070220

原田武夫著 「北朝鮮外交の真実」

 筑摩書房(2005年4月)

日本国外務省の無能、これでは外交の態をなしていない

私はこの本を買う時、北朝鮮を廻る最近の核とミサイル開発疑惑や日本人拉致問題に関する外交交渉の裏が詳細に語られると思っていた。期待に反して、著者である元外務省官僚の原田氏は何も語ってはいない。新聞で読む程度のお話だ。外務官僚の守秘義務があって何年間は口外してはいけないのだろうか。それなら期待させるような題名で本を書くなと言いたい。結論からいうと、書いてあるのは日本国外務省の官僚論だけで、お寒い限りの無方針で、外交につき物の手の内を何も持たない外交交渉の無力さをこれでもかこれでもかと書いておられる。そんなにひどかったのかと感慨深く読ませていただいた。もうこれからは何も期待しないほうが精神衛生上得策だ。どれだけ北朝鮮に金を取られたかも書いていない。恐らく下っ端役人では知りえないことなのだろう。また前小泉首相の歴史的訪朝が実現した真のいきさつも何も書いてない。そして拉致家族曽根さんの夫と子供のインドネシアでの奪還劇の詳細も一言も書いてない。そして北朝鮮の核開発状況の真実も何も書いてない。これでは現職官僚の記者会見と同じではないか。贋物の骨を掴まされて一定の成果があったと喜んでいた藪中外務審議官の発言と同じである。1600円返せと叫びたくなるような本だ。

本書は原田武夫著 「仕掛け、壊し、奪い去るアメリカの論理」ブックマン社と同じ著者による。この本では米国の戦略が納得が行くように書かれており大変考えさせられるところが多かった。ノーム・チョムスキー著 「覇権か生存かーアメリカの世界戦略と人類の未来ー」や広瀬隆著 「アメリカの経済支配者」などの本と同じ思想で述べられていた。米国世界戦略論では得るところが多かったのだが、今度は北朝鮮に関する情報は得られなかった。著者原田氏は外務省アジア太平洋局北東アジア課課長補佐で北朝鮮班長だったそうだ。多少は外務省情報がリークされるかと期待していたのだが、官僚の本性通り全く話さなかった。恐らく氏の今後の仕事上、外務省とはいい関係(ギブ&テイク)を保ちたいためあえて知っていてもリークせず新聞程度の情報でお茶を濁したいということが本音であったろう。もし自分は下っ端役人で重要なことは何も知らされなったというなら、こんな思わせぶりな本は書くなと言いたい。そこで本書の趣旨は、外務省の構造的歴史的病根と習性、外交戦略の欠如、官僚縦割り行政の弊害と氏の持論である「政経合体戦略」にあるようだ。

では外務省とは何なのだ。在外公館では機密費をふんだんに使って外国要人と日常普段の接触を積み重ね、喫緊の情報を得て日本国に有利に政経政策を展開することではないのか。在日外務省(内局)は各国別の基本戦略を決め、国富の増大に勤め、必要な条約などを有利に締結する手はずを整えること、首相や内閣府に安全保障に資する提言を行うことではないか。と言う自分が空しくなるようなほど、外務省の実態は無い無いづくしだそうである。最近では2001年松尾支援室長による公金詐取事件、田中真紀子外相の迷走振り、金銭感覚欠如による不祥事が相次いだ。2002年核疑惑再燃、2002年前小泉首相の訪朝と平壌宣言、2003年第一回六者協議開始、2004年北朝鮮での爆発事件、2004年拉致問題日朝協議、2006年7月ミサイルテポドン実験、2006年9月核実験公表と朝鮮半島情勢は激しく動いた。そして2007年2月六者協議で北朝鮮核凍結交渉に応じるということになったが、その間日本は完全に蚊帳の外におかれ日本外交は屈辱を喫した。以上の経過における日本外交の無策振りを検証することになる。

1:謎の爆発事故

2004年9月韓国の連合ニュースから端を発する「中国国境での爆発」が報じられてから、日本外務省はいつもながら蜂の巣をつついた大騒ぎなった。外務省の言う情報とは内外報道の裏を取る所謂外交ルートを通じた確認作業に終始した。つまり閣僚の回答書作成に振り回されて、疑いを検証する確たる手段を持ち合わせない外務省では手づからの情報が皆無な状態だった。新聞報道を見る一般市民と同じ状態である。常日頃から関心のある国の安全保障環境の状態把握は投資環境につながると言う観点が全くなかった。これは外務省のみならず日本政府内にもインテルジェンスコミュニティー(情報共同体)として、防衛庁、警察庁、内閣情報調査室があるが、外務省などとの連携がなく縦割りで情報を共有して対処する状態には程遠い。後藤田元副総理も政府全体の情報組織の必要を認めた見識を持っていたが「何せ安全保障は米国まかせの属国に成り果てた」と嘆いた。情報には@事実を知る能力、A事実を検証する能力、B情報を操作の手段とすると言う側面がある。Bは所謂CIAばりの謀略能である。この爆発事件は結局日本の外務省が丸腰だったということを曝露した。2001年金正日の息子「正男」がデズニーランド観賞で不法入国した際の外務省(田中真紀子外相)の無力ぶりには世界が唖然とした。

2:政経合体外交の必要性(経済戦略)

北朝鮮に資源がどれほどあるのかについては、日本が統治した時代(1910-1945年)に十分データがあるはずなので私は云々しない。北朝鮮の経済的資源をむぐって経済外交を展開する政策は外務省には皆無である。凡そ経済感覚が無いのである。外務省官僚には戦前の名門の子女が多く採用され、貴族社交界とのお付き合いに適した人材はいるにしても、金銭感覚はゼロである。外務省の不祥事は世間で議論されることは多いが、外務戦略の欠如について議論されることはない。戦略を議論しないで組織変更論ばかりを進めているのが今の外務省である。国の目的が国富(米国のような強兵はないとしても富国はある)であるとすれば、外交の目的も国富を増大させることにあるはずだ。げんにアメリカは世界経済戦略(グローバル金融資本主義)に基づいてあらゆる機会を捉えて、日本に対して破壊ビジネス(金融規制緩和要求)とM&Aを仕掛けてきている。これが米国外交の戦略である。相手国の価値を下げるため必要ならリスク(紛争)まで仕掛けている。これに対抗するには日本にも「政経合体戦略」が必要だ。経済教育を受けた外務官僚は皆無であり、経済界からの外務省への人材流入も皆無である。

3:情報操作

2003年8月から始まった北朝鮮核疑惑に関する六者協議において、2004年2月第2回協議の情報が外務省からメディアへリークする外務省内の騒動があったようだ。外務省にはリークを検証する手段もなかった。本来外務省はプレス対策としてメディアに対して、民主主義の知る権利を使い世論を操作できるようでなければならない。そんな能力は外務省には皆無である。ひたすらうろたえるだけである。

4:エージェント・アプローチ

ブッシュU以来アメリカは北朝鮮とは直接対話はないという方針だったようだが、今回の2007年2月の北朝鮮核凍結合意と金融封鎖緩和交渉を見ていると、米朝2国間協議を重ね、日・韓・ロ抜きで交渉をつめてきた経緯があった。裏では米朝が手を握った形跡がある。知らないのは日本だけ。日朝協議では外務省は伝言役に過ぎないとさえ言われる。拉致問題で拉致家族を取り戻したのは裏の世界とある大物政治家らしい。これをエージェント・アプローチ(密使)という。政府は全くの無能であった。エージェント・アプローチには相手国の意志決定者が誰かを知り、アクセスできる人物を持っていることで交渉は意外な展開を見る。そのような諜報機関が必要である。

5:人的ネットワーク

2004年北朝鮮の拉致問題解決のための制裁関連法律が成立した。「外国為替及び外国貿易法改正」と「特定船舶入港禁止特別措置法」の二法である。制裁発令提案が何処の誰なのか不明にしたままの法律である。これには各省が提案元になることを逃げたことによる。これを消極的権限争いとか縦割り行政の弊害とか言われるが、米国が次に狙っているのが、米国の要請に対する政府の応答を早くするため縦割り行政に楔を打ち込むらしい。縦割り行政を越えた外交を可能とするには、日本に人的ネットワークを創る事が重要になる。米国に例を見れば、軍隊、宗教、エリート大学、経済優位の原則である。政府閣僚と軍隊関係者と財界関係者が殆ど三位一体になった人事がある。閣僚に軍需産業重役が多いことや、軍人が退役後軍需産業へ天下りする例が多い。ヒトが交流しているのでネットワークが直ぐにできる。日本ではこの交流は殆どなく人材の純粋培養になっている。外務官僚に経済感覚がないのはむべなるかなである。外務省にはないないづくしであいた口がふさがらない。期待するほうが無理とういことで、原田氏は外務省を十二年勤めて退官され、自説を実現するためシンクタンク「原田武夫国際戦略研究所」を立ち上げたようだ。


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