070713

五十嵐敬喜・小川明雄著 「都市再生を問う」

 岩波新書(2003年4月)

建築無制限時代の到来 不良債権処理の切り札 政官財による公共事業の強化

東京、名古屋、大阪などの日本の大都市では超高層オフィスビルや大規模マンションの建設ブームが続いています。日本中の地価が下落するなかで、大都市の再開発地域のみの地価は上昇気分です。日本の金融と産業が低迷する中で、巨大なオフィスビルやマンション、商業施設ばかり作って需要はあるのでしょうか。すでに供給過剰で空室率や賃貸料の下落する2003年問題や2007年問題でマスコミは騒いでいますが、一向に建設を抑制するブレーキは働きません。もうこれは明らかに仕組まれたバブルです。それが崩壊するのも時間の問題です。高層建築物は住宅地に侵入して住民の生活環境を破壊して、建築公害を引き起こしています。この都市再開発に火をつけたのが2001年5月就任間もない前小泉首相が設置した「都市再生本部」である。不良債権処理も遅遅として進まない状況で、世界から笑われた日本の政財界が居直ってバブルの夢よもう一度とばかりに需要も定かではない建築ブームを巻き起こしたのである。欧米では土地の所有権には義務が伴うのが常識である。ところが日本の所有権は憲法で「犯してはならない」と謳われ、これに制約を加えられるのは政府の法律のみである。その制約や規制は日本では大甘のうえに、ますます規制は緩和されてきています。これでは殆ど建築無制限時代の到来です。前小泉内閣は郵政や道路公団民営化で華々しい花火を打ち上げましたが、いずれも内容が不徹底で効果が疑問視されている。肝心の道路特定財源の一般財源化は見送られた。前小泉首相の本面目というか真のたくらみはむしろ都市再生による地価の高騰と公共工事にあったのではなかったかと思われます。都市再生の名のもとに日本の財政は国も地方自治体も破産寸前になった。この大都市偏重策は同時に地方の切り捨てです。地方の衰退は格差という名で言われていますが、地方はもう破産しています。土建政官財の鉄のトライアングルの前は敵なしで、ブルドーザーの砂埃の前には市民は逃げ惑うばかりです。ワシントンでは「日本は不良債権の処理も出来ない国として見捨てられている。いまや中国ブームでアメリカの政官財は日本を通り越して中国に殺到している。東京に行っているのはさらに急増する不良債権処理で儲けようとするハゲタカばかり。」といわれている。日本は重大な危機に落ちいっていたにもかかわらず、内閣は「都市再生本部」を設け、地価の値上げと公共工事で切り抜けようとする相変わらずの政策しか取れていない。

東京にみる都市再開発地区

東京圏はいま、空前オ抗争オフィスビルやマンションの建築ラッシュである。日本はバブルの崩壊後の後遺症で10年を越す不況で苦しんできた。最近ようやく不況は脱したようで、無金利政策は姿を消そうとしている。ところが建築だけは狂ったように活況を呈し、東京都では何処を見てもクレーンが林立しているのである。東京都の主な再開発地域には開発が終了したものも含めると@都立大理工学部跡地、A渋谷駅周辺 B恵比寿駅周辺 C大崎駅周辺 D品川駅東口 E汐留シオサイト F東京駅・有楽町駅周辺 G秋葉原・神田周辺 H池袋駅周辺 I新宿駅周辺 J晴海地区 K豊洲地区 L東雲地区 M臨海副都心 N六本木地区である。
* 渋谷駅周辺では、渋谷マークシティ・イーストとウエスト(99m)にホテル・店舗が、セルリアンタワー(146m)にホテル・オフィスが、3丁目ビル(68m)にオフィス・店舗がたった。「上空権」や「一団地認定」を利用したものだ。
* 恵比寿駅周辺では、ビール工場跡地に総工費1950億円で「エビスガーデンプレイス」ができ、39階のエビスガーデンプレイスタワーを中心にウエスティングホテル、三越、サッポロビール本社などが立ち並んでいる。職・住・遊3拍子の複合ビル群である。
* 大崎駅周辺の副都心地区は都市再生本部が指定した七つの「都市再生緊急整備地域」の一つなのである。大崎ニューシティと大崎ゲートシティの高層ビル群が出来たがエビスガーデンに比べると人では少ない。更に大崎駅西口には大規模な再開発がおこなわれる。東京都が1982年に「東京都長期計画」を策定し、渋谷、池袋、上野、浅草、錦糸町、亀戸、大崎の六箇所を副都心といて位置づけた。(東に偏った田舎副都心ではあるが)
* 品川駅周辺では、東口の再開発は超高層ビルの密度からすると汐留地区と双璧をなす。JR車両基地と卸売市場跡地に三菱グループ、キャノン、近鉄、大東建設、などが共同で「品川グランドコモンズ」を作った。品川Vタワー(142m)、イーストワンタワー(148m)、キャノン販売本社(144m)、太陽生命ビル(148m)の高層ビルとマンション、三菱商事・自動車・重工本社ビルが立ち並ぶ。その西側には「インターシティ」という高層オフィスビルやマンション五棟がたつ。
* 汐留シオサイト地域には、JR貨物駅跡地に1995年より5区と11街が建設された。「品川グランドコモンズ」や「六本木ヒルズ」に比べても群を抜いた規模である。民間建設費だけで4000億円、東京都区画整理事業に1400億円が使われた。2007年完成時には就業人口61000人、居住人口6000人が予定されている。電通本社ビル(210m)、東京ツインパークス(165m)、汐留シティセンター(215m)、松下電工東京本社(120m)、日本テレビ(193m)、汐留タワー(172m)、汐留メディアタワー(173m)、都市基盤整備公団住宅(190m)、日本通運本社、凸版フォームズ本社などが出来る。このように旧国鉄跡地は民営化後の打ち出の小槌になって地価高騰とバブルの火付け役となった。中曽根内閣の都市政策「アーバンルネッサンス」は旧国鉄の解体民営化を契機にその膨大な用地の大企業への放出が狙いであった。
* 東京駅周辺地域では、2002年7月「都市再生緊急整備地区」指定の最重要地点とされた。丸ビルと新丸ビルの再開発、2007年竣工予定の三菱商事丸の内本社、2003年竣工予定の永楽ビル、日本工業倶楽部の共同開発がある。また旧国鉄本社跡地を中心とした「丸の内一丁目一街区開発計画」が2005年竣工予定である。東京ビルジング、日比谷パークビルジングの解体再開発も予定されている。八重洲口では森トラストが主体となって「八重洲プロジェクト」では鉄道会館、国際観光会館を解体再開発、旧国労会館跡地には「パシフィックセンチュリープレイス」(145m)が2001年に完成した。有楽町駅周辺ではマリオンと東京交通会館の再開発が予定されている。
* 新宿副都心地域では、「住友不動産新宿オークタワー」と「日土地西新宿ビル」を主とする西新宿6丁目再開発が2002年に完成した。西新宿3丁目再開発は2010年完成を予定している。この開発には東京都は1兆4000億円もかけて都営地下鉄大江戸線を開通した。
* 晴海地区では、旧晴海団地を解体して、2001年「トリトンスクエアー」が完成した。超高層オフィスビル四棟、マンションが七棟、低層の商業施設などで就業人口2万人、居住人口5000人といわれる。晴海四丁目地区市街地再開発も建設が始まった。
* 空洞化が進む豊洲地域、東雲地域ではマンション・複合ビルが計画されている。そして臨海副都心は益々空洞化が進んでいる。
* 六本木地域では、2002年総工費2600億円をかけた「六本木ヒルズ森タワー」が盛大に開業した。就業人口は16000人、居住人口は2000人である。又防衛庁跡地には1800億円をかけて、三井不動産、安田生命、富国生命、大同生命、積水ハウス、農協が共同で開発をおこなう。
* 秋葉原駅地域では、2005年つくばエクスプレス開通によってにわかに活気ついた。鹿島グループが405億円で取得した旧青果市場跡地とJR貨物駅跡地に「秋葉原ITセンタービル」を建設している。シリコンアレイと呼んでいる。
名古屋と大阪の都市再生計画はもう煩雑になるので省略する。とにかく日本のように住宅地のど真ん中におかまいなしに高層・大規模マンションが建てられる国はまずない。欧米では都市でも一定の場所にまとめて建設される。それは日本の憲法第29条で「財産権は犯してはならない」を楯にとって、土地所有権の自由、すなわち利用の自由、収益の自由、処分の自由が認められているからだ。この土地所有権は地方自治体では侵すことは出ず、政府が法で定めるということになって、市民的な規制、自治体の景観規制、都市計画は不可能になっている。財産権は厚い国の保護下にあって誰も触ることが出来ない。こんなにビル・マンションを建てて本当に需要があるのだろうか、これもバブルではなかろうかという心配は誰しも抱く。さて次にここまで猪突猛進的に進められた都市再開発事業を支えた政府の政策を検証してゆこう。

都市再開発のシステム

2001年4月小泉氏が首相に就任するや否や、5月には「都市の再生と土地の流動化を通じて、都市の魅力と国際歳競争力を高めてゆきます。このため都市再生本部を設置します」という所信表明を行った。内閣に都市再生本部を設置した。都市再生とは何か。デフレスパイラルに陥った日本経済の足かせになっている不良債権化した土地を再活用しようとするものである。「土地の流動化」とは露骨な表現で土地価格の値上げを期待しているのである。その手法として小泉内閣は、民間の力をフルに発揮してもらうために、必要な都市基盤を重点的に整備するとともにさまざまな制度を聖域なく総点検して改革をおこなうというものである。都市再生本部は2001年5月より2003年1月まで9回の会合を重ね、膨大なプロジェクトを打ち上げた。公共事業に民活を導入する方法として1999年議員立法で成立した「民間資金を利用した公共施設等の整備促進」法(PFI)を活用した。公団や自治体の公営住宅を解体して高層化する資金を民間から募り、余分の敷地を民間に貸したり払い下げるシステムである。
第二次「都市再生プロジェクト」では成田空港の2本目の滑走路の延長、半田空港4本目の滑走路建設と国際空港化、中部国際空港建設、関西空港第二期工事と国際港湾の機能強化などの公共工事が目白押しである。大都市圏における環状道路整備として、首都高速中央環状線、東京外郭環状線、首都圏中央連絡道路の推進であった。小泉内閣は道路公団の民営化など道路工事の縮小を謳ったが、実際やったのは道路の推進であった。旧勢力の道路族から利権を取り上げ自分の派閥が道路族になるだけに話であった。中には意味不明の計画も存在した。ライフサイエンス国際拠点を大阪北部におくとか、保育所待機児童の解消と称して駅ビルを建設とかいう計画は実現はしなかった。
第三次プロジェクトには密集市街地の緊急整備と称した東京の環状六号線、七号線、八号線の整備である。大阪でも環状線の整備が進められた。未整備都市計画道路の重点的整備と沿道建築物の整備が上げられた。そして公共既存ストックの有効活用として、公営住宅300万戸の活用、学校など公共施設の転用をPFI方式で高層化する計画である。
第五次プロジェクトでは国有地の戦略的な活用と称して、大手町合同庁舎跡地利用、中央合同庁舎七号館再開発、中野警察署跡地利用などが計画された。財務省は財政危機に直面して国有財産の売却に積極的に乗り出した。そして一番重大な決定が2001年8月の第3回会合で決定された。青天井の建築物を認める規制緩和に基づく「都市再生緊急整備地域」である。民間業者や地方自治体の提出したプロジェクト数は全286件中東京圏が182件と群を抜いた集中振りである。そして業界が出してきた要望書には「容積率の特例措置緩和」とか「日陰規制撤廃」とか、全ての規制を取り払うばかりの要求がならんでいた。これらの要望に沿うべく都市再生本部は2002年2月「都市再生特別措置法」を閣議決定して、たったの4日の審議で衆議院と参議院を通過した。この法律を要約すると「都市再生緊急整備地区」で大規模開発をおこなう民間業者に対して、都市計画法や建築基準法に基づく規制は全て適用除外にし、金融支援も行うというもである。一握りの大手ゼネコンやデヴェロッパー優遇の特別措置法である。さらに民間業者は地権者の2/3以上の賛成があれば公共事業を伴う再開発事業を行うことが出来る。都市再生本部は2002年七月の第七次会合において「都市再生整備緊急整備地区」17箇所を指定した。10月には第二次指定で地域を追加した。東京では都市再開発地区の殆どが指定された。

規制緩和の嵐と政官財「鉄のトライアングル」

こうして「都市再生緊急整備地域」では建築基準法などの規制を撤廃した「建築無制限特区」が誕生した。都市計画に関する法律には「都市三法」といって都市計画法、建築基準法、都市再開発法があり、中でも建築基準法が規制の中心であったが、同時に規制緩和の歴史でもあった。都市計画法では従来の住居地域では20メートル、その他の地域では31メートルという高さ制限に容積率を導入した。容積率は建築物の延べ床面積の敷地面積に対する割合である。日本で最初の容積率評によると第一種住居船地域では50-200%、第二種住居専用地域では100-300%、住居地域では200-400%、商業地域では400-1000%であった。ドイツでは一般住居地区では2階までで50%、商業地区では6階以上では200%である。1969年制定の都市再開発法では駅前開発で高度利用地区制度を新設し容積率が緩和された。ところが現在の状況は大部分の都市再開発は都市再開発法によるのではなく、建築基準法によるものである。建築基準法による再開発が圧倒的に多く都市再開発法によるものは数%に過ぎない。建築基準法では1つの敷地に1つの建築物の場合は容積率の緩和が目指される。1つの大規模敷地に複数の建築物を建てるときは「総合設計制度」とかさまざまなメニューが追加されている。1982年11月に成立した中曽根内閣は、民活による都市再開発を主要政策の一つにした。「アーバンルネッサンス」と名づけた民活プロジェクトでは、国鉄用地再活用で国有地の売却による地価高騰はバブルを招いた。1986年の民活法、リゾート法、公拡法で作ったリゾート施設はいまや殆ど倒産し地方自治体の財政破綻の源になった。建築基準法の容積率や規制緩和は「通達」で行えるのである。国会審議は不要で、官僚内閣制といわれるわけである。バブル崩壊後一時期、海部内閣や宮沢内閣では容積率を引き下げることも検討されたが、その動きも空しく、1994年の建築基準法の改正で「不算入」制度が導入された。マンションなどの共有部分は容積率から除外するのである。そして「地下室の不算入」では傾斜地の玄関より下の部分は容積率に算入しないというマジックが導入された。そして最後の手品は「空中権の移転」である。容積率に満たない隣接する建築物の空中の権利を買うのである。もっとインチキなのは離れた街の建築物の空中権も買える「特例容積率適用区域制度」が2000年に導入された。これで東京駅周辺は900%の容積率が1300%にまで拡大できるのである。なんでもありのご都合主義特例である。そして半官半民の「民間都市開発推進機構」は、開発事業への出資、社債買取、債務保証、無利子貸し付けなどの優遇措置をとり、事業者は失敗しても最後は税金で尻拭いをしてもらえるのである。まさに至れり尽くせりの企業優遇策ではないか。

1998年小渕首相により「経済諮問会議」が設置された。堺屋太一経済企画庁長官がしかけて、1999年2月に「日本経済再生への戦略」を答申した。答申には「都市再生」を国家プロジェクトの筆頭に掲げた。都市再生プロジェクトを不良債権処理の切り札にしようとする狙いである。2000年「都市再生推進会懇談会」が中山建設大臣のもとで発足し、地方自治体(東京都知事ら4名)、有識者(古川経団連副会長ら14名)、オブザーバー(松井千葉市長ら4名)で構成された。経団連の公共事業・都市開発部隊というべき「日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)」が強力な推進体となった。東京湾アクアライン、みなと未来21、関西空港、幕張新都心などを推進した。(ただし全てのプロジェクトはなお赤字であるが)都市再生本部はJAPICに代表される公共事業・都市再生関連企業体の要望や提案を総ざらい的に実施することになった。こうみてくると全閣僚で構成される「都市再生本部」とは一握りの巨大企業の操り人形にすぎないであろう。本部の会合は僅か30分で形式承認するための会合だったようだ。

美しい街つくりは可能か

はたしてこれらの巨大プロジェクトは地元の人々の生活や商売にとってどんな影響を与えているのだろうか。秋葉原ITセンターは低層の秋葉原電気街にマッチするのだろうか。地元では地上げ屋から脅かされて税金対策上低層ビルを借金して建てたものの、テナントが集まらず苦労している。それもそのはず2002年経済企画庁はビル床面積予測を一桁間違ったと「下方修正」したのである。これは詐欺だ。東京駅丸の内側の再開発においては住民は殆どいない企業ビルだけなのでどんな高層ビルが建とうが住民は関係なかった。関係するとすれば皇居が丸見えになるので宮内庁が文句を言うぐらいです。しかし東京駅周辺開発で場所が日本橋や京橋となると、下町の住民に大きな影響を与えざるを得ない。首都高の高架道路路線変更工事は深刻な影響を与える。森ビルが計画する麻布鳥居坂西地区計画は,そこの昔からある「東洋英和女学院」の文教地区環境に影響するので計画取り止めを区役所に申請して抗争が続いている。PFI方式で民間企業に丸投げする横浜市戸塚駅西口再開発には地権者との買収で紛争が生じている。東京都が進める都立大理工学部跡地の再開発には長谷川工務店が265億円で受注した。住民は公害防止条例違反(土壌汚染問題)と高層ビルの圧迫感を理由に住環境の破壊だとして長谷工に計画変更を求めて闘っている。国土交通省によると、2002年度の新規住宅着工数は115万戸で毎年減少の傾向で1990年の30%に過ぎないが、東京都だけは9%の増加となっている。過剰気味のビルやマンションをいくら建設しようが不動産会社の倒産につながるだけで勝手であるが、また不良債権化して世界の物笑いになるだけでなく、財政破綻は緊急の課題になる。2003年までの政府の長期債務は686兆円になり、2007年度末では800兆円に達する見込みである。いずれ近いうちに消費税率を大幅に上げてくるだろう。都市政策から税制にいたるこの国の政官財の権力がやることは不合理を通り越して、破滅への道をまっしぐらに進む狂信者の疾走である。


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