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永田和宏著 「たんぱく質の一生」

 岩波新書1139(2008年6月)

介添え役蛋白「分子シャペロン」を中心とした 細胞生物学の進歩

「ヒトゲノムプロジェクト」がヒト全遺伝子解読に成功したのは2001年2月のことであった。それ以降バイオテクノロジーの研究の方向はたんぱく質に向けられている。遺伝子配列は分っても、その存在と意義が未解明の蛋白質が実に多いからである。30億文字に書き込まれている情報から作られるたんぱく質はおよそ2-3万種類と推定される。一次配列だけでなく、同じ情報から組み合わせて幾つかのたんぱく質を作り出している可能性もある。生体で働いているたんぱく質はおよそ5-7万種類であろうと推測されるのである。遺伝子学の成果についてはジェームス・ワトソン、アンドリュー・ベリー著 「D N A」講談社 (2003年12月)をかって紹介したので参考にしてして頂くとして、今回は永田和宏著 「たんぱく質の一生」を取り上げる。この数年間のたんぱく質化学と細胞生物学の進歩を垣間見る良い機会であろう。

「人体は一つの宇宙である」とはよくいわれる。数値でその宇宙を見てみる。先ず人体は約60兆個の細胞から出来ている。1個の細胞を直径10ミクロンの玉と仮定して人体の細胞を一列に並べると長さは60万キロメータとなる。細胞の核に詰まっているDNAの長さは1本にすると約1.8メータになる。すべての細胞のDNAを繋ぎ合わせると1000億キロメータである。1個の細胞内にあるたんぱく質は80億個くらいである。小さな細胞の中は、宇宙的な量が詰まった「ミクロコスモス」であるといえる。たんぱく質の働きはまさに「生命」の営みそのものである。この働きが狂えばさまざまな疾病を引き起こす。狂わないように調節補正する機構もハンパではない。著者はたんぱく質の畳み込み(成熟)に関するたんぱく質(ヒートショック蛋白、シャペロン)の働きを中心にしたたんぱく質の一生を、たんぱく質の活動の場である細胞と、たんぱく質合成機構、たんぱく質の成長・成熟機構、たんぱく質の輸送機構、たんぱく質の分解機構、最期にたんぱく質の品質管理(調節)機構の五つの機構について最近の進歩を概説する。著者の専攻からして、本書の読ませどころは第3章たんぱく質の成長・成熟機構以降にある。第1と第2章は簡単な紹介で済ませ、第3章より本論とする。

著者永田和宏氏は京都大学理学部物理学科卒業、米国ガン研究所、京大胸部疾患研究所を経て、現在京都大学再生医科学研究所教授である。専攻は細胞生物学で日本細胞生物学会会長を務めた。分子シャペロンやストレスたんぱく質に関する分野で顕著な功績を挙げた。又学生の時から歌人としても知られ、奥さんや長女も歌人である。宮中歌会始の選者、朝日新聞歌壇選者などを務めている。歌人としての永田和宏氏の働きは今回は取り上げない。永田氏は文学者でもあるので、本書もいたるところに文学性が散りばめてあるが、人生との比喩などは本論の進行にはかえってことを曖昧にするので割愛した。著者にはあしからず。だいたい「たんぱく質の一生」ということばもはなはだ誤解を招く。「女の一生」をもじったのであろうが、数十分で代謝されて消える蛋白質もあるので、個体である私達の一生とは相が違うのである。

たんぱく質の活動する場 細胞生物学

人間が食べて体を作る要素としての栄養素には、たんぱく質、炭水化物、脂肪がある。たんぱく質は筋肉・骨などの重要な構成要素であり、アミノ酸の結合物である。アミノ酸は人体では合成できないので食物から摂取する。アミノ酸は炭素原子を中心におく四面体構造を持ち、アミノ基とカルボキシル基を必ず有している。隣り合ったアミノ酸のアミノ基とカルボキシル基が脱水縮合をしてペプチド結合によって、蛋白という長い鎖を作る。人体では20種類のアミノ酸を利用して数多くのたんぱく質が出来上がる。細胞の中でたんぱく質にはさまざまな役割があるが、細胞を支えるために構造たんぱく質の細胞骨格の主成分となる。細胞のさまざまな機能・物質代謝には酵素という触媒が必要であるが、この酵素は数百個のアミノ酸からなるたんぱく質である。細胞内で物質を運ぶレールの役割もたんぱく質である。男か女かという性決定遺伝子を働かせるのもたんぱく質である。細胞の自己消化(アポトーシス)も消化酵素というたんぱく質の働きである。というように細胞の働きになくてはならないのがたんぱく質である。次に細胞の構造を見てゆこう。

細胞の定義は一つは膜で囲まれた独立した存在であること、二つは自分の情報を元に自分のコピーを作れることである。これは生命の定義でもある。生体の階層はヒエラルヒーを作っており、個体、器官、組織、細胞、オルガネラ(細胞内小器官)、分子という順番である。細菌、植物、動物の真核細胞では基本的に同じ構成である。植物には細胞壁という固い相がある。細胞の中心に核があり核膜で覆われ、核と外膜の間は細胞質サイトゾルで充填されている。核膜には比較的大きな穴が開いており小さなたんぱく質ならそのまま通過できる。核内で遺伝子情報DNAの保存と転写、制御蛋白による転写制御や修復などがおこなわれる。細胞質にはオルガネラという小器官が存在する。たんぱく質製造工場である「小胞体」、たんぱく質輸送センターである「ゴルジ体」、たんぱく質分解工場である「リソソ−ム」、毒物の分解をおこなう「パーオキシソーム」、エネルギー伝達系である「ミトコンドリア」、植物の場合は光合成工場である「葉緑体」などである。たんぱく質の合成にとって重要なのは、サイトゾルと小胞体である。細胞外に分泌する蛋白や膜局在たんぱく質の翻訳は核の近傍に網目状に存在する小胞体でおこなわれ、細胞内で使われるたんぱく質はサイトゾルで作られる。「リボソーム」というm-RNAからたんぱく質へ翻訳機械は小胞体内へたんぱく質を送り込む。小胞体内で折りたたまれて構造を持ったたんぱく質はゴルジ体へ送られる。小胞体からゴルジ体、細胞膜は「中央分泌系」といわれる。「ミトコンドリア」は何億年も前に人類の真核細胞に紛れ込んで共生した生物で母親のみから遺伝子情報を受け取る。アフリカ東部の「ミトコンドリア・イブ」といわれる人類の祖で有名になった。

すべての細胞には核があり、核内には染色体が23本が対になって合計46本が詰め込まれている。染色体とは二重ラセンのDNA鎖がクロマチンというビーズ蛋白に巻かれて折りたたまれているものである。すべての遺伝子がすべての細胞に存在する。受精卵からはES細胞(胚性幹細胞)を作ることが出来る。京都大学再生医科学研究所の山中伸弥氏はマウス皮膚細胞に4つの遺伝子転写因子を入れる事でどんな細胞にも分化できる万能細胞(iPS細胞)を作った。細胞再生への道を切り開いた。ヒトゲノムプロジェクトで分った事であるが、生命活動に有用なたんぱく質をコードするDNA配列は全体の3%に過ぎず、97%は意味が分らない「ジャンク遺伝子」とみなされている。進化の残滓とか、多様な進化になくてはストックとかまだ評価は定まらない。ヒトと稲の遺伝子を比較すると、コードする遺伝子数はヒトで22000、稲で32000、ゲノムサイズはヒトは稲より一桁多い。これをどうみるか、それほど違わないと見るべきなのか。

たんぱく質合成機構(誕生)

1953年、ワトソン・クリックによる遺伝子DNAの二重構造の発見は20世紀最大の科学的成果であった。その意義はジェームス・ワトソン、アンドリュー・ベリー著 「D N A」(講談社)に精しいのでここでは省略する。メンデルの法則に分子的根拠を与え、今日のバイオテクノロジー興隆の基礎となった。DNAからRNA、そしてたんぱく質への道筋はセントラルドグマとなった。核内の遺伝子、二重ラセンのDNAがほぐされて一本鎖に転写酵素がm-RNAを合成する。m-RNAは核を出てリボソームに組み込まれ、アミノ酸が遺伝子コード進行に沿って結合されてたんぱく質が出来るのである。遺伝子情報はDNAを構成するデオキシヌクレオチド核酸の4つの塩基(アデニンA、グアニンG、シトシンC、チミンT)の三つの並び方で20種類のアミノ酸を決定する。「AUG」の並び方はメチオニンというアミノ酸をコードしかつ翻訳開始シグナルでもある。リボソームにアミノ酸を運搬するのがt-RNAであり、m-RNA配列と相補性を持って結合する。いまや試験管内(インビトロ)で、合成した目的のDNA遺伝子と必要な細胞内合成酵素を混ぜるとたんぱく質が合成できる時代となった。

たんぱく質の成長・成熟機構(成長)

ここからが本書の本論の始まりである。細胞の蛋白質の名介添え役である分子シャペロンに関する著者の研究成果と薀蓄が述べられる。遺伝子情報はたんぱく質の一時配列しか指定していない。たんぱく質は機能発現のためには、複雑な三次元立体構造(折りたたみ)をとらなければならない。(以降高次構造をとったものをたんぱく質といい、解けた直鎖のものはポリペプチドと呼び分ける) ところが立体構造は遺伝子情報には書かれていない。分子間力で自動的に決まると信じられている。たんぱく質が構造をとるためには複雑なステップが存在するが、そこに特殊な機能を持った「分子シャペロン」と呼ばれる一連のたんぱく質が関与している事が最近の研究で分ってきた。たんぱく質の構造は硫黄のSーS結合(アミノ酸システィン間)と、疎水性結合、水素結合、静電気的相互作用の4つの力で三次構造が安定化される。合成されたばかりのポリペプチド鎖はアミノ酸配列によって自動的にαへリックスと呼ぶラセン構造やβシートと呼ぶ平面的ジグザグ構造をとる。これらを総称して二次元構造という。それがさらに折りたたまれて立体特異性を持つ三次元構造と成長する。この状態で成熟したたんぱく質であるが、機能を発揮するためにさらにサブユニット同士が会合して蛋白群をつくることを四次元構造という。若したんぱく質が純粋に結晶化するなら、たんぱく質構造はX線結晶解析によって原子レベルの立体配置を決定できるのである。RNAseという酵素のS-S結合を尿素で開裂するとたんぱく質は解けて(変性)酵素活性を失うが、尿素を除去すると再び酵素のS-S結合は恢復し酵素活性を恢復した。正しい高次構造が取れたことを意味し、アミノ酸の一次配列だけでたんぱく質の高次構造が規定されるという「アンフィンゼンのドグマ」ができた。アンフィンゼンは1972年ノーベル化学賞を得た。

細胞の中には無数のたんぱく質が詰まっており、若しリボソームで合成されたばかりの直鎖のたんぱく質がサイトゾルに投げ込まれると、疎水性アミノ酸部分が他のたんぱく質と凝集してミスフォールディングを起こす可能性が高い。そこでというか、当然というか、たんぱく質の成熟に介添え役の分子シャペロンが活躍する。リボソームで作られたポリペプチドが正しくフォールディングしてゆく過程を大腸菌で見てみよう。翻訳されたばかりのポリペプチドはまずリボソームに付いたトリガーファクターと呼ばれるシャペロンの中で疎水性部分を保護されながらフォールディングされる。この一段のフォールディングで約70%の蛋白が処理され、複雑なフォールディングを要するペプチドは第2段階でDnaJとDnaKと呼ばれる別のシャペロンの助けを受けてフォールディングされる。この割合は約20%である。もっと複雑な構造のたんぱく質は第3段階にGroELと呼ばれる円筒状のシャペロンの中で熟成される。GroELリングシャペロンは14量体からなりたつが、ATP(アデノシン三燐酸)のエネルギーを使って未熟性ポリペプチドに振動を与えてフォールディングを促す。

こうして正しい構造を持ったたんぱく質が出来ても、働き続けるうちに熱やストレスがかかって途中で変性するたんぱく質も出てくる。変性したたんぱく質は凝集をおこすため、変性や凝集を阻止したり、変性したたんぱく質を再生する仕組みがある。この手助けをするのがストレス蛋白質の機能である。その働きは先にみた分子シャペロンに同じである。凝集してしまったたんぱく質をほぐす事が出来る分子シャペロンは、酵母ではHSP104、大腸菌ではC1pBと呼ばれる。分子シャペロンの作動原理は単純でGroELリングのような「隔離型」、HSP104のような「糸通し型」、HSP70のような「結合型」で変性たんぱく質をほぐしなおしてもとの高次構造に戻すのである。ストレスには熱だけでなく、さまざまな刺戟に対する耐性を獲得するストレス蛋白も存在する。脳血流を縛ると脳の神経細胞は虚血性細胞死をする。ところが縛る時間が少ないと耐性を獲得する。この時にたんぱく質変性を防ぐストレス蛋白が合成されるようだ。ところがストレス蛋白が「がん温熱療法」では妨害をするので厄介だ。

たんぱく質の輸送機構

細胞内で作られたたんぱく質はどうして必要としている場所に届けられるのだろうか。たんぱく質のアミノ基末端(N末)ペプチドが行き先の結合部位に認識されるシグナルを有する場合(葉書方式)と、「小胞」という膜でくるまれて一括して目的地に送られる場合(小包方式)の2つがあるようだ。ポリペプチドに何も書かれていないときはそのたんぱく質はサイトゾル(細胞質内)で働くのである。輸送が必要な場合は、第1に核への輸送、第2にミトコンドリアなどの細胞内オルガネラへの輸送、第3に小胞体からゴルジ体を通って細胞外へ分泌される「中央分泌系」輸送である。核への輸送では核膜孔が比較的大きいのでたんぱく質は構造をとったまま輸送される。小胞輸送でも膜でくるむのでたんぱく質は構造をとったまま輸送される。オルガネラへの輸送では膜透過が必要なため1本のポリペプチド鎖として輸送される。オルガネラと核への輸送ではペプチドに行き先シグナルが付いているが、小胞輸送では小胞膜に送り先シグナルが付いている。

蛋白質の輸送で重要な役割を果たすのが膜蛋白である。膜の脂質二重層に存在してチャンネルを構成したり、認識結合部位であったり、イオンポンプであったり、物質と情報のゲートウエィである。サイトゾルのリボソームで合成中のポリペプチド鎖のN末(先端)部分はシグナルペプチドで、ここにシグナル認識粒子SRPが結合し、リボソームは一旦合成を中断する。ポリペプチドに付いたSRPは小胞体膜上のSRP受容体に運ばれ結合し、そこのトランスコロンのチャンネルの中にポリペプチドの鎖を通して、上にリボソームがすわってポリペプチドのシグナルペプチド部分は切断されリボソームは蛋白合成を再開する。これはポリペプチドの小胞体への輸送と蛋白翻訳とが同時になされるシステムであるので、翻訳共役輸送と呼ばれる。この「シグナル仮説」を発表したブローベルは1999年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。トランスコロンを通って小胞体に入ってきたポリペプチドはまだフォールディングしていない新生鎖である。正しくフォールディングするために三つのステップが必要となる。まずペプチド鎖のアスパラギンというアミノ酸に糖鎖(14個の糖、先端は3個のグルコース)が結合される(N結合型糖鎖)。そして膜たんぱく質であるシャペロンの「カルネキシン」がグルコースを2つはずしたポリペプチドの糖鎖を認識してポリペプチドを抱き込んでフォールディングをおこなう。最期の段階でメチオニンというアミノ酸間でS-S結合という架橋をおこなうのである。正しくフォールディングできたら最期に残ったグルコースをはずされ、たんぱく質はカルネキシンから外れるのである。こうしてグルジ体へ送られる。

小胞体内でフォールディングされた蛋白質は「出芽」によって小胞にくるまれる。小胞体膜に付けられる荷札が膜蛋白v-SNAREとt−SNAREである。送り主と送り先の荷札をもっているのである。30種以上のSNARE蛋白質が存在するようだ。細胞内には小胞を移動させるレールに相当する微小管、ミクロフィラメントが放射状に張り巡らされている。トロッコに相当するのがキネシンとダイニンと呼ぶ「モーター蛋白」があって、小胞膜と微小管に結合してレールである微小管上を一方向へ搬送する。一つのレールには上りと下りがあって同時に動いている。

小胞が次に輸送されるのはゴルジ体である。ここはいわば流通センターのような存在で、糖鎖の修飾、蛋白質の濃縮、目的地ごとに蛋白質の選別をおこなう。ゴルジ体は多層の板構造をっとるが、同じ板の成熟度なのか、多数の機能別の板なのか未だ不明である。現在は「ゴルジ層板成熟モデル」が定着しつつある。ゴルジ体でまとめられた蛋白質は「分泌顆粒」として細胞外へ輸送されるか、分泌小胞としてオルガネラに輸送されるか、「リソソーム」という蛋白分解センターに輸送される。ゴルジ体から小胞体への逆行輸送もある。これは小胞体への膜成分や蛋白質の供給元であるといわれる。小胞体蛋白質には特有のカルボキシ末端(C末端)にKDELシグナルを持っている。ゴルジ体の膜にはこの受容体蛋白質があり、小胞体蛋白質がキャッチされて後方に送られる。いわば再利用である。最後に核への輸送を見て行こう。核の表面には核膜孔という100ナノメータ程度の孔が2000個ほどあいており、構造をとった蛋白質も通過できる。荷札は蛋白質に書いてある。このシグナルを「核移行シグナル」というが、かならずしもN末側にある必要はなくどの部分にあってもいいらしい。そこにサイトゾルからインポーチンαとインポーチンβという輸送蛋白質が結合し、核膜を通過するのを手助けする。通過すれば輸送蛋白質は外れ、核蛋白質のみが染色体へ向う。用済みの蛋白質をサイトゾルへ排出するために。エキスポーチンという搬出蛋白質も存在する。

蛋白質の成熟・修飾と云う後処理によって機能を発揮するインシュリンとコラーゲンを見てみよう。インシュリンはすい臓ランゲルハンス島のβ細胞から分泌されるペプチドホルモンである。分泌されたばかりのポリペプチドは「プレプロインシュリン」といい、小胞体に入ってN末のシグナルペプチドは切り出され、プロインシュリンになる。次に6個のシステイン間に3つのS-S結合が形成されてゴルジ体に輸送される。ゴルジ体ではプロテアーゼによって部位特異的に2箇所が切断されてC末側のペプチドは切り落とされる。そしてA 鎖とB鎖の2本が2箇所でS-S結合したインシュリンとなって細胞外へ分泌される。コラーゲンは三本のポリペプチドが翻訳され小胞体内へ入る。1000個以上の長い鎖であるα1鎖2本とα2鎖1本がC末端でS-S結合して三重ラセン構造をとる。特異なアミノ酸配列が繰り返され(グリシンG−X-Y)、Xアミノ酸はたいてい水酸化プロリンである。三重結合が形成され、N側とC側のシグナルがついたものをプロコラーゲンといい、ゴルジ体へ輸送される。ゴルジ体でプロセッシングをうけN側とC側のシグナル部分は切り落とされてコラーゲンとなる。このコラーゲン線維が束になって結合組織を縦横に走っている。コラーゲンのフォールディングに働く分子シャペロンがHSP47であった。しかも難病である肝硬変、肺線維症、動脈硬化、ケロイドといった「線維化疾患」で重要な役割を果たしている事が分かった。これらの病気においてHSP47が急激に誘導されてくるのであった。

たんぱく質の分解機構(死)

人間の細胞はうまれた時は140億個が存在するが、1年間で90%以上の細胞は入れ替わる。1年間でヒトは入れ替わる。存在するのは遺伝子と記憶だけが生物の本質である。蛋白質の寿命は数秒から数ヶ月である。寿命を指示する蛋白質の配列の一つが「PEST配列」だとか、染色体末尾の「テロマー配列」だとか言われる。細胞周期にはサイクリンが制御蛋白として働いている。時間を計るための時間遺伝子が動いているようだが、その詳細はまだ良く分からない。蛋白質の分解には二つの方式がある。選択的にタグの付いた蛋白のみを分解する「ユビキチン・プロテアソーム系分解」と、どの蛋白もバルクで分解する「オートファジー分解(自食)」である。先ず選択的分解系では、標的蛋白質にユビキチン結合酵素とユビキチンリガーゼが働いて76個のアミノ酸からなるユビキチンを4個以上付加するのである。このポリユビキチンという刑場行きの荷札の着いた蛋白質は「プロテアソーム」(蛋白分解機械)に送られる。プロテアソームはβリング2個、αリング2個と調節ユニット2個からなる筒状の巨大裁断機である。ATPの持つエネルギーを使用して標的蛋白質をバラバラにする。「オートファジー分解系(自食)」ではサイトゾルに膜構造が現れ手当たり次第包み込んだ上、膜の中に閉じ込める。この状態を「オートファゴソーム」といい、そこへ蛋白分解酵素を一杯詰め込んだ「リソソーム」というオルガネラと融合する。こうして分解酵素によってアミノ酸まで分解され再利用される。これら一連の作業を行うにはAtg遺伝子群が働いている。「リソソーム」には水素イオンを選択的取り込むイオンポンプである「V型ATPアーゼ」によって、リソソーム内部はPHは4程度の強い酸性となっている。

細胞の死には2種類ある。一つは「ネクローシス」で、もうひとつは「アポトーシス」である。高温、毒物など外界の強い力で細胞が壊死するのが前者である。後者は細胞の自殺といわれ、個体発生やプログラム死などである。細胞の死、蛋白質の分解は廃棄物として貴重なアミノ酸が棄てられるのではなく、分解して再利用が原則である。

たんぱく質の品質管理機構(危機管理)

蛋白質の翻訳後どのくらいの蛋白質が有効利用されているかというと、それほど高い値ではない。膜局在蛋白質ではたったの2%、正しくフォールディングされるのは全体の30% 程度ともいわれる。作られた後でも蛋白質はさまざまなストレスで変性したり凝集する。これらは速やかに修理するか取り除かないと細胞は故障するのである。そこで危機管理としてのたんぱく質の品質管理機構が大事になる。細胞全体で作る蛋白質の1/3は小胞体で作られる。小胞体では不良蛋白質は決して下流へ流さないという戦略を取る。まず生産ラインの停止である。ポリペプチドの翻訳停止という指令がでる。つぎに不良品の修理・再生である。ここで今まで述べてきた分子シャペロンが変性蛋白を元に戻そうと努力する。3つめに遺伝子翻訳エラーからくる異常蛋白質などは直ちに「小胞体関連分解」の廻される。そして最後の手段は「アポトーシス」という機構によって問題細胞の破壊である。

第1の翻訳停止機構で、重要な役割をするのが小胞体膜にあるPERK蛋白質である。ミスフォールド蛋白質が蓄積されると、センサー蛋白質PERKにはシャペロンBiPが結合しているが、凝集した蛋白質の疎水性部分へPERKから離れてシャペロンBiPが動員され安定化に働く。それと同時にPERKはフリーとなって2量体化し活性化PERKとなる。それがサイトゾルにある翻訳開始因子eIF2αを不活性化し、翻訳がストップするのである。第2の修理再生機構ではATF6蛋白質が重要な役割を果たす。ミスフォールド蛋白質が蓄積するとシャペロンBiPを結合した小胞体膜蛋白ATF6から、BiPを乖離して変性蛋白質の再生へ向うと同時に、フリーになった膜蛋白ATF6が活性化して、シャペロン転写因子P50を核に送り小胞体シャペロンBiPの増産に励むのである。第3の「小胞体関連分解ERAD」では、多数の膜蛋白質が共役して活性化して変性蛋白を小胞体から排出しプロテアソーム分解へ導くのである。先ずミスフォールド蛋白質が蓄積すると、膜蛋白ATF6が結合シャペロンBiPを乖離して変性蛋白へ送り、また膜蛋白IRE1が結合シャペロンBiPを乖離して変性蛋白へ送り、フリーになった膜蛋白ATF6と膜蛋白IRE1が活性化してERAD因子の転写誘導を行い、小胞膜に膜蛋白ERAD因子が多数発発現する。この膜蛋白ERAD因子が変性蛋白質を膜外へ排出し、プロテアソームで分解される。第四の機構はもはや云うまでもない。

遺伝子変異による蛋白質の異常による病気は数多い。近年遺伝子病の中に蛋白質の機能喪失が原因ではなくて、作られた蛋白質が凝集したり変性する事で病態が生じることも分った。本来変性蛋白質は細胞の品質管理機構で取り除かれるはずであるが、それが表面に出る場合の病態が報告されている。例えば白内障、糖尿病、嚢胞性線維症、骨形成不全症、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症ALS、プリオンBSEなどであるが、アルツハイマー症とBSEプリオンが代表的である。いずれも重大な病気で、治療法もない。著者は医者ではないので病気のことは専門ではないだろうから省略する。


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