書評  060606

多田富雄著 「免疫の意味論」
 青土社(1993年4月 初版)


免疫とは「自己」と「非自己」を認識して「非自己」を排除する。しかしそのシステムは危険なバランスで成立している。それがスーパーシステムたる生命の全体像である。


多田富雄氏は言うまでもなく日本を代表する免疫学の泰斗である。けだし1980年代は日本人が免疫学研究の最先端を走っていた輝ける時代であった。その頂点が利根川進氏の抗体多様性の遺伝子機構の研究に対して与えられたノーベル賞であったが、インターロイキン関連の研究では本庶佑、高津聖志、平野俊夫、岸本忠三、新井賢一ら日本人免疫研究者の快挙が続いた。多田富雄氏の「免疫の意味論」という著書は、免疫学の研究成果の総覧という内容ではなく(現代免疫学の成果を知るならサイエンティフィック・アメリカの特集を読んだ方が詳しい)、むしろ生命の全体像の文脈で理解する試みである。意味論といえばとかく哲学的になるものだが、あくまで科学的生命システムの理解に終始した分かりやすい内容になっている。改めて免疫システムの大切さともろさを認識させてくれる名著である。

いまや免疫は分子と遺伝子の動きで生命を理解しようとする生命科学の中心課題となった。免疫は単に伝染病から身を守るシステムというだけでなく、あらゆる「自己でないもの」から「自己」を区別し個体を決定するシステムであるのは、臓器移植、アレルギー、自己免疫疾患、エイズなどの社会問題から来ている。結論から言って、免疫学的「自己」はそれほど峻別できるものではなく、かなりファジーなシステムである。これが生命システムの特徴でもある。胎児として母親の胎盤にいるとき母親の免疫システムは父親の半分の遺伝子産物をどうして攻撃しないのか。人によって妊娠中毒が起きるのはこの母親の免疫システムによって起きる。これが自己認識と非自己認識のファジーな側面である。アレルギーもしかりである。人が生まれてから幼児期に免疫的自己を確立するのは、胸腺というT細胞(ヘルパー、サプレッサー、キラーT細胞)の教育システムがあるからである。膨大な量の造血幹細胞が胸腺で増殖してフィルターをかけられ自己認識以外の細胞は捨てられる。自己を攻撃しないT細胞は僅か数%に過ぎない。この壮大な無駄と冗長性が免疫系を特徴付ける重要な要素である。自己の標識はHLA抗原であり、T細胞はレセプター(TcR)でもって他人のHLA抗原を「非自己」と認識する。

免疫システムを簡単にまとめると、異物が体内に入るとまずマクロファージ(貪食細胞)というリンパ球が取り込んで細胞内で分解する。分解された異物蛋白の断片が自己のMHC分子に結合してマクロファージの膜表面に抗原提示され(非自己の自己化)、それをヘルパーT細胞が認識し結合することによって、種々のインターロイキン情報伝達物質が放出され、その指令を受けてB細胞は抗体を大量に合成するプラズマ細胞に変化する。特異抗体が異物に向かって結合しキラーT細胞やNK細胞や補体の助けを借りて異物を分解するというのが免疫システムである。サプレッサーT細胞は免疫反応を抑制する。

一見しっかりしたシステムに見える免疫系も老化とともに、胸腺の縮退によりCD8+キラーT細胞、サプレッサーT細胞が顕著に減少し始め、生体防御システムの崩壊がはじまり、癌化の開始に繋がる深刻な情況に陥る。マラリア、エイズ、癌もこの「非自己」細胞の認識機構がさほど完全ではなく、簡単に免疫機構をすり抜けられることが原因である。主要組織適合性遺伝子複合体(MHC)がつくるHLA-A2分子の自己表示もさして完璧なものではなく、「自己」と「非自己」の峻別は確率的に低いことが分かった。


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