書評  060407

伏木亮 著 「人間は脳で食べている」

 ちくま新書(2005年12月初版)
 
人は今五感を忘れ、飽くなき脳の快感追求に陥っている。

伏木亮氏は京都大学農学研究科教授で、専攻は食品・栄養学であるが、日本香辛料研究会会長というちょっと変わった趣味をお持ちである。本書は脳科学の関係書物の一つとして取り上げた。読んでみると、動物の基本的生存機能に関係する古い脳の話かと思ったら、内容はとんでもなく大脳新新皮質におよぶ高度な脳機能の話であった。やはり人間は他の動物と違って食機能でも高度な機能を有しているようだ。動物には飽食を抑制する機能はない。飽食できる情況ではないからだ。人間のみ(先進国の人間のみ)が必要な食物摂取を超えた飽食の時代に入った。

4つのおいしさ

動物が口の中に食物を入れるには覚悟がいる。毒物でないかどうか、激性でないかどうか、腐っていないかどうかなど鼻と舌と目を使って全神経を集中させないと死ぬことに繋がるからだ。ところが人間には経験の伝達と食文化の蓄積という情報の力でこんなことに神経を使う必要はなくなった。食の安全情報、産地、グルメ知識などなど情報過多にある。こういう情報がないとおいしさを味わうことが出来ない。従って情報はおいしさの前提条件である。著者はおいしさを大きく4つに分類されている。
(1)生理的な欲求に合致するものはおいしい。・・のどの渇き、空腹、暑い寒い、労働量などなど
(2)生まれ育った国や地域あるいは民族などの食文化に合致するものはおいしい。・・各民族、地域の料理、酒
(3)脳の報酬系(快感神経系)を強く刺戟してやみつきになる。・・油,甘み、うま味などが快感を発生する前頭前脳束を刺戟する
(4)情報がおいしさをリードする。・・安全、美味、価格、産地情報は人間の場合おいしさの大きなウエイトを占める

現代人の舌の能力はぼけているといってもいいほど、自分でおいしいと判別する能力が失われつつある。これは味わうより先に習うことが優先している方である。地域食文化や食通の意見、テレビ・グルメ雑誌の影響。そしてホアグラ、トリフなどのフランス料理、上海ガニやフカひれなどの中華料理、京懐石、ふぐなべ、関さば、トロなどの日本料理など、ブランドの伝統と定評に支配されすぎている。

おいしさの生理メカニズム

おいしさの伝達と判断、快感追及メカニズムを説明する脳機能については、素人にはなじみのない脳分野名が現れる。これを図示することは本ホームページの責任ではないので省略する。しかし好学の士にはやさしい脳機能の図解書として、「知りたい脳」文藝春秋編(文春文庫ビジュアル版 1994年9月)を推薦する。ここに述べる脳の機能分野名や位置関係が分かりやすく図解されている。

おいしさに関わる脳の情報処理のメカニズムはまだ分からないことが多い。人が食物を口にしてかみ始め呑み込む時には、舌や口のなか、喉、内臓からの情報は脳の入り口に当たる延髄弧束核に伝えられる。延髄弧束核に整列した信号は脳の第1次味覚野に順次送られて味覚が統合される。再構成された味情報は価値を判断する扁桃体に送られる。扁桃体はおいしいまづいを判断するところである。個人の食体験のデータは近くの海馬周辺に蓄えられる。扁桃体はおいしいの程度に応じて信号の強さを変え側座核へ送る。側座核は食行動に直接関わる視床下部に信号を送る。おいしさの快感発生の仕組みを報酬系と呼ぶ。これは眼窩前頭前野でおいしさを学習しやみつき感は腹側被蓋野のドーパミン神経を刺激する。このような食に関する情報は脳に記憶され解釈や統合をおこなう情報処理機能(連合野)が大脳新新皮質といわれる。このくらいが現在分かっている食活動分野かもしれないが、急速に進む脳機能解析の結果はつぎつぎに記述を更新することだろう。


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