佐藤優氏を知らない日本人はいないと思う。2002年鈴木宗男衆議院議員の北方領土問題と建築会社との癒着問題に絡んで、偽計業務妨害容疑で逮捕され現在起訴休職中のロシア問題主任分析官である。出身学校が京都同志社大学神学部で外務省入所後はイギリス、ロシア駐在を経て、1995年より外務省国際情報局分析課に配属されたロシア問題の情報専門家である。宗男騒ぎのときはなぜか抱き合わせで逮捕され「外務省のラスプーチン」という異名を頂戴している。この宗男騒ぎは今から考えると何が犯罪なのかよく分らないままで宗男パッシングに終始し、徒に田中真紀子外相との対立があおられ国家捏造の冤罪事件の匂いがしていた。この辺の事情は佐藤優氏著の「国家の罠」、「自壊する帝国」（いずれも新潮社）に書かれている。いずれ紹介したい。
高永喆氏は韓国軍海軍高速艇体長時代には北の特殊船を撃沈し、情報参謀、士官学校教官、1989年より国防省海外情報部で日本と北朝鮮を担当した海軍少佐であった。1993年盧泰愚大統領軍事政権が倒れ金泳三文民政権に変った時、けじめとしての軍部粛清により、全斗煥、盧泰愚元大統領とともに禁固刑に処され除隊された。約4年の拘留と禁固刑を終えて、瀬島龍三氏が会長を務める「日本戦略研究フォーラム」の客員研究員を務める。韓日で情報通として活躍中。
本書は二人の座談会形式で構成され、前書きを佐藤優氏が、あとがきを高永喆が書いている。話の対象は結局アメリカを中心とした日本と韓国と北朝鮮関係が中心で、それに少し中国とロシアが絡む程度話である。従って「国家情報戦略」というおどろおどろしい闇の世界のスパイ合戦と考える必要はなく、日米韓の情報戦略と北朝鮮関係の話と考えれば、極めて読みやすい本である。この本の出だしは「国家情報(インテリジェンス）は、政冶、経済、軍事において大きな力を持つ」で始まり、米国のハイテク防諜システムから「人で始まり人で終わる」情報社会について二人のフリーの情報専門家が語ってくれるのである。
日本、韓国、米国の情報協力関係まず佐藤優が高永喆氏に韓国の情報機関に関する質問をする。高永喆氏は1961年朴正熙少将の軍事クーデターを見てあこがれて軍人の道に入った右翼少年であった。特殊部隊で映画で有名な「シルミド」のような情報部隊生活をして、そして韓国海外情報部に移ってからは北朝鮮情報の収集と分析としていたそうだ。韓国国防省情報貧部の会が気情報部の傘下にはアメリカ課、日本課、中国課、ロシア課という4つの部署がある。日本と韓国の間には現在毎年「韓日情報交流会議」があり北朝鮮に関する最新情報を共有している。世界各国の軍隊の情報部門では情報プロパーはあまりいない。畑違いの人間が命令によって担当するというやり方であるが、一般の政府対外情報部門では入り口のところから情報の専門家である。スパイは公募しない。人間を知った上で採用するには縁故がいい、自分からスパイになりたいという人間はバランス感覚に欠けた変な人間が多いからだ。国家情報部と軍隊の情報部門には自ずと特徴があり、国家情報部門はヒューマンインテリジェンスが強いが、軍隊情報部門は映像や通信情報収集というハイテク情報収集につよい。人工衛星で世界を顕微鏡で観察する能力に優れている。二つの組織は共存するライバル関係にあるがどちらの情報を使うかは大統領府が判断する。アメリカは国家安全保障局(NSA)という組織をもち、NSAは通信情報武門で「エシュロン」という全世界を網羅した通信傍受システムを運用している。韓国にとって安全保障の面で重要なことは周辺諸国との関係である。日本では北東アジア課、北米課、中国課、ロシア課と網羅的であるが、韓国は直面するリスクに関する情報収集が中心になる。
佐藤優氏はここで友好的情報協力関係を保つには第三者に対する情報開示「サード・パーティ・ルール」という原則の確立が必要だと説く。他国から貰った情報を新聞や第三者などに公表する前に了解を取り条件を聞くことである。そうしないと他国からは２度と情報をもらえなくなる。特に日本はこのコリント（協力情報）の分野における「サード・パーティ・ルール」を中心とする国際スタンダード(ガイドライン）設定を急がなければならない。機密の重要性も曖昧で、本や研究論文など公開情報を機密にするということは非能率的である。ここでまた高永喆氏に韓国の国際情報協力(とくに韓米間）を聞く。韓米両国は軍事同盟関係にあるため、軍事情報はトップシークレットまで殆ど共有している。逆にアメリカの情報提供がなければ韓国軍は機能不全に陥るわけである。在韓アメリカ軍は最新U-2偵察機を常時飛ばして情報収集にあたり。その情報は太平洋統合軍司令部、在韓アメリカ軍、韓国国防省の情本部に提供されている。偵察衛星の写真、通信傍受、人間情報を統合して対北警戒態勢のレベル「デフコン」の程度を決定する。偵察衛星KH-11,12の解像度は５-10cmである。この映像が一日２回撮影される。アメリカに人間情報(ヒューミント）はCIAが行い、各国大使館にCIA支部が設置されている。北朝鮮は人間情報は中国と連携、映像情報と通信傍受情報はロシアから得ている。ここでアメリカの国家安全保障局(NSA)の能力について総覧しておこう。NSAは「エシュロン」という通信傍受システムを通じて、全世界を盗聴監視している。アメリカは「国家安保局(NSA)」、「中央情報局（CIA)」、「国防情報局(DIA)」、「国家偵察局(NRO)」、「国家地理空間情報局(NGA)」という五つの情報機関がある。国内防諜は連邦政FBIに属する。NSAはCIAの３倍の予算をもち、これらの情報機関が使う１年間の予算は約４兆8000億円と推定される。日本の自衛隊の全予算に匹敵する。「エシュロン」は三つの階層に分けられた加盟国に提供されている。第一加盟国はアメリカ、イギリス、第２加盟国はオーストラリア、ニュージランド、カナダというアングロサクソン系３国、第三加盟国はNATO、日本、韓国、トルコという米国軍事同盟国である。NSAはいま、国際ビジネス、イスラムテロ情報、国際的麻薬取引、核拡散関連情報を優先順位の上位に置いている。アメリカの情報機関はアングロサクソン系５カ国以外は同盟関係にあっても完全な友邦国とは考えていない。裏切る恐れがあると考えているのである。
次に日米間の仮想敵国である北朝鮮の情報能力は世界的に見てかなり高い。韓国には北朝鮮のスパイが５万人も潜伏しており、政府高官にも入ってきているらしい。北朝鮮の情報機関は「作戦部」、「対外連絡部」、「統一戦線部」、「３５室」の４つがあるが、最も活動的なのが「３５室」と「対外連絡部」である。1987年大韓航空機を爆破させた金賢姫、宮崎県で原さんを拉致した辛光洙らは「３５室」であった。
私個人の感情では、陸軍中野学校というスパイ養成学校のことを自慢げに絶賛する佐藤優氏には反発しか覚えない。テクニックはどうあれ軍事独裁政権の手先となって侵略戦争を遂行した情報機関に賛意を寄せることは不可能である。とはいうものの歴史としての存在として（教訓として）中野学校の志した物を見て行こう。この章は佐藤優氏の独壇場である。北朝鮮のスパイ工作機関が優れた活動をしているのは（航空機爆破などがどうして優れれているのか）、日本帝国時代の中の学校の教科書を使っているからだといわれる。長期間かけて別に人間になりすましていくという考えをもって本格的な人材教育をおこなったのは陸軍中野学校が始めてである。そういう点からしても、関係のない国民を拉致する北朝鮮の情報機関は極めて卑劣で志が低いといえる。フィリッピンから帰還し小野田寛朗さんも中野学校ゲリラ戦特殊部隊養成所の出身であった。いわゆる「残置謀者」であった。「現地の人々に受け入れられないような謀略活動では絶対に成功しない」という信念で、南方戦線で現地の半植民地運動を助けたやりかたは、日露戦争でレーニンに資金を援助し、フィンランドのロシアからの独立戦争を助けた明石元二郎大佐の活躍に通じるものがある。ところで日本の大学では安全保障、国防、セキュリティー、エネルギー資源関連に関する学部講座がないことも平和呆けといわれる所以であろう。確かに日本政府及び国防省の情報組織は弱体かもしれないが、日本の総合商社の持つ情報は国家情報にもつながっているのである。現地で何が必要かということは、其処で近い将来何が起きそうかという身近な情報の収集なしではビジネスも成功しない。伊藤忠を巨大なグローバル企業にした瀬島龍三氏はベトナム戦争も予測したいわば政商である。明治創生期の三菱財閥の祖岩崎弥太郎も日本国家そのものの政商であった。陸軍中野学校の創設のいきさつは、ソ連の民衆の中に入り込むことが出来なかったことでこれではいけないいうことで秋草俊という「ソ連情報のカミサマ」が新しい教育を始めた。まず陸軍出身者を採用しなかった。陸軍軍人は威張っているので直ぐに態度で軍人あることがわかる。一般大学をでて世の中で幅広い知識や常識を持っている人間のほうがプロの工作員としては望ましい。「天皇陛下万歳」と叫ばない人を採用した。人の中に溶け込んで行ける人がスパイには適任なのである。日本の特務機関で面白いのは「ヤマ機関」やスペインにあった須磨機関の「TO作戦」であるが詳細は分らないので省略する。
北朝鮮をめぐって北朝鮮の心理作戦は以前には韓国国内の左派運動に深く浸透していた。ノムヒョン大統領のウエブ選挙運動にも策謀したという見方をする人もある。北朝鮮が心理工作をするとすれば民族融和の流れに乗って「鉄道カード」という手もある。金正日が鉄道でソウルを訪問するというサプライズ劇はどうだろう。また「北風」工作という手もある。大統領選を前に板門店休戦ラインで騒動を起こすことだ。かならず保守陣営の勝利になる。保守大統領は北朝鮮に感謝すること間違いない。アメリカのプッシュⅡのときの9.11テロは実はブッシュⅡの手先がテロリストを扇動しておこした政冶劇だといううがった説もある。なぜならアフガン戦争、イラン戦争で儲けたのは石油関係資本と軍事関係資本だからだ。そして金正日という男の性格をもっと知る必要がある。
正論的に北朝鮮関係をみれば、日米韓三国の北への経済進出にともない北朝鮮の経済水準が上がれば、韓国が主導権を以って南北統一を図る。そうすれば中国の覇権主義を牽制する環境が整うことになるのである。佐藤優氏はロシアの環境・技術・原子力監督庁長官プリコフスキーが今北朝鮮の開発権を買いあさっているようだという。平壌にロシア正教会を立てたのはロシアからの人道支援を期待してのことである。金日成の「主体思想」は息子の金正日では「先軍政冶」にかわった。なんてことはない全て軍事思想優先の国家体制である。ロシアの影響を主張する佐藤優氏に対して「韓国は北朝鮮はロシアの影響は限定され、殆ど中国の影響下にある」と高永喆氏は断言する。佐藤優氏は「北朝鮮では内側からのクーデターが起きることは期待できない。なぜなら北は宗教集団並みの組織になっているからだ。北朝鮮の中へ他国の情報とくに経済、民生情報が入って、彼らの欲望が爆発するときにが来た崩壊のきっかけになる」この意見には私も同感する。戦前の日本と同じである。天皇国体思想で天皇のために死ぬ宗教集団では革命の芽は摘み取られていた。あの金王朝では国民の福祉の向上なんて考えていない。自分達一族が生き残ることしか眼中にない。
高永喆氏は5、6世紀の朝鮮半島の歴史を振り返って、今の北朝鮮は高句麗、韓国西側は百済、韓国東側は新羅という三国時代、日本は百済の支族という位置づけをする。そして中国の隋の2度の遠征、唐大宗の遠征に耐えて撃退した高句麗の軍事的能力が今の北朝鮮に引き継がれているという。（日本の植民地化と併合では抵抗はなかったのはなぜか）地政学的には高句麗(北朝鮮）は大陸国家中国からの防波堤になってきた。昔高句麗の領土は中国の東北三省である吉林省、黒龍省、遼寧省に及んでいた。いまも中国東北部には朝鮮民族が残っている。朝鮮が統一された時には当然中国に返還を要求することになる。高永喆氏は北朝鮮が核兵器を放棄することはありえないと断言する。北朝鮮は自らが生き残る戦略として核兵器というカードは手放さないだろう。ここで高永喆氏と佐藤優氏は面白い論点を言い出す。「現時点での6カ国協議の裏の目的は日本を核武装させないことの一点に尽きる」という。日本が核武装する時は、イラン、エジプト、シリア、イスラエル(既に核兵器を持っているらしい）と核ドミノが進行した時である。アメリカの一元支配が崩れるときだ。