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 「現場からの医療改革レポート」

 Japan Mail Media(JMM)(編集長村上龍)特集

絶望の中の希望ー現場の医師は「医療崩壊」の現状をネットに訴える

2003年ごろより、地方病院の赤字化や廃止という内容で「医療崩壊」という報道が出るようになった。そして昨今ではメディアの報道は健康保険制度を含む医療体制全体の崩壊という意味が強くなっている。「医療崩壊」という現象には色々な側面があり、「医療事故」からくる「医療不信」、臓器移植・インフォームドコンセントなどの「医療倫理」、「医師の絶対不足」、「産科・小児科から医師が逃げる」問題、「救急患者のたらいまわし」、そして最期には「健康保険料値上げ・医療保険点数切り下げ・薬価切り下げ」などの経済問題と厚生労働省政策などが絡んでいる。私はこれまで本コーナーで永田 宏著 「医師不足が招く医療崩壊」や 真野俊樹著 「入門 医療経済学」 をとりあげて、医療崩壊の実態や対策の現状を紹介してきた。しかし事態は改善の方向に向うより、ますます昏迷を深めているように思われる。情況を整理してみよう。

「医療崩壊」が叫ばれている今日であるが、医療崩壊の持つ意味は広い。モラルの問題から政府健康保険の財政破綻まで色々な側面が議論されているのである。本書は「医師の不足」こそがテーマである。本書の直接のテーマではないが日本に於ける医療崩壊を医療裁判にみる医者と患者の関係から捉えると、次のような「医療不信」が主張されている。「医師はそれなりの研修を受けスキルを高め、医療に貢献し先進国最低水準の医療費にて世界最高レベルの平均余命・周産期死亡率を達成している。WHOによる2000年の調査では、総合成績である「健康達成度総合評価」で第1位となっている。また、OECDによる2005年の調査でも、健康寿命・健康達成度の総合評価はともに第1位を達成している。だが近年、恩恵を受けたが、現状の医療体制は不十分であり又高額なものと患者側が感じる様になる医療不信が増大するようになった。 徐々に現状の医療体制では不可能な過大な要求をするようになってしまった。 医療不信を払拭しその期待に応えようと医師側の努力は行われ、「QOLの向上」などの新しい命題にも取り組み医療は進歩したが、医療不信は払拭されなかった。 この動きの中で、一部で医師の過労死が起こることもしばしばであった。 過大過ぎる要求を行う病院から医師が集団辞職する事例が散見するようになった。 医療民事訴訟が頻発するようになり、医師側は強い不満を持つものが増え始めていたが、独特の使命感により医療を支えていた。

2006年福島県立大野病院産科医逮捕を境に、特に昼夜を問わず地域医療に貢献していた医師の意欲は著しく低下し、負担の大きい(特に地域の)医療現場から医師が去るきっかけを作った。 また、地域の病院に医師を派遣している医局も、一つの科を一人で医療を行っている病院から医師を引き上げ集約化を行いつつある。 しかし集約化を行っても集約化した先で医師の退職が相次ぎ、その地方の医療が完全に崩壊するケースすら散見されるようになった。 初期臨床研修義務化を原因とした医師不足による医師の引き上げもおこり、急速に地域の医療体制が不備になるなどの事態が進行しつつある。 高度医療化に伴い高価格の医療機器導入の負担や、度重なる医療制度改革による診療報酬減少に伴う医療収入減少等により病院の倒産、自主廃業に追い込まれるケースが最近散見されるようになった。

今日の「医療崩壊」をきたした因子としては、次のような点が指摘されている。
医療民事訴訟
従来医学的には正しい医療行為を行ったにもかかわらず、不幸な転帰をたどった症例において、遺族側が病院や担当医師に結果責任を要求する医療訴訟が多発し、医師・病院側が敗訴する事例が見られた。その判決において医療の不確実性を考慮に入れず、当時・現在の医療状況・医療財政、生命の摂理を一切無視しした。
医療行政
医学の進歩とともに国民医療費は年々増加するが、最近は経済状況が低迷し、国民医療費の伸びが国民所得の伸びを上回るようになった。 日本の医療は高くて非効率的であるという認識の下、国家財政を圧迫する恐れがあるとして医療費削減が叫ばれるようになった。医療行政改革は現場にとどめを刺す形となり、医療崩壊が進みつつある。
初期臨床研修義務化
従来、医師国家試験合格した医師は、大学医局に所属することが多かった。ところが、初期臨床研修義務化に伴い市中の総合病院においても初期研修ができるようになり、加えて教育システムに一日の長のある病院は都市部に集中していた。結果として地方では初期研修の志望者が激減し、医局に新規に所属をする医師は減少した。
マスメディアによる恣意的報道
元来問題となっていなかった症例を、自ら調査し、耳目を引くために事件性があるように報道したと批判を受けている例も散見される。 こうしたメディアの恣意的な報道が妄信的に信じられてしまい、結果として医師・病院が悪者扱いされる様になっているという現実がある。
医療のコンビニ化
深夜の救急医療の場に「昼は仕事をしているので、今すぐ専門医に診てもらいたい」「眠れない」など、救命救急の場にはそぐわない患者が来院するケースが目立ってきている。 このため当直医の負担は著しく、当直の翌日が休みになる勤務態勢をしいている病院は少なく、燃え尽き退職する医師や過労死をする医師も増えている。
市民団体側の問題
医療の将来を見据え、医療者と市民との架け橋となるべく活動を行っている団体がほとんどであると思われる。 しかしながら一部では異なった活動を行っている団体もあるのが実情である。またマスメディアと一緒になりネガティブキャンペーンを行うこともあり、医師のモチベーションの奪う結果となっている。
医者の立ち去り型サボタージュ
虎ノ門病院泌尿器科部長 小松秀樹は、『医療崩壊ー立ち去り型サボタージュ」とは何か』(2006年)を著し、日本の医療体制が直面する状況、なかんずく刑法にもとづく警察と世論を背景としたマスコミがいかに医師を追い詰めるかに警鐘をならした。医者が命に関る医療から逃げ出している状況がある。

永田 宏著 「医師不足が招く医療崩壊」は、色々な医療崩壊の側面・因子より、「医師の数の絶対的不足」をテーマにしたものである。その原因は「医療費削減」のための医者の数の削減と云う政策から来ているという。真野俊樹著 「入門 医療経済学」 において紹介したように、医者の数が増えると需要を喚起して医療費が増加する。したがって医者の数を減らしたら医療費は減少するだろうという厚労省の発想に起因している。これは医療経済学では「セイの法則」という。医療と云う財(商品)の評価は高度に信頼性属性の非物質財である。医療はアメリカでは私的財とみなされる側面(排除性、競合性、外部性)もあるが、日本や多くの国では医療制度は価値財であると云う価値判断のもとで公的な強制皆保健制度による費用負担を行い、市場が機能しない、価格メカニズムを働かせないように設計されてきた。この場合には医師による供給者誘発需要(医師が増えると治療費が増える:セイの法則)と云う弊害がある。これは本当なのだろうか。医者の数を減らす(政府経費を削減する目的で)ための、政府側が流したデマではないだろうか。中曽根首相から小泉首相に続く新自由主義者がアメリカ流「小さな政府」を真似た、積年の福祉切り捨て政策である。

地域での医師不足でいつも話題になるのは初期臨床研修制度で医者が都市部を選択するからだと云うことにされている。日本の医者の数は本当に満ちているのだろうか、不足しているのだろうか。OECDがまとめた人口1000人あたりの医者の数はOECD平均は2.9人で、日本では2.0人である。日本は下から4番目である。概してアングロサクソン系国では医師数は2.0−2.5人と少なく、欧州では3−4人と多い。日本はアメリカやイギリスよりも少ないのである。医療はまさに労働集約的であるので、高価な検査機械がたくさんあるから医者の数は少なくてもいいというわけにはゆかない。

現在の医者の年齢分布を見ると、40−44歳区分を最大にして、高齢者医師数が減少するのは仕方ないとして、若年年齢層の医師数が減少しており、25−29歳の医者は3割ほど少ない。年金問題における人口分布を見るように、将来にはあきらかに医師数が減少するのは目に見えてくる。どうしてこうなったのかは、昭和23年の医療法の「人員配置標準」にある。病院が配置しなければならない医師の最低人員数は一般病床・感染病床・結核病床で入院患者16人当たり医師1人、精神病床・療養病床で48人当り医師1人、外来患者48人あたり医師1人と決められた。これに基づいて最小限必要な医師数を人口1000人あたり医師1.5人を1985年までに達成するという目標が立てられ、全国に80大学医学部が設立された。この目標を達成した国は早くも1986年には医師の数を1995年をめどに最小限10%削減するという方針転換をした。

医療と云う市場を分析する医療経済学はミクロ経済学に属するといえるが、医療は国のインフラであるといえばミクロ経済学ではない。市場は価格を媒介として自発的な取引(資本主義市場経済)をする場であり需要と供給で価格が決まる。しかし医療費(価格)は診療報酬という公定価格に基づいて決定されるので、医療は「市場の失敗」にあたる。アメリカを除いた国では医療は排除性と競合性を有する私的財ではなく公的医療保険による公共財に近い。医療の場合も医者と患者の間に医療知識・経験という財について大きな非対称性と、何時病気になるか分からないと云う需要の不確実性が存在する。医療という資源を分配する時、何らかの価値観が必要である。政府によって価値観を強制する権利と義務をあたえることを「価値財」といい、国民皆保健制度によってあまねく医療を受けることが出来ると云うのは価値財である。医療財情報の非対称性は今までは医師側のパターナリズム(家父長制)で医者が独占していたため、既にみた医者ー患者の信頼関係の崩壊と云う事態になった。医療は市場の神の手がうまく働かない分野であるし、必然的に政府の介入を許してきた。しかし政府も予算、市場への影響力、政治過程、官僚制のために失敗する場合が多い。 実情を無視して介入する政府の施策はいつも失敗しているといってもいい。

社会保障など資本主義体制内で公共部門が大きな役割を持つようになった経済体制を混合経済と云う。北欧のような社会福祉国家も混合経済体制といえる。医療システムはイギリスでは公的機関が供給者で財政も公的負担で税を基本とする。日本では供給者は私的機関であるが財政は公的機関で保険と税の方式である。アメリカは供給者も財政も私的機関である。その日本において対GDPあたりの国民医療費は1970年より直線的に増加して2000年で8%、総額30兆円となった。国民一人当たりの医療費は年額24万円である。高齢化率は17.2%である。老人医療費は国民医療費総額30兆円のうち11兆円に達した。税引き前の国民所得に対する税負担と社会保障負担の合計の比を国民負担率という。国民の公的負担の重さを表現する。社会保障を充実させるには国民負担率を上げざるを得ない。2006年度の政府支出に占める国民負担率(括弧内は租税負担率)は日本で43%(23%)、アメリカでは38%(23%)、イギリスでは51.2%(37%)、スウェーデンでは71%(50%)である。日本はまだ福祉国家型と云うよりアメリカ型に近い。

日本の健康保険制度は職域健康保険と国民健康保険の二つに大別される。2004年での加入者は市町村国民健康保険が4720万人、政府管掌健康保険(中小企業従業員)が3522万人、組合健康保険が3013万人である。1世帯あたり保険料は市町村国保が15.5万円、政管健保が15.7万円、組合健保が16.4万円、予算は市町村国保が3兆960億円、政管健保が7967億円、組合健保が85億円であった。組合健康保険ではまさに政府の代わりに企業が負担しているのである。この日本の医療制度は1926年施行の健康保険法に始まり、1938年に「国民健康保険」が創設された。1961年に国民皆保健と皆年金制度が確立した

さて、不十分ではあるが、予備知識を得た上で、今日の「医療崩壊」の現状を医師側から議論しているJapan Mail Media(JMM)(編集長村上龍)の特集(2008年3月から7月)を検討してみよう。確かに医師の給料はサラリーマンに較べれば高い。そのかわり医師の労働環境は劣悪である。「白衣を着た土方」と酷称されている。過労死一歩手前である。だから医師は病院勤務から、機会があれば開業医に逃避(転業)したがっているのである。先進医療を担う中核病院がなくなれば大変である。供給側と利用側の双方がハッピーな解決法は無いのだろうか。JMMに寄せられた医師の「現場からの医療改革レポート」は2008年3月から始まった。どう流れてゆくかは見当がつかないが、一つ一つ医師の意見を紹介してゆく。エンドレスかもしれないが終わった時点で総括するとして、連載のつもりで2008年6月末からスタートする。JMMの医療特集は(http://ryumurakami.jmm.co.jp/)に公開されている。私はメルマガ配信を御願いしている。投稿者は東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門(http://expres.umin.jp/) 上昌明准教授が中心である。


目次一覧(時系列)
2008年
・第1回(2008年3月26日)  「現場からの医療改革を目指して」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第2回(2008年4月9日)  「マスメディアの名義貸し報道から地域医療の崩壊が始まった」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第3回(2008年4月23日)  「医療と司法をめぐる騒動:医療事故調査法案騒動から見えてくる医療立法プロセスの変化」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第4回(2008年5月7日)  「病院で働くコメディカルが足りない」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第5回(2008年5月21日)  「日本の医師不足 第1回 医師養成の歴史」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第6回(2008年6月4日)  「新生児の生命と日本医療の未来ー周産期医療の崩壊から見た医療再建の道」 構想日本 田口空一郎
・特別配信号(2008年6月11日)  「今、医療者は何を考えどうすべきか:思いを綴った二冊の本」 獨協医科大学神経内科 小鷹昌明
・第7回(2008年6月18日)  「日本の医師不足 第2回 一県一医大構想と医師誘発需要論」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第8回(2008年7月2日)  「日本の医師不足 第3回 大学医学部定員削減の閣議決定撤回の裏側」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第9回(2008年7月16日)  「日本の医師不足 第4回 医師不足への処方箋 医学部定員50%増員の提案」 東京大学医科学研究所 上昌広
・特別配信号(2008年7月22日)  「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン」 横山禎徳
・特別配信号(2008年7月26日-30日)  「日本心血管インターベンション学会:変革期を迎える医療安全への対応 パネルディスカッションより」報告 川口恭 ロハス・メディカル
・特別配信号(2008年8月6日)  「特養ストレッチャー転落事件と医師法21条」 中澤堅次 済生会宇都宮病院院長
・第11回(2008年8月13日)  「日本の医師偏在 第2回 埼玉、千葉、茨城の場合」 東京大学医科学研究所 上昌広
・特別配信号(2008年8月23日)  「福島県立大野病院事件 8月20日地裁判決傍聴記ー控訴させるかどうかー」 川口恭 ロハス・メディカル
・第12回(2008年8月27日)  「看護師不足」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第13回(2008年9月10日)  「福島県立大野病院事件判決を考える」 東京大学医科学研究所 上昌広
・特別配信号(2008年9月16日)  「日本医師会三分の計」 虎ノ門病院泌尿器科 小松秀樹
・特別配信号(2008年9月18日)  「医療再生のための工程表」 虎ノ門病院泌尿器科 小松秀樹
・第14回(2008年9月24日)  「医師による遺族への募金活動」 東京大学医科学研究所 上昌広
・特別配信号(2008年9月25日)  「分娩施設の集約化ー有床産科診療所の明日」 兵庫県尼崎医療生協病院 衣笠万里
・特別配信号(2008年10月3日)  「医療事故調 対立の概要と展望」 虎ノ門病院泌尿器科 小松秀樹
・第15回(2008年10月9日)  「高度成長型から急速な高齢化社会での医療専門職養成システムへ」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第16回(2008年10月22日)  「読売新聞社提言"医師を全国に計画配置"を考える」 東京大学医科学研究所 上昌広
・特別配信号(2008年10月26日)  「結果回避義務についてー医療事故と交通事故の違いー福島大野事件判決解説1」 医療・法律研究者 大岩睦美
・特別配信号(2008年11月02日)  「医療水準論についてー福島大野事件判決解説2」 医療・法律研究者 大岩睦美
・特別配信号(2008年11月02日)  「医療における当たり前感を駆遂するために」 自民党参議院議員 橋本岳
・第17回(2008年11月05日)  「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第1回 「東京都23区の医師偏在について」 東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2008年11月11日)  「医療現場と国会が直結して、役人主導の医療行政を変えましょう」 民主党参議院議員 鈴木寛
・読者投稿欄:周産期医療について(2008年11月16日)  産業医科大学 八幡勝也 ほか 
・第18回(2008年11月19日)  「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第2回 「国立病院に生き続ける陸海軍の亡霊」 東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2008年11月23日)  「医療と司法の齟齬を克えろー真相究明とは何か」 医療メディエーラー 竹内 治
・第19回(2008年12月3日)  「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第3回 「国家統制が生み出した東京の医療過疎」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第20回(2008年12月17日)  「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第4回 「妊婦と産科医の不安がl解消されなければ、たらい回しはなくならない」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第21回(2008年12月31日)  「国立がんセンター中央病院手術室再建プロジェクト」 帝京大学医療情報システム研究センター客員准教授 大獄浩司
2009年
・第22回(2009年1月14日)  「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第5回 「医療崩壊のシナリオ:医賠責保険の破綻」 東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年1月22日)  「メディカルツーリズムの勃興:日本の医療は競争力を有する」 少児科医 江原 郎
・第23回(2009年1月28日)  「迷走する医療行政ー骨髄移植フィルター騒動からみえるもの」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年1月29日)  「公立病院はなぜ赤字か」 千葉ガンセンター長 竜 崇正
・第24回(2009年2月11日)  「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第6回 「医療再生への特効薬は、メディエーションと対話型ADR」 東京大学医科学研究所 上昌広
・第25回(2009年2月25日)  「医師臨床研修制度」  東京大学医科学研究所 上昌広 
・第26回(2009年3月11日)  「諸悪の根源は医療亡国論」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年3月12日)  「開業医から勤務医の先生方へ」 おその整形外科院長 於曽能正博
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年3月22日)  「医療のIT化を考えるー電子カルテの問題点」 久美愛厚生病院産婦人科 野村麻実
・第28回(2009年4月08日)「医療費削減政策を考える:第1回正規雇用されない医師たち」  東京大学医科学研究所 上昌広  ・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年4月12日)  「東京女子医大人工心肺事故 第2審無罪判決」 済生会宇都宮病院 NPO法人医療制度研究会 中澤堅次
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年4月19日)  「レセプト電子化にまつわる幻想」 ただともひろ胃腸科肛門科 多田智裕
・第29回(2009年4月23日)  「医療費削減政策を考える:第2回:危険にさらされる患者たち」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年4月29日)  「パンドラの箱を開けるのは今ー宿直問題は入り口に過ぎない」 参議院議員 梅村 聡
・第30回(2009年5月6日)  「新型インフルエンザ対策を考えるー検疫よりも国内体制整備を」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年5月12日)  「保険適用を決めるのは役所ではなく国民である」 参議院議員 鈴木 寛
・第31回(2009年5月20日)  「新型インフルエンザ対策を考えるー検疫礼賛で何が見過ぎされたのか」  東京大学医科学研究所 上昌広
・第32回(2009年6月3日)  「新型インフルエンザ騒動の舞台裏」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年6月10日)  「新型インフルエンザに厚労省が上手く対応できないわけ」 虎ノ門病院泌尿器科 小松秀樹
・第33回(2009年6月17日)  「新型インフルエンザ対策の争点:検疫と人権」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年6月25日)  「現場の意見をマスコミに」 T&Iメディカル・ソリューション 木村 知
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年7月5日)  「今からできる!現場でのインフルエンザ対策」 T&Iメディカル・ソリューション 木村 知
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年7月7日)  「マサチュセッツの州民皆保険」 ハーバード大学公衆衛生大学院 細田満和子
・第35回(2009年7月15日)  「お金がなくてがん治療が受けられないークルベック自己負担金制度を考える(上)」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年8月4日)  「新型インフルエンザ対策として今、必要なもの」 東北大学大学院 感染制御・検査診断学分野 森兼啓太
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年8月6日)  「がん患者の提訴した混合診療裁判の本質」 清郷伸人
・第37回(2009年8月12日)  「新型インフルエンザワクチンで薬害が起きた場合の対策を」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年8月18日)  「インフルンザ臨床情報を出せない厚生労働省はもういらない」 ナビタスクリニック立川 久住英二
・第38回(2009年8月26日)「ドラックラグの本当の理由:日本の薬価」  東京大学医科学研究所 上昌広 ・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月1日)  「インフルンザワクチン輸入をめぐる混乱」 東北大学医学部 森兼啓太
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月3日)  「インフルンザワクチン副作用の補償と訴訟の選択を考える」 厚生労働省政策官 村重直子
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月4日)  「ニューヨーク2泊3日の医療費について」 EASTON 国際税務職 肥和野桂子
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月6日)  「タミフル耐性菌」 T&Iメディカル・ソリューション 木村 知
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月7日)  「平成の大本営 医系技官問題を考える」 厚生労働省 木村盛世
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月8日)  「インフルエンザ簡易検査キットが手に入らない」 和田内科クリニック院長  和田真紀夫
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月9日)  「米国における新型インフルエンザと糖尿病」 ベイラー研究所  松本慎一
・第39回(2009年9月9日)  「民主党政権で医療はどうなるか?」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月10日)  「簡単に発熱外来というけれど」 長尾クリニック(尼崎市)  長尾和宏
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月11日)  「新型インフルエンザ対策が爆発的流行を引き起こす」 T&Jメディカルソリューションズ 木村知
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月12日)  「産業保健における新型インフルエンザ対応への提言」 長尾クリニック(尼崎市)  長尾和宏 ・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月17日)  「新型インフルエンザワクチン接種の優先順位、決められますか」 T&Jメディカルソリューションズ 木村知
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月18日)  「日本のライフサイエンス分野は、次世代産業になりうるか?」 ベイラー研究所  松本慎一
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月22日)  「脱官僚が変える医療の現場」 ただともひろ胃腸科肛門科 多田智裕
・第40回(2009年9月23日)  「民主党の医療ガヴァナンス」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月25日)  「緑虫との闘いー在宅医療車両の駐禁取締への提言」 長尾クリニック(尼崎市)  長尾和宏
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月26日)  「民主党に現状認識に立脚した医療政策を期待」 虎ノ門病院泌尿器科部長 小松秀樹
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月27日)  「日本のライフサイエンス研究強化の起点にー最先端研究開発支援プログラムの見直しに期待」 ベイラー研究所ディレクター  松本慎一
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月28日)  「政府の新型インフルエンザ対策の見直しに関する提言」 新型インフルエンザから国民を守る会共同代表 ・森兼啓太(東北大学感染制御)、森澤雄司(自治医大感染制御)
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月6日)  「新型インフルエンザワクチンに思うことー10mlバイアル瓶ってウソでしょう!」  自治医大病院感染科 森澤雄司
・第41回(2009年10月7日)  「新型インフルエンザに対するワクチン接種の基本方針を読む」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月10日)  「インフルエンザ騒動を前に漢方を活用した日本型医療の創設を」 慶応大学医学部漢方医学センター長 渡辺賢次
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月15日)  「今、新型インフルエンザにどう対応すべきか」 神戸大学医学部付属病院感染症内科 岩田健太郎
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月16日)  「現場の医師から、新型インフルエンザ対策への提言」 匿名 内科医
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月20日)  「アメリカ社会の二つの顔」 細田満和子 ハーバード公衆衛生大学院研究員(社会学)
・第42回(2009年10月21日)  「新型インフルエンザは何回打てばいいのか?」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月1日)  「ガン治療費の患者負担軽減、早急の解決を」 児玉有子 東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーション社会連携部門
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月3日)  「新型インフルエンザワクチン導入の意義は何か?」 木村盛世 厚労省医系技官
・第43回(2009年11月4日)  「新型インフルエンザワクチン接種優先順位と接種回数を考える」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月6日)  「為政者が予想もしなかった新型インフルエンザ用ワクチン接種の問題点」 和田真紀夫 わだ内科クリニック院長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月8日)  「新型インフルエンザワクチン接種は学校と保健所で集団接種として行えないものか」 長尾和宏 長尾クリニック
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月8日)  「インフルンザワクチン接種回数と優先順位」 山形大学医学部付属病院検査部 森兼啓太
・第44回(2009年11月18日)  「第4回現場からの医療改革推進協議会シンポジウムよりー患者と医療関係者の共同作業を目指して」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月20日)  「必要なのは日本版ACIP−日本の予防接種をよくするため」 神戸大学病院感染症内科 岩田健太郎
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月21日)  「国家と市民社会そして健康」 細田満和子 ハーバード公衆衛生大学院研究員(社会学)
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月22日)  「新型インフルエンザワクチン接種回数論争における科学と政治、そして哲学」 成松宏人 山形大学特任准教授・東京大学医科学研究所 客員研究員
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月24日)  「事業仕分け作業の横暴 漢方の保険はずし」 渡辺賢次 慶應義塾大学医学部漢方医学センター長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月26日)  「医師の心が折れる」 小松秀樹 虎ノ門病院泌尿器科
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月29日)  「ドラック・ラグ解消 薬価が鍵」 対談 片木美穂 関口康
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月30日)  「新型インフルエンザワクチン副作用への対応 厚労省の2枚舌」 高畑紀一 細菌性髄膜炎から子供たちを守る会事務局長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月01日)  「行政刷新会議 スパコン騒動を振り返る」 宮野悟 東京大学医科学研究所教授
・第45回(2009年12月02)  「新型インフルエンザワクチン接種による早期死亡事故を検証する」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月04日)  「医療配分の見直しについて」 小曾能正博 東京おその整形外科
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月13日)  「事業仕分けと医療政策」 中村利仁 北海道大学医学部医療システム楽助教授
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月14日)  「川崎協同病院事件判決−1〜この症例が殺人罪なのか?」 臨床医ネット 代表 小林一彦
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月15日)  「川崎協同病院事件判決−2〜法の限界と裁判官の苦悩」 臨床医ネット 代表 小林一彦
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月20日)  「無過失補償の拡充と免責制度の導入が望まれるワクチン接種」 久住栄二 ナビスタクリニック立川院長 東京大学医科学研究所
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月22日)  「川崎共同病院事件最高裁判決を受けてー再び医療界に問う」 大磯義一郎 国立ガンセンター医師・弁護士
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月23日)  「新型インフルエンザ難民が街中にあふれる日」 木村知 T&Jメディカルソリューションズ
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月25日)  「日米の医療の常識からみる延命措置の理念ータブーから目を離さないで」 村重直子 厚労省改革推進部
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月27日)  「医療費増加を叫ぶーもはや限界の医療現場」 多田知祐 ただ胃腸科肛門科 ・第47回(2009年12月30日)「民主党の医療政策を採点する」  東京大学医科学研究所 上昌広 ・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月31日)  「新型インフルエンザワクチン集団接種 出務記」 長尾和宏 長尾クリニック(尼崎)
2010年
・読者投稿編(2010年1月7日)  「精神病院を捨てたイタリア捨てない日本を読んで」  神津仁 神津内科クリニック院長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年1月7日)  「喜ぶべきか悲しむべきか 10年ぶりに診療報酬プラス改定」 多田智祐 ただ胃腸科肛門科
・第48回(2010年1月13日)  「特効薬が使えない 肺動脈性肺高血圧症とフローラン」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年1月21日ボストン便り)  「アメリカ市場化医療の起源」 細田満和子 ハーバード公衆衛生大学院研究員(社会学)
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年1月24日)  「厚労官僚の火遊びを許すなー佐藤医師への弁明の聴取が先例になれば、医療体制は崩壊」 小松秀樹 虎ノ門病院泌尿器科
・第49回(2010年1月27日)  「国民視点不在の中医協論争を嘆く」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年1月28日)  「アメリカのコメディカルはここまでやっている!」 河合達郎 マサチュセッツ総合病院外科・ハーバード大学医学部准教授
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年1月30日)  「再診料を題材に、診療報酬決定への提言 加藤良一 加藤整形外科
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年2月1日)  「もったいないインフルエンザワクチン」 木村知 T&Jメディカルソリューションズ
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年2月9日)  「診療報酬改定議論にもっと病診連携の視点を」 長尾和宏 長尾クリニック院長 (尼崎市)
・第50回(2010年2月10日)  「岐路に立つ薬事行政 PMDAは改革されるのか?」  東京大学医科学研究所 上昌広
・JMMデンマークたより 第86回(2010年2月11日)  「医療体制の一長一短」  高田ケラー有子 造形作家 在デンマーク
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年2月19日 ボストン便り第10回)  「パワーゲームとしてのアメリカ医療」 細田満和子 ハーバード公衆衛生大学院研究員(社会学)
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年3月9日)  「過労死寸前の開業医を襲うー24時間電話対応」 多田知祐 ただ胃腸科肛門科
・第52回(2010年3月10)  「医療の成長戦略ーオーダーメード医療とスーパーコンピューター」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年3月22日)  「医師当直制度の現状と解決策」 時田和彦 京都府立与謝の海病院副院長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年3月23日)  「医療を成長産業に なんて夢のまた夢」 多田智裕 ただともひろ胃腸科肛門科(武蔵浦和)
・第53回(2010年3月24日)  「新型インフルエンザワクチンはなぜ不足したか?」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年3月25日)  「診療報酬の歴史を検証する」 和田真紀夫 わだ内科クリニック院長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年4月2日)  「解禁してはいけない混合診療」 多田智弘 武蔵浦和ただともはる胃腸科肛門科
・第54回(2010年4月07日)  「日本医師会会長選挙を振り返る」  東京大学医科学研究所 上昌広
・第55回(2010年4月21日)  「独法行政法人の事業分けー医薬品医療機器総合機構と国立病院機構」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年4月25日)  「経済格差と医療格差」 久住英二 ナビスタクリニック・立川
・第56回(2010年5月5日)  「新型インフルエンザ対策を科学的に検証しよう」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年5月6日)  「躍動するトロント小児病院」 堀越裕歩 トロント小児病院・小児感染症部門・クリニカルフェロー
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月14日)  「民間病院における設備投資コスト調達の問題点」 亀田隆明 医療法人鉄薫会理事長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月17日)  「参議院選を間近に医療事故無過失補償制度の創設を第1回」 猪俣治平 聖マリアンナ医科大病院・・「医療事故無過失補償制度を作る会」事務局長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月18日)  「参議院選を間近に医療事故無過失補償制度の創設を第2回」 猪俣治平 聖マリアンナ医科大病院・・・「医療事故無過失保障制度を作る会」事務局長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月19日)  「参議院選を間近に医療事故無過失補償制度の創設を 第3回」 猪俣治平 聖マリアンナ医科大病院・「医療事故無過失保障制度を作る会」事務局長
・第57回(2010年5月19日)  「パーソナルゲノム解析は社会を変えるのか?」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月24日)  「アンケートー明細書要りますか、要りませんか」 神津仁 神津内科クリニック院長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月30日)  「医師より製薬メーカに優しい日本の医療制度」 多田智弘 武蔵浦和ただともはる胃腸科肛門科
・第58回(2010年6月2日)  「医療問題はマンガではどう描かれているか」  東京大学医科学研究所 上昌広 
・第59回(2010年6月16日)  「子宮頸ガンワクチンを考える 第1回」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年6月22日)  「夕張・村上医師:なぜ私は救急患者の受け入れを拒否したか・新聞社へお願いしたいこと」 遠藤香織 北海道大学整形外科医
・第60回(2010年6月30日)  「参議院選挙における医療の争点」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月6日)  「周産期医療の崩壊を食止める募金活動」 対談;村重直子、松浦有子
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月6日)  「学習障害」 田中祐次 東京女子医大先端生命医学研究所
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月13日)  「混合診療を巡る世論」 清郷伸人 混合診療裁判原告(患者)
・第61回(2010年7月14日)  「佐藤章 福島医大名誉教授を悼む」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月16日)  「第2の官製パニックー口蹄疫(1)」 木村盛世 厚生労働省技官
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月18日)  「第2の官製パニックー口蹄疫(2) 清浄国のお墨付き?」 木村盛世 厚生労働省技官
・医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年7月19日)  「ミネソタ州で史上最大の看護師ストライキ」 日比野誠恵 ミネソタ大学病院救急医学部准教授
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月27日)  「第2の官製パニックー口蹄疫(3) 殺処分が有効だという根拠?」 木村盛世 厚生労働省技官
・医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年5月1日)  「ホスピタリストの誕生ー彼らは急性期病院の救世主になれるか」 永松聡一郎 ミネソタ大学病院呼吸器内科フェロー
・医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年7月27日)  「ホスピタリストの使命ー医療の質の向上」 永松聡一郎 ミネソタ大学病院呼吸器内科フェロー
・「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第62回(2010年7月29日)  「子宮頸ガンワクチンを考える 第2回」  東京大学医科学研究所 上昌広
  ・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月30日)  「第2の官製パニックー口蹄疫(4) 公衆衛生の概念無きFMD対策」 木村盛世 厚生労働省技官
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年8月9日)  「口蹄疫対策改善のために」 山野辺滋晴 共立耳鼻咽喉科院長
・「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第63回(2010年8月11日)  「団塊世代の退職で、医療はどうなるか」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年8月29日)  「後期高齢者医療制度にみる保険の限界」 中沢堅次 済生会宇都宮病院・医療制度研究会
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月2日)  「子宮頸ガン予防ワクチン:150億円特別枠は妥当か」 湯地晃一郎 東京大学医科学研究所付属病院内科
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月7日)  「帝京大学病院におけるアウトブレイクに警察権力の介入を許すな」 森澤雄司 自治医大大学病院感染制御部長
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月8日)  「医療安全の三方一両得に向けた保険会社のコンサルタントプログラム」 一ツ橋二の禄 エッセイスト
・「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第65回(2010年9月8日)  「ホメオパシー問題と緩和医療・ガンワクチン開発」  東京大学医科学研究所 上昌広
  ・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月9日)  「耐性菌が生まれるのは病院の責任ではないー報道機関は病院叩きをやめよ」 木村盛世 厚生労働省医系技官
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月10 日)  「帝京大学病院内菌感染問題を事件にしたてる厚生労働省の黒い噂」 小松秀樹 虎ノ門病院泌尿器科
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月9 日)  「多剤耐性アシネトバクター集団検出事例について」 森兼啓太 山形大学医学部付属病院
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月12日)  「多剤耐性菌感染症の集団発生に関する全国医師連盟の見解」 黒川 衛 全国医師連盟 代表
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月12日)  「帝京大学病院事例を巡るメディアの横暴」 森兼啓太 山形大学医学部付属病院
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月17日)  「院内感染は犯罪捜査の対象ではない」 井上清成 井上法律事務所 弁護士
・「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第66回(2010年9月22日)  「どうしたら院内感染を減らすことが出来るか」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月23日)  「院内感染対策」 森兼啓太 山形大学医学部付属病院
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年10月06日)  「医療保険制度に求められる公共性」 清郷伸人 混合診療裁判原告
・「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第67回(2010年10月6日)  「内閣改造で医療行政はどうなるか」  東京大学医科学研究所 上昌広
・医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年10月07日)  「パンデミックウイルス対策:日本版CDCの設立を」 和田真紀夫 和田内科クリニック院長


第1回(2008年3月26日) 「現場からの医療改革を目指して」 東京大学医科学研究所 上昌広

日本は世界で最長の長寿国であり、さらに国民皆健康保険制度のうえで世界で最も安価な医療を供給しているが、どうして「医療崩壊」となったのだろうかというのが、上昌明氏の問題提起である。日本人の平均寿命は2005年に男性が78.5歳、女性が85.5歳となり高齢化率も2006年に20%を越え世界一の高齢社会となった。高齢化によって三大疾患の治療は長期化し、医療費がかさむ結果となった。高度経済成長社会の裏返しで、急速な高齢化と国民意識の変容に医療制度・供給体制が対応できていない事が問題の本質である。現在の医療は巨大且つ複合的な社会システムに変貌している。政策、行政、メディア、教育、業界など異なる分野の連携が必要不可欠である。現場から「医療改革革新協議会」が2006年に結成された。臨床医、政治家、官僚、メディア、企業が参加して毎年11月にシンポジュームを開催している。


第2回(2008年4月9日) 「マスメディアの名義貸し報道から地域医療の崩壊が始まった」 東京大学医科学研究所 上昌広

2008年4月12日に「医療現場の危機打開と再生を目指す全国議員連盟」が公開シンポジウムを開きます。舛添厚生労働大臣も参加します。東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門は医療情勢の分析や統計、医療改革の提言を行っている。日本の医師数が世界と比較して少ないことはすでに記載した通り。舛添氏が厚生労働大臣になって初めて政府は医師不足を認め、医師の労働環境が議論されるようになった。2003年よりマスメディアが地方病院の名義貸しを報道するようになって、地方病院の医師不足の実態が明らかになった。地方病院は大学や大病院に所属する医師を「非常勤アルバイト」として雇用し、医師不足に対処してきた。地方病院が存続するには医師数が満たないと医療報酬が受けられず経営が成り立たない。厚生省は報道を受けて処分・規制を強化したために、アルバイトに依存していた地方病院は廃業に至った。これが地方医療の崩壊の始まりである。そして2004年より始まった「医師臨床研修制度」の導入が決定的に地方医療を追い詰めた。これにより2年間医師の派遣が遅れる事になり(14500人分)、且つ地方を希望する新米医師が居なくなった。さらに中央の大学病院は労働力不足を補うため地方病院から医師を引き上げた。この結果地方の中核病院の崩壊が進んだ。医療制度の「大改革」が成功した事例を知らないと上氏はいう。医療現場が構築した補助システムが規制によって機能不全に陥いるためである。


第3回(2008年4月23日) 「医療と司法をめぐる騒動:医療事故調査法案騒動から見えてくる医療立法プロセスの変化」 東京大学医科学研究所 上昌広

2006年2月福島県立大野病院産科医師逮捕事件を契機に司法と医療問題の議論が起った。医師法21条の「異常死」には、「診療関連死」は含まれない判断であったのが、2000年医療事故報道を受けて厚生省は国立病院マニュアルに「診療関連死を異常死に含める」とした。つまり警察に届けなければなない。2004年都立広尾病院事件の最高裁判決では診療関連死を異常死に含めるとした。これがメディアを介して「医療不信」に増幅された。2007年4月から8月にかけて厚労省検討会が行われ、10月には第二次試案が出され、届出と行政処分を柱とする医療現場の厳罰化・統制(お上の威令の前に医者がひれ伏す)制度であったので医療現場は猛反発した。医療事故調査委員会をめぐって、政治家、学会などの意見を入れ表現を柔らかくした第3次試案が2008年3月に出された。これには舛添厚労大臣、民主党、ITメディアの働きがあったからである。しかしそれでも基本的には問題はある。第1に医療事故調査委員会が設立されても警察の介入はなくならないことである。第2に厚労省が調査権と処分権を併せ持って、正しさを国家が判定するのだと云う国家統制が貫徹する。官僚は権力を持つ事を最大の目的としている動物である。第3に処分を前提とした調査は不利益処分となる。航空機事故では罪を問わない事を前提とした調査会が常識である。誰も殺そうと思って業務を遂行しているわけではない。第4に自己保存の官僚論理が働いて、書類は事故調から警察、検察へ腫れ物を見るが如く官僚の手で流される。制度が責任追及の結果をもたらすだろうことは火を見るより明らかである。第5に民事訴訟につながる事である。無過失補償制度の確立が求められる。持続可能な医療システムを構築するには、医療を適切な情報公開、関係者の合意形成が必要不可欠である。日本の医療が従来の官僚主導の統制システムでは破綻することにならない様に国民的議論がひつようである。


第4回(2008年5月7日) 「病院で働くコメディカルが足りない」 東京大学医科学研究所 上昌広

医療は医師だけで行える時代ではない。高度な医療機器などサポートシステムを実施する部門、看護師、保健師、助産師、薬剤師、臨床検査師、放射線技師、管理栄養士、理学療法士、物理療法師など多くの職種が関係している。まさの病院はネットワークなのである。看護師の数は100床あたり34人と、欧米の138人に較べて圧倒的に少ない。病院薬剤師数は100床あたり2.5人と、米国の9.8人に較べて少ない。そして看護師の教育レベルが患者の死亡率低下に関係しているが、日本の学士卒業看護師率は20%で留まっている。看護婦の離職率が9.3%で、一度辞めると復職する人は稀である。看護婦の勤務環境が子育てに適していないからだ。


第5回(2008年5月21日) 「日本の医師不足 第1回 医師養成の歴史」 東京大学医科学研究所 上昌広

わが国には80の大学医学部が存在し、毎年約8000人の卒業生をだし、その90%が医師国家試験に合格し医師としての活動を開始する。明治政府以来富国強兵政策のために医師養成が国家の管理下に置かれた。一県一医大構想によって昭和54年に今日の医学部数となった。医師数は西高東低で西日本の医者のほうが多い。


第6回(2008年6月4日) 「新生児の生命と日本医療の未来ー周産期医療の崩壊から見た医療再建の道」 構想日本 田口空一郎

舛添厚労大臣の医師増員の強い意思表明があったにもかかわらず、厚生省の諮問機関「安心と希望の医療確保ビジョン」は医師配分といった既存プランでお茶を濁そうとしている。周産期医療とは「出産前後の母子を対象とする医療」で「産科医療」と「新生児医療」からなり、特に新生児集中治療室NICUが重要になってくる。産科は「標榜科」として認められているが、新生児科は任意科で認知されていない。産科医の増員だけでは新生児の救命はできない。周産期医療施設も第1次(お産のみ)、第二次(中程度のリスク)、第3次(ハイリスクの母子を対象とする)総合周産期母子医療センターで、日本では統計上約9%のハイリスク出産が存在し、日本の新生児死亡率が低いのはこの部門の活躍による。「妊婦たらいまわし」という母子搬送問題は深刻である。又産科医に対する訴訟率が100人に対して1.2人と高いのも問題である。この10数年社会保障費の削減(毎年2200億円の歳出カット)によって、雇用を失った看護婦が約55万人いるといわれる。日本のGDPに対する医療費は8%で、OECD加盟国30カ国中22位と医療費支出の少ない国である。


特別配信号(2008年6月11日) 「今、医療者は何を考えどうすべきか:思いを綴った二冊の本」 獨協医科大学神経内科 小鷹昌明

獨協医科大学神経内科 小鷹昌明氏は近代文芸社より、医療者の思いを綴った2冊の本を出版している。「医者になって十年目に思うこと:ある大学病院の医療現場より」と「医者の30代:後悔しない生き方とは」である。病棟医長、医局長として感じた問題が綴られているそうだ。「医療崩壊」、「医療制度」、「医療事故」、「医療訴訟」、「官僚主導の医療改革」、「医療者の問題」、「病院システム」、「小児科の問題」などについて、これからの時代を生き抜くため医療者としての心構えに関する持論を説いている。内容はこの本を読んでくださいと云うことであろうか、何も述べていない。


第7回(2008年6月18日) 「日本の医師不足 第2回 一県一医大構想と医師誘発需要論」 東京大学医科学研究所 上昌広

6月17日舛添厚労大臣は、「97年の閣議決定を見直し、医師の養成数を増やす方針で福田首相の了解を頂いた」という記者会見をおこなった。日本医師数は世界最低水準にあり、医師には過重な労働がかかり過労死寸前である。医師不足が新聞で取り上げられるようになったのは2003年である。医師過剰が議論されたのは1975年から2000年の25年間である。そして医者の数を増やすと医療費が増大するという「医師誘発需要説」がまことしやかに議論された。この説は1983年の実証調査で完全に否定された。当時厚生省吉村仁次官が「医療費坊国論」を吐き中曽根首相のもとで、医療費の削減と医学部定員を7%削減した。1997年医学部定員削減に関する閣議決定、2002年小泉内閣による医療費・福祉予算削減へ流れた。「医師誘発需要説」は医療経済学者の間では完全に否定された。


第8回(2008年7月2日) 「日本の医師不足 第3回 大学医学部定員削減の閣議決定撤回の裏側」 東京大学医科学研究所 上昌広

6月17日舛添厚労大臣は、「97年の閣議決定を見直し、医師の養成数を増やす方針で福田首相の了解を頂いた」という記者会見をおこなった。超党派の「医療現場の危機打開と再建を目指す国会議員連盟」(尾辻会長)が医学部定員を毎年400人ずつ増やし、現在の8000人を10年後には1万2千人にまで増やす事を舛添厚労相と太田経済財政担当相に提案した。しかし一部の政府・政治家にはこれに対し8360人まで増やしただけで手をうとうとする「骨抜き」を狙う勢力もあって、具体的な定員増員数はコンセンサスは得られていない。厚生労働省は医師不足の現状を「現在でも毎年4000人づつ増えているが地方の病院で医師不足が生じているのは、医師が都会に集中するためだ」という「医師偏在説」を主張している。しかしこの説明は不十分である。なぜなら医師のキャリアーを考えると、40台半ばまでは中核病院の勤務医として病院でキャリアーをつみます。40台半ばになると医師は市中病院の管理職や開業医として第二のキャリアーパスを歩みます。そして医療の高度化は高度の専門医の連携で成り立っているので、病院には多くの専門医が必要なのです。したがって45歳以下の医師数は定常状態で、増えているのは壮年以降の開業医なのです。「開業医は毎年4000人づつ増えているが、勤務医不足は解決するめどはたっていない」と云うべきです。


第9回(2008年7月16日) 「日本の医師不足 第4回 医師不足への処方箋 医学部定員50%増員の提案」 東京大学医科学研究所 上昌広

医師不足への処方箋として、政府、与野党、関係団体からさまざまな解決策が提案されているが、大別すると勤務医の増員と負担軽減に分けられる。厚生省は勤務医の負担軽減と称して、医療行為の一部を「コメディカル」(看護婦など医師のサポート職)に権限委譲することと医師に秘書(メディカルクラーク)をつけることを考えているようです。これを厚生省は得意になって「スキルミックス」と得意の横文字でイメージ普及を狙っていますが、所詮順番が変です。議論すべきは「コメディカル」の人数増員であって、医者の権限委譲ではありません。日本のベットあたりの「コメディカル」の人数は米国の1/4に過ぎません。まず最低限「コメディカル」の数を増やしてから、医療分担を議論すべきです。医師と同様に不足している「コメディカル」にまた責任を負担させる事になります。秘書(メディカルクラーク)の採用は民間病院では既に行われている事であり、問題は官公立病院だけが経費不足で雇えないのです。こんな些細な事は厚生省が云うべきことではありません。金さえあれば誰でもやっていることです。次に厚生省は勤務医不足を防ぐためと称して勤務医の開業規制を考えていますが、キャリアーパスとして体力のなくなった壮年期の医師が勤務医を止めて開業する事をとめるとは,職業選択の自由からして民主主義国ではありえないことです。厚生省は何でも規制できると思っている共産主義者なのでしょうか。厚生省は開業医が病院をサポートする協力関係を「病院・診療所連携」と呼んで強く推進しています。しかしその実態は長崎県諫早市医師会の諫早総合病院夜間勤務の輪番制引き受けはコミュニティのモラルから実現した例であり、極めて特殊な成功例です。これを制度としてどう定めるのか、診療所にボランティアを強要するのか問題は山積している。

医師不足問題の抜本的解決は結局医師の増員しかありません。しかし1986年以来の政府の医師数削減政策のボディブローは20年以上続いており、この影響は人口問題と同じように、慣性の法則が働いて20年以上のブランクは手の打ち様はない。年金問題における人口分布を見るように、将来にはあきらかに医師数が減少するのは目に見えてくる。厚生省は団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)にはいる2030年ごろから医療需要は減少すると言っている。これはその通りですが、とはいえ後20年間無策でいれば、医師数が減少の度合いが加速してゆきます。救い難い医療崩壊となる。そこで医師養成定員を厚生省が云う7898人から8360人の増員する案では、この20年間の医師数減少世代を埋めることは出来ない。医師数を毎年400人づつ10年掛けて4000人増とする。これは現状の7900人の150%にすることです。10年後には医学部を1万2000人の定員とすることです。なぜなら毎年老齢で医師を廃業する人が4000人、毎年8000人の医師が壮年期を迎え勤務医を辞めてゆきます。それでも約4000人の病院勤務医が増加します。これで人口1000人あたりの医師数は2018年び2.47人、2028年びは3.00人、2038年には3.49人となります。医師養成の費用は医学部交付金平均788万円に2.4万人を掛けると公的負担は約1800億円(東京大学の人件費の2倍)です。高齢化するわが国で医療制度を維持するためには、このレベルの社会的負担が増えることになります。海上自衛隊のイージス艦1台くらいです。航空自衛隊のステルス戦闘機数台分です。


特別配信号(2008年7月22日) 「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン」 横山禎徳 

「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン(1)」
この小論文は2007年11月に行われた「現場からの医療改革推進協議会」主宰第2回シンポジウムでの発表である。著者横山禎徳氏は東京大学工学部建築科卒業後、米国に留学し経営コンサルタントに転身して30年、実質的には組織デザイナーとして働いた。今日さらに「社会システムデザイナー」と自称している。東京大学医科学研究所 上昌広氏と一緒に「医療システムデザイン」を考えている。具体的な代替医療システムを提案するような話ではない。方法論だけを示して、一緒に考えましょうと云う段階である。医療改革の単発的施策は厚生省を見ればわかるように、殆どは失敗である。現行の医療システムは関係者(医療側、患者、行政、保険会社)の間に自己秩序の醸成が欠落しているシステムである。市場のような自律的平衡が形成されないのである。「社会システム」の定義は「生活者・消費者への価値提供の仕組み」である。「医療産業」、「医療システム」とは全く違う。交通・電力などの供給システムは技術ロジックで決定されるが、教育システムは社会の価値観できまる。医療システムは社会の価値観と技術ロジックの中間にあるようなシステムであろう。そしてそのシステムはダイナミックに動く。毎年少しづつよくなってゆくシステムです。産婦人科や小児科の医師不足から来る医療崩壊はデフレスパイラルのような悪循環でシステムダウンしました。システムが良い回転をするにはエンジンとなるサブシステムが何個か動くという複雑系のシステムでなければならない。よりベターなものへ自己変革することが必要です。それは都市システムと同じ。厚生省のように医療改革と称して、潤滑油たる経費を削減していてはシステムはあちこちで動かなくなることは必至であろう。

「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン(2)」
日本の新たな医療システムというものは、今後50年を支配する「超高齢化社会」の文脈の中で考えてゆかなければいけない。結論としては、医療費削減ではなく、道路公団のように資金が豊富に流入することが良い循環を作り出すことにつながるということです。道路公団に石油税を嫁入り道具にした政治家は天才的であった。今後は目的別消費税になるのだろうか。物を多く買えない低所得者や高齢者のほうへ間違いなく富が流れるはずである。医療においても医療費を削れば関係者間でぎすぎすした争いが増え、活動が停止する。そのため一時的には総経費が縮減できたように見えるのだが、実は内部でシステム崩壊が起きている音なのである。それが今の医療崩壊の現状である。潤滑油たる金がなければ、機械とシステムが動かないのは当たり前の事である。無理に働かそうとすれば、部品(医者、患者、保険)が音を立てて、金属疲労を起こして破損する。関係者(医者,患者、政治行政、司法、メディア)が自己規律を作り出す良い循環をつくるサブシステムとは集金システムである。日本国内の資産運用(1500兆円個人資産と2500兆円の非金融資産)、官僚の制度設計、国内消費拡大、国内雇用拡大などをうまくつなぎ合わせて豊かな資金を使わないといけない。

「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン(3)」
今回は「悪循環論」である。デフレスパイラルのようにあがけばあがくだけ奈落のそこへ落ちてゆくシステムの動きである。その根本原因はやはり政府の予算削減。小さな政府からくる厚生労働省の社会福祉切り捨て政策であろう。日本医師不足はもう悪循環に入っている。医療事故に刑事介入することが悪循環に拍車をかけている。無知な有識者の提案、裁判官、検察、マスコミといった関係者の動きがすべて医療者パッシングになりやすいことには、医者と関係者両方の悪循環が絡んでいる。医師教育に関係する文部省と厚生労働省の政策調整がないまま、医者の運命が翻弄されている。開業医と病院勤務医のインフォーマルな関係が昔ほどつながっていない事も問題である。良い循環を駆動するエンジンとしてのサブシステムとしては、医者間のインフォーマルな関係や、国の予算とはべつの基金で貧乏な人を無料で診察する基金の創設、そして刑事裁判以外の医療紛争処理サブシステムなどを考えるマスタープラン作りを首相官邸に「医療・健康システムデザイナー」としておいたらどうだろうか。


第10回(2008年7月30日) 「日本の医師偏在 第1回 徳島県の場合」 東京大学医科学研究所 上昌広 

全国の先端医療格差は全体的に見て西高東低である。これは明治維新以来の医学部設置と投資の歴史的結果である。西南雄藩による明治維新のあと優先的に政府関係者の多かった旧西南雄藩に医学部が設置されていった経過があるからだ。徳島県の人口は80万人で、人口10万人あたりの医師数は270人で医師数は多いようにみえるが、無医村地区の多さも全国6位である。野球で有名な池田高校がある県西部の三好地区の高度医療は完結しているが、医師分布は徳島市などの都市部に集中し、徳島市から県西部や県南部へ通勤する医師が多い。県南部の高知県境の山岳地帯には無医村地区が多い。


特別配信号(2008年7月26日-30日) 「日本心血管インターベンション学会:変革期を迎える医療安全への対応 パネルディスカッションより」(2008年7月4日 名古屋市) 7人のパネラーの報告 

この特集は,2008年7月4日名古屋で開かれた日本心血管インターベンション学会のパネルディスカッション「変革期を迎える医療安全への対応ー崩壊が進む医療の中で今何が出来るかを考える」が開催された。七人のパネラーが20分の報告をしたが、その発表内容をロハス・メディカルの川口恭氏がまとめて、MRIC医療メルマガ通信で配信されたものである。以下パネラー報告のポイントを記す。題名は内容に応じて私がわかりやすいようにつけました。

1.「基調報告:医療事故調査委員会問題の発端 医療界の横着を斬る」 ロハス・メディカル代表 川口恭
川口氏は元朝日新聞の記者をしていたが、いまは「ロハス・メディカル」という雑誌を出している。都立広尾病院事件、福島県立大野病院事件が引き金になって、厚生省は「医療事故調査委員会」なる組織を作ろうとして1年以上検討会を開いて、何回も試案を作りパグリックコメントにかけた。にもかかわらず法案提出のめどは立たないし、今の衆参ねじれ国会では法案通過の見込みは全くない。どうしてこうも有効な手が打てないのだろうか。それには二つの理由がある。一つは厚生労働省が司法という自分達の権限を越えたところで、上手く進行出来ないからであり、もうひとつは医療側の横着である。医療上の致死を医師法21条(異常死は警察に届ける)で処理しないように厚生労働省の役人を突ついたからである。つまり役所と業界の不始末という構図がなりたつ。医療側と患者とのコミュニケーションを欠いたまま、法システムの手直しで逃げ切ろうとしたことに原因が求められる。ルールを変えて身勝手な要求を通そうとした医療側のボスとそれを厚生省にやらせようとした横着が問題なのだという。医療は社会のサブシステムであって、医療者といえど社会の構成員として責務は果たさなければならない。医療側がちゃんと患者や社会の常識に向き合わなかったことが今日の医療崩壊の引き金になったというのが川口氏の見解である。メディア側からの先ずは問題提起である。

2.「東京女子医大事件被告人」 東京女子医科大 医師 佐藤一樹
術法や医療器具(心肺装置)については、佐藤氏の位置関係(どこまで責任を持つ立場なのか)がわからないのでなんとも言いようがない。そこは省いて、いいたいことは医療機関の院内報告書作成段階で、事故関係医師のヒアリングと意見陳述を欠いたまま、個人の責任に転化して個人の医師を業務上過失致死に問う立場は警察側や行政側と同利益を共有している。医療事故の原因追求に中立性・客観性を担保するためには、病院組織のみでやらずに外部専門家をいれ、関係者の意見陳述の機会を与える事が必要であると佐藤氏は強調する。

3.「医療事故の刑事事件化をいかに防ぐか」 独協医大学長 寺野彰
医療過誤の法的責任は民事(損害賠償)、刑事(罰)、行政(免許・指定取り消し)の3つで問われる。刑法でいう211条の「業務上過失致死傷罪」の第2項(交通事故)と同じように、第3項(医療事故)を入れたらという意見もある。医療関係者の萎縮は刑事罰が一番怖いのである。そこで医療事故調査委員会は実現可能なのかを見て行きたい。米国では航空機事故では最初から刑事罰を免除して調査委員会を設ける。日本ではまだ航空機事故でも刑事罰が待っている。まして医療事故調査委員会の結果では当然罰が待っている。2007年10月厚生労働省は第二次試案、2008年になって第3次試案が出て、6月には自民党の法案要綱が出た。民主党も対案を出している。大きな問題の一つが「過失」を判断するのは病院長に任された。間違うと罰則がつく。第2には医師を事故例調査委員会に派遣することであるが、医師不足でマンパワーを割かれるは辛いと寺野氏はこぼしている。

4.「社会福祉としての医療費の問題」 慶応大学 池上直己
池上直己氏は医師ではないだろう。行政福祉学か医療経済の識者であろうか。保険制度などの現システムの問題点を羅列されるが、紙面がないので割愛する。日本の公的医療保険は原則「応能負担」である。高所得者や若い人から不満が出るのは当然であろうか。医療費の半分は保険料から、26%は国から、24%は患者自己負担からである。国の負担26%は国の予算では10%になり防衛費より多いのである。診療報酬の改定が最も手っ取り早い医療費削減につながるが、何時も政治折衝でえいやと決まる。保険者が都道府県単位に集約され、県による所得水準格差は国が負担するシステムは評価できるが、県単位で勝手に保険料を引き上げる危険性は大きい。

5.「臨床研修制度と医師不足問題」 諏訪赤十字病院副院長 大和真史
臨床研修制度の実施によって、大学医局は医師派遣の引き揚げを行い、地方中核病院の医師不足から診療科の廃止につながった。国は1988年以来医学部定員の削減を行い、今日の医師不足の原因を作った。医師が多いと無駄をすると云うのは嘘で、医師数を抑えると医療行為が出来なくなるので結果医療費の削減につながるのである。その被害はすべて患者サービスの低下、医師の過剰労働時間になった。大和真史氏は地方病院として大学医局を攻撃する。病院にいるよりは医局に行く医師が多くなり、それが地方病院の医師不足になっているという。膨大な医学知識は何年研修してもどうなるものではなく専門化せざるを得ない。

6.「厚生労働省の規範的体質の問題点」 虎ノ門病院泌尿器科部長 小松秀樹
小松秀樹氏は厚生労働省官僚の文科系的思考法である「規範的体質」を問題にする。問題があれば法システムを作れば終りと云う態度である。箱作りの国土建設省的な行政と同じである。維持改編はどうも官僚には苦手であるようだ。システムは変化し、頭で考えたようにはいかない。真理は暫定的であるので、現状認識が大事であると云う態度は取れないようだ。そして厚生労働省のリスク逃避体質では新薬開発や医療器具開発は恐ろしくてやれない。常に欧米の後塵を拝しているのは業界の科学技術レベルや体質ではなく、厚生労働省官僚がリスクから逃げているからだ。技術開発こそ規制緩和すべきではないのか。現場から厚生労働省をチェックする制度が必要で、権力の腐敗を防ぐには医療問題オンブズマン制度のようなものが必要だ。最期に公益法人改革によって、日本医師会は5年後に解散・改組しなければならない運命にある。公益社団法人を目指すべきというのは小松氏の意見である。

7.「ドクターズユニオン 第3の組織」 全国医師連盟代表 黒川衛
黒川氏は医療制度崩壊の五つの要因を、医療費抑制政策、劣悪な医師労働環境、恣意的な医療報道、医療裁判の低レベルさ、そして最期に医学界の封建制を挙げる。そして診療環境の改善、医療報道・世論とのコミュニケーション、法的・倫理的課題の克服を目的とした第3の組織「全国医師連盟」を作ったらしい。原罪医師会員は1000名足らずであるが、ドイツのドクターユニオンなどがお手本であるようだ。いわば医師の労働組合というべきか。


特別配信号(2008年8月6日) 「特養ストレッチャー転落事件と医師法21条」 中澤堅次 済生会宇都宮病院院長 

2008年7月末、特別養護老人ホームで入浴中の女性がストレッチャーから落ち、頭部を打撲し系列病院に搬送後に死亡した。病院は死亡診断書に「病死または自然死」と記載した。特養では10日後に市に報告したが、市では「警察に通報なし」の記載に対して施設に警察に届け出るように指導した。特養から警察に届出がおこなわれたが、警察は搬送先の病院を捜査し、医師に対して医師法21条を拡大解釈して担当医を届出義務違反で訴えた。簡易裁判所は担当医に対して届出義務違反で罰金30万円の略式命令を出したという事件である。この事件には介護施設での死亡の届け出は市町村になっており警察へ届け出義務はない。患者を受けた緊急病院で「異常死」として警察への届け出義務を問うというのは、江戸の敵を長崎で討つようなものであまりに不条理ではないか。といって介護師を業務上過失致死で訴えろというのではない。これでは介護に身を投じる人はいなくなる。そんなリスクは老人施設ではいたるところの転がっている。介護と医療事故について、警察が介入するのはどうすべきか厚生省の事故調査委員会の設置法案で議論しなければ医者・介護師は職務を全うできない。


第11回(2008年8月13日) 「日本の医師偏在 第2回 埼玉、千葉、茨城の場合」 東京大学医科学研究所 上昌広 

医療崩壊の実情は地域ごとに多様であり、対策は地域の地理的・歴史的事情を十分に考慮しなければならない。人口当たりの医師数は埼玉県が全国で最も少なく(129人/人口10万人)、茨城県は(142人/人口10万人)、千葉県は(146人/人口10万人)であった。東京都は(264人/人口10万人)であった。埼玉、千葉、茨城の場合、医師の移動は増減がつりあっている。東北地方の過疎地では流出のほうが多く、流入のほうが多いのは東京と近畿圏だけである。埼玉、千葉、茨城の特徴は医科大学の少なさが明白である。3県で医学部のある大学は4つである。人口297万人の茨城県には筑波大学のみ、人口614万人の千葉県では千葉大学のみ、人口713万人の埼玉県では埼玉医大と防衛大学の2校である。人口1289万人の東京都には13の医学部がある。この3県では過去における医療投資が如何に少なかったを示している。対策としては地元の医学部定員を増やすことです。この3県の医学部定員を今の3倍にするとようやく西日本並になります。


特別配信号(2008年8月23日) 「福島県立大野病院事件 8月20日地裁判決傍聴記ー控訴させるかどうかー」 川口恭 ロハス・メディカル 

8月20日午前10時より福島地裁において福島県立大野病院事件事件の判決が出された。「主文、被告人は無罪」が言い渡された。8月21日の朝日新聞の判決主文の要旨は次のように報じている。多少長いが重要なのでコピーして示す。
【業務上過失致死】
●死因と行為との因果関係など
 鑑定などによると、患者の死因は失血死で、被告の胎盤剥離(はくり)行為と死亡の間には因果関係が認められる。癒着胎盤を無理に剥(は)がすことが、大量出血を引き起こし、母胎死亡の原因となり得ることは、被告が所持していたものを含めた医学書に記載されており、剥離を継続すれば患者の生命に危機が及ぶおそれがあったことを予見する可能性はあった。胎盤剥離を中止して子宮摘出手術などに移行した場合に予想される出血量は、胎盤剥離を継続した場合と比較すれば相当少ないということは可能だから、結果回避可能性があったと理解するのが相当だ。
●医学的準則と胎盤剥離中止義務について
 本件では、癒着胎盤の剥離を中止し、子宮摘出手術などに移行した具体的な臨床症例は検察官、被告側のいずれからも提示されず、法廷で証言した各医師も言及していない。
 証言した医師のうち、C医師のみが検察官の主張と同趣旨の見解を述べている。だが、同医師は腫瘍(しゅよう)が専門で癒着胎盤の治療経験に乏しいこと、鑑定や証言は自分の直接の臨床経験に基づくものではなく、主として医学書などの文献に頼ったものであることからすれば、鑑定結果と証言内容を癒着胎盤に関する標準的な医療措置と理解することは相当でない。
 他方、D医師、E医師の産科の臨床経験の豊富さ、専門知識の確かさは、その経歴のみならず、証言内容からもくみとることができ、少なくとも癒着胎盤に関する標準的な医療措置に関する証言は医療現場の実際をそのまま表現していると認められる。
 そうすると、本件ではD、E両医師の証言などから「剥離を開始した後は、出血をしていても胎盤剥離を完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでもコントロールできない大量出血をする場合には子宮を摘出する」ということが、臨床上の標準的な医療措置と理解するのが相当だ。
 検察官は癒着胎盤と認識した以上、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術などに移行することが医学的準則であり、被告には剥離を中止する義務があったと主張する。これは医学書の一部の見解に依拠したと評価することができるが、採用できない。
 医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反した者には刑罰を科する基準となり得る医学的準則は、臨床に携わる医師がその場面に直面した場合、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じているといえる程度の一般性、通有性がなければならない。なぜなら、このように理解しなければ、医療措置と一部の医学書に記載されている内容に齟齬(そご)があるような場合に、医師は容易、迅速に治療法の選択ができなくなり、医療現場に混乱をもたらすことになり、刑罰が科される基準が不明確となるからだ。
 この点について、検察官は一部の医学書やC医師の鑑定に依拠した準則を主張しているが、これが医師らに広く認識され、その準則に則した臨床例が多く存在するといった点に関する立証はされていない。
 また、医療行為が患者の生命や身体に対する危険性があることは自明だし、そもそも医療行為の結果を正確に予測することは困難だ。医療行為を中止する義務があるとするためには、検察官が、当該行為が危険があるということだけでなく、当該行為を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにしたうえで、より適切な方法が他にあることを立証しなければならず、このような立証を具体的に行うためには少なくとも相当数の根拠となる臨床症例の提示が必要不可欠だといえる。
しかし、検察官は主張を根拠づける臨床症例を何ら提示していない。被告が胎盤剥離を中止しなかった場合の具体的な危険性が証明されているとはいえない
 本件では、検察官が主張するような内容が医学的準則だったと認めることはできないし、具体的な危険性などを根拠に、胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることもできず、被告が従うべき注意義務の証明がない。
【医師法違反】
 本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果といわざるを得ないから、医師法にいう異状がある場合に該当するということはできない。その余について検討するまでもなく、医師法違反の罪は成立しない。

本事件は子宮切開で出産しようとしたところ、胎盤が子宮壁に癒着していたので、剥がそうとしたところ出血多量で妊婦が死亡した事件であった。検察側は胎盤剥離による大量出血は予測できたとし、それ以外の術法「子宮摘出」をしなかったのは医師の「業務上過失致死罪」に相当し、又その死を警察の届けなかったのは「医師法違反」に相当すると訴えた。其れに対して地裁は「因果関係、予見可能性」は明らかだとしながら、検察側のいう「胎盤剥離中止義務」については検察側証人の意見は医学的準則に照らして、一人の医師(其れも専門外の医師)の意見にすぎず、採用するに当らない。したがって被告に過失は存在しないとした。この事件はある意味で出産はノーリスクだという日本の医学レベルの高さが裏目に出たことで、家族の期待を裏切ったことになるが、出産は現時点でもある程度のリスクがある事の心構えは必要かもしれない。医師の採った胎盤剥離続行と云う選択は、誰しもが認める別法が存在したわけではないので間違ってはいなかった。検察がこんな医学的準則にまで口を挟むことが無理なのであろう。やはり医師無訴追を条件に第3者的機関を設けて原因追求と対策を講じる事がベストではないか。無論賠償保険には入っていなければならない。上手くいって当たり前で、何かあると医師の人格に及ぶ責任追及をするようでは、医療関係者の萎縮になるばかりで、日本から産科医師がいなくなってしまっていいのだろうか。


第12回(2008年8月27日) 「看護師不足」 東京大学医科学研究所 上昌広 

2008年8月23,24日「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化の検討会が、舛添大臣参加で都内のホテルでおこなわれた。この検討会は医学部定員を10年かけて50%増員する方向で合意し、医師不足問題は解決の方向で進んでいます。また医師の偏在を招いている卒業後の「臨床研修制度」を見直す検討会も文部省と合同で設置する事になった。政治主導で医療制度改革が進む中、コメディカル不足、なかんずく看護師不足は深刻です。検討会では佐賀大学医学部看護学科井上範江教授が看護業界の問題点を以下のように報告した。「看護師の数と質が患者の安全性に深く関係することはアメリカ医学界の研究で明らかにされた。それによると日本の看護師数は危険な状態にあるといわれている。看護師数の少ない原因は厚生省の保険点数制にあり、看護師による看護、医療行為に高い保険点数をつけないと、病院は看護師を雇うわけには行かないという関係にある。さらに看護師の教育が高等教育になり、学士取得が要求されている。看護師の教育やキャリアアップ機会に魅力ある制度が用意されないといけない。」というものでした。


第13回(2008年9月10日) 「福島県立大野病院事件判決を考える」 東京大学医科学研究所 上昌広 

特別配信号(2008年8月23日) 「福島県立大野病院事件」において、8月20日の福島地裁の判決文概略を示した。そこで今回の判決の意味を総括して、今後の医療問題の課題を探る上氏のレポートである。ポイントは3つほどある。まず医療と司法の関係である。今回の事件で司法が介入すると医療は簡単に崩壊する事が分った。しかし判決に拠れば通常の医療行為における過失判断の基準が相当なものであった。それでも「相当数の根拠となる臨床例」が存在しない先端治療では問題は残る。医師法第21条については、業務上過失致死の疑いがない事例は警察へ届ける必要はないということは画期的なことである。これで医療現場の混乱はかなり収まるであろう。航空機事故とおなじように、業務上過失致死について刑事不介入の制度導入は国民的議論をおこなう必要がある。

今回の司法介入により地方医療がどれほど影響を受けたのかを調査した名古屋大学の野村産婦人科医の結果によると、福島県の産婦人科病院は12も減少し、産婦人科医は13%(25人)も減少した。結局一番被害を受けたの地元福島県の人々ではないだろうか。だから訴訟をするなと云うことを云うわけではないが、結果をそうなった。厚生労働省の「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化検討会の報告では医師養成数を50%拡大するなどの合意が得られたのは成果であった。

患者と医療者の信頼関係は再構築できるだろうか。裁判や医療事故調査制度においても、関係者の責任ばかりが議論され、患者と家族が置いてきぼりにされている。医療事故調の報告書はそのまま民事刑事告発の証拠品となるので、事故の本当の姿を明らかにすることにはダイレクトにはつながらない。200年以降医療事故を受けて再発防止のリスクマネージメントの概念は成立したが、医療者と家族の「クライシスマネージメント」(コミュニケーション)が重要ではないだろうかと、国立がんセンター病院の土屋院長は云う。


特別配信号(2008年9月16日) 「日本医師会三分の計」 虎ノ門病院泌尿器科 小松秀樹 

2008年12月1日より「公益法人制度改革三法」の施行が予定されている。今後5年以内に日本医師会は、公益法人か一般社団法人に移行しなければならない。ところが日本医師会は昨年5月に公益法人化を目指す方針を決めたが、不特定多数の公益に寄与し、公平な参加と第3者の監視が可能で。特定の団体に支配されない組織足りうるのか、何ひとつ改革をせぬまま圧力団体の組織を引きずって行けると思っているのだろうか。そもそも日本医師会は開業医の経済的利益擁護のために活動してきた。日本医師連盟と云うトンネル団体を作って、自民党に政治献金を継続してきた。そして医療費の分捕り合戦である「中央社会保障医療協議会」で開業医の利益を優先した。元会長故武見太朗氏の権謀術数は政治家の間で神通力を有していた時代は確かにあった。しかし社会からは嫌われ者になり、当の自民党からも嫌われた。医療技術の高度化と制度の多岐化専門化によって、医師会はしだいにシーラカンスになって、厚生労働省の各審議会に委員を送り込んでいるものの、論議政策をリードし決定する能力はとうに失われている。むしろ官僚に簡単に誘導されるお偉方にすぎない。そして厚生労働省の政策決定のための道具に成り下がっている。知識と情報を集める能力を欠き、診療報酬改定でさえまともな意見がいえない状況である。医療事故調査委員会設置法案に良く考えもせず賛成してしまったのは最大の汚点である。もはや開業医と病院勤務医の利害が離れているのも関らず、関係団体に相談も無く病院勤務医を苦しめる政策に賛成した。そこで、現在の医師会を公益法人改革時代に向けて、三分することを提案する。開業医の利益代表、勤務医の利益代表を一般社団法人に、そして最期に公益のための医師団体を作る。


特別配信号(2008年9月18日) 「医療再生のための工程表」 虎ノ門病院泌尿器科 小松秀樹 

1:安全対策・・・医療機能評価機構による医療事故報告制度を主体とする 
2:医療費の増額・・・増額と同時に配分制度を難易度、リスク、責任に応じた方式へ
3:患者理解支援制度・・・メディエーターを中心とした患者家族とのコミュニケーション支援と調査委員会の設置
4:医師法21条の廃止・・・「不審死」警察届け出義務の廃止
5:医師を代表する公益団体の設立・・・日本医師会の解体 三分化
6:厚生労働省改革・・・規範の押し付けから現状の認識から出発
7:医療の質の向上・・・診療行為の質の向上を実施し、適正審査
8:司法への医療情報の提供・・・既存技術で鑑定を引き受け、司法へ情報提供
9:無過失補償制度・・・事故へ迅速補償
10:医療紛争処理を無過失補償に限定・・・民事訴訟の多発を防ぐ
11:刑法211条(業務上過失傷害致死罪)の見直し・・・航空・鉄道・発電など無過失責任を免除
多少医者の都合のいいような気もするが、ステークホルダーとの対話で納得がいくことが必要だ。


第14回(2008年9月24日) 「医師による遺族への募金活動」 東京大学医科学研究所 上昌広 

9月22日から「周産期医療の崩壊をくい止める会」(代表:佐藤章 福島県立医大産婦人科教授)はインターネットで、お産でお母さんをなくした遺族の方への募金活動を始めた。日本の妊産婦死亡率は世界屈指の低さを誇っているが、それでも毎年50名ほどの妊産婦が亡くなるのが現状です。来年から一脳性まひを対象とした無過失補償制度が始まるが、救済から漏れる人が多い。福島県立大野病院事件を教訓に、医師を中心にインターネットにより広く募金をおこなう事になった。患者救済を官でやると、利害関係者の集まるところ所となり紛糾せざるを無い。迅速にボランティアの参加で医療救済の一助とすることが目的である。と云う趣旨の呼びかけを読むと、医師が官僚や県の役所の「責任回避」、「事なかれ」、「隠蔽」体質をいかに忌避しているかがわかる。


特別配信号(2008年9月25日) 「分娩施設の集約化ー有床産科診療所の明日」 兵庫県尼崎医療生協病院 衣笠万里 

平成十七年に厚生労働省が発表した「小児科産科若手医師の確保・育成に関する研究報告書1」では、有床診療所での分娩は危険なので止めるべきだとして、米国式「分娩施設の集約化」への移行を推奨している。「分娩施設の集約化」の根拠は一つは診療所での妊婦死亡率と、二つはアクセスの便利さである。「分娩施設の集約化」の運営は、産科開業医はオープンシステムで、24時間365日対応の病院と契約を結んで開業医立会いで分娩することである。ただ米国での分娩は標準化され、医療費は増加の方向である。分娩費は100-200万円で日本の3倍以上である。根拠の一つであった診療所での分娩のリスクは1992年ごろでは、妊婦死亡率は12人/10万人であったが、緊急時搬送や輸血などのリスク対応が整備され今では4-5人/10万人で世界最高水準である。また周産期死亡率の低さは10年以上世界最高である。したがって診療所での出産リスクは問題とならない。また欧米で問題となった人口密度稀薄は病院へのアクセスが1時間以上を問題としたのであって、日本の人口密度は高く、車で30分-1時間以内の距離に産科施設がある。よって診療所での分娩は廃止の方向で考える必要性はないのである。


特別配信号(2008年10月3日) 「医療事故調 対立の概要と展望」 虎ノ門病院泌尿器科 小松秀樹 

人は間違うものだと云うことを前提に医療の安全対策と責任追及は切り離すべきと云う趣旨が国際的に主流になっているにもかかわらず、厚生労働省は医療事故調を医師の責任追及の場にしようとする。この「対立の概要と展望」をまとめた。現在医療事故調の厚生労働省案(第2次、第3次試案)を巡って議論が続いている。現実と乖離した「正義」の規範ほど厄介なものはない。「正義」は怒りと攻撃性に満ちている。社会に有害な結果しかもたらさない「正義」の規範から頭の切り替え(パラダイムシフト)が必要だ。

医療事故調の目的が医療の安全向上なのか過去の責任追及なのかが曖昧なまま、2007年4月より「医療関連死究明の検討会」が前田座長(刑法学者)で開催された。そこで事務局(厚生労働省)の議論は「法的責任追及に活用」で展開され、07年10月第2次試案が出された。「反省、謝罪、責任追及、再発防止」のために原因究明が行われるという。「医師は人命救助のためがんばって結果犯罪者になるのでは医療は崩壊する」という反対意見が多く、修正案の第3次試案となった。医療安全の確保を目的とすると明記しているが、同時に責任追及も行うと云う矛盾した事が書かれている。第3次試案の大きな問題は院内事故調査報告書が個人の処罰に使われるということだ。航空機事故などのように免罪の上事故調査をすることであらゆるヒューマンエラーをあぶりだすと云う趣旨から程遠い。処罰を前提とした調査では真実は隠れるのである。事故調が全てお見通しの神でなければ裁けるものではない。利害関係者は罰を恐れて利害に応じた発言しかしない。舛添厚生労働大臣は第3次案に対して不十分ならさらに検討するといっているが、医政局と不協和音が聞こえる。病院と関係ない開業医の日本医師会は医療報酬改定と絡んで当局と妥協をし第3次案に賛成した。学会、病院の団体は反対である。


第15回(2008年10月9日) 「高度成長型から急速な高齢化社会での医療専門職養成システムへ」 東京大学医科学研究所 上昌広 

9月末銚子市立病院が医師不足のため閉院した。今後多くの地方病院が閉院してゆくであろう。なぜ医師が足りなくなったのかは、医学部定員の削減によるところが大であるが、経済成長と歩調を合わせた医師のキャリアパスの変化と云う側面もある事を取り上げた。山崎豊子著「白い巨塔」で描かれた旧帝大医局の教授を頂点とするピラミッドシステムが有効に機能していた時代が変わったのだ。昭和50年ごろ(1975年)より医学部が倍増し、病院の新設ラッシュが続いた。新設大学や新設病院のスタッフを送り込んだのは旧帝大の医局である。そこで働く医師のキャリアーは医局が采配し最後まで面倒を見たので、医師は安心して技術の習得に励めたのである。ところが今や新設ラッシュから35年も経つと、新設大学の卒業生が母校の教授になる時代となり、旧帝大の支配力はなくなった。地方において必要なのは安い労働力の若手医師であり、旧帝大が供給したいのは管理職ポストの中堅医師である。ここに齟齬が生じた。2004年度から実施されたアメリカ流の「臨床研修制度」が地方の医師不足を決定つけたし、医局の権威も崩壊した。大学医局から派遣される新人医師の労働力に依存していた地方の中核病院は突然医師不足に陥った。この制度では新人医師は自分で研修病院を探す必要があり、かつキャリアをつけるためどうしても有名な研修指定病院に流れた。いままで新人医師のエージェント(手配師)であった医局のマネージメントはなくなった。


第16回(2008年10月22日)「読売新聞社提言"医師を全国に計画配置"を考える」 東京大学医科学研究所 上昌広 

10月16日読売新聞1面に「医師を全国に計画配置」と云うトップ提言があった。読売新聞独特の政策「提言」シリーズの一つである。えっと思うような色々の問題を含む提言で、「公的派遣機関を創設」、「医師不足を招いた自由選択」という中見出しについて考えてみよう。この問題の根源は、「臨床研修制度」が大学病院医局から医師のキャリアー育成やエージェント(病院紹介・配置)能力を奪って、厚生労働省の管轄に遷そうとする目論見が失敗し今日の医師不足を招いた事態を打開するための方策にある事は明らかだ。どう見ても読売新聞の提言が厚生労働省の政策の延長線上にあり、メディア・自民党族議員・厚生労働省三者の「出来レース」と云うニューアンスが露骨に出ている。これに対して舛添厚生労働大臣は16日「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」で「読売新聞のような医師配置には賛成できない」と反論し、さらに「規制を考える人は自由な社会の大切さが分っていない」と批判した。官僚・メディアに異論を唱える近年稀な見識ある舛添厚生労働大臣はいつか追い出されるのではないかと心配するのは私一人ではないだろう。医師の配置まで国家統制しようとする、戦前の大政翼賛会的中央統制の官僚臭が露骨である。読売新聞は「米や独では計画配置がおこなわれ、医師不足を招いたのは自由選択」であるというが、本当だろうか。米国ではACGMEやAOAというnon-ACGME研修プログラムもあって選択肢がある。米国にも規制があると云う読売新聞の主張は誤りです。ACGMEは適切な研修病院に研修医が配分される事を目指しており、医師の偏在の補正を目的にするものではない。米国には強制的に医師を全国配置するような中央集権組織は存在しません。官僚統制をしきたいとする厚生労働省の目論見こそが今日の医療崩壊をもたらしたことに微塵の反省ない。米国の医療事情はもっと複雑で、流入医師数と流出医師数とが半ばする流動性の激しい「移民医師」体制である。このような激しい流動状態では計画的配置自体が不可能であり、読売新聞の米国認識は当を得ていない。米国ではかかりつけの医師「プライマリーケア」医師は24%(2007年とむしろ減少しており、そのプライマリケア医師は外国人医師に依存しているのである。米国人医師は専門医志向が増大している。日本のように卒後研修で2年間も全科研修と云うプライマリケアを義務つけている国は世界的に見て特殊である。読売新聞の提言の文脈は「自由はよくない、計画にすればいい」という医師から自由を奪う目的である。社会主義計画経済が有効であったのは、原始的資本段階からの計画経済である。現在の医療問題とは全く関係ない。それとも自由を奪うのは日本を昔の官僚統制社会に逆戻りさせようとするものだろうか。あまりに時代遅れな発想である。

開業医と病院との協力関係が完全に切り離されているのは日本の特殊性である。そして病院の医師不足の改善策として、メディア・政治家・官僚・有識者らが「患者に病院来ないように」と云う政策を進めようとしています。極論には「患者に直接病院にアクセスさせるな」と云うことを云う人もいます。ここにも患者から病院アクセス権を奪おうとする意図が明白に読み取れる。これはサッチャー新保守主義が経費節減のため医療制度を崩壊させた英国において、「病院にかかれるのは2年待ち」と云う状況をよしとする論である。米国では研修を終えた医師はすべてが開業し、かつ病院医療を続けると云う制度が確立しているのである。シーラカンスのような開業医と先端医療の病院が完全分離している日本では、医師を増やしてもいつかは開業医になるので、増えるのは開業医ばかりです。病院医療を維持するには、開業医が病院医療に参画する必要があります。そのためにはボランティアではなく診療報酬を二つにわけ、ドクターフィーとホスピタルフィーを支払うことです。


特別配信号(2008年10月26日) 「結果回避義務についてー医療事故と交通事故の違いー福島大野事件判決解説1」 医療・法律研究者 大岩睦美

一般的な業務上過失犯の場合は、結果予見義務と結果回避義務があると云う前提である。しかし医療手術には必然的に身体への侵襲があるため、事故リスクゼロが前提では手術そのものが不可能になる。数%のリスクが起きたら医者は罪に問われるということになれば医者は手術をしない。福島県立大野病院での「胎盤剥離による出血」は当然予見できるものだが、止血できる可能性とそれに替わり得る術法を立証しない限り、医師には結界回避義務(医療行為を中止する義務)は認められないと云うものであった。すなわち1)治療を続行した場合の具体的危険性、2)より適切な他の方法があること の二つの要件が満たされなければ罪には問えない。今後医療界と法曹界はその要件の具体的内容の検討が必要となるだろう。


特別配信号(2008年11月02日) 「医療水準論についてー福島大野事件判決解説2」 医療・法律研究者 大岩睦美

前の解説1で、「1)治療を続行した場合の具体的危険性、2)より適切な他の方法があること の二つの要件が満たされなければ罪には問えない」と述べた。注意義務の基準となる「医療水準」を何処に置くかということである。医療水準に満たない治療の結果生じた悪しき結果については、結果予見義務と結果回避義務が生じるであろう。医療技術は日々進歩しているが、「より適切な他の方法」の一般性と通有性を立証できなければ、結果予見義務と結果回避義務は問えないと云うのが福島大野事件判決であった。今後医療界と法曹界は「医療水準」と一般性と通有性の具体的内容の検討に入らなければならない。


特別配信号(2008年11月02日) 「医療における当たり前感を駆遂するために」 自民党参議院議員 橋本岳

医療体制の崩壊を前にして3つの対策が必要である。1)医療への資源配分 2)医師と患者の信頼関係 3)皆保険制度の維持 の中で2)の医師と患者の信頼関係の再構築を考える。医師と患者の関係は「非対称の情報」によって「実体のない信頼関係」となっており、患者にとって「治してくれて当たり前」感が「治してくれてありがとう」になっていない。橋本岳氏は信頼関係を作るには、個人の関係以上に、社会的視点、コミュニティの力と云うことを強調する。そのための方法としてブログ・SNS・メーリングリストといったコンピュータコミュニケーションから、現実の地域の医療を守るコミュニティを作る方策を提案する。


第17回(2008年11月05日)「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第1回 「東京都23区の医師偏在について」 東京大学医科学研究所 上昌広 
東京都23区の医師偏在について
地区
(合計人口)
該当区医師数
(人/人口 1000人)
中規模病院数
(200ベット以上)
人口100万人あたり
大規模病院数
(500ベット以上)
人口100万人あたり
大学病院本院の配置
(分院)
都立病院の配置
東部
(人口277万人)
台東区・墨田区・江東区・
荒川区・足立区・葛飾区・
江戸川区
1.5人7.90.7なし
(慈恵医大青戸病院
ベット390)
(東京女子医大東医療センター
ベット472)
なし
北部
(人口112万人)
豊島区・北区・板橋区2.9人15.26.3帝京大学・日本大学都立大塚病院
西部
(人口155万人)
中野区・杉並区・練馬区1.4人7.70.6なし
(順天堂付属練馬病院
ベット400)
なし
南部
(人口216万人)
品川区・目黒区・大田区・世田谷区2.6人13.04.2昭和大学・東邦大学都立松沢病院
都心部
(人口107万人)
千代田区・中央区・港区
・新宿区・文京区・渋谷区
13.8人26.216.8慈恵医大・慶応大学・東京医大
・東京女子医大・日本医大・順天堂大学・
東大・東京医科歯科大学
都立駒込病院
都立広尾病院

地区の分け方には特に恣意的なことは無く常識的であると思う。上表を見て一目瞭然である。医療施設や医師には恵まれているといわれる東京都23区といえど、明らかな偏在・格差が存在する。医師数・病院数と見ていくと、東京の東部や西部には高度医療機関が極端に不足していることが分る。ベット数700以上の大規模病院は東京23区に21箇所あるが、大学付属が12、都立が4、国立が2、その他3となっている。現在の東京の高度医療は私立大学を中心に運営され、国立と都立がそれをサポートすると云う構図である。しかもそれらは圧倒的に都心部に存在する。大病院へのアクセスは救急車の搬送距離ではない。23区内なら交通事情を加味しても30分以内で何処へでも患者を搬送できるはずである。アクセスを制限するもっと重大な事情がある。それは日頃からの医者間のコミュニケーションである。患者の紹介・依頼が電話1本で無理してでもOKしてもらえる人間関係が出来ているかどうかである。そして病院医師の配置はやはり大学医局が握っている。人材派遣と情報流通システムが大きく大学に依存してきたため、大学のない地区の病院は医師確保も難しい。今回の患者搬送事件の起きた墨東病院のある東部のと西部には大学病院本院が存在しない。狭い東京でもかくのごとく格差と風通しの悪さがある。地方の問題も推して知るべしである。今回の事件を防ぐための方策は常日頃の医師会と病院のネットワークにかかっている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2008年11月11日)「医療現場と国会が直結して、役人主導の医療行政を変えましょう」 民主党参議院議員 鈴木寛 

'08年10月4日脳内出血を起こした妊婦の受け入れ拒否によって妊婦が死亡する事件が発生した。最初受け入れを断った都立墨東病院では「医師不足で土日は母体搬送を受け付けていない」と云う状況であった。10月24日の厚労省の発表では産科医は3名しかいないということである。都内には9つある「総合周産期母子医療センター」のひとつである都立墨東病院さえ、このような医師不足であった。この事件は産科医の不足問題と、脳内出血と云う緊急医療問題の二つが絡んでいる。最初からの脳外科に搬送すればどうだったのかとか命は救えたのかどうかは分らない。かかりつけ医の判断だけでなく産科と緊急医療の連結問題は空白であった。

これにはお産と云うのは医療なのかどうかも絡んでいる。なぜなら出産分娩には健康保険は適用できず、個人支払いである。厚生労働省では出産は「雇用均等・児童家庭局母子保健課」が担当する。そして最近少子対策担当大臣が設けられ「安心して生める環境作り」で出産分娩費用補助金制度も絡んでいる。厚生労働省では縦割り行政の旧弊そのもので、今回の事件を緊急医療として扱うのか、医師不足対策として医政局が担当するにしても、行政の壁は厚くて、ちぐはぐである。10月30日日本産婦人学会「産婦人科医療提供体制検討委員会」が「勤務医在院時間調査」第2回中間集計を発表した。月当たり平均301時間、最大428時間勤務の労働基準法をはるかに超える長時間労働の実態が明らかにされた。東京都も厚生労働省も多くのお金を使いながら対策は後手後手で今日の事件を招いたといわざるを得ません。それだけでなく厚生労働省では分娩費の診療報酬への枠組み編入して分娩費用を固定化するとか、今回の医療事故を警察へ届けでると云う規範作りを考えているようだ。規範では医師にはインセンティヴは働かず、医師は萎縮するばかりで「立ち去り症候群」は解消されるべくもない。10月31日日本産科婦人科学会が厚生労働大臣に「周産期救急医療体制と母子救命体制整備に対する緊急提言」を行った。厚生労働省はこれを受けて11月5日懇談会を立ち上げた。

現場から当局への要望に対する対応が当を得ない場合でもあきらめることなく、医療現場と患者さんが粘り強く発信することが必要だ。厚生労働省はこれまで「医師不足はない、医師偏在があるだけだ」といって医師不足を一貫して認めてこなかったが、今年6月18日舛添厚生労働大臣の判断で「医師不足」を認めて医学部定員を増やした。厚生労働省の行政を効果的に正すために、国会議員超党派の「医療現場の危機打開と再建を目指す国会議員連盟」も力になる。また政府の福祉予算削減という小泉流新自由主義政策の見直しも必要である。


読者投稿欄:周産期医療について(2008年11月16日) 産業医科大学 八幡勝也 ほか 匿名者 

1.産業医科大学産業生態科学研究所作業病態学 八幡勝也
周産期医療体制にとって地域医療連携が重要な事は云うまでもないが、地域の特性に応じた体制は全く異なるものである。現場は生きているので行政が作成した救急確認システムは無力になりやすい。そこで提案であるが、大都市では医療機関向けの救急コールセンターを設置し、携帯メールで対応可能な医療機関を探す方法である。つまり現場の医療機関が自ら対応可能な個別の医療機関を差gス時間の無駄が防げるし、正確な医療情報が把握できる。

2.匿名希望
産婦人科病院医師からの投稿である。現場の医師には患者を選ぶ自由はないので、最近問題点が俎上に載せられたのは喜ばしい。マスコミのネガティーブイメージのあおりは自粛してほしいが、産科学会の理事に女性がいないのは、ジェンダーバイアスでまずい事だ。また医学部定員が増員されても教師が増員されていないので負担が増すばかりである。常勤事務職が激減したので、ドクターに負担がかかり書類作りに追われる毎日である。予算配慮と教員増員、教育への正当な評価をお願いしたい。


第18回(2008年11月19日)「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第2回 「国立病院に生き続ける陸海軍の亡霊」 東京大学医科学研究所 上昌広 

首都東京都の病院医療問題の脆弱性が指摘され、東京都と国厚生省間の争いまで進展した。さらに先週二階経産大臣の「医師のモラル」発言や11月19日には麻生首相の「常識のない医師」発言があり、日本医師会をいたく刺激した。閣僚の政策のなさが憂さ晴らしに医師攻撃になっているのだろう。都立病院が貧者救済と衛生対策から明治大正期に創立されたが、23区内の国立病院、国立がんセンター・国立国際医療センター・国立成育医療センターの三つは陸海軍が設立した病院であった事を知る人は少ない。明治建国以来の「富国強兵」政策のなかで首都東京には多くの陸海軍施設がつくられ、兵士戦力を維持するため医学施設も設立された。海軍兵学校を置いた築地の地が今の国立がんセンターである。太平洋戦争後は陸海軍は解体され、陸海軍が保有していた146の軍施設が厚生省に移管され、国立病院や国立療養所に変わった。国立病院の職制やしきたりが軍隊官僚組織に類似しているのはそのせいである。本論の題名「国立病院に生き続ける陸海軍の亡霊」とはその文学的表現である。下表に簡単に3病院の来歴を示す。

東京都内の3国立病院
国立病院名設立年場所病院の歴史
国立がんセンター1962年港区築地1908年海軍医学校設立 1945年進駐軍東京陸軍病院
1956年返還され厚生省管轄 1962年国立ガンセンターに
国立国際医療センター1993年新宿区戸山1929年陸軍東京衛戌病院 1945年厚生省国立東京第1病院
1993年国立中野病院を統合して国立国際医療センターに
国立成育医療センター2002年世田谷区大蔵1899年陸軍東京衛戌病院 1938年東京陸軍第2病院
2002年国立大蔵病院と国立小児病院を統合

良き伝統とともに、国立病院には陸海軍官僚システム独特の組織や慣例を引きずってきているのである。 たとえば国立ガンセンターの組織は、総長、病院長、研究所長、運営局長の4職が並びで存在する。運営局長は厚生省のキャリアー官僚で、厚生大臣に総長人選の意見を具申する。すなわち下の組織がトップを決めるのである。人事権を厚生労働省医政局が握っている。医師は自分のプロフェッショナリズムの使命感で動くはずが、この病院は厚生省の政策や組織の都合で動く面がある。臨床試験の成績を上げるため、治り易い優良な患者を選択するのは常識になっている。患者切捨てが日常的に行われてきた。これに対して新院長土屋了介氏は「患者相談窓口の重点化」、「緩和ケア-・通院ケアーの整備」、「スタッフの地方勤務必須」な改革を進めている。土屋氏に対して厚生労働省官僚の抵抗は個人攻撃に及んでいる聞く。中央の命令を聞かず、地方で勝手な行動をされては組織の「しめし」がつかないのだろう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2008年11月23日)「医療と司法の齟齬を克えろー真相究明とは何か」 医療メディエーラー 竹内 治 

医療裁判で勝訴した側も敗訴した側も、裁判への不満を語ることが多い。その理由の一つが司法側、医療提供者側、患者側の三者における「真相究明」の理解に齟齬があるからだ。裁判の目的は法律上の要件たる事実の有無を明らかにする事である。医者側に「注意義務違反」がるかどうか、患者側に「損害」が発生しているかどうか、そして医師の行為と損害の間に因果関係があるかどうかを明らかにすればいい。医療提供側の真実究明は、再発防止と云う観点からリスクを広く検証することである。患者側の真実究明とは事実を明らかにするだけでなく、事故を受け入れるための裁判経過も重要である。ところが患者は裁判から疎外されている。ということで三者の「真実」は斯くも違うのである。そこで医療ADR(紛争解決代替案)が必要ではないかというのが筆者の主張である。法律関係者は紛争の賠償金で飯を食っているが、そうではなく医療関係者と患者のADRデザインを広く議論したい。


第19回(2008年12月3日)「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第3回 「国家統制が生み出した東京の医療過疎」 東京大学医科学研究所 上昌広 

「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」の第3回目は、東京都の医師偏在の原因を厚生労働省の国家統制「医療計画」に焦点をあてたものだ。東京都知事石原氏と厚生労働大臣舛添師の論争は、東京都内の医師数の絶対不足か、偏在かの論争であった。2005年現在、東京都全体の人口1000人あたりの医師数は2.8人で、東京都中央圏(千代田、中央、港、文京、台東)では12.6人、ところが墨田区を含む東部23区(墨田、江東区、江戸川)では1.6人であった。惟は明らかに偏在である。人口当たりの議員数の偏りを4倍以内としなければ憲法違反である事を考えると、この医師偏在は許される状況ではない。その理由は人口増加にともなう病院建設が1980年以来なされていないからである。サッチャー・レーガン・中曽根の新保守主義の台頭により「小さな政府」をめざして、医療費の削減と医師養成数の削減が継続して行われたからである。ベット数は1980年以降頭打ちになっている。1990年代欧米ではクリントン・ブレア政権時代に見直しと緩和が行われたが、日本はバブル崩壊により経済の混乱期にあって見直しが行われず、小泉政権の行政改革と予算削減の流れに継続した。従って診療費の削減、医学部定員削減、ベット数の削減の状態が継続した事が今日の状況を作り出した。1985年より厚生省は都道府県に医療計画の策定を指示し、それ以来地方の実情に応じてベット数を増やす事が困難になったからだ。全国一律の診療費の国家統制を通じて、国家が医療を統制してきた。社会主義国では国家統制や計画経済は、変化の時期には逆に足かせになって動きを制約することが露呈し崩壊したのだが、日本では官僚社会主義がまだ権力を握ったままなのだ。これが現実をいがめ歪なシステムが墨東病院事件に繋がったのである。


第20回(2008年12月17日)「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第4回 「妊婦と産科医の不安がl解消されなければ、たらい回しはなくならない」 東京大学医科学研究所 上昌広 

都立墨東病院事件と妊婦搬送拒否問題は、東京都の医師の絶対数の不足ではなく、1980年代から始まった医療の国家規制のため人口増加地域への病院建設が制約されたことによると、これまでの3回の検討で明らかになった。医療機関のフレキシブルな病院建設、医師・ベット数の増加という手が厚生省基準のためにできなかった事が原因である。そして妊婦の診療が敬遠され「たらい回し」となった直接の原因は、開業医と小規模病院が分娩から撤退し、中程度のリスク患者が大挙「総合周産期母子センター」に行くようになり、真のハイリスク症例患者の受け入れが困難になっているからです。つまりすべての医療機関がリスク回避に動いた結果です。この国民的事態に対して、東京都は「重症妊婦受け入れ専門病院の整備」を進めようとしているが、医師への負担増となるだけで効果は期待できない。厚生省や識者らは、妊婦が地元病院を介しないで高度先端病院を受診できないようにする「妊婦のフリーアクセス制限」を考えているようだが、これはとんでもないお門違いで、開業医と小規模病院が分娩から撤退しいる以上できない相談であり、かつ受診の自由を奪う人権侵害である。現在はこのような「集団パニック状態」で、悪循環に陥っています。そこで新しい視点から妊婦と産科医の不安を解消する必要がある。そのために提案することは、1)徹底した情報公開と社会の合意形成 2)医師は積極的に社会にコンセンサスの接点を求めること 3)マスメデァの国民への情報提供と合意形成への討論の場の提供 4)地域メディアできめ細かな医師と地域の交流の促進 4)ウエブの活用と周産期情報センターの設立(ガン情報センターのように)であるが、これらの詳細は現場での取り組みによって形成されるべきである。役人が出る幕ではない。


第21回(2008年12月31日)「国立がんセンター中央病院手術室再建プロジェクト」 帝京大学医療情報システム研究センター客員准教授 大獄浩司 

2008年4月「国立がんセンターにて麻酔医が大量離職」というニュースが「医療崩壊」を印象つけた。10名いた麻酔医のうち5名が離職したというのだから、医師の「立ち去り型サボタージュ」として関係者は大きなショックを受けた。そこで国立がんセンター中央病院の土屋院長は日本麻酔学会に協力を依頼し、是にこたえて横浜市立大学と東京大学、帝京大学などが医師を派遣し、同時に「国立がんセンター中央病院手術室麻酔科再建プロジェクト」が発足した。筆者は医者から留学中に経営に移って、マキンゼーという経営コンサルタント会社に2年ほど勤めた経験を買われて、帝京大学から再建プロジェクトに派遣された。再建プロジェクトの指揮は横浜市立病院の後頭教授である。麻酔の数は応援部隊が20名ほどになって(常勤ではなく、週に1,2回勤務)手術も旧来どおりに出来るようになったが、問題は国立がんセンターという組織の問題であった。再建プロジェクトの調査において、手術量と麻酔医師の数の不足、安全性確保のための臨床工学士の絶対不足、組織ガヴァナンスの問題、部門間コミュニケーション不足の4つの課題が指摘された。麻酔学会の基準によるとガンセンターの2008年度手術量からすれば麻酔医は15名必要であった。又臨床工学士は一人しかいなかった。危険極まりない綱渡り的状態にあったといわざるを得ない。現状に合わせて組織を増変させる権限が院長になく、かつ国立病院であるため国家公務員の定員という枠に縛られて柔軟に対応できない状態であった。院長の権限が曖昧なのは、厚生労働省の影響が大きく働いているようであった。組織の責任者不在のお役所直轄組織に成り下がっていた。喫緊の医師不足の問題は学会の応援部隊で凌いだというものの、組織制度の硬直と責任者不在は今後の改革課題である。


第22回(2009年1月14日)「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第5回 「医療崩壊のシナリオ:医賠責保険の破綻」 東京大学医科学研究所 上昌広 

医療訴訟の濫発が産科医の萎縮を招いていることを医者が主張することは難しい。確かに医療訴訟数は1997年から2006年の10年間に597件から912件へと1.5倍となっている。その内、産科医の訴訟数は医師1000人に対して14.5件とかなりハイリスクである。形成外科医の14件、外科医9.5件、整形外科医6.3件、内科医3.6件であった。他の診療科医の訴訟リスクは低い。このように増加する医療訴訟に対して医師は医師賠償責任保険(医賠責保険)という保険に加入している。保険料は1年間5万円程度であり、米国の掛け金1000万円に較べれば安い。米国の弁護士数(120万人)と民事訴訟数(2000万件)に較べて、日本の弁護士数(2.5万人)と民事訴訟数(15万件)は2桁ほど少ない。賠償額は人命にかかわるので、交通事故と同じように最大1億円程度である。自賠責保険は無制限であるが。2001年の9.11事件後米国ミネソタ州のセント・ポール社という保険会社が医賠責保険から撤退したため、他の保険会社の掛け金が高騰し、保険料の安いカルフォニア州へ医者が転出する事が続いた。これを対岸の火事としないで、日本の将来を見据えた議論をしてゆかなければならない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年1月22日)「メディカルツーリズムの勃興:日本の医療は競争力を有する」 少児科医 江原 郎 

経産省白書によると2006年度のアジアへの外国人患者の数は180万人になったという。シンガポールに37万人、タイやマレーシアに40万人などで、欧米で研修を受けた医師が帰国して治療を行うのでレベルは高いという。その原因はアメリカにおける治療費が高い事である。盲腸炎で200万円(日本では40万円、一般に日本の治療費はアメリカの5分の1くらい)もかかり、医療保険もなく公的医療保険(メディケア)も受けられない人々では、渡航費を出してもアジアで自費診療を受けたほうが安上がりだという。もうひとつのメリットは待ち時間がなくサービスがいい事である(空港送迎や通訳付き)。日本での自費治療の率は平均1.25%に過ぎない。2007年度の民間医療機関の損益分岐点は病院で95%、診療所で99%である。診療報酬が引き下げられると直ちに赤字となる。ということで日本の医者や病院が公的健康保険の安い診療報酬から逃避し、自費診療に走る日も近いのではないかという提言である。要するにこれ以上厚生労働省が診療報酬を下げたら、医療機関は破産するという話である。アメリカのような民活がいいのか、日本の公的健康保険制度がいいのか、解は出ている。公的健康保険制度は死守しなければいけない。


第23回(2009年1月28日)「迷走する医療行政ー骨髄移植フィルター騒動からみえるもの」  東京大学医科学研究所 上昌広 

昨年12月19日アメリカのバクスタージャパンは骨髄移植フィルター「ボーンマロウコレクションキット」が供給できなくなると発表した。翌日読売新聞が記事にしたことで、骨髄移植関係者に動揺が走った。「ボーンマロウコレクションキット」とは骨髄提供者から採取した骨髄液をろ過して骨片などの夾雑物をとりのぞく器具である。このキットを製造するメーカーは市場が小さい事もあって世界ではアメリカのバクスター社とベンチャービジネスのバイオアクセス社の2社のみであった。日本ではバクスタージャパン1社が厚生省の承認を得ており、毎月約150セットを供給していた。ところが昨年秋いらいの米国金融不安から企業の倒産買収が進み、バクスター社は血液事業を投資会社に売却した。買い取った投資会社は経費を切り詰める人件費の安いドミニカに工場を移転したため、FDAの再認可が必要となった。その際に手続きが大幅に遅れいまだに供給体制ができていない事態となった。日本国内にはバクスタージャパンはこのキットを493個在庫しているが、これでは2009年3月までしか持たない。アメリカではもう1社バイオアクセス社があるので問題ないが、日本は市場が小さいこともあってバイオアクセス社は日本進出をしていなかった。たしかに日本の医薬品市場は世界の10%に過ぎず、日本市場は無視されたようだ。そこで厚生省の外郭団体「骨髄移植推進財団」がバイオアクセス社の「ボーンマロウコレクションキット」を600個確保したといわれるが、問題は日本で健康保険診療による使用可能とするための治験認可申請をどうするかである。あと2ヶ月しかない中で厚生労働省は強権を発動して書類審査だけで済ませるようバクスタージャパンを動かしている。認可のない医薬品器具の使用に残された道は、健康保険診療をあきらめて自費診療とすることや、高度医療評価制度を利用する事である。厚生労働省は混合診療禁止の原則から一部に自費診療が入り込む事に絶対反対である。骨髄移植を全部自費でやったら1000万円近くかかるので出来る相談ではない。高度医療評価制度は手続きが複雑で、誓約書を提出しかつ罰則が厳しいので、造血細胞移植学会は利用しないと説明した。厚生省官僚は患者の命より、自らの作った制度の維持を重視しているようだ。又この1ヶ月間情報を公開せず秘密裏に対策を講じてきた厚生労働省にたいして、NPO法人「全国骨髄バンク推進協議会」は署名を集め、この問題の情報公開と代替キットの使用許可を求めた。またこれを受けて「医療危機打開超党派議員連盟」と舛添厚生労働大臣が後押しをして、1月23日厚生労働省はしぶしぶ記者会見を開いた。この「ボーンマロウコレクションキット」騒動から見えてくるのは、業界への強権発動で極短時間でことは解決すると見た緊急事態での官僚の秘密主義である。治験の遅さは世界でも定評があり、世界の製薬会社は日本を敬遠してきた。このあたりのシステムの検討なしには今後の医薬品と医療器具の開発競争に日本一人が遅れを取ることになりかねない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年1月29日)「公立病院はなぜ赤字か」 千葉ガンセンター長 竜 崇正 

地方自治体の公立病院は全国に970あるが、2006年には75%の公立病院は赤字で、経常赤字は1997億円で累積赤字は1兆9736億円となった。この総務省は2007年「公立病院改革ガイドライン」を示し、経営の合理化、病院の再編ネットワーク、経営形態の見直しを改革の柱とした。しかし病院の赤字は公立病院だけでなく私立の病院の経営も苦しく、日本病院会のデータ−では2006年の診療報酬3.16%引き下げによって、1167病院のうち70%が赤字となっているそうだ。病院の赤字の原因として筆者は1)国の医療費削減対策が最大の原因 2)公立病院経営の事業管理者が素人で官僚であるため、継続した経営責任を取る人がいない 3)医事会計のプロがいないこと 4)医師不足で廃業する診療科がでて経営基盤を圧迫していることなどを挙げている。また黒字民間病院の中には過剰診療もあること事も指摘した。


第24回(2009年2月11日)「メデァが報道しない都立墨東病院事件の背景」 第6回 「医療再生への特効薬は、メディエーションと対話型ADR」 東京大学医科学研究所 上昌広 

医療過誤の民事訴訟の濫発が医療崩壊を招いたアメリカの経験をもとに、日本の医療再生の道を探ってゆこう。アメリカでは1970年代より医療訴訟が頻発し、賠償金の支払いの増大から多くの保険会社が医師賠償保険から撤退した。そして訴訟リスクの高い産科や救急医療から医師が消えた。結局患者が大きな迷惑を蒙ったのである。患者をたきつけて利益を得たの弁護士だ。1975年カルフォニアの麻酔科医が医療過誤危機に対してストライキに入ったのきっかけに、州知事は「医療被害補償改革法」MICRAを通して、賠償金の上限を25万ドルに制限した。その後2002年ネバダ州で大手保険会社が赤字を出して医賠責保険から撤退したため、保険料が高騰し、リスクの高い診療科医は保険料の安い他の州へ逃げ出した。そこでアメリカでは医療事故の初期対応、とくに当事者同士の対話が注目され、訴訟より対話の方向が社会のコンセンサスとなりつつある。2008年ヒラリー・クリントンとオバマ氏が連名で医学専門誌に「医療事故発生時の初期対応システムの普及」について寄稿した。またアメリカでは、紛争のとき第三者メディエーターが当事者間の話し合いに参加し、両者の意見の橋渡しを演じる試みがなされている。メディエーターは調停等の法律的な解決には関りあわない。このような制度は医療訴訟に疲れた米国医療界に急速に普及しつつあります。2007年「裁判外紛争解決鉄好きの促進に関する法律」ADRが施行され、仲裁、調停、斡旋などの手法を用いて迅速に紛争を解決することを目指している。わが国の医賠責保険も破綻寸前にある。賠償額は1億円を越す事もあり、1億円が認められると弁護士費用は1100万円となる。日本医師会の医賠責保険は既に139億円の累積赤字になっている(2003年)。日本では賠償金に上限を設けることは、自動車賠償保険とのならびで国民の同意を得ることは難しい。対話的ADRの普及が望ましい方向ではないか。


第25回(2009年2月25日)「医師臨床研修制度」  東京大学医科学研究所 上昌広 

医療事故に鑑み医療界の隠蔽体質を糾弾するとするメディアの批判に答える形で、厚生労働省は2004年「プライマリーケアーを中心とした幅広い診療能力の習得」を目的とした臨床研修制度をスタートさせた。メデイァの批判をバックに厚労省官僚が医師教育方針まで統制を強めることになったのである。ところが「高邁な理念」と裏腹に、地方の医師不足を加速する結果になり、2008年9月森元首相が「臨床研修制度見直し」を命じた。その結果、これまで2年間で7科目全科の必修を義務化し、研修医の計画派遣のために財団法人「医療研修推進財団」を設置して200億円の予算をつけるものであった。官僚にとっては天下り先の確保となって、まことにおいしい制度であった。今回の見直しでは内科と救急、地域医療を必修とし、2科目を選択するもので1年で必修研修は終了する。あと1年の研修は専門科の自由選択である。プライマリーケアー重視はとりもなおさず専門科の軽視であり、医者を全員地域の開業医として訓練するようなものだ。また全科のローテーションは既に大学医学部で実施済みであるので重複した施策である。そして最悪の厚労官僚の狙いは、臨床研修と医師不足対策と医療費削減を絡めた支離滅裂な施策となったことだ。今回の見直しも決して楽観はできない。審議会の委員が5年前の制度創設委員とダブっているからである。古い皮袋に古い酒を入れる事になりかねない。その証拠に「医療研修推進財団」と200億円の予算はそのまま2年間分ちゃっかり確保しているのである。


第26回(2009年3月11日)「諸悪の根源は医療亡国論」  東京大学医科学研究所 上昌広 

国民医療費は昭和30年から昭和53年まで右上がりに増加してきたがそれを支えたのが10%以上の高度経済成長であった。昭和54年より国民所得は減少し昭和57年3.8%になった。厚生省は医療費の抑制にのりだし、昭和58年には吉村事務次官の「医療費亡国論」という暴論が生まれるに至った。昭和60年以来数次にわたる医療法改正により、病床規制と医療費削減が厚生省の変わらぬ方針であった。そこで打ち出されたのが「総合診療方式」(スーパーローテート)という何でも医師の教育であった。これが平成12年(2000年)の「新医師臨床研修制度」という重複した施策に変身した。大学教育中に「総合診療方式」をやり、卒業後医師免許を取ってから再び2年間のローテーションをやるのである。「一人で何でも診る総合医ができたら、患者の複数専門医めぐりが減り医療費削減に繋がる」というのが厚生省の狙いであるが、高度化した医療現場でそれはそもそも不可能である。スーパーマンではあるまいし、だれでもスーパードクターになれるわけではない。厚生官僚はテレビの見すぎで変な幻想を持ったらしい。厚生省はベット数の削減と高度医療の抑制に邁進した。現在高度医療・ハイリスク医療を担っているのは、大学病院と大病院である。そこがまた医師のトレーニングセンターでありキャリアーの養成場であった。厚生省は本年2月26日の審議会で全国全ての病院の研修医定員を厚生省が決めるという官僚統制を強化する方針を出したようだ。又厚生省は医学部4年で行っている「共用試験」を国家試験にすべきだと言い出している。官僚の国家統制はドクターからすべての機能を奪うつもりらしい。これは厚生省の出自である陸軍的発想がそうせしめているので、米国方式の無条件追随と二輪的関係をなす。厚生省の施策が医療崩壊を生んでいる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年3月12日)「開業医から勤務医の先生方へ」 おその整形外科院長 於曽能正博 

この国の役所は勤務医と開業医の分断を狙って、片方の医療費を減らして片方の医療費を増やすというあくどい手を弄している。勤務医と開業医の内部抗争・対立は敵の手口なのです。勤務医の超過勤務手当てを払う事が先ず先決です。そして医者の収入は現在他の職業に較べてむしろ低いのが現状です。例えば年収でいうと、40歳でテレビマスコミ界・商社員は1500万円以上で、勤務医は1000万円程度です。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年3月22日)「医療のIT化を考えるー電子カルテの問題点」 久美愛厚生病院産婦人科 野村麻実 

いまの赤字経営の病院にとって、手間の掛かる電子カルテ(オーダリングシステム)は医師の外来患者診察時間を増やし、結局病院の経済性を悪化させている。現在のシステムはすべてのオーダーを打ち込まないと次の段階に進めない。しかも医師が入力しなければならない。秘書が横にいるわけでもない赤字病院にとって、常勤医師にかわる代務医師に任せてるとオーダーの詳細が伝達できていないのとかえって面倒である。迅速なオーダーができないと緊急事態には致命的である。又採用しているシステムは病院間で異なり、応援医師はその病院のソフトに習熟できていない。オーダリングシステムはローカルシステムに過ぎない。今病院の収益性は医師がどれだけ外来患者を見られるかにかかっているので、オーダリングシステムに時間をかけるわけには行かない。また医師の入力ミスがとんでもない事故を招く可能性がある。特に薬のオーダーに間違いが多く発生する。医師は患者の顔を見る余裕もなくパソコンに向かっているようでは、診察になるのだろうか。


第28回(2009年4月08日)「医療費削減政策を考える:第1回正規雇用されない医師たち」  東京大学医科学研究所 上昌広 

医療費削減によって医師のみならず医療従事者(コメディカル)が圧倒的に不足している。病院で働く職種には医師、看護師、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師、衛生検査技師、栄養士、社会福祉師など16種の職業がある。日本の病院で働く職員167万人のなかで、医師は11%、看護師34%、看護補助者12%、事務職員9%となっている。これら病院従事者の合計は、100床あたり日本は101人、イギリス740人、アメリカ504人、イタリア397人、ドイツ204人である。現在の「医師不足」問題は医師だけの問題ではなくコメディカル全体の不足が問題なのである。それが原因で医師にも負担が倍増するわけである。医師の労働時間は週平均70時間で、欧州では週50時間以内です。医師の勤務体制は交代制が実現されず、労働組合も存在しない。さらに驚くべきは医師のうち正規ポストにつけるのは40%にすぎず、主戦力として働いているレジデントの給料は20万円前後である。そして「研修生」の医師は無給である。その状況は大学病院でも同じで、昭和31年の大学設置基準による720人の定員に対して教師は140人と上限が設けられている。教員数/学生数の比は日本の東大で0.5、米国ハーバード大学で11である。米国では開業医が教育に参加し報酬が払われている。然るに日本では開業医は病院での教育や診療に参加できない仕組みであり当然報酬は無い。これらの医療関係者不足問題の根源は医療費削減政策にあり、2002年度にマイナス2.7%の削減が行われ、全国で2.7万人の雇用減となった。このように医療報酬引き下げ政策を堅持して、昨今の医療崩壊に対して国会で問題となると、補助金・基金行政で裁量権を強化し医師と病院を締め上げるのが厚生労働省のやり方である。医療崩壊で焼け太りをするのは官僚である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年4月12日)「東京女子医大人工心肺事故 第2審無罪判決」 済生会宇都宮病院 NPO法人医療制度研究会 中澤堅次

この事件は大学側の調査報告書が医師のミスを認めた事から紛糾した。家族・メディアは真相究明を求め、心臓関係3学会が装置の操作ミスを否定したので裁判官は医療関係者の解釈が異なる事に戸惑いを隠せなかった。真相究明と責任追及がセットになっているため、関係者の発言もうかつには出来ない。やはり責任追及をはずさないと再発防止策も公言できないのである。善悪をいわないで「誤りに学ぶ」真相究明が技術改善の基本であり、それが世界標準となっている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年4月19日)「レセプト電子化にまつわる幻想」 ただともひろ胃腸科肛門科 多田智裕

3月22日に「電子カルテの問題点」という投稿があった。今回はレセプト(診療報酬明細)の電子化・オンライン化の問題についてである。3月9日の日経新聞は、政府が閣議決定済みのレセプト電子化完全実施を緩めて「原則電子化」に後退させるのは医師会の利権擁護に過ぎないとか、レセプト電子化は不正請求を見抜く医療改革の柱であると云う論点を提出した。この日経の論点は真実であろうかそれとも幻想なのだろうかを問題としたい。日本医師会はアンケートによって、オンライン化に対応できない開業医は廃院を考えているという結果を出した。高齢者の医師(70歳以上)の約30%を占めるという。システム導入費用が300万円で、保守費用が月々3万円で、税制優遇措置や加算制度では月5000円程度ではとても借金までして導入する気にならない。今開業医の平均年齢は60歳を超えている。それなら廃業するということだ。現実は健康保険組合に電子媒体でレセプトを提出しても、結局紙に打ち出して審査している。これで電子化によって費用が発生していることになる。また電子化で過大請求や不正請求が即座に見抜けるという論点は幻想である。レセプトには病名、処置内容、点数(金額)などの情報しか入れていない。電子にしろ、紙にしろ不正を見抜くのは熟練した専門家の目であって、電子の目ではない。審査は点数に頼り、そこから追求の手が入るのである。


第29回(2009年4月23日)「医療費削減政策を考える:第2回:危険にさらされる患者たち」  東京大学医科学研究所 上昌広 

米国では1984年のLibby Zion事件以来、コメディカルを増員し医師の勤務時間を減らす努力が続けられてきた。ところが日本では医師の過剰労働は常態化し、夜勤明けには約36時間睡眠をとらないで勤務することもしばしばである。病院従業者の日米比較では100床あたりの数はアメリカで504人、日本は101人である。患者の安全に最も貢献している看護婦の数は、100床当り米国が141人、英国が200人、ドイツ75人であるが、日本は僅か34人である。医療の安全コストは医療保険の医療費の一律性と医療費削減政策によって、非常に制約されている。患者さんの安全を確保するにはスタッフが必要であるが、医療費の削減によって医療関係者を減らさざるを得なくなり、今の日本は危険な領域にあるといえる。これを改善するには医師の尻を叩いたり、ミスの罰則を強化しても意味が無い。安全に関るコメディカルが少ない状況では精神論やマニュアルはあっても役に立たない。やはり医療費を上げるか、それとも収入に応じた負担が出来る人から医療費を増額すべきではないか。金が廻らない事にはシステムはきしむばかりで回転しない。補助金や基金で誘導する官僚的制度は解決策にはならない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年4月29日)「パンドラの箱を開けるのは今ー宿直問題は入り口に過ぎない」 参議院議員 梅村 聡

著者は2001年に医者になり、2008年に政治家になった。医者としての現場を踏んだ経験から、医者の労働者としての問題点を明白に曝すこと(これを「パンドラの箱を開ける」という表現をとる)が目的である。「医は仁術」という倫理観と、徳川幕府以来医者は高級知識人であると云う自負心から、医者は労働者であると云う現実を見なかった、労働厚生省の施策と医者自身の考えを根本的に改め再構築する事である。医者が高給取りであるのは開業医に限られており、勤務医の薄給の上に成り立っているのが病院経営であることは、1980年以来の厚生労働省の医療費削減政策のせいである。ここにすべての問題の根源がある。医療費削減政策から公定診療費の低迷と、経費削減の必要からコメディカルの縮小が進んだ。


第30回(2009年5月6日)「新型インフルエンザ対策を考えるー検疫よりも国内体制整備を」  東京大学医科学研究所 上昌広 

メキシコに端を発した新型インフルエンザ(最初は豚インフルエンザと呼ばれた)は5月5日現在で、世界の感染者は1085人、死亡者は26人である。厚生省はGWの帰国ラッシュ水際作戦と称して空港の検疫体制を強化した。ところがWHOは新型肺炎SARSの経験から、WHO事務次長の福田啓二氏は検疫強化は意味がないと宣言している。検疫を強化しているの中国と日本だけである。外国と比較してちょっと異様な感がある。これも鎖国根性の現われかと疑ってしまうほどだ。まず潜伏期間が約10日あるため、感染者も空港を正常で通り抜けるのである。またSARSの経験からサーモグラフィーで体温を検知する有症者発見率は0.02%に過ぎない。そして物々しい医療関係者の防護服は実は菌で汚染されていれば、医療関係者を守ったとしても、周囲の人に菌を振りまいているに過ぎない。なぜこんな無知な事が平然と行われているのだろう。検疫の専門家木村盛世氏は厚生労働省の技官が感染症現場に無知であるからだという。朝日新聞は的確な記事を出し、弱毒型は安心していいことではなく、空港のチェックは効果は薄いといい、5月1日に新型インフルエンザは長期戦であるという。5月4日厚生労働省は536箇所の「発熱外来」を設置したと発表したが、病院には隔離施設(陰圧のバイオハザード施設)はなく、簡易隔離施設で外来者を応対する安全性が確保されていない。「発熱外来」とは看板を掲げただけである。「検疫法」で厚生労働省に対応が義務付けられているので、空港チェックに異様に熱心なのは官僚の責任回避にすぎない。病院の対応は厚生労働省は都道府県の問題であるとして関係ないという態度である。これでは新型インフルエンザの国内感染が問題になった時点で、対応策が全く取られていない事になる。お寒い限りである。病院から医師と看護婦を剥がしてまでも空港チェックに動員して、国内体制整備に無関心な厚生労働省の無策は問題である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年5月12日)「保険適用を決めるのは役所ではなく国民である」 参議院議員 鈴木 寛

2000年に登場して以来慢性骨髄性白血病患者にとって命の綱である特効薬「グリベック」は、一錠3200円、1日4錠を飲み続ける必要があり毎月44000円、1年で約53万円の支払いが一生続きます。日本には8000人の患者さんがいるので、「長期高額疾病」の適用で本人負担が月1万で済むようにするには、約30億円の財源が必要になる。現在この制度の適用を受けているのはHIV、血友病、人工透析の3種類である。患者さんの要請に対して厚生労働省は要請を拒否し続けているが、適用かどうかを決めるのは役所ではなく、保険者と税金の納入者である。中医協審議会で真剣な討論を御願いしたい。窓口で門前払いをする権利は役所にはないはずだ。


第31回(2009年5月20日)「新型インフルエンザ対策を考えるー検疫礼賛で何が見過ぎされたのか」  東京大学医科学研究所 上昌広 

5月15日神戸で初の国内感染が確認されて以来、5月19日で新型インフルエンザ感染者数は178人に、5月22日段階で400人を超えた。そして政府は5月22日方針を変更し、水際作戦を止めて、発熱外来と検査体制の整備、季節性インフルエンザ対応にすることを発表した。厚生省の水も洩らさぬ防疫体制はみごとザルであった事を吐露した事になる。水際作戦に多数の医療関係者を動員したあげく見つけたのは僅か4名にすぎなかった。「泰山鳴動して鼠4匹」というわけで、100倍の感染患者が発生したという決算報告である。日本の水際作戦は隔離や停留という人権侵害を伴って、WHOやCDCなど国際機関からは日本と中国の対応には批判が出た。人権軽視の中国と日本の歴史的伝統ともいうべきお家芸がはしなくも出たということだ。人権問題で北朝鮮などを避難する資格はない。インフルエンザは潜伏期間も周囲に感染するため、水際作戦が無意味な事は世界的な常識であったはずだ。ウイルスに感染した人で発熱しないで治ってしまう場合でも感染力があるので、サーモグラフィーで発熱を測ることは専門家の間では無意味であるといわれている。なぜこのように日本のインフルエンザ対応が世界の物笑いになったのだろうか。それは臨床経験のない医務官僚の机上の空論振り回されたためである。政府は戒厳令の予行演習をやっているつもりではしゃぎきっている。政府の強権体質だけが先行して、実質的な手を何一つ打たなかった厚生労働省の罪は重い。また新型インフルエンザ診断基準が「濃厚な接触暦を有する、蔓延国に滞在した人、強く疑われる人」を対象とした遺伝子診断となっている。知らないうちに空港をすり抜け、発熱せずに周囲に移してしまったケースは考慮されていない。空港検疫に膨大な費用と人材を投入するなら遺伝子診断(簡易検査は感度が低く20%は見逃すので、医者は少しでも疑わしいと判断すれば遺伝子診断をすべき)に予算を投入すべきであった。このような政府の対応を批判し軌道修正(厚生省は5月22日に方針を修正したが)を促す動きがなかったのだろうか。今回もやはり政府、メディア、学会は一体になって暴走した。国立研究所の専門家は沈黙し、診療報酬には俄然腕力を発揮する日本医師会はインフルエンザ問題には興味さえ示さなかった。舛添大臣の大本営発表には「国民は正しい情報をよく聴いて、畏れずしかししっかりと対応すること」という言葉がいつも添えられる。正しい情報とは「政府発表」のことらしい。外国では効果が疑わしいとされている「うがいの励行、マスクの着用」をしつこく報道し、マスクをしないと生徒の引率者を非国民扱いにするなど嫌な雰囲気が漂っている。そしてマスクを求める人々がかっての「トイレットペーパ騒ぎ」に加熱している。パニック状態になっているのはまさに日本的現象として憂うべき状態である。京都などの観光地の外国人でマスクをしている人は皆無であったが、駅で修学旅行生が全員マスクをして集団行動をしているのはさぞかし外国人には異様な光景と映ったであろう。カラスの子供の集団移動に見えたのだろうか。手洗いだけは効果はあるようなので励行した方がいい。マスクはむしろ「汚染物」として短時間で処理する必要がある。大坂府の橋下知事が5月22日に「インフレ対策予算10億円」を決定したというニュースは歓迎すべき対策であろうか。


第32回(2009年6月3日)「新型インフルエンザ騒動の舞台裏」  東京大学医科学研究所 上昌広 

5月30日に兵庫県立高校で授業が再開され、ようやく「新型インフルエンザ騒動」第1波は終息した観がある。5月28日には参議院予算委員会で「新型インフルエンザ」の集中審議がおこなわれ、専門家委員4名から政府の対応が批判された。空港での防疫と都道府県の医療現場への指示等、厚生労働省は司令塔としての役目を果たそうとえらく張り切っていたが、その実医療現場では「新型インフルエンザ自体より、厚労省の対応に疲れた」と語っている。遺伝子診断をブラジル・北米への渡航経験がある人だけに限った事は、片手落ちで感染を大きくしたといわれる。またインフルエンザ患者は「発熱外来」へ、それ以外は一般医療機関へという措置は、医療現場を知らない机上の空論であった。まず発熱した患者がインフルエンザかどうか不明な段階で選別する事は不可能である。そして発熱外来に予算措置はなく実態の伴わないものとなった。医療とは患者と医者が十分に話し合って対応すべきものなのに、行政という第三者が介入するのは手遅れや過剰対応となり実情と乖離することは必至である。行政は予算・物資・人員を確保することであり、医療の実務を指図することは不効率である。新型インフルエンザの診断体制の予算は全て合わせて7.5億円にすぎない。オバマ大統領は約1400億円の予算をつけた。5月15日の参議院予算委員会で民主党鈴木議員が質問する予定で参考人招致に専門家二人(検疫官木村氏と国率感染症研究所森氏)を舛添厚労相の認可を得ていたのに、厚労省はこの2人に難色を示して妨害に出、その日の委員会は流された。5月28日には与党の推す二人(尾身自治医大教授と国立感染症研究所の岡部氏)と野党推薦として前記の二人の計4名を招いて審議が行われた。4名の参考人は異口同音の検疫体制の見直しを指摘したが、上田健康局長は検疫法の見直しを拒否した。なぜこのように厚労省の官僚は暴走するのだろうか。それは省内に250名の医系技官を有して、省は医療の専門家が正しい判断をしているという自負を持っているからだ。しかし医系技官は医師免許を持っていても患者を診る医者ではない。まして医療に携わった経験はゼロである。今回のインフルエンザ騒ぎで世界のWHOやCDCの対応と日本の厚労省はうまく連携できなかっただけでなく、5月22日になってようやく検疫体制の縮小の方針となったが、日本の対応に世界から疑問が投げかけられた。舛添厚労相は医系技官改革の必要性をこれまで何度も訴えている。舛添相は5月19日の専門家諮問委員会に省官僚が選んだ委員のほかに、、別に4名の委員を任命するパフォーマンスを演じなければならなかった。すべての専門家は検疫体制の即時中止と国内体制の整備を訴えた。この様子をメディアが報じたため厚労省は検疫縮小への方針変更をせざるを得なかったというのが舞台裏である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年6月10日)「新型インフルエンザに厚労省が上手く対応できないわけ」 虎ノ門病院泌尿器科 小松秀樹

新型インフルエンザ騒動は厚労省の問題点を浮き彫りにした。医療行政を担う医系技官は行政官であり規範(規則)を行動原理としている。ところがWHOやアメリカのCDCの専門家は科学者であるが、厚労省の医系技官は医者ではなく行政官であり、根本的に考え方が異なり、WHOやCDCの勧告や指針とは違う行動をとって水際作戦という効果の疑わしい戦術に日本中を奔走させた。過去のインフルエンザの世界的流行は1818年のスペイン風邪であった。世界で1/3の人が感染し5000万人が死亡したという。そのことを検証した論文には多くの検疫はまったく成功せず、交通遮断、停留措置などの措置は流行拡大阻止にまったく役に立たなかったと述べられていた。又過去のどの新型インフルエンザでも出現してから1-2年で国民の50%、数年ですべての国民は罹患するという。以降は通常の季節性インフルエンザに変化するので、そもそも新型インフルエンザの罹患を避けるということは科学的に意味をなさないのである。WHOは公結論する。「過去の大流行では、旅行者の検疫ではウイルスの侵入を実質的に遅らせることは出来なかった。現代ではその効果はよりはるかに少ないだろう」従ってWHOは日本の水際作戦を冷ややかに見ていた。中国や日本の「疑わしき人の停留」措置という人権侵害は不安を増幅し、地域社会での差別という問題も引き起こした。このため「隠されたインフルエンザ患者」も存在する。厚労省の医系技官の問題点は、無理な事を規則化すること、科学的現場の見識がないこと、簡単に人権侵害に手を染めることである。厚労省へのチェックシステムは政治と科学である。ところが厚労官僚からの情報のみで他に情報源を持たなかった政治家は「封じ込め作戦は科学的に可能であり、正しい政策だ」という官僚の言い分をそのまま信じたことが、チェック機能の放棄となった。官僚は公務員法によって身分を保証されているので、責任を取って辞めさせられる事がないことが、「官僚無誤謬神話」の源である。責任者はどんどん辞めさせることが出来る局長人事以上の政治任用も考えないといけない。責任を問われないままに権限を持つと堕落するという人間本性を念頭に置こう。やはり厚労省の検証は、国会で常設委員会を設けて(1日の特別審議ではなく)報告書を提出する体制が望まれる。


第33回(2009年6月17日)「新型インフルエンザ対策の争点:検疫と人権」  東京大学医科学研究所 上昌広 

日本国内では新型インフルエンザ騒動も一段落したかのようであるが、南半球では大流行の兆しがあり、今秋の再流行は避けられそうにありません。今回のインフルエンザ水際検疫については厚労省は「国内蔓延を遅らせ,体制整備に役立った」とお手盛りの御用学者を動員して、自画自賛の評価をしていますが、本当にそうだったのだろうか。英国の医学誌では「水際検疫については新型肺炎SARS、インフルエンザともに意味がなかった」と総括している。水際検疫を有効とする学術論文は見当たらない。終戦後暫くして出来た「検疫法」(昭和26年制定)は第1条に「国内に常在しない病原体が船舶または航空機を介して国内に侵入することを防止する」と書き、第35条には罰則規定「隔離または停留の処分を受け、その処分の継続中に逃げた者は、1年以下の懲役または百万円以下の罰金」と明記されている。その結果成田空港近くのホテルに濃厚接触者の停留を行い周辺に警官を配置している。まるで逃亡の恐れある不法越境者の取り扱いである。これに対してWHO国連世界保健機構は「旅行者の人権を守れ」と勧告を出した。わが国の人権意識は中国や北朝鮮と変わりないことを世界中に知らしめたようだ。憲法学者も「検疫法は憲法違反の可能性」を警告している。1990年代に人権問題となった「ライ病予防法」、「エイズ予防法」、「結核予防法」はすべて廃止になった。そこでこの「検疫法」も廃止または改正の見直し要求が出ていることにたいして、国会審議で厚労省上田健康局長は「検疫法を見直すことは時期尚早」と突っぱねた。今回の騒動でさまざまなことが分った。
@今回の新型インフルエンザは致死率が低いこと
A潜伏期間があるため水際検疫はザルであること
B普通の人が新型インフルエンザにかかったとしても、発病しないか軽い症状で済み免疫が出来ること
C今回のインフルエンザの遺伝子型はソ連型ウイルスに似ており、免疫を持った中年以上の人の発症は少なく、免疫のない青年以下の人がかかりやすい。しかし免疫力の落ちた人は重篤化することもある。
D隔離、停留を行ったのは中国と日本だけであった。これはWHOから人権侵害の恐れと警告を受けた。また欧米人はマスクは意味がないとして着用する人は皆無であった。日本ではマスク信仰はまさに社会的ヒステリー現象となり、マスクをしない人は「非国民」という差別を生み出した。
これらの経験を踏まえて、致命率の低い新型インフルエンザは検疫感染症からはずしたらどうか。(致命率の高い「鳥インフルエンザ」とは自ずと取り扱いを異にすべきである。) 検疫法の罰則規定は削除し、逃げたら刑務所行きというような「おいこら警察的」国家権力的刑罰は廃止すべきではないか。健康を守るのに刑法はいらない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年6月25日)「現場の意見をマスコミに」 T&Iメディカル・ソリューション 木村 知

著者は年中無休の診療所の医師でインフルエンザの専門家であるそうだ。今春の新型インフルエンザ騒動について、テレビではインフルエンザには素人のコメンテーターが使い捨て番組でまことしやかな「インフルエンザ論」を喋り散らかしているの聞いて一言申しあげたいということで筆を取ったようだ。インフルエンザは結構診断が難しいのである。発症して迅速検査をしても先ず陰性の結果となる。二度目の検査で陽性とでる場合がある(とくにB型の場合)。つまり医療には不確実性がつきものである。タミフルやリレンザを使用するとすぐに熱が下がるがウイルス排出可能性は高い。学校保健法で定めた「解熱後2日までは登校停止」という基準は時代遅れになった。マスコミは一次的に騒ぎたてるが、本当の危険性については無責任であるので、インフルエンザ専門医が情報発信できる場を提供して欲しいというのが著者の言い分である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年7月5日)「今からできる!現場でのインフルエンザ対策」 T&Iメディカル・ソリューション 木村 知

今回の新型インフルエンザ騒動を引き起こした政府厚生労働省の行き過ぎたアピールによって、国民の意識の中にかなりの不安と恐怖感が叩き込まれた。本寄稿は、今年秋に予想される第2次流行を前に、医療機関は想定問題集「傾向と対策」をしておこうという趣旨である。予想される「要望と質問」集が書かれているが、中心は金も時間もかかるインフルエンザ遺伝子検査が殺到することである。そこであらかじめ患者さんが心得ておくことで、パニックは避けられる。先ず熱が出た第1日目は水分を取って様子を見ることで、様態が急変することはありえないので、2日目で熱が引かなければ医療機関に行くことである。念のための検査は避けるべきである。ましてインフルエンザにかかっていない証明書は発行されない。インフルエンザであると分れば1週間は自宅で療養することだ。熱が下がったらすぐ勤めに出る、学校へ行くことは止める。感染力はあるからだ。 発熱外来とか完全なインフルエンザ対策の出来ている医療機関は実現困難というべきである。インフルエンザの検査や治療が出来るようになってまだ10年くらいである。昔は風邪には薬はないと言われた。安静だけが薦められた。早期診断と効果的な治療法の恩恵に感謝すると同時に、過剰な検査や過剰な恐怖心は避けるべきではなかろうか。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年7月7日)「マサチュセッツの州民皆保険」 ハーバード大学公衆衛生大学院 細田満和子

寄稿者は東大文学部社会学科を卒業後アメリカの大学で公衆衛生学を専攻された方で勿論医者ではない。医療行政学という森鴎外の系列にある人である。アメリカは国民皆保険制度がない「自由主義」の国である。民主党のクリントン国務長官らは皆保険制度の検討を行ってきたが、2007年にスタートしたヘルスケアー改正法によって、マサチュセッツ州(ボストン)では州内の無保険者は3%に激減した。そしてこの制度の認知度は94%に上がり、ヘルスケアー法に賛成する人は70%に達した。つまり市民権を得たということだ。この制度に反対したのが、医療でおいしい蜜を吸う、保険会社と製薬会社、医者であった。自由主義をいうのは、この業界の利益の自由のためのロビー活動のことであって、一般の人は健康保険制度を自由主義に反するとは考えていない。この皆保険制度の導入に当って、注目すべきはNPOやNGOの活動が政治家を巻き込んで行われたことである。ここが如何にもアメリカ的である。政治家・官僚にお願いをするのではなく自分らの生活のための運動に賛同を獲得するのである。


第35回(2009年7月15日)「お金がなくてがん治療が受けられないークルベック自己負担金制度を考える(上)」  東京大学医科学研究所 上昌広 

2001年11月我が国で承認されて以来、慢性骨髄性白血病患者にとって命の綱である特効薬「グリベック」(化合物名イマチニブメシル酸塩)(製薬会社スイス・ノバルティ社)は、一錠3100円、1日4錠を飲み続ける必要があり毎年450万円、自己負担額10−30%ですので1年で45万から135万円の支払いが一生続きます。「高額療養費還付制度」の適用を受ければ、本人負担が70歳以下では毎月44000円となり、70歳以上では12000円となる。慢性骨髄性白血病患者は平均66歳で発症して緩やかに進行し10年とは生きられなかった。ところが特効薬「グリベック」をブライアン・ドラッガー博士が分子標的治療薬として開発していらい、7年生存率は86%と飛躍的に改善されたまさに夢の治療薬となった。従来の治療法は骨髄移植かインターフェロン療法であったが副作用が大きく7年生存率は36%であった。この薬は休むとがんが再発しやすいので一生のみ続ける必要がある。夢の新薬「グリベック」の売上は日本だけで400億円、世界で2000億円となった。慢性骨髄性白血病の発病者は高齢者であり、高齢者世帯の平均所得は約300万円であるので、高額療養費還付制度の適用を受けて年14−53万円の自己負担は大きい。海外の先進国ではクルベックの自己負担は、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、韓国では無料であるのに対して、アメリカと日本だけが高額な自己負担が存在している。まさに日本は市場原理主義国になってしまったのだ。これを全額無料にしても日本では15億円の予算で済む。サリドマイド、アバスチンなどの難病を全て考慮しても総額は数百億円である。戦闘機1台分jか高速道路1−2Kmの製造コストに過ぎない。これはぜひ税金でやって欲しいところだ。今の政権が難色を示しているのでは政権交代をお願いする事になる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年8月4日)「新型インフルエンザ対策として今、必要なもの」 東北大学大学院 感染制御・検査診断学分野 森兼啓太

インフルエンザ感染者は、メディアは報道しなくなったが7月に入って1日100名を越えるようになった。全数報告を行う必要はなくなったので手間は省けているが、もはや患者数を正確に把握できる段階ではなく、PCR検査も出来ない。幸い今のところ死亡者は無い。患者は20歳前半以下の若年層で全体の83%を占めている。今年の秋以降に大規模な流行(パンデミック)になると覚悟しなければならない。厚生労働省の指針では重傷者の病床を確保するというが、到底不可能である。重症の定義をしないとパンクである。ワクチンの準備もこの冬に向けて1700万本であり、従ってワクチンの接種の優先順位をもうけないと、誰もが接種できるわけでない。医療関係者、妊婦、小児、基礎疾患を持つ成人が優先されるべきであろうが相当混乱するだろう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年8月6日)「がん患者の提訴した裁判の本質」 清郷伸人

著者は転移した腎臓がん患者である。インターフェロンという保険治療と、活性化自己リンパ球移入療法(LEK療法)保険外治療を受けていたという。病院は突然LEK治療を休止した。その背景に厚生労働省の混合治療の禁止という行政制度がある事に気が着いたという。この制度の法的根拠を裁判で争うことになるのだが、制度の建前は「保険治療に保険外治療(その他未認可療法、保険適用外)を併用したら、病院は保険病院の指定を取り消され、患者はそれまで受けていた医療費の保険受給分を全額返済するという」厳しい処分が科されるのである。そこで著者は、混合治療の是非そのものは争わず、個人提訴で「保健医療については療法の給付を受ける権利がある」という判決を2007年11月に確認して勝訴となった(厚生省は控訴して東京高裁で審理中)。あくまで保険料を支払った被保険者の権利の確認を求めたに過ぎない。この裁判の本質はひとつに被保険者の受給権を国が略奪する法的根拠が無いことを、憲法に定める25条生存権と14条平等権と29条財産権に照らし合わせて確認をもとめた。今回は、藁にもすがる転移がん患者の願いを受け入れない官僚の非人道性と身勝手な屁理屈に基づく「行政裁量権」を明らかにする事である。さらに「混合治療の是非」については賛否両論があり、無保険治療は既に崩れている医療の平等性(差額ベット問題を忘れて)と治療の安全性を主張する人々もおり、容易には解決しない問題である。診療保険料の決まったマニュアル通りの療法以外に、新規治療法の試みの自由を奪う事がはたして医療の公正なのだろうか。普通の人はマイケル・ジャクソンみたいに専属医師を雇い入れて、治療を行えるわけではない。アメリカの大金持ちみたいに保険以外の高額な治療費を潤沢に払えて世界最高の治療が受けられるわけではない。そんなことを心配して平等と言う観点から混合治療を禁止するのはどこかおかしい。


第37回(2009年8月12日)「新型インフルエンザワクチンで薬害が起きた場合の対策を」  東京大学医科学研究所 上昌広 

日本では新型インフルエンザで死者は幸い出ていないが、死亡者が出ることは時間の問題である。すべては統計的に出てくる。季節性インフルエンザでさえ毎年約1万人が死亡している。インフルエンザを予防するワクチンに過剰な期待を抱く人が多いが、重病化を防ぐ効果でいうと、ワクチンの型があった時には40−80%で、流行の型が合わないと10−30%程度である。したがって予防接種法では65歳以上と基礎疾患の或る人に限って接種を進めている。厚労省も全員接種するほどの効果・安全性は明らかでないと見ている。まして新型インフルエンザワクチンについてはデーターがないので、当然のことながら有効性や安全性は未知数である。ワクチンの副作用は0.01−0.001%であるといわれるので、数千万人に接種すれば数100−数1000人に副作用が出るはずである。WHOもこの副作用について注意を喚起しているが、我が国の厚労省はワクチンの危険性をアナウンスしていない。米国では1976年のH1N1型の新型インフルエンザAワクチンの4000万人への投与によって、ギラン・バレー症候群(先日なくなった大原麗子さんで注目された)という神経系の副作用が多発した。発症率は1000万人あたり49−117人であった。そこで1988年米国では無過失保証制度VICPが生まれた。ところが日本においては、国の被害救済制度ではなく、製薬会社の拠出金で賄うことになり、外資系製薬会社は無過失保証制度のない日本に対して契約したくないという。法定予防接種には「予防接種健康被害救済制度」があって、新型インフルエンザワクチンが認定される必要がある。国の新型インフルエンザワクチン被害は一定の確率で発生するはずであるから、いまから厚労省は健康被害救済の法整備を急がなければ成らない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年8月18日)「インフルンザ臨床情報を出せない厚生労働省はもういらない」 ナビタスクリニック立川 久住英二

現在のインフルエンザ罹患者は5000人を越えたといわれる。重症化するインフルエンザ臨床情報を現場の医師は欲しがっているが、国内で得られる情報は国立感染症研究所の感染症情報センターである。ところが6月5日いらい内容が更新されておらず、現場の医師は治療方法や重症化するリスクを求めている。主な情報源をアメリカCDC、英国England Journal of Medicineに頼っている。日本の医師へのアンケート調査では新型インフルエンザ情報の情報源はアメリカCDCが22%、国立感染症研究所が15%、厚生労働省は5%であったという。厚生省は医師から全くアテにされていないだけでなく、現場を混乱させる通達ばかり出してくる、無能ならまだしも妨害物でもある。医師にとってどの時点で抗ウイルス薬を投与するか、そして重症化するリスクはどの程度で、その中での死亡率はどの程度かという臨床例情報を必要とする。脳炎,肺炎で重症化する例が多いのでその臨床例を学術誌速報から学んでいる。


第38回(2009年8月26日)「ドラックラグの本当の理由:日本の薬価」  東京大学医科学研究所 上昌広 

日本の医療費削減が厚生労働省の使命となって久しい。患者の自己負担率をドンドン上げる一方で自己負担の上限を設ける高額医療費還付制度という「貧困政策」が手ぬるかった。高額な薬が増えてきたこともこの事態を悪化させている。薬の開発はがんや難病という専門的でニッチな分野にターゲットを向けていることで革新的な新薬が生み出されている。開発技術も高度化し開発コストは5年前の1.5倍に上がっている。医療費も薬価も日本では半市場で、中医協がきめる「公定価格」(薬価基準)がある。その薬価は診療報酬の削減政策のため、薬の購入価格に値下げ圧力がかかり続けている。ところが日本の薬価は劇的に安いというわけではなく、新薬もべらぼうに高く設定できないわりに、後発品(ゾロ品)の価格も7割程度とあまり下がらないというぬるま湯体質にある。したがって欧米の薬品会社は日本の市場に対しては、表向きは「承認期間が長すぎるとか、臨床治験機関が少ない」という理由で後回しにしているが、実はそれほど急いでもメリットは少なく、後から参入しても儲けはあると云うわけである。どうしても欧米の新薬が市場に投入される時期と日本で認可される時期に遅れが生じる。これを「ドラックラグ」というが、日本の薬品企業の開発能力にも問題があり、画期的な新薬が日本で開発されたためしがないのである。としても日本の市場の利益構造が必ずしも新薬に有利というわけでないため、遅れがちになる。武田薬品は日本での開発をあきらめ、開発本部を米国へ移動した。このラグを防ぐためには薬価基準を変えなければならないが、なぜか日本医師会は反対である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月1日)「インフルンザワクチン輸入をめぐる混乱」 東北大学医学部 森兼啓太

すでに累積で新型インフルエンザの被患者は30万人を超えている。これは第3段階の蔓延期に相当する。季節性インフルエンザのワクチンの効能は発症阻止効果が30-50%、死亡阻止効が80%以上と推測されている。また新型インフルエンザワクチンに、季節性インフルエンザと同じ亜型ウイルスを用いてワクチンを製造するとすれば、安全性には高い信頼を置いてもいい。しかし国産ワクチンの製造能力は年内1300万人分しかないといわれる。そこで外国のメーカーからワクチン輸入をしようとすると、有効性と安全性で議論が起きている。厚生省は7月30日、8月20日、8月26日と委員会をひらいて議論をしたが、輸入の是非、接種の優先順位などについてまだ合意が得られたとはいえない。今のところ、輸入に反対する声はないものの安全性のデータ不足で慎重な対応を求める声が多いようだ。しかし問題はワクチンの海外メーカーがワクチンの副作用について免責と無過失補償をセットにしないと契約しないそうである。著者の言い分は、「厚生省は免責と無過失補償をセットにする法整備を行い、とりあえず輸入しておくことが先決で、有効性と安全性を証明してからとなると何年さきになるかわからい」という。しかし厚生労働省の法整備でさえ何年先になるかわからないだろう。誰も火中の栗には手を出さないからだ。海外メーカーは日本への輸出枠はとってあると云うので、民主党新政権が主導して、法整備を喫緊に行うことが最善の道だろう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月3日)「インフルンザワクチン副作用の補償と訴訟の選択を考える」 厚生労働省政策官 村重直子

著者は役人としてではなくひとりの医者としての発言であると断っていますが、本人が飛ばされない限度での発言でしょうから、やはりここは厚生労働省の1人の発言と理解しておきましょう。政府の役割として全国民分のワクチンの確保を目指すべきと考えるのが、国民の命を預かる(とえらそうな事をいうが)公衆衛生の基本ですという。ところが厚生省は国内ワクチン小メーカーに依存した護送船団方式で必要なワクチン量はハイリスク集団用に5300万人分であるといった。今現在年内の国産ワクチンは最大1700万人分であるという。舛添大臣は8月29日選挙遊説先で「6000万人から7000万人分のワクチンは確保できる」と見通し語った。すると必要分は輸入のめどが立ったということになる。しかし問題は有識者会議であいかわらず「輸入品の有効性と安全性が未確認」といって輸入に否定的な委員がいる。では国内品の安全性と有効性はどのようにして確認したのかと逆に質問したくなるのは私一人ではないだろうか。ワクチンには副作用がある事は考えなければならない。毎年季節性インフルエンザワクチンで2-5人が亡くなっているし、副作用としての「ギランバレー症候群」や「急性散在性脳脊髄炎ADEM」は100万人に1-2人程度はでる。もし7000万人に接種したら、70-140人の副作用患者がでる事も覚悟しなければならない。そこでフランス・アメリカでは免責制度と無過失補償制度が出来ている。補償金額を裁判所の決める賠償額と同程度にして患者はこれを受け取るか訴訟するかを選択する。無過失補償金を受け取れば訴訟はしないので、薬品メーカの免責が出来るわけである。このような仕組みで患者の90-95%は裁判よりも補償金を選ぶのである。補償基金は税金で賄われている。ところが、日本では無過失補償金制度はあるが、訴訟も出来るということで、かえって訴訟がやりやすい制度となっている。国とメーカから賠償金の二重取りが出来る。これは免責制度がないからである。グローバルワクチンメーカーとしては薬害訴訟を受けるリスクが高いので、わざわざ日本に売りたいとは思わない。新型インフルエンザワクチンに限らず、医薬品が日本になかなか導入されないのというドラッグラグの問題は、日本に免責制度がないせいである。そこでというか8月26日舛添厚生労働大臣は有識者との意見交換会で「感染症法と予防接種法の改正をおこないたい。免責事項と補償も入れたい」と発言され、一躍この問題に明るい見通しが出てきた。民主党新政権はこの政策を受け継いで実現していただきたいものだ。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月4日)「ニューヨーク2泊3日の医療費について」 EASTON 国際税務職 肥和野桂子

本投稿記事は9月1日、2日、3日、4日と小分けして提出されているが、前の3回分は個人的な顛末を書いたもので、社会的問題的となるのは「診療費」についてであるので、第4回分だけを紹介する。投稿者の夫が強いめまいを感じて救急車で病院に運ばれ、緊急処置ERを受けエコーなどの検査をして3日目に退院した時の医療費請求のことである。ベットは二人用の部屋で結構よかったそうだ。病院側からの医療費請求書は以下であった。(ドルでは分りにくいので、1ドル=90円で換算する)@救急車5.5万円、AER使用料5.8万円、BER医療費27.7万円、CER薬代2.7万円、Dベット2泊77.3万円、E入院時付随料金13.2万円、Fエックス線検査5.5万円、G一般治療2.2万円、H診察料 3.6万円 合計143万円であった。アメリカの総医療費はかなり高い。「盲腸」だと日本で30万円、アメリカは216万円、ロンドン151万円、上海65万円だという。アメリカのベット代はべらぼうに高いので、米国の入院は集中治療室化してきており、普通の入院治療は介護施設で行う傾向にあるという。勤務先をけいゆして加入している健康保険は「エトナ」という健康プランの一つであった。保険の内容を示すと、保険料は家族三人が対象で月4.3万円だ。病院がプラン指定の医療機関のネットワークに所属しておれば、個人負担は2割で、ネットワーク以外の病院を使うと4割だ。とすると今回の場合の個人負担は28万円程度で済みそうだ。健康診断はネットワークでは無料、ただし診察1回のコペイは2250円である。ただし家族三人の場合ネットワーク内で最初の54000円までは全額自己負担(保険適用免除)である。また自己負担最高限度額は家族三人対象で270万円である。あとは保険がカバーしてくれる。健康保険は会社を通じないで、個人で入ると家族三人で月13.5万円くらいになり、米国の5人に1人は無保険者である。従って病気になると自己破産である。大会社の健康保険に入れることは一つのステータスであり、中小企業や自営業者はその恩恵が少なくなる。結論は日本の健康保険制度はすばらしいということだ。米国は民主党政権で今年秋にこの健康保険制度の仕組みを改革しようとしているが、オバマ大統領が頓挫しないことを祈るばかりである。高い保険料で潤って、加入者の医療の権利を厳しく制約する保険業界の猛烈な反対ロビー活動に屈しない事を祈る。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月6日)「タミフル耐性菌」 T&Iメディカル・ソリューション 木村 知

著者は「総合臨床医」で年中無休の診療所の医師、インフルエンザの専門家であるそうだ。先回は「メディアのいい加減なインフルエンザ情報」を揶揄したが、今回もまた「何もかも中途半端な新型インフルエンザ対策」について書いている。この投稿記事の題名「タミフル耐性菌」って間違っているでしょう。インフルエンザはウイルスであって細菌では有りません。まあ主婦の医学知識はその程度なのですということの暗示なのです。今年7月3日の読売新聞に「国内初のタミフル耐性、大阪で確認・・・リレンザは効果」という記事があった。この記事は若しリレンザがなかったなら患者は回復しなかったのかという疑惑を生んでしまう。とかくメディアの表現は中途半端である例。7月22日厚生労働省は「患者の全数把握は終了しクラスターサーベランスに移行」という通達を出したが、遠くの昔から全数把握など放棄されていた。いわゆる「患者隠し」で、関西方面へ行ったのでなければ季節性インフルエンザで対応する保健所の指導があった。そして今回のクラスターサーベランスの指針も極めていい加減で、どの医療機関の実施しないであろう。あいまいで中途半端の極みである。もや現場では新型キットもない状況では、新型か季節性なのか区別をする気もなくなっている。中途半端ついでにあの不潔なマスクについて一言。診察室や待合は高濃度汚染区域であり、マスクも汚染されている。気休めにもならない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月7日)「平成の大本営 医系技官問題を考える」 厚生労働省 木村盛世

今回の新型インフルエンザの致死率は0.5%程度といわれ、1918年のスペイン風邪では2%、季節風インフルエンザでは0.1%であるので毒性はそれほどでもないのに、なぜ厚生労働省の一人芝居による人的被害が猛威を振るうのだろうか。既に「蔓延状態」であるのに、追跡調査(濃厚接触者調査)を行うのはインフルエンザ対策の有効策ではないし、インフルエンザに合った対策は何なのか分っていない。ワクチンが足りないなら輸入できるならその対策として海外メーカに対して免責規定を整備すべきで、国民には副作用の根本的理解を議論すべきなのに、いまだに検疫、学校閉鎖、マスク、タミフル備蓄などの枝葉末節にこだわっている。蔓延期の学校閉鎖は母親の負担を増し経済損失は測り知れない。検疫騒ぎには「人権無視」を平気でやってしまった。こういった厚生労働省の醜態ぶりはどこから来るのだろうか。それは医学現場を知らない、臨床経験のない医系技官(医者免許を持った官僚)のなせる技である。これに対する対策として、まず緊急策として、現在の厚生労働省医系技官出身幹部を全て首にすることであり、医療現場から人材を投入することである。そして医系技官に「公衆衛生学」を研修させることである。そのような大学を日本に導入したらどうか。アメリカから優秀な頭脳を引き抜けばいいだろう。週1回医系技官に外来診察を義務付け今の現場感覚を身につけることであろうか。メリーランド州では医系技官であろうが基礎医学の教授であろうが週1回の外来診察が義務付けられている。医療現場を知らない医系技官は医師免許を返却して事務官僚に移るべきである。現場を知らずして現場指揮官たることはできない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月8日)「インフルエンザ簡易検査キットが手に入らない」 和田内科クリニック院長  和田真紀夫

インフルエンザ検査では発熱初日で陽性に出る確率は50%ぐらいである。発熱患者に対しては解熱剤を与えて明日高熱が続いているようであれば来院して検査することで帰宅させる。ところが検査キットが入荷しないのだ。心配してくる患者さんも含めてインフルエンザ患者が1000万人発生すれば、検査キットは2,3000万人分が必要である。このような状況は今年5月段階で予測できたのに、なんら行政側は供給体制の整備を行ってきていない。医療側への側面援助なしに、変な指針ばかり出して現場を混乱させる厚生労働省はもう要らない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月9日)「米国における新型インフルエンザと糖尿病」 ベイラー研究所  松本慎一

著者は糖尿病に関する膵島移植に取り組んでいる。移植は免疫抑制剤を使うためと、糖尿病患者は易感染性があるため新型インフルエンザは深刻な問題となっている。CDCの報告によると、8月22日の時点で新型インフルエンザの入院患者は8843名、死亡者は556名(日本は10名)となった。米国の対策はワクチンを数億人分準備しているが、今秋終わりに出回るまでは通常のインフルエンザワクチンを接種することである。米国はワクチンが不足するとは考えていません。出回るまでの間の優先接種順位を示した。ワクチン接種は学校や病院・職場はいうに及ばず、コンビニやファーストフーード店でも行える。米国でも日本でも入院患者の約5%は糖尿病患者である。これは喘息・妊婦・免疫不全についで4番目に多い基礎疾患であると認識している。糖尿病患者に対するワクチンはインフルエンザと肺炎球菌ワクチンである。糖尿病患者には感染症にかかると血糖値が上がり食事量が減る「シックディ」という特有の症候があり、そのため「シックディ・ルール」を設け、またインフルエンザ対策の呼びかけを行っている。


第39回(2009年9月9日)「民主党政権で医療はどうなるか?」  東京大学医科学研究所 上昌広 

民主党のマニフェストの中で最も評価の高かった領域は医療でした。これはかねてより医療問題に取り組んでいた民主党議員がいたからで、要を得た政策提案は専門家の高い評を得た。ただ時代のシーラカンス(自民党べったり)の日本医師会だけは「判断できない」と評価を避けている。そして9月2日には羽生田常任理事は「民主党に献金する」といって擦り寄ってきたが、民主党の仙谷衆議院議員は日本医師会の旧態依然とした姿勢を批判し、鈴木参議院議員は「企業献金は受けない」というマニフェストを読めと玄関払いをした。政権を獲得したからといって民主党には、来年夏の参議院選挙がある。ここでも絶対多数を取らないと安定した政権とならない。逆ねじれになると自民党の二の舞である。まさか民主党が2/3条項を使うわけには行くまい。すると成果の見えやすい政策に取り組む必要がある。医療問題はそれほど金のかかる話ではないから、がん患者の負担軽減、レセプトオンライン請求の見直しを行うべきだ。健康保険の一元化、後期高齢者医療保険の撤廃などは参議院選挙後になるだろう。厚生労働省とは仲が悪い菅直人氏が国家戦略局と副総理になると、厚生労働省は戦慄を覚えるであろう。国家戦略局設置には法改正が必要なので当面は戦略室を創設し、医療問題ブレーンの働きぶりが期待される。自民党がばら撒いた補正予算「地域医療再生基金」3100億円を中止し、民主党がいう地域中核病院の入院診療報酬の増額に使うであろう。インフルエンザ対策としてワクチンの免責と無過失補償問題は避けて通れない。海外ワクチンメーカーが免責条項がないと日本と契約しないからだ。足立議員(政調副会長)は長年免責・無過失補償問題に取り組んできた。この問題は民主党で緊急に進めなければならない。民主党はガン・インフルエンザ対策に3000億円を準備するといってきた。このJMMのメディアに投稿している厚生労働省官僚も出てきている。木村盛世氏、村重直子氏らは厚生労働省の医系技官の暴走について告発をしている。厚生労働省の年金問題、高齢者医療保険問題、インフルエンザ対応について厚生労働省の政策の過ちが自民党惨敗の原因でもある。舛添氏の登場は遅かった.国民の不満と不信はぬぐえなかった。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月10日)「簡単に発熱外来というけれど」 長尾クリニック(尼崎市)  長尾和宏

インフルエンザ対策として厚生労働省は通達で、「発熱外来」は「時間的、空間的に動線をもうけ・・・」と医療機関に指示しています。いかにも官僚的文章の極みというべきでしょうが、これでどうしろというのでしょうか。そもそも発熱や症状から新型インフルエンザを見分けることは医者にとっても難しい。「時間的」には医者に昼休み・夜を返上しろということです。過重労働を平然と言い放っています。「空間的」にいたっては漫画的です。玄関から診察室、そして薬局までどうして分離するのだろうか。一つしかないのです。大規模病院なら空き室に発熱外来の看板を出せばいいのですが、廊下を分離することは不可能です。まさに発熱外来とは絵に描いた餅である。簡易検査キットもなくなり、健康保険では検査は1回きりですが、発熱の初めにはキットでは陽性にならない場合もある。発熱48時間が治療効果の境界であることを考えると、PCR検査は遅すぎて治療に間に合わないことや、簡易検査キットは2回行えないことから、もはや現場では「検査無用論」まで出ています。また濃厚接触者にタミフルを予め投与することは保険が適用されない。今秋の大流行を前に政府は医療費削減政策を捨て医療機関を支援するため予算を投入すべきです。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月11日)「新型インフルエンザ対策が爆発的流行を引き起こす」 T&Jメディカルソリューションズ 木村知

夏休みがすんで、町の診療所は真冬ほどではないが風邪症状の子供の患者さんで溢れている。なぜこのように多いのかと不審に思って母親に受診理由を尋ねると、「毎朝登校前に体温を測り、体温が37度以上なら学校を休んで直ぐ病院に行くこと。新型インフルエンザでないことを確認してもらってから登校するように」という指導があったという。ところが近隣3市の教育委員会に問い合わせるとそんな通達は出していないとのこと。恐らく教育現場での過剰反応ではないかと疑われる。厚生労働省は院内感染を防ぐため発熱外来を時間的・空間的に隔離することと通達を出したが、こんなことは出来ない相談である。患者は素人であるので自分が新型インフルエンザにかかっているかどうかかどうかはわからない。だから何時でもどこでも病院や診療所に紛れ込む。つまり一般的な医療機関での待合での院内感染を防ぐことは不可能と考えるべきである。「新型インフルエンザ対策」と過剰反応するがために、そうでない患者さんを一番濃厚なリスクの高いところつまり病院や診療所に送り込むことになって、爆発的感染を引き起こすのではないか。インフルエンザ感染拡大の予防策は、逆説的ではあるが病院へ行かないこと、おかしいなと思ったら自宅安静、そして不要不急の受診はしないことである。簡易検査キットもふんだんにあるわけではない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月12日)「産業保健における新型インフルエンザ対応への提言」 長尾クリニック(尼崎市)  長尾和宏

これまで家族にインフルエンザ感染者が出た場合、濃厚接触者ということで「出社禁止」を受けたという話があるが、現在は「濃厚接触者でも無症状であれば出社してもいい」ということになっている。まして「インフルエンザでない事の証明書をもってこい」とは無体な要求です。この様に現場は混乱しているが、濃厚接触者にもタミフルの予防投与が健康保険組合で出来るような経済的援助はないものだろうか。産業医の責任でタミフル備蓄が可能になる規制緩和を御願いしたい。産業医と企業が緊密に連絡を取って、サービス業の従業員に対する配慮などが蔓延防止には必要です。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月17日)「新型インフルエンザワクチン接種の優先順位、決められますか」 T&Jメディカルソリューションズ 木村知

厚生労働省は9月4日付けで「新型インフルエンザワクチンの接種について」素案を公表した。優先順対象者として医療従事者、妊婦、基礎疾患を有する者が挙げられている。基礎疾患として、呼吸器疾患、心、腎、肝、神経、神経筋肉、血液、代謝性(糖尿病など)疾患、免疫抑制状態などを挙げている。問題は疾患の程度の定義がないことであろう。糖尿病でも食事コントロール可能な人とインシュリン注射の人の区別がない。たとえばHbA1cの数値で分けて有れ考え易いのだが。判断はかかりつけの医師に任されている。患者さんを目の前にして選別することは、人の情けと信頼関係からして不可能である。患者さんに効果も副作用も不確かなワクチン接種について説明し、常連患者さんを選別できるような鉄の精神を持った医者はいないでしょう。すると病名を言われて接種を希望されると、医者は応じざるを得ない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月18日)「日本のライフサイエンス分野は、次世代産業になりうるか?」 ベイラー研究所  松本慎一

オバマ大統領は経済活性化の切り札として@公正な科学技術政策の再構築、A基礎研究への投資拡大、B理数教育の強化、C民間のイノベーション促進、D21世紀グランドチャレンジへの対応の法案を通した。公正な科学技術政策の再構築とは、科学技術担当大統領補佐官を任命、上級レベル職員に科学的素養を考慮、科学技術諮問委員会の中立性を確保する委員選出ガイドラインの設定、政府が関係する研究の評価と公開のためのガイドラインの課題設定を行い、オバマ大統領は科学技術政策の公正化に真剣に取り組んでいる。そして21世紀グランドチャレンジとして、医療、生産技術、交通、農業を優先課題とした。ライフサイエンス研究のメッカNIHに2年間の約2兆円の予算をつけた。全米のライフサイエンス研究所部門は、予算獲得のため2万件の研究申請がするという熱の入れようだ。全能ES細胞研究などの探索医療研究(TR戦略)を実用化に導くために巨額に費用を投入している。日本は安全性の確保に重点が置かれ、新しい医療を自主開発するより、臨床で実証された医療技術の輸入に頼ってきた。日本政府はライフサイエンスを大きな産業技術として育成するために、戦略として捉え投資しなければ米国に置き去りにされるであろう。ライフサイエンス分野は、二番手技術に終始していた産業を創造産業に変える分野であろう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月22日)「脱官僚が変える医療の現場」 ただともひろ胃腸科肛門科 多田智裕

8月29日選挙の前日に、前内閣府審議官が「国民健康保険中央会」の理事長に駆け込み天下りをしていた。この「国民健康保険中央会」の主な仕事は診療報酬の審査支払い業務になる。この診療報酬点数を決める「点数計算表」は実に膨大で1000ページを超える分量である。医療事務のための専門学校の2年間でも覚えることは不可能なくらいだ。しかも矛盾だらけの計算表である。官僚は自分達の仕事を維持するために仕事を意図的に複雑化していると疑われてもやむをえないと思われる代物だ。医療現場では審査支払い業務は審査で疑問が生じないようにそれは大変な仕事になっている。これを簡略化すれば随分楽になるはずだ。鳩山内閣が9月16日に誕生して高く掲げたのが「脱官僚宣言」である。簡素化して官僚の規制とチェック業務を現場の裁量に任せることが必要であるが、それは現場の高い社会的的責任を果たす事になる。国民に覚悟と自覚を要求されることである。


第40回(2009年9月23日)「民主党の医療ガヴァナンス」  東京大学医科学研究所 上昌広 

医療行政はひとり厚生労働省のみで決まるのではない。今回の鳩山内閣の人事、とくに医療人事については五つの省や局で重要な変化が見られそうだ。
@国家戦略局:菅大臣は医療には関心はない。関心の中心は官僚から政治主導へという政治システムにある。しかし菅直人大臣と仙谷行政刷新担当大臣の副大臣である古川元久氏は元財務官僚出であるが民主党の医療問題には造詣が深い。
A行政刷新会議:仙谷由人大臣は「コンクリートから人へ」、「タテ割り、補助金、天下りという日本の大病にメス」を政治信条として民主党の医療政策の第1人者であり、多くの実績がある。各種審議会や国立病院の病根にメスを振るわれることを期待する。
B厚生労働省:長妻大臣は年金問題、長浜副大臣は年金問題、細川副大臣は労働問題、山井政務官は介護福祉問題、足立政務官は医療を担当する。足立政務官(参)は外科医で筑波大学助教授まで勤められた豊富な臨床経験を持っている。医療事故問題の専門家でおおいに期待が持てる。
C文部科学省:鈴木副大臣(参)は教育・医療のエキスパートとして活躍しています。文科省が所轄する医学部定員問題、医学教育問題の見直しは多いに加速するでしょう。また鈴木氏は元経産省官僚でライフサイエンスへの造詣が深く、早速「最先端研究開発支援プログラム」の見直しを開始した。
D総務省:公立病院、救急隊を管轄する省である。医療の専門家はいない。
今回の閣僚人事では民主党の医療政策を主導してきた仙谷由人、鈴木寛、足立信也らに適切なポジションが与えられた。今後厚生労働省の官僚達の反撃、いわゆる「レク責め」で籠絡を図ってくるであろう。新閣僚の「人間力」に期待したい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月25日)「緑虫との闘いー在宅医療車両の駐禁取締への提言」 長尾クリニック(尼崎市)  長尾和宏

「緑虫」とは路上駐車取締員の緑の叔父さんのことで、在宅療養支援診療所の訪問診療車両が彼らに狙い撃ちにされて、駐禁違反処分を受けた診療スタッフのモチベーションが低下している。07年に成立した「がん対策基本法」は「在宅での療養と看取り」を勧めている。1年365日、24時間対応を義務つけられている在宅療養支援診療所の訪問車両が患者さんの家の前で「駐禁除外車」の標章をつけて駐車しても、緑虫は道路交通法違反(右側駐車、歩道乗り上げ、消火栓前駐車・・・・・)で切符を発行するのである。救急車、パトカーなど緊急車両であれば違反にはならない。これでは落ち着いて訪問診療はできないし、患者に駐車代や違反料金を請求するわけにも行かない。スタッフ個人の道交法違反となり、スタッフは意気消沈する。長尾クリニックではこの3年で13件捕まった。大都市では「駐禁除外車」の標章の効果があるところが極めて少ない。又緑虫はヤクザを避けて、医者看護師や介護師のようなまじめな者は効率がよいと言って狙い撃ちするそうだ。地元警察と相談しても、厚生省との連絡がないため埒が明かない。そこで政権が変わった時に「在宅医療車両の緊急車両扱い」が法的に認めるように要求したい。あるいは訪問医療や訪問介護車両の道交法適用緩和措置の通達を出すよう御願いしたい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月26日)「民主党に現状認識に立脚した医療政策を期待」 虎ノ門病院泌尿器科部長 小松秀樹

小松秀樹氏はこの投稿の1/3を自民党と民主党の政治問題に費やされているが、これは医療問題の枠外なのでオミットする。「医療政策は規範ではなく、現実の認識に基づくべし」というのが本論の趣旨である。その反対の「規範論」でいつも失敗しているのが厚労省医系官僚である。その漫画化が今回の「新型インフルエンザ騒動」であった。日本軍の水際作戦宜しくメディアを動員して華々しく空港の戒厳令をやってのけたが、結果は惨憺たるもので、汚染物である防護服を着たまま検査員がウイルスを拡散させただけであった。医師の基本である「ガウンテクニック」を無視した。インフルエンザの防止ではなく、義務を果たしている地球防衛隊員というパホーマンスと責任逃れに過ぎなかった。そしてやたら現実無視の事務連絡を多発して、出来もしない「発熱外来」、報告などで医師らを疲弊させた。医療政策は規範ではなく科学的帰納法と定量的思考で冷静に行わなければならない。いま赤字体質が問題となっている国・自治体病院や社保病院の医療崩壊は歴代政府の医療費抑制が最大の原因だという見方もあるが、確かに公的病院に対して建築物や補助金で支配を強めてきた厚労省の医療政策は破綻した。民主党に期待するのは、公的病院をそのまま残すことが国民のためになるのかどうかを公正に考えていただきたい。病院医療の80%以上が民間で担われているので、公的病院への補助を診療報酬のアップにつなげるべきではないか。また混合診療問題もメリット・デメリットを良く考えて判断して欲しい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月27日)「日本のライフサイエンス研究強化の起点にー最先端研究開発支援プログラムの見直しに期待」 ベイラー研究所ディレクター  松本慎一

9月19日、民主党政権の文部科学省副大臣鈴木寛氏は「最先端研究開発支援プログラムの見直しを発表した。このプログラムは全30件総額2700億円というかってない規模の大型研究助成である。その趣旨はいいものの、選考過程に問題があるようだ。約500件の応募をまえにたった一つの審査チームがわずか1ヶ月で選考したという。なんか不透明な無理のある選考であった。米国のライフサイエンスのメッカであるNIHのグラントは大変格の高いもので、これを獲得すると1人前の研究者と評価されるほどである。NIHでは審査はスタディセクションが行い、300をこえる専門分野ごとに審査チームが編成され、審査員名は公開され、第1次、第2次審査と通常約10ヶ月かけて選考する。日本の審査は拙速に過ぎたのではないか。恐らくボスに選考を一任した不透明なものではなかったかという疑念が残る。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年9月28日)「政府の新型インフルエンザ対策の見直しに関する提言」 新型インフルエンザから国民を守る会共同代表 森兼啓太(東北大学感染制御)、森澤雄司(自治医大感染制御)

2009年春に発生した新型インフルエンザに対して、政府の取ってきた対策がかえって医療現場と国民を混乱させたのではないかという反省に立って、政府に「新型インフルエンザ対策行動計画」とそれに関連する感染症関連法規の見直しを提言するというものだ。この「守る会」の主体は90%以上が医師である。なおここにいう政府とは9月以前については自民党政府であり、その施策の反省の上に立ってこの提言は民主党政府に対してなされている。新型インフルエンザは発生防止も感染阻止も不可能であると云う認識を前提としている。「蔓延防止」、「封じ込め」、「感染拡大阻止」といったことが可能かであるように、国民に誤解を与える言葉を使用し、広範囲な社会的介入を行った政府の行動はコストマンパワーや社会経済的ダメージに対してあまりに効果の少ない施策であった。新型インフルエンザ対策は「ピーク時の感染者数を減らして、医療機関への負担を少なくする」、「感染者数ピークを遅らせてワクチンや抗ウイルス剤や医療器材の対応準備時間を稼ぐ」の二つを目標とする。
[T] 社会的介入について
1、水際対策:新型インフルエンザ対策で日本と中国がとった「隔離」、「身柄停留」は効果はなく人権侵害であるとWHOから指摘された。逃げたら拘束し罰則を科すという「検疫法」から特例を除き隔離、停留に関する罰則を削除しなければならない。
2.「新型インフルエンザ等感染症」定義の見直し:感染症法における今回の新型インフルエンザを致死率の高い鳥インフルエンザと区別し定義しなおすこと。そして指定・解除の要件を見直すこと。
3、学校、保育所、事業所等の閉鎖、知事による就業制限の対象からの除外:米国のような重症度から三段階のレベルを設け、閉鎖するかどうかのガイドラインを示す。学校などの意見を聞いて柔軟に対処する。新型インフルエンザを知事による就業制限に関する勧告・措置の対象から除外する。
4、ワクチン製造・接種:ワクチンの効果に関しては十分な証拠はないことを踏まえ、副作用のリスクに対応することが必要だ。2009年12月までのワクチンの国内製造能力は1700万人程度、輸入ワクチンは3000−4000万人分で当然優先順位について国民に情報を提供しなければならない。国策としてワクチンを接種するなら予防接種法に位置つけなければならない。今の予防接種方では65歳以上と60−64歳の基礎疾患のある人だけが位置づけられていることも情報をきちんと国民に知らせること。
[U] 医療について
現行の「新型インフルエンザ対策行動計画」では、蔓延期になったら変更する措置が多く、厚労省の一篇の通達で医療現場体制を大きく舵切ることが出来るような書き方である。これは現場を知らない官僚の作文である。対策は医療現場の判断に従うことが基本である。厚労省は医療現場が必要とする物資や資材、施設の材料を前もって手当てすることに徹すべきです。医療現場の主役は専門家の医師であり、役人の指示命令はかえって現場を混乱させる。
1、発熱外来:発熱外来で対応するか、すべての医療機関で対応するかは、地域の連携と各医療機関の判断に任せる。
2、知事による入院措置の対象から除外:感染症法における知事による入院措置は身柄の拘束に等しい事件侵害である。入院勧告・入院措置の対象から新型インフルエンザを除外し、入院の必要性は医師が判断すること。
3、抗ウイルス剤にいる治療および予防投与:何時、誰に投与するかは医師の判断すること。
4、医療従事者の補償:厚労省は医療従事者の感染被害にたいする補償を行うこと。
5、診療報酬:最低限の院内感染防止対策を講じるため資材人材の医療報酬を定めること。
6、血液製剤:献血量の減少が予測されるので、今から不活性化処理血液製剤の確保が必要だ。
[V] 情報収集、情報公開について
1、臨床情報の公開:臨床疫学情報を公開すること。
2、公衆衛生情報の公開:耐性ウイルス、抗ウイルス剤備蓄量、感染拡大状況を公開しなければならない。
3、国民への情報公開:抗ウイルス剤、ワクチンのメリット(効果のエヴィデンス)、デメリット(副作用)情報を公開すること。
4、厚労省による情報収集に関する説明責任:感染症法第12条の届出義務が有名無実化している(2009年7月24日届け出数860件、別途調査患者数5000人)。医師に罰則を科してまで、形骸化した新型インフルエンザ届出義務を法の対象からより除外すべきである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月6日)「新型インフルエンザワクチンに思うことー10mlバイアル瓶ってウソでしょう!」  自治医大病院感染科 森澤雄司

ワクチンが10mlバイアル瓶で供給される方針となった。我国ではインフルエンザワクチンは1mlバイアルが普通であり、成人の皮下注射量は0.5mlである。10mlのバイアルでは20人分ということになり、注射器、バイアル容器口の衛生性のトラブルが心配される。先進国ではワクチン出荷の際に注射針のついた注射筒に薬液が入っている「プレフィルドタイプ」が多い。もちろん注射器はデイスーザブル(使い捨て)、容器はアルコール消毒、被接種者ごとに注射針・筒は取替えが原則となっているが、計算上はエラーの頻度は20倍となる。なぜ厚労省はこのような方針にしたのだろうか。納期前倒しと予算節減のための一挙両得を狙った処置であろうが、安全性を無視した軽率で杜撰極まる猿知恵である。どうも厚労省は先進国ではないようだ。


第41回(2009年10月7日)「新型インフルエンザに対するワクチン接種の基本方針を読む」  東京大学医科学研究所 上昌広 

10月1日政府は新型インフルエンザワクチン接種の基本方針を発表した。この方針に対する論点を整理し、民主党政権と厚労省医系官僚の対立点がどうなったかを検証してゆこう。
1) ワクチンの確保は大丈夫か
国産ワクチン2700万人分、輸入ワクチン5000万人分を確保し、年内に国民の20%に接種するということだが、年内接種目標は米国・イギリスで50%、フランス77%、カナダ78%に較べると日本のワクチン備蓄は大変な遅れを生じているといわざるを得ない。
2) 厚労省はワクチン輸入になぜ消極的だったのか。国産ワクチンに固執する理由は
海外ワクチンメーカとの仮契約をむすんでおきながらその後フォローせず、厚労省医系官僚は輸入にたいしてサボタージュしたようだ。それを正したのが前内閣の舛添大臣であった。彼の決意によってワクチン確保が可能となったといえる。日本のワクチンメーカーは化血研、阪大微研、北里研究所などであるが、従来の鶏卵培養法によって大量生産能力が無く国内メーカーを保護する厚労省が輸入障壁となっていた。今後とも厚労省は古い護送船団方式でワクチン増産をするつもりなのだろうか。
3) ワクチン個人負担金 6150円は高すぎる 無料にすれば
先進国ではワクチン接種は無料です。日本で6150円の自己負担はかえって接種する人は減るのではないだろうか。集団免疫という観点からは国民の70−80%は免疫を持っていることが必要である。もし無料にするという判断を民主党政権が選択すると、総額約5000億円が必要になる。長妻大臣と官僚の間で、補正予算の見直しとワクチン接種自己負担がバーター取引されたのではないだろうか。
4) 輸入ワクチンは本当に危険なのか
厚労省は輸入ワクチンの安全性について、使用経験が無いこと、アジュバント(免疫補助剤、結核菌死菌など)の使用、細胞培養法などの危険性をあげている。輸入ワクチンメーカーは今回スイスのノバルティスファーマと英国のグラクソ・スミスクラインの2社である。ノバルティスファーマ社はMDCK上皮細胞を用いているが、厚労省は腫瘍発生を懸念している。これは専門家から見ると非常識な言いがかりにすぎない。アジュバントは2007年より欧州で承認されたが大きな問題は指摘されていない。ノバルティスファーマ社はMDCK上皮細胞とアジュバントを用いて治験を実施中で、国産ワクチンには治験さえやっていない。これではどちらが安全なのかわからない。
5) 医学の常識を逸脱した 10mlバイアル瓶供給
自治医大病院感染科 森澤雄司の指摘にもあったように、接種のミスを増す危険に繋がるので、医者の常識からしたら考えられない愚策だそうだ。
6) 副作用の補償制度
新型インフルエンザワクチンは「予防接種法」に位置づけられていない。国が接種するのではなく、あくまで個人的な民民契約に過ぎない。この場合副作用が出ると医薬品医療機器総合機構PMDAが運営する健康被害救済制度で補償される。製薬会社の基金で運営される。したがってワクチン事故があった場合、被害者は個人で製薬会社や医療機関を相手取って訴訟を起こさなければならない。被害者の負担は相当なものになる。
7) 海外ワクチンメーカーに免責制度を作らず、国が訴訟費用を肩代わりするとは
輸入契約に際して、海外会社が訴訟で敗訴した場合に、国は賠償金を肩代わりすることを約束したそうだ。免責制度もなく(今後法案化するとして)賠償金だけを肩代わりするわけである。全く曖昧な約束事である。厚労省は無過失補償・免責制度が出来るまでは、法定接種にしてやることが最良の方策である。限りなく官僚統制のもとで法定接種らしく行い、責任と賠償は回避するのが厚労省の方針と見られる。 8) 民主党政権で厚労省のガバナンスは変わったか
今回のワクチン接種方針は権力交代の隙間をぬって厚労省医系官僚の主張どおりにきめられ、民主党の長妻大臣のガバナンスが発揮されないままに終っている。まだ舛添大臣の方が指導性を発揮した。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月10日)「インフルエンザ騒動を前に漢方を活用した日本型医療の創設を」 慶応大学医学部漢方医学センター長 渡辺賢次

今日のインフルエンザ騒動を前に漢方医は歯がゆい思いで見ている。抗ウイルス剤のタミフルと同等の効果が「麻黄湯(まおとう)」にもあるからだ。民主党のマニフェストにも「漢方を含む統合医療」が盛り込まれている。ところが中国政府は乱獲を理由として1999年麻黄、甘草の輸出を規制した。生薬の原料の高騰は、2002年のSARS流行の時タミフル(シキミ酸)の原材料である「八角」の価格が10倍に高騰したと聞く。原料が高騰しても生薬の薬価が低すぎることがネックになっている。「麻黄湯」の一日薬価は55円、「葛根湯」の薬価は73円、一方「タミフル」は一日618円である。風邪かなと思ったら「麻黄湯」、「葛根湯」を服薬すると、たいてい2,3服で済んでしまう。ここ20年来の欧米での生薬ブームによって原料価格は上がっており、薬価が低いと「逆ザヤ」商品になりかねない。日本の生薬の自給率は15%にすぎず、中国の生薬輸出国は日韓から欧米にシフトしつつある。日本における生薬産業の急速な衰退と人材不足は今後の漢方医学のため危惧すべき状態にある。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月15日)「今、新型インフルエンザにどう対応すべきか」 神戸大学医学部付属病院感染症内科 岩田健太郎

1)新型インフルエンザA(H1N1)は今年3月に見つかったばかりで、まだ何も分らない状況である。
2)国内産ワクチンの安全性も有効性もわからないし、臨床試験さえ行っていない状態でいきなり本番使用である。妊婦や基本疾患のある人へのデータは検証不十分である。社会全体へのワクチン接種ではたしてどのような抑止効果があるのかは、数学モデルではデータ不足で予測も付かない。
3)誰がワクチンを優先接種されるべきか、又基本疾患の定義と線引きは出来るのか、これを厚生労働省に求めるのは無理である。現在の妊婦の死亡者はゼロ、入院者は7人である。妊婦の数は65万から100万といわれているので、極めて低いリスクにしかなっていない。「妊婦は危ない」という噂はどうも怪しい。
4 )2005年度超過死亡率から計算した季節性インフルエンザの死亡率は0.09%といわれているが、それは年度によって5倍ほどのばらつきがある。新型インフルエンザの日本での死亡者は現時点で20人であるので推定100万人の患者にたいして死亡率は0.002%でまだ極めて低い値である。新型インフルエンザの死亡率の国別データはない。分母の定義や統計把握精度も怪しいので信用していいものかどうか迷う。
5)タミフルを誰に出すべきかについては意見がわかれる。WHOやCDCは軽症患者には出すことはないといい、日本の感染症学会は全例に出すべきという。価値観のもんだいもあり、要は医者の裁量で行われるべきだ。普通の人にはタミフルを出さなくても2,3日でよくなるという。
6)検査は誰に、何をなすべきかは治療とリンクしているので、全例にタミフルを48時間以内に投与するというなら検査は不要である。PCR検査は外来では殆ど実施されていない。外来では合併症リスクの高い患者さんには原則的に「オセルタミビル」治療を推奨し、軽症患者さんには患者さんと相談の上、抗ウイルス剤を投与するかどうかを決定する。肺炎を疑う場合には抗ウイルス剤と抗菌剤を投与するという。
7)プロの臨床医は行政に治療指針を聞いてはならない。厚労省は臨床の素人である。現場の事は現場できめるのがプロである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月16日)「現場の医師から、新型インフルエンザ対策への提言」 匿名 内科医(都内のある大学病院)

ある休日の日直医の状況から始まる。病棟患者の治療をおえてもどると救急外来には10数名のインフルエンザらしい人で待合は一杯だった。風邪症状の13名中で迅速キットでA型陽性は7名、全て陰性が6名であった。診察室は隔離室二つを使っているが、密閉性が高く(倉庫を改造)医者は濃厚接触で高い感染リスクに曝されていた。病棟の看護師も患者の1人で当直のマンパワーから休むことも出来ず、これでは院内感染は蔓延しているといわざるを得ない。医師・看護師の負担は増え過労からインフルエンザに感染しやすく、インフルエンザにかかればさらに病院関係者のマンパワーがそがれるという負の連鎖が始まっている。インフルンザによって病院の医療崩壊は始まっているといえる。新型インフルエンザである以上、国民に免疫力はないので、大流行は避けることは出来ない。これを抑止できたという経験は聞かない。国や報道は「疑わしければ早期の受診を」といってきたためと、死亡例を大々的に新聞・テレビで報道したために、不安や恐怖感を煽ったきらいがある。そこであと数時間で朝の外来が始まるといっても受け付けない患者さんがいる。いわばパニック状態になっており、インフルエンザが一刻一秒をあらそうという理解になっているのだ。国にはインフルエンザによる死亡者を最小限に抑えることが重点目標として、医療費、人材、資材(ワクチン、抗ウイルス薬など)の確保をお願いしたい。医療機関では開業医から二次救急病院は軽症患者を扱い、三次救急病院はハイリスク患者の収容にあたるべきである。患者さんはコンビニ受診をやめ、各自にふさわしい医療機関を選択して受診することをお願いしたい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年10月20日)「アメリカ社会の二つの顔」 細田満和子 ハーバード公衆衛生大学院研究員(社会学)

アメリカ社会には自由主義至上主義(リバータリアニズム)と共同体主義(コミュニタリアニズム)という二つの考え方がある。リバータリアニズムは市場原理主義、新自由主義とも言われ共和党の推進したものです。コミュニタリアニズムは社会の人間関係を重要視し市場原理主義に対抗するもので、日本の民主党が推進しようとしています。障害者に対する対策においても二つの考え方によって大きく異なってくることを2例で紹介する。リバータリアニズムの例として、「アシュリー療法」というのは精神と身体に重度の障害がある少女の両親が、将来のことを考えて、女性化と成長を止めるため、子宮と乳房芽を摘出し、成長を阻止するホルモンの大量療法を申請し倫理委員会の審査を経て手術と療法が実施された。恐らく日本では決して許されないことであろう。コミュニタリアニズムの例として、脳性まひ児の電動車いすのために住宅を改造するためにローン事業が組まれ殆どのケースで利子免除となる制度を作った州の政策がある。リバータリアニズムで障害児の体が大きくなることを制限し、コミュニタリアニズムでは住宅をバリアフリーに改造した。前者の例は子供の人権や身体権を親の判断で勝手にしていいのかという問題は残る。如何にもアメリカ的な方法であろう。


第42回(2009年10月21日)「新型インフルエンザは何回打てばいいのか?」  東京大学医科学研究所 上昌広 

10月19日の夕刊に「厚労省の専門家会議は、免疫が上がりにくいとされる1歳から13歳の小児以外は原則1回摂取とすることで合意した」というニュースが流れた。実はこれはとんでもないリークで、厚労省の決定でもなく意見交換会であった。誰だこんなニュースを流したのか、もちろんワクチン不足にあえぐ厚労省の官僚である。既成事実化して、国産ワクチン備蓄量を2700万人から5000万人に一挙に水増ししたいがためである。専門家会議が検討したのは国内ワクチンメーカー1社の臨床試験結果であった。20−50歳代の200人を対象として、通常量と2倍量の接種群の試験で、抗体価の上昇がそれぞれ78%、88%で見られたというものだ。これを殆ど同じだと見て接種は一回でいいという結論を厚労省官僚がこれ幸いとばかりにだしたのである。さて読者はどう考えますか。インフルエンザ接種は原則2回接種です。この原則を無視して1回でいいという結論を出すには科学的には大変なことです。もともと原則2回が根拠のないいい加減な原則だったのかどうか検証が十分ではない。ここで直ちに気が付くことは、
@ 「通常量と2倍量接種」と「1回打ちと2回打ち」は異なる方法である。時間差をもって2回うちの方が効果があるはずで、どうして2倍量打ちが2回打ちと等価な試験なのか検証がない。
A 1社のワクチンメーカのワクチンだけの試験で国内産ワクチン(ほかに三社)の製造法の異なるワクチンの効果を推量する事はできない。
B 20−50歳代の健常者を対象にした試験で、妊婦、基礎疾患者、高齢者、中学高校生まで1回でいいとどうして言及できるのか。試験対象でないことは科学的データがないことであり、おなじだということは科学的でない。
C 厚労省官僚の結論は、科学上の「事実」と「希望的推論」のごちゃ混ぜになっており、とても科学的教育を受けた者が云えるではない。デカルト以来の科学的思考法が全く無視されている。
そこでこの報道に驚いた厚労省足立政務官(元筑波大学医学部外科准教授)が10月19日緊急会議を招集し、これまで専門家会議をリードしてきた尾身自治医大教授(元厚労省技官)と田代真人国立感染症研究所インフルエンザ研究センター長のほかに、森澤雄司自治医大病院感染制御部長と森兼啓太東北大講師、岩田健太郎神戸大学教授の3名を新たに加えて議論させた。弁明に終始した尾身氏や田代氏は厚労省のコントロール下にあるお抱え専門家で臨床医ではない。明らかに3名の正論のほうに十分な言い分があった。それを長妻厚労大臣、足立政務官らがどう判断を下すかによっている。しかし新聞を手下に使って既成事実化する官僚の手口は慣れたもので、こういう悪質な官僚は政治任用で追放する以外に手はない。記事ネタを記者懇談会やリークに頼っている新聞社は、新しい民主党政権において直ちに襟を正さなければならない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月1日)「ガン治療費の患者負担軽減、早急の解決を」 児玉有子 東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーション社会連携部門

10月21日の新聞に、77歳の乳がん手術後の母親が、53歳の白血病の娘(53歳)を殺すという事件が発生した。母親は「二人の治療費が月何十万もかかり、将来を悲観した」という。親子ともどもガン、夫婦ともどもガンという事例は少なくない。著者らは慢性骨髄性白血病CML患者の経済的負担調査を行ってきたという。その結果報告である。CMLの特効薬「グリベック」については、7月15日のJMMで同じ東京大学医科学研究所の上昌広氏の報告によると、「 2001年11月我が国で承認されて以来、慢性骨髄性白血病患者にとって命の綱である特効薬「グリベック」(化合物名イマチニブメシル酸塩)(製薬会社スイス・ノバルティ社)は、一錠3100円、1日4錠を飲み続ける必要があり毎年450万円、自己負担額10−30%ですので1年で45万から135万円の支払いが一生続きます。「高額療養費還付制度」の適用を受ければ、本人負担が70歳以下では毎月44000円となり、70歳以上では12000円となる。慢性骨髄性白血病患者は平均66歳で発症して緩やかに進行し10年とは生きられなかった。ところが特効薬グリベックをブライアン・ドラッガー博士が分子標的治療薬として開発していらい、7年生存率は86%と飛躍的に改善されたまさに夢の治療薬となった。従来の治療法は骨髄移植かインターフェロン療法であったが副作用が大きく7年生存率は36%であった。この薬は休むとがんが再発しやすいので一生のみ続ける必要がある。」という。著者は2002年度の調査から2008年度の調査では、患者の収入は150万円減少したが、治療費は年間22万円増加したという。年々治療費の負担は増大している。患者にとって大変な経済的負担となっており、「治療をやめたい」とか「死にたい」という人が増えてきた。民主党はマニフェストで高額療養費の患者負担を軽減する方向で検討するといっていることに期待したい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月3日)「新型インフルエンザワクチン導入の意義は何か?」 木村盛世 厚労省医系技官

「新型インフルエンザワクチンを打つとインフルエンザにかからないか、重症化を防げる」という世論(デマゴーグ)が一般化してしまった。ブタ由来のAH1N1インフルエンザは自然発生ウイルスで始めての経験であり、いまのところ通常インフルエンザ程度の病毒性であり,若年層がかかりやすいことくらいの知見しか分っていない。ワクチンの効果については本当のところ誰も知らない。そこで国や世界中の人間の大集団を対象とする公衆衛生学では、厚生行政の運営に科学的根拠を与えるのが疫学研究である。ワクチンは全て効くかというと、そうでもない。結核ワクチンは戦後日本では全国民を対象にBCG接種が実施されてきたが、いまなお結核発生率が先進国中では高い「結核中進国」である。アメリカ、イギリス、北欧では20年にわたるBCGワクチンのフォローアップ調査を行い、効果は−20%から100%であり「効果は不確定」という結果を出し、BCG接種を導入しなかった。それらのBCG接種を実施していない国々よりも、100%BCG接種を長年やってきた日本の結核発生率が高いのである。BCGワクチンの効果は不確実といった方がいいのではないか。今回インフルエンザワクチンの有効性について、厚生省専門家会議で「抗体価が上昇したので」有効であるかのような報道がなされている。抗体価の上昇は感染防止と1対1ではない。「ツベルクリン反応が陽性化したら結核にならない」という判断と同じ質の論議である。100%の効果のあるワクチンは「天然痘ワクチン」であり。これによって天然痘は根絶された。インフルエンザワクチンでインフルエンザが根絶されたという事例は聞かない。まして重症化を防げるという説は結論の出しようがない。そこで著者はインフルエンザワクチンをなぜ行うのかという理由を述べる。「ワクチンオ有効性の議論を度外視しても全国民分のインフルエンザワクチンは用意すべきである。現状のパニック状態では国民に安心を与えるために必要だ」というわけの分らない主張が出てくる。功を焦る厚労省の行動とメディアが原因で国民にパニックを起こしたのではなかったのか。パニクッテいるのは官僚だけではないか、案外国民は冷静である。「新型インフルエンザ導入の意義は何か?」それは馬鹿な国民対策であると言っているようだ。この文章の前半は科学的に正しいとしても、後半の主張は確信犯のいなおりではないか。


第43回(2009年11月4日)「新型インフルエンザワクチン接種優先順位と接種回数を考える」  東京大学医科学研究所 上昌広 

現在ワクチン不足は顕著で医療現場では混乱が生じており、かつ国内外からの情報が錯綜している。厚労省のワクチン優先接種対象者は5400万人である。医療従事者だけでも1000万人、看護師で126万人であるが、10月19日から始まった最優先対象の医療従事者へのワクチン供給量が全く不足している。ある大病院では3500人の対象に対して届いたワクチン量は140人分であった。これでどうしろというのだろう。そして病院事務従事者は厚労省では対象外とみなしている。待合で患者と濃厚接触するのがまず事務受付である。また子供への接種は12月初めより幼児(1歳から就学前)、中旬から小学校低学年、年明けから小学校高学年と中学生の予定である。鳥取県平井知事が来年1月16日の大学入試センターテストの受験生に早期のワクチン接種を配慮したところ、厚労省から電話があり「都道府県で独自に優先順位を設定するな」という官僚的な横槍が入ったという。10月30日の朝日新聞に「小児の接種が早められるかどうかは、持病のある人や妊婦への接種が1回でいいかどうかにかかっている」という内容の記事を出した。これは小児への接種と大人の1回接種との取引を暗に促す論調である。ワクチン接種回数の議論については、第42回(2009年10月21日)「新型インフルエンザは何回打てばいいのか?」の記事で著者が紹介した。10月16日の専門家意見交換会であたかも「原則1回でいい」ということが合意されたかのような報道がなされた。そこで足立政務官は10月19日公開で討論をやり直し、「10月16日の討論を白紙撤回し、従来どおり原則2回を確認した」という。接種を2回に分けるのは、1回目の抗体価を維持するために再度接種するもので、「同時2倍分の接種と1回分接種で同様の抗体価がえられた」という試験結果とは全く筋の違う話である。科学を装った陰謀実験といってもいい。それに記者クラブが同調し、厚労省のリーク記事を支持していた。厚労相の真意は現在予定している国産ワクチンが2700万人分であるの1回打ちでよいのなら2700×2=5400万人という計算ができるからだ。つまり免責法もない現状では海外のワクチン輸入は出来ないから、国産ワクチン1回打ちで間に合うように医学常識を変更したいのである。これに新聞が応援しているという図式である。厚労省は新聞を味方につけた暴挙を行おうとした。10月19日の「白紙撤回,原則2回打ち」を報道した新聞はなかった。新聞は無視したが週刊誌(週刊朝日、フライディ、週刊文春)や全国医学部長会議は足立政務官の処置を是とする声明記事をだした。10月23日欧州医薬品審査当局(EMEA)は「新型インフルエンザワクチンは2回打ちが望ましい、成人について1回でいいかどうかは結論は時期尚早」という見解を表明した。これを報道した新聞はなかった。10月30日朝日新聞は「生後6ヶ月以上のすべての人は原則1回接種がよいとWHOが勧告」と報道したが、これはとんでもない記事の読み違いで、原文(英語)をよく読めば、「発展途上国の多くの子供達には、出来るだけ多くの子供を対象にして1回でも接種すべきである」と呼びかけていると読むのが正解である。時事通信は「出来るだけ多くの子供に1回の接種を行うよう促した」と書いている。このWHO記事は接種回数を論じたものではなく、発展途上国の衛生事情を憂慮した勧告である事は自明だ。メデイアの記者、デスクの読解力の差なのか、政治的意図がある曲解なのだろうか。5400万人以上の国民にワクチンを接種するには、海外メーカーのワクチンを輸入するために必要な、訴訟免責法案を臨時国会で民主党政権が通す準備がなければならない。厚労省幹部は政権にその準備がないことを見通して、国産ワクチンで何とかやりくりするための数次遊び(当人は大真面目だが)をやっているのだろう。民主党政権の能力が問われている。長妻さん不明年金の帳尻合わせだけをやっていると、国民に置いてけぼりになりますよ。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月6日)「為政者が予想もしなかった新型インフルエンザ用ワクチン接種の問題点」 和田真紀夫 わだ内科クリニック院長

ワクチンバイアルビンの容量の問題点はさる2009年10月6日に自治医大病院感染科森澤雄司氏 が「新型インフルエンザワクチンに思うことー10mlバイアル瓶ってウソでしょう!」を指摘した。そして昨日1011月6日臨時国会で舛添え自民党議員が長妻厚労大臣にバイアルビン10mlでは感染の問題が心配だと質問した。その時長妻大臣が「舛添大臣の質問にお答えします」という立場逆転の発言ハプニングがあって面白かったが、長妻氏の国会委員会答弁は「ワクチンを早期に配布するための便宣でやむをえない。医療関係者には注意を喚起する」であった。これでは自民党政権時代と同じく、官僚の不始末を大臣が弁護する構図が何も変わっていないことに唖然とした。攻守交替して同じ構図でやり取りするこのばからしさでは日本は救われない と実感したのは私一人ではないだろう。さて前置きが長くなったが今回の和田真紀夫氏の指摘も全く同じ内容である。6歳以下の小児の摂取量は0.2mlであるので、10mlバイアルでは50人分となり、しかも開封したビンは24時間以内に使い切らなければならない。ところが診療機関ではマンパワーの問題から50人に接種することは不可能である。和田クリニックの一日の患者数100人である。普通の患者診療をしながら金・土の2日を接種日と定め40人の接種が精一杯である。求められている1−2週間で300−500人の接種はまったく不可能な数値である。そこで未就学児や小学校などでは場所と日時をきめて集団接種をおこなえばいいのではないか。文部省と厚労省の配慮をお願いする。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月8日)「新型インフルエンザワクチン接種は学校と保健所で集団接種として行えないものか」 長尾和宏 長尾クリニック

11月6日に和田真紀夫(わだ内科クリニック院長)氏が診療所や医療機関でのワクチン接種が人的にもワクチン供給体制も現状では惨惨たる状況であることを報告している。今回も長尾クリニックの医師がさらに踏み込んだ提案をされた。現状の医療従事者へのワクチン優先接種の状況は3割から5割であり、今後のワクチン供給情報も皆無であると聞く。そして次には未就学児や学校児童への接種が待ち受けているので、次の提案をしたい。「学校または保健所でワクチン接種が行えないものか」 これで末端診療所の人的な危機的状況は随分と改善されるはずだ。また10mlバイアルビンはどう見ても集団接種用としか思えないという穿った意見を述べている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月8日)「インフルンザワクチン接種回数と優先順位」 山形大学医学部付属病院検査部 森兼啓太

10月16日に厚労省の専門家会議は、免疫が上がりにくいとされる1歳から13歳の小児以外は原則1回摂取とすることで合意したというニュースが流れた。そこでこの報道に驚いた厚労省足立政務官(元筑波大学医学部外科准教授)が10月19日夜緊急会議を招集し、これまで専門家会議をリードしてきた尾身自治医大教授(元厚労省技官)と田代真人国立感染症研究所インフルエンザ研究センター長のほかに、森澤雄司自治医大病院感染制御部長と森兼啓太東北大講師(当時)、岩田健太郎神戸大学教授の3名を新たに加えて議論させた。その結果「健常成人については1回接種でよいが、13-19歳と妊婦現接種回数は1回でよいとする方針変更は根拠がなく原則2回とする政府方針が変わったわけではない。つまり幼児や19歳以下と妊婦は原則2回である。森兼氏も当事者の1人であり、「1回打ちに反対なのではなく、現時点では1回打ちでよいとする実証実験がないから、賛成できないだけである」とする足立政務官の発言内容も十分理解できたという。問題はこのような「1回打ちで十分」という情報を、10月16日の専門家会議の前に新聞などにリークして世論形成を試みた厚労省官僚のやりかたがアンフェアーであり、科学的議論をする場の議論の方向がきめられていることである。この手法はいつもながらの官僚の審議会の常套手段であった、足立政務官はこれに異を唱えたのである。新聞メディアはリーク情報による世論形成の共犯者であるが、19日夜の専門家会議の結論は一切記事にしないで、だんまりを決め込んでいる。その後欧州EMEAは10月23日現時点では2回うちを推奨するといい、WHOは10月30日途上国のワクチン入手困難をみて子供には1回でモ接種すべきだといい、アメリカNAIDは抗体価は妊婦は1回接種で抗体価が上がり、9歳以下では2回打ちで抗体価が上がったという。また接種優先順位はアメリカでは州単位で判断することとしているが、日本では都道府県では政府のきめた順番を変えてはいけないという。最近幼児の死亡が報じられていることから、優先して幼児の接種を急がなければならないのではないか。


第44回(2009年11月18日)「第4回現場からの医療改革推進協議会シンポジウムよりー患者と医療関係者の共同作業を目指して」  東京大学医科学研究所 上昌広 

この「現場からの医療改革推進協議会」は2006年の福島県立大学大野病院事件を契機として医療崩壊を食止めるために発足したものである。この協議会はたいそうな組織体ではなく、ネットを通じて関係者(患者と医師、医療関係者)が自立・分散・強調的に連携するシンク・ネットである。この協議会には多くの政治家(舛添氏、足立氏、仙谷氏、鈴木氏)も参加している。シンクタンク化した霞ヶ関の官庁のやり方は、官僚が問題を取り仕切り、御用化した有識者が予定調和を演技する審議会と内部人材を優先するため、問題の詳細を議論することが出来ない。皆が専門外では何を議論しているのだろうか。ベストメンバーでブライテストの人材を使ってこそ、問題のディーテールが議論できるのである。シンポジウムで話題となった「制癌剤適用外問題」と「難病特効薬の未承認問題」の二つをまとめる。
1) 「制癌剤適用外問題」: 卵巣がん治療に「ゲムシタビン」という抗がん剤が適用できないかという患者の願いに対して、帝京大学の堀医師は先進国のように医療保険の適用を柔軟に運用すれいいのではないかと提案する。
2) 「難病特効薬の未承認問題」: クリオピリン関連周期性発熱症候群CAPSという小児難病に「アナキンラ」という新薬が使えないかという未承認薬問題である。厚労省は医師主導治験に研究費を出すというが、東大薬学部の小野准教授(元厚労省薬系技官)は現行の薬事法に固執する限りは未承認薬問題は解決しない、薬事法を変えればいいのだが、当面は個人輸入体制(コンパッショネート・ユース)を安全に使うかだという。薬後進国の日本では新薬の値段が低いため、欧米の先進薬メーカは日本での新薬申請を後回しにする。これが「ドラッグ・ラグ」という現象である。「ドラッグ・ラグ」が改善しないのであれば、当面運用で補うしかない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月20日)「必要なのは日本版ACIP−日本の予防接種をよくするため」 神戸大学病院感染症内科 岩田健太郎

日本ではインフルエンザワクチン接種で大きな混乱が生じていますが、その議論には、原理原則がない。日本には定期接種(自治体で行い無料)と任意接種(今回のインフルエンザワクチン接種など有料)の2本立てであり。これは日本の「予防接種法」の大きな後進性を示している。アメリカより20−30年は後れている。日本の予防接種の数はアメリカに比べて全然少ない。帯状疱疹、ロタウイルス、髄膜炎ウイルス、不活性化ポリオ、百日咳ワクチン接種などが日本にはない。日本では有料のB型肝炎、インフルエンザ、水疱、肺炎球菌ワクチンはアメリカでは無料です。わが国の予防接種の承認は、メーカーの申請からはじまり、PMDAの審査と厚労省の審査をパスすれば承認というプロセスですが、そのプロセスがまったく不透明で分かり難い。メーカの申請に任せているため、日本ではどのようなワクチンが必要なのかというビジョンがなく、定期接種にいたるルールが何もない。また今回のインフルエンザ騒動では「集中治療室」などというハコモノを新築する計画があるそうだが、それは後手対策であり、人材と治療対策が不在である。そこで紹介したいのがCDCの諮問委員会であるアメリカの予防接種プログラムACIPである。アメリカ国民に必要な予防接種をどのような根拠でどのように提供するかを決定している機関である。乞うご期待。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月21日)「国家と市民社会そして健康」 細田満和子 ハーバード公衆衛生大学院研究員(社会学)

2009年11月7日 アメリカ下院はヘルスケアー改革法案を賛成220対反対215で辛うじて賛成多数で可決した。オバマ大統領は支援団体に向けてメールを送り「この法案可決の成果はあなた方の声によるものです」と市民の力を讃えたという。現在上院での審議に関心が移っているが、先行きは不透明である。社会学では国家と市民社会という二元的な対立関係を設定する学説が主流である。映画「祈りの大地」に描かれたように、北朝鮮のように相対的に巨大な力関係にあえぐ市民の政治的権利のみならず、市民の健康が脅かされるという現実があります。アメリカでは環境NGOや各種支援団体の力と、政府への利益団体の圧力の力関係で政策が決定されるが、日本ではこと健康問題については、多田富雄氏が 「寡黙なる巨人」の中で訴えた2006年のリハビリ日数制限反対署名37万人署名をもってしても厚労省はびくとも政策を変更しなかった。東洋国家の特徴である相対的に脆弱な市民社会の力では、健康政策で国家を動かすこともままならないのでしょうか。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月22日)「新型インフルエンザワクチン接種回数論争における科学と政治、そして哲学」 成松宏人 山形大学特任准教授・東京大学医科学研究所 客員研究員

10月16日の厚労省専門家意見交換会は「1−13歳の小児以外は原則1回の接種」といい、10月19日に足立政務官は16日の合意を白紙撤回し「健康な医療関係者以外は原則2回接種」と方針を変更し、11月11日長妻厚労相は「成人以上,妊婦、基礎疾患を有するひと、65歳以上の高齢者には原則1回接種」と方針を変えた。足立政務官の意見は医学の常識に基づくもので、長妻厚労相の意見は行政側の方針であった。この二転三転した接種回数について、今の医学界のエヴィデンス(照査された実験的事実)でいえることは、1回接種でいいということは言えない程度である。去る10月21日英国EJM誌に掲載された中国の研究論文はワクチン2日打ちの抗体価の上昇を調べ、11歳以下と61歳以上のグループは2回打ちでさらに抗体価は高まると結論している。妊婦や基礎疾患を有する人や65歳以上の高齢者については言及はない。残念なことであるが抗体価が上がれば罹患予防になるとか重症化を防ぐことが出来るということについてまったくデーターはなく期待・推測に過ぎない。厚労省の見解は「実験結果」と「推論」が混同されている。2回打ちで進んできたワクチン接種が1回で済めば、備蓄ワクチン量で2倍の人に打つことができるという期待が先行しているようだ。後進国では出来るだけ多くの人に接種したいので1回接種という方針を採るだろう。インフルエンザ罹患やワクチン接種による死亡事故の少ない先進医療国では、健康な人への接種回数を減らしても問題は少なく、むしろ高リスクグループには2回接種で臨むという方針を採用するだろう。これらは科学というよりは行政・政治もしくは哲学の問題である。さて昨今の日本の厚労省の方針のブレ様は、政治・哲学の不在からくるものであろうか。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月24日)「事業仕分け作業の横暴 漢方の保険はずし」 渡辺賢次 慶應義塾大学医学部漢方医学センター長

財務省は11年前から狙っていた一般用薬類似医薬品(OTC)を保険給付からはずすという暴挙を、今回の行政刷新会議事業仕分け作業で実施した。そもそも漢方薬を、ビタミンや湿布薬と一緒にして薬から除外する企みである。漢方医学は日本ではひとつの医師ライセンスであつかうことが出来る。東京では北里大学や慶応大学の漢方クリニックが有名であり、漢方医師は殆どが総合医的な役割をしている。アメリカのNIHでも漢方医学に300億円の予算を組んでいる。今漢方医薬品の市場は1000億円で全医薬品の1%である。目先の財源のために漢方を切り捨てることの愚に早く気付いてほしい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月26日)「医師の心が折れる」 小松秀樹 虎ノ門病院泌尿器科

民主党のマニフェストには「医師不足など医療崩壊を食止め、国民に質の高い医療サービスを提供するため、1.2兆円の予算をつぎ込む」とある。ところが長妻厚大臣は11月3日「開業医と勤務医の所得格差を解消すべき」という発言をした。医療崩壊の問題は所得の不公平にあるのではない。まして開業医と勤務医の対立を煽る発言は分断支配ではないか。さらに財務省は診療報酬を無駄使い事業対象として、乱暴な予算削減の場である事業仕分けに持ち込んでいる。質の高い医療と社会保障を作り上げるといいながら、無駄使い対象にするとは理解に苦しむ。医療費が下げられるなら又医療は崩壊へ向かい、医師の心が折れる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月29日)「ドラック・ラグ解消 薬価が鍵」 対談 片木美穂 関口康

片木氏は「卵巣がん体験者の会スマイリー」代表、関口氏はヤンセンファルマ会長で、本対談は片木氏が患者代表でドラッグ・ラグの解消問題を提起し、関口氏が製薬企業からの提案という形で答えるものである。この対談の内容を関口氏の論でまとめる。いま欧米の新薬が日本で使えるようになるドラッグ・ラグは4年といわれ、日本での治験開始が2年後れ、治験が一年後れ、審査が1年後れるという計算である。その理由は新薬の薬価が低いことで、欧米の医薬品会社が日本での承認に二の足を踏むためである。新薬開発に1000億円かかるといわれ、十分な利益が確保できなければ開発費用の回収が出来ないためである。つくばに進出した外資系企業の研究所も殆どが撤退した。むしろ日本より中国市場を狙っている。そこで医薬品業界は「薬価維持特例」という、新薬の価格を後発品ができるまで(特許が切れるまで)維持し、後発品が出れば一括して薬価を引き下げる提案で、今厚労省中医協で議論されている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年11月30日)「新型インフルエンザワクチン副作用への対応 厚労省の2枚舌」 高畑紀一 細菌性髄膜炎から子供たちを守る会事務局長

11月23日グラクソスミスクラインGSKがカナダで生産した新型インフルエンザワクチンの副作用でアナフィラキシーショックが2万人に1人の率で発生し、同じロット17万人分の使用禁止が決定された(通常10万人に1人の率)。現在までの日本の新型インフルエンザワクチン接種の副作用報告は、医療従事者22000人のうち重篤な副作用が6件(0.03%)、一般の医療機関からの報告は推定450万人の接種で重篤な副作用68件(0.0002%)、内死亡例13件であった。季節性インフルエンザワクチンの場合、2008年度では4740万人に対して、重篤な副作用は121件(0.0002%)であった。季節性ワクチンより約10倍頻度が高い。11月21日の厚労省薬事審議会では「国内産ワクチンについては季節性との差はなく現時点では重大な懸念はない」とあっさり安全宣言をしている。ところが厚労省は「季節性インフルエンザワクチンと同じ製法である」からという理由で、新型インフルエンザワクチンの治験はしていないし副作用情報収集を行っていない。最初から厚労省は「国内ワクチンは安全、輸入ワクチンは心配」という2枚舌情報を新聞を通じて国民に流して情報操作をしてきた。科学的な情報に基づいて対策を打つならば、GSKワクチンと同じように、副作用情報が出ればそのロットに使用禁止をすべきなのに、「状況が違うので単純に比較はできない」と目をつぶり、「重大な懸念はない」と誤った情報を流し続ける厚労省の態度は、「自分の首をかけず、国民の首をかけて仕事をしている」。「無用な不安を国民に与えない」という副作用情報を隠し続ける長年のワクチン対策の歴史が物語る。絶対に避けられない副作用の実態を正確に把握し、被害者を救済し原因と対策を講じて国民的合意を図ってきた欧米の疾病対策に学ばない、日本の官僚の小手先のごまかし対応の結果を、ワクチンギャップという。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月01日)「行政刷新会議 スパコン騒動を振り返る」 宮野悟 東京大学医科学研究所教授

著者は東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターDNA情報解析分野につとめる生物情報学の研究者であり、「次世代生命体統合シュミレーションソフトウエアの開発」プロジェクトに40名の研究員を抱えている。今回の行政刷新会議は「国民的な観点から、国の予算、制度、行政の在り方を刷新すると共に、国,地方自治体,民間の役割の在り方の見直しを行う」ものとされ、「歳出の徹底した見直し」が行われた。その結果著者らが属しているプロジェクトは「来年度予算計上の見送りにちかい削減」というものであった。研究費の凍結とはそこに働く40名の研究員が来年3月限りで職を失うことになる。放り出された研究員の再就職は採用活動が終了した今時点ではもう不可能であり、大量のポスドクが路頭に迷うことになる。結婚している30過ぎの研究者もおり彼らの生活はどうするつもりなのか。行政刷新会議仕分け作業の結論の見直しを懇願する声が多く寄せられている。


第45回(2009年12月02)「新型インフルエンザワクチン接種による早期死亡事故を検証する」  東京大学医科学研究所 上昌広 

医療に関する提言・レポートfrom MRIC(11月30日)「新型インフルエンザワクチン副作用への対応 厚労省の2枚舌」 高畑紀一氏の寄稿を紹介した。今回の上昌広氏の寄稿も同じ11月21日の厚労省の「新型インフルエンザワクチン副作用検討会」と薬事審安全対策調査会の合同部会の資料に対する批判である。そして週刊朝日記事「新型インフルエンザワクチン接種で26人死亡」に基づいている。合同部会の結論は「死因など特定できず、状況も違うのでなんとも言えない。重篤な報告はなくワクチンは安全である」というシラを切ったものであった。この合同検討会の死亡例報告では17人が70歳以上の高齢者で肺気腫や喘息など基礎疾患を有し、2日以内に死亡したという。医者が今にも死にそうな老人に接種するわけはなく、日本の死因究明制度のお粗末さは有名である。GSKカナダの「アナフラトキシーショック」副作用問題とは違い、日本の死亡例はワクチン接種の優先対象者の選択の問題であったというべきでhないか。ワクチン接種によって炎症を起こして合併症で急死するということである。持病のある高齢者にワクチン接種するとリスクが高いという認識が欠けていたというべきです。これは医者を含めて厚労省が、高齢者に対して漫然とワクチンを打ち続けると、大きな薬害事件に発展する可能性に警鐘を鳴らすべきではないだろうか。副作用などが起きた直後は原因が分らないのが当然です。因果関係が不明といって放置しておくと、それは安全なのではなく、リスクと考えるべきなのです。当然情報を開示して調査を起こすべきです。厚労省はこれまですべての薬害事件において、副作用情報を隠して因果関係不明と言い張って対応が遅れて、重大な社会問題となってきた教訓に学んでいない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月04日)「医療配分の見直しについて」 小曾能正博 東京おその整形外科

いま「診療報酬の配分を見直し、開業医と勤務医と公平になるようにする」という議論が行われているが、これには多くの問題がある。まず勤務医の低賃金・苛酷な労働をそのままにして開業医の報酬を下げることを狙っている。開業医と勤務医を分断して低い水準に合わせる権力者の良くやる手である。勤務医の年収手取が804万円、個人開業医は1066万円でそれほど差があるわけではない。開業医は10年ほど勤務医を経験してから開業するので、医者で言えばベテランです。そして開業医は個人経営者であって、ボーナスも退職金もない。整形外科はリハビリをおこなうため、大勢の職員と大規模な施設が必要で、2億円の年営業収入がああっても、経費を差し引くと経営者の年収は1000万円です。もっとも大切なことは医療費そのものを増額することです。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月13日)「事業仕分けと医療政策」 中村利仁 北海道大学医学部医療システム楽助教授

事業仕分けとは1988年イギリスのサッチャー首相が新自由主義政策の「小さな政府」をめざして政府事業を廃止、売却、下請け、エージェンシー化の4分類に分けることから始まった。第4の方策とは、政府の行政サービス政策と運営を分離(仕分け)し、効率のよい公的エージェンシーに説明責任を求めるものであった。ところが仕分け手法が上手く行くのは資源投下が十分なところだけです。サーッチャー首相はもともと資源が不足していた医療分野でこれを行ったため失敗し無残な結果となった。そしてブレアー首相がそれを繕ったのである。では日本の診療報酬制度では人的資源不足が何時までも解消されずジリ貧の一途を辿ってきた。医療サービスの質と価格は互いにトレードオフの関係にあり、医療資源の不足はいつも医療サービスの過少供給になっている。厚労省が進める診療科別の診療報酬の配分調整や、診療所と病院の配分調整という小手先の政策で何が出来るのでしょうか。全国250万人の医療従事者の中で医師の人数比率は病院では10.8%、一般診療所で16.8%であり、人件費比率は病院で22.8%、診療所で35%と言われている。財務省が診療報酬改定を目論む時は政権交代時であり、歳出の些事に口を挟む割には、本来の慢性税収入不足を克服する政策はとっていない。医療で資源投下の不足が一番問題なのである。「短き物の端を切る」政策で、医療サービスの提供が先細りしてゆく。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月14日)「川崎協同病院事件判決−1〜この症例が殺人罪なのか?」 臨床医ネット 代表 小林一彦

この事件は、家族からの要請に基づいて延命治療を中止することが殺人罪とされていいのだろうかという問題提起である。そして刑事司法の介入と決着を図ることに根本的な疑問があると云うことだ。「臨床医ネット」とは「患者とともに納得の医療をめざす臨床医の会」の別名である。まず事件となった川崎協同病院での症例の経過から見て行こう。患者は気管支喘息で川崎公害病患者と認定され、昭和59年より14年間川崎協同病院において呼吸器内科のA医師の治療を14年間受けてきた。平成10年11月2日気管支喘息の重責発作をおこして川崎協同病院に運び込まれた時は心肺停止状態であった。救命処置により心肺は甦生したが大脳機能、脳幹機能に重篤な障害が残り昏睡状態が続いた。A医師は家族に患者が植物状態であるので、急変することもあるし数日間は危険であると告げた。11月6日自発呼吸が見られたので、人口呼吸器は外し、痰詰りや舌根陥没を恐れて気管内チューブだけは残しておくことにした。11月8日患者の四肢拘縮傾向が見られたので、A医師は脳の回復は期待できないと家族に話している。11月9日より四肢拘縮を予防する関節のリハビリを開始した。11月11日気管内チューブを抜いてみたが呼吸困難になったので再挿入した。家族には抜管したら呼吸困難になり、最後を向かえることになることを説明した。11月13日A医師はDNR(急変時に心肺甦性措置を行わない)方針を家族に説明した。この時点で家族はあきらめた様子で積極的治療はせず、静かに自然な死を迎える積もりであった。11月16日痰より肺炎球菌、緑膿菌などが検出され敗血症を併発して居る事が分り、気管チューブ挿入も限界(細菌感染の源)にきていることが分った。奥さんが抜管を希望したが、A医師は家族全員の意思を確認して欲しいと言うと、夕方病院に子供夫婦、孫ら11人が集まって家族会議を開いて、誰も異論がないことを確認した。午後6時3分に全員が見守る中で、A医師は患者から管を抜いた。暫くすると患者は痙攣を起こし、奇異呼吸を始めて苦しそうになった。本人にも家族にも苦痛であるようなので、鎮静剤セルシンを静脈注射した。数回鎮静剤ドルミカムを静脈注射したが、苦悶様呼吸は続いた。A医師はS医師の助言を求め、7時ごろ「ミオブロック」が投与された。鎮静剤を投与してなお「ミオブロック」を投与したことが争点になっている。鎮静目的か積極的に死を導入する措置かである。暫くして患者さんは静かに亡くなった。院長はA医師から事情を聴取して、同病院の最高意思決定機関である管理会議には報告しなかった。その後家族から問題とされることはなかった。ところが3年後この事例の「事件化」は意外な病院内部の軋轢から明るみになった。平成13年10月下旬A医師と麻酔医U医師の麻酔器の使用を巡る対立から、U医師がこの症例のカルテを持ち出し院長に談判して「A医師を辞めさせなければ、カルテのコピーをばら撒く」と逼った。院長は管理会議にこの事例を懸け公表の方針となった。A医師は同年12月30日退職届を出した。そして病院側は平成14年4月記者会見をして事件を公表し、警察が動いた。以上が事件の経過である。筆者は医師であるためか、A医師の立場に立った記載をしているが、はたして事実はそうなのか色々な人の意見を聞かないとわからないので、事実経過もペンディングとしておこう。次回の寄稿が楽しみだ。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月15日)「川崎協同病院事件判決−2〜法の限界と裁判官の苦悩」 臨床医ネット 代表 小林一彦

東京高裁の判決文の「抜管に対する評価」から本件の難しさを実感するのである。要するに医者は終末期患者に対しては死ぬまで治療をやめる合理的な理由はないだろうということである。すべてが難しい問題を含んでおり、国民の合意という何十年かかるか分らない超難題も含めて、これを超える論理ができていない日本社会において医療行為を中止することは刑法202条の適法を逃れることは出来ない。利口な医者なら、たとえ内心ではあと数日の命と感じていても、救命装置を抜くことはしない。患者の家族の気持ちに忍びない気の弱い医者の殺人行為と断定されてしまった。ここで裁判官が持ち出した二つのアプローチとは、@患者の自己決定権と家族の代行、A医師の治療放棄の限界を立証できる論理を示さないと殺人だということである。結局弁護側はこの二つの論理を実証できなかったと裁判官は判断して「殺人罪」と適用した。@は虚構であり、Aは「アキレスと亀」の矛盾に陥ることであり、裁判官が最初から仕組んだ論理の雪隠詰めであった。どのような論理を提出しても「国民的合意が出来ていない現状では司法は判断しない」という司法特有の「玄関払い」という奥の手も用意されていた。欧米のように医療事故や訴訟問題に警察は介入しない(当事者に殺意はないのだから)ことが必要で、専門家第三者委員会での調査報告に任せるべきではないのだろうか。この問題で検察や司法の論理を聞いていても、蛸壺のなかの身動きの取れない論理的拘束ではなないも前には進まない。この事件は最初から警察や司法が医療問題に介入したことが根本的誤りであって、医療萎縮や医師のサボタージュを加速するだけである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月20日)「無過失補償の拡充と免責制度の導入が望まれるワクチン接種」 久住栄二 ナビスタクリニック立川院長 東京大学医科学研究所

新型インフルエンザワクチン接種が優先順位に沿って始まりましたが、任意接種で費用は自己負担です。厚労省は定期接種を見送り接種の責任を負うことを回避している。エコポイントに税金を使う一方、国民の命に関る感染症対策に税金を投入しない、馬鹿げた世の中です。ワクチンには一定の確率で事故がつきものです。無過失補償と免責がセットになって(事故賠償訴訟を越したら補償は受けられない、補償を受けたら訴訟は起こせない、賠償訴訟額は補償額以下)いる制度を、米国では1988年に導入した。そしてほとんどの人は無過失補償を選択するそうだ。日本では医薬品副作用救済制度がありますが、補償額は年間300万円以下であり、ワクチンリスクは製薬メーカーと医師が負う。そのためワクチンメーカーが少なく、緊急の時に間に合わないのが今回の事態でした。日本でも新たな無過失補償制度を作るべきです。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月22日)「川崎共同病院事件最高裁判決を受けてー再び医療界に問う」 大磯義一郎 国立ガンセンター医師・弁護士

この事件の詳細は小林一彦氏によってMRIC上で12月14日と15日の2回にわたって紹介された。そこでここでは最高裁判決の強いメッセージについて考える。事件は平成10年におき、平成17年に地裁判決(懲役3年執行猶予5年)、平成19年に高裁判決(懲役1年6ヶ月執行猶予3年)を経て、今年平成21年12月7日に最高裁判決(上告棄却、高裁判決維持)が出た。なぜ11年間も最終判決が要したのであろうか。それは医療界の回答を待っていたのである。最高裁判決は上告理由に該当しないので棄却するという(三行半判決)であるが、その傍論として判示した内容を吟味する必要がある。「患者はこん睡状態にあったのだから家族の願いは患者の意志を推定したことにはならない。患者の生命予後が明らかになっていない以上、医師の行為は事故ではなく故意による行為であるので、無罪か殺人罪のどちらかでなければならない。安楽死を定義することも尊厳死法の制定もしくはガイドラインの策定や社会的合意が形成されていない現状では、裁判所が抜本的な解決を図ることは出来ない。医師側が独断で違法性を阻却出来る要件を提示しなければ、裁判所が無罪判決を出すことは三権分立の原則から困難である。」というものであった。要するに現在の法体系からは殺人罪を適用せざるを得ないというものである。実に長い間11年間医療界(厚労省、医学界、医師会など)の回答を待ったが、何の基準も示されない以上、踏み込んだ判決を裁判所が示すことは越権行為である。そういう最高裁のメッセージを受け止めるべきで、「医療界の不作為」によって本判決が出された。一医師の行為とみて真摯な対応を示さなかった医療界にこそ問題がある。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月23日)「新型インフルエンザ難民が街中にあふれる日」 木村知 T&Jメディカルソリューションズ

筆者は「年中無休クリニック」を運営する医師である。そういった「とりあえず医院」の存立を危くする「診療報酬」では、医院を閉めたり、時間制限をせざるを得ない。そうすると「新型インフルエンザ患者」は行き場を失い(アクセス不能となり)、街中にインフルエンザ難民が溢れることになるという恐怖シナリオが現実のものにならざるを得ないというお話である。今朝のニュースでは「診療報酬は0.2%のプラス改定とする」と厚労大臣が「コンクリートから人へ」の政策転換への第1歩だと誇らしげに記者会見をしていた。実は「焼け石に水」に過ぎないのであるが。小泉内閣時代の財務省の医療費対策方針は、「医療費は財政の厄介者、医療費引き上げは医者を設けさせるだけで、国民負担、保険負担を逼迫させる」という論理がまかり通っていた。医療機関のなかで医者の経費的位置は、全国250万人の医療従事者の中で医師の人数比率は病院では10.8%、一般診療所で16.8%であり、人件費比率は病院で22.8%、診療所で35%と言われている。すなわち総医療費のうち医者の人件費は2%-6%を占めるに過ぎない。財務省の言い分は明らかに欺瞞である。問題を医者にすりかえる意図に満ちており、医療配分を減額した場合、医療機関は人件費の削減(人減らし、おもに看護婦・事務員)に向かい、労働時間の短縮すなわち医療機関の開業時間の縮小となり、「年中無休クリニック」はそもそも存立できなくなる。すると夜間・休日の急患のアクセスが制限される。すなわち医療費を下げると、患者さんから診療の機会を奪うことになる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月25日)「日米の医療の常識からみる延命措置の理念ータブーから目を離さないで」 村重直子 厚労省改革推進部(個人の見解です)

2008年10月亀田総合病院の倫理委員会は「ALS患者の要望による人工呼吸器の取り外しも考慮すべきではないか」という議論を出したが、今年2009年12月「川ア協同病院医師による呼吸器はずしは殺人である」という最高裁三行半判決が出たばかりである。ところが米国では昔から「治療しても治る見込みのない患者の呼吸器を外すことは標準的医療である」という常識が存在し、呼吸器はずしは日常的行為である。それは米国では「治る見込みもなく患者が苦しむだけの延命治療は人の尊厳に関る」という医者と患者の常識が行き渡り、倫理委員会に図る必要もなく、刑事司法や行政が介入するなどということは考えられない。延命治療行為を中止することは民事・刑事上免責されている。ホスピスや緩和病棟で「無駄な延命治療は行わない」という書類の署名しているのは、米国では79%、ドイツでは18%、日本は9%である。日本ではサインという概念がなじまないようだ。このように日米では社会的な末期延命治療の考え方が隔絶している。このような違いは日米の生命観に基づくもので、あながち日本だけが遅れているということではない。この「呼吸器はずし」問題は「脳死」問題と同じ生命観の問題である。日本の「脳死と臓器移植」臨調でもクリアーな結論が出ず、今年夏の国会でA案が法律となった。日米の表面上の差異より、その下に流れる常識(それは規定文書にかかれない)が違うことからきている。米国ではさらに「積極的に死を早める」議論(医療的自殺幇助)につながる。医師が致死量の睡眠薬を処方できる法律がワシントン州で2009年3月より実施された。ベルギー、オランダ、スイスでも医師が関与することを認めている。さらに「延命治療を拒否する権利」DNR、リヴィングウイル(治療に対する遺言状)なども議論されている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月27日)「医療費増加を叫ぶーもはや限界の医療現場」 多田知祐 ただ胃腸科肛門科

12月9日の中医協は「2010年度診療報酬改定へ向けた意見書を厚労省へ提出しない」という決定をした。医療側と保険組合側の意見がまとまらなかったためである。民主党はマニフェストに「総医療費対GDP比をOECD加盟国の平均まで高める」という約束をした。ところが政権が交代しても医療費は少しも上がらない。医療は人件費の高いサービス業であり、人件費率は実に60%に達する。これは美容院のレヴェルである。「1000円カット」という整髪サービスレヴェルの低下(洗髪、髭剃り廃止)は医療ではできない。すると人件費を下げるしかない。医者を始め看護婦・事務・看護助手などコメディカルの削減・労働環境悪化になり、医療アクセスが制約されることになる。木村知氏が先日「新型インフルエンザ難民が街中にあふれる日」というコメントを出されたが、医者にかかりたくとも開いている医療施設が少なくなる事態になりかねない。医療崩壊を食止めるには、医療費をせめてOECD平均の半分ぐらいまでは増額して欲しい。日本で医療が成り立たなくなれば、医者も患者も海外に行かざるを得ないのか、日本ではその限界まで来ている。


第47回(2009年12月30日)「民主党の医療政策を採点する」  東京大学医科学研究所 上昌広 

鳩山内閣が成立してから100日経ち、2009年も終ろうとしています。来年がよき年であるように、「コンクリートから人へ」の新政権の医療政策を点検したい。民主党はマニフェストで医療費の増額と医師の増加を掲げました。
1) 医療費:予算案では診療報酬本体で5700億円の増額、薬価は5000億円の引き下げ、差し引き700億円(0.2%)の医療費の増額となった。これでも予算削減が一貫して続いた自民党政府より「画期的」な方向転換である。しかし「総医療費対GDP比をOECD諸国並みに引き上げる」ということは絵に描いた餅で、財政の無駄を削減することで、必要な財源を確保するという約束は幻想に過ぎなかった。やはり何らかの負担増の議論が必要であろう。
2) 薬価:薬価を削り医療報酬にまわすという構造は自民党政府でもやっていることです。これにより日本の医薬品市場は今では世界の10%を切っている。ここまで製薬業界をいじめると、海外移転とドラッグラグ・ワクチンラグ・製薬崩壊も近い。
3) 中医協人事:診療報酬をきめるのは、国、診療側、健康保険支払い側の三者委員で構成する中央医療審議会である。診療側のこれまでの代表は日本医師会で開業医の代表であった。足立政務官は医師会代表を一掃し、嘉山孝正氏と山形大医学部長や地域医師会代表に切り替えた。利益代表から国全体の政策を審議する中医協に生まれ変わる偉大な一歩と評価できる。
4) 医学部定員増加:文部省鈴木副大臣は前内閣の舛添大臣の提言を踏襲して、360名の医学部募集枠増をきめた。そして180億円の予算化を行ったことはマイナスからプラスへの画期的な変化である。
5) 新型インフルエンザ対策:厚労省政務三役は医療体制整備に41億円の予算をつけたが、新型インフルエンザ対策は予防接種法改正やワクチン免責補償法などの整備は喫緊の課題となっている。予防接種法の見直し審議会が立ち上がったが、その委員構成が従来の厚労官僚のいいなりになる旧態依然のメンバーであまり期待はできない。
6) がん対策(子宮頸ガンワクチン問題):肝炎検査費用205億円を除いては、難病対策は充実していない。子宮頸ガンワクチン「サーバリックス」の任意接種促進では、公費負担打ち出さないと5万円の個人負担では普及しないであろう。それには約200億円の費用が必要である。
7) 高額医療費問題:慢性骨髄性白血病新薬「グリベック」の経済負担数百億円は今回の予算では盛り込まれなかった。先月11月にがん患者の母・娘が医療費負担に苦しんで無理心中を図るという痛ましい事件が起きたばかりというのに、対応しなかった厚労省は残念なことである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2009年12月31日)「新型インフルエンザワクチン集団接種 出務記」 長尾和宏 長尾クリニック(尼崎)

12月23日、尼崎医師会始まって以来始めての集団接種を行った。医師会とは利害者・政治圧力団体ではなく、公益事業を行う団体であることを再認識するイヴェントであった。小学3年以下の生徒を対象に、医師会と保健所の2会場で朝、昼、夜の部に分けて、各3時間の出務である。予約者は3600人で、筆者は午後の部で300人の生徒に接種した。スタッフは接種医2、診察医3、監督医1、看護師6、事務職を含めて20名以上のスタッフで対応した。集団接種は1000人以上でないと損益分岐点で黒とならない。それに相当広いスペースが必要で、緊急時対応の機材なども必要で、このイベントは簡単ではないし相当の準備期間も必要である。接種不可として生徒は4名で、卵アレルギー1、高熱1、かぜ状態で肺雑音あり2名であった。一番恐ろしい不測の事態は「アナフラキシーショック」である。今回の集団接種に関しての感想は、1)3600円の自己負担が大変という人がいること、2)老人よりも子供を先にすべきではなかったか、3)優先順位など設ける必要は無かったのでは。希望者からでいいのでは、4)行政がワクチン供給を仕切ったため、配給情報を隠しているので、医療機関間の融通がでなかった。医師会に供給を任せるべきでは、 さいごに医師が自分の孫に接種したといって問題にするマスコミにヒステリーさには驚いた。タイタニックの避難優先順位じゃあるまいし、些細なことに公平性をたてに目くじらを立てる社会は病んでいる。


読者投稿編(2010年1月7日)「精神病院を捨てたイタリア捨てない日本を読んで」  神津仁 神津内科クリニック院長 

大熊一夫著「精神病院を捨てたイタリア、捨てない日本」(岩波書店)を読んだ内科医の、精神病院問題の感想文である。大熊一夫氏はかって精神病院にアル中患者を装って偽装入院してルポを書いた元朝日新聞記者・元大阪大学人間科学科教授である。日本ではべらぼうに精神病院が多い。それは1960年の医療金融公庫の融資にあった。厚生省はこの精神病院建設を推進し、「医者の数は他の診療科の1/3でよい」という病床基準をつくり粗悪濫造に拍車をかけた。1957年に8万床だったが、今や35万床に増加した。その精神は「精神病は収容あるのみ、治療は考えなくてもいい」ということにあった。そこで起きたのが鉄の格子戸つきの病棟、患者虐待、身体拘禁問題である。患者が暴力を振るうというのは因果の逆転で、拘束するから患者が抵抗するのである。一方イタリアの精神病院(マニコミオ)のバザーリア医師は「時折の患者の暴力は精神病院が引き起こす病気、精神病院などやめて人間的つながりの暖かい状況の中で患者は生きてゆける」という運動を進めた。その運動は1978年、「精神病院への入院を禁止する」という法律(バザーリア法)の制定となって実を結んだ。精神病入院患者は12万人から2万人に激減した。そして1999年保健大臣ビンディは全精神病院の閉鎖が完了したことを宣言した。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年1月7日)「喜ぶべきか悲しむべきか 10年ぶりに診療報酬プラス改定」 多田智祐 ただ胃腸科肛門科

2010年度の診療報酬の改定が0.19%アップ(35兆円の医療費では7500億円程度)で決着した。自民党政権では過去10年間連続して減少してきたことに較べれば、これは喜ぶべきことなのでしょうか。長妻厚労相は「医療費内の配分をぎりぎりまで見直せば、どうにかなる」というが、はたしてどうにかなる問題なのであろうかというのが多田氏の医療現場からの問題提起である。医療現場ではぎりぎりのコストダウンをしてきているが、もはや絶対に黒字化できない状況に追い込まれている。この0.2%アップで、病院の7割、民間診療所の1/3が赤字の状態を改善できるのだろうか。例えば採血処置は材料込みで110円、浣腸処置は610円なのである。そして再診料の60円引き下げも用意されているのだ。医療再生を謳うなら、0.2%ではなく30%アップが必要だというのが多田氏の主張である。


第48回(2010年1月13日)「特効薬が使えない 肺動脈性肺高血圧症とフローラン」  東京大学医科学研究所 上昌広 

肺動脈性高血圧症とは、心臓から肺へ至る動脈血管が収縮して高血圧となり右心不全と進行し、治療しないと2−10年で死亡する原因不明の病気である。我国の患者数は8500人で、100万人に1−2人という稀な病気である。肺動脈性高血圧の治療を変えたのは、1973年に英国ウエルカム社のVaneの発見したプロスタグランジンI2物質である。ウエルカム社とアップジョン社により、1983年人工透析の対岸循環の血栓形成予防薬「フローラン」が開発された。臨床研究によって、肺動脈性高血圧症では血管拡張作用を持つプロスタグランジンI2物質の産生が低下し、血管収縮作用を持つトロンボキサンA2の濃度が高くなることが分かった。「フローラン」を投与することで、肺動脈圧を下げることが分った。米国では1995年に肺動脈性高血圧症に対して承認され、我国も1999年に承認する。このようにして「フローラン」が医療に用いられるようになったが、我国の2008年度の「フローラン」の売上は約300人に対して108億円であった。ウエルカム社を引き継いだグラクソ・スミスクライン社は最初「フローラン」の投与量を10ng/Kg/minと考えたが、この薬は体内で直ぐに分解されるため継続した効果を期待するには投与量をさらに上げる必要があり、25−40ng/Kg/minの持続投与が必要とみなされている。この「フローラン」の薬代は10ng/Kg/minで1ヶ月60万円ー240万円である。1年間で720−2880万円/1人かかる。殆どが赤字の健康保険組合にとって大変な出費となり財政悪化をもたらす。患者からみると、この疾患は厚労省が「難病」に指定しているので、自己負担は軽微である。問題は「フローラン」の価格が日米で10倍の格差があることが不思議なことである。1.5mgバイアル瓶が、米国では30ドル、日本では38000円もするのだ。早急に健康保険組合の負担軽減が求められるが、対策のひとつは政府が健保組合に財政支援することである。2つは薬価改定で下げることである。3つはジェネリック医薬品としての開発である。「フローラン」の特許はすべて切れているが、100億円程度の市場では、初期投資の困難なジェネリックメーカでは意欲がわかないらしい。第4には第2世代「フローリン」類似薬の開発である。持田製薬が「リモジュリン」の国内販売権を取得して臨床試験中である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年1月21日ボストン便り)「アメリカ市場化医療の起源」 細田満和子 ハーバード公衆衛生大学院研究員(社会学)

著者はハーバード大学公衆衛生大学院で「保健医療政策」を学んでいる社会学研究者である。そこで行われている「保健医療政策研究会」での話題をひとつ紹介するということである。今日の市場原理で動くアメリカ医療の原型は、20世紀の始めロックフェラー財団やカーネギー財団がアメリカ医師会を指導して、医師と医療関係団体のために1930年ごろに作り上げたシステムであるという。そしてそこを貫く原理は科学的医療の正当化と医師の高度専門職化の2つである。著者が勉強したブラウンの「ロックフェラーのメディシン・マン」という本には、アメリカの医療費がずば抜けて高いのも、医療保険が高いのも、医師と利害団体の経済的・社会的利益を守るためのビジネスモデルであると、資本主義に基づく近代的医療を確立してきた歴史が書かれている。一般には近代医療は医療技術の進歩と産業社会の要請の結果なのではあるが、アメリカではもっと意図的に「患者中心」主義は捨て、あくまで「専門職」中心の医療に変わったのである。日本でいう赤壁先生というような患者に寄り添う医療(治療費も取らない)とは正反対の、強い生産性の高い医療によって医師と関係利害団体の利益を擁護し発展させてきた。1910年にカーネギー財団のフレクスナーは「研究志向による大学院教育によって、医師には特別の地位と報酬を与える」ことを説いた。慈善団体のロックフェラー財団やカーネギー財団がアメリカの医療制度を作り上げたのである。その医療の担い手は企業資本家であって国家ではない。国家が医療で指導的な地位を獲得するのは世界大戦中の兵士治療からのことである。企業資本家による医療という基盤は強固に出来上がっており、それに病院、医学校、保険会社、製薬会社、医療材料、医療市場などの利益団体が、高い利潤を狙って結合している。まず最初に高い利益があって発展してきたのであり、今日の日本医療のように厚労省が中医協をコントロールして、利潤が殆どない赤字経営しか許さない構造では医療の発展はありえない。なお最近は、ロックフェラーやカーネギー財団に加えるに、マイクロソフトのビルゲイツが21世紀初頭、3兆円の資産の医療支援財団を起こした。医療界の資金獲得競争は熾烈である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年1月24日)「厚労官僚の火遊びを許すなー佐藤医師への弁明の聴取が先例になれば、医療体制は崩壊」 小松秀樹 虎ノ門病院泌尿器科

東京女子医大事件の被告であった佐藤医師は90日の逮捕勾留を受け七年間被告人の生活を強いられたが、第1審、第2審で検察の論理は悉く退けられ昨年無罪が確定した。この佐藤医師に対して厚労省は「裁判の意趣返し」のような行政処分を行おうとしている。検察の暴走はまさに統帥権のように横暴である。人権も生活も何もあったものではない。医師に対する行政処分は「医道審議会」で行われ、5分程度で事務局案を認める儀式である。行政処分と「弁明の聴取」は、実質的に調査権と処分権が同一人(厚労省)に握られている、江戸時代の大岡裁きである。こんな乱暴なことは近代国家ではありえない。検察行政の暴走を防止するために弁護士と裁判所があるのだ。裁判でダメなら行政指導で佐藤医師を抹殺しようとする中世の暗黒物語である。厚労省に医師を裁く権利は法的にない。意志は「医学と良心」に従って行動する。医師は医療現場からの演繹法で良いと考える行動をおこなうので、現場を知らない厚労省官僚の方針とはいつも齟齬することが多い。厚労省は実情に合わない規範を医療現場に押し付けてきた。このため現場いつも違法状態に置かれている。厚労省は常に権限と組織を強化しようとするがん組織である。したがって、行政をチェック&バランスでコントロールするのが西欧型民主主義である。医師の生殺与奪権を得て、自分の都合のいい僕としようとする誘惑はいつも厚労行政側に働いている。漏れ聞くところによると、行政処分を担当している厚労省医師資質向上対策室はこの佐藤医師の行政処分と弁明の聴取に反対であったが、杉野医政局医事課長の教権で押し切ったという。いまこそ長妻厚労大臣はこの事実関係を調査してこの暴走を止めなければ、医師と行政の断絶がおきて医療崩壊になる。舛添元大臣の「厚労官僚との闘い752日」(小学館)にも書いてあったが、常にウソと改竄の報告しか大臣にあげてこない官僚の体質を打ち壊さなければ、この国の医療はよくならない。


第49回(2010年1月27日)「国民視点不在の中医協論争を嘆く」  東京大学医科学研究所 上昌広 

いま中医協では診療報酬改定に議論が進んでいるが、再診料・外来管理加算を巡って紛糾している。再診料は病院が60点、診療所が70点です。中医協は12月にこれを一律にするという合意をした。問題は医師会が診療費を下げられると見込んで猛反対に廻ったことだ。民主党内には足立政務官と桜井議員の医師議員がいて、党内でも医師会派とそうでない派でもめている。選択肢は70点、65点、60点であるといわれ、攻防を繰り広げている。ただ医師会が強引に利益保護を求めれば国民の支持を失いかねない。問題は中医協での議論に国民的視点が稀薄なことであろう。経済危機で患者の収入は減ってきている。特に難病の医療費は高額であり、先日もがん患者の母と娘が心中するという事件が起きた。健康保険と介護保険の保険料が引き上げられ、中堅サラリーマンで月3000円の負担増となった。自公政権下での長年の医療費削減政策によって医療界は崩壊寸前にまで追いやられ、病院の赤字経営が続いている。民主党のマニフェストに書いてあった「支出の振り替えで財源を確保する」ということは、極めて困難で出来る相談ではなかったようだ。結局どこかで国民負担を増やさざるを得ないことになるだろう。そのためには国民的議論が必要で、中医協のように30兆円以上の診療報酬(薬価も含めて)を決める過程が透明ではなく、官僚の裁量内で国会の承認もなく行える国は日本しかない。国民的合意の無い医療報酬改定に納得できないと、国民にはストレスばかりがかかることになる。


医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年1月28日)「アメリカのコメディカルはここまでやっている!」 河合達郎 マサチュセッツ総合病院外科・ハーバード大学医学部准教授

アメリカの医療費対GDP比は16%で、日本では8%に過ぎない。先進国OECD加盟国平均は10%である。ここで日米の医療サプライ側のレベルが格段に差がつくのである。アメリカでは特にコメディカルの活用が進行しており、マンパワーのすごさで医師の雑務を大幅に助けている。たとえばオーダーが出された検査項目はCTであろうと当日中に出来る。(これは日本の大病院でも当たり前であろう) そのほか病棟事務は24時間制、点滴など末梢静脈注射はIVナースが行え、転院退院の事務はケースマネージャーが行い、検査オーダーはNP(ナースプラクティショナー)が行い、外来では部分的にPA(フィジシャンアシスタント)が患者を診ることが出来る。呼吸器管理、栄養管理、麻酔看護師ナースアセッティストが手術の手伝いを行い、手術の器機出しはテクニシャンが行うことが出来る。これに反してマンパワーが圧倒的に少ないという日本の事情は、医者の仕事を手助けするコメディカルが不足していれば、医者の数を増やしても有効な働きをしないと考えられる。医療費をアメリカ並みに上げることは、保険料金の高騰となり、医療へのアクセスを制限する(医療にかかれる人は金持ちだけ)のであるので、アメリカのような高額治療費のかかる社会も考えものであるが、せめて欧州並に10%にしたいものだ。そしてコメディカルのパワーを増やしたい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年1月30日)「再診料を題材に、診療報酬決定への提言 加藤良一 加藤整形外科

1月21日足立政務官は診療所の再診料引き下げの発言をしている。そもそも病院の再診料を600円に引き下げたのは、病院の外来数を減らすための厚労省の政策であった。診療報酬は中医協、内保連、外保連の意見を聞いて、厚労省保険局医療化が独断で決定していた。従って官僚の偏見と思惑が反映し現場を混乱させるばかりである。再診料には医師の技術料が評価されるべきで、一人の患者の疾患ごとに設定すべき問題である。再診でも初診と同じ判断力と労力がかかるので料金は同じにすべきである。再診料に施設利用料金が含まれているので、これを別立てにして、再診料は病院・診療所共通料金にするということも必要である。土台、中央が一律に医療価格を決めることは不可能で、むしろその弊害ばかりが目立っている。また診療報酬決定に国会や国民のチェックが入るような仕組みが必要だ。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年2月1日)「もったいないインフルエンザワクチン」 木村知 T&Jメディカルソリューションズ

昨年12月中頃から医療現場で新型インフルエンザ患者の発生や「新型インフルエンザワクチン」接種の問い合わせがめっきり減ってきた。メディアの報道もなくなり、2ヶ月前の騒動がまるでウソのような静まり方です。著者の院内の冷蔵庫には大量の国産新型インフルエンザワクチンが眠っているそうだ。92ml(180人分)のワクチンがあるにもかかわらず、最近接種に訪れる人は日に15人ほどである。1月21日医師会を通じて、輸入ワクチンの供給希望調査が来た。そこに書かれていた海外メーカ2社のワクチン接種用量と保存期間には驚くばかりの使い難さが平然と書いてあった。1126億円かけて輸入した9900万回分のワクチンはそっくり捨てることになりかねない。水面下では部分解約の交渉が始まっているといわれるが、厚労省はもったいないとは感じていないようだ。この文は新型インフルエンザ騒動が終焉した今日の備忘録である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年2月9日)「診療報酬改定議論にもっと病診連携の視点を」 長尾和宏 長尾クリニック院長 (尼崎市)

開業医よりの診療報酬改定による「病診連携」の推進を訴える提言です。1月の中医協で10年ぶりに僅かではあるが診療報酬がアップした(0.19%)。そのアップ分は病院勤務医への手当てに向けるべきで、産科、小児科、緊急外科を優先した方がいい。したがって報酬は開業医据え置き、勤務医1.5倍をめざしたいと著者は提案している。10年以上続いた医療費抑制政策のため殆どの医療機関は採算分岐点を割って赤字体質に転落している。この疲弊が医療崩壊を生んでいるのである。また著者は病診連携システム(病院は入院患者のため、外来は診療所利用を)を促進するため、外来患者の直接病院への直接アクセスの流れを変える必要がある。そのため窓口本人負担を病院30%、診療所20%という誘導策を提案する。いまこそ日本医師会は「地域医療連携」を強く主張すべきであると云う。


第50回(2010年2月10日)「岐路に立つ薬事行政 PMDAは改革されるのか?」  東京大学医科学研究所 上昌広 

我国の薬事行政は薬害の歴史といっても過言ではない。サリドマイド、キノホルム、薬害エイズ、薬害肝炎など社会を揺さぶった事件をきっかけに厚労省の組織は新設・変更されてきた経緯があり、2004年3つの組織を合併して独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」PMDAが発足した。このPMDAが医薬品と医療機器の審査を行っている。ところが厚労官僚はこのPMDAを自分らの手の内に戻すべく、「日本版FDA]という美名のもとPMDA潰しの暗躍を始めたのである。これを察した舛添元厚労大臣と民主党の仙谷氏が反対し、日本版FDA(アメリカ食品薬品安全機構)の構想は立ち消えとなった。PMDA515人の職員のうち、119人が厚労現役官僚の出向で、幹部41人中33名が出向組みで占められている。アンケート意識調査によると、専門職員はプロパーといわれ、キャリアー官僚の出向組みが支配するPMDA組織への不満を募らせているそうだ。この調査結果を公表するについても厚労官僚は陰に御用学者を使って反対したようだが、雑誌「選択」や週間ダイヤモンドの報道によって、この策動も封じ込められた。ドラッグラグを解消し、製薬メーカーの新薬開発のインセンティヴを増すため、新薬の価格を下げない「薬価維持特例」が昨年末の予算編成で認められた。これにたいしても厚労官僚は「薬価維持特例」を申請するメーカーに対して巨額の費用がかかる治験データを要求するなど、骨抜きを図っているが、中医協は患者と医療者、メディアの力で厚労省に変更を迫っている。今年4月以降に仙谷大臣は独法の仕分けが行われる予定で、PNDAや厚労省薬事組織は当然その対象に挙げられている。舛添大臣が任命し民主党政権でも信頼されている近藤理事長が、PNDA内で本気で薬害対策を行う文化を創るべく努力している。厚労官僚は患者の命よりも自分達の権益と組織の維持に汲々としており、そのちぐはぐな愚行がメディアの力で国民お前に曝露されてきた。


JMMデンマークたより 第86回(2010年2月11日)「医療体制の一長一短」  高田ケラー有子 造形作家 在デンマーク

高田さんのお子さんが骨折をして公立病院にかかった経験から、デンマークの無料のホームドクター制度(総合医 ジェネラリスト)の問題点を考えて国民性の違いを実感したというお話である。デンマークのホームドクター制度は、一応どんな患者でも受け入れてまずそこで初期診断がなされ、振り分けを行い必要に応じて専門医へと進んでゆくシステムである。そして公立病院では無料が基本である。大変優れたシステムのようであるが、今回高田さんが受けた緊急外来でのことに多くの疑問を感じたという。息子さんが足首を剥離骨折をしてX線を受けたがギプスもなく2週間様子を見た。親の訴えでようやく2週間後にギプスをしてもらい、6週間後にギプスを外された。そして1ヵ月後激痛が走り足首が紫色に腫れたため緊急外来にいったところ、X線では骨折は直っているので別の病気が疑われるということで、病院から2週間後に連絡するということになった。ここから振り分けが始まったのである。足が紫色に腫れているので、2週間も待てないので私立の病院に受診したところ、MRIを撮り小さな新たな骨折が見つかった。今後のリハビリの事もあるので再度公立病院に行って無料のリハビリを受けることが出来た。無料である公立病院ではまず経費を使わないことが暗黙の了解になっており、絶対にMRIなどは撮ってくれない。何をしても次は2週間後ということで、急変した場合電話ではどうしょうもない。とにかく医者の判断が遅いのである。ジェネラリスト制度が玄関口にいて患者を振り分けるのであるが、その振り分け方がいつも正しいとは限らないし、患者側にはジェネラリストであるホームドクターを飛ばして外科を受診するというアクセス権がない(無料の公立病院では)。金のある人は私立病院へ流れるのは当然かもしれない。2009年7月に施行された待ち時間に関する規定では、治療方針の振り分けにかかる日数は2週間、そこから治療に入るまでの待ち時間は1ヶ月以内となった。もちろん無料である。デンマーク国民は「無料なんだから待つのは当たり前」という至極のんびりした国民性である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年2月19日 ボストン便り第10回)「パワーゲームとしてのアメリカ医療」 細田満和子 ハーバード公衆衛生大学院研究員(社会学)

アメリカの医療は医療関係諸集団(ステークホルダー)のパワーゲームで動いてゆくことから医療を見て行くと、@医師による専門職支配、A医療経営者の経営効率、B看護師などコメディカルの高度専門職化と地位の向上、C患者団体のロビー活動、Dケアーマネージ政治改革と政争という側面が目立ってきている。高度専門職としての医師の地位と権威は近年相対的に低下しつつある。それは経営陣やコメディカルなど他のステーキホルダーの力が増したことと、生命倫理学者や法学者の介入が増えたことによる。医療ビジネスマンは保険会社と有利に渡り合うため、経営の効率化を強力に押し進めた。人員削減、入院日数や病院へのアクセスを大幅に効率化し、私的利益の追求に躍起になっている。そしてオバマ大統領がケアーマネージ改革において妥協を重ねるにつけて、皆保険から「パブリックオプション」(私的保険の拡大)に後退し、ケネディ家の基盤であるマサチュセッツ州での上院議員補欠選挙でも共和党の勝利となった。ケアーマネージ改革は共和党と民主党の政争の具となった。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年3月9日)「過労死寸前の開業医を襲うー24時間電話対応」 多田知祐 ただ胃腸科肛門科

2月10日の中医協総会の診療報酬改定審議において、開業医の再診料を710円から690円に引き下げられた。病院と開業医の再診料金を同じにするためである。診療所は外来診察料が主な収入源です。今回の診療報酬改定においては危機に瀕している病院へ配分を多くすることが狙いで、800億円の予算がついた。開業医は儲けすぎているという厚労省のデーターには開業医は反発している。開業医の労働時間は月平均252時間、1日平均70人の診察を行い、外来医療費単価は1人約7000円(アメリカ62000円、英国25000円)、年間外来診察数は約8500人(OECD平均2421人)で過酷な経営と労働状況になっている。さらに今回「地域医療貢献加算」が30円つきましたが、24時間電話対応が条件となり、開業医をさらに苦しめることになります。病院での医療崩壊と同様、開業医の過酷な労働は医療崩壊につながりかねません。という開業医側からの悲鳴をさて皆さんはどう考えますか。


第52回(2010年3月10)「医療の成長戦略ーオーダーメード医療とスーパーコンピューター」  東京大学医科学研究所 上昌広 

近年医学・医療に「革命的なパラダイムシフト」が起きている。そのひとつはゲノム研究である。2003年に人間の全遺伝子配列が解明されていらい、ゲノム研究の進歩が加速している。最先端シーケンサーは1時間以内にヒトゲノム情報を読むことが可能だという。ヒト遺伝子多形を読むことで、薬の利き方や予後をある程度予測できそうである。マニュアルに従って一律の薬を投与する治療計画から「オーダーメード治療」、もしくは「カスタマイズド治療」も目前です。そのためには高記憶容量、高速のスパコンが欠かせません。IBMのBlue Geneが有名ですが、日本では事業仕分けで問題となったスパコン予算は極めてお粗末で世界に遅れを取っています。ボトルネックは人材です。医学部などに情報処理関係の技術者の育成が緊急の課題です。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年3月22日)「医師当直制度の現状と解決策」 時田和彦 京都府立与謝の 海病院副院長

平日夜間当直勤務となると実に33時間のぶつ続け勤務となり、医師の集中力が衰えて医療事故につながる可能性が増すことが指摘されている。筆者の病院では平日に2回と週末に1回の当直が毎月割り当てられる。夜間当直15時間のうち平均7時間が勤務時間である。この労働基準法を無視した医師当直制度の問題は、医師が病院から離れる最大の原因である。病院としては3交代制が推進することが解決策であるが、行政側特に労働基準局の指導が必要であり、医師数が少ない小病院では夜間救急患者の受け入れは出来ないことになる。医師の犠牲的奮闘によって成り立っている夜間救急医療は医療崩壊の要因である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年3月23日)「医療を成長産業に なんて夢のまた夢」 多田智裕 ただともひろ胃腸科肛門科(武蔵浦和)

2月11日中医協の診療報酬審議が終わった翌日、長妻厚労大臣は「日本医療は世界に冠たるものがある。省内に医療・介護・保育の成長戦略プロジェクトチームを作る」という発言をしています。本当に日本医療は世界最高水準にあるのだろうか。現実はお寒い限りだ。日本の医療技術で世界最高レベルにあるのは「内視鏡検査」だけでしょう(オリンパスの内視鏡の世界シェアーが75%)。ところが内視鏡による大腸ポリープ切除手術は今回の診療報酬改定で53600円から5万円に引き下げられた。これまで日本の医療政策とは診療費の増大を診療報酬と薬価の切り下げで対応する歴史であった。それが今の医療崩壊の最大要因となっている。「世界から見て最高水準の医療技術を培った」というのではなく、「医療を安く平等に提供する」点では確かに世界最高レベルにあるというべきであろう。医療崩壊と日本的医療の提供は表裏一体の関係にある。今求められているのは診療報酬の増額であり、全体的な底上げである。


第53回(2010年3月24日)「新型インフルエンザワクチンはなぜ不足したか?」  東京大学医科学研究所 上昌広 

新型インフルエンザの流行が一段落した段階で、2010年2月19日厚労省足立政務官は政府のインフルエンザ対策本部の行動を検証すると発表した。ところが厚労省の官僚は議事録を作成していないと新聞にリークした。残していないというより、隠しているのだろうと推測されるが、官僚の証拠隠滅体質はまさに民主党政府を愚弄するものである。3月21日仙谷大臣は「医政局の存在が邪魔になるなら解体も考えなければ」と業を煮やした発言をしている。日米のワクチン接種能力は昨年10月から11月の2ヶ月間で、日本が推定600万人、米国が4600万人でその能力差は歴然である。(最終的に日本のワクチン接種者は1800万人となったが) 日本が国産ワクチンにこだわっている時、欧米政府は輸入分を含めて必要量を確保していた。複数の国より輸入するのはリスク分散という意味で当然の行為である。そして日本政府のワクチン不足の最大の問題は、欧米が昨年5月にすでにワクチン購入権を確保しており、日本が動いたのは昨年8月末であるとという初動の遅れである。官僚を押しのけて舛添大臣が動いてはじめて輸入が出来た。その原因は、日本にはワクチン被害者の無過失救済制度や制約企業の免責など制度が整っていなかったためである。それと厚労省医政局が国内ワクチン四メーカーに肩入れ(護送船団方式)してメーカの育成保護(貿易障壁問題)にこだわったからだ。およそ「ガラパゴス」的制度であり、これでは国際協調や国際常識に照らしても時代遅れである。新型インフルエンザワクチンだけが特異現象であったのではなく、「ワクチンギャップ」という日本は欧米の動向から約20年の遅れが付きまとっている。欧米でポリオワクチンの不活性化と混合ワクチンが開発されても、日本ではまだ弱毒性ワクチンから脱することができない。このようにワクチンギャップはいたちごっこの繰り返しです。サプライヤーの都合ばかりを気にしているワクチン政策を国民的視点から見直すことが必要である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年3月25日)「診療報酬の歴史を検証する」 和田真紀夫 わだ内科クリニック院長

本文は三輪和男著「猛医武見太郎」(徳間文庫)によるところが大きいと和田氏は述べている。たしかに戦後日本医師会を率いた武見太郎氏が日本の診療制度に果たした功績は大きい。そもそも大正末に健康保険制度が出来た趣旨は、貧しい暮らしのものが医療の恩恵を受けられるようにということであった。その前には職工保健のようなものがあったが、大正末期に国家が援助する形の健康保険制度が生まれた。「政府管掌保険」と「組合保健」でスタートしたが、昭和13年には普通国民健康保険と特定健康保険組合がつくられた。発足時日本医師会と政府との間で契約が結ばれ、政府が支払う総医療費が決められ、官公立病院、薬剤師、医師会に分配された。医師会は政府から一括して貰った診療報酬を医師会員に分配したが、その時の算定法が「点数・単価方式」であった。1点=10円というのは固定したものではなく物価に連動し、国家財政にあわせて医療費全体を調整するものである。ところが第2次世界大戦の最中、医師会と政府が1年ごとに見直す契約を、当時の軍事政府と統制経済政策の官僚が一方的に契約を破棄し、診療報酬を厚生大臣の告示で定めるとしてしまった。日本医師会が自主的に決めていた健康保険点数表を政府が定めるとして国家統制することになった。戦後GHQはこの制度に手をつけなかったことにより、戦時中の国家統制が改正されることなく現在まで続いているのである。昭和32年日本医師会長になった武見氏は点数の引き上げを要求して立ち上がった。厚生省は開業医には従来の点数表「乙表」、病院には新医療費体制といわれる点数を引き上げた甲表を適用するという分断策をとった。点数は技術料を意味し。単価は物価を反映するが、単価は固定したまま点数だけで調整する方式である。つまり点数を変えるということは、診療内容や技術に厚生省が評価点を与える(口を出す)ことになった(これを制限医療という)。そして当時の医療政策は病院優遇策で展開した(と開業医の和田氏はいう)。昭和36年国民皆保険のスタートにあわせて、医療保険制度の抜本改革を主張して猛然と闘ったのが武見氏である。保険医総辞退(医者のストライキ)をちらつかせて、当時の自民党政調会長田中角栄から妥協を得て制限医療は撤廃された。それ以降病院優先型の健康保険点数を策を推し進めた結果、病院の乱立、乱診乱療、医療費の増大となった(と開業医の和多氏はいう)。病院優遇策は国立病院、大学病院、県立病院、市立病院、町立病院、私立病院、赤十字病院、厚生年金病院、警察病院、済生会病院、労災病院、社会保険病院などバラバラの病院政策が推し進められた。主管省庁も厚生省、労働省、文部省、総務省、通産省など多岐に及んでいる。これでは病院の医療崩壊に対する有効な策が取れないでいるのも当然なほどバラバラ行政である。健康保険も組合、政府、国民と分けられ、現在健康保険の統一が課題となっている時、厚労省は「高齢者健康保険制度」で大きくつまずいた。その廃止も鳩山民主党政権では工程表に入っているという。自民党の圧力団体と化した日本医師会を率いた武見太朗氏の政治手法はいかにも前時代的といわれようが、主張するところは正論である。武見氏は「学問に理解なき輩は去れ」と官僚を烈しく批判した。医療の内容は医師が決めるべきで、素人の行政官が医療内容にまで口を出すのは許せなかったのである。戦後の医療行政は、自民党政府、厚労省、日本医師会のトライアングルで調整してきたが、この構造力学ももはや成り立たない。現在医療の値段を国家が統制しているのは日本だけだという。そして1990年以降は総医療費の抑制政策が主として診療点数の切り下げと薬価の切り下げで行われ、医療の存立ぎりぎりまで削られている。新しい医療体制への提言としては、健康保険の一本化、中医協の解散、医療費は医師と国民が決めるものである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年4月2日)「解禁してはいけない混合診療」 多田智弘 武蔵浦和ただともはる胃腸科肛門科

3月15日日本経済新聞に「保健医療と保険外医療の組み合わせ(混合医療)の原則解禁を」という記事あった。また内閣府規制改革会議の最重要課題に「混合医療の在り方の見直し」があげられている。現在の制度では、保険で求められていない保険外診療が診療に加わった場合保険が適用されず、治療費全体が患者の自己負担となる。保険内診療5万円の3割負担に保険外治療3万円という場合45000円を払えばいいというわけではなく、全額8万円が自己負担になるのだ。混合医療賛成派の描くシナリオと、混合医療反対派の描くシナリオを比較してみよう。混合医療賛成派は、@保険適用はそのままで、保険外医療だけを自己負担とするもので総医療費8万円が45000で済み個人および国家にとって医療費の大幅削減となる、A利用者の多彩なニーズに答えられる、B赤字病院の経営改善となるという点を挙げます。この場合利用者とはお金持ちのことです。反対派は、@公的保険診療しか行わない病院は経営的、人的に完全に破綻する、A現在の差額ベットに明らかなようにお金のない人への差別が浸透する、B保険外診療を受けないと満足な医療が受けられないように誘導される。つまり医療格差が拡大しアメリカのような金持ちだけのための医療になる事は見え見えだという。筆者は結局混合医療には反対で、このような小泉元首相のような規制緩和策では「良質な医療を公平に供給する」という日本医療のよさが消滅するという危惧を抱いている。さてあなたはどう思いますか。


第54回(2010年4月07日)「日本医師会会長選挙を振り返る」  東京大学医科学研究所 上昌広 

4月1日エイプリルフールの日、日本医師会会長選挙が行われ、茨城県医師会長の原中勝征氏が第18代会長に選任された。自民党と民主党の代理戦争とも言われたが、民主党に近い原中氏の当選で是で切れ目なく日本医師会(日医)は政権側に附くという予定調和的な行動に終った。原中氏は1966年日大医学部を卒業した内科医でTNFの研究で業績を上げ、東大医科研内科助教授となるがガンで療養した後、1991年茨城県の医療法人杏仁会大圃病院理事長に転職する。2004年には茨城県医師会長に就任し、2007年の参議院選挙では日医推薦の武見敬三氏を落選させ、民主党へ近づいたとされる。2008年4月「後期高齢者医療制度」が施行されると、原中氏と茨城県医師会は反対の論陣をはって街頭署名を行い、民主党の参考人招致で国会に出た。2009年6月には茨城県医師連盟会員1226名を率いて集団で自民党を離脱した。県選出国会議員に厚労族の大物丹羽雄哉氏がいる中でのこの一連の行動はかなり勇気ある行動と目された。2009年の衆議院総選挙では茨城県7選挙区の5選挙区で民主党が勝利し丹羽氏は落選した。今回の日本医師会会長選挙では、理事ポストは会長が決める慣例を廃止して、3人の副会長と10人の理事も公選制となり、その結果副会長には主流派の二人が当選し、理事選挙でも原中派は2人だけで主流派4人相乗りが4人という複雑な構成となった。会長独裁制から派閥均衡を図ったようである。昨年民主党政権が成立して以来、民主党の医療政策を推進してきたのは仙谷国家戦略相、足立厚労省政務官、鈴木寛文部副大臣らであったが、日本医師会はかれらを「病院族」と呼び、日医が開業医の利益団体であると云う性格は変わっていないようだ。日医のが国民の医療の改善を望むならさらなる組織改革を進めなければならないが、まず情報公開と県長老による代議員制の廃止が求められる。


第55回(2010年4月21日)「独法行政法人の事業分けー医薬品医療機器総合機構と国立病院機構」  東京大学医科学研究所 上昌広 

医薬品医療機器総合機構(PMDA)は2004年に独法化したが、職員511人中厚労省出向者は119人、幹部41人中出向者は33人で完全に厚労官僚の支配下にある天下り先ポジションである。2008年舛添前厚労大臣が薬害肝炎事件で官僚出身理事長を首にして近藤達也氏を送り込んだ経緯がある。ところが本年年度末に厚労官僚は近藤氏のボイコットを企んだが、長妻大臣の知るところとなり、幸い近藤理事長の再任は行えた。
もうひとつの重大問題は国立病院機構の経営問題である。国立ガンセンターの独法化に当たっては、昨年秋に経営の膿を出すべく議論が行われ、機能更新投資の減価償却80億円を見込んでいない官僚の計画が曝露され、また長期債務668億円を171億円に減額するため、総長以下経営陣の退陣で責任を取る形で国費が投入された。しかるに国立病院機構は国立ガンセンターの10倍以上の規模の経常利益8078億円(ガンセンター500億円)の減価償却を437億円(ガンセンター80億円)と見込み、固定資産の負債6544億円(ガンセンター668億円)の支払利息を150億円と見ている。ガンセンターの規模と比較して国立病院機構の経営は非常に危機的であり、官僚がつくった長期負債(病院建設費など高価格体質は道路公団とおなじ)を議論せずにきていることが問題である。事業仕分けにおいて徹底した議論をして膿を出す必要がある。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年4月25日)「経済格差と医療格差」 久住英二 ナビスタクリニック・立川

がん患者の7%がガン治療費が高額なため、経済的な問題から治療を断念したり、別の治療を希望しているそうだ。所得に応じて健康保険料を支払っているが、自己負担率は30%と一定であり所得に比例していない。健康保険料が未納の人は全額自己負担であり、医療へのアクセスが大きく制限される。ノーマン・ダニエルは「健康格差とは医療アクセスの格差だけでなく、健康に対する知識、喫煙率、飲酒量、労働環境など様々な社会的格差の総和であり、裕福で高い教育を受けた人々は、それ以外の人々に較べて長生きで健康な生活を送ることができている」とのべた。格差社会の典型であるアメリカでは先進国中群をぬいて寿命が短いことが知られている。民間健康保険しかないアメリカでは無保険者が30%を越え、オバマ大統領の健康保険改革はまだ日の目を見ていない。日本の公的健康保険制度は世界の範たる制度でありぜひ維持しなければならないが、さらに自己負担率や、高額医療費問題などを解決しなければならない。


第56回(2010年5月5日)「新型インフルエンザ対策を科学的に検証しよう」  東京大学医科学研究所 上昌広 

3月末に厚労省は「新型インフルエンザ対策総括会議」を立ち上げ、五月末までに6回開催する予定である。4月28日の第3回会議において、対策の最高責任者であった上田健康局長が意見陳述をした。空港検疫に関して「国内発生が出るまではやめるわけに行かない。欧米では検疫をやりたくてもやれない。ワクチン不足が心配されたので検疫でがんばるしかない。」などの発言はおよそ医学の常識を欠いた発言といわざるを得ない。医学界では空港検疫の有効性を論じた論文は存在しないどころか、無効であると主張する論文はいくらでもある。防衛医大病院の佐藤弘樹氏を中心とするグループは空港検疫をシュミレーションして感染患者の90%以上は見逃す可能性を指摘した。(Eurosurveillance,15(1)、19455,2010) 2010年4月の日本感染症学会で国立感染症研究所の島田智恵氏らは、2009年4月28日から5月21日までの空港検疫対象者21万人の調査を行い、124人の感染者が通過し、発見は4名で検出率は僅か3%に過ぎないことを報告した。ワクチン問題の検証は五月19日の第5回に予定されているが、治験なしで実施されたワクチンの有効性と安全性の議論がなされなければならない。厚労省への報告では、約1600万人への接種での死亡者107件と報告されているが、この死亡率は実にアメリカの25倍である。昨年秋の米国では4600万人に接種して死亡者は13名に過ぎなかった。日本のワクチン接種による死者は基礎疾患を有する高齢者である。基礎体力の無い人にはワクチン接種は致命的になった可能性がある。60歳未満だけの死亡者をとってみても、日本の死亡率はアメリカの2.4倍である。これは「製法が従来と同じだから安全だ」と謳った国内産ワクチンの品質に大きな問題があったことを示唆するものだ。またワクチン接種を1回でよいという方針の根拠となったのが、抗体価が1回で上がったというデータである。これは根拠にはならない代物である。たとえば麻疹ワクチンは1回で抗体価は上がるが、2回接種が必要と決められている。また果たしてワクチンがインフルエンザ予防に効果があったのか大いに疑問視されている。たとえば29歳以下の接種済み医療スタッフの集団感染が報告されている。21名中10名が新型インフルエンザに感染したという。30歳以上では29名中感染したのは1名であったことから、年齢差へのきめ細かい見直しが必要である。


医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年5月6日)「躍動するトロント小児病院」 堀越裕歩 トロント小児病院・小児感染症部門・クリニカルフェロー

トロント小児病院は北米でも国際性が際立って高い病院で、臨床フェローの半数が外国人が占めている。トロント自体が国際都市で市の人口の半数くらいが移民である。言語は大抵英語で可能であるが通訳をつけることも出来る。この病院の設立は1875年、病床数は265床、約1/3は集中治療室とNICUの重症患者向けである。病室は個室中心、医療スタッフ、ソーシャルワーカー、チャイルドスペシャリスト・ピエロまでいる。筆者が勤務していた国立成育医療研究センターは病床数は460床だが、医師数はトロント小児病院の半数以下、スタッフはさらに少ない。トロント小児病院の予算規模は年間565億円で、6割が保健収入、2割が寄付で、病院に併設する研究施設の予算は年間140億円、スタッフは約2000人である。臨床フェローの勤務時間は、臨床業務、研究業務、教育業務に分けられて外来から開放された研究時間が確保されている。トロント小児病院の医院長は元看護師で寄付金集めや州の予算獲得に辣腕を振るっている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月14日)「民間病院における設備投資コスト調達の問題点」 亀田隆明 医療法人鉄薫会理事長

日本では病床数全体の7割を民間病院が占めている。救急、周産期、災害医療など「公共医療」の重要な分担を担っている。公立病院の建設や設備導入には税金が使われるが、民間病院は資金調達は銀行からの借り入れに頼らざるを得ない。株式発行や団体からの出資は医療法人には認められていない。つまり資本主義システムで当たり前の制度が使えないのである。診療報酬には設備投資に当たることは明記されておらず、最初から公立病院とはコスト構成が異なるのである。そこで福祉医療機構が果たしてきた制度融資の拡充で運用することを容易にする措置が必要である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月17日)「参議院選を間近に医療事故無過失補償制度の創設を第1回」 猪俣治平 聖マリアンナ医科大病院・「医療事故無過失補償制度を作る会」事務局長

現在医療保障制度は「産科脳性まひ」に限って実施されている。これを全診療科にわたって、死亡と重度後遺症事故をカバーする「医療事故補償制度」の創設を目指したい。問題点を挙げると次の6点となる。@基金の規模は30億円、年間300人×1000万円 負担は医師、患者、国民、政府 A補償額は最高1000万円 B本制度を超える保障については現在ある「過失医師賠償保険」の2階建てとする。 C過失の有無を問わず、医療行為と事故の因果関係を調査する D医療債務をよく話し合う。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月18日)「参議院選を間近に医療事故無過失補償制度の創設を第2回」 猪俣治平 聖マリアンナ医科大病院・「医療事故無過失保障制度を作る会」事務局長

当事者間の闘争に似た事故補償を避けるため、労災保険(昭和22年)と自賠責自動車保険(昭和30年)が戦後間もなく導入された。これらはドイツとアメリカの例を取り入れたものだが、年金制度、国民皆健康保険と合わせ、日本的なそして世界に冠たる社会保障制度を築いてきた。なのに医療事故だけはいつまで医者の過失を争うのだろうか。労動災害において使用者と労働者がいがみ合って争えば、双方が倒れることは目に見えている。自動車事故において当事者が相手に責任ありと争えば裁判所はパンクするは目に見えている。そこで無過失補償制度が生まれたのだ。医療事故においても医療側が故意に患者を殺そうとしたわけで無いことは自明であるにもかかわらず、不毛な対立をすることは、医療側の萎縮につながり、産科などでは医者の立ち去りサボタージュという医療崩壊となった。対立の構図で儲けるのは弁護士だけである。そういうところに金を費いやするなら、前もって無過失医療事故補償制度に金を積み立てる制度をつくろうではないか。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月19日)「参議院選を間近に医療事故無過失補償制度の創設を 第3回」 猪俣治平 聖マリアンナ医科大病院・「医療事故無過失保障制度を作る会」事務局長

自動車事故の自賠責保険と労災補償保険は、前者が第三者賠償(被害者と加害者は交換可能で、何の関係も無い人の間での事故)であり、後者は第二者賠償(当事者間の契約に基づく雇用関係上の規約債務不履行、経済的損害など)に相当する。医療事故損害補償は労災に近い内容で、医者と患者の契約上の事故で、関係が逆転することは無い。健全な医療を維持発展させるため医師、病院、学会、医師会、患者という限られた世界のことと見ないで、国民保険なのだから全国民的国家的に適正なネットワークを用意すべきではないだろうか。


第57回(2010年5月19日)「パーソナルゲノム解析は社会を変えるのか?」  東京大学医科学研究所 上昌広 

内閣府の総合科学技術会議は、ゲノム研究をライフサイエンス分野の優先課題にきめた。前政権の麻生内閣の「最先端研究開発支援プログラム」にはゲノム研究は含まれていなかった。これでわが国のゲノム研究開発予算も大幅に増額されることを期待したい。今年の春以降、患者のゲノム情報を解読し解析した論文が相継いで発表されている。シャルコ・マリー・トゥース病、多発性硬化症といった遺伝性神経難病、心筋梗塞リスク遺伝子多形解析、遺伝性総合失調症家族の全遺伝ゲノム解析などが注目を浴びている。現時点で全ゲノムシーケンス解析費用は450万円で、将来は10万円程度まで下がるのではないかといわれている。日本にも優秀な科学者がおられ、SNP遺伝子多形研究では理研の中村裕輔教授、遺伝子情報工学では宮野悟教授らである。東大医科研には世界第二位のスパコンがある。個人のゲノム解析に基づいた「個別化医療」は21世紀のライフサイエンスの中軸になるだろう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月24日)「アンケートー明細書要りますか、要りませんか」 神津仁 神津内科クリニック院長

今年の4月初めの一週間、青森県の整形外科診療所の大竹氏が来所した952人について領収書明細を要るか要らないかをアンケートした結果、必要が27.6%、不要が72.4%で、新患については必要が63.6%、不要が36.4%であったという。領収書、レセプト開示、カルテ開示、インフォームドコンセントなどで医療内容の情報開示は十分に行なわれているはずなのであるが、今年4月からの「明細書発行義務化」は本当に必要なのだろうかと疑問視する医者が多い中で、筆者は100の医療機関にインターネットアンケートを実施した。患者さんの数は裕に10万人を越えていると思われる。回答は無床診療所88、有床診療所2、中小病院5、私立大学病院3、公立病院10からあった。診療機関で患者さんにアンケートしてその集計を本アンケートに答えるという形で行なったそうだ。7割の患者さんが要らないと答えた施設は64%、殆どが要ると答えた診療所は10%以下であった。義務化の要否については98%の診療機関が「義務化の必要は無い」という答えだった。紙の無駄、医師患者関係を壊す、領収書と明細書の内容がほとんど同じ、事務手続きを増やすだけというコメントが添えられていたという。国の「文書で説明義務」はキリが無い循環に陥る。「信頼するより疑わない」という関係こそが重要なのにというのが筆者らの結論である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年5月30日)「医師より製薬メーカに優しい日本の医療制度」 多田智弘 武蔵浦和ただともはる胃腸科肛門科

「明細書付き領収書」発行の義務が始まって1ヶ月半ほど過ぎた。アンケートでは「不必要」の声が高いのに、明細書では絶対見えてこないお金の流れがあります。一つは「診察料」と「調剤技術料」の差です。普通の診療では「診察料」は処方箋料を加えても1890円です。調剤薬局の「調剤技術料」は2570円です。日本の医療費に占めている診察料は10%未満であるのに較べて、薬剤代金は約30%です。そして薬剤の納入価格と販売価格の差は微々たるもので、約93%が納入価格で、消費税5%を加えると98%が薬の納入価格です。これでは医療機関にとって逆ザヤに転じかねません。医者は薬で儲けているというのは、過去の話でいまでは損をしかねない。製薬メーカの経常利益率は40−50%で、製造原価は10%以下です。「薬九層倍」ということわざは今も成り立っています。医療界全体でのお金の流れが議論されたことはありません。


第58回(2010年6月2日)「医療問題はマンガではどう描かれているか」  東京大学医科学研究所 上昌広 

今や漫画は出版物全体の37%に相当している。文化の発信基地として日本の漫画が大いに期待されている。2008年に東京大学医科学研究所に入所した血液腫瘍内科医の岸本紀子氏は、医療と社会の関係を研究する傍ら医療漫画の調査を行なっているユニークな医師である。いうまでもなく医療漫画の創世記は1970年から1980年代初めの手塚治虫氏の「きりひと賛歌」、「ブラックジャック」、「陽だまりの木」にある。90年代になって医療漫画は急増し、2008年には173本の医療漫画が刊行された。医療漫画を分析すると、主人公は圧倒的に医師であるが、最近はコメディカルも主人公となってきている。医師の専門はやはり外科医なのは、効果が劇的で分りやすいの一言であろう。内科医では効果がはっきりしないためであろう。読者層は男性中高年で、若者向きではない。内容は昔は人間の不条理を描くことにあったが、いまでは医療従事者の観点から描いている。東大病院の医師が監修した「最上の命医」が話題なっている。描かれるのはスーパードクターや理想的医師ではなく、結構泥臭い医師の人間性の葛藤である。漫画をサブカルチャーというと怒る人も入るだろうが、医療問題はかなり俗な対象となってきたのだ。


第59回(2010年6月16日)「子宮頸ガンワクチンを考える 第1回」  東京大学医科学研究所 上昌広 

子宮頸ガンワクチンが熱い視線をあびている。GSK社の2価ワクチン「サーバリックス」やメルク社の4価ワクチン「ガージダル」が相継いで認可されたからだ。100ヶ国以上で承認され世界中で用いられている。日本では2009年10月に「サーバリックス」を承認した。「ガージダル」は現在厚生省で審査中である。子宮頸ガンは日本では毎年15000人が罹患し3500人が死亡している。子育て時代の主婦を襲うので「マザーキラー」と呼ばれているそうだ。進行は遅いので早期発見早期治療が必要である。日本では子宮頸ガンの検診率が低いことが問題となっている。日本の受診率は21%で米国85%、英国79%を大きく下回っている。1983年ドイツのツアハウゼン博士が「ヒトパピローマウイルス HPV」を発見し、子宮頸ガンの99%はHPVに関係していることが明らかになった。(ツアハウゼン博士は2008年ノーベル医学賞を、HIVエイズウイルス発見者と同時に受賞した)ガンウイルスの発見は1977年「成人性T細胞白血病ATLウイルス HTLV-1]に始まり、C型肝炎ウイルスHCV、悪性リンパ腫のEBウイルスなど、感染症対策がガン予防の中核を占めるまでになった。子宮頸ガンウイルスは母子感染防止が大切で、感染者の子供への母乳授乳禁止と人工乳への切り替えで防ぐことが出来る。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年6月22日)「夕張・村上医師:なぜ私は救急患者の受け入れを拒否したか・新聞社へお願いしたいこと」 遠藤香織 北海道大学整形外科医

『去る5月19日に夕張市内で起きた首吊り自殺で心肺停止となった患者の受け入れを打診された夕張市立診療所の村上医師(理事長)は「自殺者の死亡確認」にすぎないし、他に外来診療があったので断った』ということを報じた6月2日の北海道新聞社の報道は一方的に村上医師を無理解な医師として糾弾するかのような書き方で、医療の現場を無視した記事はこれから地域医療を志す若い世代の医師を挫く行為である。村上医師は、一人医師体制で24時間365日の対応をする診療所で、出来ることと出来ないことをきちっと区別していかないと皆が共倒れになり、ひいては北海道全体の医療の崩壊にもなる事を意識してがんばっている姿に、次の地域医療をになう若い医療従事者たちの尊敬の的であった。世の中の人の「何でも医師のせいにする」考えをあらため、新聞社のもう少し良識のある行動を期待したいところである。(なお参考までにこの患者は別の医療機関で死亡が確認された。また北海道新聞はセンセーショナルは第1報を出しただけで、第2報やマトメや特集などが一切無かった)


第60回(2010年6月30日)「参議院選挙における医療の争点」  東京大学医科学研究所 上昌広 

7月10日の参議院選挙を前に、民主党・自民党のマニフェストが出た。両党の医療に関する論点を読んで、明確な争点がないことに不安を覚えたらしい。そこで財源問題、医師不足問題、成長戦略について両党のマニフェストを比較検討する。まず財源であるが、民主党は無駄を排除して、消費税を含む財政健全化の国民的議論をおこすという。医療費削減をストップした点は高く評価できる。しかし野田財務大臣は当然財政規律派でしょうから、医療費削減を狙ってくるであろう。事業仕分けで問題となった混合診療や自己負担増については民主党は何も言っていない。一方自民党は消費税を10%に上げ、経済成長率を4%を見込むといっているが、経済成長率を政府で保証できるわけはない。出来ない相談をしても仕方が無い。結局は旧来の国家統制で医師偏在を強制し、補助金支配を強めることで官僚の言いなりになる政策を謳い、旧来の反省がない。医師不足問題では民主党医学部増員をおこなった点は高く評価できる。人口増加の激しい東日本の茨城、千葉、埼玉、神奈川の医師不足は深刻である。自民党は診療報酬の値上げによる医師偏在の是正というトンチンカンプンな話をいう。どうも自民党には医療問題の政策シンクタンクがないようである。第3の成長戦略問題について民主党は「ライフ・イノベーション」を重視するというが、内容がない。アメリカオバマ大統領のスタッフが「個別化医療への道」を掲げるとき、政府民主党はもっと具体的な戦略をいわなければならない。一方自民党は昔どおりのサプライヤー重視の研究開発税制、企業支援しか言えない。今までのばら撒き政策が悉く実を結んでいないことをみれば、自民党に策は無いことは明瞭であろう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月6日)「周産期医療の崩壊を食止める募金活動」 対談;村重直子、松浦有子

妊産婦死亡事件訴訟である「福島県大野病院事件」では医師の無罪が確定したが、社会的には周産期医療の崩壊を象徴し、現在の地方僻地医療が抱える衣料政策の問題であり、真の再発防止策の必要を訴えるため、妊産婦死亡のご家族を支援する募金活動へとつながった。「周産期医療の崩壊を食止める募金活動」 の事務局としてユニークな活動をしている松浦有子・東京大学医科研特任助教を村重直子・元厚労省がインタヴューする形で対談がなった。
「周産期医療の崩壊を食止める募金活動」とは、大野病院事件被告医師支援署名活動で始まった、医師を中心とする活動であったが、医療事故後の支援活動を手作りで行なっている。現在年間約60名ほどの妊産婦が周産期に亡くなっている。日本の周産期母子の安全性は高いといえども、ご遺族の方々は公的に救済する制度がないため、訴訟するしかない状況である。そこで医師が中心となって募金活動がおこり、1件百万円をお渡しすることで、今まで520万円を集まって2家族に「お見舞金」を出したそうである。現在医師会においても見舞金を出す制度があるが、医師側に過失がなければ医師会から見舞金が払われている。日本の医療行政では「医療賠責保険」があるが、裁判のような形で医師側に過失があれば、医師側に賠償金を払わせる制度である。つまり医師側に過失がなければ医師会が見舞金を出し、過失があれば医療賠責保険から保障される仕組みである。医療賠責保険は金額も大きいし障害の程度も反映されるが、過失が証明されなければ妊産婦側の不満の持っていきようがない。これを事故と考え、過失・無過失の責任を問わず、損害を保障する欧米の「無過失保障と免責制度」には、日本の制度はほどとおい状態である。そこで「周産期医療の崩壊を食止める募金活動」という手作りの運動がはじまった。本来国の制度として行うべき保障制度を善意と信頼の関係において行なうものである。そして妊産婦側と医師側の交渉を信頼関係が切れないように、第三者として「募金会」がはいって橋渡しする。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月6日)「学習障害」 田中祐次 東京女子医大先端生命医学研究所

「学習障害(LD)」とは1999年の文科省の定義によると「全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する、推論する能力のうち特定のものの習得に著しい困難を示す状態を指す」という。多動など「行動障害(ADHD)」とは区別される。学校の調査によると、小中学校で6.3%、高校で2.2%の学習障害の生徒がいるそうだ。学習障害への認識は不十分で、精神科医があやまって抗精神薬を投与し続けた例もあり、現在治療法はないが精神科医による抗精神薬最少投与と精神療法、また居場所探しなどが学校単位で行なわれている。1992年にLD学会も生まれ、会員は医師、心理関係者、学校関係者を中心の6000名弱であると云う。専門に対応している学校としては星槎国際高校があるという。通える通信制高校を設立した。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月13日)「混合診療を巡る世論」 清郷伸人 混合診療裁判原告(患者)

混合診療とは保険診療に規定されていない診療行為と保険診療行為とを混合して行なってはならないというもので、混合診療を行なうと保険診療行為に対しても医療報酬は支払らわれない。しかしこれは法律には明記されていない。厚生労働省は@混合診療は保険制度が崩壊する、A混合診療を行う医療機関が増え経済格差が拡大する、Bミソ糞一緒の診療となって、診療の質が確保できないという理由で絶対認めないという態度を取ってきた。混合診療を行なった医療機関は保険医を取り消すという認可権で締め付ける。未承認のガン治療薬の併用を望むがん患者らが訴訟を起こした。厚労省の高圧的裁量行政に対して患者や医師から公然と反対の声が上がっている。3つの調査機関が行なった世論調査では、@NPOに本医療政策機構は2008年に難病患者への混合診療には約8割の国民が賛成している、A医療オンラインメデァ「エムスリー」は混合医療の解禁に医師の44%、市民の48%が賛成、B高崎健康福祉大学木村准教授の調査では混合医療の原則解禁には医師の6割、患者の7割が賛成している。医師が賛成する理由は@混合診療は先進的医療を推進、A患者はインフォームドコンセントで医療の質を見抜く力を持っている、B現状でも混合診療は医師側の持ち出しで実行されている、C混合診療を特別料金で徴収すべき、D保険医療報酬の削減をトレードオフする為にも混合医療は魅力的という。患者側は混合診療で全額自己負担となるのは国民の医療を受ける権利を奪うものであるとして混合医療に賛成している。医師側は現状では医療の進歩についてゆけない、患者の希望をかなえる混合診療を原則解禁すべきであるという。歯科では混合診療は当たり前で、「保険の範囲内でお願いします」とわざわざ言わなければならない。国民皆保険を実施いている外国でも殆どは混合診療が認められている。国民健康保険制度が崩壊したという話は聞かない。新薬が早く希望する患者に届くように計らっている。混合診療解禁によって医療機関が金儲けに走るという考えはリスクではあるが管理できることである。開業医の利益団体である日本医師会も解禁に反対しているは医師の怠慢を認めることになり理解に苦しむ。


第61回(2010年7月14日)「佐藤章 福島医大名誉教授を悼む」  東京大学医科学研究所 上昌広 

7月4日に佐藤章福島医大名誉教授の告別式が福島市内で多くの医大関係者の参列者が参加してしめやかに行なわれた。福島大野病院事件で胎盤剥離出血により周産婦が死亡した医療事故を巡って争われた訴訟事件において、産婦人科医の恩師であった佐藤章(当時)福島医大産婦人科教授は2006年3月「周産期医療の崩壊を食止める会」を立ち上げました。東京大学医科学研究所も事務局に参加した。署名運動や厚労大臣や議員への訴えによって、新聞の論調も「医療ミス」から「産科医療崩壊」、「お産難民」という風に変わり、2008年8月福島地裁での判決は医師については無罪となった。しかし佐藤教授はこれだけでは亡くなった周産婦と家族が救われないと、周産医療事故募金活動を始めました。今まで事故に対して数組のご家族に見舞金をお贈りすることが出来た。その矢先に志半ばにして佐藤章名誉教授がガンでお亡くなりなった。なおこのような活動は世界でも始めてで、米国内科学会はこの会の活動の中心であった小原まみ子氏(亀田病院)、湯地晃一郎氏(東京医科学研究所)に対して「ボランティア、コミュニティサービス賞」を贈ったという。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月16日)「第2の官製パニックー口蹄疫(1)」 木村盛世 厚生労働省技官

口蹄疫FMD騒動の中、牛の殺処分を巡って農家と県・国が対立している。FMDは蹄が二つに分かれている動物がかかる感染力が強いウイルス病で治療法はなく、風や運び手によって伝播されるので封じ込めが難しい。ただ人に感染したという報告はないし、感染した動物を食べても問題はない。ワクチンは殆ど効果はない。欧州ではワクチン接種後殺処分というマニュアルが定着したが、その効果と意義は分らないことが多い。しかし国にとっては昨年春のインフルエンザ以来の大騒ぎで、今回も例外ナシの殺処分を振りかざして農家を追い詰めている。官僚はこういう大騒ぎが大好きらしい。権力の威力をまざまざと国民に見せ付ける格好の機会であると捉えているようだ。口蹄疫の発祥の地欧州においても必ずしてマニュアルは一定しておらず、オランダ、イギリス、フランスは各々対応が異なっている。日本はイギリスに倣って最初から「殺処分」ありきで始まっており、それ以外の選択肢は念頭にない。ただこの病気については何もわかっていないので、科学的論議を行なうのが困難である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月18日)「第2の官製パニックー口蹄疫(2) 清浄国のお墨付き?」 木村盛世 厚生労働省技官

現在の清浄国の定義は「国際獣疫事務局OIE」の定義に基づき、農水省が規定している。具体的には3週間以上口蹄疫FMDの発生が見られなければ「清浄国」というのが条件のようだ。これはもちろん「根絶」ではない。地球上から根絶されたウイルス感染症は「天然痘」で、近い将来「ポリオ」も根絶が期待される。ウイルスに利く抗生物質はないので、治療薬で根絶することは不可能である。すれば感染経路を断つことであろう。ところがFMDの場合動物間、昆虫、水、風で感染するためこれを根絶するのは容易ではない。ワクチン予防法を含め決定的な方法は存在しない。したがって今回宮崎で沈静化したとしても(前回の流行は2001年でした)、またいつかはどこかでぶり返すもので、清浄国というお墨付きはインフルエンザの場合とと同じように意味がない。


医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年7月19日)「ミネソタ州で史上最大の看護師ストライキ」 日比野誠恵 ミネソタ大学病院救急医学部准教授

2010年6月10日ミネソタ州ミネアポリス・セントポールツインシティの14の病院の看護師約12000人が2002年以来のストライキを敢行した。臨時雇いの看護師を動員して医療業務の支障は生じなかったが、これは1960年以来アメリカ史上最大の看護師ストライキであった。ミネソタ看護師協会の争点は患者数対看護師比率を一般病棟で4:1に、集中治療病棟で2:1に、救急部で3:1にして、看護の質を高めて患者の命を守り、看護師の「ワークライフバランス」を改善する要求であった。ちなみに全米では患者数:看護師比率は6:1、カルフォニア州でも5:1が現状であった。国の調停が入っても病院側と看護師側の妥協は成り立たず、7月6日より無期限ストライキが予告されたが、結局7月6日に妥協が成立し、病院側が賃金、年金、保険で譲歩し、患者:看護師の比の設定は見送り、3年間の協定が成立したという。医療費がべらぼうに高い米国医療においてさらに原価を高める看護師増員は病院側にとって「持続可能な医療の提供」が困難になるという病院側・国側の主張もうなづけるが、患者の医療の質を確保する看護師の役割は大きいので、今後も問題となろう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月27日)「第2の官製パニックー口蹄疫(3) 殺処分が有効だという根拠?」 木村盛世 厚生労働省技官

口蹄疫FMD対策の中心をなす家畜の殺処分は、2001年英国で起きたFMD流行が特徴的だった。家畜2000頭以上が伝染し、700万頭以上の牛と羊を処分した。牧畜の国英国の全社会を揺るがす大事件であった。その後、BSE(狂牛病)とヒトクロイツエル・ヤコビ病の恐怖が英国を襲っている。英国に較べれば桁が違う日本の家畜伝染病被害であるが、日本は殺処分については英国をお手本にしている。しかしFMDが小規模の発生期にあれば地域での殺処分葉有効である事は疫病対策のセオリーであるが、流行期に入ったとき、どの程度の大量殺処分が有効なのかは実証データは無い。と、他岸の火事にように厚生労働省の役人が分ったように農水省を批判してどうなるのか、私は疑問に思う。余計な発言だ。


医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年5月1日)「ホスピタリストの誕生ー彼らは急性期病院の救世主になれるか」 永松聡一郎 ミネソタ大学病院呼吸器内科フェロー

「ホスピタリスト」とは何か、日本では見慣れない職業ではなく、あまりに当たり前でそう呼ばないだけのことだ。「病院勤務医」と言えば当らずと言えど遠からず。米国でなぜわざわざ「ホスピタリスト」が注目されるのか、それは病院医のあり方が違うからだ。1990年代より門番というべき「プライマリーケア医」(日本でかかり付け医という)が開業医と紹介した入院患者を病院で治療医として治療するというシステムである。病院の一部は貸しベット業みたいなものである。患者には病院と医師の両方から請求書が来るのだ。ところが米国特有の保険制度も絡んで、包括払い方式で入院期間が制約され開業医は患者の入院では儲からなくなった。プライマリーケア開業医としては、病院へ訪問治療に出かける面倒さより、開業医として儲ける方が有利と認識された。病院での治療の質の向上にインセンティヴが働かないということもあって、次第に病院の専門医に任せるようになった。この病院で治療に当たる医師を「ホスピタリスト」という。1990年代は「プライマリーケア医」は、外来と入院患者(自分の紹介で契約病院に送り込んだ患者)の診療の2足のわらじを履いていたのだが、2000年代よりレジデンス研修医を卒業したら暫くは病院にいて「ホスピタリスト」として入院患者の診療に従事し、それから時をみて外来診療に専従する新しいキャリアパスが生まれた。


医療に関する提言・レポートfrom KUROFUNet(2010年7月27日)「ホスピタリストの使命ー医療の質の向上」 永松聡一郎 ミネソタ大学病院呼吸器内科フェロー

次第に時代の要請に答えた形で「ホスピタリスト」は全米で2009年には7万人となった。彼らの報酬は平均で年収2000万円を超える。個々の医師は病院に直接雇用されるのではなく、病院は医師グループと契約し(委託業務)、医師は病院に派遣されるのである。連続一週間病院に勤務すると次の1週間は休暇をとり、研究、休息など何に従事してもいいというワークライフバランスをとる。ホスピタリスト医師グループは病院と契約を結び、病院の戦略的目標達成(院内感染の防止、診療の質の向上など)の成功報酬を得る。「ホスピタリスト」の診療の質を確保するため、2010年より認定資格制度が開始された。質の向上QIのため各種の「パフォーマンス評価」がなされている。そしてその成績は病院ごとに公表され、患者が医療機関を選ぶ際の判断基準となっている。「ホスピタリスト」が生まれて10年経つが、その実力を評価する調査を医学雑誌が実施した。有意差は大きいとはいえないが、入院期間が短くなった、入院費用が安くなったという経済効果のほかに、治療成績が優れているなどの評価が与えられた。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第62回(2010年7月29日)「子宮頸ガンワクチンを考える 第2回」  東京大学医科学研究所 上昌広 

「子宮頸ガンワクチン」は最近のガン医学の画期的進歩のひとつに数えられています。ただ予防ワクチン接種費用が5万円を要する高額なことが、普及を阻害している要因です。そこでワクチン接種の「公費助成推進員会」がガン研究会顧問の土屋良介氏と女優の仁科亜紀子氏を共同代表として設立され世論形成運動を始めた。この会には子宮頸がん体験者の女性タレントが多く参加してテレビなどで取り上げている。このウイルスが性行為などから伝染するため、この啓蒙運動はワクチン接種対象者を性教育を控えた女子中高生を主眼としている。私立大妻嵐山中学・高等学校が協力したことが特筆される。運動が広まったためであろうか、2009年の日本対ガン教会の乳がん・子宮がん無料検診の受診率は、乳がんで1.7倍、子宮頸がんで2.5倍に増えている。自治体は今年5月栃木県大田原市が公費助成によるワクチン無料接種を始め、7月段階で東京都・埼玉県と150の市町村(9%の自治体で)が助成を決定した。ところが国と厚生省は、自治体に地方交付税を払う総務省と、法定接種を決める立場の厚生労働省の綱引きで一向に対策が煮詰まってこない。厚労省の「予防接種法」改正に取り組む姿勢は伺えない情況である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年7月30日)「第2の官製パニックー口蹄疫(4) 公衆衛生の概念無きFMD対策」 木村盛世 厚生労働省技官

著者は「何とか種牛を残すことは出来ないか」を主眼にこの記事を書いてきたという。口蹄疫病FMDの対策は欧州でもまちまちである。オランダは殺処分を行なわないでワクチンに期待をつないでいる。ワクチンを信用しないイギリスは殺処分オンリーの対策である。日本の農水省はイギリスの方針を踏襲している。ワクチンも殺処分も信用にたる根拠がないとすれば、それは昨年のインフルエンザ騒動と同じ過ちを繰り返しているのではないか。すなわち公衆衛生行政の右往左往の方針変更である。欧米では公衆衛生大学院があり、疫病学だけでなく政策科学、基礎研究、国際保健などが包括的に研究されている。日本の公衆衛生学部はあまりにマイナーでお粗末である。政府に政策進言をするシンクタンク的機関と専門家集団の不在が現在の問題である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年8月9日)「口蹄疫対策改善のために」 山野辺滋晴 共立耳鼻咽喉科院長

家畜疫病には無縁の一医師からの提言。「口蹄疫病に関する特定家畜伝染病防疫指針」には「早期発見と通報、殺処分、隔離、洗浄、消毒」が基本であると書いてあるが、今回の宮崎県の口蹄疫流行対策はやたら消毒ばかりが目立ち、マニュアルの優先順位が間違っていたのではないかという感じがする。消毒液にはビルコンSという次亜塩素酸系薬剤、4%炭酸ソーダーと0.3%オルソリン酸液、希釈酢が用いられたが、その使用が正しく指導されなかったようだ。人体や畜体に有害な薬剤のスプレー、全く効果の期待できないほどの過希釈の酢(10倍希釈が適切なのに、100-1000倍希釈を用いた)、農薬散布と間違えたラジコンヘリコプター散布、農家への入り口での消毒ポイントより国道や駅、公共施設(野球場など)で消毒しても効果は期待できないなどが行なわれた。隔離と洗浄こそが一番大事なことであった。これには2000年流行の宮崎県の口蹄疫ウイルスが感染力の低かったことで、今回の対策が誤ったのではなかろうか。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第63回(2010年8月11日)「団塊世代の退職で、医療はどうなるか」  東京大学医科学研究所 上昌広 

人口減少社会の影響は都市において一段と鮮明である。今後、高齢者世代が急増し現役世代が減少することが必至であるからだ。その原因は団塊世代の引退である。毎年270万人が退職するのに、現役世代は110万人しか増加しない。高度経済成長期に都市に移り住んだ団塊世代の消費市場は今後急速に冷却してゆくでしょう。その人口統計が医療にも次第に影響を与えている。白血病医療の決め手は骨髄移植ですが、2008年の骨髄移植件数は3506件で2000年の41%増加であった。中でも50歳以上の人の増加が著しかった。しかし骨髄移植の限界は60歳くらいで、今後骨髄移植件数は急速に減少するだろう。少子化の影響は産科、小児科を直撃し医療崩壊の原因のひとつであった。産科は健康保険の対象ではなく、出産一時金38万円が健康組合から給付されるので、比較的自由な価格設定が可能でいわば混合診療形態で経営も楽であるが、新生児が激減した小児科では高度新生児医療を志し、500グラム以上の低出生体重児に死亡率はいまや4%に低下したが、専門医の不足、過剰勤務などから医療崩壊が発生した。高度医療志向が医療崩壊につながるという皮肉な結果となった。高齢者増加の影響を受けるのは大学病院であろう。骨髄移植は60歳くらい、抗がん治療は70歳くらいが上限だとすると、侵襲性治療の限界も上がりつつあるとはいえ大学病院の患者の数は減ることになる。こんな状況で比較的経営が成り立っているのは、産科、不妊治療科、美容整形で、急速にサービスが多様化している。政府は大学病院を機関特区として混合診療を部分解禁しようとしている。これも大学病院を救うひとつの方向かもしれない。薄利多売で患者数を多く取るか、付加価値型高度化で専門病院化しても高い治療費が得られないなら、専門医不足で大学病院は崩壊する。いずれにせよ少子高齢化社会の影響はひしひしと大学病院の経営を追い詰めているのである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年8月29日)「後期高齢者医療制度にみる保険の限界」 中沢堅次 済生会宇都宮病院・医療制度研究会

高齢者が医療費を使うのは人間の宿命である事をまず認識しておこう。若い人は病気になることは少ないので医療費を使わず、高齢になると殆ど全員が何らかの病気になって医療費を使う。これが人間の現実であり、宿命である。ところが被雇用者健康保険は保険料を集めるが、その被用者が現役中に病気になって医療給付を受けることは少ない。定年以降は国保に入り国保の給付はうなぎのぼりに増加する。つまり被用者保険は病気の少ない世代を対象にし、国保は病気の多い定年後の世代を一手に引き受けることになる。被用者保険の家族も高齢になると国保に移行する。確かに企業に社会保障を分担させるのは、それだけの余力のあった時代はそれでよかったが、今や企業の保険負担が増えると、企業は人件費を抑制するためリストラ、派遣化に走りそれが巡って保険料を払える被用者の数を減らしている。そこで政府の力で最低賃金制度を保障し、国民全体で負担できる社会保障目的消費税の導入が必要である。それでも足らない時は累進的な保険や累進的な租税でまかなうべきである。民主党の公約「健康保険の一本化」は健康保険の悲願でもある。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月2日)「子宮頸ガン予防ワクチン:150億円特別枠は妥当か」 湯地晃一郎 東京大学医科学研究所付属病院内科

厚生省は23年度予算概算要求に「子宮頸ガン予防対策強化事業費」として150億円を組み込んだ。そして8月27日第12回予防接種部会資料にその内容を記載した。「接種率は45%、接種回数は2.6回、対象年齢は中学1年から高校1年、対象者233万人、国が費用の1/3を助成する」という内容であった。ワクチン接種は1回1万6000円、2.6回なら4万円ほどかかる。接種事業は都道府県が実施し、その事業に国が補助するということで、地方自治体によって実施すかどうか、地方負担と本人負担をどう配分するかは地方によりまちまちである。まず国の特別枠なるものは1回だけの単年度予算であるため、事業の継続性が危ぶまれる。そして地方自治体の経済力によって、実施できない県もあるかもしれないので子宮頸ガン予防対策の地方格差が生まれるだろう。そして接種率45%の前提が妥当だろうか。英国では実施率は69%であった。子宮頸ガンワクチンだけが優先されるようだが、ほかにも感染症ワクチンとして、ヒブワクチン、小児肺炎球菌ワクチンについてはどうするか第12回予防接種部会では不問であった。恒久的な対策が求められるので、予防接種法を改正し無過失保障制度の充実も含めた根本的な予防政策を打ち出すべきではないか。厚生省の場当たり的、圧力団体対応的、パッチワーク的政策の変更が求められる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月7日)「帝京大学病院におけるアウトブレイクに警察権力の介入を許すな」 森澤雄司 自治医大大学病院感染制御部長

帝京大学病院の多剤耐性アシネトバクター・バウマニによるアウトブレイクが報道されて、待ってましたとばかり警視庁が業務上過失致死の疑いで動き出した。冷静に病院という物を考えてみよう。病院そのものが感染症の温床であり、患者に応じて多様な抗生物質を集約して使う場であり、医療行為には常に感染リスクが付きまとうものであり、感染媒体である医師・看護師が病室間を動き回っているし、病院内には免疫力の弱いがん患者が存在するという条件がそろった場所である事をよく認識しておこう。多剤耐性アシネトバクター・バウマニはMRSAや多剤耐性緑膿菌とあわせ対策が困難である。医療従事者の手指衛生と個人防備具使用の徹底と、水周りなど環境対策が重要なことはいうまでもない。多剤耐性アシネトバクター・バウマニは抗菌薬耐性獲得業の優れもので殆どの抗生物質に耐性を持っている。厚労省も多剤耐性アシネトバクター・バウマニに注目し2009年1月に病院内における発生を報告するよう通知をだしているが、これには法的義務はなく「お願い」レベルの通達であった。したがって「保健所への通知が遅かった」という批難は当たらない。ここで心配なのは厚生官僚が自己保身に走って、病院への行政処分という安易な仕事をする可能性があること、警視庁が「医療従事者の怠慢で感染が起きた」というストーリーをでっち上げて「医療事故」にすることである。これによって病院は萎縮し、必要以上に防護的になると第2の「大野病院事件」により「医療崩壊」を一層に進めてしまうことが危惧される。冷静な当事者対応が求められる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月8日)「医療安全の三方一両得に向けた保険会社のコンサルタントプログラム」 一ツ橋二の禄 エッセイスト

「三方一両得」とは落語の大岡裁きの話で、ここでは医療関係者(病院)、患者、保険会社の三者が医療安全管理で満足できる解はないだろうかという問題である。病院経営の赤字、医師賠償責任保険で保険会社の赤字は深刻な状況である。そのなかで東京海上日動メディカルサービスTMSは医療安全を専門とするコンサルタント会社である。そこで看護師らからなる女性プロジェクトチームが立ち上げられ、病院や県に「医療安全研修の企画から実施までを支援するサービス」を開始し、良い助っ人ぶりを発揮している。病院の医療安全取り組みプログラムの請負人である。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第65回(2010年9月8日)「ホメオパシー問題と緩和医療・ガンワクチン開発」  東京大学医科学研究所 上昌広 

本文ではホメオパシーを科学的に意味があるというのではなく、緩和治療において恐怖と苦痛を取り除くことで延命効果があることをいいたいのである。「鰯の頭も信心から」という諺があるように、患者さんを安心させることで、単なるブラセボ以上の効果が出ることはある。8月24日日本学術会議はホメオパシーを否定する声明を発表し、日本医師会、日本医学会、日本助産婦教会と日本薬剤師会も同様な声明を出した。進行性ガン治療が難しいことで、患者がホメオパシーに走ることこそ問題なのである。がん治療では新規医薬の開発と緩和治療こそが大事である。英国の医学雑誌NEJMは進行性肺がん患者に早期から緩和治療を行なうとQOLの向上と延命効果(2ヶ月ほど)が見られたという論文を発表した。米国FDAは4月、デンドレオン社の前立腺ガン治療ワクチンプロベンジを承認した。延命効果は4ヶ月であった。現在10ほどのガンワクチン開発が第二相から三相治験まで進んでいるそうだ。完治することは難しいとはいえ、患者が希望を持つことが治療に役立つこともある。そういう問題である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月9日)「耐性菌が生まれるのは病院の責任ではないー報道機関は病院叩きをやめよ」 木村盛世 厚生労働省医系技官

初めに断っておくが、木村盛世氏は厚生省全体の意見を反映しているわけではない。むしろ官僚の異端児ともいえよう。多剤耐性アシネトバクター・バウマニによる死亡者が出た事を捕らえて一部の報道機関は警視庁に「業務上過失致死」で立件せよとばかりの報道を繰り返している。これは由々しき誤りである。抗生物質を集中して使用する病院において多剤耐性菌が発生することは生物学的にあたりまえのことであり、「適正な抗生物質の使用で防げる」ものではありません。それは根拠のない幻想的な主張である。こうした報道を繰り返すことは、厚生省官僚の護身的政策に圧力をかけ、やたら報告を求め、医療事故調査委員会を発動させ「過失を犯した犯人探し」をおこない、行政処分の道の正当性を与えるものとなる。そこまで考えるほど厚生省官僚が馬鹿だとは思えないが、とかく医療機関に対して権力を振りかざして、意のままに制御したいのが官僚の宿性であるから余計な心配をしたくなる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月10 日)「帝京大学病院内菌感染問題を事件にしたてる厚生労働省の黒い噂」 小松秀樹 虎ノ門病院泌尿器科

帝京大学病院院内感染問題で9月6日長妻大臣は「ルールに則って報告することが必要」と発言した。これは厚労官僚の口馬に乗せられた発言である事が判明し、病院の報告義務は法的にはなく、省通達によるお願いだったため、昨日の夜のテレビでは「報告を義務つける方向で検討中」と訂正したようだ。報告があろうとなかろうと院内感染は起こるべくして起きていることは、この2,3日の新新聞報道で他の病院でも院内感染による死亡の疑いが発生していることがぞろぞろ出始めたことでも分る。要するにどこの病院でも院内感染は日常的に発生している。報告したらその情報は直ちに公開される保証はなく、社会問題化するまで官僚が握りつぶすまでである。むしろ煩雑な報告書は病院にとって負担であり、官僚はそれを各種認定病院認可取り消しのおどしの手段に使うだけであろう。問題は安全対策の人的物的資源の問題である。感染防止対策に診療報酬がついたのは、院内感染が深刻化した2010年4月からである。1人の患者入院につき1000円が支払われる。大規模健全経営で有名な亀田病院では年間2000万円程度らしい。感染症対策室の専従は3名、感染症専門医1名ほかに感染症の医師5名常時活動している。帝京大学病院でも問題発生後森田院長のもとに外部調査委員会が開かれ情報はすべて公開された。院内感染の撲滅は当面不可能である事と、免疫力の衰えた感染患者を救う医療が不完全である事を認めたうえで、冷静に実情を認識すべきである。不可能な事をメディアを使った煽動で規範化する官僚の手法は、医療現場の志気低下と医療崩壊につながること必至である。官僚は物事が思うように進まないとき、自ら学習せず、規範と制裁を振りかざして、当事者にいう事を聞かせようとする。アメリカのCDCは刻々と変化する医療にあわせて対応できるよう、行政官ではなく医師が主導権を持っている。そして重大な噂が流れている。厚労省が加罰的対応をしているのは、帝京大学の経営者沖永家の支配を追い出すためであるという。漢字検定協会の理事長一家の支配を嫌った文部省と同じ事件でっち上げの陰謀である。おそらく帝京病院が厚労省天下り官僚の受け入れを拒否したことによる意趣返しであろう。意のままに天下りを受け入れる病院に変えるため、現在の経営陣の追放を狙った陰謀劇なのであろう。官僚支配の究極の狙いは、政治学者トクビルが「アメリカの民主政治」で述べているように、「国家は、人民を国家に頼らせ、自立できないようにしてしまう。国民は臆病でただ勤勉なだけの集まりにすぎなくなり、政府は羊飼いとして管理する対象に過ぎない。このような国家が衰えると国民は滅びる」というような、官僚専制国家体制にあるらしい。ここにいう官僚とは地方公務員の職員という意味ではなく、明治維新以来の旧貴族階級支配そのものをいう。官僚は支配者階級志望で、最後は公候伯子団の貴族階級の末席に連なることであった。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月9 日)「多剤耐性アシネトバクター集団検出事例について」 森兼啓太 山形大学医学部付属病院

この小文は実務者の観点からの発言である。多剤耐性アシネトバクターはどの医療機関からも検出されている。厚労省のサーベランス事業JANISのデータでは全細菌データ(三千万株)中、アシネトバクター検出は2.2%、多剤耐性アシネトバクターMDRAB検出は0.14%(98株)であった。ただ多剤耐性アシネトバクターの感染力はMRSAに較べると弱いほうである。そして当然のことながらMDRABに対処しうる抗生物質は無い。したがって厳格な院内感染対策が必要で、岡山大学病院の事例では院内清掃ぐらいでは伝播は終息しないことが懸念されている。帝京大学病院事例においては感染発生当初の病院感染制御部の情報共有が不十分だったと考えられる。少ない病院スタッフで院内感染対策をすることはどの病院でも限界に近い。福岡大学病院の事例では保健所、国立感染症研究所に相談があり終息した。MDRABの集団発生は先進国アメリカでも御しがたい課題であり、CDCも調査に乗り出しているほどであるので、他の施設、行政の支援を仰ぐことは恥ではない。しかし警察が捜査に入ることは、院内感染対策とは無縁のことで百害あって一利なしである。警察権力と医療の対立の構図となりかねない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月12日)「多剤耐性菌感染症の集団発生に関する全国医師連盟の見解」 黒川 衛 全国医師連盟 代表

9月10日 全国医師連盟は「多剤耐性菌感染症の集団発生に関して、監督官庁の慎重な対応、特に捜査当局の謙抑的な行動、メディアの冷静な報道を期待する」という声明を出した。現在アシネトバクター感染は感染法で規定された届出の対象ではないこと、院内感染かどうかを判定するには膨大な環境調査と専門家の「ピアレビューが必要で容易に結論が出るものではない現状をまず認識しなければならない。そのことは帝京大学病院調査委員会外部委員会報告(8月17日)からも、感染症が病院の対策不十分に拠って発生したかどうかは確認できなかったとなっている。まして医療事故や航空機事故など高度なシステムの中で生じた事故に刑事責任を追及することは現実的でないことは欧米では常識になりつつあるのに、日本では捜査当局が当事者の過失を立証しようと躍起になる傾向がある。WHOの「患者安全のための」ガイドラインに沿った議論が必要であろう。所轄官庁の仕事は、病院が感染症対策専門家の助言を受けられる体制を作り、治療薬を早期に承認して、感染症対策予算を増やすことではないだろうか。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月12日)「帝京大学病院事例を巡るメディアの横暴」 森兼啓太 山形大学医学部付属病院

現在全国の大学病院を中心とした、院内感染の現状把握や対策の見直しが進んでいることは好ましいことであるが、社会に大変影響力のある大手メデァアの報道が医学や病院への認識不足から、誤った方向へ流れることは大変危険であり懸念されるべきことである。筆者の所属する大学病院にある放送局から一枚のアンケートのFAXが送られ、1日以内に回答して欲しいという要望であった。その内容が患者・家族への説明をいつ行なうのかとか、外部報道機関への報告のマニュアルはあるのかという質問は大変示唆に富むものであったが、その他の質問事項は無理解に基づくとしか思えないような事項ばかりであった。まず多剤耐性菌の定義がなされていない、院内感染かどうか確認することは決して容易でない事を認識していない、厚労省か国立感染症研究所に問い合わせればすぐ分ることなどアンケート作製者の不勉強が目立っていた。また「因果関係の否定できない死者数」など答えられない質問もあり非常識極まるのである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月17日)「院内感染は犯罪捜査の対象ではない」 井上清成 井上法律事務所 弁護士

帝京大学病院において発生した多剤耐性アシネトバクターのアウトブレークが9月3日に公表がなされ、それが新聞などで報道されるや、警視庁は「業務上過失致死罪」の容疑に基づく任意捜査が行なわれた。院内感染を犯罪捜査の対象とした。警察が行っていることは、犯罪構成要件に該当する事実の特定と証拠の収集であろう。因果関係の否定できない事例は9件として、最も立件できそうな事例に絞って、治療行為、予防行為、死に至る予見可能性で回避義務ありといえるかどうか(押尾被告薬物裁判の争点でもある)を精査することである。これらの要件をクリアーして医師または看護婦を容疑者と特定し、最後には自白調書にサインさせ、検察庁へ送ることである。警察は、疫学調査も全容解明も再発防止作も関係しない。これらを訴えに基づいてやるのではなく任意捜査(事情聴取をふくむ)でやることは事前の警備活動である。患者との信頼関係で成り立っている医療に警察の警備活動が入ることは、この上ない威示行為であり、医療関係者を萎縮させ、規範的に自己統制してしまう医療崩壊につながる。なぜこれほど間髪をおかず警察権力が投入されたかは、厚生労働省官僚の思惑と警察官僚の意思疎通がなされていたとしか言いようがない。これは日本の闇である。院内感染問題は医療者自らの手で取り組むべきことである。警察は病院内に介入するべきではないのだ。戦前の警察権力の復活が民主党政権下でなされていることに危惧を抱かざるを得ない。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第66回(2010年9月22日)「どうしたら院内感染を減らすことが出来るか」  東京大学医科学研究所 上昌広 

アシネトバクター・バウマニは代表的な日和見感染菌で、健康人には問題は引き起こさないが、免疫力の弱ったがん患者には時に重症化する。その菌の特徴は栄養要求性が低く、乾燥に強いことです。水周りだけではなくどのような環境にも棲息できるため対策の困難な菌である。米国ではイラク戦争の負傷兵が集団感染して以来、毎年1万人以上がこの菌のために亡くなっている。そのため注目度、認知度がまし医学論文の数も急増している。日本特有の現象かもしれないが、帝京大学からの転院患者の培養検査を義務付ける病院が出始め、病院関係ではアシネトバクター保菌者の入院を断る動きがある。ハンセン氏病、エイズ、新型インフルエンザなどで見られたような患者のスティグマ化(差別視)を生み出した。いつまでも日本人は差別が好きな民族である。これも島国根性のなせる性だろうか。それはさておき、病院内アシネトバクター・バウマニ集団感染防止対策を考えよう。院内感染が問題となる患者は個室で治療すべきで、バス・トイレつきの個室にすれば間違いなく院内感染は減らすことが出来る。そして病院は本来危険な場所(感染リスクの高い場所)と考え、入院期間を短く、通院型治療に切り替えることも重要な対策である。感染対策費に診療報酬がついたのは2010年4月からで、入院患者1人に1000円である。大きな病院では年間2000万円ほどかかっている。殆どの病院では院内感染対策専従員をおいていない。帝京大学病院だけが対応不十分では無いのである。日本の全病院が対応できていない現状をしっかり認識しなければならない。日本感染症学会は2008年に提言をまとめ、300床以上の医療機関(約1500)には感染症専門医が勤務すべきであるといった。2010年4月の現状では専門医数は1015名、管理看護師数は1179名です。専門医の必要数は4000名といわれている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年9月23日)「院内感染対策」 森兼啓太 山形大学医学部付属病院

今問題となっている院内多剤耐性菌集団感染問題に対して、厚労省管轄行政機関からは「対策に遺漏なきよう」という一篇の通達がなされている。これで行政の責任を逃れた思っている官僚はいないと思うが、それでもあまりにお粗末な対策ではないか。院内感染対策には2種類あり、@全入院患者への「標準予防策」、A菌保持者に対する予防策である。@については「手指衛生」、「医療器具の洗浄・消毒」、「患者環境整備」が行なわれているが、費用については問題が表面化した2010年4月より1人1000円の診療報酬がついた。これはこれで大いに喜ばしい対応ではあるが、対策費用はなかなかそれで納まらない。A菌保持者に対する予防策については通常「接触予防策」があり、患者を個室に移して衛生管理を徹底することである。これには多額の費用が発生する。すると病院では対応し切れなくて、菌保持患者への拒否反応が起きていると聞く。転院には培養検査を行なう病院もあるらしい。これらは対策に費用が発生することからきており、100%病院に負担を押し付けることではなく、菌保持者の難民化を防ぐためにも適正な診療報酬または補助が必須であろう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年10月06日)「医療保険制度に求められる公共性」 清郷伸人 混合診療裁判原告

先に中沢堅次氏は「後期高齢者医療保険制度」の問題として、健康者で構成される企業健康保険・共済健康保険と、多くの高齢者,健康弱者、低所得者を含む国民健康保険の矛盾に関して、保険制度は一本化して消費税も考慮して国民全体で負担すべきであると発言し、大きな注目を得た。後期高齢者健康保険を別物に分離すれば間違いなく倒産するか、高齢者保険料負担は途轍もなく重くなる。わが国の国家財政におけるお上依存性は抜き難いものがあり、部分最適(私益)の価値観が優先され、公共の財は崩壊寸前である。健康保険の本質は患者の受ける医療への経済支援であるが、その健康保険制度が持続不可能の危機に近づいている。東海大学名誉教授の田島知郎氏は病院の大規模集約化と、勤務医と開業医との米国型オープンシステムを提案し、日本総合研究所の湯元健司氏はスウェーデン型の経済における小さな政府と社会保障での大きな政府(強い経済と高い税負担)を推奨している。そこで求められるのが、健康保険の一元化はもちろん、医療の自由な任意の私費負担を認める混合診療である。混合診療と健康保険は医療の平等性を破壊するものではなく、認可されていない高度医療への道を開くものである。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第67回(2010年10月6日)「内閣改造で医療行政はどうなるか」  東京大学医科学研究所 上昌広 

上昌広氏の政治好きの論である。政治論を省いて、簡単に見てゆこう。9月22日、厚労省の三役が決まった。厚労大臣に細川律夫氏、副大臣に藤村脩氏、政務官に岡本みつのり氏である。細川氏は弁護士で2007年に「変死体死因究明法案」に携わったことである。本案は提出されていない。新聞の論調は長妻叩きに徹していて、これは恐らく長妻氏を嫌う官僚のリークによるものである。長妻氏の功績は、診療報酬の引き上げ、子宮頸がんワクチン助成拡大、(独法)医薬品医療機器総合研究機構人事改革(プロパー職員の引き上げ)である。たった1年の期間で多くを望む方が無理で、舛添氏のように3年間の大臣就任があって始めて成し遂げられた改革があった。副大臣の藤村氏は工学部出身で専門分野は教育だという。岡本政務官は現役の名古屋大学内科医である。さて民主党政権2年目の医療行政はどうなることか注視が必要です。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年10月07日)「パンデミックウイルス対策:日本版CDCの設立を」 和田真紀夫 和田内科クリニック院長

2009年厚労省はインフルエンザを感染症法第6条第7号に規定する「新型インフルエンザなど感染症」と宣言し,いまだに終息宣言を出していない。WHOは2010年8月10日にポストパンダミック宣言を出している。それはなぜか、一価のワクチン(A/H1N1用)を使い切るためとしか思えない。既に3価のワクチン(A/H1N1,A/H3N2,Bの3種混合ワクチン)が提供されている現状で、今お金を払ってまで一価のワクチン(A/H1N1用のみ)を接種する人がいるだろうか。昨年のインフルエンザ対応は緊急臨時措置と呼んで、これを今年10月1日からも適用するのである。法がなければ何の事業も出来ないというお役所仕事では、緊急のパンデミック対策は出来ない。つまり厚労省がパンデミック対策を行なう権限自体が実情無視で不可能である。この1年間で何のパンデミック対策も立てず、遺伝子検査体制さえ全くの無策であった。これはどうしてかというと厚労省が何の情報も持ち合わせていないためである。しからば日本版CDC(疾病予防センター)を設立し、医学・防疫専門家集団に権限を渡して,臨機応変の対応がとれるような危機管理体制が望まれる。小さい政府とはそういうことである。権限を有効に行使するにも専門家も情報もない厚労省が権限にしがみついて、対応を遅らせている事態は米国に倣って直ちに解消すべきであろう。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第68回(2010年10月20日)「朝日新聞:東大医科研がんワクチン事件報道を考える」  東京大学医科学研究所 上昌広 

10月15日朝日新聞は1面トップで東大医科研がんワクチン臨床研究で発生した副作用を,他の研究グループに伝えていなかったと報じた。さらに翌日社説において中村祐輔東大医科研教授を批判して、教授が立ち上げた大学ベンチャー「オンコセラピーサイエンス社」の株主である中村教授が自分の利益を守るために臨床試験の結果を隠蔽したかのような印象を与える文を書いた。朝日新聞が書くような「汚職構造」ストーリーが本当にあったのだろうか。新聞記事の問題はそんな単純なストーリーで断罪できることではなく、このプロジェクトのサポーターである中村教授を「悪」の中心人物に仕立て上げる意図が見え見えの書き方であった。こういう構図は村木局長を悪の中心人物にする検察庁の筋書きと同じである。「村木厚子元局長冤罪事件」の仕掛け人は、「日本版CIA」の司令塔の一人である飯島勲氏で、郵政利権の引き剥がしに動いたのは竹中平蔵と菅義偉だったという噂もあるほど政治的な事件であった。そこで多少込みいった問題を世論に分るように上昌広氏は解説した。
このガンワクチン臨床研究チームは東大医科研と59大学を中心とするガンペプチドワクチン臨床研究ネットワークの2つの組織であった。東大医科研は後者の研究ネットワークに加わらず独自に臨床研究を進めている。その2つの研究グループに提供するガンワクチンの製造費用をサポートしていたのが中村教授であった。中村教授はガンワクチン研究の世界的に著名な研究者で、ことし「世界ゲノム機構特別賞」を受賞し、官民をあげて多くの研究費が中村教授に集まっている。中村教授は臨床研究にはタッチせず、研究者のサポート役に徹している。中村教授は臨床研究の責任者ではなく、臨床研究の運営評価には携わっていない。またワクチンの特許も持っていない。朝日新聞が書くようにこの臨床研究で中村教授が利益を得ていることはありません。そして学問的に副作用情報の取り扱いについての朝日新聞の記事はトリッキーである。「東大医科研の臨床試験に参加したすい臓がん患者が消化器官出血を起こした」という事実がある。患者は適切に治療され回復した。東大医科研はガンワクチンの影響かどうかは完全には否定できないとは結論した。しかし他の研究グループのワクチンの種類、投与方法もちがうので、この情報を他の研究グループには伝えていない。東大医科研の記者会見では「両者のグループは独立しており、互いに報告の義務は無い」との見解を示し、厚労省も支持した。ガンワクチン投与時の消化器官出血は今回が初めてではなく、2008年和歌山医科大学山上教授が報告している。東大や和歌山医大で起きた消化器官出血はがんの進行による可能性が高いと判断された。がん患者では消化器官出血は珍しいことではなく、すい臓がん患者の5%程度が消化器官出血を起こす。因果関係という言葉には、「医学的因果関係」と「常識的因果関係」がある。医者がいう「医学的因果関係」とは幅広い意味を持ち、転倒による骨折なども投与による筋力萎縮という意味で因果関係になる。だから因果関係も完全には否定できないというのである。それを朝日新聞は常識的因果関係(1対1の原因と結果の関係)という意味で、投与による副作用があったという。東大医科研はこの患者の事象はすでに研究会や論文で発表している。ところが朝日新聞は国へ報告しないから隠蔽したという論理を主張する。しかし未承認薬の臨床試験中の副作用情報の収集体制はない。通常の薬剤では製薬会社が副作用情報の収集と報告義務を負う制度が確立しているのとダブらせて、臨床試験情報の国への報告義務を云々するのはそれこそ研究フェーズが違うのである。報告の義務も厚労省の収拾体制もないのである。報告義務を課すかどうかは今後の議論に待つ。報告しないから隠蔽体質だと朝日新聞がいうのは、将来課題として「隠蔽を防ぐためにも国へ報告させるべきだ」ということと逆転した議論になっている。最近ガンワクチンに代表されるガン免疫療法の開発は世界で熱い視線を注がれている。米国FDAは前立腺ガンに対するガンワクチン「プロベンジ」を承認した。世界のメガファーマーはガン種類別のワクチン開発を急いでいる。巨大市場が見込まれるからだ。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC(2010年10月21日)「朝日新聞は不当な医療攻撃をやめるべきだー因果関係がないのに誤認混合報道」 弁護士 井上清成 井上法律事務所

10月15日朝日新聞は「ガンワクチン被験患者が消化器官出血、関連機関への法規制がないので東大医科研は報告せず、厚労省調査開始」という内容の記事を報道した。そこで東大医科研の代理人でもなく顧問でもない弁護士の筆者が朝日の報道は直感的におかしいと思ったので検証したという。この「事件」は2008年のことで、患者は適切な措置で軽快していた。2010年6月朝日新聞の質問に対し「発生原因としては、原疾患(すい臓がん)の進行による圧迫静脈瘤形成に伴う出血と判断したが、医学的にはワクチン投与との関係は完全には否定は出来ない」という見解を示した。医学的には「完全に否定できない=因果関係を肯定」ではない。第1に一般用語・法律用語としての因果関係ではない。朝日新聞報道はこの混用を狙った悪質な非難攻撃に相当する。第2に厚労省が調査したのは、因果関係を問い正したにすぎず、事故の報告を求めたのではない。厚労省は東大医科研の見解を了承した。東大医科研は医学的こにみて報告する必要がないとしたのであって、現法律の規制の隙間(届出義務なし)を狙って隠蔽したわけではない。朝日新聞の報道は法律的には「誤認混合」であって、医療攻撃になりかねない。朝日新聞は謝罪した上、記事を撤回する事を望まれる。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第69回(2010年11月3日)「朝日新聞 東大医科研がんワクチン事件報道の波紋」  東京大学医科学研究所 上昌広 

10月15日の朝日新聞報道後の2週間の経緯を紹介する。15日以来医学界から朝日新聞法に対する多くの抗議がなされた。18日東大医科研の清水所長はメルマガMRICに「事実の歪曲」を寄稿した。20日に41のがん患者団体が「ガン臨床研究の適切な推進に関する声明文」を発表し、不適切な報道で迷惑しているのは被験者であると朝日新聞に抗議した。22日には日本ガン学会、日本ガン免疫学会、オンコセラピー・サイエンス社が抗議声明を発表、23日には日本医学界会長高久史麿氏は事実を歪曲した朝日新聞報道を批難した談話を発表、27日には帝京大学小松教授らを発起人とする「医療報道を考える臨床医の会」が発足し、署名活動を開始した。27日には東大医研の中村祐輔教授は朝日新聞社長に抗議文を送り、名誉毀損の訴訟の準備をしている事を明らかにした。29日には日本医学界が「事実を歪曲した朝日新聞報道」との公式見解を発表、30日にはガンワクチン臨床研究ネットワーク76施設の連名で抗議した。朝日新聞の取材を受けた施設は無く、記事は捏造の疑いが濃いと主張した。11月1日には東京都保険医協会が抗議声明を発表した。これに対する朝日新聞の対応は20日の41のがん患者団体の声明を報じたが、自らの都合のいい形で捻じ曲げて報道した。22日の日本ガン学会などの抗議については、「取材は確か」という手続きを自己弁護に努めた。それ以外の抗議活動については朝日新聞は一切無視している。今回の報道に関して他のマスメディアはトクオチを愧じてか目立った動きは無く静感しているが、週刊誌や「日刊ゲンダイ」は「一面でかでか記事に抗議殺到」という記事を書いた。医療界のメデイア・ネットワークのメデイファックス、メディカルトリビューン、日経メディカルオンライン、エムスリー,MRICなどは連日問題を報じていた。今回の朝日新聞の特種記事は出河編集委員、野呂論説委員らのスター記者が書いた。出河氏は著書「ルポ医療事故」(朝日選書)で2009年科学ジャーナリスト賞を受賞した医療関係専門記者である。医療機関の隠蔽体質を糾弾し情報公開を訴えたことは敬服に値することであり、今後も活動を期待したいところであるが、今回の報道はストーリー重視の憶測と断罪精神で書いたものではなかろうか。大阪地検特捜部の証拠捏造をスクープした朝日新聞大阪支局の功名に刺戟された勇み足ではなかろうか。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2010年11月04日)「Captivation Network 臨床協同研究施設より、朝日新聞社長と報道と人権委員会への抗議文」 

10月29日ガンワクチン臨床研究ネットワーク施設の連名で、10月15日の朝日新聞報道「患者が出血伝えず、東大医科研」、「関連病なぜ知らせぬ」、16日の社説「研究者の良心が問われる」に対して、医学的事実の誤りと、捏造と思われる取材内容、そしてナチスドイツの人体実験をにおわす人権侵害に強く抗議する文を発表した。第1に進行すい臓がん患者の出血現象は、原病である膵ガンの進行による食道静脈瘤からの出血であると、2008年のネットワーク共同研究会にて報告し、既にあった同じ事例とあわせて研究者のあいだでは情報共有がなされている。また東大医科研と協同している共同研究施設は情報の提供を受ける立場には無い。ましてこの事例はガンペプチドワクチン投与の副作用ではない。この点で朝日新聞記事には医学的事実関係の認識誤りがある。第2に朝日新聞記事には共同研究施設の関係研究者の「私たちも知りたかった情報であり、なぜ提供してくれなかったのか」という取材内容が書かれていた。朝日新聞社の出河氏と野呂氏が取材したのは大阪大学のみでした。ところが記事となった関係者は存在しなかった。その取材の証拠の提示を求める。関係者は本当に存在するのか疑問であり、この記事は捏造では無いかと疑う。第3に社説においてナチスドイツの人体実験の例を出して読者に悪い印象を与えたのは、研究者に対する人権侵害であり、全面謝罪を求める。という三点に関する抗議文であった。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第70回(2010年11月17日)「第5回現場からの医療改革推進協議会シンポジュームー如何に伝えるか」  東京大学医科学研究所 上昌広 

医療は専門性が高いゆえに、如何に国民に伝えるかが重要である。医療関係者はマスメディア、インターネットを通じて努力してきた。活字に頼るだけでは限界があり、国民に分りやすく伝える手段として、シンポジュームでは@デザイン(挿絵、玩具、図解、グラフィック、映像) A芸術(解剖図と絵画、博物展覧会) B論壇(作家、社会学者など) C患者の発言(薬害肝炎訴訟運動につながった患者の訴えと共感)などが発表された。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2010年11月30日)「インフルエンザ流行の火種となるか、1回投与で治る魔法の薬」 木村 知 JTメディカルソリューションズ

昨年春以来の新型インフルエンザ流行が嘘のように、冬を向かえて今年のインフルエンザ流行は静かである。インフルエンザの特効薬「タミフル」、「リレンザ」に加えて、今年から「抗ウイルス薬」の選択肢が増えた。塩野義の「ラピアクタ」、第一三共の「イナビル」が加わった。「ラピアクタ」は点滴静注で原則1回でよく、タミフルのように1日2回5日服用とは違い「1回投与で治療が完結」といううたい文句である。「イナビル」はリレンザと同じく吸入薬であるが1回投与でよいとされている。昨年シーズンで緊急輸入されたタミフルは約1200万人分、リレンザは約600万人分の在庫を抱えているという。そこへ1回投与で治療完了という新顔2薬が加わって供給過剰は目に見えており、製薬会社は差別化のため「1回投与」を売り文句として拡販に努めるだろう。こういう新薬は個人的には早く治るというイメージで期待されるだろうが、はたして社会全体としてマクロで見る有益な薬なのだろうか。そもそもインフルエンザに対して「抗ウイルス薬」の使用は必須ではない。静養していれば自然治癒する疾患である。「麻黄湯」という漢方薬でも飲んでいれば治る疾患に対して、仰々しく「1回で治る」とはどういうことだろうか。また静注点滴という方法は個人病院・診療所ではまず使えない薬である。大勢の患者が待つ時に15分もかかる点滴をやっている隔離された場所がまず無い。日本感染学会の指針では「点滴静注の際は患者の滞留時間を考慮」し他の患者への感染拡散防止に努めることを指摘している。そして1階の投与で良いのは結構だとしても、それで即治ったと思うのは拙速である。仮に早期に解熱したとしても感染力のあるウイルスを排出する危険性は十分あるのだ。まして注射した翌日から学校や職場復帰することは感染拡大の最大原因となる。製薬会社のデータでは「ラピアクタ」投与後の感染力陽性者は45%、「イナビル」は成人27%、小児52%だという。またインフルエンザ罹患期間は「イナビル」投与では2.5日、「タミフル」では3.5日であるという。熱も下がり薬を飲む必要もないとしても、すぐさま「社会復帰」できることとイコールではない。学校保健衛生法規則では新型インフルエンザを除き、解熱した後2日を経ないと登校できないとなっている。鳥インフルエンザや新型インフルエンザではさらに規則の見直しが必要であるが、治療終了は完治である事ではない。感染源となる患者さんを社会へ大量に送り込むことは避けなければならない。周囲への感染拡大リスクにたいして一定の安全期間を設定すべきではないだろうか。投与後6日間は感染力があるともって行動しなければならいだろう。投与が1回でよいだけであって、治癒したわけではない。一定期間は感染力のある状態が続いているという認識が必要である。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第71回(2010年12月1日)「ガンワクチン開発−日米の戦略を比較する」  東京大学医科学研究所 上昌広 

11月19日米国のメディケア−(高齢者むけ公営保険)諮問委員会はデンドレオン社の前立腺ガンワクチン「プロベンジ」を保険対象とするように推奨した。「プロベンジ」は米国だけで年間1400億円の売上になると予測され、世界での売上は数兆円になると期待される。米国は前立腺ガンワクチンの治療効果判定のガイドラインを発表し、この分野での独占をねらっている。全世界でのガンワクチンの開発は、グラクソ・スミスクライン、メルク社などでは第3相の治験まで進んでいるようだ。ところが日本ではワクチン行政は法定接種を増やさず、国内メーカに補助金をだすという姑息な手段に終始している。それは厚生官僚の天下り先確保であり、開発メーカの横並び談合の温床となっている。ワクチン製薬メーカのインセンティヴ向上にはならず、開発意欲も湧いてこない体制である。昨年のインフルエンザワクチン確保にみる厚生労働省の国内メーカー優先姿勢は、昔ながらの「護送船団方式」を固執している様子が明白であった。メーカに補助金を出すことでは断じてない。「情けは人のためならず」ということが分っていない。政府がやることは、インフラ整備であり新薬価格の引き上げ設定と法定新型ワクチン種を増やすことによってメーカのインセンティヴを上げることである。談合仲良し倶楽部を富ますことではない。子宮頸ガンワクチンの公費負担などはいまだに手がけていない。政府の弥縫策のなかで、それでも気を吐いているのが「オンコセラピー・サイエンス社」だけである。東大医科研の中村教授の特許をもとに立ち上げたベンチャー企業である。すい臓がんワクチン開発は治験継続中である。胃がんワクチン、肉腫ワクチンも治験を開始するという。このようなパイオニアのがんばりを育てるこそ重要であるのに、国立ガン研究センターでは「オールジャパン方式」を掲げている。ボス研究者の所に税金が流れる仕組みを堅持したいようだ。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第72回(2010年12月15日)「茨城県の医師不足を考える」  東京大学医科学研究所 上昌広 

茨城県の医師数は人口1000人当たり1.5人で(2006年)、全国では埼玉県についで下から2番目(全国平均は2.1人)である。これはOECDではトルコ並みである。とくに県北の医師不足(1.2人)が著しいのである。県北の水戸市で1.7人に対して、県南のつくば市では県内に唯一筑波大学に医学部があるため医師数は全国平均を上回っている。どうして水戸を中心とする県北に医師がいないのだろうか。それは地元に医学部がないからである。つまり茨城大学に医学部がないのだ。茨城大学は旧制水戸高校、茨城師範、多賀工業専門学校を核として戦後に出来た地方大学で、医学専門学校を含んでいなかった。栃木県には自治医大、独協大学、宇都宮大学に医学部があり大変充実しており、茨城県の県西地区は自治医大に頼っている様である。その遠因をつらつら考えてみると明治維新にぶつかる。水戸藩の藩校である「弘道館」には儒学のみならず、医学・薬学・天文・蘭学もあったという。第15代将軍慶喜を出した水戸藩は内紛が絶えず、武断改革派(天狗党)は弾圧されて浪人となり、加波山の乱・桜田門外の変・坂下門外の変といったテロに走って全滅した。弘道館出身者が多かった保守派の「諸生党」は戊辰戦争で会津藩と組んで徳川幕府側につき、これも戦いの末の壊滅する。結局水戸藩の有志は全滅したことになり、弘道館も焼かれてしまった。司馬遼太郎の言葉を借りると「内紛で摩滅してしまった」ということになる。水戸気質に三ポイという言葉がある。@怒りポイ A飽きっポイ B骨っポイ、ということで知恵とか粘りというものがない。東北や北陸人の「臥薪嘗胆」、「初志貫徹」という言葉に無縁で、「1億火の玉」式の玉砕型気質である。明治維新時に人材を消耗してしまったということらしい。と上昌広氏はいうが、人材の損失は長州藩の方が著しかったはずで、これは理由にならない。問題は水戸っ子気質ではないかと想像をめぐらせるが、茨城県に医師が少ないという行政的問題の回答にしては迫力不足である。私は、県北と海岸(神栖)地区は日立を中心とする工業立国をめざしたことにあり、県南・西は農業王国を目指したことにある。そして政治的には自民党の保守王国であったことが絡んでいるような気がするが、はたしてどうだろうか自信はない。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第72回(2010年12月20日)「朝日新聞がんワクチン報道事件」  東京大学医科学研究所 上昌広 

12月8日付けで朝日新聞社代理弁護士より、以下の内容証明郵便が上昌広氏に送りつけられた。 「記事について「捏造」などと指摘するのは、新聞社に対する極めて重大な名誉毀損行為です。ただちに貴殿の記事から当該箇所を削除するとともに、上記メールマガジンに訂正と謝罪の記事を掲載するよう要求いたします。要求に応じていただけない場合は法的措置を検討いたします」 「貴殿の記事」とは以下である。
http://medg.jp/mt/2010/11/vol340.html#more
http://opinion.infoseek.co.jp/article/1094
http://opinion.infoseek.co.jp/article/1096
http://opinion.infoseek.co.jp/article/1098
東京大学医科学研究所のガンワクチン開発に関する朝日新聞報道が、「医療事故」を隠す医療機関の隠蔽体質を糾弾する内容であった。これに対して本コーナーにおいて何度も医療関係者の反論を掲載してきたので、繰り返さないが、上昌広氏はこれを「報道事故」として朝日新聞に反省を促す記事を書いてきている。これにたいして朝日新聞は法的措置と称して個人的なレベルで圧力をかけてきている。言論機関であれば徹底的に公開の場で議論してほしいというのが上昌広氏の主張である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2010年12月23日)「朝日新聞からの申入書への回答例」 岩田健太郎 神戸大学

12月7日朝日新聞からCaptivation Network 臨床協同研究施設の代表世話人4箇所への申入書が送られ、一週間内の回答が求めらた。問題は10月15日付け「ガンペプチドワクチン」臨床研究に関する朝日新聞記事において、協同研究施設へのインタヴュー取材として「知りたかった情報をなぜ提供してくれなかったのだろうか」という臨床研究試験を行っている大学関係者が話したという事実である。これに対してCaptivation Network 臨床協同研究施設の関係者の調査によると、「取材を受けたのは大阪大学だけであり、同大学関係者はそのようなことは言っていない」という。このことから協同研究施設代表世話人は朝日新聞に対して抗議文を出し、「大学関係者が話したとする部分は極めて捏造の可能性が高い」とした点に、朝日新聞社は「極めて重大な名誉毀損行為であり、削除・謝罪をもとめる。そうでないと法的措置を取る事を検討する」という。これに対して、岩田氏は逆に「捏造ではない事を証明する根拠を示せ」といわれる。このことは新聞が取材源を決して出さない(情報提供者の秘密を守るという大義のため?)事を暗黙の前提としてからかっておられるようである。新聞社の論理は「そういう事を言った関係者がいたが、その人の名は明らかにしない」ということで、メデァの聖域を利用すれば、何でもでっち上げられるのである。新聞は噂として流すことが出来るのに対して、医療関係者は新聞社が絶対に明らかにしないことを逆手にとって「捏造では無い根拠を示せ、できなければ捏造だという疑惑は高まるばかり」というロジックで攻める。


「絶望の中の希望ー現場からの医療改革レポート」 第73回(2010年12月29日)「兵庫県の医師不足:播磨の悲劇」  東京大学医科学研究所 上昌広 

兵庫県の医師数は住民1000人あたり2.0人(全国平均は2.1人)で、特に少ないわけではない。県内には神戸大学医学部と兵庫医大(私立)の2つがある。神戸大学医学部は1964年の設立、兵庫医大は1972年の設立でかなり遅かった。京阪神の都市(一体化している)を比較すると、神戸市の医師数は2.6人、大阪市は3.1人、京都市は3.6人である。兵庫県の県西地区である播磨(明石・姫路・赤穂)の医師数は1.6人と悲惨である。理由はこの地区に医師養成機関がなかったからである。なぜ大学医学部がなかったのかという理由として、上氏は例の明治維新での幕府側論を展開する。姫路藩を治めた徳川譜代の酒井家が、徳川慶喜とともに大阪を去り、戊辰戦争では幕府側についたから、明治維新後に姫路は干されたという。教育熱心な藩校(好古堂)はあったが、姫路に旧制高校が出来たのは1923年を待たねばならない。どうですか上氏の明治維新論は腑に落ちますか。私にはそうとも思えない。薩摩・長州・土佐・肥後(山口、鹿児島、高知、佐賀)がいまでは経済振興にあえいでいる姿を見れば、明治維新論が今も糸を引いているようには思えない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年1月13日)「現場はなぜ、それでも新薬を使いたかったのか(上)」 小林一彦 JR東京総合病院 血液・腫瘍内科

すい臓がんは難治癌である。早期には自覚症状が無いため発見され難く、進行期V期、W期a、W期bの5年生存率は、19%、10%、2%である。W期bには手術ができず、抗がん剤治療となる。標準的な抗がん剤は「ゲムシタビン」で、その成績は有効率(病変の大きさが30%縮小)が25%であり、生存期間中央値が約6ヶ月である。今後の治療薬としてS-1という抗がん剤が提示されている。有効率は約30%といわれる。抗がん剤が効くか効かないか、又副作用の程度については、デオキシチミンキナーゼという酵素の遺伝子などの有無で推測することができるが、この検査は保険適用外となっていて採用することは出来ない。また抗癌剤併用治療法で使われるエルロチニブという上皮細胞成長因子阻害剤は肺がんのみに使用が認められているが、すい臓がんは適用外である。これらの未承認薬や適用外の「ドラッグ・ラグ」は医師においては「グレーゾーン」活動を余儀なくしており、副作用と同じくリスクのひとつである。未承認薬に期待を抱きすぎるのも偽りの希望に過ぎず、ゲノム医学による個別治療と癌ペプチドワクチンの臨床応用に期待が寄せられる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年1月13日)「現場はなぜ、それでも新薬を使いたかったのか(下)」 小林一彦 JR東京総合病院 血液・腫瘍内科

ゲノム医学による個別治療と癌ペプチドワクチンの臨床応用について現状を紹介する。個別化医療の一例として、米国ゲノミックヘルスが開発した「オンコタイプDX」は乳がんの再発率を予測する遺伝子診断法である。日本では保険がきかないのであまり普及していない。検査費用は50万円程度であると云う。「オンコタイプDX」はガン増殖に関る遺伝子の発現(m-RNA)をプローブするもので、核分裂像スコア−とよく相関している。ベテランの乳腺ガン専門医は病理細胞検査で予後を予測できるので、「オンコタイプDX」診断法は治療法決定法というよりは、多くは抗がん剤の量を減量すべきかどうかの判断材料として使われている。他の検査法と合わせて、乳がん個別化医療の臨床指針が提示される予定である。ガン免疫療法は1990年代米国ローゼンバーク博士らによって、皮膚がんである「黒色腫」に対して劇的な効果を上げた。この方法はがん細胞の表面の溝にあるペプチド(九つのアミノ酸)がガン抗原であることがわかり、分子標的治療法として急速な進展を見せた。なかでも前立腺ガンワクチン「プロベンジ」が米国メディケアの保険対象として検討されている。ところ東京大学医科学研究所のすい臓がん免疫医療チームが進めている臨床研究を、昨年10月15日朝日新聞があたかもこの臨床試験をナチスの人体実験というおぞましいイメージで攻撃した。筆者らはこの報道を事実と反する湾曲されたものであると抗議したが、すい臓がん患者のひとりはこのペプチドワクチン臨床研究を辞退し、新規治療への意欲を失った。新聞報道によって患者の生命観に影響を与えることもある。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年1月18日)「東大医科研ガンペプチド臨床試験は人体実験か ?」 難波紘二 広島大学名誉教授 鹿鳴荘病理研究所

2010年10が16日の朝日新聞社説「東大医研ー研究者の良心が問われる」を取り上げる。社説には「それが医学研究の大前提である事は、世界医師会の論理規範ヘルシンキ宣言でも謳われている。ナチスドイツによる人体実験の反省からまとめられたものである」という文節がある。社説の書き手(論説委員)はナチス医学裁判とヘルシンキ宣言について無知なのか、あえておぞましいナチス犯罪を暗喩させようという魂胆からきているようである。ではナチスドイツはどのような「医学実験」を行ったのであろうか。「生産に役立たない人間の処理」と称して約7万人の殺害をおこなった。その中で派生して親衛隊軍医と化学者の手で人体実験が行われた。具体的な項目だけを述べると、@減圧実験による窒息死 A低体温実験 Bマラリア感染実験 Cマスタードガス実験 D抗菌剤効果を調べる菌感染実験と組織再生(移植)実験 E海水摂取実験 F肝炎感染黄疸実験G不妊化実験(優生学断種) Hワクチン効果を調べる発疹チフス感染実験 Iトリカブト毒薬効果実験 J焼夷弾火傷実験 Kメンゲレ双子実験 これがナチス軍医による12種の人体実験である。朝日新聞はこのナチスによる残虐なるおぞましい殺戮と、東大医科研の臨床研究にどういう類似性・共通性があると云うのだろうか。ナチスの医学的蛮行に対して、「国際軍事法廷(ニュールンベルグ裁判)」とは別に、「ニュールンベルグ軍事法廷T」において裁かれた。これは12のナチス関連裁判のひとつであった。結果16名が有罪、7名が死刑となった。この判決で示された10か条の「人体実験の必要条件」を、「医師の十戒」とか「ニュールンベルグ法典」と呼んでいる。第1条「許容しうる医学的実験」とは「人間と対象とするある種の医学的実験は、理性的によく定義された範囲内でおこなわれ、道徳的、倫理的、法的な諸概念が満足されるためは、一定の基本原則が遵守されなければならない。それは第1に被験者の自発的同意が絶対的に必要である。」という。このことは今の言葉でいえば「インフォームド・コンセント」のことで、現代の医の倫理の根幹をなすものである。「ニュールンベルグ法典」第1条の、「実験」を「治療」に「被験者」を「患者」に置き換えれば、そのままインフォームド・コンセントに通じる。医師の倫理綱領としては、1948年の「ジュネーブ宣言」、1949年の「医の倫理の国際綱領」、1964年「ヘルシンキ宣言」につながる。しかし「ヘルシンキ宣言」は過去5回改定され、古い宣言はその都度廃止されている。1975年東京、1983年ベニス、1989年香港、1996年南アフリカサマーセット、2000年エディンバラである。一貫して変わらないのは「患者もしくは被験者の同意なくしては、治療・治験・実験をしてはならない」という「インフォームド・コンセント」重視の精神である。今生きているのは「ヘルシンキ宣言Y」である。

すると社説がいう「ヘルシンキ宣言でも謳われている。ナチスドイツによる人体実験の反省からまとめられたものである」という内容を含むのは1964年の「ヘルシンキ宣言T」であろう。そこには前文とT基本原則、U専門的処置を含む臨床研究、V非治療的臨床研究からなり、ナチスドイツが断罪されたのは「非治療的臨床研究」を「被験者の同意なく」おこなったからである。医科研臨床研究はU専門的処置を含む臨床研究に相当し、ナチスの犯罪とは接点がない。そして社説が「研究者の良心が問われる」ということはいわれなき誹謗である。ところで「ヘルシンキ宣言T」はとっくに廃止されている。朝日新聞はどの「ヘルシンキ宣言」の事を根拠にしてナチスの犯罪行為と同一視しているのだろうか。「ヘルシンキ宣言Y」が[人を対象とする医学研究の倫理原則」では「患者からインフォームド・コンセントを得た医師は、まだ証明されていない、または新しい予防、治療方法が、生命を救い、健康を回復し、歩いた苦痛を緩和するという望みがあると判断したら、それらの方法を利用する自由がある」という医師の裁量権を認めている。医科研臨床研究が「ヘルシンキ宣言Y」に触れる点は何もない。治験中の合併症は臨床の現場ではよくある事で、問題は適切な処置をしたかどうかである。合併症・副作用が起きたら間違った治療を施したことではない。薬に毒の効果がある事と同じで、事象に対する適切な処置が患者との信頼関係を作るのである。「ヘルシンキ宣言Y」のどこをどう読んでも、ナチ医学犯罪を想起させる条項は見当たらない。とすれば、それらの事を知りながらあえて「ヘルシンキ宣言Y」の細部は隠して誤解の連想を誘起させる大衆煽動テクニックであろうか。新聞,雑誌,テレビの共通していることは、大衆の曝露趣味と俗悪趣味をくすぐりながら興味を惹き、一定の予見と独断からなるストーリをかぶせてゆくメディアの世論誘導法である。これを捏造といわずして何と言おう。厚生労働省局長村井氏に対する検察特捜部のやり方も,根っこは同じである。スクープを狙い功を焦るあまり、善良な相手を極悪人に仕立て上げる手法は検察と同じである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年1月21日)「与謝野馨氏の死にどころ」」 小松秀樹 亀田病院副院長

今後15年で医療需要の大半を占める高齢者人口は700万人増加するという。亀田病院は安房医療圏を担うが、看護婦不足により1:7体制を維持できず、平均在院日数は12日で看護師は1:10体制に追い込まれている。首都圏のなかで医師や看護婦の少ない千葉、埼玉では病院はパンク状態である。2008年厚労省の指示で「地域医療計画」が改定され、病床数抑制に動いている。2004年総務省は自治体病院改革ガイドラインで民営化、独立採算化を促したが、医師の引き揚げ(立ち去り現象)により自治体病院は疲弊し、民間引き受けはなく、三割は幽霊病床ではないかといわれている。このような病院ではサービスの低下(診療科の廃止、基準病床の不足、医師・看護師の過重労働)にならざるを得ない。筆者は2009年9月民主党政権誕生に際して9か条の注文(安定、合意形成など)をつけたが、政権側から反応はなかった。政権は1年半の迷走を続けているが、日本の問題の解決に繋がるような政策の合意が本気で目指されることはなかった。そこで与謝野馨氏が今回の内閣改造で入閣し、財政再建、税制改正、社会保障を喫緊の課題だとした。最大の障壁はポピュリズム(大衆の聞こえがいい政策を訴える)である。市民は合意形成と政権の安定を基準にして、政治家やメディアを評価しなければならない。自民党の谷垣氏は民主党を倒すという政局にしか興味はなく、平沼氏は近視眼的で大局を見ないことに関しては養父(平沼騏一郎)と同じである。石原慎太郎氏はポピュリズム政治家の典型で、目先の票しか読まない。たしかに23年度予算が国会を通過しないようでは内閣は潰れるが、ここが与謝野氏の政治力の見せ所、死にどころかもしれない。合意形成に向けて与謝野氏を応援しようではないかというのが小松秀樹の言いたいことらしい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年1月28日)「医療事故に無過失補償を」 久住英二 ナビスタクリニック立川院長 行政刷新会議ライフイノベーションWG委員

肺がん治療薬イレッサの医療訴訟で、国は和解勧告を拒否し裁判を求めました。現在医療事故が起きた場合、薬剤が原因であればPMDA法による医薬品副作用被害救済制度で、法定予防接種による健康被害では「予防接種法」により救済され、また2009年1月より産科医療補償制度が導入された。医師の過失により健康被害が起きた場合は、医師賠償責任保険(医師が加入する民間保険)があるが、過失が認定されたときのみ救済される。保障制度がない場合、裁判で過失認定を勝ち取らなければならず、患者にとっては高いハードルである。アメリカにはワクチンの無過失補償・免責制度によって補償金を得るか訴訟にするかを選択することができる。その資金はワクチンの値段に上乗せされている。そこで筆者は2010年10月から内閣府行政刷新会議規制・制度改革に関する分科会、ライフイノベーションWG委員(主査園田大臣政務官、土屋良介氏)を務め、無過失補償制度と高額診療費返還制度の改革を主張した。無過失補償制度については2011年1月26日から審議が始まった。厚労省は財源を理由に難色を示しているが、新制度創出に向けた前向きの議論が必要である。では医療事故無過失補償にどの程度の規模の資金が必要なのだろうか検討をしてみよう。予防接種健康被害では年間180人程度でこの15年間推移している。医薬品副作用ひがい救済制度は平成20年度で782件、総額18億円、産科医量補償制度では1分娩3万円の掛け金で年間300億円集まった。1年間800件の補償対象があり上限3000万円なので年間の資金は10億円である。医療訴訟件数は平成21年度で約1000件、50%が和解、38%が判決であった。判決中原告勝利が25%であったので、被害補償対象となる可能性は医療訴訟の60%であるとみられる。つまり600件に対して1件3000万円を払うとすると180億円の基金が必要だという計算になる。案ずるより産むが易きといえなくはない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年2月10日) 「朝日新聞ガンワクチン報道事件 第4の権力の暴走 (前半)」 小松秀樹 虎ノ門病院泌尿器科部長

この事件についてはこのコーナーで何度も何人かの識者が発言している。今回の小松秀樹氏はメディアの報道の権利と義務について、さらに新たな見解を述べたもので傾聴するに値すると思われた。長くなる(前半と後半に二分して)が、丹念に氏の論旨を追って行こう。なお小松氏は「医療崩壊・立ち去り型サボタージュとは何か」、「医療の限界」、「慈恵医大青戸病院事件」などの著書として広く知られ、医療ガバナンス学会の論者である。2010年10月15日の朝日新聞のガンワクチン報道記事、翌日16日の朝日新聞社説「東大医科研 研究者の良心が問われる」に対して、12月8日東大医科研中村祐輔教授は、朝日新聞と出河雅彦編集委員、野呂雅之論説委員を名誉毀損を理由に損害賠償を求めて提訴した。朝日新聞は記事に対して抗議を表明していた団体のうち4団体に対して、「記事捏造」と非難したことが名誉毀損に当たるという申し入れを行なった。報道事件は当事者間の権利義務についての個別具体的な紛争である。それを朝日新聞は議論を日本の臨床試験のあり方という社会システムの問題にすり替えようとしている。従って事件の核心は医科研と中村教授の名誉を貶めたかどうか、オンコセラピー社の信用を傷つけたかどうかについて議論をする。
1) 報道
 事件の発端は10月15日の朝日新聞社東京朝刊1面、社会面、及び16日朝刊の社説である。記事は臨床試験での「重篤な有害事象」に関する情報を関係者に伝えないのは、法規制がない臨床試験にしろ薬の開発を優先した中村教授の利益相反があった事を強く匂わせる記事である。
2) 重篤な有害事象とは
 朝日新聞の記事は「有害事象」がいつの間にやら「副作用」と読み違えるように仕向けられている。有害事象と副作用は意味の異なる定義である。臨床試験において発生した医学上の好ましくない事象は、因果関係の有無に関係なくすべて「有害事象」として記載される。それに対して使用された薬剤に起因する有害事象が「副作用」である。将来副作用とするほうがよいという修正の余地を残して、多くの場合「因果関係を否定できない」群に分類される。今回の出血はすい臓がんの進行による併発症と判断された。進行したすい臓がんで消化管出血はまれなことではない。被験者の出血はすぐに収まった。この患者を被験者から除いたことについては、死が差し迫った末期患者を被験者から除外するのは被験者の保護が目的ではなく、臨床試験の評価能を保つためである。治療法の効能を正しく統計処理するための常識的手段である。そして医科研が臨床試験を中止した理由は、有害事象があったからではなくこの治療法の効能がなかったと判断されたからである。NHKの和田努氏は、「朝日新聞が出血の原因がワクチンであるかのように意図的に記事を書くことは、明らかに悪意である」という。
3) 正当な非難か誹謗中傷か
 朝日新聞が医科研と中村教授を非難するには正当な根拠がなければならない。臨床試験での有害事象を別の研究組織に報告する義務がった場合のみ、朝日新聞の非難は正当化されよう。しかし問題の臨床試験は医科研単独実施であり、ルール上も実務上も他の研究組織に報告する義務はなかった。だから報告しないことを非難することは根拠がない。そして中村教授への非難を正当化することはさらに難しい。なぜなら中村教授は臨床試験に関っておらず臨床試験の責任者ではない。まして有害事象を議論する立場には無い。
4) 捏造
  10月15日社会面の記事には、ペプチド臨床試験を行なっているある大学病院の関係者の話として、「私たちが知りたかった情報であ利、患者にも知らされるべき情報だ。なぜ提供してくれなかったのだろう」と書いている。これに対して10月29日、ガンワクチン臨床試験を進めるCaptivation Network 臨床共同研究施設関係者79名連盟の抗議文が朝日新聞に提出され、さらに11月12日の2度目の抗議文には170名のほぼ全員の共同研究施設関係者名が網羅された。いったい朝日新聞は誰から取材したのだろうか。取材源は絶対に明かさない原則で朝日新聞は逃げられると思っているのだろうか。抗議文には「7月9日に取材を受けたのは大阪大学のみであり、記事に書かれた内容はなかった。したがって関係者の発言は存在せず、記事はきわめて捏造の可能性が高い」というものである。恣意的に選択して(歪バイパスという)結果を一般化すると科学の分野では捏造とされる。たとえ病院内のひとりの偏見があったとしても、それを一般の意見とするような記事もやはり捏造である。
5) 歪曲
 10月20日朝日新聞記事に抗議するがん患者41団体の声明が出された。「臨床試験のは一定のリスクがあることは承知している。被験者の保護には十分すぎるほどの配慮が必要です。しかし不確かな情報で臨床試験が評価されてはならない。東大医科研の臨床研究に関する報道を受けて、当臨床試験のみならず他の臨床試験の停止という事態が発生しました。これによるガン臨床研究の停滞が生じる事を強く憂慮する。臨床試験に関する報道に関しては一般国民の視点も考慮して、誤解を与えるような報道ではなく、冷静な報道を求める」というものであった。ところがこの声明を10月21日の朝日新聞は「ガンワクチン臨床試験問題、患者団体は研究の適正化を求める」という記事を書いた。「白を黒といい含める」ような恥知らずの記事である。論旨を180度捻じ曲げるような記事である。捏造とはゼロをプラスというが、歪曲とはマイナスをプラスという、2倍悪質なのである。
6) ロケットの父糸川博士攻撃の記憶
 中村教授はゲノム学者であり世界一流の科学者である。この中村教授を失なうことは日本医学にとって大きな損失となる。そこで思い起こされるのは朝日新聞の「反糸川キャンペーン」による糸川教授の追放である。糸川英夫博士はペンシルロケットの開発者として小惑星「イトカワ」に名を残す日本の宇宙開発の開祖である。1970年から人工衛星おおすみの打ち上げは4回失敗し、朝日新聞は「反糸川キャンペーン」を大々的に繰り広げ、そこに東大宇宙研を管轄する文部省と宇宙開発事業団を管轄する科学技術庁の対立がからんで、糸川博士は東大教授を辞任し宇宙開発から外された。このキャンペーンには朝日新聞の科学部長の個人的な妬みがあったと糸川氏は回想している。科学部長の暴走を制御できなかった朝日新聞の脆弱性は、その社会的影響力の巨大さとあいまって新聞の宿命かもしれない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年2月11日) 「朝日新聞ガンワクチン報道事件 第4の権力の暴走 (後半)」 小松秀樹 虎ノ門病院泌尿器科部長

7) 規範的予期類型と認知的予期類型
ニクラス・ルーマンによると社会の発展により昔は社会を運営してゆくために機能的に規範を基準とした概念が整理された。現代社会は社会システムの機能分化が進んだ部分社会で成り立っている。部分社会のコミュニケーションは規範的予期分類型(法、政治、行政、メディアなど)と、認知的予期分類型(経済、学術、技術、医療など)に大別できるという。規範的予期分類型は道徳を掲げ、確信と制裁・合意により支えられその対応は比較的緩やかである。認知的予期分類型は知識を増やすことで急速な変化に対応し、学習して自らを変えるのである。短期的には合意の得やすい規範的予期が有意であるが、長期的には適応型で学習の用意がある認知的予期が有意である。耐震偽装問題に対する報道を受けて、建築基準法が改正され審査が厳格になった半面、建築確認申請が滞り建築着工が遅れ倒産した企業も出た。過熱報道は日本の建築界に大被害をもたらした。こういった規範的予期行動とメディアの本質を次に考察する。
8) ジャーナリストの認識
 朝日新聞は「事件の取材と報道」(朝日新聞 2006)で「正しい報道像」を提示している。これによると調査報道とは「公権力の疑惑を報道機関の責任において追求することである。疑惑のどこに問題があり、それが構造的不正とどうつながっているかなど報道することが目的となる」という。公権力の番人(チェック責任)を謳った誇り高いジャーナリスト宣言であるが、それが医学や科学に向けられると、とたんにありえないどろどろした悪意で動いているかのような予断をあたえ、新聞は正義の味方であるよう態度を取るのである。新聞と政府の関係は対立的関係だけではなく、世論を誘導しようとする官僚リークに明らかなように新聞の情報源は政府からの情報に頼るというもちつもたれつの関係である。自らを正義の立場においてみると世界は歪んでみえてくる。新聞は癇癪を起こして直ちに断罪し社会的に葬ろうとするのである。裁判所の判決で有名な「すでに社会的報いを受けており、刑を減免する」というのはメディアによる社会的抹殺機能のことである。警察機能より恐ろしい刑罰を被疑者に与えるのである。そういう意味では政府は警察・裁判所とメディアという2つの暴力機構を有するといってよい。現代の科学、技術、医療、運輸、経済では規範とは無関係に、あらゆる方法を駆使して状況を認識する。一切の予断を許さない。技術上の判断は数多くの検査・診断システムによって確認されるのである。医学上に悪意の入る余地は無い。悪意・邪念・権力が入り得ると思うのは幼稚な犯罪者である。朝日新聞社は言説の基準を「正義」に置いているようであるが、正義とはそんな単純な見方ではない。人の数だけ正義がある事をお忘れではないか。
9) 補助人工心臓と日本の医療機器開発
 世界における日本の医療機器のシェアーは下がり続けている。また移植治療もまだまだ世界水準に及ばない。それは札幌医大和田教授事件のトラウマを引き摺っているからである。人体実験のようなおぞましいイメージで和田教授の心臓移植手術が報道されたのである。その原因のひとつは過激報道で機器開発会社が微々たる市場のために致命的非難に曝される事を畏れるからである。2つは行政の新薬や医療器機審査基準が経済合理性を無視しているからである。「厚労省は国民の安全のために審査し、産業振興は経産省の仕事」という縦割り行政の弊害である。「国立循環器病センター型」補助人工心臓は2008年当時は世界でもベストな製品であったが、今は博物館ゆきの代物らしい。
10) マスメディアの黄昏
日本のマスメディアは「被害者」が悲嘆にくれたり、強い怨念を語ったりする事をそのまま伝える。怨みつらみの感情表現記事は理論的な根拠や筋道だった客観的な判断を曇らせ、情動しか残らない。新聞記者は失敗を恐れるあまり、自己の判断から記事を書かない。引用で記事を書こうとする。記事製作過程で個人の責任と理性の関与、すなわち自立した個人による制御が及んでいないのである。告発型の記事は庶民社会に受けるが、自己責任型記事は成熟した市民社会にこそ必要なのである。その点を強く認識しないと、新聞は既に時代遅れになっているのである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月4日) 「T型糖尿病研究基金設立5周年シンポジュームー情熱が先端研究を支える」 松本慎一 ベイラー研究所

T型糖尿病とは、自己免疫疾患により誤って自己のインスリン産生細胞を破壊してしまう典型的な小児疾患である。若年性糖尿病であるT型糖尿病はアメリカに100万人の患者がいる。インスリンがまったく生産されなくなった患者にインスリンを産生する膵島細胞を移植する治療法がある、劇的に糖尿病から開放された人もいるが、免疫抑制剤を内服したり、途中で移植した膵島細胞の機能が衰えたり、再度自己免疫疾患が再燃するなど研究課題は多い。不治の病が治る病気になると確信して情熱を持って研究している研究者を支える基金がアメリカに生まれた。1972年患者の家族によって「小児糖尿病基金(JDRF)」が設立された。40年間で1200億円の研究費をサポートし、2010年だけで見ると80億円を提供した。松本氏は日本版JDRFを立ち上げたいと日本IDDMネットワークに持ちかけ、2005年に「T型糖尿病研究基金」が設立された。日本文化には縁の浅い寄付文化が細発足した意義は大きい。その設立5周年を記念して特別シンポジュームが3月12日、時事通信ホールで開かれるという。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月14日) 「緊急被爆の事態への対応は慎重に」 西尾正道 北海道ガンセンター院長

13日14時までの情報をもとに放射線被爆についての基本的考え方を示す。12日午後1時原発の敷地境界線で1015μSv/h(マイクロシーベルト/1時間)(約1mSv/h)であったというので、放射性物質が放出されたことは確かである。Svとは人体への影響を考えて設定された線量のことである。一般人の年間被爆線量限界は1mSv、原発従事者や医療関係者の年間被爆線量限界は50mSvで5年間が限界である。自然放射線と医療放射線は年間約5mSv、飛行機に乗ると、0.19mSvを受ける。今回の被爆は急性全身被爆としても、きわめて低線量であり特に問題となる事はない。急性被爆時の人体への影響は、250mSv以下では臨床的な症状が出ることはない。500mSvで白血球の一時的な現象がみられ、1000mSvでは吐き気や全身倦怠が見られる。今回の被爆では医学的健康被害は深刻ではない。 放射線防護三原則は@距離 A時間 B遮蔽である。距離は1kmの線量を1とすると、10kmでは1/100、20kmでは1/400 となる。まず自分の位置と原発の距離を頭に入れておくこと。時間については現場から離れるということで避難の問題となる。遮蔽は室内からでないことであり、コンクリート内部がさらに安全である。被爆予防としてはヨード剤の服用、コンブなどを多く食べることである。甲状腺に放射性物質が蓄積する事を予防する。 要請に基づいて、北海道ガンセンターから放射線治療科の医師を福島に派遣する予定である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月17日) 「被災地の現状ー東北大学病院より」 竹内陽一 東北大学病院 腎高血圧内分泌科

被災地の全般的な状態についてはテレビで報道されていますが、病院関係の被災状況は情報が十分ではない。そのための掲示板を被災各県で立ち上げた。緊急外来に発熱程度の患者は運ばれたり、急患病院に外傷・瀕死患者が運ばれるなどトリアージが錯綜している。宮城県内の10数カ所の透析クリニックは閉鎖されいる。3月14日から透析薬剤が少しであるが入手でき、小規模ながら再開を始めている。今後の薬剤と技師の確保が課題である。大学病院の透析センターは24時間フル操業しているが、パンク状態で近隣諸県へ受け入れてもらっている状態である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月18日) 「地震の後で」 千勝紀生 日立総合病院 血液内科

日立市は震災の被害は少なかったようでテレビにも現れませんが、診療の現場では意外と深刻な状況にあります。日立総合病院の建物の古いものが破損し、大幅な減床を余儀なくされている。MRIなどの機械も破損した。14日までの停電・携帯電話不通で医師は外出できなくなり、断水により人工透析・生化学検査もままならず、あと2日で検査不能となってしまう。食糧とガソリン不足で職員は帰れず、職員バスを仕立てて対応している。交通は常磐線は不通、常磐自動車道路も通行止めが続いている。そのため日立総合病院では今週一杯は休診、外来停止、化学療法の延期を決めている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月18日) 「東北関東大震災における感染対策」 森澤雄司 自治医大付属病院 感染制御部長

ライフラインの途絶などで衛生状態が悪化している。インフルエンザやノロウイルスに対する警戒が必要です。資材が不足している状態で感染症を防ぐ最低のポイントを示す。咳がある人は公衆の前に出ないようにする。マスクやティッシュを確保してください。咳・発熱・吐き気のある人は、避難所などでの人の配置に気をつけよう。手洗いが出来なければ消毒用アルコールを準備しよう。 栃木県は被害は少なかったが、県で医療を維持し、近隣施設の支援をしている。自治医大病院は大田原赤十字病院や、茨城県筑西市病院の患者の転院を受け付けている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月23日) 「老健疎開作戦(第1報)」 小松俊平 亀田総合病院 経営企画室

亀田病院からの提案である。@いわき市の老人保健施設小名浜ときわ苑を鴨川市に疎開させる。A受け入れ施設は「かんぽの宿鴨川」を利用する B医療法人ときわ会が介護を行い、いわき市に保険請求する。C鴨川市はいわき市への協力を宣言する。困難は分割せよ。全体を国が把握するの不可能だ。地方主体が協力し,それをネットワーク化しよう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月24日) 「今後の支援体制への提言ー医療から介護へ、関東から関西へ」 長尾和宏 長尾クリニック 尼崎

@「避難者支援」は「医療」から「介護」に重点が移っている。医療面では在宅医療と慢性期医療にシフトしている。在宅診療の「多職種連携」がキーワードとなる。医薬品と生活必需品などの配送ルート確立が必要だ。A「疎開者支援」は受け入れ施設のリストアップと移送手段と費用負担問題である。透析患者の東北から関東への患者移送が効果を上げている。そして西日本が関東を支援する流れが生まれつつある。大型客船を利用し、医者・看護師が乗り込めばいい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月24日) 「情報から孤立した被災地 石巻市」 植田信策 石巻赤十字病院

石巻市は11日の震災後、市役所が壊滅し情報発信も受信も出来なかった。石巻や南三陸沿岸地方からの県への被災情報伝達が出来なかったのである。医師巻き市立病院は完全に孤立し、自衛隊による患者救出が遅れた。避難所への患者搬送も困難を極め、マイクロバスで各避難所へ送り届ける状態であった。震災後3日後たっても石巻赤十字病院の500名の患者が留まっていた。避難所の問題は、透析や在宅酸素療法患者、自力歩行できない患者、寝たきり高齢者、認知症患者など受け入れ側のスタッフが調わないところでは受け入れ拒否となり搬送できない患者も多く出た。現在の喫緊の問題は避難所への支援である。食糧、仮設トイレ、飲料水などかなり状況は厳しい。避難所の情報収集は市と赤十字救護班で行なっている。避難所に2.5万人、食糧を必要とする住民7万人がいますが、支援物質が豊富な仙台付近と違って、石巻市の状況は取り残されている。メディアらは往復に便利な仙台市近辺に留まって、石巻市にやってこないのも情報伝達上問題である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月27日) 「被災地での医療体制の復興」 中村利仁 北海道大学医学大学院 医療統計・システム・社会管理学部門

応急の復旧・再建の次に来る課題は、より良い物を作るという意味での復興である。津波に洗われた地域に国道や、鉄道は敷くべきではないし、被災地に住宅や町を再建すべきではない。現地再建を目指すなら、新たな津波対策・地震対策が必要である、十分に高いところ新たな町を開発し、町全体を移動させるべきでしょう。病院・診療所も流された場所に再建してはいけません。病院とは基幹病院・中小病院・診療所の再建を目指すことになるが、北海道の経験を踏まえて提言したい。北海道では診療所不足から過度に基幹病院の外来部門に依存した体制であったため、効率的とはいえない地域医療体制を余儀なくされてきた。病院に対する補助はいうまでも無いが、緊急に診療所再建のための費用補助が必要である。稚内の診療所開業助成制度がひとつの見本となる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月28日) 「災害医療のコーディネータと患者搬送の効率化を」 荻野美恵子 北里大学医学部神経内科

福島県いわき市いわき共立病院から人工呼吸器装着神経難病患者のヘリ搬送依頼を受け、筆者は3月20日添乗医師として飛行機でいわき市に着いた。患者のヘリ搬送には自衛隊の協力を得るため内閣府災害本部を経由して依頼される。いつヘリが飛べるようになるか分らないので(亀田病院8名、北里病院5名のヘリ搬送が3月23日に行えた。)非難所の診療のお手伝いをした。そこで見たいわき共立病院の医療現場は、不眠不休の戦場のようなもので、患者さんは誰でも受け入れるという方針のもと、100名以上の透析患者を受け入れるということである。やはり受け入れ事務連絡や、搬送依頼に医師が忙殺されるのは効率的では無いという感を受けた。マッチング・コーディネートをする部署があればもっと医師が本来業務に活躍できるはずです。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月29日) 「被災地の膠原病対策」 越智小枝 東京都立墨東病院 膠原病・リュマチ内科

膠原病は稀な病気ですが、間接リュウマチは人口の1%程度でかなり多いので、被災地でも患者さんがいるのではないだろうか。そこで被災地の患者さんが気をつけなけばならない3点を挙げる。@ステロイド離脱症状:ステロイド剤(プレドニン、リンデロン、メドロール)の内服は絶対やめないこと。離脱症状が出て下痢発熱などがおこる。 A日和見感染:免疫抑制剤(プログラフなど)、生物製剤(ヒュミラなど)の内服・注射は中止しておくこと。B膠原病の再燃:間質性肺炎、腎炎、漿膜炎、血管炎などは患者にとって危険な状態となる。このような患者は搬送することを考慮してほしい。など医師が注意すべきことも多いが専門的になるので、ここでは割愛する。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月30日) 「被害者として原発事故作業員の生涯医療保障を」 木村知 T&Iメディカルソルーションズ代表

原発事故現場で作業する人を英雄視して讃美する、ある種「特攻隊讃美論」に似たメディアの論調にはかなり違和感を持つ人も多い。しかししだいにメディアの論調が「作業員の安全確保」に変わりつつあるのは当然である。そして原発事故作業員の人々には「直ちに影響が出ない」という確定的影響よりも、将来にわたって現れる確率的影響の方に備えなければならない。そしてそれは発ガンや臓器不全という形で現れ、因果関係の立証が困難である事は、日本では原爆被害者救済で十二分に味わってきた。5ところが事故対策現場は東電の関連企業、下請け孫請け企業の従業員で成り立っている。東電の従業員だけで事故対策をやっているわけでない。片付けや電線敷設や排水配管作業はまさに下請け建設作業者が担当しているのである。建設業界では「労災逃げ」「労災隠し」の事例が横行しているのは、「労災事故」が多い下請けには上の企業から発注がなされないという構造があるためである。これを「病的ピラミッド構造」と呼ぶ。下請け企業の経営者は自腹を払ってまで従業員の事故を全額自費診療扱いにする慣習があった。原発事故作業に起因する健康被害を労災ですべて補償するのは、時間が経つにつれ不可能となる。今の時点で国・東電・自治体は原発事故作業証明書を発行し、障害にかかわる医療費及び定期的な健康診断調査についても国が責任をもち、生涯にわたって保障を行なうべきである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月30日) 「体育館避難所から避難する選択肢を」 村重直子 医師

震災以来、避難所で死亡する方が増えてきています。避難所での死亡率は通常の60倍で、死因の3/4は感染症だという報告がある。体育館型避難所での生活そのものに死亡リスクが高いといわざるを得ません。呼吸器感染症に下痢・嘔吐が主な原因で高齢者や幼児の命を奪ってゆきます。大勢の人間が冷えた場所で雑魚寝をする環境から一刻でも早く脱出することが基本的な対策です。仮設住宅建設は長期化すると予想されるので、被災者受け入れを表明する自治体の受け入れ先が体育館では環境が改善されたとはいえない。少なくとも空家市営住宅やアパート無料提供などの配慮が必要です。他県にいる親戚を頼って自主避難をするのが望ましいのですが、それも一部に過ぎません。そのなかで、千葉鴨川の亀田病院の「老健疎開作戦」は介護施設組織ごとの疎開で注目される。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月31日) 「神経内科医より被災地の患者さんへ」 横山和正 順天堂大学神経内科医局長

神経内科というと、脳血管障害、てんかん、神経難病などの薬剤継続が必要な患者さんへの対応について、情報の後方支援を行ないたい。
@脳血管障害:水分摂取と下肢の運動が必要です。アスピリンを飲んでいる人はストレス性胃潰瘍に気をつけよう。プレタールを飲んでいる人は動悸・眩暈に気をつけ、ゆったりとした動作を。高血圧の薬は切れないようにしましょう。 
Aてんかん:抗てんかん剤は欠かさず飲みましょう。
Bパーキンソン病:薬の量が足らなくなると、筋肉が溶け腎障害がおきる。認知症で幻覚妄想を防ぐ薬を飲んでいる方は避難所での生活は不可能。
C多形統萎縮症:嚥下障害や排便障害薬を飲んでいるので、肺炎などの感染症、腸閉塞に注意。
D重症筋無力:免疫抑制剤を飲んでいる人は感染症のリスクが高い。ステロイド内服患者の感染症発熱・下痢に注意。
E多発性硬化症:インターフェロンや免疫抑制剤を使用している人は治療を継続してください。感染症や再発に注意。
F視神経脊髄炎:ステロイド、免疫抑制剤を飲んでいる人の再発に注意。再発時は被災地での治療は不可能。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年3月23日) 「老健疎開作戦(第2報)」 小松俊平 亀田総合病院 経営企画室

3月18日:老健疎開作戦(鴨川モデル)による小名浜ときわ苑の避難について議論開始 19日:いわき市長より介護保険負担の適用を認めると確約を得た。「かんぽの宿鴨川」を受け入れ施設とすることで、日本郵政の同意を得た。鈴木文部科学副大臣の協力による。施設の設計図を入手して、割り振りを検討、 ベットを発注した。20日:ベット120台搬入される。パラウントベッドの尽力による。搬入には120人のボランティアの協力を得た。 21日:ときわ荘の入所者のバス運び入れ開始、重症者はそのまま亀田病院へ搬送、バスの中で様態が急変して2人が死亡。入所者122人、職員・家族を入れて全体で200人が入所した。搬入に当たり250人のボランティアの協力を得た。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月1日) 「老健疎開作戦(第3報)」 佐野元子 亀田総合病院 経営企画室

医療法人鉄蕉会(亀田病院)とときわ会(小名浜ときわ苑)は老健疎開作戦を震災時の避難モデルとすべく、3月24日財務担当者会議を行い次のような取り決めを行なった。
@ 小名浜ときわ苑の介護事業収支を明確にしたうえで、本作戦の収支は公開する。双方は損も特もしない事を原則とする。
A 最終的な不足部分や、かんぽの宿鴨川の使用料金を国と折衝する。
B 疎開した小名浜ときわ苑からいわき市に介護保険を請求する。ときわ会といわき市長との間で合意済み。
C 小名浜ときわ苑の損益計算書は本部と切り離して管理し、法人本部から経理担当者が鴨川に常駐する。銀行キャッシュカードは作成せず、本部を介して行う。
D 給料、人件費、物品調達は従前とうりときわ苑でおこなう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月1日) 「外科・総合科医の被災地診療経験」 須原貴志 下呂市立金山病院

金山病院は100床クラスの僻地病院で、医師派遣要請に対して災害地派遣医療チームを組むことが出来ず、医師1名と事務員1名の2名で、3月23日ワゴン車に資材を積んで宮城県旦理町に入った。公民館に福井県チームと一緒に寝泊りしたが、電気、水は利用可能であった。避難所に設けられた簡易診療所において診療に当たるとともに、往診に向かった。被災地では内科的疾患が多いのであるが、外科的疾患としては外傷後感染壊死や血腫、挫創、刺傷などが多かった。破傷風など化膿菌が恐ろしい。傷の洗浄に生理食塩水が非常に重宝した。あまり専門的な処置は行なわない方が後を引き継ぐ内科医などには有り難がられた。術後の創傷縫いに糸を使わずテープでカバーしたり、膿を排出するドレーンは設けず、傷口を少し開いたままにしておくなどの処置が必要であった。問題点は我々の行為がかかりつけ医の診療とどうかかわるのかということ、医師としては大病院の医師よりは僻地や孤島の医師の方が適合しやすいと感じた。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月4日) 「被災地の健康運動支援」 永富良一 東北大学教授 運動学

避難所において、高齢者の運動不足から来る廃用症候群(エコノミークラス症候群)を防止するため、ラジオ体操などを町内会、自治体などで行なってきた。健康運動指導士、理学療法士、体育指導員などが中心になって支援するネットワークが3月31日に発足した。自治会リーダーや自治体,医療チームと連携して進める必要がある。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月5日) 「ネットワークによる救援活動 民による新しい形」 小松秀樹 虎ノ門病院泌尿器科

震災救援組織論の組み換えを論じる小松氏の論文である。自立して細やかな実行力をもつ自衛隊の力は実感できたが、一方行政には大量の情報(要望)が集中し結局どの組織も臨機応変な対応はできない状態であった。3月24日仙谷官房副長官は「中央を通さないで個人で動けるところから既成事実をつくれ」という変に正直な発言があった。地震医療ネットは3月15日「メーリングリスト」というネット配信を立ち上げ、会員は26日には250(メディア50人を含む)人に膨れた。複雑な新規の問題を即決しなければならない震災救援組織には、縦割り行政官僚組織は全く機能できないことが判明したといえる。現時点で成果を挙げてゆくのは実行力のある個人のネットではないだろうか。15日に発生した透析患者1100名の搬送については行政組織を通じないで東京千葉に搬送できた。有力な個人間(病院責任者、東京副知事猪瀬氏、関係市長ら)の情報伝達力と決定力でしか物事は動かない。この小文で問題とするが原徹千葉県医師会理事の横やりである。原氏は「医師会を通じて動くように」と要望してきたのである。医師会は伝統的にピラミッド式権力型組織であり、都道府県の医師会会長は都道府県の医療審議会の会長であり医療計画の策定にかかわるなど、行政組織に似た構造(厚生省の下請け組織)となっている。結局透析患者の移送に関しては、医師会と決裂して独自にやってしまった。筋論とあるべき論(官僚的思考法)にこだわり、意思決定が迅速に出来ない組織は非常時には消えてもらうか、邪魔をしないよう遠慮してもらうことになる。なお参考までに小松氏は日本医師会をネットワーク型の組織に改編すべきだという見解を発表しておられる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月7日) 「原発作業員を守ろう」 木村知 T&Iメディカルソルーションズ代表 医師

東電福島第1原発事故発生から3週間以上たった現在もなお冷却装置の復旧がなされないまま、多量の放射性物質を含んだ排水を海へ放出している。そして事故処理にあたる作業員に線量計を装着させないで作業をさせている。これは東電の「線量計が足りなかった」という言い訳の裏には、線量計をつけているとすぐに被爆量上限に達して作業にならないとする実態が有るのではないだろうか。原子力の専門集団がかくも初歩的な放射線管理・健康管理を無視するとは思えない。また原子力安全委員会は作業員の事前の「造血幹細胞採取」(将来白血病になった時に、自分の造血細胞を移植することに備えるため)を、精神的身体的負担をかけるといういかにも官僚的ないいわけ文句で必要なしとした。作業員に採取の同意を求めると作業拒否に会うため、無知に乗じて隠しておくという非人権的な騙しテクニックのたくらみである。情報開示の第一義的責任は東電にあるとしても、国が見て見ぬ振りをして危険な作業を放置するなら、国が作業員の人権を無視していることになる。アスベスト災害と同じように無作為の罪は大きい。数年−数十年先の発病は当面知らぬ振りをしようというのだろうか。災害復旧作業の犠牲者が将来に出てくることは必至である。このような人権憲法無視の国は救われない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月7日) 「原発作業員の幹細胞採取は本当に必要ないのか」 谷口修一 虎ノ門病院血液科

原発復旧最前線で働く作業員の事前の幹細胞採取を提言したが、原子力安全委員会は「現時点で必要ない」という解答であった。原子力安全委員会は造血機能障害や生殖機能破壊の心配をどういう風に考えているのだろうか。彼らは医学上の検討をしたのだろうか、それとも緊急時の行政上の判断を優先させたに過ぎないのだろうか。原発作業員に対しては、4月1日現在で今から医療隊を送る事を検討しているらしい。線量計もつけず過去の累積被ばく線量も把握せず、白血球数も事前にチェックしていないで作業させているとすれば、人命軽視も甚だしいといわざるを得ない。幹細胞採取のメリットデメリットは明確にメリットの方が高い。現場作業員には現場の作業の危険度と幹細胞採取の情報がすべて正確に提供された上で、作業員自身の判断を待つべきである。また企業者はその判断をサポートする情報提供を行なわなければならない。虎ノ門病院では倫理審査を受けた説明文書と実施計画書を事業体(東電、防衛省、警察、消防庁、作業事業所)に提供する用意がある。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月8日) 「老健疎開作戦(第4報) 被災から疎開までの経緯」 鯨岡栄一郎 介護老人施設「小名浜ときわ苑」 施設長

3月11日:被災食糧2,3週間分確保 12日:トイレ用水汲みと飲料水確保 入所者の衰弱・脱水・尿濃縮などがみられた。 13日:楢葉ときわ苑より10名避難してきた。入所者17名が自宅に退所する。 14日:避難勧告の対処を検討する。近隣老健施設、県高齢福祉課と連絡し、避難の道を探る。 15日:職員が家族とともに避難し始め、スタッフの通勤もガソリン切れで難しく、現場ケアーの現状維持が厳しくなってきた。観光バスの仮押さえに成功。 16日:スタッフの疲労が限界へ。本部は自主避難での条件つくりを指示。 17日:福島県高齢福祉課より自主避難をしてもいいという回答あり。 18日:茨城県老健施設より80名の受け入れ可能との返事を得た。1名が心不全で死亡。 19日:本部より「鴨川モデル」の連絡が入る。一も二もなくこの話に乗る。いわき市災害本部にていわき市副長が石田鴨川市長に電話で正式に協力を依頼した。 放射線スクリーニングを受けるべく保健所の出張計測を市長経由で指令してもらう。鴨川ゆきを発表し同行できる職員を募集した。20名しかいなかった。 20日:入所者と職員の放射線スクリーニング実施、問題は無かった。再度職員の募集を行い50名と現地合流10名を確保した。 21日:スタッフ全員で決起集会を開催し、午前11時観光バスで出発した。16時半に鴨川かんぽの宿に到着した。小名浜残留組の職員はいわき市社協に登録し、近隣施設に派遣を指示した。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月10日) 「妊婦さん東京里帰りプロジェクト」 阿真京子  「知ろう小児医療、守ろう子供達」主宰

被災地での避難生活では妊産婦さんのストレス、栄養不足、幼児の感染症、出産リスクを高くし、母親の健康回復に影響します。出産前後の母子ケアーは大変重要なのだという認識を持ってあたらなければなりません。そこで東京都助産師会では「妊婦さん東京里帰りプロジェクト」をたちあげ、東京に避難しておられる方や希望される方を対象に、都内助産施設25箇所で約50名の受け入れが可能です。病院との連携や紹介もスムーズに行なえます。出産後一般協力家庭でホームステーや協力施設に入居することができ、出産費用とホームステーは無料で、産後入院のみ1泊2000円です。 連絡は08039159923、ホームページはhttp://www.satogaeri.org


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月10日) 「災害救助法の適用についての2つの役所の通達文書 驚くべき無内容さ」 小松秀樹 (虎ノ門病院泌尿器科)

小松氏は被災地に入った石森久嗣参議院議員(脳外科医)よりメールを受け取った。「被災地での感染症を防止するには、清潔な環境に避難する必要がある。このままでは第4次災害の死者が増加する」と警告を発する内容であったという。現地避難所からの後方搬送を実施するには、臨機応変に利用できる宿泊施設が必要である。厚生労働省と観光庁から2つの文書が出されているが、現場からはこの制度が使われていないというので何とかしてほしいという声が上がってきている。そこでこの2つの文書を読んでみた。
@厚生労働省: 社援総発039第1号(3月19日) 「県域を超える避難について、被災した県からの要請を受け、避難者を受け入れた他県はかかった費用を被災救助要請を行なった県に対して求償することが出来る」 この文書の問題点は被災県と受け入れ県の寒景があいまいで、行動の選択権(否というか、諾というか)が曖昧で、慎重な対応はすなわち拒否と同じである。2県間で調整するだけで時間は過ぎてゆく。個人で避難した人への救済が、被災県に連絡し手続きが必要となり実質不可能となる。
A観光庁:観観産660号(3月24日) 「全旅連が受け入れ可能旅館リストを作成し、観光庁は被災県にリストを提示し、被災県は避難者リオスを作成して環境庁にて提出し、全旅連がマッチングを実施する」という内容である。 この文書の問題は権限と実務を全旅連に丸投げをしたに過ぎない。受け入れ可能旅館リスト作成を全旅連が慎重に行えば拒否したのと同じであり、4月8日の観光庁のホームページには30都道府県の宿泊施設のリストが掲示されていたが、避難者受け入れではなく割り引き料金の案内情報に過ぎなかった。これは最悪の対応例として長く歴史に残るかもしれない。
以上を総括すると、官僚組織は「災害救助法」の適用についての事前検討を行なっていなかったようである。結局は責任遁れの文章上の整合性だけが最優先になって、現場の実情は全く想定していなかった。このようお粗末な官僚組織に仕事をさせていいものなのか、つくづく考えさせられる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月11日) 「復興と再生のための相互理解」 多田智弘 武蔵浦和メディカルセンター胃腸肛門科

福島第一原発事故対策報道に必死でがんばっておられる東京電力や政府原子力保安院そして枝野官房長官の努力に対して、それでも「本当に大丈夫なのか」と不安に思う人がいる事も確かです。それにたいして現場を叱責・恫喝する政府幹部がいたことも事実です。例として双葉病院が患者を放置してスタッフが避難したのはけしからんと震災対策本部が発言したそうです。双葉病院の院長は180名の患者の半分を搬送し終わった時点で、第2次の自衛隊救援を待っていたが、その自衛隊も到着せず2回におよぶ原発の水素爆発により現場の警察官の指示によりやむなく一時現場を離れたそうです。退却避難も人権尊重の選択肢で、本部の突っ込めという日の丸精神で太平洋戦争でどれだけの有為の若者が死んだことでしょう。政府機関・メディアは安直に現場を批判したり恫喝するのではなく、現場の意見を聞いて必要な対策を講じるという相互理解が必要です。同じことは復興計画においても現場を知らない官僚の机上計画によって、右往左往させられる住民の悲劇にもつながります。そして原子力発電事故という一般市民にとって理解しがたい状況を説明することの困難さは、患者さんの医療への理解についてもいえることである事を深く考えされられた。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月13日) 「耳鼻科医として、内部被爆と防塵対策」 山野辺滋晴 共立耳鼻咽喉科(長崎)

低線量の外部被爆には原爆放射線量評価体系(DS80,DS02)にそって空間放射線量の積算でリスクが論じられているが、飲食や呼吸による内部被爆の影響については考慮されているとはいいにくい。原子炉建屋の爆発やドライベントによる放射性プルームの放出拡散については行政は風下域への警報を出すべきでしょう。セシウム・プルトニウム・ストロンチウムなどの放射性降下物は風によって運ばれ、地上に落ちてもまた舞い上がることが予想される。したがって原発作業者(自衛隊・東電・消防署・警察・作業下請け企業ら)のみならず、ボランティア・一般市民も粉塵による内部被爆を考慮しなければなりません。とくにストロンチウムは半減期が50年と長く、カルシウムとともに骨に取り込まれると造血細胞を侵して白血病の原因となる。鼻咽喉粘膜に付着し嚥下されて体内に取り込まれるので、関係者の放射線防護マスクや防塵マスクの着用は必須となる。密閉型N99マスクは漏れが少ないといわれている。マスクは使い捨て、作業衣服も脱ぎ捨て、手洗いを厳守されるようお願いしたい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月13日) 「気仙沼仮設診療所体験記」 宮坂政紀 都立墨東病院 救急科医師

3月25日より災害派遣医療チームDMATに参加して、震災後2週間経ってから気仙沼市に4日間診療業務に携わった。気仙沼では墨東病院の元看護師を中心に4−6人の小さな医療チームが結成されており、そこに参加した。墨東病院から二人の若い医師が加わった。場所は気仙沼市役所の避難所で100名ほどの避難民がおり、外来診療と往診をおこなった。外来は風か高血圧などの慢性疾患が中心で、外科患者は少なかった。市役所の職員60人ほどの健康診断も行ったが、発熱者と抑うつ状態の人を発見した。ボランティアに対する地元の人の親切さは身にしみて分ったが、本人は睡眠薬なしでは余震が怖くて寝られない状況であった。医療状況は刻々と変わっているが、重症患者の搬送は終り、米中心の援助物質では栄養状態が懸念され、慢性疾患の薬切れや精神科医の診察が必要とされるが、市役所でも全体像を把握できる人は誰もいなかった。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月14日) 「菅総理大臣への要望書」 佐藤香織 「患者と生活・就労をつむぐ会」

3月中と4月初め、福島県内の7市町村といわき市の介護事業体、社会福祉協会、行政と会合を持って、原発から30Km以内の介護事業が撤退している現状から、行政とボランティアだけで見守りを活動をしている中、被爆の長期的観点と生活が成り立つかどうかについて、
@政府としても避難手段尾確保・明確な生活保障・対策を講じられるよう要望する。
A病気・障害・高齢・子供の福祉避難所を支援してほしい。
B福祉支援で孤立している住民の行政側データーをきちんと把握しているのかどうか。
C原発被害情報を公開し周知徹底してほしい。子供の就学時期にあわせた不安に答えてほしい。
D原子力安全に関しては、国際的基準に則った第3者機関の設立を期待する。
E被爆の影響を考えたボランティアの支援の安全対策はどうなっているのか指導をお願いしたい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月14日) 「相馬市 老健施設体験記」 岩本修一 都立墨東病院 麻酔科研修医

3月26日から28日の3日間、福島県相馬市の老健施設「ベテランズサークル」に医師として入った。相馬中央病院にはすでに東京医大が支援に来ていた。ベテランズサークルは3階部分が壊れたので、98人を2階に収容していた。狭い居住空間でストレスとリハビリ運動不足で関節の固くなった方もいた。3月29日つけ朝日新聞によると、保健師派遣は福島県は9名のみと報じた。宮城県は233人、岩手県は121人であった。福島県への支援が遅れている原因はやはり原発放射線への不安からであろう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月17日) 「原発周辺で働く人に厳格な産業保健の適用を」 長尾和宏 長尾クリニック院長

労働安全衛生法により、雇用主は労働者の健康を守る義務があり、50人以上を雇用する場合は労働安全衛生管理者と産業医を任命する必要があります。産業医は@健康管理(健康診断)A作業管理(職場巡視)B作業環境管理(有害物質環境測定)の3つの任務があります。現在福島原発付近で作業に当たっておられる、東電と関連企業の作業者、警察、自衛隊、消防、市町村職員の人々は労働者である。彼らは労働安全衛生法により守られなければならない。彼らは産業医による健康チェックは受けているのか、特殊検診は実施されるのか、メンタルカウンセリング体制はあるのか、造血細胞保存は受けられるのか、労働衛生コンサルタントの助言が得られているのか、労働基準監督署は状況を把握しているのか。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月18日) 「生命を奪う規制 第1回:阻まれた医薬品の流通」 五反田美彩 立教大学法務大学院 小倉 彩 日本大学法学部

今回の大震災後の規制について、被災民の生命にかかわる問題として薬事法24条の厚労省通知をとりあげる。被災地医療現場より医薬品の不足が指摘され、特に高血圧降下剤などの慢性疾患薬などの枯渇により、基幹病院から被災地病院への薬の融通を緩和するよう訴えられた。それに対して3月18日規制緩和の通知は病院・診療所間の薬の融通をみとめ、3月30日の通知は薬局,自治体間の融通をも認めました。薬事法24条は「授与の目的で薬を貯蔵する」事を禁じている。病院間と薬局間の融通緩和措置になぜこのような遅れが生じたのだろうか。神戸大震災のときに有事の際の薬事法の規定をなぜ見直さなかったのだろうか。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月18日) 「生命を奪う規制 第2回:届かない規制緩和の情報」 五反田美彩 立教大学法務大学院 小倉 彩 日本大学法学部

相馬市に入った福島県会津保健所の薬剤師からの報告に基づいて被災地における受診窓口負担免除に関する厚労省の通知を取り上げる。3月11日付けの事務連絡で「被保険者証の提示と公費負担医療費の取り扱いについて」が医療機関と薬局に出されたという。しかし相馬市に関しては停電によりFAXが通じなかったので、この通達は届いていない。通達自体の内容および届かなかったことにより窓口では大きな混乱が生じた。負担免除の確認方法として「住宅の半壊」は避難している人がどうして確認できるのか、そして半壊の定義も知らないの住民がどうして答えられるのか。住所、連絡先の記入は避難地を転々としていた住民にとっては住所を持っているといえるのか。これらの条件を確認できない場合、医療機関や薬局が負担を被る事になるのだろうか。これらの現場での混乱の原因は制度運用が不明確で実情に沿っていないからであると保健所の薬剤師は指摘している。現場を知らない官僚が指示する内容は実施できないことばかりである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月19日) 「避難所生活の長期化がもたらしたもの」 植田信策 石巻赤十字病院

4月中ごろ石巻赤十字病院エコー検診チーム、東北福祉大学リハビリ学科チームと宮城県理学療法士協会の合同で、避難民約900人を対象として、要介護度調査を行なった。その結果約3%の人が介護を要することがわかった。避難民は約17000人がいるので、要介護者数は約500人となる。これだけの人を介護するには施設の確保、介護スタッフの確保など課題は山積している。原因は避難所生活の長期化による、体を動かす意志の低下、怪我体調不良による筋力低下などであろう。高齢者にたいする健康被害を防ぐために一次移住などが提案されているが、意識調査では(回答世帯数4186)では68%が移転には興味がないということです。生活の基盤を棄てることへの強い抵抗が窺えます。高齢者の肺炎、循環器障害、呼吸器疾患、脳血管障害、深部静脈血栓、廃血栓などの発症が増加することが懸念されます。避難生活で命を落とす人が増えています。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月19日) 「福島原発から産業医の報告」 谷川武 愛媛大学医学系大学院 公衆衛生・健康医学

4月16日から19日まで非常勤産業医として福島第二原発の健康管理にかかわりましたので報告する。東電はたしかに事故の当事者であるが、原発で働く人も家族を失い住む場所もない被災者なのです。原発所員に対する異様なパッシングが彼らのストレスを高くしています。事故を起こしている第一原発の従業員は第二原発の体育館を宿泊所にしていますが、睡眠時無呼吸症候群などがみられます。現場の医療スタッフは、産業保健に関して産業医科大学の常駐医師の派遣を求めている(現時点で学長は同意している)。外部からの第一,第二原発全従業員の健康管理を実施することが求められる。4月7日つけの谷口修一氏(虎ノ門病院血液科)の「自己末梢血幹細胞採取」のプロジェクトについても、原発事業所では受け入れる事を表明しており、谷口修一氏の現地説明が予定されている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月1日) 「谷口プロジェクトを支えよう」 松本慎一 ベイラー研究所

谷口プロジェクト「福島原発作業員のための自家末梢血幹細胞採取保存」という提案がなされているが、これに対して日本学術会議は「利点は認めるが、現在従事している作業員に事前に実施することは不要かつ不適切と判断する」というステーツメントを出したそうだ。これに対して谷口プロジェクトを支持する舛添氏は菅首相に「人命軽視」と抗議したそうだ。何か自民党政府の時代に還ったかのような錯覚を覚える。結局は政府が誰であろうと、官僚の筋書きに従う政権担当者の見識のなさを曝露している。官僚=政府は白血病の発生リスクを前提とした作業安全対策を出せば作業者が集まらないので原発冷却と閉鎖作業が停滞すると心配していることが本音である。学術会議は血液採取保存の利点を認めながらも、証拠エヴィデンスが十分でないことで不適切な行為と判断している。ところが未曾有の治療にはエヴィデンスのある治療なんてそもそも存在しない。それでは治療の前進がない。エヴィデンスとはコントロール(治療をしないグループ)に対して効果ありとする実験のことをいうのだが、治療をしないグループに対して倫理上の問題がある。新規治療はエヴィデンスの前には常にコンセンサスで動くのであって、エヴィデンスを楯に治療を拒むのは自分の手を縛るものである。ステーツメントとしては、@強く勧める A勧める B勧めるだけの根拠がない C行なわない事を勧める の4段階がある。今回の場合ステーツメントとしていえることはB勧めるだけの根拠がないまでであって、「不要・不適切」という積極的否定をいうには「害がある、または全く無効である」とのエヴィデンスが必要である。治療を選択するコンセンサスは作業員自身が決めることであって、日本学術会議という権威が発言することではない。それこそ発言することの政治性が疑われる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月2日) 「放射性核種による内部被爆について情報公開を」 山野辺滋晴 共立耳鼻咽喉科院長

今回の福島原発事故では、国際放射線防護委員会ICRPの提案に従って、人の被爆限度量を年間1mSvから20mSvに緩和され、水道水中のヨードは300bq/Lに暫定的に引き上げられた。これらの措置は住民の避難移住を緩和するためであるが、外部被爆だけでなく、放射性核種による内部被爆についてはたして住民の安全を守っているのであろうか。平常時の環境モニターは指針が確立しているが、事故のような緊急時モニターではヨウ素、セシウム、ウラン、プルトニウムだけに限定され、ストロンチウムなど多くの放射性核種が測定対象になっていない。したがって大気や海中の放射性核種の情報は公開されていない。また一時緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(プルームモデル)が出されたが、場所によっては30kmを越える地域で影響が予測されたためか以降発表や情報提供は中止されたままである。医学的に内部被爆量を把握するために原発作業者には3ヶ月に一度「ホールボディカウンター」(全身測定)が実施されているが、今回の事故では住民にも実施すべきではないだろうか。国立ガンセンターの嘉山理事長は原発付近住民にもフィルムバッチ(積算被爆量測定感受性フィルム)を配布すべきであると提案しておられる。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月28日) 「被災地における調査研究に関する緊急声明」 鹿島晴雄 (社法)日本精神神経学会 理事長

(社法)日本精神神経学会は「災害対策本部」を発足させ、「精神医療支援チーム」の後方支援を実施している。この活動は被災者の皆さんが現在どのような心身の状態でおられるかを確認し、適切な治療を提供するものであります。ところが「心の状態に関する調査研究」と称する活動は、被災者の方々を対象として配慮を欠いた面談アンケートを行い、これにより一層の精神的負担を感じさせ新たな心の傷を負わせることが懸念されている。人を対象とした「調査研究」は「疫学研究に関する倫理指針」や「臨床研究に関する倫理指針」などに従がい、倫理委員会の審議承認を受ける必要があります。「心の状態に関する調査研究」にはこのような倫理的配慮を欠いた調査が見られますので、(社法)日本精神神経学会はこれらに強く抗議の意を表し即刻の中止を求めます。という内容の緊急声明が出された。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月5日) 「原発作業員のための自己造血幹細胞採取と保存計画」 谷口修一とプロジェクト 虎ノ門病院血液科

原発作業員の自己造血幹細胞採取と保存計画(谷口プロジェクト)に関しては、提案されて1ヶ月以上が経過するが、賛否両論の意見が出され特に政府・原子力委員会・学術会議などの反対でなかなか進展していない。この対応を遅らせている最大の原因は、専門家たちの議論が当事者である原発作業者に理解できない複雑な議論であるからです。未曾有の困難に直面して、専門家すら「想定外」という状況では、結局選択の決断は一般の当事者の理解と自分自身の意見なのではないのでしょうか。「エヴィデンス」に対しては「予防原則」という対応がある事は地球環境問題や公害問題で明らかです。起きてからでは対応は後手に回ります。人類の知恵とはそういうものでは無いでしょうか。問題は専門家が決めるのではなく当事者が決めることだという「当事者主権」という動きも顕著になってきました。そういう意味でこの「原発作業員の自己造血幹細胞採取と保存計画(谷口プロジェクト)」の是非は専門家の議論だけに任せるのではなく、原発作業者とその家族や一般者の議論も巻き起こそうという意図で、本小論文は子供にも分るやさしい言葉で書かれた。そのため本小論文は長い文章になっているが、科学技術問題を一般人の選択の問題として喚起する画期的な提案である。提案の流れをかいつまんでまとめると、「原発作業者がたくさんの放射線を浴びた場合、体内の血液細胞が少なくなり貧血や血が止まらなくなったり、ばい菌に対する免疫作用がなくなります。備えあれば憂いなしの言葉のように、万に一つの事故に備えて前もって自分の血液の造血幹細胞を採取し保存しておけば、血液細胞が少なくなった時に移植治療がスムーズに行なえるのです。この治療法は白血病の骨髄移植治療やボランティアの輸血にも似た治療法であるが、血液を作る働きをよくするための弊害の少ない方法(人の細胞では拒絶反応があるため抑制剤を併用する)のひとつであります。無論大量の放射線を浴びて骨髄の造血作用がなくなった時は無力です。自己造血幹細胞採取のやり方は、薬物で造血幹細胞の発現を促して採取した血液成分のなかから造血幹細胞だけを分別し、他の血液成分は体内に戻す方法で大体3,4日の入院が必要になります。この方法は世界的にも多く行なわれているが、専門家でも意見は別れている。政府関係者のこの方法に対する反対意見は、事故対応は慎重におこなっているので大量被曝はありえない、誘導薬による副作用や自己負担費用、採取時間がかかりすぎるなどがポイントです。第1の点は作業者の被爆量の計測や健康診断もできていない現状ではあまり期待できません。第2の点は健康な人には誘導薬の発がん性はありません。第3の点は自費診療負担のことは寄付や関係組織の負担でカバーできるはずです。第4の点は2日ほどでできる方法もあります。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月28日) 「工程表で原発作業員の人生まできめてはならない」 木村知 T&Iメディカルソルーションズ代表 医師

東電は4月17日、福島第1原発事態収拾について「工程表」を発表した。放射線得ようの着実な減少(ステップ1)に3ヶ月(6月中まで)、線量を大幅に要請する団ライ(ステップ2)に最長9ヶ月(来年3月まで)という内容である。しかし従事する作業者の労働環境は劣悪なまま作業を強行すれば、作業者の健康は保証されるのだろうか。衆議院厚生労働委員会での13日の梅村議員の「作業者もメディカルチェック」にかんする質問に厚労省は交替勤務制、申し出のあった者に診療、健康診断を実施する予定というありきたりの返答であった。15日の柿沢委員のILO条約の基づいた作業者の健康管理に関する質問に、厚労省は現場の勤務実態を把握しているのか疑わしい回答であったという。20日福田議員の作業者の個人線量計に関する質問について、経産省は現場に存在する線量計数(800個)と作業者の数(500人以下)から、線量計は足りないのではなく、携帯させていない実態が明らかになった。放射線作業者の被爆管理については事業者に任せ切りで、先進国で行われているような国の一元的管理がなされていないし、データーベース構築を考えている程度であることも厚労省の回答で判明した。そもそもわが国の原発作業者の被爆量管理はいい加減に行われてきており、今回の事故対策にあたる作業員の健康管理を考慮しているようには思えない。すべてが事業者まかせの国の労働管理システムが多くの労災を生んできたことは明白である。これには国の官僚による行政施策が明治以来、事業者重視・労働者軽視で運営されてきたことに根を持っている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月8日) 「岩手県立病院での医療支援ならびに大槌町への義捐金のお願い」 東梅友美 ミシガン大学血液腫瘍内科骨髄移植部門

筆者の出身地である岩手県大槌町を始め三陸海岸地域が壊滅的な被害を受け,医療機関も被災して重大な影響が出ている状況において、岩手県医療局では、県内21県立病院の復興と医療支援を図るべく、応援医師と常勤医師の応募を骨子とする「東日本大震災津波に係る医療応援」のお願いを出した。一番被害が大きかった大船渡病院、釜石病院、宮子病院、高田病院、大槌病院、山田病院の復興を重点としている。かつ大槌町では町民15000人の1割が死亡ないし行方不明になっており、義捐金と救援物質を求めているので、大槌町への支援をお願いしたいと筆者は切に訴えている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月9日) 「4月の南相馬の医療状況」 根本剛 南相馬市立病院外科

福島第1原発30km以内の緊急避難準備区域には入院患者をおくことはできない。福島浜通り北部の医療状況は以下である。
@鹿島厚生病院で5月から80名の入院が可能になった。
A南相馬市立総合病院でも、5名の72時間入院を準備している。
B公立相馬病院、立谷病院は救急患者に十分対応できない状況。
C南相馬市と双葉郡の精神病院が閉鎖された。5月より精神科のボランティアが入っている。PTSDの不登校児童が増えているようである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月9日) 「被災者の健康・栄養危機はまったなし」 渋谷健治 東大保健政策学 刈尾七臣 自治医大内科学 石橋幸滋 日本プライマリケア学会

被災者の健康状態が震災後2ヶ月経った今も十分に把握されていない。4月30日から5月5日まで50名の医療関係者の参加を得て、宮城県3自治体(南三陸町、気仙沼市,石巻市)で被災者の健康診断を行なった。その結果高血圧、高血糖、塩分など栄養問題が高い割合で見られた。長期的な健康・栄養モニタリングが必要とされる。被災地は高齢・医療過疎地問題の縮図でもある。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月10日) 「最高を望みながら、最悪に備える」 松本慎一 ベイラー研究所

ボストン在住の細田満和子さんが「日本の震災へのボストンからの思い」において、海外の支援を断る日本に対してアメリカが戸惑っていること、そして日本が世界市民意識を持つ提言をされている。ベイラー研究所には被災地に救援物質や義捐金を送る部門があり、震災直後から供給プロジェクトが始まったが、日本は受け入れ態勢が整わず、かつ医療機器には輸入規制があって支援物質の供給が暗礁に乗り上げた。東京大学医科学研究所 上昌明准教授らの根回しによってやっとベイラー研究所から支援物質が相馬市などに届く手配が整った。「自己血幹細胞保存」(谷口プロジェクト)に対して政府は必要性を認めず、原発の安全研究には「不安を引き起こす」などと、危機管理上ありえない発言が聞こえてくる。日本政府は「最高を目指しているから最悪はありえない」という態度であるが、「最高を望みながら、最悪に備える」が危機管理の基本的姿勢ではないでしょうか。日本の危機管理の欠如は災害時の二次被害拡大のみならず、あたらしい医療や最先端医療の遅延の最大原因になっている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月12日) 「南相馬の避難所をたずねて」 高橋幸江 都立駒込病院

4月27日から30日まで南相馬市と相馬市の避難所で往診に行ったときの印象を記す。被災者アンケートでは、高齢者は「不安だけれどもここに住み続けるしかない」、働く年代の方は「他に仕事や生活のできる場所を見つけたい」ということである。そこで活動しておられるグループを紹介する。学習障害児童の教育施設「星槎」が4月12日より被災者児童の受け入れと精神的サポートを行なっている。ブルドック整体医院長の須藤氏は「被災者の体がこわばっている」とストレスによる筋肉硬直を挙げていました。「アースディ奄美」のボランティア団体は「ハートケアレスキュ」という医療支援活動を行なっていた。ASD・PTSDの精神的サポートを行い、専門家につなげるトリアージを行なっていた。瓦礫の山の大浜海岸を見て呆然とし青空に泳ぐ鯉のぼりに救われる筆者であった。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月15日) 「開業医にできる震災支援とは?」 坂根みち子 (つくば市)坂根クリニック

4月29日から30日の1泊2日で南三陸町から宮城県山元町へ、医師として医療支援は断られたため、一般支援ということで物質支援のボランティアに出かけた。そこで支援のありかたに関する提言を行ないたい。まず一般支援であるが、物資もボランティアも保険に入った上で自治体経由で申し込まないと受け付けられません。ボランティアも随分ハードルが高くなった。今回の震災では特にボランティアに対する風当たりがつよく、マイナス面を強調するメディアの報道は支援の気持ちを萎えさせた。自治体の役人は責任やトラブル回避ばかりに動いているようであった。次に医療支援であるが、緊急医療支援はDMAT,JMAT経由でないと受け入れられません。一開業医であるとその所属する県のJMATが立ち上げっていないと断られます。茨城県では被災地である事からJMATは出来ていなかった。また情報や組織不足の開業医であると一週間程度のサイクルで行くことは不可能なので、自分のクリニックを閉じないで行く医療支援は月1回程度の週末です。また厚労省の事務連絡では「震災に伴うボランティアの医療行為は保険診療としては扱わない」とかいてあるそうです。これでは開業医の医療支援は長続きしません。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月26日) 「内部被爆による晩発性障害を見極めるため毛髪などの試料保存を」 山野辺滋晴 共立耳鼻咽喉科

福島第1原発事故の発生後、人体の被爆量測定に関してなぜか「移動式ホールボディカウンター」(日本原子力研究開発機構が3台保有)が使われなかった。将来被爆と発病の因果関係を問題とするとき、原爆症訴訟でも長年因果関係が証明できずに争われてきました。今回の年間100mSv以下の艇線量被爆で白血病やガンや先天性疾患が発病するかどうか、因果関係を統計的に正しく判定するためには、今のうちに体内被曝状況を正確に記録する必要がある。直後のホールボディカウンターが行なわれなかった今の次善の策としては、原子力技術安全センターのバイオアッセイ(生体測定)の項目に書かれている様に「汗、血液、呼気、体液、毛髪を採取し放射線量を測定することにより体内の放射能を評価する」必要がある。それと土壌中の核種放射性物質の測定も行なえれば制度は上がるであろう。原子力安全防災関係各位にお願いするところである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月27日) 「切迫する南相馬市の医療」 根本剛 南相馬市立総合病院 外科

5月16日から原則5名までの滞在72時間入院が可能となった。福島県より緊急時の転院先を確保することが求められている。5月13日南相馬市医師会によると、廃業医院が2件、休業が2件、閉院が1件だそうだ。南相馬市原町には3つの200床前後の個人病院があるが、震災後入院患者が取れず経営的にピンチに陥っている。もしこれらの病院が閉院した場合福島県浜通り北部の緊急医療体制は深刻になる。5月17日南相馬市教育委員長と面談し、給食問題と締め切った教室での夏季の熱中症対策を話し合った。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年5月30日) 「福島県相馬市の状況」 細田満和子 ボストンハーバード大学公衆衛生大学研究員

著者は東大文学部卒の社会学者である。著書に「チーム医療の理念と現実」、「脳卒中を生きるー老いと障害の社会学」がある。帰国を期に、5月15日から17日まで、今回の東日本大震災後に相馬市に入って診療活動ボランティア(医療支援や物資支援、教育支援など)を行なっている東大医科研の上準教授や星槎グループに合流して、相馬市、南相馬市、飯館村を訪問したという。相馬市に駐在して救援活動にあたっている福島県保健所の尾形真一氏の活動報告を聞いた。薬の流通、原発からの避難、住民の健康診断、放射線の説明会活動などを細田氏は見学した。放射能による差別問題(水俣病でも患者差別による孤立化があった)では、日本人の一番悪いところを見たようだ。地震・津波・放射能についで4番目の被害が偏見による差別であった。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月2日) 「低線量被爆とどう向かい合うかー相馬市玉野地区健康相談会レポート」 森甚一 都立駒込病院

去る5月28,29日相馬市玉野地区の健康相談会に医師として参加したそうだ。この地区は第1原発より北西50kmでいわゆる自主避難地域外であるが、空気中放射線量は5月25日は3.0μSvと比較的高かった。健康相談会の対象は玉野地区住民470人で、こられた方は2日間で307名、医師は11名であった。ひとり平均10−15分で比較的ゆっくりとお話が伺えたという。約6割は60歳以上であった。室内避難指示が出ていないので、農作業や運動量は震災以前と同じレベルで見たところは健康そうであった。健康に関する心配事項は震災以前からもっている生活習慣病に関することであり、従前どおりの運動をすすめることが一番であった。問題はむしろ若年層であるが、低線量被爆によってガン発生率がどの程度上がるかは、全く科学的データが存在しないので答えられないもどかしさを医師として実感したという。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月3日) 「被災地へ人材・物資をー大学間相互ネットワーク」 鈴木寛 文部科学副大臣

文部科学省は被災後直ちに、被災地の大学病院(東北大、福島医大、弘前大、秋田大、山形大)に対する支援と電力対策を行なった。医師・看護師の派遣については「災害派遣医療チームDMAT」により全国の大学病院より数百人が被災地に入った。医薬品・食料品・燃料およびその輸送についても大学病院間のネットワークの援助の手が働いた。また大学病院支援は各地域の病院への物資支援にもつながった。これには自民党の世耕議員らとの連携によるところが大であった。官邸ルート以外にも、文科省と大学・病院のネットワークの貢献もあった。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月8日) 「原発作業員の自己末梢血幹細胞採取は正当か 前篇:採血の安全性」 谷本哲也 谷口プロジェクト事務局

原発作業員の方々が急性放射線症候群に陥ることを危惧して、事前の自己末梢血幹細胞の採取・保存を呼びかけた虎ノ門病院の田に扶持プロジェクトに対しては賛否両論があって2ヶ月を経過した今、未だ実施の運びとはなっていない。なおこのプロジェクトを推進しているのは、虎ノ門病院、国立ガン研究センター中央病院、日本造血細胞移植学会である。前編で幹細胞の末梢血へ誘導する薬剤の安全性に関する疑問を議論する。倫理的に健常人に薬物投与や外科行為などの医療上の介入が許されるのは、医薬品開発のためのボランティア、患者を救うためのドナーなどごく特殊な場合に限られている。自己末梢血幹細胞採取とは1990年にG-CSFという薬剤を皮下注射し,数日後末梢血から血液成分分離装置により幹細胞を採取するという方法であり、血液疾患患者やボランティアドナーに対して日常的に行なわれている。日本では患者の血縁者の健常人ドナーに保健適用となり、2010年には非血縁者にでも可能となった。谷口プロジェクトは、原発作業者が将来の不測の事故に備えて自分の為に細胞を保存することになる。ではリスクとベネフィットはどうなのだろうか。幹細胞誘導薬剤は@G-CSF A未承認薬剤モゾビルの2つがある。G-CSFはすでに世界中で健常人に対しては数万人以上、がん患者については数千万人以上の実績があり、ごく普通の薬剤である。モゾビルは採取期間を短縮するための新薬である。G-CSFを使用した際の副作用は、腰痛、骨痛、関節痛、頭痛、発熱などであるが、通常の解熱鎮痛剤で処方できるものである。アレルギーショックは1%以下である。血液成分分離装置の使用による副作用は、全身麻酔を必要としないので、全身倦怠感、眩暈、吐き気、一時血圧低下など普通の献血時に見られる副作用であり対処法は確立している。G-CSFは増殖誘導剤であるのが、白血病など造血疾患発症リスクについては健常人では否定されている。薬剤の影響は採取後の休息期間を長く取ればなくなるということだ。100mSvを超える放射線被爆による白血病発症リスクの上昇の方が恐ろしい。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月8日)「原発作業員の自己末梢血幹細胞採取は正当か 後篇:国内外の議論の行方」 谷本哲也 谷口プロジェクト事務局

谷口プロジェクトについて2ヶ月を経過した今も国内のコンセンサスは得られていない。原子力委員会は谷口プロジェクト提案直後から@作業員に精神的,身体的負担をかける、A国際機関での合意がない、B国民の理解が得られていないとの理由で反対している。4月25日舛添議員が菅首相に代表質問したとき、原子力安全委員会の見解を理由に必要がないとされた。いろいろな議員が質問したがいずれも政府の見解は否定的である。東札幌病院副医院長の平山氏はコストがかかるので、日本学術会議の見解(不要勝つ不適切)を支持するという発言があった。1件50万円として仮に1000人を血液採取したとすると5億円に過ぎない。東京電力の宣伝費が年250億円、インフルエンザワクチン3000万人分を廃棄した費用が853億円だとして、自己血採取がどれほどの費用か。日本学術会議は4月25日舛添議員の質問の日に「不要かつ不適切」と発表した。谷口プロジェクトは学術会議に対して4月28日に公開討論の開催を申し込んだが、日本血液学会も含めて公開討論会の準備が進められている。コレラの反対意見に対して、日本造血細胞移植学会、国立がんセンター、虎ノ門病院らはプロジェクト推進の立場で反論している。はたして日本という土壌で公開討論で方針を議論するということが可能なのか、官僚が根回しし、ボスの意向を気にして「場の空気」に流される審議会文化で科学的論拠に基づいた議論ができるのかはなはだ心もとない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月13日)「被災した子供達の将来のために」 立谷秀清 福島県相馬市長 

震災孤児・遺児のための支援金が日本中・世界中から寄せられた。学校が再開した4月18日以降、子供達の外的ストレスによるPTSDが深刻である事が分った。そこで「相馬フォロアーチーム」を立ち上げたが、最長で15年の経過を追うことになると、人的・財政的に長期のマネージメントが必要になる。そのため6月2日NPO組織にして理事長に相馬市教育委員長らを迎えた。相馬市として法人を支援しやすくなるし、寄付も集めやすくなるからである。このNPO活動は孤児・遺児への支援活動と表裏一体である。高校卒業後の教育資金集めも行う予定である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月18日)「相馬市復興計画」 立谷秀清 福島県相馬市長 

6月3日「相馬市復興会議」を立ち上げた。政府の復興会議は「元に戻せば復興」ということで進んでいるようだが、被災地にはそれぞれの事情があり全く違ったプロセスで進むであろう。そこで自分達で自分の街の復興計画を練り上げて育てる必要があった。高台に移転ということは物理的移転ではなく、そこでの人生設計を企画しなければならない。集団移転促進事業法での土地取り買取料負担には助成金がなければ進まない。復興計画は長い道のりを管理することであり、人生最後にいたるまでの青写真を思い描く必要がある。そこで相馬市では復興会議の手助けをしてもらうため「復興顧問会議」を置いた。座長に早稲田大学北川正恭教授、東京農大学長大澤貫寿氏、国土技術センター理事長大石久和氏、日本損保協会副会長牧野氏、東大医科研昌広上教授、ローソン社長新浪剛史氏 立教大長有紀枝教授に顧問をお願いした。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月18日)「石巻圏の今後の救護活動の見通し」 小林和紀 長岡赤十字病院救急部 研修医 

小林氏は5月27日から6月1日まで「石巻圏合同救護チーム」でサポート医師を務めた。石巻赤十字病院は5年前に海岸から4km離なれた郊外に移転していたので津波の被害はなかったので、震災後直ちに被災者の来院受け付けと避難所巡回を行なった。避難所は最大で313ヶ所、入所人数は41990人であった。全国から集まる救護班も最大で72チームとなり、石巻を14のエリアにわけ、継続して医師を派遣できるラインを置いた。5月30日段階では、避難所の数は170、入所人数は6500人まで減っている。現在では診療所の7割が再開しているので、石巻圏の医療活動を見直しラインの数を25から14まで減らした。救護班は計画的かつ速やかに撤退する必要がある。7月にはラインの数を14から6に減らす予定であるという。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月20日)「石巻市雄勝まごのて診療所開設まで」 山王直子 山王クリニック医院長、雄勝まごのて診療所 院長

東日本大震災が起きた3月11日より、個人でも出来ることから小回りのきいたかゆいところに手が届く支援を志した。3月25日には救援隊を二人で立ち上げ、週末の休日だけ東京から石巻雄勝町まで300Kmを通った。雄勝市保健福祉課の依頼で日赤グループなどと連携して幾つかの避難所と役所の定期健診を実施してきた。石巻雄勝病院は全滅し、個人病院も閉院して状態で、町に医者がいなければ持病を持つ高齢者は住むことが出来ない。雄勝長は人口4300人(震災前)の漁業の町であった。5月より仮設住宅の申し込みが始まる中で、町民は町に残るか出て行くかの決断を迫られた。医療機関がないために離れる町民に戻ってきてほしいという願いのもと5月29日より週末2日だけの「雄勝まごのて診療所」を開設した。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月21日)「福島原発事故における被爆対策の現状を憂う」 西尾正道 国立北海道ガンセンター 院長(放射線治療科)

6月5日現在の情報を元に放射線を取り巻く社会的対応や健康被害について筆者の意見を傾聴しよう。まず国及びメディアの報じる情報は放射線に対する無理解を如実に反映していることで、真実が述べられているとはとても思えない。原発作業員、地域住民、内部被爆の問題、今後の対応について意見をまとめる。
1) 原発作業員にたいする被爆防禦対策はこれでいいのか。
次に作業員に対する被爆対応があまりにご都合主義で、これでは作業員の安全は極めて危険な状態にある。作業員の緊急時被爆量の年間限度値を、根拠もなく100mSvから250mSvに引き上げた事である。自衛隊ヘリによる空中注水「バケツ作戦」時にヘリの底に鉛を敷いたというが、原子炉からの直接線束からの防禦でお茶を濁す対策は空気中からの放射性物質からの防禦を考慮していない。また白衣の防禦服着用は実は放射線に対する防禦服なんか存在しないので、これは詐欺に近い。塵が皮膚に付着する事を防禦するだけの作業服であり、短時間で着衣を着替える必要があるのに、着のみ着のままでは服の上で放射性物質は濃縮され、透過した放射線は体を中から蝕むのだ。被爆量のチェックでは作業員にポケット線量計も持たせず、下請け作業員の無知につけ込んだ悪質な東電のやりかである。作業員に必要な警報つき線量計(危険量を知らせる)だけではなく、個人線量計(被爆総量測定器)を持たせていないのは悪魔の仕業である。まさに作業員に犠牲となれというが如きやり方である。神風特攻隊を戦艦に突入させた旧軍部の亡霊が指揮しているようであった。そして誤解を正すためにいうが、線量計で測っているのはガンマー線という電磁波だけなのである。アルファー線、ベータ線、中性子線という流子線は測定できないのである。これには別途複雑な測定器を要する。プルトニウム・ストロンチウム、MOXのプルトニウム239などは特別な場合のみ計らえているようだが、それは原子炉のメルトダウンの過程を推測するためである。作業員の事前造血幹細胞採取という虎ノ門病院の提案も、政府は官僚の牛耳る原子力委員会や日本学術会議という御用学者の権威を使って「不要」という結論を出している。あとでどのような責任を取るのだろうか。ラジオガルターゼという放射性物質の腸内吸収阻害剤の提供があったにもかかわらず、いまだに使用していない。
2) 地域住民に対する情報提供と被爆防禦対応の問題
地震の翌日から起きた水素爆発と燃料棒のメルトダウンにより、高濃度の放射性物質が地域に放出され、濃度拡散の予測システム「SPEEDI]」の情報は封印され、活用されることなく大量の被爆者を出した模様である。これはパニックに陥った東電と国の国家的犯罪である。この3月12日から23日の12日間のデーターを公開しなければ、今後の被爆対策の方針が立たない。日本の法律では一般公衆の線量限界は1mSv/年であるが、政府はICRPの基準に基づいて生活パターンを考慮した年間20mSvを、復興期の線量限界を20mSv/年を採用した。小児や妊婦まで一律20mSVということも問題であるが、それ以上にこれまでの内部被爆を全く無視していることの方が深刻である。問題は低線量での発ガンリスクであるが、最近は100mSV以下でもガンが発生するという報告もあり、また放射線の発ガンリスクは無閾値理論に従うという説がある。米国アカデミーのBEIR-Zは5年間で100mSvの低線量被爆でも約1%に人が放射線によるガンになるとしている。また15カ国の原子力施設労働者40万位人以上の調査では、被爆累積量平均が19.4mSvでガン死亡者の1−2%は放射線によると報告されている。
3) 内部被爆の問題
ガンマー線(X線などの電磁波)では放射線が残留することは無いが、α線やβ線は粒子線で身体に取り込まれると体内で放射線を出し続ける。したがってCT撮影などで7mSv被爆するという言い方は正確ではない。第1に照射は局部に限定され、電磁波であるため内部には残留しない、しかも画像診断というメリットがある。ところが粒子線による全身被爆では様相が全く異なる。同じ線量という数値だけで云々するのは間違っている。早急にホールボディカウンター(これでも電磁波被爆に換算した値に過ぎない)による内部被爆線量を把握すべきである。全員が無理ならランダム測定でもいい。また排泄物や髪の毛などによるバイオアッセイによる内部被爆測定も考慮すべきである。また飲食物(お茶、ほうれん草など)に関する規制値(暫定)の年間線量限度を放射性ヨウ素では50mSV/年、セシウムでは5mSVと緩和した政府の措置は、根拠のない全くのご都合主義といわなければならない。
4) 今後の対応について
現在医療関係者の44万人は個人線量計(ガラスバッジ)を使用しているが、一人の年間被爆量平均は0.21mSvである。年間1mSv以下の人は全体の94%であるという。もし線量計の生産が間に合わないなら、医療関係者の半分の23万人分の線量計を、原発周辺の子供・妊婦、若い女性に配布すべきではないか。低線量被爆の健康被害のデータ−は乏しく、定説といえる確たる根拠がすくない。だから「安心」なのではなく、「わからないから対処する」というEUの「予防原則」の立場に立つべきではないか。土壌汚染については文部省は校庭利用の基準線量を毎時3.8μSvとしたが、これは放射線従事者の年間被爆量の約100倍、妊婦の限度値の10倍でありとても見識ある根拠に基づいているとは言えない。早急に低減させることが必要である。原爆被爆国でありながら、1990年のICRP勧告が法律に取り入れられたのは2001年で、11年間も世界基準から遅れていた文明国が日本である。原爆被害の経験とデータが自国のために生かされていない、反省のない国が日本である。やはり米軍が80Km以内に近づかなかったように、少なくとも福島第1原発周辺30Km以内からは移転すべきであり、この土地はチェルノブイイと同様に凍結封鎖すべきかもしれない。住民だった人には気の毒だが、当分は住める土地ではないようだ。数十年はかかるのではないか。それは放射性元素の半減値(崩壊して他の無毒な元素にかわる)がストロンチウム90では28年、セシウム137が30年とされている。いずれ十数年後には発がん患者や奇形児などで集団訴訟が発生するだろう。それまでは知らん振りをして問題を次世代に持ち越して逃げようとするのが現在の為政者の目論見である。年金問題と同じ手法である。為政者(日本の支配者)の当て逃げを許してはならない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月24日)「南相馬市の教育に関して」 根本 剛 南相馬市立総合病院 外科 

今南相馬市の小中学生はどのような状況にあるかを報告する。南相馬市では小学校16校、中学校6校あり、南相馬市の小中学校の授業は原発から30Km圏外の南相馬市鹿島区で行なわれている。原町、相馬市に避難している小中学校生はスクールバス20台で鹿島区の学校に通い、合同学級として授業を行なっている。これは緊急避難区域が解除されるまで行う予定である。6月11日より給食が再開された。カロリー数は小学生で660Kcal、中学生で850 Kcalである。費用は1食200−280円である。内部被爆を避けるため食品の生産地をチェックしている。福島県は校庭の環境放射線モニターを行い、1m高さでの測定では1μSv/hrを超える場所が多くあり、表土交換を国の援助で行う予定である。南相馬市内に生活する小中学生と保護者については通常の2倍の臨床心理士が心のケアーを行なっている。夏休みは7月23日から8月24日として。今後原発事故と放射線の勉強を進める。放射線と健康被害について医療関係者の広報活動をおこなう。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年6月27日)「飯館村健康診断・放射線相談会について」 坪倉正治 東京大学医科学研究所 

東京大学医科学研究所と星槎グループは相馬市に事務所を持ち医療救援活動を行なっている。そこに5月16日飯館村の菅野村長から「相馬市の立谷市長から紹介を紹介を受けた。村民が避難する前に健康診断をお願いできないだろうか」という依頼があった。 健康診断には患者1人に1−2分かけるとして、医師一人当たり200−300人が限界である。じっくり村民の話を聞いて不安を取り除くとなると、マンパワーからどうしても看られる人の数は限定される。そこで無医村の飯館村で放射線量が高かった3つの区(比曽。蕨平、長泥)を対象として、5月21,22日「健康診断・放射線相談会」を開催した。医師側のスタッフは星槎グループのスタッフ、南相馬病院、東京大学国際保健政策学のスタッフと看護師の皆さんの協力によった。問診、採決採尿、身体測定、血圧測定を行い、その後医師診察を行なった。今回の健診には合計257人の村民が受診した。年齢中央値は62歳、高齢者が大部分を占めた。そのため慢性疾患を合併しており、高血圧92人、高脂血症30人、糖尿病14人であった。抑うつ程度はPHQ-9によるとスコアー中央値は3点で大半の住民は特に問題はなかった。しかし47人は10点以上で専門的な介入が必要であった。住民は農家が多いので、震災後の屋外作業時間は1日数時間に制限されていた。急性被爆の指標である白血球数やリンパ球数には明らかな低下はなかった。急性被爆の影響はなかったが、低線量被爆の影響は10年後にガン発生として現れるかも知れず、今の段階では全く不明である。ホールボディカウンターによる内部被爆の調査も行なわれていない現在では影響のあるなしは断言できない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月1日)「震災後の産業医活動について」 谷川武 愛媛大学医学系研究科 医療環境情報解析学

筆者らは4月16−19日、5月6−9日の2回福島第2原発に滞在し、第1原発と第2原発で働く発電所所員の健康管理を支援した。心のケアーと自己末梢血幹細胞採取を準備していったが、働く人々の心のケアーより食と住環境の改善が最大の課題であることがわかった。第1原発の所員は第2原発の体育館に一晩150−400人が泊まりこみ、1週間ほどの連続勤務で床にごろ寝してシャワーもなく、新鮮な野菜を入手できなかった。この状況を写真や動画にしてメディアに公開してもらい、作業者の生活環境の改善により所員らの作業能率も上がり、気持ちも前向きになる事を訴えました。すると国民の支援がはじまり、体育館のなかに2段ベットをいれ、簡易シャワーを設置し、生野菜の配給も開始されるようになった。今後常勤の産業医を産業医科大学から派遣されることになり、今後の活動が期待されます。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月5日)「共震ドクターにかける想い」 熊田梨恵 「それ行け!メディカル」編集長

筆者は大震災の映像を見て、何も出来ない自分に罪悪感や無力感を感じていた。自身が2004年台風23号による兵庫県北部の河川氾濫で床上1m浸水の被害にあっている。その筆者が長尾和宏医師の被災地での経験を整理し、何をしていいか分らずに苦しんでいる人の道しるべとなる本を長尾氏と共著で出したという。「共震ドクター阪神そして東北」(ロハスメディカル叢書 2011年7月11日)だそうだ。なお長尾医師はこのサイトでよく発言されている。一番近いアップは医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年4月17日) 「原発周辺で働く人に厳格な産業保健の適用を」 長尾和宏 長尾クリニック院長 である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月7日)「南相馬市立総合病院の現状と問題点」 金澤幸夫 南相馬市立総合病院 院長

南相馬市では徐々ではありますが、医療の再生に向けて進んでいる様子を報告する。6月20日に急性期入院規制が緩和され、入院患者が増えてきている。現在28名の入院患者さんがおり、6月の手術症例は8件となった。震災後4名に減った常勤医師数は七月に入って、整形外科、小児科が加わり、そして6名の非常勤医師の診療の当たっている。ただ慢性期病床が圧倒的に少なく、震災前に260床あった慢性期病床は鹿島構成病院の40床のみである。特別養護老人ホームも50床しかない。放射線内部被爆を測定できる「ホールボディカウンター」を鳥取県から借りることができ、北海道ガンセンター院長の西尾氏を顧問に招いて、7月7日に講演会を行う予定である。近日中に内部被爆測定を開始する予定である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月8日)「被災地の感染症対策」 木村盛世

木村盛世は厚労省の「一匹狼」的存在で、この意見は厚労省を代表する意見でないだけに面白いのである。ただ目線がやはり官僚的で上からの総括的・展望的・「狼少年的」警告的見解を述べられている。大震災の現場からの経験ではない。なぜ現時点で感染症対策なのかといえば、ひとつは夏場における非衛生さであり、二つは平時でさえいい加減な我が国のワクチン政策が、この時点で子供へのワクチン接種を大きく妨げていることへの心配である。まず第1の衛生状況であるが、ノロウイルスなどの急性胃腸炎や、ツツガムシ病、日本脳炎などの「動物由来感染症」の流行の心配である。港の瓦礫の腐敗など衛生状況は極めてわるい。加えるにトイレなどの使用・管理が極めて劣悪である。地方自治体の縦割り行政の弊害でトイレ対策さえ厚労省・建設省・環境省の指示待ちで改善されていないという役所の非能率性である。第2のワクチンで防げる疾患VPDが流行しないか、特に児童対策について心配だ。日本はワクチン後進国で、必要なワクチン(B型肝炎ワクチン、肺炎、髄膜炎、結核など)を、任意接種に放置しいまだに導入していないだけでなく、危険なワクチン(経口ポリオ)がいまだに使用されているなど、平時でさせでたらめなワクチン行政を行なって反省がない。見かねた海外よりユニセフが日本で活動を開始した。戦後直後の感染症医療後進国並である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月11日)「原発作業員・福島県人の声」 谷川 武 愛媛大学医学部医療環境情報講座 公衆衛生・健康医学教授 東京電力非常勤産業医

東電非常勤産業医として6月28日から7月1日まで、福島第1と第2原発所員の健康管理支援を行なった。同時に現地の協力企業の作業員の方と話ができ、作業者の苦労を聞くことが出来た。防護服の下に着る「クールベスト」は冷却材が30分から1時間しか持たないこと、重いことから着用を嫌う人も居る。休憩場と作業場が離れている。などの意見を聞いた。電離放射線従事者健診を受診された東電の関連企業に勤める原発作業員の数名にアンケートを実施した。アンケート内容は@高線量被爆の危険性を認知しているか、A自己末梢血幹細胞採取・保存という虎ノ門病院の「谷口プロジェクト」を知っているか。B採取保存を希望するか、C希望しない理由、D自由意見についてであるが、五名のアンケート結果を示めす。@については全員が不安に思っている、Aについては知っていたのは1名のみで4名は知らないと答えた、B希望するは2名で、3名はよく分らないと答えた。自由意見ではホールボディカウンターを申し込んでいるが1ヶ月経っても受けられないでいるとか、夏場は熱中症になるので作業は中止してほしいとかいう意見があった。毎日原発作業員の健康診断を行っている医師によると、食事は生ごみを出せないのでファーストフードに限られ、部屋のなかでも50μSvなのでマスクを外せない劣悪な環境で働いている、熱中症も毎日発生している、などの状況であるという。また谷口プロジェクトの話は殆どの作業員は知らないというので、東電は伝えてないようだ。これでは自由意志で決定するといっても情報が知らされていないようで片手落ちである。医師自身も放射線被爆者の診療は未経験なので不安であるという。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月13日)「どうなる訪問介護の規制緩和ー被災地の訪問介護推進を」 菅原由美 全国訪問ボランティアナースの会キャンナス

開業看護師を育てる会では中学校区にひとつの訪問看護ステーションを呼びかけてきた。昨年「規制仕分け」では重点12項目にひとつに選ばれ、「一定の要件のもと1人開業を認める」ということになった。震災後4月22日厚労省令で「東関東大震災に対処するための基準該当訪問介護に事業の人員、設備、運営基準」を発令し、2012年2月29日までの期間限定で被災地での特例訪問介護ステーションの1人開業が認められた。ところが震災から3ヶ月がたってこの制度を活用し、開業を申請した人がいない。政府内ではこの特例の効用を悲観視するむきもあある。訪問看護ステーションの人員基準により経営が苦しく、廃業する訪問介護ステーションが多い中(150ステーション/全国6000ステーション)、被災地で一人で開業できる訪問保護ステーションの決定が無駄になってはいけない。幸い7月11日青森県八戸市で事業を申請し受理された。8月1日の開業である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月14日)「相馬市長よりご報告」 立谷秀清 福島県相馬市長

震災から早くも4ヶ月がたち、安全な地区での恒久的な住居とりわけ、独居老人のための共助住宅を提供できるようがんばっております。瓦礫処理や農地復旧・漁業復興は緒についたばかりです。孤児遺児のためのPTSD対策は息の長いケアが必要なのですが、「相馬フォローワーク」NPO(臨床心理士と教育委員会)を立ち上げました。全国から援助を戴きました「災害孤児遺児生活支援金」は3月-6月の4か月分を子供達に手渡すことが出来ました。これからは毎月口座に振り込みます。以上報告いたします。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月21日)「なぜか進まない原発作業員の造血幹細胞保存」 川口 恭 ロハスメデイヵル

東電福島第1原発事故作業員を被曝から健康を守るため、谷口修一(虎ノ門病院血液内科部長)が3月29日に提言した「原発作業員の事故造血幹細胞保存採取・保存プロジェクト」は、官僚に誘導された御用「専門家」の不要発言と国民の理解が進まず、この3ヶ月透明な議論は進まずどんどん話は複雑になってゆく。その間250mSvをはるかに超える作業員の被爆状況が相次いでいるにもかかわらず事態は迷走を続けるばかりです。そこで事態を時経順に整理しておこう。
3月29日の谷口プロジェクト提言が発表され日本造血細胞移植学会と国立ガン研究センター嘉山理事庁らは賛同と協力の意を表明した。その直後、妙に手回し良く原子力委員会「緊急技術助言組織」の名前で「作業者に新たな精神的身体的負担をかけるという問題があり、関連国際機関の合意がなく、国民にも十分な理解が得られていない」という後ろ向きの判断が示された。明確に官僚文章であり、怪しげな組織の名前を使っているので、責任不明の御用組織の「影響打ち消し」を狙った発言であろう。
4月14日国立ガン研究センターは二度目の会見を行い「被爆量が250mSv以下の環境が保たれるなら、造血幹細胞保存は不要」という見解に変更した。
4月25日日本学術会議の「東日本大震災対策委員会」の名で「不要・不適切」との一歩踏み込んだ見解が出された。国立ガン研究センターの見解を受けた形で「作業員は250mSv以下の環境で働いており、緊急時治療の標準として造血幹細胞保存法は入っていないし、幹細胞誘導薬G-CSFに白血病発生のリスクがある。」と書かれていた。「作業員は250mSv以下の環境で働いている」かどうかは日本学術会議が云々できることではないはずだ。そして5月2日に日本学術会議から訂正文が出され「日本血液学会の統一見解を期待する」という他組織へ問題を投げた形となった。そして白血病リスクの根拠とする論文を削除した。日本学術会議は積極否定から一歩後退の態度に逃避した。
4月28日谷口氏は日本学術会議に公開討論会の申し入れを行ったが、学術会議からの反応はなく、かつ日本血液学会が統一見解を出す気配はなかった。
5月23日日本造血移植学会は第2回目の声明を発表した。「被爆量の公開データはなく、被爆量がコントロールされているから不要ということはいえない」という日本学術会議への反論を出した。その後250mSvをはるかに超える作業員の被爆状況が相次いでいることが判明したのは周知の通りである。
6月7日国立ガン研究センターは第3回目の会見を開き、改めて「原則として谷口プロジェクトを推奨する」という方向に変更した。
6月24日、7月1日と国会議員たちの勉強会がもたれたが、日本学術会議で意見作成に携わった人たちは出席しなかった。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月22日)「元自衛隊医官から見た谷口プロジェクト」 中村幸嗣 元防衛医科大第3内科(血液)

筆者は自衛隊において医官として危機管理(生物化学兵器、核兵器)を研究してきた。去る6月24日と7月1日に参議院議員会館で行なわれた議員の勉強会を見学して、個人的意見を述べたい。結論として「原発作業員の自己造血細胞を保存することは、医学的には正しい対処法であります。現在臨床的にも行なわれており安全性も十分高く、作業員の負担も大きくはない。ただ本来放射線防御が正しく行なわれておれば過剰な対応である。ところが東電の作業環境やデータ−隠しなどの今の状況を見ると、とても放射線防御策が十分であるとはいえない。したがって今の状況では自己造血幹細胞保存を施策とすることは過剰ではない」という。苦しい論理の展開であるが、言葉として筆者のいうことは最もである。つまり第1の論理は「防御が出来れば被爆しないことであるから、被爆した後の対応は考える必要がない」という論理である。しかしこれまでの政策をみると「対策は万全であり、事故は起こりえない。だから国民は心配する必要は無い」とする原発推進の論理と同じであり、今回の事故で歴代政府の「原発安全神話」は崩壊したのだから、「被爆対策は万全である。だから万が一の被爆対応は無意味である」とする論理も信じられないのである。こういう論理矛盾はあきらかであるが、現実に原発事故は起き、原発作業員は高濃度被爆(積算250mSv以上)を受けている人も出てきているのであるから、リスク管理上の論理の堂々巡りは別にして、最悪の事態(事故は起き、被爆量は限界を超えた)に備えた対応をとることは、決して過剰ではなく今の状況では必要なのである。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月28日)「今回の地震から生まれつつある新しい流れ」 福田信策 石巻赤十字病院呼吸器外科

2004年新潟県中越地震でエコノミークラス症候群が発生し肺血栓塞栓症で死亡例がでた。2008年の岩手・宮城内陸地震では避難者の活動性が落ち、深部静脈血栓陽性率が高いことが指摘された。1940年のロンドン空襲で地下鉄構内の避難所に簡易ベットを持ち込み、エコノミークラス症候群を減少させることが出来たという。ところが今回の地震避難所は畳かマットの上で雑魚寝をする事を前提とした対策しか講じられていない。石巻赤十字病院では避難者に深部静脈血栓陽性率者が多いことを見出し、段ボールメーカーの提案によって、段ボール箱をならべた簡易ベットを石巻と東松島市の避難所に導入してみた。すると高齢者の活動度があがり、段ボール箱が振動や音を吸収してくれるのでなによりも安眠できると好評であった。大手段ボールメーカが無償で、2000台以上が東北の避難所に届けられた。簡易ベットでは、雑魚寝で床に接することがないので、カビやダニなどから隔離され清潔な環境を維持できる。この状況をメディアがテレビで紹介してくれたため、行政防災担当者の目に留まり、愛知県では自治体と段ボールメーカーが防災協定を結ぶに至った。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年7月29日)「放射線説明会を通じて」 坪倉正治 東京大学医科学研究所

去る5月15日から7月19日にかけて、相馬市及び南相馬市の依頼で、述べ約2500人の住民が参加した放射線説明会を行なった。そこで得られた教訓は、「放射線の問題に関して、不安な状況は各個人で異なるため、個別具体的にじっくり相談に乗ること」であった。農業者か漁業者か、住むところは山間部か海岸部か、市街地か、仕事はデスクワークか野外か、肉体労働かなどなど個人の状況に応じて必要な情報は違うのである。質問の内容は、自分の畑で作った野菜は食べられるか、野菜は食物の線量を下げる洗い方や調理法、子供の登下校の際のマスクは必要か、窓を開けていいのか、室内の掃除の仕方、ヘドロの処理、エアコンのフィルターの洗浄、風の強い日は塵を吹き飛ばしてくれるので、洗濯や野外活動は大丈夫だという知恵、水炊きに近い料理で水を捨てるのが内部被爆をすくなくするという意見など、ノーハウなども紹介されている。どうしたらいいのという具体的な被爆量を下げるノーハウが要求されている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月9日)「放射線対策、地域主体で試行錯誤ー福島県矢吹町での説明会」 上昌広 東京大学医科学研究所 先端医療社会科ミュニケーションシステム 特任教授

さる6月29日福島県矢吹町でPTA向けの放射線説明会を依頼された。矢吹町は中通南部の人口1.8万人の町で、福島第1原発爆発事故当日の風向きによって、この福島県中南部の白河や矢吹町にも放射線が飛来していたのである。放射線の強さは毎時0.3−4マイクロシーベルト(μSv/h)で、相馬市と同じくらいである。矢吹町中畑小学校は多くの専門家にサポートを求めたらしい。給食の材料も地元産の魚や野菜はなく、他県産である。風評被害なのか正しい判断なのかは今のところ分らない。内部被爆を考える上で「水」が一番重要であると説明したが、殆どの町民は井戸水を利用していた。井戸水のチェックはなかった。福島県内の学校校庭の放射線量については、5月連休明けから自主的に土壌入れ替え、線量計を生徒に配布するなど、自らの判断と予算で動き始めた。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月11日)「大規模災害時の医療・介護」 小松秀樹 亀田総合病院 副院長

小松秀樹氏は本MERICコーナーにおける論客の1人であって、かっては虎ノ門病院泌尿器科部長を務めていたが、今は医療法人亀田総合病院副院長だそうだ。亀田総合病院は千葉県のドクターヘリポートでありアクティブな民間病院として話題となり、大震災直後に福島県の老人施設そっくり受け入れ作戦を行なったことで有名である。本論文は2011年7月「全労済協会」に「緊急提言集 東日本大震災 今後の日本社会の向かうべき道」と題して掲載されたものである。長文であるが、災害時の医療介護のあり方を総括したものなので紹介したい。
1) リード 問題提起
@東日本大震災では詳細な避難計画は役立たなかった。大震災の危機管理は学習型で対応するしかない。A法令準拠の行政は民間に較べて適切な対老いを迅速に実施できなかった。B復興に当たっては、行政の限界を理解した上で役割分担を考えることである。ただこれらの見解は膨大な調査と定量性ある記述でない。
2) 規範的予期類型と認知的予期類型
小松氏はいつもニコラス・ルーマン「世界社会」(1975)を引いて議論される。前例のない大震災でどのような態度で対応するか、規範を基準に社会システムを考える規範的予期分類型「法、政治、行政、メデイアなど」と、認知的予期分類型「経済、学術、テクノロジー、医療など」の特徴から自ずと明らかになる。現代社会では社会の分化が進み、全体を律する規範の果たす役割が小さくなった。そして予期せぬ事柄の出現では、これまでの知識システムは間に合わないとすれば、学習するしかない。これは科学の世界では当たり前なのだ。
3) 災害は現実と乖離した規範では対応できない
2009年の新型インフルエンザで厚労省は法令に基づいて対応しようとして大失敗した。「防疫法」により水際作戦を大々的に展開したが、伝染病の潜伏期間と大量の航空機旅客の前には全く無力であった。意味のない停留措置で、人権無視の中国と同様な非難を浴びただけであった。52日間の成田空港の検疫で346万人を調べて発見した患者は10名に過ぎず、100名以上の感染者は通過していたと見られる。それは前例のない大震災に対し、法令で対応しようとしても不都合が生じる。
4) 自衛隊
自衛隊は本来軍が認知的予期類型で対応するので、一番大震災に役に立った存在である。自衛隊行動命令は「所要の救援を実施せよ」だけである。13月11日14時46分18秒に地震が発生、14時50分防衛庁災害本部が設置され、14時57分には情報収集のためのヘリコプターが離陸した。14時52分宮城県知事が災害派遣要請を行い、防衛大臣によって18時0分には災害派遣命令が、19時30分には電子力災害派遣命令が出されている。3月19日には自衛隊派遣規模は人員10万人となった。被災後4日間で救助者数は1万9000人になった。被災した家を一軒一軒回る自衛隊の情報収集は行政のそれをはるかに超えた。
5) 災害派遣医療チームDMAT
DMATは阪神淡路大震災の教訓から生まれたものだが、DMATの目的は救急期の対応である。被災地で発見された患者はほとんどが「死亡確認」にすぎず、怪我より低体温による死亡であった。残念ながら今回の地震でDMATは殆ど機能しなかった。DMATの視野には寝たきり老人は入らない。DMATのような単機能部隊ではなく、慢性期医療も含め自由に活動できる権限が必要である。行政下部組織であるDMATの活動を縛りすぎたのが問題で、臨機応変の措置が取れるようなDMATでありたい。
6) 民間ネットワーク
ライフラインや物流が崩壊したため、透析患者、要介護者、知的障害者、人口呼吸器患者等の生命に危険が生じた。行政は麻痺しており、これをカバーしたのはインターネットを介して個人や民間の集団が活躍した。地震医療ネットはメーリングリストを飛躍的に拡大して緊急救援の相互連絡に務めた。たとえば亀田病院は透析患者、人工呼吸器患者の受け入れ、薬剤の供給、老健疎開作戦、知的障害者疎開作戦に関係した。いわき市の透析患者700名の後方搬送では、福島県の搬送辞退にもかかわらず、民間主導で3月17日被災地から東京、新潟、千葉県への搬送をおこなった。
7) 行政との軋轢 災害救助法
行政は町村、市、県庁、官邸にいたるまで、情報の分析、意思決定、行動のいずれにおいてもあまりに遅く、柔軟性を書いた。寄せられる情報の多さ、担当する職員の少なさがネックとなった。例えば沖縄県の被災者受け入れ事務において、被災証明書や申込書はパソコンからダウンロードするなど、麻痺した被災地行政において不可能なことばかりであり、残念ながら怪我をした被災者が飛行場まで歩いていけるわけもなかった。千葉県安房医療ネットワークという在宅医療の勉強グループが主体となって、3月20日介護者とその家族の受け入れ態勢を整えた。南房総市が宿泊費を立て替えると決めた。厚労省は災害救済法の弾力的運用について発令した。ところが被災地県への請求だ出来る規定と被災県からの要請がセットになっていなければいけないという見解によって、連絡もつかない麻痺した被災県から要請が出るわけもないため、他の県が救助費用の立替が実質できない状態となった。また受け入れ施設について全旅連に加盟している旅館組合に限られ、民宿やペンションなどは受け入れ施設にならないとする県職員などの混乱が救助の妨げとなっていた。行政側の見解は多少ニュウーアンスが異なっており、厳しく批判すると見解を変えるなど、改良の余地はあるが、行政職員個人の問題というよりは、行政の持つ責任のがれ弁明や上部指示待ち体質などが禍したした。行政に任せると結果が悪すぎる。
8) 無償ボランティア、行政、非営利会社
無償ボランティアは一過性の臨時の行為である。やはり通常業務で正当な報酬を発生させないと、コミュニティは自立できない。行政は過去から未来へ一貫性と継続性を法によって裏打ちされている。「行政とは記憶装置である」という説もある。災害救助法は受け入れ県と被災県での費用建替えを規定しているが、結局は出処は国庫であるから、手続きの複雑な規定は相互の邪魔になる。法令の網羅性、平等性、整合性は平常では大切な要素であるが、災害時にぼろもうけを企む組織があると云う前提はかえって運用を妨害する。行政は実情より法を優先するので、施行と行動の制約が多すぎて、災害救助や復興の企画実行は難しい。
9) 復興
財政や経済再建も容易ではない日本では、今急速に貧困化が進んでいる。国民健康保険被保険者の約4000万人の平均所得は平成20年で158万円に低下した(平成6年では230万円であった)。医療・介護・福祉の給付が困難になりつつある。被災地は高齢化が進んでいる。その復興はますます困難ではあるが、若い世代にツケを押し付けず、現世代は責任を持って復興財源を負担すべきである。増税は何でも反対し、給付はびた一文削減することは拒否し、払った額より高額な給付を受ける事を当然視する現世代と野党の傲慢は正さなければならない。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月15日)「南相馬市における妊婦宅の除染作業報告」 鈴木 真 亀田総合病院 総合周産期母子医療センター長

南相馬市は市内が警戒区域(20Km以内)と緊急時避難準備区域(20-30Km以内)にわかれ、一部には妊婦や子供が居住するには危険な区域が存在する。原町中央産婦人科院長高橋亨平医師を中心としたチーム21名(NPO,建設会社、放射線測定機器会社、東京大学医科学研究所、亀田総合病院総合周産期母子センターら)で、放射線分布測定、汚染部位、方針の検討、除染作業、作業の効果判定測定をおこなった。尚その前に15名の妊婦に個人線量計を配布し、被爆量が3.5mSv/y換算以上であった4名の中で同意の得られた1名の住居について今回除染作業を行った。敷地(1-1.5μSv/h)、1階(0.4-0.6μSv/h)、2階(0.5-0.7μSv/h)、雨どい、屋根を測定した。その結果放射性物質は屋根、雨どい、庭の表土に存在することが分り、屋根、雨どいの高圧洗浄、庭の表土剥離を行なう事を決定した。作業は6時間ほどで終了し、その結果1階部分は雨どい洗浄と表土剥離で30% 程低下したが、2階部分はそれほど低下しておらず屋根の洗浄が不十分であった。なおこの除染作業は研究事業で行なっている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月15日)「飯館村健康相談会に参加して」 木村武司 亀田総合病院 内科小児科複合プログラム後期研修医

2011年8月6日福島県相馬郡飯館村の方々150名を対象として、第7回目の健康相談会が開催された。10名の医師と看護婦・検査技師・医学生らが参加した。医師らは問診票と結果(身長・体重・血圧・採尿)をもとに問診と診察を行なう。地域は避難区域で避難中であるため、生活環境の変化に伴う運動不足、ストレスによる肥満、飲酒、睡眠不足といった面が目立った。放射線についての不安は最近聞かれなくなった。高齢による諦めか、ヤケクソかが心配である。慢性病薬の内服や通院は行なっているようである。医師が関与できるのは身体の不調だけで、精神の痛みについては深入りはできなかった。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月15日)相馬市長エッセー「リヤカー」 立谷秀清 メールマガジン8月8号より転載

今から50年前の相馬の町の、リヤカーの物売りが往きかい、時間がゆっくり流れて笑顔と会話の絶えなかった少年時の思い出が語られる。そうして今の瓦礫とさら地の被災地の情景が交差する。集落のコミュニケーションの豊かさは、震災後の避難生活でも良く保たれ、避難所の生活を支えている。避難所を集落単位で指定し、気配りと励ましが維持できたからであろう。1500戸の仮設住宅でも集落の形を保ったままで移住してもらい、隣村の飯館村の164世帯もひとつのブロックで入居して、組長さんを選出している。相馬市民と同じサービスを提供している。問題は様々な市町村からの寄り合い世帯でブロックを組まざるを得ないことや、災害弱者、独居生活を余儀なくされている人々に対しての支援である。入居者全員への夕食の配給は年内は続けるつもりである。負担金なしで一般健診の受診を受けてもらいたい。買い物支援や孤独死防止への配慮が必要だ。そこで仮設住宅地域へリヤカーを曳いた訪問販売員を派遣している。販売員を雇用して、障害者への洗濯等の生活支援を兼ねている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月17日) 「救急患者の受け入れ拒否ではない、受け入れ不能なのだ」 多田智祐 武蔵浦和メディカルセンター ただともひろ胃腸肛門科

6月29日交通事故で車にはねられた38歳の女性が、12病院から受け入れを断られ、2時間も処置を受けられず翌日骨盤骨折による出血性ショックで死亡した。これを受けて7月14日埼玉県中央メディカルコントロール委員会が検証結果を公表し、「医療機関の受け入れ態勢と収容先を決める救急連絡が不十分で搬送に手間が掛かり、死亡の可能性が高まった」と結論し、「今後市内24箇所の2次救急医療機関に対して専門外でも一時的に収容してもらうよう依頼する」とのことです。この患者さんの場合には、緊急手術が出来る3次救急医療機関に即座に収容されなければ救命困難であったと思われる。にもかかわらず専門外の2次救急医療機関に搬送できても、救命できたかどうかは怪しい。一番困るのは手術の出来ない2次救急医療機関である。一時保管場所では無いはずで人命の責任が持てないのである。3次救急医療機関は人口100万人当たり1箇所しかない。1次救急医療機関とは「夜間休日診療所」のこと、2次救急医療機関とはいわゆる「救急指定病院」のことである。レントゲンや心電図、血液検査,点滴などは行なえるが,当直医師は1人程度であり専門医は日毎に異なる。3次医療機関では複数科に医師が常駐しているので緊急手術に対応できる。「専門外でも一時的に2次医療機関に収容する」というのはあまりにおざなりな対応であり、そこで時間を潰していても救命にはつながらない。「複数の2次救急で受け入れ不能ならば、ただちに3次救命へ運ぶ、埼玉なら東京の医療機関へ連絡する」というのが現実的な指針では無いだろうか。問題は3次救急機関へのアクセスが制限されていることである。メディアはすぐに「たらい回し」とか「受け入れ拒否」という表現を使うが、これは実情をよく見た表現では無い。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月18日) 「掘って埋める、その前に」 森田知宏 東京大学医学部6年生

8月13日南相馬市市役所で行われた学校の除染活動の打ち合わせと、幼稚園・保育園の線量測定への参加経験を報告する。除染活動打ち合わせには、桜井市長、教育委員会、東京大学児玉教授、南相馬市原町中央産婦人科高橋院長、亀田病院産婦人科の鈴木医師が参加しテレビ取材もあった。土壌処理の基本は汚染度をしっかりした構造の中に埋めることである。ホットスポットを決定してうめることは個人では出来ないので重機を持つ専門企業が必要である。場所としては防風林を作る予定地の地下はどうかなどが話し合われた。夏休み中にホットスポットの洗いだしと除染作業が進められるものと思われる。筆者は南相馬市立総合病院でホールボディカウンターの健康診断結果のデータ-ベース化を作ってきた。個人や生徒に線量計を持たす試みもあり、正確な線量測定マニュアルの啓蒙が緊急の課題である。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月18日) 「報道被害を受けた病院・医師の名誉回復の諸処方箋」 井上清成 井上法律事務所 弁護士

事実誤認の報道により著しく信用を傷つけられた医療機関と医師の名誉回復について記す。誤報の発端は3月17日の福島県災害対策本部救護班による記者発表であった。「双葉病院の施設には自力で歩けない90人の老人を自衛隊が救出した。医師は誰も付き添っていなかった。」というものである。それを受けた新聞各社は3月18日の朝刊に双葉病院を非難する記事をショッキングな見出しで掲載した。「双葉病院の医師らは患者を見捨てて逃げた」という。新聞各社は検査以外対策本部の情報に盲目的に飛びついてしまった。裏も取らず関係者の取材もなしにパッシング報道に走ったのである。ことの本質は県災害対策本部には自衛隊の報告だけがはいり、双葉病院の情報が入っていなかったことによる。これは決定的なヒューマンエラーである。自身の情報の欠損エラーに気がつかず、双葉病院に関する状況をミス・エラーと断定したことである。事の真相はこうである。3月12日震災の翌日双葉病院はまず自力歩行の可能な患者209人を救出した。そして14日に寝たきりの患者132人を救出した。15日残る寝たきりの患者90人の救出について、自衛隊群馬第12旅団に依頼して自衛隊を迎えに20Kmの割山で自衛隊を待っていた。ところが土地不案内な自衛隊救助班が予定した道を誤って別のルートで双葉病院に到着した。つまりよくある行き違いである。自衛隊は90人の寝たきり患者を発見して、県災害対策本部の報告した。双葉病院の患者救出作戦は、大熊町役場、双葉警察署、消防署、案内役のパトロールカー、自衛隊各班との綿密な打ち合わせと連絡網において3回に分割して実施されたので、情報は相当共有されていたはずである。県災害対策本部が自衛隊の報告をうけてから、関係部署へ連絡していれば情報はつながったはずである。短絡的・断片的な記者発表にはならなかったはずだ。県本部の情報システムのエラーである。自身のエラーに気がつかず、双葉病院側のミスと断定するのはお門違いである。7月8日より連載で「週刊ポスト」に、「原発から4.5km双葉病院の真実ー患者21人見殺しの大誤報の裏で」という短期集中連載が始まった。ノンフィクション作家森功氏の筆による。3月25日日本医師会の原中会長は、テレビで軽々しく双葉病院を批判した民主党災害対策本部副本部長の渡辺周氏への抗議を行なった。では病院や医師の名誉回復の処方箋はどうすればいいのだろうか。筆者は6月30日に双葉病院の顧問弁護士に就任し、名誉回復の道を探っている。一般には名誉毀損損害賠償請求訴訟が使われるが、相手の責任追及の泥沼に入る。そこで検証記事の掲載を要求し、応じない新聞社には名誉回復の「調停」を申し立てる予定であると云う。日本精神科病院協会などが支援に乗り出してきている。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月25日) 「新型インフルエンザ対策行動計画 パブリックコメント」 村重直子 東京大学医科学研究所

投稿者は「さらば厚労省」(講談社)の著者で、一時期厚労省の役人だったことがある。今厚労省より「新型インフルエンザ行動計画」(改訂版)に対する意見募集が8月29日まで行われており、それに投稿者が意見を寄せたその抜粋であると云う。日本医師会は医師らが感染した場合の保障制度の創設を要求しているが、それにたいして厚労省は一般医療行為とは区別して「診療従事命令」を出そうとしている。その狙いと問題点を指摘したい。
@まず厚労省の情報開示が片手落ちであること。行動計画だけを開示し法令の条文も同時に開示しなければ、国民に対する情報の非対称性があまりに大きく、国民は正しい判断が下せない。
A「診療従事命令」とは空港や保健所、検疫所に通常医療行為から医師を強制して引き剥がすことになり、人手不足の状況を加速する。もともと水際では止められない新型インフルエンザの検疫に税関職員以外の医師を従事させることは賢明ではない。徴兵に似た制度であり医療従事者の人権にかかわる。
B「地域封じ込め」では交通遮断を考えているようだが、そんな局地的孤立状況で患者が発生するわけではない。日本列島のどこかが伝染病の源発生源になるとは考えられない。社会のインフラや流通を考えれば、今時ありえない想定である。いかにも時代遅れの強権的官僚行為で人権侵害の恐れが懸念される。


医療に関する提言・レポートfrom MRIC by 医療ガバナンス学会(2011年8月30日) 「相馬市長エッセー NPOはらがま朝市」 立谷秀清 福島県相馬市長

原釜は古来から漁港である。松川浦漁港の漁獲高は昨年で50億円で、仲買・加工業者も多かった。大津波で約300隻あった漁船の約半数が失われ、残ったのは漁具・魚船の返済ローンだった。「1日も早く漁に出たい。そうしないと借金で首をくくることになる」と訴える住民がいる。新たに漁具漁船を買う人には「二重ローン」苦となる。漁ができても原発事故の風評被害で魚が売れない。なかには日本海側で事業を始めて人もいる。相馬市災害対策本部としては、「復興」を瓦礫や高級住宅の提供のみとは考えず、被災者の新たな意人制設計と定義している。5月相馬市を元気付けるため輪島市のような朝市を企画する「NPOはらがま朝市」が生まれた。8月に始まった朝市には2000人の市民が訪れた。原釜に産地直売マーケットをつくって野菜なども売るために、コンテナー式冷凍倉庫もあと10台を設置する予定である。現在スポーツアリーナ相馬で土日開催の朝市は大繁盛で市民の楽しみとなっている。住民の元気をなんとか制度化するため奮戦中である。ご報告まで。


その他の話題1(2008年9月22日) 「後期高齢者医療制度の紛糾」  

この話題はJMM配信号ではありません。今見直しがおこなわれようとして「後期高齢者医療制度」の問題点を緊急にまとめたものです。9月22日の新聞によると、舛添厚生労働大臣と麻生自民党幹事長(今では自民党総裁)は「後期高齢者医療制度」の見直しを約束したそうだが、化粧直し程度でお茶を濁すのか、法律を廃止して新法を作るのか、何処をどう改定するのかまださっぱり全貌は見えてこない。そこで今の「後期高齢者医療制度」を整理し、政府の改正案が出てきたらそれを評価しょう。
2006年6月21日第3次小泉内閣は「健康保険法などの一部改正法案」を公布し、2008年4月1日から施行された。その骨子は、
1)75歳以上の高齢者を従前の健康保険から脱退させ新たな「後期高齢者医療保険」に加入させる。65歳以上で障害認定を受けた者も含む。
2)運営主体を都道府県単位とする広域連合が保険者となる。同じ都道府県内であれば同じ保険料となる。
3)保険料の賦課方式は均等法と所得法の2種類で構成される。保険料は年金から天引きする。(介護保険の方式を踏襲)
4)一つの病名で1ヶ月の診療費が決まる「包括性」と、患者自身が選んだ「高齢者担当医」が継続的な管理をおこなう診療報酬。(欧米式診療を採用)
5)財源は医療給付の5割を税金で、4割を現役世代の医療保険負担とし、残りの一割を(現役収入のある人は3割)を高齢者の保険料で賄う。
6)健康保険と介護保険との負担が一定額を超えた人には軽減措置を設ける。被用者保険の被扶養者であったものは新たに保険料を負担するため、激変緩和措置(免除から5割負担まで)が2年間適用される。
制度施行によって1300万人が国民健康保険から後期高齢者医療制度に移行した。本年4月から実施されたが、扶養家族で世帯主の健康保険に入っていた高齢者が突然高額の保険料を請求され大騒ぎが発生したのである。政府は大半の人の保険料は安くなると云う宣伝をしたが所得の低い人ほど負担料が増えることが判明した。6月6日ねじれ国会の参議院で「後期高齢者医療制度廃止法案」が可決された。途中で75歳以上を後期高齢者と定義する根拠の政府説明が要領を得ず、「痴呆」、「終末期老人」と云う言葉に猛反発がおき、世間の8割が「後期高齢者医療制度」を評価しなかった(毎日新聞アンケート)。地方議会や日本医師会、全国保険医団体も制度の全面見直しを要求する決議や声明をだした。この制度の背景には高齢者人口の増加と保険料財政負担の増加がある事は隠す事はできない。現役世代と高齢者を分離した事自体が差別であるが、高齢者の現役世代と相応の負担を求める事も弱い者いじめになった。この制度により高齢者医療制度への支出を求められる健康保険組合の9割が赤字に転落する予定である。


その他の話題2(2008年10月23日) 「リハビリ難民」 多田富雄著 「寡黙なる巨人」 集英社 

多田富雄氏の「寡黙なる巨人」集英社において問題となった「リハビリ難民」を取り上げる。2006年より小泉改革は、無情にも障害者のリハビリを最長でも180日に制限すると云う「診療報酬改定」を行った。制限に日数を超えた患者は、介護保険のデイケアーサービス受けろと云うのである。しかし介護保険では医療としてのリハビリは受けられない。医師も療法士もいないのにリハビリとはいえない。こうして「リハビリ難民」という層が生まれた。著者は医師と協同で「考える会」を作り、改定反対の署名活動を始めた。40日間で44万人の署名を集め、厚生労働省に渡したが、役所は握りつぶそうとした。みかねた中医協の土田武史氏は診療報酬の見直しを命じた。しぶしぶ厚生労働省は条件付で、限られた疾患の上限日数の緩和や、当分の間介護保険で対応できない維持期のリハビリを認める通達を出した。これは、しかし1歩前進と見せかけた官僚の嫌がらせ策に過ぎなかった。上限日数を緩和したのは心臓血管疾患など限られた疾患のみで、大多数を占める脳血管疾患などは含めないと云うものだ。さらに診療報酬の逓減制を持ち込んだ。上限日数を超えると診療報酬が安くなると云うものだ。医者に上限日数を超えたリハビリを拒否しろということを暗に迫るものだ。また「リハビリ実施計画書」の提出させ3カ月おきに状況報告させると云う面倒な事を強いるものだ。長期にわたるリハビリを何とかして介護保険に追いやる政策である。さもなくても赤字の、地方自治体管轄の介護保険に丸投げして、医療保険の責任を国が逃れようとするものだ。リハビリを必要とする患者(老人)はすでに身体介護などに介護保険の点数を使い果たしていることも頭に入れないと、リハビリを受けられるポイントがなくなっているのでリハビリをあきらめざるを得ないのである。社会の中の最弱者である障害者になると、日本の民主主義の欠陥が良く分かると云う。障害者のようなマイノリティの生きる権利は考えないのである。


その他の話題3(2009年2月20日) 「ベット難民ー厚労省の罪」 朝日新聞記事 (清井聡、石井暖子筆)  

この記事は「医療も介護も同じ、なぜベットを減らす」という副題で厚労省の縦割り行政の弊害を書いたものです。患者さんの声や家族の問題は省略して制度的な変更がなぜ行われたのかということだけを問題にしたい。すると問題の根源は小泉政権の新保守主義「小さな政府」の予算削減(聖域なき削減)政策にあった。厚労省の縦割り行政の問題が悲劇を大きくした。2005年12月小泉首相は厚労省に3%以上の予算削減を命令した。各局で予算削減競争が始まり、保険局では医療療養床を25万床から2012年までに15万床に削して医療費を4兆円削減する計画を立てた。そのため「医療区分1」の診療報酬を下げ病院では赤字になるようにして、病床を減らさざるを得ないように誘導する政策を掲げた。また労健局では13万床あった介護療養床を2011年末までに全部廃止するという政策であった。二つ合わせると全体の6割の23万床の廃止になる。医療課と総務課は医療診療病床の大幅削減と介護療養床への移管を考えていたようだが、これはいきすぎとばかりに両局の計画の調整に入ったが、両局が譲らずついに計画の整合を見ず医療と介護の両方の削減を同時に認めるという事態になった。これが日本の医療と介護のベット難民が発生する根本的理由である。しかし現状を無視した「画期的」な机上削減策は早くも破綻し、2008年夏医療療養床削減を大幅に緩和して1万床とする事になった。また介護療養床の転換も殆ど進んでいないのである。こうした政策の破綻と醜態はどうしておきたかというと、官僚の現状を全く見ていないことや削減政策の先取り意識と厚労省幹部の調整能力のなさである。事務次官といえど局の調整が出来ないとなれば、この日本の医療行政は誤った方向へ猪突猛進で進む事になる。それを崖っぷちで押し留めたのが、患者や家族の声ではなかろうか。


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