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林 良祐著 「世界一のトイレ・ウォシュレット開発物語」 

 朝日新書 (2011年9月)

節水型トイレと温水洗浄器ウォシュレットで新時代のトイレをリードするTOTOの開発史

温水洗浄便座とは: ローテクの衛生陶器から、お尻洗い、脱臭、暖房などハイテク機能の数々で、電子機器制御の洗浄器一体型便器の機能満載製品に変身させ、常に業界のトップを走り続けているTOTOの開発思想とその歴史が語られる。もちろん成功物語である。日本の衛生陶器メーカーといえば、断トツ1位のTOTO(東洋製陶)と、それに肉薄するINAX(伊奈製陶)の2つの独占場の感がするが、それに温水洗浄器という分野でパナソニック(松下電工)ががんばっているという構図であろうか。衛生陶器(便器)のシェアーは日本においてTOTO、INAX(現・LIXIL)の2社による製造が大半を占め、ジャニス工業、アサヒ衛陶、ネポンなどがこれに続いている。そのなかでも最もシェアが高いのは約50%のシェアを持つTOTOであり、約25%を持つINAXがこれに続く。温水洗浄器のシェアー(2011年11月7日−13日 価格.comより)は、1位TOTO(ウォシュレット) 48.08% 、2 位パナソニック( ビューティ・トワレ)28.37% 、3位 東芝(サムスン製 クリーンウォッシュ) 11.72% 、4位 INAX(シャワートイレ) 9.60% 、5 位三洋電機(ki・re・i) 1.10% である。TOTOが1980年に温水洗浄器「ウォシュレット」を上市して30年が経過し、ウォシュレットの累積出荷台数は3000万台を超え、家庭での普及率は71%に達した。便器に多機能を満載し「至れり尽くせり」、「かゆいところに手が届く」製品は携帯電話の機能と同じく日本独特の製品開発姿勢である。口の悪い人はこれを「ガラパゴス的製品」(日本独特の進化)と呼ぶ。「たかがトイレ、されどトイレ」である。日本ならではの繊細な感性と徹底したものづくりの精神は誇るべきか、製品差別化のやりすぎというべきか。ひとつの製品をめぐって多数のメーカーが乱立し恐ろしいほどの価格低下と製品数の氾濫はたしかに日本独特である。たとえば板ガラスメーカにしても欧州では1社しかないのに、日本ではざっと5社はある。自家用自動車メーカも7社ある。したがって価格競争と製品開発は熾烈を極める。その中でトイレ分野でTOTOは常にトップを維持している。

TOTO「ウォッシュレット」開発: トイレ業界(陶製便器と温水洗浄器)の巨人TOTOとはどんな会社なのだろうか。TOTOのルーツは1876年に創立された「森村組」という海外貿易商に始まる。日本の美術品の壺、皿などの陶磁器を扱った。1904年に名古屋に陶磁器を製造する日本陶器合名会社を設立(現在のノリタケ)、1912年「製陶研究所」を作って欧州の浴槽、便器、洗面台の製造を志し、1914年国産第1号の腰掛式衛生陶器が誕生した。1917年に北九州市小倉に工場をたて、日本陶器から独立して「東洋陶器株式会社」が設立された。当時は下水道は整備されていなかったため、皿等の食器生産も行い、1969年まで食器生産は続いた。1923年の関東大震災以降、東京の再建に衛生陶器の大量受注を受け、下水道も始まって衛生陶器の生産は軌道に乗ったという。TOTOの温水洗浄器開発の歴史を振り返ってみよう。1964年TOTOはアメリカのベンチャー企業、アメリカン・ビデ者で販売されていた便器に取り付け使用する「ウォッシュ・エア・シート」の輸入販売を行なった。これは痔の患者さんの医療用として開発されたものである。同じ頃伊奈製陶はスイスのメーカーから洗浄機器一体型便器を輸入販売していた。価格は48万円台で当時の自動車1台分もしたという。国産第1号の温水洗浄便座は1967年に伊奈製陶から発売された。高額で鉄によるサビが出るなど問題が多く普及しなかった。TOTOは1969年暖房機能つき温水洗浄便座シートを発売し福祉施設・病院などで使用された。お湯の温度が不安定で水の焦点も定まらないという代物であっという。1970年代のオイルショックで住宅着工件数が激減しトイレの販売台数も落ち込み、TOTOは温水洗浄便座の製品開発に向かった。お湯の温度、乾燥空気の温度、ノズル角度、ICによる温度制御、ヒーター材質、漏電などの技術上の諸問題を解決し、1980年新しい温水洗浄器が誕生した。「ウォッシュレット」と命名された。温水貯蔵型と瞬間給湯型の2種類とした。1982年これまでタブー視されていたトイレ製品のテレビコマーシャルを「おしりだって洗って欲しい」(戸川純出演)で一躍ヒットさせ、「ウォッシュレット」の認知度も上がった。1980年代は多機能が求められ、ビデ機能、蓋のソフト開閉、消臭芳香カセット、着座センサー、リモコン、オゾン脱臭、触媒脱臭などニーズに応じた新機能を満載した機種が次々開発された。陶磁器商品だった便器が、エレクトロニクス製品という位置づけになった。1993年、水を溜めるタンクを取り払い、「ウォッシュレット」の機能を内蔵したすっきりしたデザインで「ネオレスト」が市場に出た。ローテクとハイテクの結合商品となった。

次世代便器「ネオレスト」開発: 機能主義の温水洗浄便座シートの開発とあわせて、TOTOはトイレ本来の節水、節電、デザイン(究極のくつろげる空間つくりをめざして)の開発競争を繰り広げていた。1988年TOTOでは「ザ・便器プロジェクト」が始まった。次世代便器開発の要因のひとつは節水という課題であった。1992年アメリカでは「エネルギー政策法」が制定され2年以内に1回のトイレ洗浄水量を6リットル以下にするという基準が施行されようとしていた。日本の水洗トイレは1回あたり12−20リットルの水が必要であった。12リットルの水を必要とする便器洗浄方式は高いところに貯えた水で洗い流す「ハイタンク(洗い落とし式)」で、16リットルの水を必要とするのは「サイホン式」、20リットルの水を必要とするのは「サイホンゼット式」であった。水量が多くなるのは便鉢に汚物が付着しないように水流を強めることが目的である。便器の価格ランキングでは、サイホンゼット式、サイホン式、洗い落とし式の順である。節水型は1回13リットルが長く日本の水使用量の標準となった。水の供給方式は、ビルなどでは太いパイプで強い圧力で流す「フラッシュバルブ式」であった。家庭では配管の太さは13mmで水圧は強くないので「ロータンク式」で水を貯えておく方式であった。そこで考え出されたのが「シークエンシャルバルブ方式」で、第1段でリム(縁)洗浄のバルブが開いて縁面を洗浄し、第2段階でゼット洗浄バルブが開いてサイホン力で汚物を洗い流す、第3段階で再びリム洗浄で水を上げ水封する。マイコンでバルブを自動制御する。タンクからの吐出流量20リットル/分と同じ洗浄力を、水道の吐出流量10リットル/分でスムーズに洗う方式である。最終的に8リットルで洗浄できた。家庭ではトイレ以外の水供給にも使用するため逆流防止のため水道法という法があり、「水道管直結型」は禁止されている。「シークエンシャルバルブ方式」では逆止弁でクリアーすべく役所との交渉を乗越えたという。こうして1993年温水洗浄シート内臓タンクレス一体型トイレ「ネオレストEX」が誕生した。

「ウォッシュレット アプリコット」開発、: 1998年家電製品の小型化(軽薄短小の風潮に乗って)が加速していた時代、陶製の重量感溢れる便器も「シンプル&コンパクトデザイン」をコンセプトにした。便器容積を従来の1/3とするデザインである。新型ウォッシュレット「アプリコット」の開発が始まった。まずしり洗いの洗浄水吐出量は1リットル/分を、もっと快適な洗い心地にするため噴射方式の改善に努めたが、パナソニックのエジェクター構造(空気混入ノズル)がすでにパテント化されたので、電磁ポンプにより水玉連射方式を開発し、柔らか洗浄感を得るための条件設定をし「ワンダーウェーブ洗浄」を完成させた。そして釉薬の上にナノテクガラス層を設け汚れを附きにくくした便器の新素材「セフィンオンテクト」を採用した。また縁の内側には汚れがたまりやすかったので、縁を廃止し、洗浄力を上げるため「トルネード洗浄」(渦巻き流)を開発して、2002年「NEWネオレストEX」が発売された。

節水、節電、コンパクトデザイン開発: 2005年、「日本らしいさとは何か」のブレーンストーミングで「静かな存在感」というデザインフィロソフィーが提案された。これをトイレに落とし込むため3班に分かれてアイデアを具体化していった。水道圧の不安定を解決することと、節水目標を、パナソニック「全自動トイレ アラウー」が実現した5.7リットルを下回ることが課題となった。水道からの圧力に依存しないため、「ハイブリッド洗浄方式」では便器に内蔵されたポンプ加圧された貯水タンクから水を流す量を3リットルとし、水道直圧から2.5リットル、合わせて5.5リットルの洗浄水量を目標とした。「ネオレストハイブリッドシリーズ」はこうして半年の期間で開発されたという。日本人の生活用水使用料は約300リットル/日と約20年間は横ばい状態である(国土交通省)。これは世界平均の約半分である。水使用の内訳は、第1がトイレで28%、第2番は風呂で24%、第3番はキッチン炊事で23%、第4番は洗濯で16%である。そして2009年「ネオレストハイブリッドシリーズ」で4.8リットル(小用にはエコボタンでは3.8リットル)を実現した。こうして2006年以来節水型トイレ開発は6リットルから、5.5リットル、4.8リットルと洗浄水量を節減してきた。「ウォッシュレット」の洗浄方式にも磨きがかかり、1秒間の100回の水滴噴射が最もソフトで洗浄感を与えることが分かった。節電については、便座と便蓋に断熱材を内蔵した「ダブル保温便座」で約13%の節電が可能となった。2010年発売の「ウォシュレット一体形便器GG]には「ツイントルネード洗浄」、ノズルの滅菌のため水道水電気分解水を供給する機能を入れた。くつろげるトイレ空間は将来さらに健康管理空空間に進化する。大和ハウスと共同で「インテリジェンストイレ」を開発した。「カスタマーズ」空間ではお任せ節電(使わないとき電灯や便座温度を下げるなど)を開発中である。


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