文藝散歩 4

詩へのいざない 

 鶴見俊輔「詩と自由」、柴田翔「詩への道しるべ」、芳賀徹「詩歌の森へ」

ここに取り上げる3冊の本は詩の案内書である。決して難解な詩論(象徴詩ランボーのような)ではなく、日本の詩歌からはじまって詩の世界を垣間見させてくれる柔らかい読み物である。したがって特定の詩人の評論を系統的に論じたものではなく、著者の好みによるもろもろの詩人と詩歌のアラカルトである。まず最初に取り上げるのは次の三冊とした。
1)鶴見俊輔著 「詩と自由」 思潮社(2007年1月)
2)柴田翔著  「詩への道しるべ」 ちくまプリマー新書(2006年6月)
3)芳賀徹著  「詩歌の森へ」 中公新書(2002年9月)

鶴見俊輔著 「詩と自由」 

鶴見 俊輔(1922年生まれ)は、文芸評論家、哲学者、憲法九条の会の呼びかけ人の一人で、2007年で85歳になる。政治家後藤新平は祖父にあたる。戦前にハーヴァード大学哲学科を卒業後、戦後は京都大学、東京工業大学、同志社大学に勤め、『思想の科学』を創刊し、『共同研究 転向』など思想史研究で成果を上げた。都留重人、丸山眞男らとともに戦後言論界の指導的人物、1970年 大学紛争で同志社大学教授を退任 された。私には鶴見俊輔氏は丸山真男らと「思想の科学の会」で活躍し、小田稔氏らとベトナム反戦の会(べ平連)で有名な左翼思想家であると捉えていたが、詩人論を書くとは意外であった。1982年に『戦時期日本の精神史』で大佛次郎賞、1990年に『夢野久作』で日本推理作家協会賞、1994年に朝日賞受賞。

詩人論として、戦前・戦後にわたって、鮎川信夫、田木繁、黒瀬勝巳、宮柊二、中野重治、中井英夫、秋山清、谷川雁、黒田三郎、金芝河、吉本隆明を取り上げた。また昭和万葉集や明治の歌謡についても解説がある。鮎川信夫では徹底的自由主義(絶対的平和主義)という「荒地の視点」から詩人を見ている。田木繁では戦前戦後を通じて権力側と反権力側の全体主義に対する個の自由を取り上げている。黒瀬勝巳ではいつも死を指す詩人として、森谷均は「本の手帖」というガリ版刷りの詩集を40年間手作りで出し続けた人生に思いを馳せるようだ、宮柊二においては「戦争で自分は人を殺した、しかし戦争は悪い」と言いうる短歌詩人として紹介、マルクス主義者中野重治の東大新人会の進歩思想を重層話法といい目の前のことと遠くのことを呼び起こすことが出来る思想家と述べ、評論家・短歌雑誌編集者中井英夫を植物の形状に自らの感情を焚託する歌人と呼び、秋山清は40年間政治は馬鹿らしいという思想を考え続けた戦後のアナーキスト、谷川雁を九州と朝鮮の連携を探る思想家「北がなければ日本は三角」という表現でとらえたが、英語教育テープ会社を作ったり、チョムスキーばりに言語研究所を作ったが最後は黒姫山中に逃れた、薩摩武士の末黒田三郎はNHKに勤めていた「詩を書くことに羞恥心を持つ」詩人で「荒地」活動家、金芝河はパクチョンヒ独裁政権下の韓国民主主義運動家で「メシは天であります」といって一度は死刑判決を受け金大中のときに釈放された。心の傷は癒しがたく孤独に逃れた。桑原武雄の第2芸術論で俳句・和歌はマイノリティに追いやられたが、どっこい「昭和万葉集」にしっかりその伝統は受け継がれたようだ。無名の歌人が謳いあげる日本の韻律は生きていた。

柴田翔著  「詩への道しるべ」 

柴田翔(1935年生まれ )は、日本の小説家、ドイツ文学者。1961年に「親和力研究」でゲーテ賞を受賞している。1964年に小説『されど われらが日々』で第51回芥川賞を受賞。以後も小説家としての活動を続ける傍ら、ドイツ文学者としても、ゲーテを中心に都立大学、東京大学で教鞭をとり、1995年定年退官。その後共立女子大学で10年間「詩を読む・などのユニークな授業を続ける。主な著書には専門のドイツ文学を除いて『されど われらが日々――』1964 、『贈る言葉』1966、 『鳥の影』1971 、『立ち盡す明日』1971、 『われら戦友たち』1973 、『ノンちゃんの冒険』1975 、『突然にシーリアス』1992 などがある。

柴田翔氏は「はじめに」で自分は詩人ではなく詩論も書かないと述べ、長年出会った好きな詩を書くだけであるといいます。又氏は共立女子大で二年生対象の演習で「詩を読む」を行ってこられた。詩をゆっくり声を出して読むことにより心に広がる情景やイメージを大切にする授業だそうだ。本書は第一部に詩の基本的要素としてイメージ、音の響き(日本詩の5音と7音を基本とする律感を)、思想(間接的な表現)、文字(漢字、平仮名、カタカナの字面)の四つをあげ、明治以来の詩の歴史を少しだが丁寧に解説されている。第二部にさまざまな詩では小野省子(家族両親)、俵万知(新鮮なリズムの短歌で青春と恋をうたうサラダ日記)、ゲーテ(老人の恋の時間)、吉野弘(結婚の歌)、新川和江(子供の誕生)、三木卓(父親)、黒田三郎(家族)、嶋岡晨(家族)、茨木のり子(娘)、与謝野寛(社会主義)、佐藤春夫(権力)、石垣りん(戦没者)らの詩を紹介している。

芳賀徹著 「詩歌の森へ」 

芳賀徹氏は比較文化論を専門とし、東大、大正大学、京都造形芸術大学で教鞭をとられ、現在岡崎市美術館長である。著書からみて江戸時代の文化や詩に関心が深い幅広い興味をお持ちのようである。著書には『大使の使節』(中央公論社) 、『明治維新と日本人』(講談社) 、『みだれ髪の系譜』(美術公論社) 、『渡辺崋山』(朝日新聞社・朝日選書) 、『平賀源内』(朝日新聞社・サントリー学芸賞) 、『絵画の領分』(朝日新聞社・大佛次郎賞) 、『興謝蕪村の小さな世界』(中央公論社) 、『詩の国詩人の国』(筑摩書房) 、『詩歌の国へ』(中央公論新社・中公新書) 、『ひびきあう詩心』(TBSブリタニカ) がある。

本書の「あとがき」に見るように、1999年4月から2001年12月まで日本経済新聞の文化欄に連載された。毎回8百字(原稿用紙2枚)で新書版でも2頁の内容である。全143章からなる日本詩歌選(詩華集:アンソロジー)のような、そして著者の万感の思いでが詰まった詩歌鑑賞集である。朝日新聞の「おりおりの歌」のようなものであり、詩論でもなく評論でもない。したがってここでひとつひとつの解説にも及ばない。漢詩、俳句、和歌、古典詩、現代詩、童謡唱歌、翻訳詩、韓国の詩人など数多く詩を集めて著者の思いを語られているようだ。


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