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志賀櫻著 「タックス・ヘイブンー逃げてゆく税金」
岩波新書(2013年3月)

逃げた税金を資金にして巨大マネーが金融危機を生む

本書の「あとがき」に、本書の執筆を著者に勧めた青山学院大学教授の三木義一氏の言葉がある。「正確な知識と豊富な実体験をもって、タックスヘイブンの実像を語れる人は、世界中探してもあなたの他に誰もいない。マネーに心を奪われた者達と戦うためには、市民に事実を知らせることから始めるしかない」 大蔵省主税局国際課長兼OECD租税委員会日本国メンバーとして、世界のタックス・ヘイブン規制国際会議に政府代表として参加し、1993年その取り締まりが大蔵省から警察庁へ移管された時に警察庁へ出向し、次いで岐阜県警察本部庁長になった。1998年に再度金融監督庁国際担当参事兼FSF日本国メンバー、FATF日本国メンバーとなった、いわば国際課税のスペシャリストである。それは同時に秘密じみたタックスヘイブン・ヘッジファンド・テロ・地下組織捜査官として、資金洗浄(ロンダリング)の不正の現場を押さえるため危険な場所に絶えず出入りせざるを得ない武勇伝が本書の各所に入れ込まれており、非常に緊張感のある「マルサの女 国際版」物語になっている。なぜタックス・ヘイヴン課税が国際協定で一筋縄で行かないかというと、イギリス、アメリカ、オランダ、スイスなどの金融センターが国の重要な収入源となっているためである。だから取り締まる側と取り締まられる側が同一人物であるので、実効性を持たないのである。個々の事件で現場を押さえグーの声も出ないように持ってゆかなければならない。この記録が「タックスヘイブン事件簿」T−Vとして本書の各所に埋め込まれている。本書の結論を述べよう。タックスヘイブンという言葉は租税回避防止という意味を持たされている。タックス・ヘイブンの問題は、単に低税率の問題にとどまらないことが認識された。タックスヘイブンの真の問題は、その秘密性、情報の不開示にあることが明らかになった。市場は情報の非対称性(情報の偏在性)で利益が出るのである。2008年のリーマンショックによる世界金融危機を経て、タックス・ヘイブンブラックリスト公開が初めて可能となった。世界経済は1990年以来今日まで、連続的な金融・通貨危機に襲われ続けている。これらの危機は多くは、タックス・ヘイブンを舞台に、非生産的なマネー・ゲームに狂奔するヘッジファンドや投機マネーが引き起こしたものである。その淵源をさかのぼれば、新自由主義の下で規制を解き放たれた「強欲(グリード)資本主義」のなせる業であった。自由主義市場といえども決められたルールに基づいて運営されなければならないことは当然である。金融が経済の血液であるなら、金融システムに打撃を与える行為は規制されなければならない。グローバル経済では金融に対する事前的な規制はもはや一国では達成できず、国際的枠組みに拠らざるを得ない。タックス・ヘイブンが、富裕層や大企業が課税から遁れる場として使われ、さらにテロや犯罪組織の資金隠匿や移送に使われ、巨額の投機マネーが繰り広げる狂乱のマネーゲームの舞台になっている。その結果、一般の善良な納税者が余計な税負担を強いられ、かつマネーゲームの引き起す損失や破綻のツケまで払わされている。「税は文明の対価である」というアメリカ最高裁判所判事オリバー・ホームズJr.の言葉がある。納税者には対価として文明を享受する権利があり、これを奪われるなら二重の苦しみである。マネーゲームの破綻で文明そのものが破壊される危険性があることを、納税者自らが正しく問題の所在を理解することから始めなければいけない。本書の刊行の意義はそこにある。

日本の所得税負担率は、2009年所得250万円に対して2.6%、1000万円で10.6%、1億円で28.3%を最高としてそれ以上の収入では負担率は下がってゆく。年収100億円では13.5%となる。必ずしも累進課税とはなっていない。100億円の収入とは普通の所得ではなく、多くは株売却による所得で、毎年長者番付をにぎわせるのである。そういった所得に対して特別措置が適用されるからである。そして申告不足でいつも話題となり、追徴課税が何10億円と報道される別世界のことである。租税回避または脱税により、課税を逃れている高額所得者は多数いるとみられる。何億−何十億円という金を現金で持っている人はほとんどいない。金融機関に預けると調べが入るとすぐにわかるので、高額所得者には何らかの手段で海外のタックス・ヘイヴンに逃がして税金を遁れる人がる。タックス・ヘイブンは脱税をはたらく富裕者のみならず、不正を行う金融機関や企業、犯罪組織、テロリスト、各国の諜報組織が群がる伏魔殿である。悪名高いヘッジ・ファンドもタックス・ヘイブンを利用して巨額のマネーを動かしている。タックス・ヘイブンには次の3つの特徴がある。@まともな税制がない、A固い秘密保持法制がある、B金融規制やその他の法規制が欠如している。そしてタックス・ヘイブンを舞台に行われる悪事とは、@高額所得者・企業の脱税、租税回避、Aマネー・ロンダリング、B巨額投機マネーによる世界経済の破壊である。個人も企業もある程度の高い収入が得られると、税理士や会計士、弁護士の専門家を雇ったりして節税対策を行うようになる。節税、脱税、租税回避行為の見分けが難しいが、それにより租税収入が減り一般納税者はツケを回される。昔は分厚い中間層がいたが、近年の格差拡大政策により、中間層がやせ細り富裕層と貧困層に2極分離している。重税感が蔓延すると社会不安を増大する。財政資金が不足し国債発行に半分以上を頼る不健全財政が常態化している。本来納付すべき税金と実際に納付される税金の差額を「タックス・ギャップ」といい、米国では2001年のギャップを34兆円と推計した。日本の課税当局はこのギャップさえ把握しようとしていない。犯罪組織の黒い金は情報の秘密が厳格に守られるタックスヘイブンに送金して、直ちにまた別の国の口座に振り替えれば当局の追跡は不能である。テロ組織の送金もまたタックスヘイブンを介して行われる。だが最後の現金の陸揚げは銃撃戦覚悟の命がけであることは免れないが。新しい金融技術はデリバティブという金融商品を生んだ。そうした金融商品を駆使したマネーゲームによってこの20年間に何回も金融危機・通貨危機が起きた。そしてこの金融商品はどこかで必ずタックス・ヘイブンに亜ある事業体を経由し、資金ルートの全容を見えなくする。金融機関がリスクを取りすぎて破綻しないように規制をかけることを「プルーデンシャル・レギュレーション」というが、タックスヘイブンにはそのような規制はない。こうして金融商品のリスクが分散されるのではなく見えなくなるのである。規制は国境を越えて執行できない。このようなマネーゲームの行き着く先は、決まって大規模な金融危機である。取引されるマネーの量は1国の資金量をはるかに超えているからである。2001年の9.11事件後マネーロンダリングの取り締まりは強化された。2009年のG20首脳会議ではタックスヘイブンを取り締まる動きが活発化した。しかしタックスヘイブンの秘密主義のため実態捜査は一向に進まない。世界の金融取引に深く根を張るタックスヘイブンの存在は、国益に揺るがす重大問題である。ある旧宗主国(イギリスのこと)は傘下にある旧植民地のタックスヘイブンを庇護しようと、様々に隠蔽工作や妨害工作をする。先進国でありながらタックスヘイブンである。筆者である志賀氏が日本代表として取り組んだ国際組織活動は、1998年OECDの租税委員会で「有害な税の競争」報告書であったという。そしてその報告書は2009年にはタックスヘイブン・ブラックリストの作成となった。1998年金融監督庁特定金融情報管理官としてマネーロンダリング問題に取り組む国際機関FATFのメンバーとなった。FATFの中に金融情報管理という組織を持つ国だけでFIUというサブグループがマネーロンダリング問題を扱った。1998年アジア通貨危機と日本の金融危機の際に作られた国際機関金融安定化フォーラムFSFはグローバルな金融問題を扱うフォーラムだったが、2009年リーマンショック金融危機後のG20サミットによってFSBに格上げされた。FSFには筆者は金融監督庁の日本メンバーとして参加した。

1) タックス・ヘイブンとは何か

タックス・ヘイブンとは一般に「税金がないかあるいはほとんどない国や地域」を指します。ヘイブンとは「避難港」という意味です。2012年OECDプログレス・レポートによるタックス・ヘイブン関連地図では、第1のグループがカリブ海にあるケイマン諸島、バハマ、バミューダ、BVIなどが典型的なタックス・ヘイブンである。ケイマン諸島が有名で日本でもよく知られているのは、日本の直接海外投資の第3位にあるからである。ケイマン諸島にあるのはほとんどが無人の会社(ペーパカンパニー)で、すぐにどこか別の投資策へ流れてゆく。締め付けが厳しくなってメリットが出なくなったので最近はBVI(元英国領)が利用されているようである。英国情報部MI6が絡んでいるようである。もう一つの有名なタックス・ヘイブンのグループは英国周辺にあるジャージー、ガーンジー、マン島の英国王室属領である。今や女王陛下の私有地がタックス・ヘイブンのメッカとなっている。アジアでは英国の旧植民地であった香港、マカオ、シンガポール、マレーシアのラブアン島などがタックス・ヘイブンである。タックス・ヘイブンの問題はG20で議論され対策が講じられようとしているが、先進国が最大のタックス・ヘイブンであるという奇妙な現実に阻まれている。その筆頭がロンドン・シティ金融センターがそれである。そのシティがタックスヘイブンと同じ機能を持つだけでなく、王室属領や旧植民地のタックス・ヘイブンと密接につながって、国境を超えた多重構造を構成している。もうひとつの先進国タックス・ヘイブンがアメリカである。なかでも東部デラウェア州がタックス・ヘイブンとして有名である。米国の名だたる大企業とヘッジファンドがここに本社を置いている。NYウオール・ストリートもタックス・ヘイブンであるという説もある。一方国全体がタックスヘイブンとなっている国が欧州にある。オランダ、スイス、ルクセンブルグ、ベルギー、オーストリアである。これら欧州の国では秘密保護法制が特徴である。これら小国は経済のボーダーレス化により金融センター国家として生き残りをかけている。アイルランド、リヒテンシュタイン、モナコ、アンドラなどがタック・ヘイブン国家または地域となっている。1998年OECD租税委員会は「有害な税の競争」報告書を公表し、タックス・ヘイブンの4つの基準を示した。@まったくの無税、または名目だけの課税、A情報交換を妨げる法制がある、B透明性がない闇の世界である、C企業などの実質的活動を要求しない(ペーパーカンパニー)ことである。OECD租税委員会は、タックス・ヘイブンの真の問題は、AとBに示すように租税や金融取引に関する情報が何も公開されないという、その不透明性、閉鎖性にあると指摘したのである。税率引き下げの連鎖を懸念した租税委員会は、先進国に好き勝手な行動をとらせないために、税の優遇措置とタックス・ヘイブンの問題をセットにして取り上げたのである。租税委員会は2000年「プログレス」報告書を公表し、35の国と地域がタックスヘイブンとしてリストアップした。このリストに世界はかなりの衝撃を受けた。2008年のリーマンショック後、G20は矢継ぎ早に首脳会議を開催し、「タックス・ヘイブン退治」が議題となった。2009年4月G20(ロンドン)グローバル・フォーラムはブラックリストを作成した。このリストは先進国の金融センター問題まで踏み込んだ点で画期的である。「プログレス」報告書は35の国と地域を指定したが、グローバル・フォーラムでは30か国と地域に減っている。これには先進国の猛反対の横やりが入り、中国の香港・マカオが削られ、英国のBVIやバハマ直が除かれている。租税情報交換協定を結べばブラックリストから外すというが、こうした協定の実効性には疑問が多い。どこのタックス・ヘイブン国も、すべては闇の中で行われているのでおよそ情報など持っていない。

グローバル・フォーラムのリストは4つの分類からなる。@国際的に合意された基準を実施している国と地域、A国際的に合意された税の基準にコミットしているが、実施が不十分な国と地域 ラックス・ヘイブン、B国際的に合意された税の基準にコミットしているが、実施が不十分な国と地域 国際金融センター、C国際的に合意された税の基準にコミットしていない国と地域であり、先進国の中にある金融センターン問題が正面から取り扱われた。しかし英国王室属領のジャージー、マン島、米領バージン・アイランド・モリ―ジャスなどの地域が@グループに入るなど理解に苦しむ面があり、大国の強引な自己擁護策がまかり通る世界である。ロンドンシティとウォールストリートの権益は今や金融王国であるイギリスとアメリカの生命線であるだけに処理が難しい。ロンドンシティが金融で英国のGDPの20−30%を稼ぎ出し、租税収入の約10%を占めているからである。シティの権益を守るとは異国の権益を守る事なのである。サッチャー首相の下金融ビッグバンという一大規制緩和が行われ、シティは大きな発展を遂げた。これで英国病を抜け出したので、シティの活力をそぐような議論は一切受け付けないのである。英国の金融センターであるシティは一般に「オフショアー・センター」と呼ばれる。タックスヘイブンと区別がつきにくい。金融規制行政の中で考えると、金融システムの全体に事前規制を加え、暴走や機能不全を未然に防ぐ措置が取られる。金融行政では一般には国内マーケットにおける内内取引と内外取引を規制する。これを「オンショア―・マーケットと呼び、特別の優遇措置が受けられる外外取引のマーケットを「オフショア―・マーケット」と呼ぶ。ショア―とは海岸線の意味である。しかしオフショア―と言っても海の向こうにあるわけではない。規制のある内外取引はオンショア―でるので、むしろ規制の外というイメージである。オフショア―マーケットには2つの型がある。@分離型 オンショア―とオフショア―を明確に区別する。ニューヨークのIBFや東京にも特別国際金融取引勘定がある。国内経済に影響しなければ、外国人同士で取引する場を設け、税金を免除し、場所代だけは取る A一体型 オンショア―とオフショア―の区別がないもの 世界の金融センターロンドンシティのユーロドル市場が典型 タックス・ヘイブンといえばカリブ海の島と想像するのは、時代遅れで今や先進国の金融センターをも含めた多重構造を全体として眺めないと、租税回避、マネーロンダリング、投機マネーによる金融危機と経済破壊はとられることができない。ヨーロッパ大陸の先進国のタックヘイブンの例として、スイスの特徴は二つある。一つは税負担の低さ、二つは「スイスの秘密口座」で知られる銀行秘密保護法である。スイスは預金者の情報を一切開示してこなかった。そのため諸外国の富裕者の資産がスイスに集まり、脱税やマネーロンダリングの温床となってきた。スイスの東隣にあるリヒテンシュタインは、個人富裕層の資金運用で稼いでいるタックス・ヘイブンである。欧州にはスイスの他にオランダ、ベルギー、ルクセンブルグなど群小のタックス・ヘイブンがある。日本銀行が作成した国際収支統計(2008年)によると、日本からの対外直接投資の最大国はアメリカで、ついでオランダ、3位はケイマン諸島であった。オランダには様々な優遇税制があり、それを利用して金融取引にオランダを経由する節税法が編み出されている。これを「ダッチ・サンドイッチ」という。日蘭租税条約のループホールと日本の匿名組合を組み合わせると、日蘭両国で所得税を払わなくても済むようになった。今日ではこのループホールは塞がれている。日本は昨今円安で貿易収支は赤字であるが、日本の経常収支の黒字を支えるのは所得収支である。その所得収支の内証券投資収益では、ケイマン諸島からの債権利子のウエイトが大きい。個人の金がケイマン籍の貸付信託に流れているからだ。資金の流れの中にタックス・ヘイブンが介入すると全容は見えなくなる。高額所得者がタックス・ヘイブンを使って所得や資産を国外へ逃がしてしまうと、税務署は追跡できないからである。債権利子の日本への流入が把握されているのはまだいいのであって、ケイマンを経由してどこか先進国に投資された金は戻ってこない。2012年の税制改正によって、国外に5000万円以上の財産を持つ人には「国外財産調書」の提出が義務付けられた。ただしぬけ穴だらけの制度でらしい。 欧州のリヒテンシュタインの首都ヴァドゥーツにはプライベート・バンクが多い。欧州の富裕者はヴァドゥーツのプライベート・バンクに口座を持つ人が多い。プライベート・バンクには不祥事が付き纏うのである。

2) 逃げる富裕層

節税、租税回避、脱税の概念の区別は、節税は合法、脱税は不正行為、租税回避はグレーゾーンで、節税や脱税との境界も曖昧であると理解しておこう。欧州でいうとロスチャイルド家、米国ではロックフェラー家、英国では王家は想像を絶するような資産を持っている。40億円以上の資産を持つ家を資産家というならば、アメリカでは38000人、中国で4700人、ドイツで4000人、日本で3400人となっている。そういう個人資産家や同族会社には専門家のチームがついて資産運用や税務対策がなされている。個人遺産にまつわるスキャンダルは何度も発生している。本書ではこれらをタックス・ヘイブン事件簿と称して3回に分けて、個人、会社、マネーロンダリング別にまとめている。新聞で報じられた内容であるので詳細は記さないが、タックス・ヘイブン事件簿Tとして、個人資産家の事件として2011年最高裁で結審された武富士の贈与税問題、2006年フィルムリース事件や航空機リース事件の原価償却問題、ハリボタ事件の居住地問題、2008年スイスUSB事件の秘密保護法問題、2006年リヒテンシュタインLGT事件のプライベート・バンク問題を例示している。強い経済の背景には分厚い中間層の存在が必須である。租税負担と同時に強い消費性向を併せ持つからである。ところが新自由主義経済では貧富格差が拡大し、経済を支える人がいなくなっている。発展途上国でも支配者が富を独占し、それを国外へ持ち出して隠蔽するのでODAの実効性は半減するという。貧困を表す「ジミ係数」で見ると、日本はOECDの中で中間的な位置である。タックス・ヘイブンを利用した高額所得者の租税回避・脱税がそれに拍車をかけて格差拡大につながっている。課税の逆進性と呼ばれ、所得の少ない人は確実に課税され、一握りの富裕層は課税逃れをしているのである。こうして国家の財政基盤は突き崩されている。アメリでは、税は富裕層からの強奪だといい、福祉政策という富の再配分に反対し、「小さな政府」がベストという考えが富裕層には支配的である。 日本では一定の規模の公共サービス(健康保険、厚生年金、各種社会福祉など)は社会インフラとして重視する国民的合意がある。企業や富裕層には減税をし、消費税に頼るのは逆進性税制である。税収が減少しつつある中で、高額所得者が課税を逃れるとそのしわ寄せは中間所得者にかかってくる。中間所得者はますますやせ細るのである。アメリカには国籍ベースで所得課税をする「シティズンシップ課税」というものがある。外国銀行口座にも課税できるのである。現在日本の財政は先進国の中で最悪の状態である。仮に消費税を20%に引き上げても財政のプライマリーバランスを回復することはできない。

3) 逃げる大企業

租税回避は節税と脱税の中間にある税金逃れのスキームであるが、節税と租税回避の境界は微妙で法的に明確にしなければならない。所得税や法人税は直接税であって痛税感を伴うが、アメリカは直接税が基本で。欧州では付加価値税のような間接税を基本としている。日本は直接税に消費税を加味している。しかしアメリカでは機関投資家が企業に短期の業績を要求し、法人所得税も削減すべきコストの一部とみなされるようになった。そして経済がグローバル化するとともに企業のクロスボーダー取引が増えた。国際貿易に占める多国籍企業の企業内取引の割合は2/3に上ると見られている。すると多国籍企業が企業内取引を利用して租税回避を図るケースが増える傾向になった。アメリカの法人所得税税収は全税収の10%でしかない状況になった。日本からケイマン諸島への直接投資額がアメリカ、オランダに次いで第3位であった統計数値は、日本企業による国際的租税回避が盛んにおこなわれている証拠である。ここで本書ではタックス・ヘイブン危険簿Uとして、2006年旺文社ホールディング事件では第3者割当増資をオランダで行うことで課税を免れた事件である。旧大和銀行と旧三和銀行他の外国税額控除余裕枠事件は欧州の国外所得免除方式が問題となった。オリンパス粉飾決算事件は「損失飛ばし」であった。2012年AIJ投資顧問事件は「ねずみ講」であった。マネー理論では数学的「無限」という言葉でリスクが薄められたり、無視されたりする。しかし現実は有限で必ず破綻が来る。ハイリターンを求める人間心理でマネーゲームが展開され、有限の陥穽に落ち込んで金融危機が招来される。こうした租税回避策が可能なのは、企業会計と税務会計が一体化していないところからくるのである。そこで移転価格税制やタックス・ヘイブン対策税制が必要になる。事件簿に述べたスキャンダルにならないように、多国籍企業は日常的に国境を越えた取引を通じて租税回避をしている。国際的な租税回避を防ぐ制度として、@タックス・ヘイブン対策税制(CFC税制)、A移転価格税制、B過小資本税制(2012年過大支払利子税制に替わる)の三つの制度がある。重要なのは@とAである。Bは利子の支払いを損金として認めるのは自己資本率が1/3以上の場合に限るということです。@のタックス・ヘイブンを利用する租税負担回避のからくりは、内外取引で外国企業に100の貸付をして利子20を得たとすると、その利子に対して40%の税がかかるとすると日本内の企業は法人税を8納付する必要があるが、日本企業が外国企業のタックス・ヘイブン子会社に100の出資をしてそれが外国企業にそのまま100を出資し、外国企業は利子20をタックスヘイブン子会社に支払い、タックスヘイブンには税制がないなら、利子20は子会社に留保されるので(サブパートFインカム)、日本企業は所得がゼロとなり法人税は課せられない。タックスヘイブン子会社からの配当は日本で受け取らないで租税負担の少ない別の国で投資すると日本での課税は完全に消滅する。こういうからくりは1960年代アメリカで考案された。アメリカでは企業会計と税務会計が乖離しているので、企業会計で膨大な利益を上げていながら法人所得税はほとんど納めないということが可能になる。日本では企業会計と会社法と税法が絡み合っていたのでアメリカのようなことはできなかったが、2001年の金庫株の解禁をきっかけにして、会社法と税法の乖離が目立つようになった。日本にタックス・ヘイブン対策税制(CFC税制)が導入されたのは1978年のことで、当初ブラックリスト方式をとっていた。タックス・ヘイブンと定義する国地域との取引だけに目を光らせる方式であるが、1992年の税制改正で、無税であるか実効税率が25%以下(トリガー税率)によって判断されることになった。これが国際的租税回避防止のため本来のCFC税制となる。移転価格税制はアメリカでは1954年に、日本では1986年に導入された。移転価格とは関連者間の国境を越えた取引(クロスボーダー取引)によって利益の付け替えを行い、全世界ベースで見た租税負担を減らそうとする節税行為である。もし互いに独立した第3者間取引では価格操作は行われないという前提(アームズ・レングス取引 ALP)にたつ。たとえば国内企業が商品を100の価格で比較対象法人第3者に売ったとする、この比較対象法人第3者が120の価格で外国第3者企業に売り、国第3者企業はこの商品を150の価格で売りさばくとする。比較対象法人第3者には利益20が入り日本税率40%なら法人税は8となる。外国第3者企業の利益は30で外国の税率が35%なら法人税11はその国に納めることになる。これがALP取引である。これにたいして関連者間取引では検証対象法人第3者が外国の子会社に110で売り、子会社は150で販売するとすると、検証対象法人第3者の利益は10で税は8である。外国の子会社の利益は40で税は14である。実効税率の低い外国の子会社に利益を付け替えた子tになる。国内での課税は半分に減らすことができた。そして国家間の課税権の争奪戦となる。この問題に対してOECD租税員会は1995年「OECD移転価格ガイドライン」をまとめた。日本の課税当局が検証対象法人の法人税を増やしたなら、海外の課税当局は関連者記号の法人税を減らすということが原則となる。これを「対応的調整」という。国際取引が発展をとげたといっても、実はその多くが多国籍企業の中でのグループ内取引であるという実態から、このようなややこしい価格移転操作が可能となり、課税のアンバランスが発生している。

4) マネーロンダリング

著者志賀氏はマネーロンダリング問題を主税局国際租税課長時代に扱い、1993年マネーロンダリング対策が金融庁から警察庁に移管になった時、その経験を買われて警察庁に移り岐阜県警本部長も務めたという。マネーロンダリングとは犯罪(麻薬、詐欺、横領、収賄、脱税、現金強奪など)などで挙げた違法な収益を、出所が追及されないように、きれいな金に見せかける資金洗浄のことである。マネーロンダリングはそういう目的から生まれた犯罪行為である。最近はテロ資金の移送にも用いられている。それどころか各国の諜報機関も関与している。その手口は、秘密の資金移動となれば、秘密保護法制のあるタックス・ヘイブンが活用される。現金は100万円を超えて国外へ持ち出す場合税関に届け出る必要がある。日本では以前、割引債が本人確認なしで行えたので、ヤミ金融でよく使われた。金丸信元自民党副総裁の脱税問題でも割引債が利用された。国際的なマネーロンダリング対策は、1989年アルシュ・サミット宣言に基づき、FATF(金融活動作業部会)が設立された。現在34の国地域が参加している。1990年FATFは「40の勧告」という国際基準を出した。麻薬からテロ資金までを対象としている。近年のマネーロンダリングには弁護士や公認会計士という専門家の関与が目立つ。彼らをゲートキーパーと呼ぶ。日本では2008年から「犯罪収益移転防止法」ができ、金融機関における本人確認義務や疑わしい取引の届け出義務を課す。タックス・ヘイブン事件簿Vからマネーロンダリング問題を拾っておく。山口組系五菱会が引き起した事件はサラ金の収益50億円を割引債(1990年前まで本人確認不要)を利用してスイスのチューリッヒにある銀行に隠匿した。世界の圧力に押されて一例として五菱会の口座を差し押さえた。半額はスイスのものとなり、半額は日本返還された。被害者に戻されたのは2008年のことである。そして2010年には利息制限法の上限金利を20%としてグレーゾーンを廃止した。ルクセンブルグで設立された多国籍銀行BCCIがコロンビアの麻薬カルテルの資金洗浄を引き受けていた事件である。そのBCCI銀行の財務内容が腐っており、自己資金が枯渇し1991年に倒産した事件である。2005年マカオにあるバンコ・デルタ・アジアに北朝鮮の秘密ドル資金講座があり、これがマネーロンダリングの拠点となっていたが、アメリカがこれを凍結した事件がある。二つの国の在住者同士がドル決済をする場合、自国の銀行に自国の金払い込めば、ドルを取り扱う銀行(コルレス銀行)間でドル決済をする。信任ある国際通貨を基軸通貨と呼ぶが、アメリカがドルを扱う銀行の口座刺し押させといった強引な手が打てるのは、9.11事件後のアメリカ愛国法によって権限を与えられているからである。2012年香港上海銀行HSBCを経由した麻薬カルテル事件がある。中南米からの麻薬を船で密輸してアメリカ国内で売りさばき、収益金を船で運んで、メキシコにあるHSBCの支店HSMXに一旦入金する。後日HBMXから貸し出しを受けてドルの現金をアメリカに持ち込み、HSBCのアメリカ支店であるHBUSに入金するという古典的だが複雑な処理をしていた。2回も命がけの密輸船での運搬をしていた。

5) 繰り返す金融危機

恐るべき金融危機を幾度も招き寄せるマネーの暴走と、ヘッジファンドなどにマネーゲームの舞台を提供している先進国の金融センター(オフショア―)の危険性を認識しなければいけない。暴走する過剰なマネーがどうして世界経済を危機に陥れるのか、そのメカニズムを知っておこう。高度に技術的な金融商品が次々に生み出され、マネーゲームに供されれる。デリバティブ取引が非常な勢いで増えてゆくのである。2011年11月のデーターではヘッジファンドの運用総額はおおよそ200兆円となっている。信用保証であるクレジット・デフォルト・スワップCDSは2007年には想定で6200兆円となった。サブプライムローン問題が発生した時BNPバリバが影響を受けリーマンショックへつながった。1992年のポンド通貨危機のときは、ソロスが仕掛けたポンド売りにヘッジファンドが共鳴して売りに出ると英国政府の資金で太刀打ちできる運用額ではなかった。そして英国は欧州為替相場メカニズムERMから離脱した。1990年代はヘッジファンドによるアジア通貨危機が次々と演出された。これを破壊ビジネスという。政府資金だけで為替相場をコントロールできないのは、ヘッジファンドが運用できる総額が桁違いに大きいからである。政府資金でコントロールできるならそれは固定相場制である。コントロールできないから変動相場制になるのである。投機マネーは世界を震撼させる規模を持つことができるのは、レバレッジ(梃子の原理)で自己資金の数倍の金が借りられるからである。投機マネーは実経済をはるかに上回っている。実経済に回す投資に金が回らないのである。投機ヘッジファンドに金を貸しているのが、先進国オフショア―金融センターである。個人裕福層や機関投資家、メガ金融機関など巨額の金が投機マネーに姿を変える。メガ金融機関(投資銀行)がヘッジファンドと同じ行動をとる場合がある。投資銀行は預金を扱わないし、元金保証の規制はないから債券発行などにより機関投資家から大規模な資金を調達できる。典型的なヘッジファンドの他にも様々なファンドがある。「投資ファンド」、PEファンド(企業買収)などがあり、株や債券投資を伝統的投資と呼ぶなら、ファンド投資は「オルタナティブ投資」と呼ぶ。ヘッジファンドは基本的には私募で資金を集める。投資信託は公募である。ヘッジファンドはタックスヘイブンないしはオフショア―金融センターで設立される。だからヘッジファンドの実態がつかめないのである。地下経済とはマフィアのことではなく、今やヘッジファンドがうごめく巨大マネー集団の金の流れである。闇に隠れているがその破壊力はすさまじく、地上の実経済を飲みこんでやまない。最近20年における金融・通貨危機を年表風にまとめて次に示す。
1987年 ブラック・マンディ
1990年 スウェーデン危機
1991年 BCCI破綻
1992年 ポンド危機
1990年代半ば 中南米経済危機
1997年 アジア通貨危機
1998年 日本の金融危機 LTCM破綻 ロシア・デフォルト
2000年 ITバブル
2001年 エンロン・スキャンダル アルゼンチン・デフォルト
2005年 パルマラット・スキャンダル
2008年 リーマン・ショック
2012年 欧州通貨危機

1987年のブラックマンディとは割安感のある株式市場に過剰なマネーが流れ込んで、そして一気に引き上げた現象で、背景には過剰な流動性があり、ファイナンス理論の急速な発展と、コンピュターによる瞬時の決済システム、何かの動きに一斉に反応するとバンドワゴン効果があった。1990年のスウェーデン危機とは規制緩和による過剰流動性から生じた不動産バブルであり、同年の日本の土地バブル崩壊と同じ現象である。政府は金融機関へ公的資金を導入した。大規模な金融危機にはGDPの約10% の公的資金が必要という相場観を生んだ。1997年のアジア通貨危機はドルのペッグした相場制に対して、ヘッジファンドは売りに出た。まずタイのバーツが外貨不足になりIMFの支援を求めた。この通貨危機はアジア周辺に広がった。ヘッジファンドが火付け役という点ではポンド危機とおなじである。このアジア通貨危機で明らかになった点が2つある。政府が動かせる資金量はマーケットに流動する資金の比ではないこと、そして一国の危機は直ちに周辺国を巻き込むということである。1998年に日本を襲った金融危機は政策の失敗が起した危機の典型であった。バブル崩壊後のデフレ対策において、円高恐怖症が先に立ち、効果のない景気刺激策が財政金融を傷つけただけに終わった。バブルも政策の失敗というなら、デフレ対策も失敗である。不良債権処理に60兆円の公的資金を投入し、政府系銀行は破たんした。円高になると毎度財政の大盤振る舞いで解決を図り、財政をさらに悪化させるという悪循環が繰り返された。円高に太刀打ちする経済構造の変革に着手しないで、競争力のない産業に多大な投資をするという愚の繰り返しである。自民党の選挙対策で票田への優遇策でもあった。長期的に見ると、日本尾経済政策運営の失敗は円高対応の拙劣さにある。結果大蔵省は財務省と金融庁に分割され、金融政策の決定権は日銀に移された。2000年のITバブルはIT関連株の急上昇で始まったが、期待するほどの利益はないとの判断で投資熱は急速にしぼんだ。その中エンロン・スキャンダルという不正経理問題(粉飾決算)が露見した。デリバティブを利用した粉飾であった。エンロンは会社更生法の適用を受け、これに絡んだ会計事務所も倒産した。ここで高度金融商品のリスクを考えよう。デリバティブなど高度金勇商品は、実は何も生み出していない。「リスクを引き受ける」というサービスを提供して投資を促す商売は、果たして新たな付加価値商品なのであろうか。CDSは素晴らしいリスクヘッジなのか、この金融商品は市場総体から見るとリスクを減らしていないことは明白で、リスクを意識させないかリスクを隠ぺいしているに過ぎない。ある企業が持っているリスクは外部からはよく見えないので、格付け会社が最もらしく慰めを言っているか、よいしょをしているに過ぎない。この格付け会社のいい加減さはサブプライムローン問題で露見した。リスクをだれが負担しているのか分からなくなっている。企業のリスクを査定してCDSの値付けをするなど妄想に過ぎないか詐欺である。1998年日本長期信用銀行が特別公的管理<国有化)に入った。日銀の国際部はデフォルトではないとして論陣を張って清算を免れたが、もし清算になったら日長銀が持つァティブ商品が生産され世界の金融機関が受ける損害は計り知れなかった。日本発の世界金融危機が起きたであろう。こうして世界がグローバルエコノミーで密接につながっている。ヘッジファンドは世界経済にダメージを与える存在であり、害悪の方が圧倒的に大きい。ヘッジファンドに活動の場をるタックス・ヘイブンの罪も大きい。タックス・ヘイブンとオフショア―金融センターとはらも同じであるという認識に立てば、マネーゲームという僻事に加担している点では、ロンドンとューヨークの方がよほど悪質であると言える。タックス・イブンを3つのカテゴリーに分かつと、@海上の小島のタックス・ヘイブン(カリブ海)、A群小のオフショア―金融センター(オーストリア、ベルギー、ルクセンブルグ、スイス)、Bロンドンとニューヨークの金融センターとなる。@とAは明白なので繰り返さないが、ロンドン=シティはオフア―金融センターであると同時に周辺にマン島、ジャージー、ガーンジーという王室領のタックス・ヘイブンを抱え込んだ複合型(重層構造)の金融取引をし、金融に拠る覇権を握る駐悪的なセンターである。ロンドンは古くからの金融都市であった。シティの権益は英国の国益であった。英国は生き残りをかけてこの金融経済の牙城を守る事を至上命題としている。ニューヨーク=ウォ―ル・リートにはIBFというオフショア―センターがある。アメリカは米領バージン島、パナマ、マーシャル群島、リベリアなど旧植民地のタックス・ヘイブンを持ち、近くにはケイマンやバハマ、バミューダ―、BVIがある。アメリカンターも英国と同じく重層構造である。アメリカには非居住者の銀行預金の利子は非課税とされる。こうしたループホールは税金の取り逃がしになる。2012年にようやく財務省規則改正が行われFATCAという、IRSへの罰則も付いた報告義務を課した。アメリカは企業会計と税務会計が乖離し、多額の利益があって配当をたっぷり払っても、法人所得税を払わないということが普通である。もし税金を払うと株主総会で糾弾される始末となる。またアメリカにはデラウエア州のようなドメスティック・タックス・ヘイブンがある。州ごとに法が違うからである。そして連邦政府の金融監督行政が分立して、一貫性を欠くきらいがある。とはいえ全体として見れば、規制は強化されつつある。

6) タックス・ヘイブン、ヘッジファンド対策の模索

個人ではなく、と言って法人でもない中間的な法的存在を「多様な事業体」といい、日本版LPS法や日本版LLP法が整備された。信託やパートナーシップがこれに当たる。信託制度の起こりは封建時代に十字軍に出征する諸侯が、王権によって自領を奪われないように教会に寄進することでした。ですから信託と税制との相性は悪いし、課税側からすると信託銀行が最も厄介だということになる。海外のこれら事業体は節税商品になる。これを経由して海外のタックス・ヘイブンに資金を流すと資金の行方は分からなくなる。タックスヘイブン対策税制CFCではお手上げとなる。何も情報がないからである。2009年のグローバル・フォーラムのブラックリストの効力も疑問である。3つのカテゴリーのタックス・ヘイブンへの対策は手を替えなければならない。カリブ海諸島などのタックス・ヘイブンの根本的退治は難しいが、国際経済とのつながりを断ち切る事が最も有効である。だから先進国は取引を断つことから始めるべきで、情報開示要求だけではなしのつぶてである。欧州の群小金融センターに対しては名前を挙げて国際社会が批判することが効果的である。近代国家体制を持つ国の群小金融センターには不祥事・事件の具体的対応を迫ることである。中国のマカオ・香港、ルクセンブルグ、スイスなどには国際的体裁で迫ることである。最強の金融センターであるロンドン、ニューヨークに対しては、ヘッジファンドや投資会社の強欲をどこまで抑え込むかが問題である。一番悪いのは、タックス・ヘイブン退治に乗り気であるかのように見せかけて、舞台裏で自国の権益をまもろうとする先進国の金融センターである。人間の強欲に突き動かされ人たちが拠り所とするのが新自由主義経済理論である。ヘッジ・ファンド対策はタックス・ヘイブン対策より容易であるという。ヘッジファンドへの投資者である機関投資家、多国籍企業法人、メガ金融機関の金がヘッジファンドへ流れることを阻止することである。アメリカでは、金融機関がリスクの大きい取引を制限する「ボルカ―・ルール」を使って、ヘッジファンドやPEファンドへの投資の禁止、自己勘定での証券売買やデリバティブ取引の禁止が有効であろう。EUにおいても2012年AIFM指令があり、ヘッジファンド、PEファンドなどオルタナティブ投資ファンドに規制をかけるものである。兵糧攻めにする国際的グローバル・プルーデンシャル・レギュレーションが重要である。ヘッジファンドの三大特徴は@レバレッジ梃子原理、A空売り、Bデリバティブである。日本では、FX取引にはレバレッジの規制が強化された。欧州では全面的に空売りを規制した。店頭取引OTCデリバティブの規制などk国際的取組には金融安定委員会FSBがその中心になる。規制機関も銀行・証券・保険をまとめて一つの機関で規制する方式がベターである。英国のFSA、日本の金融庁、ドイツの金融監督庁などがその例である。グローバル・プルーデンシャル・レギュレーションの中心的枠組みは2009年より金融安定委員会FSBによるものである。金融機関にリスクを取らせない方法はバーゼル規制として知られる銀行自己資本規制である。メガ金融機関が裏口からヘッジファンドに資金を入れるか自分でヘッジファンドと同じような投機を行っていることを防止するためである。1988年のバーゼルTでは自己資本比率は8%を要求した。2004年のバーゼルU、2013年のバーゼルVではリスクの計算方法として期待ショートフォールESが導入された。バーゼル自己資本規制はそもそもレバレッジの規制であった。証券会社の国際機構はIOSCOである。従来は証券と銀行は銀証分離されてきた。アメリカでは金融機関の綜合化が進められたがうまくいっていない。銀証統合はいろいろ問題が多い。これを防止するため機関内でファイヤーウオール(防火壁)を設けるなど矛盾だらけである。国際化の進展した時代でも税制は国家主権の発動を主張している。EUでは付加価値税でさえ制度の統一ができないでいる。1972年経済学者トービンは、国境を越えるクロスボーダーの通過取引に課税して、投機マネーの過熱にブレーキをかける目的で「トービン税」を提唱した。しかしこの提案は半世紀にわたって無視されてきた。国際経済学は貿易論と国際金融論にわかれ、国際金融論は変動相場制を取り扱う理論を構築できなかった。変動相場制を前提とした貨幣的要因をあつかう国際マクロ経済学を「オープンマクロ」と呼ぶ。変動相場制の下で、財政政策と金融政策が経済に与える影響を理論化した「マンデル=フレミング理論」が生まれた。変動相場制の調整機能という主張には限界が見えてきた。変動相場制が貿易障害にならないように、単一通貨圏の実現に踏み切った欧州のユーロが今やユーロ危機を前にして足踏みしている。2002年国連開発資金会議で「国際連帯税」が提案された。具体的には航空券連帯税がある。EUでは金融機関の株式、債券、デリバティブなど金融商品の取引の課税する「金融取引税」構想が進行中である。目的は金融機関救済のための公的資金導入の保険みたいなものである。アメリカの個人所得税は国籍制シティズンシップ制をとり、日本を含め他の先進国では居住者課税制が基本である。基幹税として消費税か、所得税かという問題がある。アメリカは所得税制でシティズンシップ制をとるには筋が通っている。従来型の税制は現代のグローバルエコノミーにおいて其の儘では成り立たなくなってきた。税制は国際的視野で設計しなければならない。


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