書評 060924

川島隆太+安達忠夫 「脳と音読」
 講談社現代新書(2004年 初版)


子供の言語習得と脳の働き



言語の脳科学については本書評においてすでに、酒井邦嘉著 「言語の脳科学」で概要を紹介した。川島隆太+安達忠夫の 「脳と音読」は言語発達と脳科学の中で特に音読に関する脳科学知見といってもいい。安達忠夫氏は埼玉大学教授の文学者で寺子屋式幼児教育で音読効果の実践に当たられている。本書は安達氏の実践的言語幼児教育における音読効果を、脳科学者川島隆太氏の協力を得て深めようとするものである。川島隆太氏は東北大教授の医学者である。川島氏は安達氏の疑問に答える形で議論を進め、教育心理学・認知心理学の研究者とチームを組むことを条件に、学習と脳の関係、子供の脳の発展と学習の関係の研究を始められた。教育は脳科学に対して何を望むのかを安達氏から疑問・提案の形で出し、川島氏は脳科学から今何が分っていて何が出来るのかを答えるという形で本書は構成されています。
現在は脳科学が一つの流行になって、脳に関する俗説も多く生まれている。右脳と左脳の関係はその際たるものです。現在の脳科学では左右の脳の機能差はありそうだが認められるものではないというのが結論だ。よく言われる「右脳は想像力」、「漢字は左脳、ひらがなは右脳」、「論理的思考は左脳、音楽など芸術は右脳」などという根拠の無い誤まった知識が、血液型性格判断のように蔓延っています。
著名な文学作品について声を出して読めとよく言われます。私が実践したのは「平家物語」、「徒然草」、「学問の進め」・「文明論の概略」など福沢諭吉の著書でした。まず文学作品そのものが名文で明快な概念を持っていなければ声を出して読む気もしません。また私の年少時の勉強法は、目で見て声をだして手で書いて覚える式でした。つまり五感を総動員して学習したわけです。確かに音読はよく理解する上で抜群の効果はあることは認めるが、漢文の素読のように意味が分らないままに読んでどのような効果があるのかは私には理解できない。「習わぬ小僧経を覚える」も私には脳発達に効果があるかどうか疑問です。音楽的効果なら認めますが。ということで私には安達氏の言うような音読万歳という風には考えられない。本を読むとき乱読と精読があるといわれます。乱読は当然黙読ですが、精読でも黙読(声に変えているところはありますが)が主になります。音読するのは名文に限ります。音読はエネルギーを消費し疲れやすいので長くは続かないのです。本書の主眼は教育における音読効果ですので、自分の意見はおいて、次の二つの課題について本書を見て行きたい。

音読効果とは何か。子供は言葉をどう学ぶか

安藤氏は歴史から見て何千年何万年ものあいだ人類は口伝によって文化や伝承を伝えてきた。最近音読の習慣がすたれて黙読が主流になったと言われる。これは言語の歴史を言っておられるので、初め発声言語のみであったが文字の発明によりより効率的に文字言語に推移したということである。機能的に対面コミュニケーションでは当然発声言語で会話し、伝達すべき内容が高度複雑になれば文字言語が発明されたという機能上の進化ということも出来る。川島隆太氏は音読は脳の全身運動ということを言われる。脳の活動は脳血流によって支えられる。脳血流が大きいということが脳の活性化になる論理で、機能的核磁気共鳴撮像法(f-MRI)で血流量を計る手法を用いる。また最近は赤外線トポグラフィーで脳の酸素消費量の増減を見るという手法も採用されている。これらの手法を用いて音読をした場合の脳活動量を測定することで、はたして音読の効果(とくに幼児少年の言語教育と脳の活性化)を見ようとするものだ。

環境に対応し生きてゆくには親や周りのまねをして集中的に学習する期間があります。これを「刷り込み」(1973年ノーベル賞受賞ローレンツ博士による)といいます。子供の脳はまず聞くことから始まります。したがって3歳までは言語獲得の重要な時期ですので親から子へのコミュニケーションがきわめて重要だ。音声言語(聞く話す)の獲得のあとに、文字言語(読む書く)の獲得が起こる。歴史的な人類の言語獲得も同じでした。そして音声言語と文字言語は脳の中では異なったネットワークで取り扱われることが分ってきました。言語を聞くときは脳の側頭葉のやや前の部分が働きます。文字を朗読する時は脳の側頭葉と、見る機能を司る後頭葉、話の内容を判断する前頭前野も働きます。話をしっかり聞こうとするときには前頭前野の働きが活発で、テレビを見ているだけではこの前頭前野の血流は減少します。

子供の言語習得過程と脳の発達

言語獲得の理論として有名なチョムスキーの言語生得説(生まれながら人のみが文法機能をもっている)がありますが、文法獲得には明らかに臨界期が存在するようだ。これを脳の発育と照らし合わせると次のようなことが言える。
@前頭前野の神経細胞は生後3歳の間に急成長する。
A3歳から10歳までは前頭前野の神経細胞の発育は緩やかである。
B思春期に入る10歳ごろから前頭前野の神経細胞は再び急激に成長し、20歳ごろまで続く。
すなわち3歳ごろまでの乳幼児時期は親子環境でのコミュニケーションで子供は言葉を学んでゆく。3歳から10歳ごろまでは大きな変化は無いが、繰り返し学習により読み書きを学習する。10歳ごろから脳の発展期に入り論理的思考などが出来るようになり急成長する。
音声言語と文字言語を読むときの脳の働きが異なるネットワークだということを先に述べた。音といての言葉は耳から入って側頭葉の聴覚野に入力されます。聴覚情報は側頭葉の後ろにあるウエルニッケ野にいたり意味が理解される。言葉を話すときは前頭葉の補足運動野、筋肉を支配する運動野、前頭前野ブローカ野が働く。一方文字を読むときは目から入った情報は後頭葉視覚野から側頭葉に送られ意味が理解される。文字を書くときは補足運動野や手足運動野や感覚野が働く。したがって音読するということは後頭葉視覚野から側頭葉、前頭葉の補足運動野、筋肉を支配する運動野、前頭前野ブローカ野が働くことになり、かなり総合的な活動であることが分る。ただ音読において気持ちよく読んでいるときだけのときは、歌を歌っているときと同じでリラックスしてかえって血流は減少するという皮肉な結果であった。したがって意味をしっかり理解する心がけで読むことが重要ではなかろうか。門前の小僧習わずして経を読む式では前頭前野は働いていない。リズムを楽しみ、音楽を聴いたりしているのと同じであった。しっかり頭の前を使いましょうということが結論です。


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