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坪井信行著 「100億円はゴミ同然ーアナリスト、トレーダーの24時間」

 幻冬社新書(2007年7月)

投資関連企業で働くアナリスト、トレーダーの実態 

100億円をゴミと感じる男達が働く場、それがトレーディングの世界である。NTTドコモユーロ債投資や自社株社員購入制度で携帯バブルの折多少儲けた経験と、退職金の一部で国債を買ったことや、自動車や食品メーカの株を僅かに所有するタンス投資家にすぎない私には縁のない世界である。しかしそれでも気になるのがこの投資という行為である。リスクという言葉の恐ろしさは、先物取引や為替の世界の話で素人は手が出ないものと感じてきた。そしてあまり深入りもせず、短期で勝負するわけでは無く、損もせずで気楽な世界であった。安値で買って高い時に売るのが原則で、生活に支障が出るような高額な投資はやらない、あくまでお遊び程度で、利子の高い貯金程度にしか考えていない。したがって株価が下っても一喜一憂しないことで気長に待てばいつか高い時も来ると構えていたのである。現金資産の7割ほどは銀行か郵便局の貯金で利子は全く期待しない、3割程度を株や債権に投資して儲かったら喜ぶ程度である。ところが本書を読むと恐ろしい額の人のカネを扱ってトレードする人々がいる。それがプロのアナリスト、トレーダーという職業だそうだ。さまざまな金融商品が開発され、金融工学という言葉も出来た。金融派生商品デリバティブやバブル期ののワラント債、90年代末にはヘッジファンドが世界同時株安を引き起こしアジアの途上国の経済を破壊した。そしてその傷も癒えて日本経済がようやく軌道に乗りかけてきたときに投資銀行や証券会社による企業買収M&Aが盛んになった。商品取引の世界は石油価格高騰や穀物価格高騰というよくない結果ばかり目立つ。銅の先物取引でプロ中のプロといわれた住友商事の英国支店の部長が巨額の損失を出して退場した。なにやら恐ろしい博徒の世界である。私の知識では一番リスクが大きいのは、商品先物取引、つぎに為替取引、次に株式、債券、保険の順位にリスクが下って、元金保証の国債・預金に至ってはタンス貯金みたいなものである。現金を家の中に置かないための銀行預金や郵便貯金は国が銀行を保証する限り財布の代わりであろうか。

本書は主に株取引のことである。株の取引は証券取引所で売買が成立する。売りと買いが成立するのは厳密には証券取引所のコンピューターの中であるが、証券会社のトレーディングフロワーが市場そのものとなる。世界の金融取引の規模は想像以上に大きいようだ。本書の題名「100億円はゴミ同然」というのは、或いはそうかももしれない。最も規模が大きいのは外国為替の取引でBISの2004年の調査では一日平均370兆円が動いている勘定である。株式市場についても一日平均20から30兆円の取引、債券市場では一日平均130兆円の取引があるといわれている。これらの取引の合計は一日平均で500兆円を軽く越えている。是は日本の名目GDPにほぼ匹敵する。それに石油や貴金属などの商品取引を加えると巨額の規模になる。そういう意味で本書の題名「100億円はゴミ同然」と言えそうだ。又日本人の個人金融資産は1500兆円といわれその15%程度が投資に回っているようである。本書は別に一般読者を投資の世界に誘うような危険な本ではない。金融市場の構造とそこに働く人たちの実態を紹介することで、身近な話題になり、徒に恐怖することなく、徒に博徒になろうということではなく、今の時代金融市場に無知識ではかえって詐欺や損失に遭遇するので、必要な知識を持つことは有益であるという観点から読めばいい。とくに株式と先物取引の違いも知らずに先物取引で莫大な損失を蒙る人が多い。そういう悲劇を避けるだけの最低限の知識は絶対必要だ。素人でも世界の動きと企業の業績をみながら楽しめるのが株式であり、毎日の売った買ったの仮空取引で相場を張るのが、プロにしか出来ない商品先物取引と思えばいい。知識と経験がない個人では手も足も出ない、プロにカネを吸い取られるだけである。すべては個人の節度と生活の範囲内でおこなうのが肝要である。投資が仕事の投資銀行、ヘッジファンド、証券会社、生命保険会社などの機関投資家やプロのアナリストやトレーダーはまったく別の次元で動いている。彼らの行動の原則のイロハ位は知っておかないとこれまた怪我の基である。そういうイロハの知識を本書は教えてくれているようだ。そこで投資関連業界、アナリスト・トレーダーの実態の二つについて本書をまとめてゆきたい。

投資関連業界の実態
投資関連業界の構造

そもそも投資とは資金を投入して利益を得ることを意図した行為をいいます。ここで多少業界術語を知っておく必要がある。投資関連業界にはお金を預かって運用する側と、運用者から売買の注文を貰って取引をして手数料を戴く側があり、前者を「バイサイド」、後者を「セルサイド」という。「バイサイド」には生命保険会社、信託銀行、投資信託運用会社、投資顧問などの機関投資家がいる。「セルサイド」は証券会社になる。これらの二者に入らない個人投資家がある。個人のバイサイドともいえる。投資顧問は1980年代に出来たものでアドバイスのみを行う業務と、発注まで行う一任契約業務がある。機関投資家としての投資顧問はこの一任業者のみをさす。多くの機関投資家は東証の指標となるTOPIXや日経225平均というベンチマークに対して「相対的リターン」に注目するが、ヘッジファンドは利益すなわち「絶対的リターン」を追及する投資家である。ヘッジファンドは割高な株を空売りする「ロングショート戦略」、相関性の高い銘柄の位置関係を操作する「ペアレード戦略」をとることもある。セルサイドとしての証券会社の業務には、資本市場全体で資金を調達する「発行市場」(引き受け業務)と、証券を売買する証券取引所での「流通市場」に深くかかわっている。証券会社はどうして儲けが成り立っているかというと、発行市場での引き受け手数料と販売手数料(数%から十数%で結構高い)、そして株委託売買手数料であるが是は非常に低い。数ベーシスポイントから20ベーシスポイント(ベーシスポイント=0.01%)程度である。さらに証券会社には自己売買部門があり比較的短期間で損益を確定するトレーディング業務からの儲けがある。さらに証券会社は企業そのものの売買M&Aの仲介からも非常に大きな儲けを生む。このM&Aは高い収益性が期待される。これを専門的に行うのが「インベストメントバンキング」即ち投資銀行である。

証券アナリストの実態

投資業界において証券アナリストが最近売れっ子の花形職種である。会社に所属しながら個人の能力が物を言う場面が多く、社長よりも巨額の収入を得ている大物もいる職種である。投資の根拠を求め続けてなお不確実性が支配する業界で、証券分析は非常に広範な領域にまたがっている。アナリストの大部分は「ファンダメンタルズ・アナリスト」である。流通、小売、電機、通信、医薬品などの分野の企業の内容や業績を分析する。業種・業界に特化したアナリストを「セクター・アナリスト」ともよぶが、一人のセルサイドアナリストが継続的に分析できる企業は10から20社程度である。バイサイドアナリストは40-50社の企業をウオッチしている。アナリストには経験により階層があり、自立して仕事をする「シニア・アナリスト」、経験が浅い場合「ジュニア・アナリストまたはアシスタント」という。分析はまず注目する企業の「有価証券報告書」4半期情報をパソコンからチェックする。そして将来の業績予想を行うのが目的であるが、最終的には企業価値と株価の関係を判断することである。判断材料を仕入れるために企業訪問が欠かせない。企業の「IR担当者」に会うとか中小企業なら経営者に面談を求めることになる。現場を見ることも極めて重要である。そのような下調べをして企業の現在の株価に比べて本質的な価値が高いか低いかを判断するわけだ。相対的に他社比較も求められる。ファンダメンタルズ・アナリストはPERとかPBRという株価価値指標を重視して株価形成への影響を重視する。そういう意味で企業経営者にとってアナリストは無視できない存在になりつつあります。アナリストにとって「匂い」とか「勘」も重要なファクターであるが、数量的な分析を重視する「クオンツ・アナリスト」という職種の人もいる。彼らは企業訪問をしないで、株価を変動させる要因の数値モデル化を行う。彼らは信条として「平均への回帰」を持ちます。ここから「リターン・リバーサル戦略」という上・下群として投資が生まれる。また株価の動きに法則性を見出してチャートから将来の株価を予測する「テクノカル・アナリスト」(チャーチスト)という一職種もある。個別企業だけでなく業種ごとの指標や市場全体の指標なども予想する。株式以外のアナリストには「クレジット・アナリスト」という融資案件や債権売買にかかわる分析を行う職種もある。主に銀行に属している。貸し倒れのリスク管理である。また価値の低い債権や株をまとめて価格形成のバイアスを突いてもうける「ジャンクボンド」(ハイイールド・ボンド)という手法も生まれている。

投資関連業界のさまざまな職種

投資関連業界で働くさまざまな職種の人たちを紹介する。証券と直接対峙するのがトレーダーです。顧客の売買を市場に取りついで執行するのが「セールス・トレーダー」で、証券会社の売買を行うのが「プロット・トレーダー」である。「セールス・トレーダー」は機関投資家のトレーダー(発注者)と電話で連絡をしながら「エグゼキューション執行担当者」に繋いでゆく。魚河岸のような熱気溢れる雰囲気で取引が行われている。それに対して「プロット・トレーダー」は静かな雰囲気で自社の自己売買を執行します。短期のポジションしか取らないが金額は相当大きい場合もある。「株のセールスマン」は価値を的確に顧客に伝える仕事で、個人や機関投資家を相手にすることはなく、大半は固定的な顧客向けのセールス活動になる。ここで顧客とは機関投資家の「バイサイド・アナリスト」や「ファンドマネージャ」が直接の客である。証券会社の「セルサイド・アナリスト」の重要な仕事は投資アイデアの作成である。外資系証券会社では機関投資家向けのセールスを「リサーチ・セールス」と呼んでいる。欧米の銀行では商業銀行と投資銀行にはおおきな格差がある。投資銀行は企業の買収M&Aから巨額の利益を得るので高給が得られる。日本では商業銀行のほうが格が高いように見られているが、日本では外資系では証券会社へ転籍する人が多い。ITバブル期の不祥事から今では証券会社アナリストは投資銀行と行動することは禁止されている。インベストメントバンカーの仕事は企業の資金調達と財務戦略のアドバイスである。投資銀行は厳しい階層社会であり、最下層にアナリストがいて、3年ほどたつとMBAを取得するために会社を止めるか、「アソシエイツ」に昇進する。3-4年すると独り立ちしてバンカーになる。バンカーには「バイスプレジデント」という肩書きが与えられる。そして数年して経営者になってゆく人もいる。

デイトレード

デイトレードとは「日計り」といわれた一日を単位とする売買方法である。投資におけるリスク量は投資額×時間で表現される。つまり投資期間が長ければリスクが増大するのである。デイトレードは一日の株価変動幅で売り買いをするもので、企業の業績とか内容的な価値には関心を払わない。デイトレードの対象になりやすい銘柄は、比較的知名度が高く売買の盛んな(流動性のある)ものである。たとえば「ソフトバンク」が代表的である。デイトレードが成り立つには上下の株価の変動率(ボラティリティ)の高いことが必要だ。あまり恐怖を感じることなく空売りも出来ることが魅力であるが、一方的に株価が上昇するストップ高では破滅する。普通ファンダメンタルズ・アナリストの投資判断は多くの場合6ヶ月から2年程度の中/長期スパンで動く。このデイトレードが数年前から話題になったのは、ネット証券の台頭と手数料の劇的低下のためである。そのためデイトレードで大きな金額を設けるには、投入金額を大きくしなければならないので、個人に薦められる投資ではない。それより個人投資家には市場全体の値動き、いわゆる株価インデックスに注目した投資がある。日経平均225株価やTOPIXを株感覚で売買できる。日経平均には現物と先物があって、先物はデリバティブといわれる派生商品である。先物取引には証拠金取引というレバレッジ(梃子効果)があり、資金の数十倍の取引が可能だが、リスクも倍増される。自己資金内の取引ではなく、一気に身の破滅になる可能性もあるのだ。

アナリスト・トレーダーの実態
あるアナリストの生活

アナリストの朝は早い。7時前には会社に入ってコメント発表の準備にかかる。7時半に朝会で5分間のコメントを発表する。相手はセールスやトレーダーである。それから顧客への電話、企業取材、レポートネタ探しに奔走する。自分のレポートが書けるのは夜遅くからで、タクシーで帰宅の場合も多い。睡眠時間は20台で3時間ほど、年間5000時間の労働である。間違いなく過労死である。一人のアナリストは30-50社程度の企業を常時フォローする。一日1-2件の取材予定を入れる。企業取材の結果は魅力的なレポートにまとめなければならない。企業の業績予想モデルを魅力的な「ストーリー」に仕上げる。材料と論理の積み上げに最後は自分の見方を反映させる意味で「ストーリー」となるのである。朝会のあとアナリストは大体20-30名程度の顧客(機関投資家の「バイサイド・アナリスト」や「ファンドマネージャ」)に電話をする。4半期ごとのプレゼン(キャンペーン)も必要である。こうしてアナリストの仕事は煩雑を極め、帰宅するのは午前様である。アナリストに必要な資質とは「気力、体力」につきるようだ。

あるトレーダーの生活

トレーダーの出社はアナリストより早い。朝6時半には殆どのトレーダーは出ている。前日からのニュースのチェック、海外注文処理、アナリストコメントチェック、海外市場のチェックなどの取引開始前の準備作業である。海外市場の変化の中身については海外のトレーダーと電話連絡で教えてもらう。彼らトレーダーのネットワークは広い。転職が日常茶飯事なので前の人間関係も十分利用したりされたりである。朝会に参加するトレーダーは多くは無い。情報集めに忙しく、直ぐさま市場が開いてしまうのである。海外市場の注文動向などの市場動向についてはセールス・トレーダーが最も詳しい。朝からさまざまな情報を得て今日の商売ネタを仕込むと、顧客とのコンタクトに入る。日々売買が行われる。セールス・トレーダーは市場が開いているときも、閉じたのちでも顧客との対話は続く。午後3時に市場が閉じると、注文の執行の確認チェックがおこなわれる。確認が終わるとセールス・トレーダーは翌日の準備を進める。トレーダーは速報性を重視するので、「ブルーバームのメールシステム」の情報を利用している。新しい情報が見つかるとトレーダーはブルーバームメールを発信する。世界中の情報が集まってくるのである。セールス・トレーダーの帰宅は早い。5時から8時には会社からセールス・トレーダーはいなくなる。プロット・トレーダーはセールス・トレーダーと全く違う生活をおくる。証券会社の資金を投入して売買益を追及する立場なので、マイペースに仕事を進めるし、企業訪問や顧客に会う必要もない。服装もジーパンのカジュアルな感じである。ポジションは基本的に短期なものが中心である。

要求されるスキルセット

アナリスト、トレーダーは専門性は高いが経済学者でもなく、要求される能力(スキル)は一様ではない。むしろ職人的なスキルが必要といえる。アナリストの法的資格は特に存在しないが「日本証券アナリスト協会検定会員」という資格はあったほうがいい。MBAを取得していればいうことはない。マクロ、ミクロな分析手法と企業への調査力は必要である。アナリストはサービス業でもあるので多数の人々と情報を交換するので、高いコミュニケーション力は絶対条件である。英語力は必須ではないがあったほうがいい。トレーダーには高い合理性が要求される。事後的にしか分からない判断をするのであるから、いっそう高いレベルでの合理性が説明責任として要求されるのである。そして博打を打たない謙虚さとバランス感覚、状況の動くのを待つ能力、最後に体力とお金に敏感な体質であろうか。


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