書評  060107

酒井邦嘉著 「言語の脳科学」

 中公新書(2002年7月初版)
 
言語学と脳科学の最前線・ヒトの脳にはチョムスキーの「言語獲得装置」がある。
方法論と必要なテクニカルタームは全て揃った。しかし科学的な解明はできていない。


「言語は,人間にのみ備わった能力である」ということは多くの識者が指摘するところである。本書で著者は「言語が科学の対象であることを明らかにしたい。言語に規則があるのは、人間が規則的に言語を作ったためではなく,言語が自然法則に従っているためであると考える。チョムスキは50年以上も前から人間い特有な言語能力は、脳の生得的な性質に由来すると主張している。言語能力は一般化された学習のメカニズムでは説明できないようなユニークな特徴を持っており、その秘密は人間の脳にある。」と主張している。言わんとするところは幼児が言語を獲得するのは母親からの学習だけでは説明つかない。なぜなら母親は文法などは教えていないにもかかわらず、幼児は立派に文脈を理解して話を構成する。つまり文法はヒトの脳のメカニズムから生まれるもので、教わるものではない。それを科学的に解明することが言語科学の今後の使命である。

それには言語学的なシステムの理解と、脳科学的に脳の連合野の働きのを解析することである。幸い20年前より脳機能イメージング装置(陽電子断層撮影法PET、機能的磁気共鳴映像法fMRI、光トポグラフィーOT)が相次いで開発され、反応と脳位置の関係が詳細に見ることが出来るようになった。そして猫も杓子も巨額な装置を欲しがり、子供におもちゃを与えた時のようにやたら写真を撮りまくっているのが現状である。テクノロジーの発達のおかげで分析化学は理化学装置メーカーの前に消滅したように、私は脳科学も理化学装置メーカーの前に消滅するのではないかと余計な心配をする。なぜなら言語学的成果があまりにも貧弱で、学者の立てる仮説に天才的ひらめきがない。著者が金科玉条的に崇拝するチョムスキー理論を科学的に実証するには、言語学的現状があまりにもお粗末ではないということが私が本書を読んでの概括的な印象である。最初から批判めいたことを書いて恐縮であるが、結論を先に書かないと少し読んだだけでは仮説の解明段階と難解性が理解できないかと怖れるからである。しかしながら本書には多くの方法論の概括とテクニカルタームだけは豊富に紹介されているから、これであなたも脳科学者になれる。冗談はここまで。本書の詳細は本を買って読んでください。網羅的研究現状の紹介なんぞ面白くもないので紹介文を紹介する気になれない。

著者の簡単な略歴を紹介する。学部で物理を専攻し、大学院では生物学(神経発生)と生理学の研究をおこなった。ボストンのMITでチョムスキーに師事して核磁気共鳴映像法を使って言語学を研究したそうである。著者はチョムスキーを言語学におけるガリレオ並の知の巨人だと崇拝されている。茂木健一郎氏のように理学系と文学系を渡り歩いた知的放浪者のようだ。このような人が境界領域の研究に必要な人材なのかもしれない。


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