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童門冬二著「小説 小栗上野介」

 集英社文庫(2006年8月)

日本の近代化を仕掛けた男


著者童門冬二氏は分かりやすい歴史小説家といってよいのだろうか。作品には歴史上の偉人物が多い。「上杉鷹山」、「直江兼続」、「大久保彦左衛門」、「蒲生氏郷」、「二宮金次郎」、「平将門」、「伊藤博文」、「銭屋五兵衛と冒険者たち」そしてこの本「小栗上野介」などである。

この本は評論でも論文でもない。著者は小説といっているが、歴史的事実の解説が多いところは小説ではない。結果が全て分った時点での、歴史上の人物の心理や生活を再構成するほど簡単なことはない。誰も主人公の心理を知らないからだ。そう考えたと言われればそうですかと抵抗の仕様がない。いやそうではないはずといっても根拠はない。時代は幕末で倒れそうな徳川幕府に義理を貫いた能吏の三河武士小栗上野介の一瞬の輝きを描いたものである。この時代を明治維新の観点からつまり倒幕新日本建国の立場から描いた小説は多い。しかしこの小説は旧政権徳川幕府側から描いたものである。旧態依然たる無能で時代錯誤の徳川幕府が滅びようがどうしようが現在の私たちには何の意義もない。時代の流れの文脈のなかで明治維新を捉えておけばそれで歴史問題は十分ではないか。タラレバ式の歴史懐古はいらない。どうしてこんな小説を書いたのだろうか。小栗上野介が能吏で徳川幕府の復権を目指して活躍したといえど、徳川十五題将軍慶喜ー小栗コンビによる徳川を盟主とする新たな中央集権国家の建設ビジョンはたしかに近代化路線のひとつといってもよいだろう。多くの選択肢からあなたならどちらを選ぶといわれれば、そんな旧式な権力維持国家は私は選ばない。幕末の激動を旧体制側から見た歴史物語なんぞ聞きたくもない。結局小栗上野介のやった仕事は何も残っていない。すべて机上のプランか中途半端に終わった仕事ばかりである。それも当然徳川幕府は倒れたのだから。数多くの近代化案を提案したというが、当時の志士たちや幕吏には多くの才人がいた。お互いに刺戟しあって百家総鳴のごとくプランが提案された。日本の近代化プランは小栗上野介から出たというのは大きな間違いである。正確には日本の近代化プランの一つを述べたというべきであろう。その中でも小栗上野介のプランは最悪であった。なぜならプランの動機や目的が徳川家の復権に集約されるからである。

では著者はこの小説で何を言いたかったのだろうか。三河武士の節操であろうか。そんなものを主張しても現代では無意味である。頑固な武士道であろうか。同じ幕末の幕臣でも小栗と同僚の勝海舟や榎本武揚のほうが人間的魅力にまさる。榎本は幕府艦隊を率いて函館で蜂起し新日本建設に燃えて挫折した。勝はその英知で幕府側から幕府を解体した。その勝を幕府はどうすることもなく無策で自壊した。徳川譜代旗本の意気なんてもう精神的にも存在しなかった。ただ威張るだけの地位にすぎなかった。坂本竜馬の「船中七策」のほうがはるかに現実的に実現されたといってよい。すると著者の意図は滅び行く者へのレクイエムとしたかったようだ。


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