書評 061127

関川夏央著 「世界とはいやなものである」 東アジア現代史の旅   

 集英社文庫(2006年10月)


ペシミストが語るコリア旅行記

この本を読んで、実にいやな気が漂っている。関川氏ならずとも朝鮮を初めとする極東の現代史は誰もが楽観的にはなれない。いやな物を見せられた感じだ。関川氏は「ソウルの練習問題」で一躍韓国通ルポライターとしての地位を確立したようだ。今回「東アジア現代史の旅」という副題を持つ旅行記を出された。一応東アジアということで、極東ロシア、中国、台湾、ベトナム、北朝鮮、韓国、そして日本を網羅してはいるが、本当の狙いは「コリア民族のエトスと民族主義」にある。従って極東ロシア、中国、台湾、ベトナムの旅行記は1篇づつでたいした内容もないので省略する。日本とコリアの関係に主眼を置いて本書を紹介したい。

いきなり「金正日の人となりと無責任」ではじまる不愉快さはご容赦いただきたい。この男の不愉快さは 李友情著「金正日の正体」小学館(2006年10月)という漫画にいやというほど分りやすく戯画されているので一瞥を薦めたい。2001年1月北朝鮮の金正日国防委員長は中国江沢民主席と会見した。中国はその影響下に開放経済への道を強く金正日に勧めたという。しかしながら北には実は経済政策の名に値するものは金日成の建国以来存在していなかった。経済計画とは即ち中ソからの援助を貰う計画に過ぎなかった。ソ連邦が崩壊し1990年以来冷戦が終了すると、北への援助は急減し最低限の配給制度も崩壊した。三百万人とも言われる餓死者がでた。この時点で実質北朝鮮は崩壊したといえる。あとに存在しているのは金一族と軍部の専制体制のみである。外交内政を司る政府らしいものは存在せず国という体も消失した。ところが2000年6月韓国の金大中大統領が「太陽政策」という民族融和を唱えて劇的な南北首脳会談が行われ、無責任な態度に終始した金正日を援助する金大中の姿は世界が奇異の目で注目した。韓国は統一は悲願と叫び、民族問題は内政問題であるという態度に終始するならば、北の現状に責任を取らなければならないはずだが、国家原理に反する変な民族主義に犯されている。この間2001年5月デズニーランドを見に来たという金正日の馬鹿息子金正男が不正入国し田中真紀子外相は「速く追い出してしまえ」と命令した。世界に世にも下品な青年の姿と北朝鮮の馬鹿をさらす絶好のチャンスだったにもかかわらず日本外務省の腰抜けがこの機会を失った。そして朝銀は破綻し、朝鮮総連も存在意味を失うに至った。もはや在日コリアは北を援助しなくなったのである。本国との実質的関係を失った在日コリアは日本社会の問題であり、出来る限り日本国籍を取得する方向で対処すべき問題だ。

日本の20世紀は1905年日露戦争の終結で始まり、1990年の冷戦終了とバブル崩壊で終わるとされる。これはけだし明察である。20世紀核保有国を核使用の誘惑から遠ざけたのは日本の実証的体験であった。日本の果たした役割は測り知れない。今日21世紀初頭の2006年に、その日本で核保有の論議が出てくるのは残念といわざるを得ない。。韓国は民族主義と北の問題を糊塗するために「反日」というカードをかざしてくる。
「それにしても世界とはつくづくいやなところである」、「世界につける薬はない」、「進歩への幻想或いは信頼を私はとうに失っている」、「文明そのものへの強い懐疑は癒すすべがない」、「21世紀は気が重い。口の中が苦い」とペシミスト関川氏はぼやくことしきりである。

現代韓国の難解さは朝鮮文化に由来している。大陸と陸続きの半島の朝鮮と島国日本は、巨大な中華文明に押しつぶされるか、適時鎖国をして取捨選択で自国の文明を発展させるかの分かれ目であった。朝鮮は高麗末期中国の朱子学の怒涛の流入によって両班(文班と武班)という知識階級を生み、祭祀という儀式を生んだ。一族の祭祀は煩雑で膨大な労力を要し、「儒学と墳墓に手をつけると政権は三日も持たない」といわれるほど社会の重いくびきで硬直した。朱子学の権力の正当性や家の格を徹底的に重視する態度は朝鮮人の観念論と論争好きに焼きついた。北朝鮮で金日成がこれを破壊した功績は大きいが、南の韓国では温存されいまだに朱子学に縛られている。近代の韓国文化の中にい今も流れるエトス、両班的精神文化が民族主義と結びつくと北が外国にも内国にも変貌する。

又北朝鮮の金一族の話に移る。毛沢東を真似した金日成には残念ながら革命経験の実践が少なくソ連軍の一将校に過ぎなかった。スターリンによって北朝鮮を任された傀儡政権でスタートした。毛沢東主席の現地指導を真似した金日成と金正日は全く経験のない農業工業を破壊し空洞化した。北には市場経済は存在しない。完全な統制経済下での徹底した配給制だから、貨幣そのものには殆ど意味がなく配給切符に換えられた始めて意味を持つのである。配給物資が枯渇すれば貨幣は紙くず以下である。1967年中国で文化大革命という老いたる毛主席の永久革命論が猛威を振るった時、金日成批判が出始めると金日成は主体思想と血液の正当性を第一義とする金政権維持だけが目的の宗教国家へ変貌した。冷戦終了後援助に依存していた北朝鮮経済は急速に悪化し、経済成長率は5-8%マイナスになった。政府は「一日2食運動」を推奨した。経済対外開放による活性化は政権維持に情報遮断と秘密警察恐怖政治をひいている限り両立しない。冷戦の化石とも言われる北朝鮮には経済活動のかけらもなくいまや「核カード」のみである。 核カードで米朝国交回復を目論み、日本から金をせびる外交手法は相手にされないのが外交の常識だ。しかし北朝鮮は韓国にとっては中国に対して厚い国境となり、1970-1980年代の経済成長に専念できたという恩恵をもたらした。北朝鮮史はおもに中国の大衆運動に対する作用と反作用からなりたち、金日成の神格化と宗教国家も中国の文化大革命の落し物である。韓国民族主義は「北は南を攻撃しない」とか「北の核は統一の暁には韓国のものになる」という無責任な態度を生み出している。北朝鮮でも統一戦争(朝鮮戦争)をおこして勝てば南の財産を一時的にもほしいままに出来るし、まけても韓国になって良い生活が出来るというような「負けてもよい戦争」をしようという強い衝動が生まれる危険がある。

2002年9月小泉首相が北朝鮮を訪問し、拉致被害者の救出が出来た。五人生存八人死亡というそのまま信じられない結果ではあったが、建国以来本当のことをいったことがない北朝鮮がはじめてテロを認め謝罪した。金がほしいための謝罪であったとしてもそこまで彼らは追い詰められていることを示し、北朝鮮の民生も経済もモラルもとうに崩壊している。北はこれまで「崩壊カード」と「食糧難民カード」を「核カード」とともによく使って世界に物乞いをしてきた。今回は日本に対して「拉致カード」により物乞いをせざるをなくなったわけである。日本としてはこれらの拉致をテロととらえテロ国家との国交回復などありえないことを思い知らしめなければならない。さらに韓国の同義的責任論も浮上する。金大中元大統領と盧泰愚現大統領は北朝鮮の軍事独裁政権や対外テロ行為の被害者でありながらそれを厳しく追及せず、またきた北朝鮮内での人権侵害や難民流出にも積極的に闘おうともせず口を閉ざしているのはまさに驚くべき醜態である。今将に先進国水準に達した韓国は自分の民族主義うを相対化しなければならず、国内と対日本から出て中国や世界と対峙し共存の道を歩むべきであろう。そのためには北朝鮮に対する正統な評価と正統な態度が必要である。


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