書評  060727

小森陽一著 「心脳コントロール社会」
 ちくま新書(2006年7月 初版)


快・不快の思考停止によるマインドコントロールから逃れるには常になぜ?を連発しよう


小森陽一氏は東大総合文化研究所教授で文芸評論家を自称されている。氏は心脳マーケッティング理論に基づくマインドマネジメントが各自が構築してきた社会的規順としての倫理・道徳・宗教観を眠らせ、意識外の好・悪(快・不快)感情に組み替えて人間の「良心の自由」を冒涜する最も許し難い犯罪であると糾弾される。言葉に携わる氏の職業柄義憤から筆を取ったと言明されている。今流行の脳科学の言葉で、昔から行われてきた戦争準備の世論操作やマインドコントロール、例としてブッシュ政権の戦争戦略、小泉劇場の欺瞞を解明してゆかれる。勿論この本は脳科学の解説書ではなく、人間の脳の辺縁部にある感情を支配する動物的脳機能によって大脳皮質前頭前野部の高度な意識活動(理性)が眠らされるという生理機能に言及しているだけである。大まかには社会心理学の本と言っていい。古くはファッシズムの宣伝活動や戦争準備の世論誘導、近くはメデイアによる政治的世論誘導、選挙戦略、そして直近のブッシュ政権のアフガン侵攻、イラク戦争、北朝鮮危機にみられるメデイア戦略といった支配者階級の国民支配に利用されてきた言論統制や愚民化政策に共通した手法である。結局災難に遭うのは国民であるから、これらのマインドコントロールから逃れ賢明になるためのリテラシーを身につけなければならない。最後にウソ・欺瞞を見抜く訓練を氏は提唱される。

脳科学の進展については、私のホームページの書評欄で何度も取り上げてきたので参照してください。主に養老孟司氏、茂木健一郎氏他の著作を紹介してきた。2005年以降には少し乗りすぎと思われる「脳を鍛える」よいうような浅薄な動きも見られる。脳科学はいまだ発展途上の学問で、医学的大脳生理学や文系の心理学の境界領域の学問である。言語論、行動社会学、進化論的心理学の貢献も大きい。

「心脳マーケッティング」は2003年ハーバード大学名誉教授のザルトマンが提唱したマーケッティング手法のことです。心ー脳ー体ー社会の相互作用の中で消費者行動を操作することが基本です。そこでは色々な騙しのテクニックが用いられます。無意識のメタファーといったイメージ操作、過去に形成された社会的記憶操作による三段階の誘導、伝統的社会の精神的経験を利用するアーキタイプなどのテクニックです。人が生まれてから生育してゆく過程で「自分の周りで生起する出来事に対してなぜと言う問いを発し、原因と結果の因果性を論理的に認識する作業は、言葉を操る人間が根源的な不安としての不快を向き合い克服してゆく実践課程である」と、氏は人間の感情を言語で整理し意識で克服する道を人間らしい道程として位置づけられる。氏にはマインドマネージメントがその人間の属性を踏みにじる許しがたい人間への冒涜と映るのでしょう。ナチスの宣伝戦略やブッシュ政権の戦勝戦略や小泉劇場の選挙戦略については具体的なので解説を必要とはしません。私のブログ「北朝鮮報道はおかしいと思いませんか?」にも書いておきましたので、あわせてご覧ください。

氏は最後の章でこの心脳コントロールから逃れるすべを纏めておられる。それはポンソンビー氏がいう「戦争プロパガンダ10の法則」の逆を行くことです。特徴的な二三の事項を列記します。

  1. 快か不快で判断しない
  2. 敵か味方で判断しない
  3. 歴史的に認識すること
  4. 何故?ということを絶えず考えること。因果論的な認識を
  5. メディア報道には断片化された情報を繋ぐ情報再生産者になろうと努力すること
最後の情報再生産者については、私はブログ「ごまめの歯軋り」で努力しております。


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