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蔵元由紀著 「非線形科学」 

  集英社新書(2007年9月)

決定論的力学系から、新たな自然観を与える非線形科学への現代物理学入門書

南部洋一郎、小林誠、益川敏英の3氏が2008年度ノーベル物理学賞を受賞した。受賞理由は「CP対称性の破れの発見」ということであった。日本のお家芸である素粒子論分野の研究であった。波動量子力学、ニュートン力学やアインシュタインの相対性理論を背景とする巨大な力学系はつまるところ決定論的科学である。それが巨大な科学技術の知的建築物を生んだ。ところがそれだけで自然現象(生物現象)を説明できるかという疑問から非線形科学が生まれたのだ。微分方程式や偏微分方程式ではモデルの表現の仕様がない不思議な自然現象や手のつけようもない複雑な現象にも、明快な法則が潜んでいる。そして非線形科学はこれまでの科学とは異なる視点から、その動的な機構が明らかにされつつある魅力溢れる分野である。その対象と方法が正統的な物理学のアプローチではないため、いままで日陰者・変人扱いされてきたが、1970年以降パターン形成、同期、振動、カオス、揺らぎなどの分野で優れた理論が発表され一躍注目を受けた。著書蔵元由紀氏は京都大学基礎物理学研究所教授であったことから、ようやく一人前の物理学の研究分野と見なされているのだろう。本書のユニークなところは説明に一切数式を使用しないということである。新書という形態からこの本は誰を対象にしているのかといえば、当然学生や一般読者で専門家ではない。あくまで読者が非線形科学という言葉の内容に興味を持っていただくための入門書である。従って普通の言葉で科学の面白さを知って、次のステップに進めばいいというのが本書の目論みである。著者のプロフィールを紹介する。蔵本 由紀氏(1940年 - )は、京都大学数理解析研究所客員教授。京都大学名誉教授。理学博士。専門は非線形動力学(非線形科学)、非平衡統計力学。特にリミットサイクル振動子の作るネットワークダイナミクスの分野では世界の第一人者。最大の業績として、振動場の位相不安定性を記述した蔵本−Sivashinsky方程式を導出したことがある。これは時空カオスの最初の例である。もう1つの大きな業績として、振動子集団の可解模型(現在では蔵本モデルと呼ばれる)を提唱したことがある。その他、反応拡散系における複素ギンツブルグ-ランダウ方程式の導出、結合振動子系における引き込みの研究などの業績がある。

非線形という言葉は紛れもなく数理用語であり、全体は要素の一次結合(比例関係)からなりその運動方程式(微分方程式)は解析的に求める事ができるというのが狭い意味での線形である。その「線形科学」の代表がニュートン力学であり、デカルトの解析力学であった。それは初期条件を与えると運動軌跡が決定論的に求まるという明快な論理構造である。その明解さでもって近代科学はすばらしい発展をし、技術の圧倒的進歩をもたらした。再現性があり一義的に解が求められるので疑義を挟む余地はなく人類に絶大な利益をもたらした。「非線形」とは要素の結合が複雑(線形ではなく)であるとか関数的に表現が出来ない場合、微分方程式を解析的に解くことは不可能で、特定の条件で逐次的にコンピュータシュミレーションで追いかけてゆく数値計算で特定解は出来るが、一般性のある解は最初から放棄している。工学系ではそれでもいいということで工学現象のシュミレーションができる。いまや地球温暖化予測の複雑極まりない流体運動方程式をスーパコンピュータで求めてゆくのが流行しているが、パラメータ操作でいかような結果も思いのままである。栄養制限の容器内バクテリアの増殖はいわゆる「モノーの増殖曲線」で表されるS字曲線に見るように導入期から対数増殖期があって飽和期にいたって増殖は停止する。これは負のフィードバックといわれるが、マルサスの「人口論」は正のフィードバックで破滅的な結果を予測するのである。ちょっと現象は異なるが、波や振動などは特定の波長を持つ正弦波の一次結合とみなすが、大きな波の挙動は予測できない。分子運動の状態で、気体から液体、固体へという相転移が起きるのは要素同士の強い相互作用が生み出す著しい非線形現象である。このように自然は非線形の現象で満ちているといってよい。「非線形科学」とは狭い意味で動きを含んだ現象(非線形動力学)に関心を持ち、マクロ世界の現象を扱おうとする特徴がある。そこで「非線形科学」を定義すると「生きた自然の格別の関心を寄せる数理的な科学」といえるかもしれない。自然はエントロピーを発生する散逸系(崩壊へ向かう系)であるが、おのずから形や動きを形成し、自らを組織化してゆくような自然現象の系でもある。これは構成要素の間の強い相互作用から生まれる性質で、広い意味で「創発」と呼ぶ。個別の要素をどこまでも分解してミクロな原理を追及する現代科学の驚異的な発展に比較すると、この「創発の科学」はいかにも荒っぽく果たして科学なのかという疑問が付きまとう。本書はその答えを探す旅である。本書を読むに当って、本書の説明だけでは到底理解できないのが普通です。分るということが数理的に説明できるという線まで要求する人には本書は無茶苦茶なことを言っていると思うでしょう。また文字面を追っていても日常語ではないので比喩からは到底理解不能でしょう。結局何か興味がわいたら本書の企ては成功なのです。論理的に筋を理解するには飛躍的な内容が多すぎて附いて行けません。そんな本なのですからご承知置きください。という不勉強な私にもちんぷんかんぷんな処だらけなのですから。

「非線形科学」は数理的な科学である。数理的な法則がなければそれは自立できる科学ではなく「オカルト」とみなされる。ダイナミックに変化する世界において普遍な構造を見出す事が必要である。古典力学のような巨大な建造物の法則と同様に、素粒子論においてもミクロな世界の法則は普遍であるという考えに基づいている。素粒子から原子、分子、物質、地球、宇宙までの一列の知的構造が普遍である。この両端の素粒子と宇宙のビックバンの理論が合致するとは、まさに驚嘆である。ところが非線形科学はミクロな要素的実体にまで遡る事はしないで、複雑な現象世界に踏みとどまってその構造性に不変原則を見ようとする科学である。不変原理は普遍原理である。現象を「何が何する」というとき、主語は何であれ述語の不変性によって異質な主語が急接近するのである。本書はこう結んでいる。「複雑な現象世界には、多くの不変構造がまだ潜んでいる。その発掘は21世紀の科学の主要な課題の一つである」

著者が「自然のダイナミクスの根源」の研究に入るきっかけを与えた本が、パウル・グランドルフ、イリア・プリゴジン著「構造・安定性・揺らぎーその熱力学的理論」(1971 Wiley出版)だったそうだ。自然のダイナミックスの骨格とは「崩壊」(エネルギーの散逸)と創造(自己組織化)が中心の話題となる。1967年イリア・プリゴジンがはじめて「散逸構造」という概念を打ち出し、マクロな世界が「エネルギー保存の法則」(熱力学第1法則)と「エントロピー増大の法則」(熱力学第2法則)という二つの普遍的な法則に支配されて、熱平衡を目指している事を述べた。すなわち熱力学第2法則はエントロピーが増大する(散逸する)不可逆的過程であるということだ。ボルツマンはこれを宇宙の「熱的死」と呼んだ。しかしエントロピーが外部世界に放出され続ける限り、物質の運動や構造が維持され、システムはバラバラの平衡から離れた状態を保つことが出来る。物質的多様性は超高温でバラバラにならない限りこの地上では維持されるのである。太陽では核融合が起きているが100億年の間はその輝きを失わない。振り子時計は巻かれた板ばねのエネルギーを変換しながら生成するエントロピーを放散している安定な状態にある。このようなシステムを「非平衡開放系」と呼ぶ。地球という開放系は、ビックバンで与えられた内部エネルギーをゆっくり放出しながら冷えつつある。地球の最深部は6000℃といわれ熱は地殻(地表・水と空気)から宇宙へ放散され、表面と深部の温度差が巨大でゆっくりしたマントル対流を引き起こしている。この巨大な循環によって地球は45億年の間駆動され続けている。

力学的自然像:散逸力学系 レイリー・ベルナールの熱対流現象をローレンツ・モデルで解く

非線形現象に科学者がどのように取り組みアプローチしてきたかを、「熱対流現象」を例にとって基本的な考え方を解説したのが本章である。非線形科学に特有な言語に馴れるための準備運動である。熱対流現象とは大きいものでは大気の運動からマントルの流れ、小さなところではコーヒーカップのミルクの描く波紋の事であるがその起動力は温度差である。一般に流動現象は相似な流体運動を記述するナヴィエ・ストークス方程式で普遍的な流体の運動方程式である。有名な分岐・パターン形成現象として流れの杭の下流に発生する「カルマン渦」がある。熱対流の研究を始めたのは20世紀初頭のアンリ・ベナールといわれる。流体の上下に温度差を与えると液体は温度があがると比重が軽くなり浮力を得る。しかし液体の粘性が強い間は動かないで熱伝導で液体温度は上昇する。ある温度最上になると浮力が粘性抵抗に打ち勝って流動が始まると、熱く軽い液体は上昇し、それに対応する冷たく重い液体が上から下降してくる流が発生する。上部が開放され表面張力が働く時は蜂の巣状に、密閉された容器内ではロールパターンで熱対流構造が見られる。流体は粒子ではなく、分子が相互作用を持つ連続体であるので、ニュートン力学の運動法則のように3次元空間で表すことはできないし、また基礎となる運動方程式は分からない場合が殆どである。熱対流現象も運動方程式で表す事は不可能である。そこで抽象的な(温度差、速度)などの「状態空間」を想定し、主要な変数(自由度)のみに単純化して考える。運動方程式のかわりに「発展方程式」という「各時刻における状態の変化速度がその時刻での状態自身によって与えられる」微分方程式で記述するのである。したがって3次元のニュートン力学とは違う「力学系」である。

1971年パウル・グランドルフ、イリア・プリゴジン著「構造・安定性・揺らぎーその熱力学的理論」が刊行された頃、1972年ルネ・トム著「構造安定性と形態形成」が著わされカタストロフィー理論が創始された。構造がある時点でガラッと変わる事を「分岐」といい「カタストロフィー」とほぼ同じ意味で用いられる。トムは自然観を「文学的」に記述する事を嫌い、明確に表現する数理言語を求め従来の決定論的数理言語で表現するよう努めた。古典力学では運動方程式は解析的に解くことが求められる。しかし非線形な力学系では解を数式で表現する事が出来ない(解析的に解けない)のが普通である。非線形現象の代表である熱勾配で動く熱対流は時間に関係ない非平衡定常状態が解である。非線形現象には発展方程式が時間周期で繰り返す場合がある。これを振動解というが、同じ状態が二度と繰り返さない非周期的な運動を「カオス運動」ともいう。独立して動く要素がない非線形現象は解析的に解けないが、それに対するアプローチは二つある。一つはコンピューターで逐次状態を変えシュミレーションする方法である。個別の状況での答えしかえられないし、現象の理論そのものを与えるものではない。第二の方法はエドワード・ローレンツが1963年に開発した「ローレンツ・モデル」です。ナヴィエ・ストークス方程式ではレイリーの壁は乗越えられない。大胆にも流体方程式を時間変化する状態変数(熱、速度、速度)の3変数に近似し、パラメーターで結びつけるのである。しかも状態変数を要素となる空間パターンを正弦波の重ね合わせとみて振幅を変数とする。本書ではこれ以上の理解は不可能で、一応わかった事として先に進む。

 古典力学を保存力学系とすると、エントロピーをたえず生成する非平衡開放系は一般に「散逸力学系」と呼ばれる。散逸力学系はいつかは落ち着くべきところに落ち着くのであるが、振動状態でもカオス状態でも落ち着く先は「アトラクター」といわれる。なぜそうなるかというと、ローレンツ・モデルで流体の体積は時間とともに縮小するということです。出発点の運動状態が単一の点に収束するからである。この点を「カオスアトラクター」と呼ぶ。散逸力学系のアトラクターには、定常点、閉じたループ(リミットサイクル振動)、カオスアトラクター、トーラス(二重周期運動)の4つがある。カオスの発見者であるローレンツは奇妙で複雑な運動を、決定論的力学法則言語に基づく不規則運動であると結論づけた。ローレンツ・モデルのパラメーターの値を変化させると、ある状態が不安定化して別の状態に突然変化するすることが何度もある。新しいアトラクターに移るからで、分岐を引き起こすパラメーターを「分岐パラメーター」と呼ぶ。熱対流では定常解(伝導)から別の定常解(対流)そしてカオス状態への分岐である。カオスが振動状態になる事を「ホップ分岐」ともいう。分岐と分岐の間を「構造安定性」という。相転移のように分岐点の周辺にシステムの重要な情報が凝縮されている。非線形現象のアプローチには3つの方法が研究された。「レイリー・ベルナールの解析」と「ローレンツ・モデル」と「分岐理論」(縮約理論)である。とにかく非線形科学への拒絶反応を誤魔化すために、分ろうが分るまいが言葉になれるための訓練をこれで終了し、次からは具体的なテーマ別に非線形現象をみてゆこう。

パターン形成:BZ反応(拡散律速化学反応系)とチューリング・パターン

熱対流現象と並んで非線形科学を牽引してきたもう一つの物理現象として、1950年に始まるベル−ソフ・ジャボチンスキー反応(BZ反応)という興味深い化学反応がある。BZ反応は別名「振動する化学反応」といわれた。有名な生化学反応としてクエン酸サイクル(TCAサイクル)がある。モスクワの生化学者ベル−ソフは生体触媒である酵素の代わりにセリウムイオンを用いたところ、セリウム溶液が3価(無色)と4価(黄色)の状態を周期的に変わったのである。当初は学会で無視され失意のうちにベル−ソフは亡くなったが、1968年ジャボチンスキーはこの反応を「生化学反応における振動現象」国際会議で発表してから世界的に注目されるようになった。いまではこの反応は試薬中の不純物粒子と化学物質の拡散速度に起因することが分った(物質拡散律速と化学反応)。1974年T・ウインフリはBZ反応をペトリ皿のゲル中の拡散反応で行い、見事な標的パターンとらせん波パターンで視覚固定化した。この反応が描く文様は非線形科学のパターン形成のメインテーマに一つとなった。

BZ反応のような振動する力学系は、「リミット・サイクル振動」を示す。すなわち閉軌道をアトラクターとして持つ散逸力学系である。同心円状の「標的パターン」という波紋は遅い拡散物質と早い拡散物質が同心円状に広がって、交差すると反応する機構である。らせん波パターンは端点からの伝播速度が次第に速まって一定値になる運動パターンは「円の伸開線」となる。振動の面白い形態として生態系の捕食者と非捕食者の繁殖パターンがある。相互の数は増殖因子と制御因子として働くのである。鼠と猛禽類の数は生態的に釣りあうか、多少のレスポンスの差があるときは振動する(ダンピング現象)。1952年フランスのチューリングは拡散に誘導された不安定性を解析し、活性化物質と抑制物質の拡散の速さが異なる場合にチューリング的不安定がおきる事を示した。「静止した縞模様」(チューリングパターン)が現れる。

リズムと同期:相互作用と位相

リミットサイクル振動はどんな初期状態から出発しても採集的に同一の振動状態に引き寄せられるアトラクターとしての振動であった。そして二つの自由度の相互フィードバックからリズムがうまれる普遍的なメカニズムである。また非線形科学の面白さは、リズムの発生機構が分らなくても、その先にある高次の自己組織化現象に取り組めるところが普遍性法則のお陰です。波動説で有名なオランダのホイエンスは17世紀近くにある二つの振り子時計の振り子の歩調がぴったり一致することに気付いた。最初振り子をずらして動かしてもいつかはぴったりと一致するのだ。これを二つの振り子の引力による「相互同期」といい、生物の対内時計の周期性を「強制同期」という。これらのリズム現象は自然界に多く見出されている。かえる集団の鳴き声の同期や蛍集団の光点滅の同期現象、橋を渡る人の歩調の同期による橋の共振現象、ハドソンの電気化学振動子など数え挙げると切りがないほどだ。要するに集団や場全体にはたらく平均場相互作用と呼んでいる。BZ反応で紹介したウインフリは集団的同期現象への理論的アプローチを始めて試みた人だ。振動モデルは位相モデルで等速円運動をおこなう振動子集団を扱った。相互作用は引力型で平均場相互作用を仮定している。磁気相転移の固有振動に多少ばらつきがあっても、ばらつくの度合いが小さいとあるところでマクロな振動が発生するのである。蔵元由紀氏は1975年ウインフリーのモデルの取り扱いで、振動子間の相互作用を位相ではなく位相差として正弦関数で表して厳密解を得た。これを「蔵元モデル」といいよく知られるようになったという。

カオスの世界:ローレンツ・モデルとレスラー・モデル 

出発点における状態の小さな違いがユクユク大きな差異となるような不安定でしかも永続的な運動を「カオス」という。カオス科学の先駆者は19世紀末の数学者ポアンカレ−である。かれは保存力学系では万有引力が働く3体問題は発散して解けないことを示した。今日いうところのカオス運動であり、「ホモクリニック交差」と呼ぶ。保存力学系でなく散逸力学系でカオスの存在を示したのは1963年の「ローレンルモデル」である。すなわち熱対流が乱流化することである。対流が温度差が大きくなってホップ振動を起こすと、対流は振動を伴う。どこの場所でも流体速度が一定の周期で変動する。そしてさらに二重周期振動へ遷るたびに独立な周期が一つづつ増えてゆく。乱流とは多重周期運動にほかならない。ローレンツは自分の発見した不規則運動を決定論的カオスであると主張した最初の人であるのは、カオスに潜む秩序性ないし規則性を明確に示した点にある。例えば流速という変数などが不規則に変化するときその軌道には定常点を持って(ローレンツアトラクター)振動する系で、何回か廻った後突如循環する軌道を別の循環系に乗り移るのである。そこである変数のピーク値(振幅)の数列を得て、数列の変化規則を見出したのだ。数の変換規則を写像といい、数列の変化率を見るため、ZnをX軸にZn+1をY軸に2次元で表すと数列の軌道として面白い写像が得られた。鋭い山の形をローレンツモデルと呼ぶ。飛び飛びの値をとるので離散力学系という。必ず不安定で非周期軌道を取るのが特徴である。Zn+1はZnより拡大した値で数列は発散しカオス軌道の平均拡大率の対数をリヤプノフ指数といい、正の指数を持つこと決定論的運動である事がカオスの最大の特徴である。ローレンツモデルで数列の拡大率を2とする変換を「パイこね変換」といい、カオスを生み出す普遍的なメカニズムである。パイをこねる時のように、伸ばしては折り返すやり方がよく混合された状態を作り出す秘訣で、「状態点の塊の不可逆的な拡散」といえる。

流体方程式を時間変化する状態変数(熱、速度、速度)の3変数に近似し、パラメーターで結びつけるのであるローレンツモデルにおいて、状態変数X,Y,Zは全て非線形で表し、パラメーターは3つ置いた。ところが1976年オットー・レスラーは低次元カオスの一般的性質を知るため、変数の非線形項はひとつだけとして、パラメータも一つとしたモデルを考案した。これを「レスラー・モデル」と呼ぶ。するとカオス軌道はアトラクターを一つとする周期軌道となり、パラメーターが変化するとカオスが現れ、周期が倍となる「周期倍数化分岐」が現れる。2重、4重、8重になるパラメータの差の数列は間隔Δといい、その間隔の公比は一定で1以下である。この公比の逆数δは「ファイゲンバウムの普遍定数」と呼ばれ、周期倍数化モデルでは共通のδを持つ。レスラー・モデルの状態変数のピーク値数列のカオス軌道はなだらか山形を示す。周期性を持つ写像の簡単な例は二次写像といわれ、生物集団の個体数の時間変化を記述する最も基本的な非線形モデルである。ファイゲンバウム理論は素粒子論でも用いられた「繰り込み群」を用いている。

揺らぐ自然:フラクタル現象 統計とべき法則

統計力学でいう平均値からの偏差を分散や揺らぎと理解している。現象は揺らいでも中心極限定理(正規分布)というきつい縛りがある。集団の大きさNの平方根に比例して絶対誤差は大きくなるが、相対的揺らぎは集団の大きさNの平方根に比例して小さくなる。ランダム分子の運動は時間の平方根に比例した距離が原点からのずれの目安である。ところが分子の揺らぎが独立ではなく、統計的に強い相関を持つ場合、それは物質が相転移に近づいた場合である。物理量が不連続に変化するのが一次転移である。磁気の相転移ではキュリー温度(臨界温度)に達するとマクロな磁気が現れる。マクロな秩序ともいう。すなわち臨界状態における物質の揺らぎには、自己相似性とか「ベキ法則」が主題となる。さまざまな波長を持つ揺らぎ成分の平均強度の分布を「ワークスペクトル」といい、波数kのaベキ乗に逆比例する。振幅が波数のベキ乗に反比例することである。これを「ベキ法則」という。ベキ法則に従う現象には単語頻度の「ジップの法則」、地震の「グーテンベルグ・リヒターの法則」や音楽の「1/f 揺らぎ」などが有名である。「ベキ法則」をもつタイプの揺らぎ現象を「フラクタル的」現象という。海岸線の形状、コッホ曲線,カントール集合、ブラウン運動などはフラクタル次元で特長付けられる。電気分解で金属を電極に析出させる場合の結晶の析出形状も拡散律速の凝集モデルでフラクタル次元を持つ。


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