070905

朝日新聞特別報道チーム著 「偽装請負ー格差社会の労働現場」

 朝日新書(2007年5月)

製造企業のリストラ後一気に広まった「偽装請負」という雇用形態
超一流企業の違法行為の労働現場に響く、若年非正規社員のうめき

「偽装請負」という雇用形態は「派遣労働者」という雇用形態と相補的に絡んでいる。そこで「偽装請負」の入る前に「派遣」について門倉貴史著 「派遣の実態」宝島社新書より手短にまとめておこう。
1999年(100万人)より人材派遣社員数は急速に拡大し2005年には255万人になった。派遣社員は安い賃金と不安定な雇用という厳しい労働環境のなかで、将来の生活の不安を抱いている。派遣会社の業態には三つある。「一般労働者派遣事業」193万人、「特定労働者派遣事業」15.6万人、「紹介予定派遣」3.2万人(2005年)である。普通派遣は派遣会社に登録して仕事がきまったら派遣会社と契約する。仕事がないときは給料は支払られない。特定派遣とは派遣会社が常用社員として採用して派遣するので、派遣先がなくても給料は支給される。紹介予定派遣は企業に直接採用されることを条件として派遣される。派遣会社は採用がきまったら企業から紹介料をとる(紹介料は70-100万円)。派遣社員は自ら好んで派遣を選択した人もいるが、「就職氷河期」といわれる1991より2000年初頭に正規社員として就職できずに派遣社員になった人が多い。派遣社員の約40%はいまも正社員を夢見ているのである。派遣社員の賃金は平均一日1万円、スキルのある人で1万5千円である。年収はおおむね250-350万円。ボーナスはない。
日本では1985年までは職業安定法第44条と45条で「労働者供給事業」は原則禁止されていた。しかしその前にはアメリカの人材派遣会社「マンパワー」が事務の請け負い事業で外資系会社に進入していた。1986年には特殊16業種で「労働者派遣法」が成立した(ソフト開発、通訳、翻訳、財務、機器設計、放送番組政策など)。スキルの高い業種に限り一定の歯止めがかかっていたが、バブル崩壊で業況が一変した。遂に1999年「改正労働者派遣法」では派遣業種が原則自由化された。規制緩和(撤廃)の流れは労働者の生活を一変した。2004年の改正労働者派遣法で派遣期間は1年が3年まで延長された。また製造業や医療関連業務も派遣が認可された。
2006年経済財政諮問会議は「労働ビックバン」といわれる労働六法の改正案をまとめた。2007年度より順次国会に提出されるだろう。労働六法とは1)労働基準法 2)最低賃金法 3)労働契約法 4)パート労働法 5)雇用保険法 6)雇用対策法である。こうした一連の「労働ビックバン」は派遣社員の生活をよくしてくれるのだろうか。結論は「期待できない」。

「派遣」はいわば事務業務を中心に発展してきたが、1999年からは製造業務も自由化されたので、「偽装請負」は必要ないような気がするが、ところが「偽装請負」には事業者側のメリットが大きい。なぜなら「派遣」の契約奇観は三年が限度で、それ以上使用したかったら正社員で雇用しなければならない。製造業では技術の蓄積が必要なため、頻繁に労働者を変えるわけにはゆかない。そこで生み出されたのが製造企業の労働者派遣法違法の「偽装請負」である。本書はニコン熊谷製作所に請け負いで働いていた若者のショッキングな首吊り自殺ではじまる。1990年代後半の製造業はどん底であった。安い賃金を求めて部品製造企業は海外へ生産拠点を移し、「産業の空洞化」が進行した時代であった。その結果日本に残った製造企業はハイテク産業であった。中でもキャノン、松下電器、シャープ、日立などのデジタル家電メーカは薄型テレビやデジカメなど最先端商品の国内生産の継続を決断した。2004年の改正労働者派遣法までは、製造業は派遣が許されていなかったことにより、安い労働力をもとめて「偽装請負」が生まれたのである。本来「請負」業務とは、造船業などの溶接作業や構内清掃業とか運搬業では従来より行われていた。また製造現場では「組」という制度で部分製造工程を請け負うこともあった。請負という言葉も「下請け」というように製造場所を別個に有する独立会社であれば問題は全くないのだが、構内作業となると俄然怪しくなる。とくに「組」制度は事実上「偽装請負」といっていい。企業側も「アウトソーシング」が合言葉となり社内業務を請け負い会社や派遣社員でまかなうことが流行した。しかし掃除作業のように箒一本あれば出来る仕事ではなく、半導体やデジタル機器製造工程では請負会社が数十億円もする製造設備を持てるわけがないので、これらは全くの人材派遣業の偽装工作である。偽装請負の場合は自前の設備などいらない。請負会社は人を集めメーカに送り込むだけで後はメーカに任せぱっぱなし。偽装請負に実態は労働者派遣そのものだ。しかし請負契約を装っているので、労働者派遣法の制約は全て無視する。年数の制限がないのである。通常の労働者は労働基準法や労働安全衛生法によって守られている。理由なく首切りは出来ないし、残業時間は協定を結ぶ必要がある、作業に応じて健康診断を受けさせる必要があるし、安全管理者も置かなければならない。労災事故が起きても請け負い会社に処理一切を任せられる。又社員を健康保険や雇用保険、厚生年金に加入させ、保険料の半分は企業が負担しなければならない。派遣労働者や偽装請負のばあいこれらの負担は企業側には全くない。04年3月シャープ亀岡工場の労災飛ばしにみるように、いわゆる労災隠しが常態化(05年111件)している。派遣会社や請負会社が負担するのである。それも社会保険に入ると時間給が減るような説明をするのだから、派遣労働者は時間給を確保するため社会保険に入っていない場合が多い。年金の将来が不安だとかいう意識の問題ではなく、給料を多く貰うためそうしており、派遣会社も保険料を納めなくてもいいから労働者には加入を強制しない。約26%の派遣会社のピンはね分の中に保険料は織り込み済みのはずである。さらに残業時間の協定もない。正社員以上に安い給料で残業させられる。企業の生産量に応じて労働者の数を調整できる偽装請負はまさに魅力的であった。働く人も請負なのか派遣なのかそのたびに明確にされていない場合が多く、次の五つのチェックの一つでもYESなら派遣だと見て間違いない。
@自分の仕事の具体的な指示は使用者からうけている。
A労働時間や休日などは,使用者が決定している。
B仕事上の設備、原材料や、部品を使用者から無料で提供されている。
C労働安全衛生に関する責任は、使用者になっている。
D正社員、期間工、アルバイトなどが混在して働いている

本書は朝日新聞特別報道チームが2006年4月から「偽装請負追及キャンペーン」を展開し、9名の記者が全国で取材した。関連記事は2006年7月31日から翌2007年3月末まで朝日新聞に掲載され記事数は60本に及んだ。この記事は大きな反響を呼び「7.31ショック」という言葉も生まれ、国会での審議にキャノン会長で内閣官房経済財政諮問会議委員御手洗氏を呼んで意見を正すことも出来、キャノン、松下、トヨタ系列会社の企業では偽装請負で働いていた労働者を一部直接雇用しようとする動きも出てきた。

1)キャノンの偽装請負

御手洗氏は1995年キャノンの社長に就任、その後10年間はキャノンは独自の先進技術を生かして優秀なデジタル企業となった。2006年には御手洗氏は日本経団連会長になり、安倍内閣の経済財政諮問会議の議員になった。御手洗氏はいつも、人材の流動性の低い日本では終身雇用制を維持すると強調し、家族的経営の利点を説いた。そのキャノンが「請負」、「派遣」といった非正規労働者を多用し、偽装請負の違法性を労働監督所から度々受けていたことは朝日新聞が報道するまでは知られていなかった。日本では1985年までは職業安定法第44条と45条で「労働者供給事業」は原則禁止されていた。1990年代には企業は採用を著しく制限する「就職氷河期」となり、正社員のリストラが燎原の火のように日本を襲った。90年代中頃には製造業を中心に景気がよくなり生産が進んだ。そこで登場したのが、生産すべき製品の量の変動に応じて何時でも人数を減らしたり増やしたり出来る魔法の人事策が「請負労働者」であった。これを経済合理性というらしい。1995年ごろまでにはキャノンでも期間工から請負労働者に取って代わった。御手洗氏によると「派遣社員と請負社員のお陰で日本の産業の空洞化がかなり食止められた」という論理を主張する。2004年までは製造業への労働者派遣は職業安定法で禁じられていたので、偽装請負に頼ったというわけだ。たとえば大分キャノンの二つの工場では06年6000人誓うの労働者がいたが、正社員は1200人、派遣スタッフ500人、請負労働者4000人であった。05年3月大分労働局の調査を受け違法な偽装請負が分かった。形式上メーカーから生産設備をただで借り受け、労働者の数と時間で支払い金額を決める取り決めであった。労働局はこれを偽装と判断したのである。請負なら製品の出来高で支払うべきである。好況を反映して増産で大分工場ではその後も偽装請負を続け06年では7000人の労働者のうち5000人が請負であった。キャノン宇都宮工場では2500人の労働者のうち1500人が請負であり、05年10月栃木労働局の立ち入り検査を受けた。06年3月キャノン栃木工場は請負を解消し、改正法で契約期間が3年に延長されたのを受けて1500人を派遣に切り替えた。キャノングループ各社が03-06年で文書で受けた是正指導は7件であった。06年7月時点でキャノングループ各社の国内生産現場では請負と派遣で2万人が働いていた。06年7月キャノン人事部長はこのうち数百名を正社員に採用する方針を示した。偽装請負の現場で働く労働者は不利な立場にある。年齢は20-30代半ば。ボーナスや昇給もなく、給料は正社員の半分以下だ。社会保険の加入さえ徹底されず、契約が打ち切られたらすぐさま失業である。ところが06年10月13日の経済財政諮問会議で御手洗氏は「今の派遣法だと3年で正社員にすれば硬直するので、期間義務を撤廃して欲しい」と申し入れた。07年ではキャノンの製造関連の正社員は7000人、請負労働者は8400人、派遣は13000人である。まさにキャノンの製造現場は正社員の3倍の非正規労働者が働いているのである。人件費の経済効果は抜群である。これでは麻薬のように止められない。
しかし請負労働者の中から、個人で入れる労働組合(たとえば東京ユニオン)にはいってその指導を得て、2006年10月栃木労働局へキャノン宇都宮光学機器事業所の偽装請負を内部告発した。同じ時期請負会社は偽装請負を理由に大阪労働局から事業停止行政処分を受けた。又キャノン本社へ正社員化を団体交渉したところ、キャノンには労働組合法上の使用者性はないと断ってきた。07年2月22日衆議院予算委員会でキャノンの請負労働者大野さんが公述人として20分にわたり意見を述べた。このような動きの中で07年3月25日キャノンは「2年以内に非正規労働者から1000人を正社員として、2500人を期間従業員としして直接採用する」と表明した。キャノンには2万人の非正規労働者がいるのだから、あとの16500人は派遣に切り替えるのだろうか。

2)松下電器の偽装請負の奇策

松下電器(33万人)では毎朝、松下幸之助の七つの精神を唱和している。産業報告、感謝報恩、公明正大、順応同化、和親一致、力闘向上、礼節謙譲の七つの精神であるが、宗教上のお題目みたいなものだろうか。松下幸之助氏は「企業は社会の公器である」というが、松下系の工場で行われている「偽装請負」はどう見ても「社会の公器」がすべきことではない。いま松下電器ではプラズマディスプレイ薄型テレビの大増産で沸いている。松下プラズマディスプレイPDP会社茨木工場は全労働者1500人のうち直接雇用社員は半分に満たない。2000年中村氏が社長になってから多くの中高年者がリストラで会社を去った。そこを埋めるように請負会社がはいったのである。松下は内部告発によって、05年7月大阪労働局から「偽装請負」として行政指導を受けた。そこで全ての請負労働者を派遣契約に切り替えた。製造業では労災の危険性から派遣は1年しか認められず、1年後には派遣を再び請負契約に戻した。松下が取った奇策とは06年5月松下社員を大量に請負会社に出向させ、「指導」という腕章をつけ、デスクは別の場所へ移動させた。出向社員の給料は全額松下が払っているので、大量出向そのものが偽装である。この偽装の上に偽装を重ねる姑息な手段を使ったことに対して、松下労働組合は認知承認している。また松下は労働局のお墨付きを得たといっているが労働局は否定している。大阪労働局は06年8月9日松下茨木工場に立ち入り調査に入った。そして10月厚生労働省は松下PDPの茨木工場と尼崎工場にたいして職業安定法違反で業指導した。

3)巨大請負会社「クリスタル」の成長と破綻

製造請負業者の数は監督官庁の統計がないため実体はわからない。労働組合が組織するシンクタンク電気総研によると3000社から1万社、就労者は100万人以上という程度しか分らない。業界での最大大手は京都市にある「クリスタル」社で、2006年の年間売り上げは6000億円だった。オーナーは林氏である。グループ全体の従業員は13万人に迫った。2番手は日研操業で年間売り上げは750億円である。クリスタルが桁違いの規模である。「請負は適正でやれば利益はない。偽装請負だから儲けられるのだ」とクリスタル幹部は言う。「クリスタル」社の一番の売りは「人の出し入れの早さ」であった。数百人から千人の人間を瞬時にメーカーに派遣する。技能研修で社員のスキルアップを図り質の高さもアッピールした。さらにメーカの余剰人員まで引き受けたのである。「出向転勤システム」といわれた。「クリスタル」グループは二百数十社のグループ企業があり、グループ内での競争も著しかった。このように多くの企業を持つのは「一度は社長に」という優秀な社員を遇する手法であった。ところが年間売り上げが3000億円を越す頃から組織がおかしくなった。2000年ごろから値下げ競争と人集めに苦労し、ノルマを達成できない社員は次々と降格させた。厳しいノルマは一線から人材流失となり営業力も低下した。そこでグループ会社を整理しあたらしい「コラボレート」を立ち上げたが、年商3000億円、従業員10万人は達成できなかった。2004年より行政当局から厳しいチェックに曝され、口頭指導や文書指導を受けた。2006年10月大阪労働局は一部業務の停止と事業の改善を命じた。オーナー林氏はこっそりクリスタル社株を売りぬいて退場し、グッドウイルグループが買い取った。創業者利益は800億円だった。

5)偽装請負 政府と企業の責任

請負という安価な外部労働力を大量に使うことは、経営戦術としては経済合理性があるかもしれないが、年収が200-300万円しかない低所得請負労働者が100万人以上存在することは社会の公正さから許されない格差問題を引き起こすのである。05年からエコノミストは個人消費が著しく上昇すると予測していたが、消費は回復傾向を示していない。つまり企業は儲けたが、個人は潤っていないのである。ではどうしたらマクロ経済は正常になるのだろうか。偽装請負は犯罪であることを社会が認識して摘発を強めることである。請負など外部労働力の多用は中長期的には害になる。従業員の忠誠心とモラル・士気がなくなり、品質の低下と技術の途絶、企業イメージの悪化、労働現場の安全性の低下などが挙げられる。そこで正社員化を企業に促してゆかねばならない。請負労働者も政府の研修援助制度を利用してスキルアップを図り、専門性を持った技術者になることが大切である。


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