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小宮英美著 「痴呆性高齢者ケアー」グループホームで立ち直る人々

 中公新書(1999年10月)



2004年12月に「痴呆症」という言葉は「認知症」に変わった。この本は1999年に出されているので「痴呆」となっているだけで他意はない。以下の文では全て認知症に書き改めた。著者小宮英美氏はNHK報道部、現在解説委員である。厚生労働省の高齢者・認知症問題審議会・研究会の委員を勤められた。医者ではないので本書の内容はドキュメンタリー風に仕上がっている。いわば事例紹介みたいなもので、藁にもすがりたい家族の思いからすればグループホームが全てを解決してくれる天国のようなシステムなどと誤解しそうな内容である。ある識者に言わせればグループホームも金石混交であるそうだ。さて内容を見て行こう。

認知症高齢者は1999年全国で100万人を超えた。日本社会の長寿化がその一番の要因である。誰もがいつかは認知症老人になる可能性のほうが高い。自分だけは呆けないぞと思っていても、人の名前を思い出せないなど既に初期性認知症は始まっていますよ。認知症といえば劇「恍惚の人」に見るような徘徊、便にまみれた生活を想起する。

書評 小澤勲著 「認知症とは何か」 にも書いたが、認知症の医学的概要を纏める。
認知症の経過は、脳血管性認知症の場合は脳梗塞が起きるたびに機能が失われるので段階的に進行するのが特徴である。年齢相応の軽度な認知障害である前駆状態から、日時を何度も尋ねたり財布の場所を忘れ大騒ぎになったりトイレで便を流さないなどの症状がでる。これが初期症状だそうだ。初期は記憶障害に始まり妄想や不安などの精神症状が現れる。人によっては抑うつ状態や、人柄が丸くなったり烈しく怒鳴りつけるなどの変化が現れる。中期には行動障害が前面に出てくる。徘徊、気分変動、興奮、自分のものと他人のものとの区別がつかなくなることは、デイケアーでは日常茶飯事らしい。最後の重度期には何を言っているか分らなくなったり寝たきりで覚醒睡眠のリズムがはっきりしなくなる。

「体験としての中核症状」
身体的不調:偏頭痛、肩こり、筋肉痛、リラックスできない
疲れやすさ:緊張して必死にもがいているようだ、抑うつ状態
身体反応の遅れ:物を持つにも努力が必要、転びやすい、階段の下りが困難
記憶再生の遅れ:身体反応とおなじく記憶再生にも遅れがでる
奥行き知覚の障害:エスカレータに怖くて乗れない、床の距離が分らないので転びやすい
感覚のスクリーニング機能の障害:自分に不要な刺激を棄てることができないので、何でも知覚に入って集中できない
同時進行機能の喪失:2つ以上のことを同時に出来ない、2つ以上の動作からなる一つの行為ができない
全体的把握の困難:全体の情景から何を意味するのか分らない、部分しか頭に入らない
状況の中の自分が把握できない:テレビドラマの筋が追えない、日常生活で何からやるという順序立てが出来ない
応用が利かない:教えられたこと以外に状況を把握できない
分類できない:スプーン、ナイフなど分類して保管することができない
実行機能の障害:日常生活の仕事は自分の手に負えなくなり、計画、順序立てが困難だ
調整機能の障害:日常生活の行動判断選択という微調整が出来ない
人の手を借りることができない:失禁など人に声をかけることに困惑している
自覚できない:自分の認知症が自覚できない
知的な私が崩壊する:この世界は巨大で早くてどうしていいのか怖い、バラバラの自分があるだけ

さて認知症の医学的おさらいをしたのでいよいよ本書の書評に入る。「認知症のお年寄りが混乱する原因はお年寄りが置かれている環境や人間関係にあると考えられ、何故異常な行動に陥るのかをお年寄りの立場から考え混乱の原因を取り除こうとする方向」が本書の言いたいことである。著者が1995年から1997年にかけて取材したグループホームでの取り組みを本書で紹介している。本書の内容は2000年から始まった介護保険制度(母の介護日記8に書いたので省略)の整備によって多少時代に合わない事項もある。たとえば2000年の介護保険法の制定時に患者の体の拘束(ベットに縛り付けるなど)や薬を用いることは原則禁止になった。本書は1997年以前のルポなので認知症高齢者がベットに縛り付けられているような状況を書いているが現在ではそんな光景はありえない。
本書を読んでグループホームでは認知症が治るかのような幻想を抱かせるが、高齢者の精神状態が最高に落ち着いたとしても緩和されるのは周辺状況であって上に書いた脳機能障害による中核症状の改善緩和は期待してはいけない。認知症患者は精神的には波があって、いい時とそうでない時がある。いいときは本当にかわいいお年寄りになるのだが、不安定なときは錯乱して鬼のように凶暴になることもある。グループホームで本当にいい人間関係に包まれているときは確かにいい老人だが、別に認知症が治ったわけではない。認知症の中核症状は着実に進行しているのである。でも高齢者には良い環境で老後を送って欲しいと思うのは家族や関係者の切なる願いである。そのために行政や医者やボランティア、家族がなすべきことは多い。2006年段階で支援、介護サービスの内分けは自宅サービスが250万人、グループホームが10万人、有料老人ケア-ハウスが5万人、施設サービスが合計80万人でさらにその内訳は医療型医療施設が13万人、特別擁護老人ホームが38万人、老人保健施設が29万人である。各種のサービスがいずれ拡大されたり統合されたり整備されてゆくことになると思うが、より良い環境になることを願いたい。


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