書評  041224

ジェームス・ワトソン、アンドリュー・ベリー著 「D N A」

    
講談社 (2003年12月)
 
現在のバイオテクノロジーのすべてが語られる
 

2003年が、ワトソンとクリックが遺伝子の本体であるDNA(DeoxiriboNucleicAcid デオキシリボヌクレイックアシッド デオキシ核酸)の2重らせん構造を解明した記念すべき日1953年2月28日(ワトソンとクリックは遺伝子DNAの構造解明によりノーベル賞を受賞した)の50周年にあたることから、この本が企画された。ジェームス・ワトソンは1968年に「2重らせん」という本を著している(この本は本書の初め1/4にあたる部分に相当)。しかしDNAのセントラルドグマに沿ったその後の遺伝子工学の進歩は著しいものがあり、今日のバイオテクノロジーの進歩は社会の広範な問題(医療など)に及んでいる。本書「DNA」は遺伝子構造解明から今日にいたる生命科学の進歩を総覧し、今日的問題をレビューしている。

私も学生時代を加算すると40年近くバイオテクノロジーの分野の周辺におり、その進歩を中で、横で見てきた。ひとつひとつの動きは熟知していたが天才の手になるレビューには興味が尽きない。この知的でエキサイティングなストーリに参画できなかった自分の無能が悔やまれるだけだ。本書は500ページほどの分厚い本で内容も多岐にわたるので、網羅的に紹介することも出来ない。しかし本書の持つ面白さを万分の一でも伝えられれば本書を購入されるきっかけになるのではなかろうか。専門的内容が多いのですべての人が理解できるとは思えないが、少なくとも科学に興味を持つ人なら是非読んでおきたい本である。本書の構成と概要を目次に従い列記する。

  1. 生命の神秘
     ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックが2本鎖の核酸の塩基アデニンとチミン、グアニンとシトシンが水素結合で対を形成して2重らせんを形成するという模型を作成したときから、今日の遺伝学の大きな一歩が始まったことを高らかに宣言する。
  2. 遺伝学の始まり
     子供が親に似るのは遺伝子が受け継がれるからだ。メンデルの遺伝子の概念から始まり、モルガンのショウジョウバエ染色体上の遺伝子の位置の発見、ダーウインの種の起源と自然淘汰説から優生学によるホローコースまで遺伝学を振り返る。
  3. 2重らせん
     ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックによるDNA(核酸)鎖2重らせん構造の発見がもたらす革命的意義を振り返る。
  4. 暗号の解読
     4塩基が遺伝子情報のすべてであり、3塩基の順列で1アミノ酸を指定する。DNAがRNA(リボヌクレイックアシッド)に転写されmRNAとなり核外にでてリボソームというタンパクへの翻訳装置に運ばれて、tRNAが運んでくるアミノ酸を順々に合成する。遺伝学のセントラルドグマ(公理)が確立した。
  5. 神を演じる
     1970年ごろには、制限酵素で遺伝子を望みの場所できる技術や貼り付ける技術、組み替えた遺伝子を細胞内に導入するプラスミド形質導入法が確立して遺伝子操作の時代に入った。
  6. DNAと金とクスリ
     遺伝子操作技術、モノクロナール抗体技術の本格化によりバイオテクノロジーが誕生した。望みのたんぱく質を合成する医薬品開発競争の時代に突入した。激烈なバイオヴェンチャーの特許競争が起きた。 
  7. シリアル箱の中の嵐
     植物への遺伝子形質導入技術ができると、遺伝子組み換え農業に世界の穀物会社が開発にしのぎを削ると同時に組み替え植物による生態系への懸念が表明された。 
  8. ヒトゲノム
     病気などの遺伝子の解明が望まれたが、人の遺伝子は31億塩基対からなる。この膨大な遺伝子の絶対位置の決定は莫大な金と時間であると思われた。 しかしポリメラーゼ連鎖反応PCR法の自動化により国家的ヒトゲノム計画が持ち上がり、ついに2000年6月米国がゲノム構造決定をなしとげた。
  9. ゲノムを読む
     つぎはコードされた遺伝子配列とたんぱく質との関係を求める時代になった。遺伝子配列は膨大といってもたんぱく質を暗号化している領域は1.5%に過ぎずは他はイントロンや反復配列という構造である。遺伝子構造の進化的意味の解明が次の課題である。 
  10. アフリカに発す
     ヒト細胞のミトコンドリアmRNAは細胞質にあるためこの遺伝は絶対的に母親由来である。そこで現人類のルーツを追い求める系統学が発達し、今のところアフリカのイブに由来するということである。 
  11. 遺伝子の指紋
     ヒト遺伝子は長い間に突然変異を繰り返すが、重要な蛋白の配列の変異は死につながるが、遺伝子反復配列の変異は死につながらないために変異は蓄積される。制限酵素断片多型RFLP、STR分析によりその変異は指紋のように個人や親兄弟の特定に使用できる。北朝鮮から持ち込まれた横田めぐみさん?の骨が偽ものであるという鑑定はこの方法の応用である。
  12. 病原遺伝子を探して
     制限酵素断片多型RFLP連鎖地図による400あまりの遺伝子マーカーが出来るようになって、病気の遺伝子の位置が分かるようになった。ハンチントン病、筋ジストロフィー病、エレファンマン線維症などに関する遺伝子位置が特定されたが、治療が出来るわけではない。また複数の遺伝子で病気が発症する場合もある。
  13. 病気に挑む
     フェニルケトン尿症は治療が可能な遺伝病であるが、ダウン症など多くの遺伝病は治療法はない。またヒト遺伝子のスクリーニングやデータベース化には個人情報問題があって倫理上、法的問題など課題が多い。ヒト体細胞に特定遺伝子をレトロウイルスで運びこむ遺伝子治療法は未だ開発途上で別の病気を引き起こすなど問題が山済みである。
  14. 私たちは何者なのか
     ヒトの良し悪しは遺伝子か環境か(氏か育ちか)という問題はこれからだ。
  15. 遺伝子と未来
     終章  世界中の政府は人間の生殖細胞に新たにDNAを付け加えることを禁止している。遺伝子の発現の機構はまだまだ不明なことが多い。 

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