071208

香山リカ著 「悩みの正体」

 岩波新書(2007年3月)

悩みはあってあたりまえ、しかし悩みの基は社会が作っていることが多い。

著者香山 リカの紹介をしておこう。
香山 リカは、北海道札幌市生まれ、小樽市出身の精神科医。本名非公開。評論家、文筆家としても知られ、エッセイなど数多くの著書を世に送り出している。東京学芸大学附属高等学校から東京医科大学卒業。小樽市立小樽第二病院への勤務、神戸芸術工科大学助教授などを経て、現在は帝塚山学院大学の教授を務めている。また「九条の会・医療者の会」に参加しており、「マガジン9条」発起人である。また靖国神社に代わる新たな追悼施設に関しては、戦争責任がうやむやにされるため反対と発言するなどの、政治活動を活発に行っている。香山リカのホームページ「キャラバン」はhttp://www.caravan.to/kayama/です。

本書のカバー裏にこのような案内文が書いてある。
「嫌われるのが恐い」「働いても生活できない」「まじめに生きてきたのに」…….競争が煽られ,効率性が求められる一方で,「場の空気」を読むことも要求される.どこか息苦しい現代社会のなかで,人々の抱える「悩み」の中身も変わってきている。今日的な「悩み」の背景を丁寧に解きほぐし,どう向き合うかを考察する。
本書はページ数も少なく、活字も大きく、精神病理の解説書と云うよりは人生相談室と云う感じの本である。一〜二時間で読みきれる内容である。結論から先に言えば、悩みの正体は社会が作っている。悩みの責任はあなたにあるのではない。自分を追い込んで本当の「鬱」にしてしまう前に、目を開こう、人に相談しよう。そもそもそれを悩まなくてもいい社会にすることが最良の解決策なのだが、悩みが打開の社会的行動に変る事もある。いかにも社会派精神科医といわれる所以である。

1、人間関係ー嫌われるのが怖い

近年「場の空気」と云う言葉がはやっている。日本人は伝統的にこの空気に支配されてきた、戦争さえ空気でやるのである。反対を封じ込めてしまう天皇制軍国主義の空気に戦前の日本人は支配されてきた。今も誰もが自ら進んで目に見えない空気を読み、流れに従おうとあくせくしている。主張するのではなく、周囲の空気を読み取り、自分に期待されている役割をこなそうとしている。精神医学では所謂「メランコリー親和型」と云うものだが、自分の周りと云う「準パブリック」な人間関係で自分を合わせることで汲々している。少数派恐怖症である。「いじめ」ものけ者にされる前に、自分より弱い人間をターゲットにして攻撃することで、のけ者にされる不安を解消する自己防衛メカニズムである。ひとりになる不安からのがれたいのは自分ひとりではない。大人の世界でも目に見える「いじめ」が目立ってきた。「社内いじめ」、ホームレス襲撃などは、極端なことを言えばユダヤ人迫害に似た精神構造を持つので深刻である。不安から逃れるためにより弱い人を集団で攻撃するのは弱い人間のすることである。この弱さのピラミッド構造を、平坦な「俺もお前も弱い」の精神構造に持っていければいいのだ。

2、仕事・経済ー無駄が許せない

仕事が生活の糧を得る手段から、「自分らしさの実現」、「進歩、成長のステップ」という考えが広まっている。それがばねになっている間はいいが、「立ち止まっていていいのだろうか」と云う不安を呼ぶ一種の脅迫観念からは自由でいたい。最近の若い人は小泉政権以来の労働環境の悪化から「ワーキングプア-」と云う格差社会で痛めつけられている。「派遣」という形の労働が商品化され、コスト・効率と云う大義名分で人がこき使われる世になった。就職難、労働格差、地方崩壊、東京一極主義によって、あまりに理不尽な差別を受けていると「私が悪いから、能力がないから」と自分に思い込ませる自閉症状(貧困環境)から抜け出せない。経済一本やりで人間を疎外する社会の問題があるのだ。あなたに問題があるのではない。

3、女性問題ー女の幸せとは

今や結婚年齢は高くなるばかりである。生活不安から結婚を先延ばしにするケースの他に、自然な出会いがなくなってきている。男女の出会う機会が大きく変化しているのだ。女性の問題は少子高齢化社会の到来と労働環境の問題に突き当たることが多い。30台のシングル女性の劣等感脅迫症はまさにこういう問題なのである。女性が出産しなくなってのは一人日本国のことでなく世界的潮流である。子供を生む数は1.1人台である。個人の問題ではない。子供を子持たない人生を選ぶ権利とそれを認められる権利もあるだろう。

4、体・健康ー老いたくない、きれいでいたい

きれいでいたいと云う女性の感覚は、他人の視線に敏感でその中でしか生きられない人ではないか。健康のためといって、偽科学商品を買う人、サプリメントを買いあさる人、無農薬・有機栽培に神経質な人が増えている。すべて農水省の差別化商品政策に乗せられているのである。老人介護で精神的に追い詰められる人が多い。医者のほうでも産婦人科・少児科を嫌って形成外科・精神科と云う楽な商売を選ぶ傾向にある。病気になって医者に診てもらえない不安も地方では大きい。結局信頼できる医師と出会えなくて不幸な不信関係になる人がいる。老いと云う人生のラストステージを否定したり、恥じる必要がどこにあるのか。保険システム・医療システムの効率化とは老人切捨てではないはず。豊かな生活とは経済的効率の生活ではない。

5、心ー不安が消えない

何につけても自信が持てないと云う厄介な悩みが多い。ドメスチックヴァイオレンスで悩む前に警察に行くべきで、単純に家庭環境や労働条件の悪さのほうに問題がある。老人介護と生活の困難を悩む前に市役所の社会福祉課に行くべきです。個人の問題にして悩んでいても状況は悪くなるばかりです。交渉力を身につけることも重要です。悩むことや立ち止まることは悪いことと責められる脅迫感で行動に移せない人が多い。完全な心、完全な体という幻想があるが、人は皆悩んで生きているのです。苦しみや悲しみこそ人生の醍醐味と居直ってください。「私は一人ではない」と確認するために人は、家族、仕事、学校、ボランティア、地域社会そして宗教を人は作ってきた。そういうもので人は繋ぎ止められているのである。


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