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田辺聖子著 「おせいとカモカの昭和愛惜」

 文春新書(2006年10月)


今好評のNHKの朝の連ドラ「芋たこなんきん」の原作者である田辺聖子氏が夫「カモカのおっちゃん」との生活を「おせいとカモカの昭和愛惜」と言う形に著された。「36年間をいっしょに過ごした、その日々のどれほど楽しかったことか」と言う言葉で本書を締めくくられている。大阪人のたくましいユーモアのセンスで、たおやかにきばらずに仲むつまじく人生を二人で送られたようだ。激動の昭和初めから戦後を生き抜いて書いて飲んで語り続けられた二人ーまさに昭和を声高に話すわけでもなく、自分の身の丈にあった経験を語られる。大人の智恵で人生を語る書は警句に満ちた面白い文章である。漫才師島田洋右著「がばいばあちゃん」も抱腹絶倒の話に満ちているが、貧しい中でたおやかに生きられる人のたくましい智恵が感じられて最近感銘を受けた書である。

本書は書下ろしではなく、過去に書いた随筆や散文からピックアップしたものである。私は田辺聖子の本は、「蜻蛉日記をごいっしょに」、「ひねくれ一茶」を読んだ。語り口が柔らかく親切でユーモアに富んでいて面白かった。とにかく田辺聖子の本は読みやすい。そこで本書から順不同に気に入った言葉を抜き出して書いてみる。

*「昭和党」という人がいる。平成に入っているのに昭和何年に換算しないと「歳月の立ち方が分らへんやんけ」と言う人である。
*祖母はこの世にひととき舞い降りて、やがてあとかたもなく消えていった、春の淡雪のような庶民のひとりである。
*御まま粒粗末にしたらお目目つぶれまっせ。
*人間はこうやって取り返しのつかない悔いを重ね重ね、死んでゆくのであろう。
*お江戸の生活には確かに人間の文化があったと思う。心のゆとりや情緒、風趣に満ちていたと思う。戦前の日本にも。
*昭和12年前後こそ、日本の近代文化の爛熟期だった気がする。
*こんな鉄瓶の一つや二つ供出したからゆうて、なんぼの飛行機がつくれまんね。貧乏たらし話や。日本もおちめや。
*戦争の死者はみな、ひとしおにいとおしい。
*子供のときに味わった後悔や苦悩や挫折感などは、おとなになってから人生航路のある種の道しるべになるが、愛された記憶は人を支える。
*現代でいちばん地を払ったのは、人間の気品である。
*男というものは、一匹狼でいるとまともだが、群れると成り下がれる品性におなり遊ばされる。
*その国の文化度は自分の意見を持っていることと生活を楽しんでいるかということに尽きるように思われる。
*棺桶に足をつっこんで「ああ面白かった、どうぞみなさん、あとでごゆるり」という発想は文化なのである。
*色気のある男は話が面白いのである。話が弾むから、酒も進むのである。酒飲みとすれば、最もいい酒の肴は話である。
*達観というのは心中「まあこんなとこやな」とつぶやくことである。
*「そんな教育ちゃうんちゃう?」と思うのは、まず小学生に英語を教える風潮である。生きるための智恵をこそ叩き込んでやるべき。
*漢文や漢詩を学ばなければ日本の古典は咀嚼できない。教養というものはまわりくどいものなのだ。
*老いの幸福とは自足を知ることである。ねばならぬという脅迫観念から解放されるのに七十年もかかった。
*万物はみな、一期一会のなつかしさ、何もかもがこの世での見納めと思えば、時間も濃密に流れ、人生の楽しみの底は深くなる。
*人生の席を起つ時、「ほんならこれで失礼します。みなさんお先に、面白かった、ありがとう」。
*何も言い返されへん人に、ぼろくそ言うたらあかん。
*カモカのおっちゃんの女房への辞世の言葉「かわいそに、ワシはあんたの、見方やで」、かわいそにのほうが人間の感情の中でいちばん大きく重く貴重だ。


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