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春山昇華著 「サブプライム問題とは何かーアメリカ帝国の終焉

 宝島社新書(2007年11月)

米国の住宅バブル、略奪的貸付、証券化金融技術、世界資本市場からサブプライム問題を解明

サブプライムローンが2007年6月から8月にかけて世界の金融市場を揺さぶった。8月17日世界の株式市場は10%以上の大幅下落をし、為替市場もドルが124円から111円まで暴落した。日経平均株価も5.4%急落した。その影響は2008年2月段階でもまだ続いており、株価下落は底を打たない。米国経済は2008年末まで回復しないと予測されている。米国が風邪を引くと米国依存の我が国経済は肺炎になりそうである。相次いで欧米の金融機関は倒産したり損失額を発表している。金融機関の破綻を回避するため、欧米の中央銀行は緊急融資や金利引き下げと云う対応策を発動したがこれは対症療法に過ぎない。このような世界同時株安はITバブルの1998年以来である。2007年夏のサブプライム問題とはどうした背景で生まれたのだろう。米国は1980年以降マイノリティ向けの住宅購入促進策を導入してきた。その目的は正しかったのだが、悪質な金融機関がこの仕組みを食い物にしたのである。日本のサラ金同様低所得者が到底返せない支払い条件でローンを組ませたのである。所謂ステップ返済と云う方法である。低所得者向けローンであるので、通常のプライムローンの金利3%にさらに3%上乗せし6%とし、数年後には返済金利を11%にアップするのである。例えば年400万円の収入の人が、中古住宅を2000万円を買って30年で返済するローンを組む。据え置き期間の2,3年は6%の利子だから年間120万円支払えばいい。ところが数年後11%の利子にアップすると返済額は220万円に増え年間所得の半分以上に相当し、生活困難に陥る。金融技術によって、金を借りる相手がローン会社だと思っていたら、ローン債権は証券会社に売られ投資家が小口の権利を保有するのである。ローン会社(ブローカー)や銀行はどうせ他人に売るのだから破綻しても知った事かと云うモラルハザードになった。ブローカーや銀行や証券会社は手数料で稼ぐのだから、リスクは負わないし法的契約責任は追及されないので、むちゃくちゃな貸し付けを行った。NINJA(ニンジャ)ローンといわれる種類のローンが登場し、無収入、無職、無資産層にリスク無視で貸しつけた。住宅価格が金利以上に上昇していればそれでも何とかつじつまが合うのだが、そんな無茶な仕組みが成り立つわけもなく最初から略奪的貸付(ブレンダトリーレンディング)であった。日本のサラ金地獄以上の惨状である。米国の住宅バブルは崩壊し、2006年以降住宅価格は下落した。一切が砂上の楼閣となった。この事態を起した責任の一端は、ローン債権を仕組み債権として販売する金融商品に格付け会社がトリプルAと云う太鼓判を押して、世界の金融機関、年金基金、ファンドに売りまくったことにもある。

本論に入る前に、著者春山昇華氏の紹介をする。1978年京大法学部卒業後、円債、外債、為替投資そしてロンドンで国際分散投資に従事した。帰国後は国内外の投資顧問会社で年金基金運用に従事し、投資信託、CIOで活躍。現在はさる金融機関で運用業務に携わっている。要するに資産運用のプロと云うことだ。生き馬の目を抜くような生活って疲れるだろうな。わたしにはとても出来ませんが、知らない世界のことで騙されないように、知識だけは仕入れて耳年増になりたい。

第一章 米国の住宅バブルと時代背景

アメリカンドリームでは車と住宅は欠かせない。アメリカの歴代政権は誰もが家を持てる政策を進めてきた。民間金融機関からすれば、政府系住宅金融機関ファニーメイが住宅ローンを買い取ってもらえるので安心して資金を貸す事ができた。ファニーメイの発行する債券は高い信用力があり、世界中の金融機関、年金基金、投資家に保有されてきた。もうひとつの住宅政策は住宅ローンで支払う金利が所得から控除できる法律がある事だ。これは大きな節税効果になる。例えば500万円の低所得者収入であれば税率20%とすると税は100万円である。そこで2000万円の住宅を買い、30年サブプライムローン率6%を支払うとすれば金利は120万円である。控除された収入は380万円となり、税率20%を払うと税は72万円でよい。すると36万円の節税になるのである。

アメリカの住宅バブルを理解するには、どうしても国民性を見ないと我々日本人には理解できない点がある。英米人は借金をして大量に物を買うが、日本・欧州人は将来の不安から消費を抑制し貯蓄に励むのである。「キリギリスの英米人、アリの日本人」といわれるわけである。昔英国人から「ウサギ小屋に住む日本人」と云うお褒めの言葉を頂いた記憶がある。まさにそれである。アメリカでは90年代から製造業が日本に押されて不振を続け、多くの銀行が利幅の狭い企業向け貸し付けに見切りをつけて、消費者金融になだれ込んだ。日本では消費者に抑制を奨励し、企業にお金が流れたのと反対の現象であった。そして日本のサラ金そっくりの低所得者を食い物にするサブプライムローンという住宅ローンが横行したのである。規制緩和で悪徳業者が付け入る隙を与えた。そして2000年のITバブル崩壊と01年9.11同時テロ後のアフガニスタン戦争・イラン戦争、02年の企業会計疑惑(エンロン社粉飾決算)によってアメリカに不況が押し寄せた。FRBは低金利政策で1%に金利を引き下げた。利率が低下したのでアメリカの借金漬けの消費者は喜んだ。楽観主義者のアメリカ人消費者は借金をまるで苦にしない。その結果住宅ローン金利の急低下を引き起こして、空前の住宅販売の増加となった。住宅販売が不況から立ち直る切り札と云う位置づけとなった。戦争の景気つけがこの住宅バブルを後押ししたようだ。そして金融機関の住宅ローン貸しつけ競争が激化したのだ。長期的な金融市場の金の流れは、89年の冷戦崩壊と92年中国のケ小平の経済自由化路線転換により新興市場へ流れた資金が、2000年以降しだいに回収されお金がだぶついていた事である。短期的にはITバブル崩壊で行き場を失った金融市場が住宅ローンに目をつけたことである。

第二章 サブプライムローンの略奪的貸付

アメリカの住宅ローンの金利を見る。並以上の所得者向けの住宅ローン(プライムローン)の金利は3%である。低所得者向けの住宅ローン(サブプライムローン)は、30年固定金利で6%(返済リスクを考慮して3%高い)、変動金利5/1Armで最初の5年間は6%、後は毎年変動して高くなる。高額なローンではジャンボ30年固定で7%である。これらにて手数料が乗せられ実質金利はさらにアップする。これが政府の定めた住宅ローンの標準型であった。ところが変形タイプの住宅ローン3/27では最初の3年間はは低い優遇金利が適用されるがその後は金利水準が高くなる。2004年以降政策金利の引き上げによって、優遇期間終了後の金利上昇が高くなり一気に支払い不能が増加した。その他オプションArmやネガティブアモチ(金利以下の返済しか出来ない客の元金は減らない)といった変形型が横行した。日本の銀行ではリスクがありそうな客には金は貸さないが、アメリカの銀行はリスクに応じて金利を上げて金を貸すのであった。サブプライムローン問題はこの変形ローン(実質的な略奪的貸付)で起きている。悪徳ブローカや金融機関はさらに法外な手数料を上乗せする。アメリカの消費者にも問題がある。問題となった消費者の多くは、住宅をローンで買ったあと、生活費を捻出するため不動産を担保にして借金をしている。不動産担保ローンの金利は7.8%である。さらに悪い事には低所得者にはカードローン借金者が多い。無担保消費者ローンの金利は14.5%である。話を逆に回転させるとカード-ローン多額債務者が、住宅担保ローンに乗り換えるために、サブプライムローンを組んで住宅ブローカーから住宅を買うと云うケースもある。恐ろしいサラ金地獄である。これも住宅価格が上昇して、金利が低い時は成り立つ話であった。しかし一挙に成立条件が消え去ったのである。そして破産して家を追い出された。不動産担保ローンに客を奪われたカード会社も不動産担保ローンに殺到した。

住宅バブルを拡大した要因に一つに「証券化」という金融技術がある。数百件とか千件という住宅ローン物件を銀行がひとまとめにして証券会社に売る。証券会社は「仕組み債」に仕立てて持分権を投資家に販売する。「証券化」という金融技術はおいしい部分だけを受け取ってリスクから逃れることが可能となった。銀行は返済不能と云うリスクは負う必要はない。貸し出し審査もいい加減になりビジネスモラルが崩壊した。ローンを払う人は金利7%だとすると、中間の金融機関の手数料(住宅ローン専門金融機関も銀行の系列会社)をたっぷりとって6%の債権と云う商品に仕立てれば市場の投資家は奪い合って買うのである。しかも格付け会社がトリプルAと云う信用のお墨付きを与えている。疑う人はいなかった。契約のトラブルは住宅ローンブローカーにやらせ(ブローカーはやばい時には直ぐ逃げる詐欺師のようなもの)、ブローカー以外の金融機関は善意の第3者になるのである。金融機関にとって自己資本規制があるので、債権を売り払うことで資本を増やさなくて済むのである。まさに一石二鳥の妙手であった。ファンドも銀行の系列であるので、この手法は債務飛ばし手法である。まさに狂乱のバブルの様相を呈していた。

第三章 サブプライムローンの崩壊と影響

アメリカの住宅バブルは2005年にピークを迎え崩壊した。その実体経済への影響は2008年末まで続くといわれている。日本の土地バブルの崩壊を見ているはずなのに、米国消費者と金融機関は住宅価格は下がらないという住宅神話にドップリ浸かっていて、容易に頭を転換できなかった。ニンジャローンとは「無収入、無職、無資産」でも住宅ローンを組めますと云うキャッチフレーズであった。猫でもローンを組めるのだ。「浮かれ、悪乗り、非常識」と云うバブルの三拍子が揃っていた。2005年8月初め宅建業者の株が暴落した。宅建業者の株指数が700から500以下に下がった。木材価格の下落、住宅販売戸数も130万戸から80万戸に下がった。にもかかわらずこの状態をバブルの崩壊とは見なかったため、対策は二年近くも実施されずに傷口を広げた。住宅ローン返済の遅れは中以上の所得者向けプライムローンでは2%程度で尋常なリスクだったが、サブプライム固定ローンでは2006年以降12%と増加したし、サブプライム変動ローンでは17%に増加した。2004年以降FRBは金利を引き上げており、2006年以降変動金利で借り人が返済不能に陥った。そして住宅の競売処分は変動ローンでは2006年初めから急増し4.5%となった。固定ローンでは2%、プライムローンでは0.3%に過ぎない。返済不能で住宅を追われた人はもともと低所得者で生活レベルを一気に低下せざるを得なかった。そして消費が減退し実質経済へじわじわと影響し始めた。最初の恐慌は2006年12月世界的な銀行HSBCの株価が暴落した。そして住宅ローン専門家銀行モーゲッジ・ソルーションが倒産した。

住宅ローンが仕組み債として投資家に売る証券会社では、優良な儲かる商品としてもてはやされた。例えば、30年ローンで年利6%で借りているローンがまとめて1億5000万円あるとする。返済額は月あたり75万円(手数料を控除して)である。住宅ローンの証券化とは資産担保証券ABSを証券会社が買い取り、1億5000万円を分割して投資家に販売する。投資額に応じて約5%ほどの利益を投資家が得る仕組みである。国債などより利率は高いので飛ぶように売れた。投資家は持分権を所有する。ファンドは一部の債権を留保して運営者自身の利益とする。ところがバブルが崩壊して返済が滞るとABSに入る利子が少なくなる。投資家に払う金がすくなり、投資家の足抜けが始まった。2007年2月8日連邦銀行総裁は住宅ローンの焦げ付きは金融機関が負うべきだと発言したため、2月末に世界同時株安が発生した。6月12日ベア-・スターンズの傘下の二つのヘッジファンドが危機に陥った。ヘッジファンドは資金の10倍を借り入れるレバレッジと云う手法で住宅ローンにのめり込んでいたのだ。ベアー・スターンズのヘッジファンドはメリル・リンチから資産担保証券の1種のCDOで金を借りていた。このCDOに格付け会社がトリプルAというお墨付きを与えていた。ぼろぼろの商品にトリプルA という飾り付けをした。こうして8月1日より17日の間に、世界同時株安パニックが起きた。NYでは11%下落、東京では17%、香港で18%の下落となった。世界中の投資家がアメリカの住宅ローンに投資したおかげでアメリカンドリームとなったが、しかしそれは一時の夢と化した。

8月9日の欧州中央銀行ECBは無制限の資金供給を発表した。フル回転で輪転機を回して紙幣を印刷すると云うことだ。FRBもそれに続いた。8月10日にはGMが07年度自動車販売台数の下向き修正をした。いまや住宅価格が値下がりして、車を買う場合じゃないというわけだ。8月17日株安パニックとなった。FRBは遂金利を0.5%引き下げた。既に遅しである。

第四章 住宅ローン債権の証券化

FRBの公定金利引き下げでひとまず終息したかのようであるが、サブプライムローンを借りていた者の地獄はこれからが本番である。アメリカの今回の住宅バブルの特徴は、個人所得が増えていない状況での住宅価格の値上がりである。住宅価格指数は約2倍近い。所得は増えないのに住宅価格が値上がりして「今買わないともう買えなくなる」と云う焦りに近い心理が働いたようだ。住宅ローンのタイプには健全所得者向けのプライムローンに対して低所得者向けサブプライムローンのほうが多くなった。不健全なローンを組む人が多数を占めた。住宅産業の低迷はリストラとなるだろう。住宅を追い出された人々の間では離婚、暴力、精神病が蔓延しそうである。

サブプライムローン問題を金融界から見ると、証券化と云う手法の魔力を考える必要がある。「将来受け取れる配当の流が予測できるものは何でも証券化できる」といわれている。証券化のインパクトは「所有と経営の分離」である。不動産投資信託(リート)もそうだ。ファンドの投資家は不動産経営をする必要がない。七面倒くさい経営を避けて、うまい汁だけを吸いたいと云う欲望は否定できない。住宅ローンもそうであった。住宅ローンは利率が高い。住宅ローン専門金融会社のノーハウがなくともリターンを享受したい。銀行は住宅ローンを7%で貸し出したら、銀行は6.5%の利回りで証券会社に売却する。証券会社ファンドは投資家に6%の利回りで販売すると云う仕組みである事は先に述べた。銀行の債務飛ばし手法は手形の代わりにCPと云う短期運転資金調達法を用いるABCPであった。特別目的会社SPCと云う作って売掛け金債務を証券化し、投資家から資金を得る。銀行は自分の保有する資産をSPCに移す。安い金利でABCPによる資金調達が出来れば、ローン金利と調達金利の差額が銀行に転がりこむ。いわゆる飛ばしである。今回ABCPが金融危機の最終的な引き金になったのは、ABCPの担保にサブプライムローンが含まれていたからだ。銀行は資金調達の手段をABCPに依存していた。その調達手段がサブプライムローン問題のあおりで使えなくなると、銀行自体が資金繰りに窮するのである。銀行救済のためにFRBとECBの無制限の資金供給が実施されたのである。

第五章 サブプライムローン問題の対応と解決法

住宅バブルの後処理には、金融機関の証券化などの仕組みに一定の歯止めが必要だし、金融機関のリスク管理規制を厳しくしなければならない。それには社会の常識による自浄作用が働かないといけない。投資市場では格付け会社の問題がある。企業にはトリプルA はごく限られているのだが、金融商品にはトリプルAが多すぎる。エンロン社の粉飾会計を許した会計事務所は解散させられた。会計事務所は納税や投資家が投資する際に必要な情報を正確に提供するため法的責任を負っている。だが格付け会社には参考意見であって法的責任はないとされている。この格付け会社のありかたを正さないと投資家の利益を損なう。日本でも2007年8月から金融庁からリスクの総点検指示が出された。2007年9月イギリスの銀行ノーザンロック(住宅貸し付け)が緊急融資をうけた。ノーザンロックはサブプライムローン証券に投資していたが総資本の1%に過ぎない。市場がサブプライムローンと聞いてABCP資金調達用債権購入を拒否したからである。住宅ローン貸付資金を債券発行から調達していた自転車操業であった。貸付資金の預金依存比率が30%以下であり、市場からの直接資金調達に頼っており、そこで支障が出ると直ちに資金繰りに窮するのである事は第四章に述べた。銀行はいまや昔からの預金と貸付が主体ではなくなっている。運用部隊ではデリバティブというリスク回避商品を使ってレバレッジを利かせた運用手法にのめりこんでいる。これを中央銀行や国家はコントロールできなくなっている。市場勢力とはヘッジファンド、エクティファンド未公開株投資、LBOファンド(レバレッジ、企業買収)などのグローバルファンドのことである。銀行預金は死んでいるようだ。市場投資家から直接集める「市民経済民主主義」の時代である。

第六章 アメリカ帝国の終焉

これまで消費大国アメリカが世界から物を買ってくれたおかげで、世界経済は潤っていた。欧州、日本、中国はアメリカのための生産基地であったし、裏返しにいえば植民地であった。この世界経済の構造が今後とも磐石であると云う保証はないし、いつドル崩壊が起きるか分からないという不安もある。2007年9月24日IMFは世界経済見通しを悲観的に軌道修正した。アメリカの住宅価格は15%から最悪30%低下すると云う予想である。アメリカは世界一の消費大国で内需主導の経済政策を戦略の中心においた。貿易赤字は望んでしている戦略である。日欧は一度も内需主導になったことはない。アメリカが買ってくれるから生きてこれたともいえる。アメリカパワーの源泉はドルの信用である。信用がある限り国債証書は輪転機を回せば印刷できる。しかし近年ドルは低落を続けている。1984年と2002年にドルは上がったが、いまやドル指数は80%を切っている。アメリカの覇権について懸念材料はエネルギー資源価格の高騰である。資源消費大国アメリカにボディブローを与え続け、中南米、ロシア、中国の動向がアメリカの覇権に影をさしている。欧州や東アジアと云う経済圏がアメリカ従属から独立したときが新たな覇権が生まれるかもしれない。その過程でドルは崩壊するだろう。そして一時的に世界大恐慌と戦争の時代に入るだろう。恐ろしいシナリオである。


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