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村尾信尚著 「行政を変える」

 講談社現代新書(2004年8月)


地方自治体の財政再建とこれからの行政改革

2007年5月19日夜7時のNHK特別番組「地方自治と財政再建」でパネル討論が行われていた。そこでわかってはいたが驚くべき数値が出された。国の借金は800兆円強、地方自治体の借金は200兆円、国と地方で合計1000兆円を超える借金があるということだった。気の弱い人なら卒倒しかねない数値である。気の強い人なら無限希釈すれば痛くもかゆくもない数値かもしれない(何世代にもわたって無限の人間が負担し、返済期間が無限時間で返して行けば)。池田首相から田中角栄を経て永久に続くかと思われた経済成長と土地神話が1990年のバブル崩壊でもろくも消え去り、日本列島は借金地獄になっていることが判明した。税金に巣食っていた既得権益族(政治家と官僚)を旧体制とすれば、1990年代は無謀にも道路などの公共事業で景気対策と称して国債を乱発し(日銀は紙幣を大量印刷し)、放漫経営で潰れた銀行に金融界再編成のための不良資産処理に巨額の税金を投入した。もうやけくその1990年代の10年であった。その結果がこの借金地獄である。2001年小泉内閣の「旧体制のぶっ壊し」宣言によって、郵政と道路公団など財政投融資で食っている特殊法人の民営化や、腐敗した社会保険庁の解体などが進んだのと、最近の好景気で税収入が少し増えたので赤字国債発行は30兆円以下に抑えられた。しかし国と地方の借金体質の改善は始まったばかりである。これから財政改善中期計画を国民に明示しなければならない。

本書の著者村尾信尚氏はかっては大蔵省(現財務省)官僚で、1995年三重県総務部長に転出し、当時の北川正恭知事の下で県行政の大改革に携わった。1998年大蔵省に戻って主計官から環境省へ移動した。2001年官僚の仕事の合間に「行政改革推進ネットワーク」(WHY NOT)を設立した。そして2002年退官して三重県に移住し2003年4月の三重県知事選挙に純粋無所属で立候補するが落選した。2003年10月より関西学院大学東京校の教授に就任して現在に至る。

本書の原点はやはり三重県総務部長時代の県行政大改革の経験にある。そこでの経験を生かして日本の地方行政改革のあるべき方向を論じているのが本書であろう。本書を1:三重県行政大改革 2:行政改革推進ネットワーク(WHY NOT)のこころみ 3:もうひとつの日本(Bプラン)のデザインにわけて纏める。

1:三重県行政大改革(1995年〜1998年)

三重県行政大改革のきっかけは1996年春、市民オンブズマンが全国都道府県の旅費に関する情報公開を請求したことから始まった。このとき納税者が反乱たのである。三重県での調査結果では1994年から1996年7月までの「カラ出張による裏金」は11億6600万円であった。県が出した結論は@結果を全面公開する A不適正額を全額返還する(10年で管理職以上が返済) B幹部職員処分であった。これによって公務員の襟を正すのは「情報公開」と「分りやすい説明責任」であることを確信したという。
そして地に落ちた権勢への信頼を回復するために行政大改革がスタートした。ニュージランド、イギリス、カナダでの改革例を研修し、ニューパブリックマネージメントと言う行政手法から「市民憲章」(具体的な市民サービスの数値目標)や企業会計原則(発生主義で債務評価)などを学んだという。

知事を本部長とする「行政システム改革検討会儀」を設け各部長がメンバーとなった。やった主なことは以下である
*県がやらなければならない事業かどうかを6段階チェックし、必要がないときは廃止、国へ移管、外部委託などの判断をおこなって歳出削減に努める。
*予算執行を節減をして余った金の半分は次年度新事業にしようできる1/2メリットシステムの採用。
*「住民の満足度を最大にする」基本理念と三つのキーワード「分権・自立」、「公開・参画」、「簡素・効率」 
*債務債権が発生した時点これらを収益や費用と認識し、財務活動を正確に把握する「発生主義」会計の採用
*6つの部の仕事内容と予算の効率化のためにマトリックス予算評価を行う
*民営化・競争原理の導入
改革項目に文句はないが、結果としての数値が本書には記載されていないので実効を推し量れないのが残念である。文章としてきれいごとに終わっていないかどうか心配だ。

2:行政改革推進ネットワーク(WHY NOT)のこころみ(2001年〜2003年)

OECDの資料によると、日本(国と地方)の長期債務残高の対GDP比が1991年より上昇し続け2004年には160%になった。イタリアは110%、米国や西欧諸国は70%以下であるのに比べると異常である。大蔵省主計官村尾信尚氏は「税金を食い物にしている人々の強固なしがらみを壊さなければならない」と考えるようになったそうだ。税金に群がる既得権益を破壊するためには納税者と組むしかない。「情報の公開」、「分りやすい説明」、「サービスの選択」をキーワードにして2001年「WHY NOT」(どうして?やってみよう)と言う村山氏が主催するネットワークのグループが結成された。WHY NOTは特定の政策を主張するものではなく、納税者・住民が選挙公約を作成し候補者にアンケートする。このネットワークはモデル地区を作って今も活動しているし、ネットへの参加を呼びかけている。

3:もうひとつの日本(Bプラン)のデザイン(2003年〜2004年)

村尾信尚氏は三重県知事選に落選してからは、大学に拠って行政改革推進プラン作り(デザイン)をされている。時代はつぎの要因によって動いている。@消費者の反乱 A納税者の反乱 B市民・NPOの台頭 C改革首長の登場(元官僚が多いのが不満だが) D心の豊かさ社会 E環境問題 Fユニバーサルデザインの登場である。ユニバーサルとは誰でもが主役の社会のことである。もうひとつの日本(Bプラン)のデザインという新しい社会案(B案)のフレームワークは@透明性 A自立 Bスローライフ Cユニバーサルといった概念で構築される。地方にとって国の補助金や交付税、公共事業は一種の麻薬である。「負担は少なく多くの利益が転がり込んでくる魔法の小槌」に頼り切った地方自治は住民に自治と自立と危機感を麻痺させてきた。国債と言う次世代に借金を負担させる(現世代は痛みを感じないシステム)も強烈な麻薬である。国民所得に対する租税負担と社会保険費の割合は日本では米国と同じく35%と低い数値であるが、欧州では軒並み50から60%と高負担社会である。つまり日本の現世代の負担は少なく痛みを感じない。そのトリックは日本では国債である。国債と言う麻薬から脱却しなければ、日本は足腰立たない麻薬患者になる。


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