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桜井稔著 「内部告発と公益通報ー会社のためか、社会のためか」

 中公新書(2006年3月発行)


2006年4月施行のは内部告発のイメージを明るくし、組織にはコンプライアンス重視への誘導を果たす

BSE騒動牛肉産地偽装事件、三菱自動車リコール隠し、北海道警の公金不正流用、建設業界の官製談合、米国エンロン不正会計と倒産・・・・など官民問わず不祥事が続いている。そしてこれら事件の多くは関係者による内部告発がきっかけになって明るみにでた。内部告発の仕組みと組織の報復行為など、そのプロセスの明瞭化を目的に「公益通報者保護法」が2006年4月に施行された。これまで不正の摘発には「内部告発」が有効であったし、メディアも裁判判決も「内部告発」に好意的であった。しかし内部告発には密告という暗いイメージと体制側の反発による身の危険や生活の不安が付きまとい、内部告発者には非常な決意が求められ簡単に行動できるものではなかった。そういった状況を改善し通報者を保護し、組織には関連法を遵守するというコンプライアンス重視への誘導を果たすことを目的とした「公益通報者保護法」が施行されるに至った。「公益通報者保護法」の成立の背景には続発する不祥事、組織の金まみれ体質と腐敗があった。もともと内部告発は矛盾を孕んだ行為である。社員は会社との雇用関係において守秘義務を負っている。不正の証拠資料を集める時には窃盗などの危険性もある。2006年4月施行の「公益通報者保護法」は通報をした労働者に対する解雇や不当な取り扱いを禁止する保護措置を定めている。会社への忠誠よりも公共を優先すべきだというメッセージが込められている。「会社のためか、社会のためか」は対立関係にあるが、早めに公開することで組織の健全化再生を図ると考えれば、この2つの目的は共存できるのである。

内部告発と公益通報

内部告発とは「内輪の人間が、外に向って、自らが属する組織の不正を告発する」ことである。それは次のようなプロセスからなる。
@組織の了解を得ないで Aそ組織ぐるみ、一部、或いはトップによる B違法行為を中心とした不正行為に対する C社員などの関係者による D公共利益の擁護などの動機から E情報提供によって F行政機関やマスコミなどの外部へ不正を公表する
それに対して「公益通報者保護法」による「公益通報」と「内部告発」は何処が違うかというと、通報先が内部告発は直接外部へ持ち出すが、公益通報は内部通報、行政機関通報、マスコミなど外部通報の三段階に分け要件を厳しくしている。通報対象事実は内部告発は対象は何でもいいのだが、公益通報は413の法令違反にかぎる。脱税や政治資金は対象外である。通報者は内部告発は職員に限るわけではないが、公益通報が保護するのは労働者の通報のみである。通報者の保護は内部告発は一般法理で判断されてきたが、公益通報は通報労働者の解雇の無効、不利益な取り扱いの禁止となった。
公益通報制度によって、密告とか内部告発の暗いイメージを払拭し「公益通報」という明るい名称を与えた。会社の就業規則などによる不利益な取り扱いは禁止されたので、悪いことをする組織の内部規則を強要されることは無い。会社が「職場環境配慮義務」をはたさず、社会ルールとのコンプライアンスを欠くならば、公益を守るためやむなく行われる内部告発は公民としての義務の遂行であり、就業規則違反などの責任追及は許されない。

通報者と被告発組織の攻防

2001年エンロン、2002年ワールドコムの巨額不正会計操作(カネボウ不正決算に加担した中央青山監査法人もこれに相当)発覚による倒産事件に対しては、米国政府はサーベンス・オクススリー法により情報公開と厳罰主義と内部告発者の保護が欠かせないことを示した。2001年BSE問題に揺さぶられた農水省は300億円を投入して極めて杜撰な国内産牛肉の買取りを実施したがこれに便乗した雪印食品などが不生産地偽装を行い補助金を詐取した。これを取引業者が告発して雪印食品は倒産した。北海道警OBが告発した公金不正流用(12億円の裏金つくり)。2003年東京電力原子力発電所のトラブル隠しの告発によって原発17基の運転停止。2000年三菱自動車のリコール隠しがトラック事故死まで発展して三菱自動車の経営危機となった。そのほかにも大阪市民生協事件、2004年中部電力会長事件などがある。

内部告発が悪意から為される誹謗中傷の類とは違うのだということをいうには、事実の裏付けを備えた総合的で信用度の高い告発内容でなければならない。そこで確実な資料の収集と持ち出しが必要である。これに対して組織側は懲戒解雇を申し渡すが、裁判で争われてきた。2003年大阪地裁での「大阪いずみ市民生協事件」では解雇無効となった。2002年福岡高裁での「宮崎信用金庫事件」でも解雇無効となった。というように懲戒解雇をすることは実質許されないとする判決である。それは告発内容が真実であること、公益性があったことを判断したものであった。「公益通報者保護法」は内部通報、行政機関通報、マスコミなど外部通報の三段階に分け要件を厳しくしている。これは外部メディア発表は即組織への社会的制裁となり損害が深刻であるということと、組織内においてまず踏むべき手順や委員会・マニュアルが存在するならばまず内部通報を優先させることで、20日過ぎて組織から何の対応も無く、また身の危険を感じるのなら外部発表へ向うべき手順を示している。組織は内部告発のない内容が真実で違反行為の反社会性も明白なら、つぎのような「ダメージコントロール」プロジェクトをとるべきである。
@告発内容の正確な把握 A内容把握の調査が必要かどうかの決定、調査体制方法の決定 C法違反の解明 D誰の責任かの解明 E問題を引き起こした組織管理体制・組織文化の解明 F調査結果の報告 G告発者への回答 H責任者の処分、監督官庁報告、マスコミ発表 I再発防止策措置・実効性検証

「公益通報者保護法」の内容

外国での内部告発保護法は、1998年イギリスの「公益公開法」、1989年アメリカの「内部通報者保護法」、2001年「サーベンス・オクススリー法」、2000年ニュージランドの「開示保護法」などに続いて日本では2006年4月「公益通報者保護法」が施行された。
第一条(目的):日本の法は内部告発の奨励や保護が目的というよりは、企業のコンプライアンス向上にあるといえる。これ以降企業では「企業行動綱領」などの作成が盛んになった。
第二条(定義):誰が保護されるのかは明確に労働者だけである(派遣労働も含む)。役員、下請事業者、取引先事業者は対象にならない。通報対象事実とは合計413の法律違反行為である。
第三条(解雇の無効):内部告発への報復行為である解雇権の乱用は裁判所でも無効判決であった。何処へ通報するのかに順位をつけ、労務提供先への内部通報、行政機関通報、マスコミなど外部通報の三段階に分け要件を厳しくしている。行政機関への通報には相当真実性が必要、マスコミへの通報には相当真実性に加えて解雇不利益を蒙るとか、証拠隠滅などの恐れ、告発をしないよう組織から要求されたとか、内部通報組織から20日を過ぎても返答がないとき、生命に危害が及ぶ恐れのときなどの用件が加わる。
第四条(労働者派遣契約の解除の無効):内部告発を契機に派遣労働者の契約を解除できない。
第五条(不利益取り扱いの禁止):降格、減給など、派遣労働者の交代要求
第六条(解釈規定)
第七条(一般職の国家公務員などの取り扱い)
第八条(他人の正当な利益の尊重):名誉毀損、陥れを目的とした通報は無効
第九条(是正措置などの通知)
第十条(行政機関が取るべき措置):必要な調査を行い、通報事実があるならば法令による措置をとる
第十一条(教示):監督権を有さない行政機関へ通報がなされたときは、正しい機関を教える


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