070402

藤本隆宏著 「ものづくり経営学」

 光文社新書(2007年3月)


東京大学21世紀COE ものづくり経営研究センターのプロジェクト研究成果
「日本の強みを生かした生産思想」

本書は新書版という手ごろな読みやすさを念頭としたジャンルを逸脱した、研究報告書の形態をとっている。しかも本書は藤本隆宏氏一人の執筆になるものではなく、藤本氏は司会兼狂言回しの役に徹しられ、東京大学21世紀COEというプロジェクト研究員が執筆した共同著書である。恐らくは文部省か経産省の研究費補助による研究報告書の市民版であろうか。内容は網羅的で30名以上の研究者の担当分野の研究概要報告であり、新書版にしては560頁のボリュームになる。2004年東京大学に21世紀COEプログラムの一つとして「ものづくり経営研究センター」が発足した。運営は東大経済学部の研究者である。「ものづくり」は20世紀後半の日本の経済社会の国是として、資源のない国日本では原料を輸入して工業製品なら何でも製造して輸出するという貿易立国の一念で突っ走ってきた感があった。1980年代には日本の製品は世界的なレベルで欧米型商品を圧倒し、間違いなく「ものづくり世界一」が達成されたようだ。アメリカに「ものづくり」を諦めさせ、IT産業や金融資本主義に転換させたのは日本の圧力によるものだ。ところがこの日本のキャッチアップ型産業も中国・韓国・東南アジアによりコスト面で圧迫を受けるようになり、今その日本型製造業の戦略が問い直されてきた。一方米国は金融自由化によって日本の産業資本の破壊と略奪を虎視眈々と狙ってきている。「前門の狼、後門の虎」の状況で日本の強み、生存の戦略を確立するために、本書の産業分析作業がなにかの役に立つのではなかろうか。

本書の構成は次の内容からなる。
第一部 「ものづくり経営学総論」:統合的ものづくり、アーキテクチャー、人つくり、ITと組織能力の相性、製品開発力、先行技術開発、組織間学習
第二部 「ものづくり経営学各論」:日本の自動車産業、ホンダ、家電産業、光デスク産業、機能性化学品、アサヒビール
第三部 「非製造業のものづくり」:イトーヨーカ堂、郵便局、建築産業、病院、金融商品、ソフトウエア-、家庭用ゲームソフト
第四部 「アジアのものづくり」:韓国自動車産業、中国自動車産業、中国二輪車産業、中国の家電産業、台湾の自動車産業、トヨタ海外生産拠点(タイ・トルコ・豪州)、インドの自動車産業

本書を読んでの直接的な感想は、日本の成功例をトヨタの統合型(インテグラル、摺りあわせ)製品つまり自動車産業にあるとする見方である。日本の強みをトヨタ型生産方式であるとして、この方式を全産業でどう生かして敷衍してゆくかということに尽きるようだ。そこにしか日本の産業の生きる道はないとするのはあまりに現状追認で発展性の乏しい発想ではないだろうかというのが私の第一印象である。従って本書の各論における解析が良くできているのは自動車産業ついで家電産業であって、他の産業や企業の分析はカタログ程度の資料しか持ち合わせていないのではないかと疑いたくなるほどお粗末である。たしかに経営論で会社が運営できるわけでもなく、危機を克服できるほど理論は強力でもない。全ての企業・産業にとって生き残れるかどうか、発展できるかどうかは経営者の力量や哲学や経営資源によるものであくまで個別的な事象である。すると経営学とは何だろうか。会計学や法学は確かに実務として必要だが、戦略論や組織学や経営論は無力ではないか。他社の成功は参考にはなるが、単純に自社に適用するのは危険である。擦りあわせで創り上げてゆくインテグラルな製品は構成要素と全体の機能を常に関連付けながら調整してゆくいわばマニュアルのない職人芸といえる。それに対して構成要素(部品)の独立性が高くインターフェースに適合すれば安くて優秀な部品がどこからでもかえるモジュラー(組み立て)型製品、つまり家電製品などは日本の企業は米国・中国・東南アジアにコスト面でかなわない。そしてITソフト産業も日本は強くない。そこで本書が持ち出すのがトヨタ方式の海外生産拠点の成功例である。インテグラル産業の組織力開発力を全世界に敷衍せよという考えはトヨタ生産方式への賛歌になっても、本当にあらゆる産業が手本に出来ることなのかということについては何の証明も成功例も本書からは読み取れない。


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