書評 060822

有田秀穂著 「セロトニン欠乏脳」
 NHK生活人新書(2003年 初版)


キレル脳、鬱の脳を鍛えなおす。
セロトニン神経は規則正しい生活とリズム運動で維持される


 近年キレル子供、引きこもりおたく、ゲーム脳の子供、そして大人の鬱病、パニック症候群、摂食障害などの病気らしい症候が社会問題にもなっている。これらは全て現代の生活習慣の変化がもたらしたもので現代病と称される。たとえば昼夜の逆転した生活は有閑階級を生み出した現代社会の特徴でもある。またさまざまなメディア(テレビ、ゲーム、ビデオ、パソコンなど)のバーチャル世界が出現したために人との接触をさける自閉症状など、まさに現代社会が生み出したものである。昔皆が貧乏だったころ汗水流して働いていた時にはこんな情況は起きるべくもなかった。若い者も遊んでいられる余裕はなかった。働かなくても生きられる現代社会は脳にどのような影響を与えたのか。これらの生活習慣の変化がセロトニン神経を弱らせた。セロトニン神経は心と体の元気を演出するものであり、精神的には平常心を形成するものです。

 有田秀穂氏は東邦大学医学部生理学教授で、もとは呼吸器内科の医局にいたお医者さんでしたが、米国留学中に基礎医学に転身し「呼吸ニューロン」を記録した。よく話題になる「睡眠時無呼吸症候群」にセロトニン神経が絡んでいることを発見した。乳幼児突然死症候群などもセロトニン細胞の異常であることが分かった。そして「座禅のセロトニン仮説」なるものを提唱し、その検証作業からセロトニン神経強化法として呼吸法だけでなく、自転車こぎ、咀嚼運動、ジョギングなどのリズム運動であれば毎日継続することでセロトニン神経を鍛えられることを確信するに至った。大学での研究治療活動以外にも3ヶ月講習(有料)を開催してリズム運動の普及にあたっておられる。本ホームページの書評コーナーでも玄侑宗久・有田秀穂対談 「脳と禅」を取り上げた。脳神経の構造と機能についてはそちらに詳述したので参照ください。本書 「セロトニン欠乏症」の前半の脳神経学的成果はそちらのほうが詳しいが、簡単に以下に復習する。

脳神経科学の最前線:セロトニン神経の役割

 セロトニン神経とは起きている時、覚醒しているときに活動していて、呼吸や運動によって活動レベルが上り大脳皮質の働きを抑制したり痛みを抑えたり姿勢をよくしたりする機能がある。つまりセロトニン神経は呼吸・咀嚼・歩行という基本的な運動に密接に関連している。セロトニン神経の細胞は脳幹にあって大脳皮質(言語・思考・意識をコントロール)、大脳辺縁系(情動をコントロール)、視床下部(本能を支配する)、海馬(記憶の呼び出し)、脳幹・脊髄などほぼ全部の脳神経に軸索(神経情報伝達のケーブル)を使って情報を送る機能がある。神経情報を伝達するのにはシナップスという神経細胞結合部において神経伝達物質を必要とする。人間には4つの重要な伝達物質がある。セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン、アセチルコリンである。そこで4つの神経伝達物質の働きと生産細胞、伝達系をまとめる。
(1)セロトニン:脳幹にある縫線核で生産され、セロトニン神経は上に述べたほぼ全部の脳神経に情報を送り、交感神経優位の平常心(緊張・不安を取り除く)を保つ重要な役割がある。特に何をするというわけではなく過剰・異常な神経活動を抑制することである。しかしながらセロトニン活動が過剰になると夢状態の幻覚を引き起こす。LSDという幻覚剤と同じ作用である。
(2)ノルアドレナリン:脳幹にある青斑核で生産され、ノルアドレナリン神経は大脳皮質(言語・思考・意識をコントロール)、大脳辺縁系(好き嫌い快不快という情動をコントロール)、視床下部(本能を支配する)、小脳(自律的生命活動全てを支配する)に影響する。体外ストレス(危機的情報を知覚系から)・体内ストレス(窒息情況・体温低下・血圧低下など体内の危機的情報)を感知して、覚醒レベルを急速に上げたり自律神経機能にストレスを与える。覚醒、集中、不安、パニック、ストレス反応を引き起こすのである。パニック症候群はノルアドレナリン神経の過剰な働きによるものである。この過剰なパニック反応に抑制をかけるのがセロトニン神経である。
(3)ドーパミン:大脳辺縁系の腹側被蓋野で生産され、ドーパミン神経は近くの扁桃体、前頭前野に働きかけて、快感の情動回路をオンにする。報酬系ともいわれ、繰り返し行動つまりやみつきになる。誉める学習はこれを利用したものである。これが過ぎると薬物依存、アルコール依存症を引き起こす。これに抑制をかけるのがセロトニン神経である
(4)アセチルコリン:大脳辺縁系の前脳基底部で生産され、アセチルコリン神経は大脳皮質全体をコントロールする。つまり言語活動や意識をハイレベルにする働きである。この前脳基底部に障害を受けると痴呆、アルツハイマーになる。この前脳基底部に抑制をかけるのがセロトニン神経である。

セロトニン神経を鍛えるコツ

鬱病はセロトニン神経が弱って神経伝達物質のセロトニン分泌が少ないためにおこる気分障害で、パニック症候群はセロトニン分泌は正常だが脳の疲労によって乳酸がたまりセロトニン再取り込みを促進するために、ストレスに過敏に反応するノルアドレナリン神経が発火して不安、パニックを引き起こす症状である。スランプも疲労が原因で起きる障害です。これらの障害には対症法的にはセロトニンの再取り込みを抑えてシナップス近辺のセロトニン濃度を上げるが効果的である。SSRI( 選択的セロトニン再結合阻害剤:ルボックスが代表的)の服用で危機は脱せられる。しかしながらSSRI服用だけでは数ヶ月単位で障害が繰り返す。かなり長期間の治療を要する厄介な病気である。SSRI服用にだけ頼っていても、もともとの生活習慣が改善されなければ完治というわけには行かない。セロトニン受容体の数を減らすことが一つの方法になる。受容体発現遺伝子の数を減らすのは時間がかかる。約3ヶ月かかるといわれる。それを促すのがリズム運動である。

セロトニン神経を活性化する方法として呼吸法が有効なものには間違いはないが、それだけでなくウォーキング、ジョギング、野外サイクリング、ガムを噛むなどのリズム運動が心身を元気にしてくれます。さらに太陽光もセロトニン神経を活性化する因子です。早起きして戸外で散歩などが効果的です。夏目漱石がロンドン留学で神経に異常をきたしたのもセロトニン神経の弱体化によるものらしい。日差しの弱い時期の起きる冬季鬱病も太陽光不足によるものです。

普通の呼吸は横隔膜により吸う呼吸であるが、ここでいう呼吸法は腹筋収縮により吐く呼吸法(微腹圧呼吸)がポイントである。普通は5秒くらいにの周期で呼吸するが、「呼吸法」では10-15秒くらいの周期で吐くほうに重点を置いて腹筋を意識してゆっくりやる。目をつぶらないで20-30分呼吸法をおこなえば爽快な脳波「早いアルファー波」がでる。呼吸法にだけ意識を集中することが大切で、言語脳は休止させるところが禅の座禅に通じるところがある。意識をリズム運動に集中することでセロトニン神経が活性化すると言う意味では夢中になって自転車をこぐことも効果的である(現代人は運動不足なので、汗を流す意味からもこのサイクリングを薦めたい)。座禅では運動は出来ないので、イメージを描くことで言語脳を停止して呼吸に専念する。呼気側に呼吸を変えることで心の状態もかわるというのがこの「呼吸法」の主張である。

セロトニン神経を活性化する因子として、セロトニン合成を多くするための食事法もあります。セロトニンは必須アミノ酸である(体内で合成できないアミノ酸で食事から摂取するしかない)トリプトファンを原料として合成されます。トリプトファンを多く含む食物としてバナナ。豆製品(豆腐、納豆)、チーズなど乳製品があります。そして体内に吸収されやすくするためには食事内容を炭水化物中心に変える必要があります。蛋白を少なくして野菜と炭水化物を取るということはダイエットにも繋がります。

最後にセロトニン神経を鍛える十カ条を纏めておきます。
1)リズム運動(座禅など腹筋呼吸法、ジョギング、サイクリング、水泳、ウォーキングなど)を無理なく継続すること。
2)リズム運動の継続時間は15−30分が適切です。
3)リズム運動を意識的に一生懸命やること
4)リズム運動で爽快感が得られたかどうか確認。体を動かせば気分が爽快になるのが普通です。
5)疲労物質が蓄積しない程度でやめること。30分以内がめど
6)セロトニン神経の自己受容体の数が減るまでに3ヶ月かかる。効果が出るのは3ヵ月後です。
7)朝の寝起きや意欲の向上、姿勢などに関心を持つこと     
8)良くなったと思っても3年は継続、つまり生涯の生活習慣化すること
9)太陽を浴びながらのジョギングは2倍の効果がある    
10)食事内容を炭水化物中心にして、バナナ、納豆など豆製品、チーズなど乳製品を摂ろう。


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