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漢詩の詩形
・・・そのリズムと美のあり方・・・



漢詩は世界でも最も美しい文芸の一つであろう。それは日本においても奈良平安時代を通じて教養の最も重要な部分を占めてきたし、明治の森鴎外に見るように文筆家の文体の美を形作る物であった。日本の短歌、俳句などと並んで言語や感性の特色を構成してきた。我々日本人は悲しいかな唐時代の中国語の正確な発音を知る由もない(中国においても失われた発音であるそうだ)。漢詩という言葉は「漢時代の詩」という意味ではなく、広く中国の詩であり狭く捉えると「唐時代に確立された詩形」をいう。今回の「漢詩の詩形・・・そのリズムと美のあり方・・・」の表題は狭い意味での唐詩を指す事にする。末尾に私が勉強した参考文献を示しますので、興味のある方は詳細を勉強されるのもよいかと思います。

1) 漢詩の成り立ち

漢詩の美を構成する要素として[T]詩人とその時代背景 [U]主題とイメージ [V]詩形とリズム [W]史跡(和歌でいう歌枕) [X]日本語読み(文語読み下し文)の美とリズムがあります。ここでは[T]詩人とその時代背景と [V]詩形とリズムを取上げて説明します。まず[T]詩人とその時代背景について簡単に漢詩の成り立ちと歴史をまとめて漢詩を理解します。漢詩の成り立ちは大きくは次の2つに区分されます。

古体詩
唐以前に製作された詩や絶句・律詩の規則に従わない詩
近体詩
唐以降に作られた作詩法(押韻・平仄)に則って、絶句・律詩・排律の規則に従う。

漢詩の成り立ちを時代区分で4つに区別し、特徴と代表的な詩人を記します。

詩経・楚辞の時代

「詩経」は周の時代(紀元前10世紀から6〜7世紀まで)の歌を孔子が編纂したと言われる。「曰く思い邪なし」風(国風)、雅(宮廷雅楽詩)、頌(先祖を祭る歌)の3つに分類される。全て無名の作品(伝承)である。分かりやすい「詩経」の本として海音寺潮五郎氏(中公文庫 1989年)の訳文がある。紀元前4世紀の戦国時代南方の楚の国に一人の詩人が現れた。屈原である。「楚辞」は楚の国の詩である。三言プラス休止形の「兮」プラス三言を一句とする典型的な形を持つ。屈原の詩「離騒」から末尾に「兮」を持つ詩体を「騒体」と呼ぶ。

漢・魏・普・南北朝の時代

紀元前2世紀から紀元6世紀ごろの中国は漢で統一王朝が出来たがすぐに分裂した。後漢の時代から魏の時代には「建安の七子」が気骨ある詩風を謳った。西普から南北朝にかけて国は破れ動乱が絶えず、無為・自然を尊ぶ老荘思想の影響のもとに「竹林の七賢」が清涼な詩が主流となった。この時代の代表的な詩人には項羽、高祖、曹操、陶淵明、謝霊運、斛律金がいる。日本人に一番親しまれているのは田園の詩人と言われる陶淵明であろう。

初唐・盛唐の時代

謳われる内容に深みが増すと同時に詩形の主流は五言詩(絶句・律詩)の近体詩が成立した。中国古典詩は芸術性にあふれる名詩が輩出した。7世紀初唐の時代には陳子昂、宋子問、王渤などが自由闊達な「風骨」が流行した。8世紀盛唐期に入ると詩の形式はさらに整えられ対句の決まりも確立され、強烈な美意識で深い思想を謳うようになった。この時期の代表的詩人には李白、杜甫、王維、王昌齢、孟浩然、王翰、高適、などの優れた詩人が澎湃し、まさに百花繚乱の時期を迎えた。

中唐・晩唐の時代

盛唐時代の安史の乱の終結から9世紀中頃までが中唐期、9世紀末までが晩唐期である。代の乱れを反映し杜甫の詩風を継承しながら政治批判や世相風刺の詩などが多い。代表的詩人には白居易、韓愈、銭起などの「唐宋八大家」、「大暦の十才子」が有名である。晩唐では杜朴、李商隠等の詩人が挙げられる。

2) 漢詩の詩形

漢詩には次の四つの種類がある。@絶句(四行で 五言、七言)A律詩(八行で 五言、七言)B排律(十行以上で行数に制限がない 五言、七言)C古詩
絶句と律詩の特徴を纏めると、

律詩
対偶性(安定感)、整合性(バランス)、完結性(輪郭の明示)
絶句
単一性(流動化)、偏在性(バランスの抑制)、対他性(余韻の流出)

律詩を見ると8句(8行)が二句を塊として起・承・転・結の四文節が散ー対ー対-散とバランスよく配置されている。律詩という詩形はこのように「対」という概念を極限まで徹底させた詩形であり、いわば「対偶観念の純粋形式」であることがわかる。
ただし今日我々が漢詩を作ると言っても普通は絶句が精一杯で、とても律詩を上手に作る事は難しい。まして排詩や古詩などは手がつけられないのが実状です。従って当面私などは絶句のみを対象とせざるを得ません。
つぎに五言と七言の音のリズムを見てみよう。五言の場合、漢語は基本的に2音1拍であるので5つの言は2・2・1音となり3拍(3拍子)となる。七言の場合、2・2・2・1音というように4拍(4拍子)である。つまり五言は奇数リズム、七言は偶数リズムとなり自ずから独特のリズムを作っている。言葉の意味からすると五言は2つと3つの言葉のまとまりで展開される。七言は2つと2つと3つの言葉のまとまりである。「五言詩」と「七言詩」のリズムの違いは日本詩歌における「五七調」の重厚典雅と「七五調」の流麗暢達のリズム感の相違と極めて近い。

3) 漢詩の音韻形式

音のリズムの他にアクセントのリズムがあります。各行の終わりにある規則を決めて同じ発音の型と考えられる言葉を使うと各行の読み終わりの音に一種の調和が発生して聴く人の耳に心地よい感じを与えます。漢字の発音の型には四種類あって、これを四声という。

  1. 平声・・平らかな発音(平音)
  2. 上声・・尻上がりの発音(仄音)
  3. 去声・・尻下がりの発音(仄音)
  4. 入声・・語尾がつまる発音(仄音)

この発音は現在の中国語の発声が変化したためあまり相関は求められない。むしろ現在では文章語として理解すべきです。大切なのは韻を踏むのは「平声」の言葉でそれが30種類(上平音15種類、下平音15種類)に分かれ、かつ1種類が平均50〜70語くらいずつですので、合計2000字ぐらいが平音といい、他の3つの種類は仄音と言います。
上平音:一東、二冬、三江、四支、五微、六魚、七慮、八斉、九佳、十灰、十一真、一二文、十三元、十四寒、一五冊
下平音:一先、二粛、三肴、四豪、五歌、六麻、七陽、八庚、九青、十蒸、十一尤、一二侵、十三箪、十四塩、一五函
漢詩ではリズムを生む形式を「平仄図式」といいますが、それには基本的には四通りしかありません。それを七言絶句で説明します。○は平音、●は仄音、◎は平音で同系韻、△は平音、仄音どちらでも許されます。一例として頼山陽作の川中島より第二式を示します。
七言絶句(頼山陽作)・・正平起第二式・・韻は下平音 五歌
○ ○ ● ● ● ○ ◎      △ ○ △ ● △ ○ ◎
鞭 聲 粛 粛 夜 過 河
● ● ○ ○ ● ● ◎      △ ● △ ○ △ ● ◎
暁 見 千 兵 擁 大 牙
○ ● ● ○ ○ ● ●      △ ● △ ○ △ ● ●
遺 恨 十 年 磨 一 剣
○ ○ ○ ● ● ○ ◎      △ ○ △ ● △ ○ ◎
流 星 光 底 逸 長 蛇
[規則]ここで二四不同(異なる平仄)、二六対(同じ平仄)、下三連禁止(第五字から第七字まで同じ平または仄を連ねない)、四字目の孤平を避ける(第四字の平音が上下で仄音に挟まれる)、同字相犯禁止(同じ文字を2回使用する)の規則がありますので、左の漢詩のような平仄関係になります。まさに字のパズルのように規則の中で字を当てはめることになります。また韻は第1行、第2行、第4行の七字目を踏みます。参考までに第一式、第三式、第四式の平仄関係を示します。

第1式(正仄起)
△ ● △ ○ △ ● ◎
△ ○ △ ● △ ○ ◎
△ ○ △ ● △ ○ ●
△ ● △ ○ △ ● ●
第3式(偏仄起) 
△ ● △ ○ △ ● ◎
△ ○ △ ● △ ○ ◎
△ ● △ ○ △ ● ●
△ ○ △ ● △ ○ ◎

第四式(偏平起)
△ ○ △ ● △ ○ ◎
△ ● △ ○ △ ● ◎
△ ○ △ ● △ ○ ●
△ ● △ ○ △ ● ◎

この表を見れば分かりますが、第一字、三字、五字は平仄は何れでもいいわけですが、下三連禁止や第四字孤平を避ける等の規則を守って字を選ぶ必要があります。

参考文献
  1. 松浦友久 「漢詩ー美の在りかー」 岩波新書 (2002年1月)
  2. 山口直樹 「図説 漢詩の世界」 河出書房新社 (2002年8月)
  3. 新田大作 「漢詩の作り方」 明治書院 (1970年11月)
  4. 河井酔萩 「詩語辞典」 松雲堂 (2004年4月再版)
  5. 川田瑞穂 「詩語集成」 松雲堂 (1980年復刻版)
私が読んだ漢詩集の本
  1. 海音寺潮五郎訳 「詩経」 中公文庫 (1989年)
  2. 松枝茂夫 「中国名詩選」上・中・下 岩波文庫 (1983・1984・1986年)
  3. 前野直彬 「唐詩選」上・中・下 岩波文庫 (1961・1962・1963年)
  4. 黒川洋一 「杜甫詩選」 岩波文庫 (1991年)
  5. 小川環樹・都留春雄・入谷仙介 「王維詩集」 岩波文庫 (1972年)
  6. 松枝茂夫・和田武司 「陶淵明全集」上・下 岩波文庫 (1990年)
  7. 小川環樹・山本和義 「蘇東坡詩選」 岩波文庫 (1975年)
  8. 黒川洋一 「李賀詩選」 岩波文庫 (1993年)
  9. 白川静 「詩経」 中公新書(1970年)
  10. 一海知義 「陶淵明」 岩波新書(1997年)
  11. 陳舜臣 「唐詩新選」  新潮文庫(1992)
  12. 秦 泥 「李白ー詩と生涯」 徳間文庫(1991)
  13. 秦 泥 「杜甫ー詩と生涯」 徳間文庫(1992)



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