高齢者に精神的情緒的に苦痛をあたえること。
3)介護や世話の放棄・放任(ネグレクト):必要な治療や介護を受けさせない、食事を与えない、入浴させない、排泄の世話を放棄するなど不衛生かつ栄養失調をきたす行為
4)性的虐待:オムツ換えなど人前で性器を露出させる、異性の職員による入浴介助やおむつ交換、性器接触など本人の同意がない行為
5)経済的虐待:高齢者の年金・家屋などの財産を勝手に使用したり処分すること、本人の希望する金銭の使用を制限すること

このような虐待が起きる家庭では、高齢者が寝たきりや痴呆問題行動がある場合とか性格上の問題があるときに起こりやすい。又介護する側では一人で長期に行わざるを得なくて身体的精神的に疲れ果てている場合やアルコール・薬物中毒者であるときや介護サービスを意図的または無知により受けられない場合虐待のリスクは高くなる。

上に述べた家庭内で起きる高齢者虐待のタイプを東京医科歯科大学の高崎教授は次の五つに分類されている。
1)介護負担蓄積型:介護疲れ、老老介護
2)力関係逆転型:高圧的な親・夫が要介護者に転落した時、妻・息子・娘が支配者に移行して虐待する
3)支配関係持続型:長い間支配下に置かれていた妻や高齢者がより強い支配関係に置かれる
4)関係依存密着型:親離れ子離れしない関係や全面依存型夫婦のとき、介護負担に耐えられず虐待する
5)精神障害型:どちらかがアルコール依存や精神障害、人格障害がある場合、虐待はより深刻になる

相次ぐ傷害や介護殺人事件が報道されるにつれ、厚生労働省も2003年11月に全国の介護サービス事業所や在宅介護関係機関1万6000箇所を対象に調査を実施した。その結果高齢者虐待は介護の必要なケースが大きな要因であり、虐待する者は息子が30%以上、配偶者や息子の配偶者が20%ついで実の娘の順であった。2002年度の介護者による殺人、傷害致死などによる死亡者は警察が公表した分だけで46人であった。又現在高齢者虐待を防止する法律は老人福祉法以外には存在しない。

家庭での虐待

2004年4月に介護の社会化を謳った介護保険制度が導入され多くの介護サービスが受けられるようになったし、施設における身体的拘束が原則禁止になり、社会福祉法で施設には「苦情解決責任者」を置かなければならないことが定められている。そして家庭にケアーマネージャやホームヘルパーなどの第三者がはいる機会が増えたことでその深刻な虐待の実態がようやく表に出始めた。介護を必要とする認知症がある高齢者は全国に149万人、在宅に於ける要介護者の数は450万人いること(2002年)が分り、2030年には認知症高齢者の数は350万人になるとも言われる。在宅介護の主な介護者は嫁が32%、妻が26%、娘18%、夫12%、息子11%で、高齢者が高齢者を介護する所謂「老老介護」は在宅介護の27%を占めている。悩み疲れ果てて虐待に及ぶ行為への救済は、厚生労働省が2002年8月に緊急性が高い人を優先して特老に入所させるよう省令を改正したが、多くの人にとって特老入所は数年先が現実である。また老人福祉法でやむをえない事情で行政の責任で家族から引き離して特老などのサービスを受けられる措置は2000-2003年間でわずか75件に過ぎない。

施設での虐待

2004年4月からの介護保険制度では施設で入所者の体を縛るなどする「身体拘束」は原則禁止になったとはいえ、認知症高齢者にたいする施設の虐待事件は後を立たない。それは支配する側(施設側)と支配される患者側の圧倒的な力関係のなかで発生している。患者の家族側でも施設がなければ自身の生活も成り立たない切実な事情があるため施設側に強く抗議ができない弱い立場にある。行政と施設は持ちつ持たれつの密接な関係にあり行政側に強い監督指導を期待するのも限界がある。また第三者福祉オンブズマンや内部告発もなかなか力を及ぼせない。全国4500箇所もあるグループホームが規制緩和で誰もが出来るようになって玉石混淆で質の低下を招き不祥事が多いようだ。現状では施設の介護職員になるには特別な資格は必要ない。特老の介護職員のうち介護福祉士の資格を持つものは42%に過ぎない。ホームヘルパーの資格さえ持たない職員も多い。職員の質の低下も施設側の深刻な問題である。

虐待をどう防ぐか

殴るけるの暴行だけでなく生きる意欲を失わせる身体拘束や言葉での虐待も見逃せない虐待だ。虐待防止の出発点は一番基本的な排泄ケアーや寝たきりにさせない努力などにあるようだ。排泄は高齢者にとって日常生活で最も重要な自立の要因である。入所者に最初から一律にオムツをさせるのは施設側の勝手な効率追求によるものだ。オマルでもいい自分の力でトイレでしたいという要求は自立への第一歩であり、人間としての尊厳に関わる問題だ。さらに入所者の体を拘束したり、薬を過剰に使うことは入所者の生きる意欲をなくさせる。厚生労働省が発行した「身体拘束ゼロへの手引き」にはその弊害を身体面と精神面と社会面から指摘しているが、未だに原則禁止の身体拘束処置は多くの病院や介護施設で半ば公然と行われている。


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