070903

門倉貴史著 「派遣の実態」

 宝島社新書(2007年8月)

「派遣」労働者255万人の悲鳴が聞こえる。
企業の短期的利潤追求によって労働の商品化に陥り低賃金化が推進された。
長期的には労働の質の低下、働く人の生活設計と労働再生産の破壊となる。

著者門倉貴史氏は横浜銀行のシンクタンクの研究員や、第一生命経済研究所主任エコノミストを経て2005年BRICs経済研究所代表になる。専門は日米経済、アジア経済、BRICs経済、地下経済であるらしい。同志社大学非常勤講師も務める。私は著者の本では光文社新書「統計数値を疑う 何故実感とずれるのか」を読んだことがあるが、著者門倉貴史は宝島社新書「ワーキングプアー」で有名である。本書「派遣の実態」は「ワーキングプアー」の後編というか各論に相当する。今年2007年1月から3月にテレビドラマ「ハケンの品格」が放映され人気を集めたと聞く。ドラマではハケン社員主人公が正社員をぎゃふんといわせる立場の逆転現象が人気を博した原因だそうだが、はたして派遣社員の人たちがどのような状況に置かれているのか本書で明らかになる。

1944年ILO(国際労働機関)は有名な「フィラデルフィア宣言」を採択した。この宣言において「労働は商品ではない」というILOの大原則が確認された。日本では新保守主義の中曽根首相の時代に労働規制緩和が検討され1986年「労働派遣法」が成立した(特殊16業種)。そしてバブル崩壊後企業は苦しい経営立て直しのなかで、この派遣労働法を利用して「多様な労働形態」と謳う一方で安価な賃金でコスト削減を図った。そして1999年には派遣法は業種を問わず原則自由となったのである。日本の企業経済にとって派遣社員の必要性が高まるのと逆行するように派遣社員の処遇は時間を追って悪化していく傾向にある。派遣社員は2005年度で255万人、平均日給は1万円(日雇いスポット派遣は7000円)、女性の比率は60%であることをまず頭に入れておこう。本書の構成は5章からなり、1)「派遣」のしくみ 2)「派遣」の歴史 3)「女性の派遣社員」 4)「スポット派遣」 5)「労働ビックバン」による派遣の各章の解説の後に二人の派遣社員へのインタビューがある。このインタビューのほうが派遣の実態が生々しく、派遣社員の苦悩と心の動きがわかってためになる。

1)「派遣」のしくみ

2000年を過ぎてから企業の売上高は増加しているのに、売上高に占める人件費の割合は低下の傾向にある。14%を最高にして2007年では12%にまで低下した。必要な人材を正社員よりはるかに安い費用で提供する人材派遣を積極的に利用しているからである。1999年(100万人)より人材派遣社員数は急速に拡大し2005年には255万人になった。雇用者数に占める非正規社員の割合は33%である。派遣社員は安い賃金と不安定な雇用という厳しい労働環境のなかで、将来の生活の不安を抱いている。派遣会社の業態には三つある。「一般労働者派遣事業」193万人、「特定労働者派遣事業」15.6万人、「紹介予定派遣」3.2万人(2005年)である。普通派遣は派遣会社に登録して仕事がきまったら派遣会社と契約する。仕事がないときは給料は支払られない。特定派遣とは派遣会社が常用社員として採用して派遣するので、派遣先がなくても給料は支給される。紹介予定派遣は企業に直接採用されることを条件として派遣される。派遣会社は採用がきまったら企業から紹介料をとる(紹介料は70-100万円)。派遣社員は自ら好んで派遣を選択した人もいるが、「就職氷河期」といわれる1991より2000年初頭に正規社員として就職できずに派遣社員になった人が多い。派遣社員の約40%はいまも正社員を夢見ているのである。派遣社員の賃金は平均一日1万円、スキルのある人で1万5千円である。年収はおおむね250-350万円。ボーナスはない。参考までに派遣会社正社員の年俸は400−500万円程度。派遣会社は社員の給料の26-30%をマージンとして取るのである。企業は従って一日15000円を派遣会社に払い、派遣社員は1万円を給料としてもらい、派遣会社は5000円をマージンとする。派遣法では「事前面接」、「個人特定派遣」、「二重派遣」や「偽装請負」を禁じている。ハケンの賃金は益々低下する。「偽装請負」については別途紹介するので本書からは割愛する。

2)「派遣」の歴史

日本では1985年までは職業安定法第44条と45条で「労働者供給事業」は原則禁止されていた。しかしその前にはアメリカの人材派遣会社「マンパワー」が事務の請け負い事業で外資系会社に進入していた。1986年には特殊16業種で「労働者派遣法」が成立した(ソフト開発、通訳、翻訳、財務、機器設計、放送番組政策など)。スキルの高い業種に限り一定の歯止めがかかっていたが、バブル崩壊で業況が一変した。遂に1999年「改正労働者派遣法」では派遣業種が原則自由化された。規制緩和(撤廃)の流れは労働者の生活を一変した。派遣期間は1年が3年まで可能となった。製造業や医療関連業務も派遣が認可された。2000年以降不況を脱した企業では、長期にわたって雇用を保障する正規社員を抱え込むことを嫌がる傾向が続くのである。いまや人材派遣業界の売り上げは約4兆円に急成長したが、派遣会社乱立によって1事業所あたりの売り上げは2000年より低下の一途である。米国でも人材派遣業は90年以降拡大してきたが2001年9.11事件で縮小に転じた。米国では同一労働・同一賃金の原則が確立されているが、正社員より給料が低い現実は日本と変らない。イギリスでは派遣労働者数は120万人(全労働者の5%)で、派遣会社が人材育成に力を入れており、派遣社員のスキルアップが急速に進んでいる。正社員より高い給料を得ている場合も多い。特殊技能の派遣社員を好んで迎える企業も多い。

3)「女性の派遣社員」

女性の社会進出により雇用者数は2006年には2277万人になったが、この20年間正規社員は1000万人程度で変らず、増加しているのは派遣社員、パート、アルバイトといった非正規社員で、いまや非正規社員のほうが多い(2006年で1200万人)。職種はパートが61%、アルバイトが14%が主である(派遣は6.7%)。このように女性の社会進出は進んでいるが、半分以上は賃金も低く雇用も安定しない非正規社員である。全派遣社員の61%は女性である。しかも20代と30代という若い層が78%と圧倒的多数を占める。男女間の賃金格差は大きく、女性の賃金は男性の65.9%である。そして非正規社員の給料は正規社員の半分である。女性ということでセクハラ被害を受ける人も多いので、2007年4月から「改正雇用機会均等法」にセクハラ対策が強化された。

4)「スポット派遣」

2007年1月の調査では全国のホームレスの数は18564人で減少気味である。2007年8月「ネットカフェ難民」が全国で約5400人に上ることが、厚生労働省の調査で明らかになった。ネットカフェ難民になる人の多くは「ワンコールワーカー」である。「ワンコールワーカー」とは一日単位で派遣先を紹介される人である。いわば「日雇い労働者」である。賃金は非常に低い。月収は13万円から15万円程度にしかならない。生活保護世帯以下である。日本には年収が200万円に満たない「ワーキングプア-」と呼ばれる人が550万人いる。この「ワーキングプア-」にさらに下落圧力をかけているのが、団塊世代の派遣化である。2007年から2009年にかけて678万人が退職して、継続社員として65歳まで働ける人の平均年収は160万円(月13万円)なので、そのまま雇っていたほうが新人を採用するより安く付く。団塊世代が若年派遣社員の職を奪うとか賃金低下の要因になりかねない。

5)「労働ビックバン」による派遣

2006年経済財政諮問会議は「労働ビックバン」といわれる労働六法の改正案をまとめた。2007年度より順次国会に提出されるだろう。労働六法とは1)労働基準法 2)最低賃金法 3)労働契約法 4)パート労働法 5)雇用保険法 6)雇用対策法である。こうした一連の「労働ビックバン」は派遣社員の生活をよくしてくれるのだろうか。結論は「期待できない」。労働組合の影響力低下で組合交渉は低調でそのかわり「個別労働紛争解決制度」利用が急増した。労働契約法では正社員になる道の義務付けは削除され、残念ながら非正規社員の正社員化はおあずけになった。労働者派遣法の改正では派遣期間の制限を撤廃するするらしいが、これでは企業の3年での直接雇用の機会を奪うことになる。パート労働法では一定の条件を満たすパート作業では正社員と差別しないとなっているが、正社員波に働いているパートは全体の5%以下であり、かつ仕事内容が正社員と同じという条件付けが曖昧だ。
ということで、「労働ビックバン」は派遣社員の生活向上にはならないことがわかった。ではどうしたらこの蟻地獄から派遣社員は這い出せるのか。それには自助努力も大切である。厚生労働省は「紹介予定派遣」制度の充実に力を入れることになった。英国のように派遣会社が人材育成に力を入れ派遣社員のスキルアップに伴って派遣賃金が上昇する仕組みが大事だ。派遣会社では無料でOJT、OFF−JT教育訓練を実施しているのでこれを利用しなければ損だ。又企業側の努力も大切である。少子化と団塊世代大量退職を背景として、労働力不足問題が忍び寄っている。ユニクロやスーパーなどでは正社員化を積極的に進めているところもある。日本や米国の人件費削減対策はダウンサイジングによってマイナス面が目立ってきた。目の前の利益だけで人材を切ってゆけば企業の活力、開発力、国際競争力も削がれてゆくだろう。こうした安易な道は「ロー・ロード」と呼ばれる。


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