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南部陽一郎著 「クオーク」、小林誠著 「消えた反物質」 

  講談社ブルーバックス(第2版 1998年2月)、 講談社ブルーバックス(1997年6月)

2008年度ノーベル物理学賞 南部洋一郎、小林誠、益川敏英氏の受賞理由を知りたくて

南部洋一郎、小林誠、益川敏英の3氏が2008年度ノーベル物理学賞を受賞した。受賞理由は「CP対称性の破れの発見」ということであった。素粒子論に関するノーベル賞受賞は1949年湯川秀樹氏の「中間子の発見」が有名である。その後1965年朝永振一郎氏の「量子電磁気学の繰り込み理論」、最近では2002年小柴昌俊氏の「ニュートリノ」でノーベル賞を受賞した。素粒子論は湯川氏の1940年代以来、格段の進歩を遂げ特に1970年以降は素粒子像は一変したといわれる。素粒子論研究は日本のお家芸といってもよく、湯川、朝永、坂田、武谷、谷川、井上、大久保、牧、大貫、中野、西島、そして南部、小林、益川らは素粒子論の公式、法則、発見に名を連ねている。

2008年度ノーベル物理学賞 南部洋一郎、小林誠、益川敏英氏の受賞理由を知りたくて、本書二冊を読んだ。ノーベル賞受賞直後に本屋に行ったが、品切れで受賞記念の再版が計画されていると聞いて、暫くしてこの二冊の著書を入手した。読み進めるにつれ、とても私の学力では理解できない事を思い知らされた。それでも分らないなりに読んだ。理解できなくても何について書いてあるのかが分ればいいと思った。私の学力は理学部出身であるので、量子力学、統計力学や数学をかじった程度であることを白状しておく。理論物理はとてもかなわないと思って学部は化学科に進んだくらいであるので、理解の程度も分るだろう。私は量子力学で終っているので、素粒子論を初めてトライして分ろうはずもない。つまり受賞理由の「CP対称性の破れの発見」の物理学上の業績のすごさは、実は本当に理解できていない。知のトレーニングというつもりで、私なりに受賞理由を考えてみる。勿論本書二冊も素人に分らせる努力はしていない。「詳細は省く」とか「数学的計算は説明しない」といっているので、普通の人の系統的な理解は最初からあきらめているようだ。誰が読んだら分るのだろうか。おそらく大学の物理学志望学生くらいを読者ターゲットにしているのであろう。

著者のプロフィールを紹介する。
南部陽一郎:日本生まれの理論物理学者である。1950年、朝永振一郎の推薦で早川幸男、山口嘉夫、西島和彦、中野董夫とともに大阪市立大学理工学部に理論物理学のグループを立ち上げた。大阪市大での3年間はK中間子の対発生の研究などの成果を挙げた。1952年に渡米。1960年代に量子色力学と自発的対称性の破れの分野において先駆的な研究を行ったほか、弦理論の創始者の一人としても知られる。これらの業績により2008年にノーベル物理学賞を受賞した。受賞理由「 自発的対称性の破れ」の発見。1970年に米国国籍を取得した
小林誠:名古屋大学にて坂田昌一らの指導を受け、卒業後は益川敏英と京都大学助手を勤め、高エネルギー物理学研究所(現・高エネルギー加速器研究機構)で理論物理学の研究を続けた。京都大学の助手であった1973年に、同僚の益川敏英と共にウィーク・ボゾンとクォークの弱い相互作用に関するカビボ・小林・益川行列(CKM matrix)を導入した。その業績により2005年に文化功労者に選ばれ、2008年には益川敏英、南部陽一郎と共にノーベル物理学賞を受賞した。受賞理由: 「クォークが自然界に少なくとも三世代以上ある事を予言する、CP対称性の破れの起源の発見(小林・益川理論)」。現在高エネルギー加速器研究機構名誉教授

南部陽一郎著 「クオーク」は素粒子の発見から始めて統一場理論までの素粒子論の歴史的経過を概観した書である。それに対して小林誠著 「消えた半物質」はどちらといえば現在の理論で素粒子の世界を概観し、素粒子と宇宙の起源が同じ研究である事を示唆する点は興味深い。二冊読んで過去から未来までの素粒子像が分かるようになっている。所詮、学術的詳細は分らないのだから(本書は分らせるようにはなっていない。分かるようになるには何年もの物理学習が必要)、過去の理論のジグザグ的発展を回顧してもかえって分りにくい。そこで小林誠著 「消えた半物質」を中心に現在の素粒子像を概観することにした。

素粒子論の概観

ここに述べるのはあくまで自分の頭で分ったと思う範囲の素粒子像であって、万人が分る像ではないし、専門家が見れば間違いだらけであろう。近代科学の物理とはニュートンがリンゴが木から落ちるのを見て万有引力の場を発見した事から始まる。そんなに昔のことではない。ニュートン以来産業革命の時代を経て近代科学の効用は実証性され、自然科学の発展は著しい。20世紀に入り物理学は物質の本質に迫り、極微の物質構造を明らかにした。人間の体をはじめ自然界の動植物体の有機物は炭素、水素、酸素、窒素などの原子が構成する分子からなる。分子を構成する原子は電子と原子核から構成されることが分った。ラザフォード、ボーア、ハイゼンベルグ、シュレーディンガーといった人々によって主として電子の運動を記述する量子力学が建設され、1925年ごろに完成した。近代物理学の2本の柱を形づくる相対性理論は1905年天才アインシュタインによって生み出された。光の速度以内であれば電子の運動は相対性理論が無くても扱えるので、当時の量子力学は古典力学に基づいて建設された。ところがディラックは相対性理論と量子力学を整合しようと、電荷が電子とは反対のプラス粒子(陽電子)の「半粒子」の概念を提唱した。1932年になると宇宙線から陽電子が発見され、ディラックの正しさが実証された。このように素粒子論では理論が先行し自然界の発見が後追いする場合がよくある。

原子核の中については当時は良く分からなかった。1932年中性子が発見されたばかりで、ようやく原子核は陽子と中性子が詰まった物ということになり、原子核の外を回転している電子を含めて原子核の中の陽子中性子を素粒子と呼んだ。1932年湯川氏は陽子と中性子を結びつけ、原子核を形つける力として中間子(今のπ中間子)と云う新しい素粒子を提案した。これが本格的な素粒子物理学の初めである。それ以来自然界には存在しない素粒子の仲間が次々と発見された。宇宙線や加速器によって高いエネルギーで生成されたのである。そして直ぐに素粒子は崩壊する。坂田氏は「素粒子はいくらあってもよい」といっている。こうして数百種類にも増えてしまった素粒子を分類すると、
レプトン(弱い相互作用):電子、μ粒子、τ粒子、電子ニュートリノ(νe)、μニュートリノ(νμ)、τニュートリノ(ντ)
ハドロン(強い相互作用):ハドロンはバリオン(重粒子)とメソン(中間子)に分ける。
     バリオン(重粒子):陽子p、中性子n、ラムダ粒子Λ、・・・・・・・・
     メソン(中間子):π中間子、K中間子、η中間子、・・・・・・・・・
陽子や中性子の仲間が数百種あっては基本的な要素とは言いがたい。そこでもっと基本的な構成要素として、「クオーク」粒子が陽子や中性子などを構成することが明らかにされた。バリオン(重粒子)族のハドロンは三つのクオークから作られ、メソン(中間子)族は二つのクオーツから構成される。表に示すようにクオーク、レプトンは各6種類ある。世代の数が大きくなるほど質量が大きくなる。我々のまわりの物質は結局第1世代に属するuクオークとdクオークと電子から出来ている。ただニュートリノだけは例外的な存在で、電荷も持たず質量も持たず、物質との相互作用は極めて弱い。
標準理論における基本粒子 右は質量 eV/c2
電荷第1世代第2世代第3世代
クオーク2/3eu(uクオーク) 〜350Mc(cクオーク) 〜1.5 Gt(tクオーク) 〜175G
クオーク-1/3ed(dクオーク) 〜350Ms(sクオーク) 〜500Mb(bクオーク) 〜4.5G
レプトン0νe(電子ニュートリノ) <10νμ(μニュートリノ) <0.17Mντ(τニュートリノ) <24M
レプトン-ee(電子) 0.51Mμ(μ粒子) <106Mτ(τ粒子) <1.78G

相互作用は、強い相互作用、電磁相互作用、弱い相互作用、重力相互作用の4種類で、重力を除く3種類の相互作用はゲージ理論で説明できる。基本的構成要素はクオーク、レプトンの各6種類であり、それらの相互作用はゲージ理論で記述できると云うのが標準理論である。素粒子には上の表に書いた粒子の反粒子が存在する。たとえば陽子はuクオーク2個とdクオーク1個で出来ており電荷はeである。反陽子は反Uクオーク2個と反dクオーク1個から出来ている。メソン中間子は1対のクオークと反クオークからなる。すると物質を構成する基本粒子を全てその反粒子で置き換えると反物質が理論上出来る。今のところ実験的には反水素原子ができただけである。宇宙には反物質があっても不思議ではない。電子と反電子が出会うと対消滅するように、物質と反物質が出会うと大量のエネルギーを出して双方は消える。地球、宇宙には現実には物質しか存在しない。宇宙のビッグバン当時の高温・高密度では物質と反物質は等量存在(対生成)したかもしれない。しかし宇宙の膨張で温度は下がり、反物質は対消滅し、宇宙には3度Kの光子のガスで満たされている。その時僅かの違いで物質のみが残った。これを「対称性の破れ」と云う。素粒子論と宇宙の起源がおなじ理論を含んでいる気配がするというのである。この差が生じるために、サハロフと吉村は1967年、バリオン数非保存、CおよびCP非対称、非平衡と云う3条件を示した。

素粒子論の歴史では1947年は特別な意味を持つと云う。湯川のπ中間子がμ粒子に崩壊していることが発見された。π中間子の発見とμ粒子の発見が同時になされた。そして対象性の破れで主役を演じるK中間子が発見された年である。このK中間子には電荷を持つものと中性のものと全部で4種類あり、おのおの第2世代の反クオーク(sクオークと反Sクオーク)を含むと云う点で時代を画する中間子である。粒子で反粒子でもどちらの状態も取りえるのである。これを素粒子の重ね合わせという。この中性の2種のK中間子はπ+、πーに崩壊する。その寿命に僅かに差があってKL,KSという2種類の差を1対1からの対象性の破れと云う。粒子と反粒子はこの様に全く同じ存在ではない。ところがK中間子以外では対称性の破れを示す事実は何もないのである。クオークやレプトンがゲージ粒子(W粒子)を交換することによって力が伝えられたり、崩壊とか変化と云う反応が起きたりする事をゲージ理論が明らかにした。標準理論では強い相互作用、電磁相互作用、弱い相互作用はゲージ理論で扱える。ここで対称性の破れは弱い相互作用で特にW粒子を交換する過程で起きる。W粒子は電荷を持ち、陽子の約85倍の質量を持つ粒子で1982年欧州CERNで発見された。原子核の中の中性子が、陽子と電子、反電子ニュートリノに崩壊する(β崩壊)の時にW粒子は発生する。中性子n(udd)→陽子p(udu) +電子eー +反νe粒子 ↑W粒子放出 というβ崩壊である。すなわちu型クオークはW+粒子を放出或いはW-粒子を吸収してd型クオークのどれにでも変化することが出来るが、表に見る組み合わせは3×3=9通りある。その反応の強さを結合定数といい、3×3行列で表すことができる。ここでいえることは、同一世代の移り変わりは強くおき、世代が遠くなるほど弱くなる事である。第1世代と第3世代の結合定数に虚数が表れることが標準理論からの破れの原因であると南部陽一郎と小林誠は考えた。

K中間子でしかCP対称性の破れは見つかっていない事は先に述べた。そこで実験的にCP対称性の破れを検証するため、1970年に発見されたB中間子の崩壊現象が注目されている。B中間子は第2世代のK中間子のsクオークをbクオークで置き換えたものだ。クオーク構成から6つのB中間子があって、第3世代を代表する中間子である。つくばの高エネルギー加速研究機構KEKでは、B中間子を大量に作成して崩壊現象を調べる「Bファクトリー」が建設された。小柴昌俊氏が考案し長野県神岡鉱山跡地につくった「カミオカンデ」は、バリオン数非保存を予言する理論の実証のため、陽子崩壊を検出する巨大な水プール(5万トン)と光電子倍増管による「チェレンコフ光」検出が目的である。水の原子である水素は陽子と電子からなる。陽子の寿命は100億年であるの、ビッグバン以来一度も崩壊していない。しかし統計上1個/100億の確率で陽子p→陽電子e+ 、π中間子→ガンマ線(光子、電磁波)と云う崩壊が発生しているはずである。巨大な水中の陽子でその1個の崩壊を検出するのが目的だ。物質とエネルギーはアインシュタインのE=mc2で交換可能である。

南部、小林、益川氏 ノーベル賞受賞理由

ここでは南部、小林、益川氏のノーベル賞受賞理由を理解するため、上に述べた素粒子論の成果を援軍として、おもに粒子の保存則からのやぶれを考察しよう。主として反粒子は一見謎めいているが、陽電子は既に医療現場ではPETという画像診断装置として利用されている。量子力学では電子のエネルギー状態は連続ではなく、飛び飛びのエネルギー準位を占める。電子が軌道を降りたり励起される時、光が発生したり吸収する。そして同じ準位には一つの電子しか入れない。これを「パウリの排他原理」という。電子の海から一つの電子が飛んでしまった空孔状態では、ディラックは正の電荷を持つ「陽電子」の存在を仮定した。1932年にウイルソンの霧箱で陽電子が発見された。ここに反粒子の存在が広く信じられるようになった。電子の状態は波動関数で表現され、二個の電子の波動関数では電子の座標を入れ替えると符号が替わると云う反対称のほうをフェルミ・ディラック統計粒子といい、対称で符号を変えない粒子をボーズ・アインシュタイン統計粒子という。フェルミ粒子には、陽子、中性子、μ粒子、ニュートリノ、クオークがあり、ボーズ粒子にはπ中間子、K中間子などの中間子、W粒子、光子がある。したがってボ−ズ粒子にはパウリの排他原理は働かない。

素粒子は自転している。従って角運動量「スピン」をもつが、基準値にたいして飛び飛びの値しか取れない(量子化)。基準スピン0の粒子はπ中間子、K中間子であり、基準スピン1/2の素粒子には電子、μ粒子、陽子、中性子、クオークである。基準スピン1の粒子はW粒子、Z粒子、光子である。要約するスピンが半整数の素粒子はフェルミ粒子、整数の素粒子はボーズ粒子である。量子力学では状態を記述する波動方程式で位置や運動量、振幅と云う物理量が演算子として扱われ、ボーズ粒子の量子化された演算子には複数の粒子の交換関係が成立した。フェルミ粒子では反交換関係すなわち演算子の順番を入れ替えた和が成立する。ここで量子力学では、古典力学の物理量には存在しなかった数学上の複素数の導入が便利である。一般に複素数で記述される素粒子はフェルミ粒子もボーズ粒子も、粒子と半粒子が別々に存在する。

対称性と云う言葉を整理する。粒子の性質がCPT変換で保存されるのか破れるのかと云うことがいつも問題となる。ここでCとは電荷Charge共役変換で、粒子と半粒子を取り替えることである。Pとはパリティ変換で空間反転を意味する。Tは時間の進み方を逆転した時自然法則が同じに見えるかを問題にする。1964年クローニンの実験によってCP対称性が破れている事が発見された。中性のK中間子には粒子・半粒子の2つがある(sd' ds')。CPが保存されていればKLからπ中間子への転移は禁止されるが、実験ではKLからπ+とπー中間子が出来るのである。この理由はK。とK。'の割合が等しくなかったので相殺されなかった分だけπ崩壊が起きたのである。

1974年、第2世代のクオークcとその半粒子c'からなる素粒子J/Ψ粒子が発見された。cクオークからc'クオークの数を引いた数がゼロでない粒子をチャーム粒子(D中間子やΣ粒子、ラムダ粒子Λ)と云う。1974年SPEARで第3世代のレプトンτ粒子が発見され、1977年にはΥウプシロン粒子が発見された。これら第3世代の可能性については1973年益川、小林が対称性の破れを説明するメカニズムの中で予言されていた。tクオークは1994年になって発見された。CO対称性の破れとは、粒子と半粒子が本質的に対等ではないことを示す。3世代粒子の混合ではCP対称性を破るものがある。


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