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重村智計著 「朝鮮半島核外交ー北朝鮮の戦術と経済力

 講談社現代新書(2006年12月)

半島国家は周りの大国を巻き込み対立を利用する。北朝鮮に暴発できる経済力はない。

テレビで北朝鮮が話題になる時コメンティターとしておなじみの顔が重村智計氏である。氏はシェル石油勤務を経て毎日新聞社入社、1979年から1985年までソウル特派員、1989年より1994年までワシントン特派員であった。この間高麗大学、スタンフォード大学に留学した。毎日新聞社論説委員を経て、拓殖大学教授から現在は早稲田大学国際教養学部教授である。シェル石油勤務の経験を生かして北朝鮮の石油事情に注目し、北の戦争継続能力を二週間と断定したくだりは注目される。本書は国際政治経済を軍事や政治の要素のみで判断したら間違えるということである。戦争はクラウゼヴィッツの「戦争論」に述べられるように「兵站補給能力」で決まるのである。国家総動員戦争であれば、当事国の経済力、石油資源量、資金調達力、鉄鋼生産力、兵器産業の技術と生産能力、人口などが重要な要素となる。勿論兵隊の士気と訓練度も重要であるが「鬼畜米英、うちてしやまん」の特攻精神だけでは戦争に勝てないことは日本の太平洋戦争敗戦で日本人は十二分に経験した。日本は日中戦争・東南アジア進出で兵站補給が不十分で闘わざるを得なかったから敗北したのである。日本にとって海外派兵は地政学的に致命傷である。経済力からみた北朝鮮の実力と半島国家としての外交戦術が、いまの朝鮮半島の「核」危機を招いているのである。このような事情を本書が解き明かしてくれる。いままでの北朝鮮に関する本は右翼的な「北朝鮮は直ぐ崩壊する」という軍事楽観論か、ミサイル・核の脅威論から平和外交で妥協をするという二分極になっていた。本書は少し冷静になって北朝鮮を見てみようという趣旨の注目に値する本である。

著者は本書の結論を「北朝鮮は何故核実験をしたのか。目的は体制維持のためである。また北朝鮮には、暴発できる軍事力はない。経済力は破綻して久しい。核実験はの原因は崩壊への恐怖と指導部の判断ミスである。今後北朝鮮が核弾頭を保有する可能性は高い。その行方は米国や中国韓国が北朝鮮を崩壊させるかどうかにかかっている。覚悟がなければ核はアジアで拡散する。」というものだ。左右の北朝鮮論壇のなかで正論を謳う著者にしては、北朝鮮を崩壊させよというのは過激ではないか。批評はあと回しにして著者の論点を見て行きたい。戦争の原因は常に「過度の恐怖」と「指導部の判断ミス」から起きるという歴史の教訓を背景にして、北朝鮮情勢を分析するのが本書の目的である。北朝鮮の核開発を放置した最大の責任は中国と韓国、ロシアにあると著者は言う。2002年小泉首相の平壌宣言でも核開発放棄を迫らなかった。韓国のノムヒョン大統領は北の核実験にもかかわらず「太陽政策」という北朝鮮支援を続行している。ノムヒョンは反日に民族主義を高揚し、北に対しては無節操な朝貢外交に徹してきた。戦後の冷戦体制は北朝鮮の「朝鮮戦争」という挑発によって決定的になった。それによって中国とロシアから援助経済の利益に浴した。巧みな半島外交であった。現在の北朝鮮は11990年初頭の冷戦構造の終焉によってロシア、中国の援助の殆どを失い、経済インフラ整備を怠ったため国民生活と経済は破綻した。いまや「先軍政治」という軍事独裁国家で金王朝体制を維持し、「核瀬戸際外交」で援助を獲得するといういわば「ならず者こじき国家」である。2006年10月9日第一回地下核実験を行った。国際的には失敗した実験という見方であるが、その後北朝鮮は第二回、第三回と矢継ぎ早の核実験をして技術の完成に努めるべきはずが、10月31日に突然「6カ国協議への無条件復帰」に合意した。まさに瀬戸際外交である。まだ使い物にならない核を振りかざして次の援助外交を開始したのである。北は「米国の金融制裁解除」を要求した。その前に6カ国会議への復帰条件が「米国の金融制裁解除」であったはずだが、核実験を行って揺さぶりをかけ6カ国協議の中で「米国の金融制裁解除」を要求するという外交的には一歩後退したものだ。それほど金融制裁や経済制裁がボデーブローのように北を追い詰めていたのである。金融制裁による資金不足と食糧危機が国家滅亡の危機に瀕していたというべきであろう。2006年7月の大洪水による被害も拍車をかけた。そこで怪しげな核実験をやらざるを得ない状況に追い込まれた。北朝鮮の当面の狙いは韓国からの食糧支援再開であった。問題解決の道は「核放棄」か「金体制崩壊」かの二者択一に追い込む外交が必要である。2007年からは始まった米朝折衝と6カ国協議において、北朝鮮は「核施設凍結と無力化」、「核開発計画の提出」、「核査察IAEA入国」を受け入れる方向に動いた。これを北の譲歩とみるか、時間稼ぎとペテンと見るかは、第一段階の2007年年内にIAEAの「核施設凍結と無力化」が成功するかどうかにかかっており、まだ何が起きるかは予断を許さない状況である。1994年のクリントン合意を北が踏みにじった経緯があるだけに、二の舞いは踏んではいけない。

1、北朝鮮の核外交戦術と経済封鎖

北朝鮮は冷戦終結後はロシアの支援がなくなり中国の支援が縮小されて以来「瀬戸際外交」を基本にしてきた。瀬戸際外交にとってミサイル発射するといっては、核開発をするといっては譲歩を引き出してきた。ところが2006年6月5日ミサイルを発射し、10月9日の核実験は事態は大きく制裁へ踏み出した。これは譲歩を外交目的とする「瀬戸際外交」の大きな失敗である。西側の譲歩がなくなり制裁が行われたのである。それほど金政権は国内で追い詰められていたのである。北朝鮮はそれまでイラン、シリア、ベネズエラとの「反米同盟」(米国からいうと「悪の枢軸」)、パキスタンとのミサイルと核のバーター提携(1994年ジュネーブ協定でプルトニウム製造設備を凍結された北朝鮮はウラン濃縮に変更しパキスタンから遠心分離機技術を買い、ミサイル技術を輸出)を推進してきた。パキスタンが2001年アフガニスタン戦争で親米路線に転換し、2003年イラク戦争でシリアも北朝鮮と距離を置き、カダフィー大佐も悪の枢軸国から脱離して行き北朝鮮の孤立が決定的になった。米国市場への依存度が高くなった中国は「国際社会と国連で、北朝鮮のために孤立するつもりはない」と言明し、国連決議に拒否権を発動しなくなった。中国・ロシアは自国の存在感をかけて必要に応じて反米の姿勢をとっているだけである。「中朝は同盟国ではない」かろうじて「友好国」なのである。北朝鮮が消費する石油量は年間100万トンであるが、中国はパイプラインで年間50万トンを送るだけである。ロシアは国際価格で現金取引でなければ北朝鮮に石油は供給しない。米国のブッシュ大統領は1994年のクリントン合意(ジュネーブ協定)を失敗と非難し「二度と騙されない」、「北朝鮮を直接相手にしない」を北外交の基本とした。2002年には北のウラン濃縮開発を知った米国はジュネーブ協定を破棄し原油年間50万トンの供与を中断した。中国を議長国とする6カ国協議を立ち上げたが、何も成果はなかったが、北は韓国のノムヒョンから援助を得る手段としてきた。

何も成果を挙げない6カ国協議を見て、2005年夏から米国は偽ドルや偽タバコなど北朝鮮の違法ビジネスを厳しく取り締まり北朝鮮の資金言を断つ政策に転換した。9月15日マカオの銀行への制裁措置を発表し、北朝鮮を犯罪国家と非難した。北朝鮮の偽ドルをマネーロンダリング(洗浄)する銀行はシンガポールとウイーンにあったが2001年以降の摘発で閉鎖されていた。2006年1月10日北朝鮮の金正日は列車で中国の広州、深川、珠海を視察したとされた。経済特区の視察かと思われたが、実はマカオ近くで経済制裁解除の交渉であるとすっぱ抜いたのは産経新聞であった。マカオ銀行の口座は金正日の財布であり軍人や要人への贈り物に使われていた。凍結されている資産は約46億円ともいわれたが、北朝鮮で金正日が持っている外貨は約4600億円といわれる。北朝鮮では外貨の保有は金正日が一手に握っている。また2005年8月21日にはFBI、財務省、国務省、司法省、CIAは合同おとり捜査「ロイヤルチャーム作戦」で、北朝鮮の偽タバコ、偽ドルに関係したマフィア87人を一斉逮捕した。

北朝鮮は「死んでも核ははなさない」という。全てを犠牲にしても核開発は放棄できない理由は何だろうか。金正日と軍元老の眼中には現体制の維持しかない。そのうえで経済力を回復したいというのが支配者の願望である。若し核開発を放棄したら,北朝鮮はただの貧乏国しかも最貧国にすぎない。ロシア、中国に見捨てられ崩壊の危機に直面し、米国の脅威に曝された感じた支配者が自暴自棄の核開発に走ったのである。北朝鮮の発電量は韓国のおよそ6%に過ぎない。食糧難と電力不足という二重苦に苦しんでいる。体制崩壊の危機に極度に緊張した政権はハリネズミさながらの「先軍政治」という軍部独裁政権に移行した。レア金属以外の資源らしい資源もない国が孤立したら国の経済は成り立たない。これは日本も同じである。自立できる産業技術もなければ、外交カードで周辺国家から援助を取り付けるしか生きる道はなかったようだ。北朝鮮の国家予算は2004年で約2600億円、不法ビジネス収入は約2400億円と推算された。まさに不法ビジネス以外に収入の道もなかったのだ。したがって金融制裁による不法ビジネスの根絶は北朝鮮の首を絞めあげたのも同然の効果を上げた。日本においても万景号の寄港禁止、朝鮮総連の壊滅戦術(朝銀負債処理)の効果も大きかった。この苦しさから逃れるため、金融制裁解除とあらたな援助を求めて無謀にも核実験を行ったのである。北朝鮮の石油事情を見れば経済力と軍事力が分る。きたには1976年ソ連の援助で出来た製油所「勝利科学製油所」(年産200万トン処理能力)があったが、ロシアが石油を供与しなくなったので現在閉鎖されている。1979年中国の援助で出来た「ポンファ製油所」(年産150万トン処理能力)は中国の大慶油田の供給で細々と稼動されている。2005年は52万トンであった。ここから精製される軍事用ガソリンは年産22万トンにすぎない。これで戦争能力があるかどうかは次章で検討するとして、北朝鮮が軍政を維持するためいかに石油を欲しがっているかが分る。2007年夏の6カ国協議で核放棄の約束と引き換えに北が得た石油は年間100万トンである。

2、北朝鮮の経済力と先軍政治体制

北朝鮮の支配体制は儒教に基をおく。儒教の価値観は経済(工業や商業)を最低の位置におき、政治がすべてに優先した。日本の江戸時代の「士農工商」という身分制も儒教のしばりである。日本では明治新でみごとにそれを打破し近代西洋文明に移行した。朝鮮では「士」とは両班」である。北朝鮮では儒教支配が有効と見ていまだに政治優先(軍優先)で経済は顧みられることはない。そして儒教の特徴の一つは「忠」と「孝」である。支配者・親・師・年配者には絶対服従が理想とされる。金日成を民族の親と規定して絶対服従を強いるのである。これは社会主義でもない。支配者は「三位一体(君・師・父)」とされた。中世キリスト教と同じ原理主義宗教体制である。幸いなことに日本の江戸時代の儒教は朱子学を基にした。これは行動と革命の思想であった。吉田松陰のような維新の思想人を生んだ。日韓では儒教といってもえらい違いが生じた。著者は北朝鮮の支配体制を「儒教社会主義」と言った。半分は当っているような気もする。私は社会主義ではなく「金王朝宗教国家」と見ている。

北の経済を国内総生産と国家予算と石油量から見て行く。朝鮮戦争のときの北朝鮮軍の強さを過大評価する人もいる。これには日本の占領時代の政策も考慮しなければならない。日本は南朝鮮を農村として食糧供給基地とした。北朝鮮を工業基地として石炭や鉱物資源を基に各種鉱工業を殖産した。その結果終戦後には日本が残した工場施設を基に北朝鮮は工業国家としてスタートできた。そこへソ連の石油が無制限に供給され、なにもない南朝鮮へ北軍が電光石火の如く侵攻できたのである。米軍の介入により鴨緑江の北へ押しやられたが、建国間もない中国は自国の安全に脅威を感じて100万人の義勇兵の人海戦術に出たのである。今では南の韓国は経済成長を成し遂げ工業国に仲間入りし、近代兵器と米軍との共同訓練で鍛えられた軍を有している。中国とソ連の援助で食いつなぐ乞食国家北朝鮮では工業化や国際貿易国家の建設を行わなかったため、いまでは世界の最貧国と成り下がった。北朝鮮の経済力を見れば北朝鮮には戦争をする能力も資力もないことがわかるというのが本書の結論である。そこで冷静に北朝鮮の国力を見てゆこう。

あくまで推算であるが、北朝鮮の石油輸入量は1993年の136万トンを最高に年々低下している。外貨不足から2005年では52万トンである。かろうじて製油所を稼動させるだけの量を中国が供給しているのである。ロシアは供給していない。しかもその石油は大慶石油で品質は極めて悪い。そこから軍隊用のジーゼル、ガソリン、ジェット燃料は20万トンくらいしか得られない。ちなみに成田空港では年間500万トンのジェット燃料が消費されている。2002年のジュネーブ協定破棄により米国から得ていた50万トンの石油はなくなり、2003年よりロシアから市場価格で55万トンの石油製品を輸入した。現金取引(北朝鮮は債務は払わないから、現金以外では取引できないからだ)で200億円相当である。したがって北朝鮮の電力事情は深刻である。北の発電量は韓国の6%程度である。火力・水力発電所は老朽化しているし、送電設備も劣悪である。停電は日常化している。電圧低下でコンピュータ制御も不安定な状況である。若し原子力発電になったら高圧電線はないので送電できない。次に国家予算を見てみよう。2006年の国家予算は2600億円であるが、実に2003年の160億円の16倍に膨張?した。これは闇市場を公認したことにより、公定価格を10倍以上にし、給料も20倍にしたからである。二重市場構造を一本化したためにハイパーインフレに悩まされている。北朝鮮の経済が急速に悪化したのは1995年ごろからである。1994年の半分以下に国家予算が縮小した。一人あたりの国民所得は1998年で467ドル?(6万円)程度である。北朝鮮では2002年7月に「経済運営改善計画」に踏み切り、スーパーインフレにより給料の引き上げと配給制を廃止した。これで北朝鮮の辛うじて保っていた社会主義もなくなった。では市場制に移行するのかというわけではない。はっきり言えば物資不足で供給できないことと政権は国民の面倒を見られなくなったということである。

中国はこれまで何度も北朝鮮に開放改革を指導してきたが、北朝鮮指導者は全く耳を貸さなかった。開放すれば国内が目覚め支配体制が崩壊するから鎖国制度を維持するのであろうが、改革がなぜできないのか。改革という言葉は金日成・金正日の指導の全面否定につながるので、間違っても口に出来ない。口にすれば国家反逆罪で銃殺になる。企業家や経済官僚は存在するかどうかが定かではない。なんせ政治優先で官僚の腐敗が著しいからである。官僚社会は賄賂が横行している。口利き一つで文字どおり首が飛ぶ。悪口と賄賂で相手を収容所に送れるのである。闇市場での北朝鮮のインフレ率は凄まじい。1ドル=150ウオンが闇では3000ウオンである。確かに北朝鮮では1970年までは工業は発展していた。今ではエネルギー、物資不足で軍需産業以外はほぼ操業を停止している。日常生活物資は中国製品が闇市場に溢れている。北朝鮮の経済は「援助」と「賄賂」の悪しき伝統が阻害している。次に北朝鮮の食糧事情は悪化しており、2005年韓国は50万トンの食糧と20万トンの肥料を援助した。北朝鮮2000万人の人口には年間600万トンの食糧が必要である。国内生産量は350万トンの水準で飢餓状態にある。その原因は一つは水害(山林の喪失)で、他は密植え農法と過剰施肥のせいで地力が痩せたのである。

今や韓国のノムヒョン大統領は完全に北朝鮮の核の人質となった。ひたすら援助という貢物で助命を請う哀れな政治家である。この状態が放置されれば、アジアは日本を始め核の拡散の時代を迎えることになる。儒教国家の思想は支配者にとって安定した政治体制を作る格好のイデオロギーを提供する。日本では江戸幕府は儒教を国教として約270年続いた。朝鮮では新羅が250年、高麗が470年、李王朝が500年という長期政権であった。朝鮮にはこの三つの王朝しかない。したがって内部からの政治的覚醒は難しい。ノーベル経済学賞受賞者のハイエク博士の「隷従への道」で北朝鮮を全体主義国家と軍事国家と指摘した。北朝鮮では国家という概念も稀薄で王朝と呼ぶほうが的を得ている。金一族=国家であった。(平安時代に日本でも藤原家=国家であった)、自らを金日成民族とか金日成国家と誇らしげに表現する。支配者への忠誠心が経済に優先し、1998年憲法改正で金正日は先軍政治という軍部独裁政権を作った。社会主義さえも放棄した。共産党の独裁から軍部独裁へ移行した。この政権では旧ソ連留学経験を持つ軍人は殆どが粛清された。ソ連崩壊とともに党の支配は終わったのである。儒教的伝統が辛うじて崩壊を防いでいる。それは価値観を同じくする韓国が全面的に援助しているからだ。


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