080624

姜尚中 著 「悩む力」

 集英社新書(2008年5月)

人とのつながりの中で、自分らしく生きるために悩む事が力なのです 

姜尚中氏の著書は本コーナーでも、 「姜尚中の政治学入門」集英社新書(2006年2月)で取り上げた。簡単に姜尚中氏の経歴を見ておこう。
姜尚中氏は在日韓国・朝鮮人二世として1950年熊本市に生まれる。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。西ドイツ・エアランゲン大学留学後、明治学院大学講師、国際基督教大学準教授を経て、東京大学教授(所属:社会情報研究所 情報行動部門)。現在、東京大学情報学環教授。専攻は政治学・政治思想史。研究分野はアジア地域主義論・日本の帝国主義を対象としたポストコロニアル理論(脱植民地主義)。ポストコロニアリズム思想としてのエドワード・サイードの影響が強く見られ、在日韓国・朝鮮人という立場を、サイードの言う「周辺者」あるいは「亡命者」とみなし、日本と韓国という二つの祖国をもつ独自の存在とし、日本社会が歴史的に捉えてきた朝鮮史観、およびそこにある偏見に対して批判を加えている。彼にとっては、極右知識人も極左知識人も常に批判の対象であり、現在のアメリカが掲げる「自由と民主主義」の絶対的理念に対しても冷めた見方を示し、9・11テロ以降、イラク戦争に至るアメリカの一国主義には徹底した批判を展開した。北朝鮮による日本人拉致問題に関して、「在日同胞たちが過去に日本に連れて来られたことに対しては何も言わず、冷戦時代の拉致ばかり話すというのは矛盾したことだ。私は横に横田夫妻がいても、これを言うことができる」と語った。独特のソフトな語り口は女性ファンを魅了してやまず、辛淑玉女史に言わせると「神父さんが懺悔しなさいといっているようだ」ということななる。

「人生の悩み」に関する本は、おそらく膨大な数になるだろう。本コーナーで紹介した香山リカ著 「悩みの正体」岩波新書(2007年3月)という社会派精神病理の医者が書いた本は、悩みの原因は社会にありというテーマであった。在日政治学者姜尚中が書いた本書はどのような処方箋になっているのだろうか。アリランの歌詞に「青い夜空は星の海よ、人の心は悩みの海よ」というように、生きる事は悩みと同じ事です。脳天気な人は稀です。精神病理学者フランクルは「苦悩する人は、役に立つ人よりも高いところにいる」と述べてます。成功した人に対して、悩む人はただ運が悪い不幸な人間なのでしょうか。筆者は明治元年生まれの夏目漱石と同年代のドイツの社会学者マックス・ウェーバーの二人を引用して近代化過程の日独の知識人に共通した「近代人の運命」を語らせている。悩みや苦悩を集合的に見るならば、そこには時代や社会環境が大きな影を落としていることは当然である。近代化とは共同体(村や家族、部族など地縁・血縁関係)を解体して市場経済を創り上げることでした。そこに個人の自由も確立されたのですが、人には凄まじい重圧と心の解体を迫った。人とのつながりは「悪魔の碾き臼」のように引き裂かれ、アダム・スミスの「見えざる手」によって全ての人が物質的繁栄に恵まれたわけではなく格差が広がったのです。これが近代化の代償です。夏目漱石は文明開化と富国強兵が進むに連れて、人間が救い難く孤立してゆくことをしめした。ウェーバーは西洋近代文明の根本原理を「合理化」において、人間社会が解体され、個人がむき出しになって、価値観や知性が分化してゆく過程を明らかにしたといわれる。彼らの生きた社会は遅ればせの帝国主義であった。国家のため人間が消耗品にされた時代であった。あまりの激しさに社会と適応できず心の病が流行した。漱石とウェーバーは個人の時代の始まりの時、時代に乗りながら流されず、それぞれの悩む力を振り絞って近代という時代が提出した問題に向き合った。このような状況はグローバリズム経済と新自由主義の格差拡大の今の世の中での閉塞感に悩む若者に似ている。個人、金、働くこと、知性、青春、愛、自殺、老いという問題に直面している我々の心をいっしょに考えようというのである。最期に参考までに夏目漱石の講演「私の個人主義」を取り上げる。

1、私とは何か

「私とは何か」を自分に問う意識を「自我」という。「自己意識」とでも云うものです。近代哲学の祖デカルトが思惟を属性とする精神と、延長(空間)を属性とする物体を峻別して二元論的世界像を作った。私も他者にとっては物体であるこの矛盾をどうするのか「他者問題」は重要な課題である。それは別にしてもデカルトによって「自己」が確立され、人類は悩ましい時代になったのである。夏目漱石の「それから」に、「現在の社会は孤立した人間の集団にすぎなかた。・・・文明は我らをして孤立せしむるものだと、代助は解釈した」と云うような哲学的記述がある。また「こころ」にも「自由と独立と己れとに満ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しさをあじわわなくてはならないでしょう」といっている。「自我の城」を作ろうとすると、人と人とのつながりがなくなり破滅にいたるストーリである。自我と云うのは他者との関係でしか成立しないことを忘れてしまったからだ。ではどうしたらいいのか夏目漱石は何も言わないのであるが、ただ「まじめたれ」といっています。逃げてはいけないし茶化してもいけない。まじめに悩めのひとことです。

2、世の中は金がすべてか

夏目漱石はお金は人間関係を壊す根源のように言います。お金とは経済的富の代名詞です。ウェーバーは「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という名著で「清貧」で禁欲的なブルジョワジーの資本形成を指摘した。日本もドイツも後進国として国家を隆盛にしなければならない(成り上がる)し、多くの成り上がりブルジョワジーがこの世を謳歌していた。明治はまさに成り上がり者で充満していた。夏目漱石はその成り上がり者の俗物根性が嫌でならなかった。夏目漱石らは「高等遊民」という「末流意識」で生活には困らないが、成り上がり者の上昇志向には付いてゆけないで悩んでいたのだ。アダム・スミスのいう市場原理で豊かな社会は生まれなかった。世界は「濡れ手に粟式」の植民地支配に血道をあげていた。アダム・スミスも18世紀に、この植民地主義を政府の非経済的行為と非難していたが止めることは出来なかった。帝国主義は第二次世界大戦で終わったはずであるが、現在では金融資本主義が世界を荒しまわっている。お金は経済の指標(記号)に過ぎないのに、実質経済(物経済)よりも効率的にお金がお金を増幅する金融資本主義という博徒のゲーム世界になることを、夏目漱石は予想したかのようにお金についての警戒心を緩めなかった。

3、情報時代の知性とは何か

今では一応の知識はIT検索で知る事が出来る。しかし「情報通」、「物知り」である事と、「知性」とは別物である。19世紀の末ウェーバーは文明が人間を一面的に合理化してゆく状況を「主知化」の問題としてとらえた。主知的合理化の結果として総合的知性の獲得は不可能になったと考えた。人間の知性がどんどん断片化されたのである。科学は知っていても、どう生きたらいいか何も教えてくれないのである。漱石の同じようなことを言っている。「現在の文明は完全な人間を日に日に片輪者に崩して進むものです」  カントの「三つの批判」という全人格的判断や形而上学は近代化によって哀れな無用の長物になった。今はやりの脳科学者がいう「唯脳論世界」になりつつあり、恣意的な脳活動が氾濫している。ウェーバーは知というものが価値から切り離され専門分化し、そのことで個人の主観的価値が根拠を失い、諸価値が永遠に相克しあうことを「神々の闘争」と呼んだ。実体世界から遊離したバーチャル世界がもてはやされる時代だ。実体から浮遊した脳は何を生み出すのか恐ろしいかぎりだ。著者姜尚中氏が提案するストロースの「プリコラージュ」的な知が身近な世界で知り尽くすということは、小さな実体世界に回帰することではなかろうか。

4、青春とは

漱石の「三四郎」に著者は自分の青春時代を重ね合わせる。都会に出た青年の、不満と不安を抱えてさ迷っているイメージだそうだ。他人とは浅く無難につながり、リスクを避け、何事にもこだわりのないように行動する。そんな要領の良さは「脱色されている青春」ではないかという。青春の人生への問いかけに解はないのだろうが、行けるところまで行くしかない。

5、宗教と信じる事

ウェーバーの「宗教社会学」は宗教によって覆い隠されていたものを引き剥がしてゆく知的作業であった。共同体に守られて疑うことなく生きられた時代から、近代的個人は自分の知のみを信じて生きてゆく。この自由に耐えられずにファッシズムや天皇制や「霊的」なもの逃げ出す人がいる。漱石の「門」は信仰の前でたたずむ人の姿である。著者は「他力本願はいけない、一人一宗教的に自分の知性を信じるしか道はない」と突き放す。

6、何のために働くか

漱石の「それから」では、食べられる境遇にある人間が働かずに生きてゆけるかということを話題にしている。こういうパラサイト有閑階級をウェーバーは「精神のない専門人、心情のない享楽人」と呼んでいる。「社会の中で自分の存在を認められる」と生き生きと生きてゆけます。人が働くのは人のためです。製造業からサービス業へ産業構造が変化しているなかで、サービス産業とは「社会関係の再生産」に関る労働である。要するに人との関係をメインとするコミュニケーションが仕事である。したがって現代のサービス業は、オートメーションの製造業で疎外された人間性を取り戻す可能性を秘めているといえなくはない。

7、愛とは

中年以降の人にはちょっと気恥ずかしい話題である。漱石の「行人」、「それから」には、「真実の愛」を求めるが形骸化された物しかつかめない姿があります。何時も愛が輝いているわけではない。自由を手に入れた近代人の愛が不毛になる。獲得するもしないのも自由なら、なぜ愛という言葉があるのだろうか。人との問いかけに敏感に反応する意欲が愛なのかも知れない。

8、自殺はなぜいけないか

最近「無差別殺人」がよく起ります。「人が生きていることには意味がない」と状況を作り出すために、行きがかりの人を殺すのであろうか。「自分が生きていることには意味がない」と思ったら自殺になる。精神病学者のフランクルは「人は相当の苦悩にも耐える力を持っているが、意味の喪失には耐えられない」という。意味が見出せないと人は絶望・自暴自棄になるそうだ。トルストイは「無限に進化する文明の中で、人の死は無意味、生もまた無意味」といった。めまぐるしく変化し続ける文明では確かに人の行為は意味がない、安寧の環境にいなければ心は休まるところがない。「安心立命」という言葉はそのことをいう。人が生きて死ぬという命の習慣を、自分一代でたやすく断ち切ってはいけない。「生かされて生きる」のが人生である。生きる力とはお互いに生きていることを認めてつながる事である。

9、老いて最強たれ

漱石は50歳で、ウェーバーは56歳でなくなっています。二人とも老齢と云うことを知らずにおさらばしている。いまや男性の平均寿命は80歳まで延びた。「老人力」を見つけるべき時代である。老人は筋力・体力や創造力は衰退しているが、分別力・老成した賢さを備えている。老人期に入る前に老後の不安から「鬱病」になる人が増えている。それが過ぎると開き直り、「死を引き受けてやろう」という気になるそうだ。そうなると老人は強くなる。さらに別の人生を体験してみたくなる。伊能忠敬のように、商人を隠居してから地理・観測の学問に励み、専門家さえできなかった日本地図を完成させた。人生を二度生きた。活力のある人騒がせな老人になろう。

夏目漱石 「私の個人主義」 講談社学術文庫(1978年8月)

姜尚中氏の本「悩む力」が近代的個人主義の上に立って生きる人の悩みを問題にしたので、徹底した個人主義者であった夏目漱石の言い分を聞いてみよう。夏目漱石 「私の個人主義」という小文は、大正三年学習院大学で行った講演禄である。松山の中学校教師に始まり、熊本高等学校そして英国留学時代に英文学をやろうとして、ままならずにふらふらしていた漱石は結局自分の本領に移るしか手はないと思うが、さてその本領とはあるようでないと悩むのである。この世に生まれた限り何かをしなければと思うものの何がよいか少しもわからない。ロンドンで陰鬱な読書生活をしていた漱石は「このとき私は始めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で作り上げるより外に、私を救う道はない」と決然と悟ったそうだ。西洋の人が云うことに盲従したくない、正直に日本人として理解できないので悩んだ末、自分の考えに固執し「自己本位」を貫くため必死で色々な学問を勉強したという。西洋文明一辺倒でなくてもゆけるのだという理由を立派に提出することを自分の生涯の事業と考えた。漱石の「文学論」はその過程で生まれた記念品というより失敗の亡骸だそうだ。漱石は結果は何だと云うことは答えてはいないが、「自分で自分が道をつけつつ進み得たという自覚で満足するつもりだ」という。姜尚中氏の「悩んで悩んで悩みぬけ、そこから道が開ける。悩む事は力だ」という発言につながる。また漱石は自分の個性が権力や金の力で抑え付けられる事を嫌う。「自分がそれだけの個性を尊重しうるように、社会から許されるならば他人に対してもその個性を認めて尊重することが必要でただしいことです」といい。権力や金力の腐敗と高圧的態度に対して戦うことを宣言するのが「私の個人主義」である。しかし個人主義は党派を組むわけではないので、人間がバラバラにならなければならない。そこが淋しいという。個人主義は国家主義と相容れないわけではなく、むしろ国家主義よりはるかに徳義心は高いのであると胸を張る。個人主義をまもるために、権力・金・国家主義を排斥した。


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