書評  051229

茂木健一郎著 「脳の中の人生」

 中公新書ラクレ(2005年12月初版)
 
人の脳の働き・・・記憶、感情、能力、自我とコミュニケーション、創造力・・・
人生何があるかわからない・・・・世界に向かって開放系であろう


茂木健一郎氏の著書「意識とは何か」、「脳整理法」において、「私」とクオリアを生成する脳の働きと「私の人生の遇有性」について学んだ。本書では「記憶、感情、能力、自我とコミュニケーション、創造力」について氏の見解と脳科学の進歩を聴く機会を持とう。

脳科学はハウツー本を書けるほどお手軽でない。しかし難しく表現して人を遠ざけるよりはむしろ、「日常の生活の中で誰もが関心を持つこと、人間であれば興味を持ち、心を惹かれるテーマについて、脳科学の方から歩み寄って考えてみたい」という氏の狙いはいわば「臨床脳科学」ともいえる。「脳の中の人生が尤もくっきり立ち上がるのは、脳科学の具体的な知見から離れることときではないか」というように、多少脳科学の本論から離れて人生問題に寄り添って考えてみようということである。それは尤もな話であり異論はない。しかし本書は「メデイアのようないい加減な分かりやすい話」ではない。きちんと脳科学の知見に基づいている。くどいけれど、本書は人生指針書ではないことはご理解いただきたい。

「物質である脳に、いかにして心が宿るか」という問いに科学はまだ答えられない。一方「自分自身の人生をいかにイキイキと生きるか」ということは私にとって最大の問題である。人生を真正面から考えるには、脳というシステムがいかに人生の全体を引き受けているかということに思いを寄せなければならない。具体的な人生体験に寄り添って脳科学を考えてゆこうというのが茂木氏のお考えである。

脳科学の方法論として、最近有力な武器が生まれた。それは脳を開かずに脳活動の活性部位が分かる機能性磁気共鳴影像法(fMRI)や陽電子放射断層撮影法(PET)である。これによって脳領域の活性部位や関連性が明らかにされる。いわゆる人体実験が可能になる。それ以外には伝統的な心理テストによっていろいろな仮説が立てられる。しかしながら本書でも記述が脳部位と機能の関連付けに基づいているのか、心理仮説によるのかいちいち明確に断っていない。其処は専門書か論文を読むしかない。

T 記憶は情報を編集する

記憶を支える脳の働きは、外側前頭葉が記憶する条件をコントロールし、海馬を介して記憶が大脳側頭葉に蓄えられることが明らかにされた。また良いイメージを増幅する報酬系を司る大脳辺縁系の扁桃核にあり、情動系と呼ばれる脳の感情システムに関係する。扁桃核は海馬の近くに存在するので、記憶への感情システムの影響も指摘される。脳の情動系を動員して脳への入力を整理し記憶するという編集作用がある。それによって記憶はイキイキとしたものになり、創造性の源泉になるのである。

U 脳の感情システムが記憶、創造を支える

感情は私たちの人生を豊かにしてくれる。人生は不確実(遇有性)ではあるが、それに立ち向かう気力はこの感情の力である。大脳辺縁系感情システムに関連し、記憶・直感といったひとの知性を支えている。直感はじつは腸神経細胞が中脳の情動系を経て働くものらしい。高次脳機能を支配する大脳皮質に対して、感情システムには古い皮質(大脳辺縁系)の寄与が大きい。記憶への感情システムの影響についてはTに書いたとおりである。創造は記憶を呼び起こす作用に似ている。時間をかけて記憶を呼び出す時、記憶情報に関連付け、修飾、変更が加わって創造的発見につながるのではないかという仮説も立てられた。(遺伝子情報の誤転写、誤記などが遺伝子進化につながるような関係?)

V メタ認知システム@シンボル化、易しい判断、創造などの能力

人の能力にはいろいろあるが、前頭前野部のメタ認知システムと大脳辺縁部の感情システムの二つの関与がある。感情システムは難しい判断(悩んだ末に下す)、美しい利他行為、安全性と冒険のバランスに関与する。高次脳機能である前頭前野部のメタ認知システムはシンボル化(抽象化/概念化)、易しい判断(計算)、自省、意識的選択をおこなうセレンディピティ(脳整理法に解説した)、記憶の呼び出しと関連した創造性、ルール作りなどに関与する。
前頭前野部のメタ認知システムというのは、自我を構成し自分を含む対象を外から冷静に把握することが出来る能力である。

W メタ認知システムAコミュニケーション、自我意識

人は他人との関係の中でしか生きられない。言語を介したコミュニケーションには前葉頭にある運動性言語野(ブローカ野)のミラーニューロン(「意識とはなにか」で紹介した)が関係するという脳科学上の大発見があった。メタ認知システムは意識的にチャンスを捉えるセレンディピティや記憶呼び出しを指令する前葉頭の働きは創造性にも貢献するようだ。

X メタ認知システムB創造性

定型的仕事をこなすサラリーマンに変わって、現在のビジネス界で最も求められる能力はコミュニケーション力と創造性であるといわれる。前頭前野部のメタ認知システムは記憶の呼び出しシグナルを海馬にだすことで、創造性プロセスの重要な担い手だそうだ。自分の経験から言うと、詩作でうんうんと気張って言葉を探し出すプロセスを経て創作が出来るようなことかもしれない。

Y 開放系の脳

人生何が起きるか分からない。(遇有性)そのためにも脳は入り口をいっぱいに開いた開放系でなければ生きられない。頭が途方にくれるような体験をしたい。そんな人生でありたい。私たちの人生が脳にあることは間違いないが、脳の容量をはるかに超えるのが私たちの人生である。


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