随筆  070502

母の介護日記(9)



昨年11月17日に東山老人サナトリウムに母が入所できてひとまず落ち着いたかと思いきや、12月初めには施設側から重度認知症病棟B2への移動を申し渡され、家庭裁判所で自分が母親の保護者になるという認定証を書いてもらった。このとき支払元は介護保険から健康保険に移った。ほぼ同じようなシステムで一月あたりの費用は4万円以下で推移しているが、今年3月には区役所福祉部から連絡があって申請に出かけた。高額医療費払い戻し制度の適用が受けられ月当たり健康保険支払額が15000円以上を超えるときは差額分がバックされるということである。この制度により毎月の負担費用は30000円から35000円程度になりそうだ。おむつ代やシーツ代、洗濯代などは保険の適用を受けられないので15000円プラス保険外費用2万円弱が負担となる。

年が明けて平成19年になって、無事平穏に推移していたが、2月中頃姉からの電話では、母の心臓肥大による呼吸困難などや発熱が続いたので、医療病棟B1のベットに移動したということを聞いた。すでに起き上がれず寝たきりの様子で気をもんでいたが、医者の話では女性の場合(といっても私の母は93歳)何とか持ちこたえるものだといわれた。しばらくして大分状況も改善されて一安心していたが、3月11日朝一番病院から電話が入り心臓で出来た血栓が脳に飛んで脳幹近くで梗塞を起し、意識不明になったという。点滴と酸素呼吸(鼻から入れるチューブ式)を始めたということであった。兄弟姉妹に電話をして病院に駆けつけてもらい様子を見てもらって、私は翌日朝京都へ向った。昼過ぎに東山老人サナトリウムB1棟のベッドにいって、医者の説明を受けたが、今日一日は様子を見るが、悪化することもあるが、良くなっても寝たきりになるとのことであった。2,3日間看ていたが悪化はなく危機状態は脱したようだった。こちらからの呼びかけには反応がはっきりせず、手足も動かず、言葉も出ない状況であった。2週間ほどすると、意識はあることは確認できた。こちらの言うことは理解できているようで、呼びかけに対して答えは唸り声のようなものであったが、とにかく反応はあるようだ。医者が言うにはこのまま推移してゆくとしても、栄養供給が点滴によるブドウ糖だけでは体力が劣化するので流動食を鼻から流しこむ予定であるということだ。いつ開始するかを見極めているようだ。一応危機状態は脱して容態は安定しているというので、私も京都滞在2週間になるので、ひとまず茨城の自宅に戻ることにした。3月29日に帰った。4月に入っても特に悪くなっているという連絡はなく、兄弟姉妹も一週間に3日ほどかわるがわる様子を見に行ってくれているので今は安心である。4月15日ごろ流動食の供給を開始したという連絡を姉より貰った。5月にはいっていまのところ病態の変化を告げる電話はない。このまま手足も動かない寝たきりの状態で声も出ない、意識状態もうつらうつらで推移するのであろうか。京都にいる作業療法士の私の娘が、時折母のリハビリを1時間ほどやってくれている。呼べば意識はあり、言うことも分るよう(手を動かせといわれれば少し動かすようだ)だ。

2007年3月某日 東山老人サナトリウムにて
写真1) 東山老人サナトリウム概観  写真2) 母が入院しているBI棟
写真3) ピアノを弾く老人 写真4) 塗り絵をする仲良し三人


京都にいた2週間ほどは、ほぼ毎日午後は東山老人サナトリウムに出かけた。自宅からは自転車で地下鉄東西線の2条駅に行く。市営駐輪場に自転車を預け(150円)、2条駅から乗って蹴上駅まで地下鉄で15分ほどで着く。近くには南禅寺、蹴上浄水場や都ホテルがあり観光の中心でもある場所である。蹴上駅南禅寺口の地上に出て病院のシャトルバスを待ち(30分おきに運転されている)、バスを乗ること5分で東山老人サナトリウムに着く。ここは京都市山科区日ノ岡夷谷町でその山腹に施設がある。上の写真に施設の概観を示す。介護老人保健施設「ハートフル東山」も併設されている。山の斜面に沿ってAからF棟までが別棟として建てられ、各棟は廊下とエレベータで結ばれている。将に迷路のようなありの巣だ。私はE棟から玄関へ帰るとき迷子になったことがある。今入所しているB1棟は玄関脇にあるので便利だ。写真のようにB1棟の入り口に「お見舞いありがとう」という紙が張られていた。また母のベットにいても何をするわけでもないので、いつもコーヒーなどの自動販売機がある玄関脇の談話室(50メートルほどの長さを持つ大きな空間で、近くの東山も見え景観はいい)で時間をすごすことがあった。そこで見かけた風景として(下の写真に)、ときおりピアノを弾く男性の老人(とても淋しい曲をエンドレスで弾き続けていた)や、いつも1時半ごろ仲良し女性3人組の老人が色鉛筆で塗り絵をしていた。塗り絵の一老女に「元気そうですが、何処がいけないのですか」と聞くと、頭を指差して笑っていた。

ここで母に捧げる漢詩を一句掲載する。
春夜思母
人生看得幾多     人生看るを得たり 幾多の春
夜色沈沈迫老     夜色沈沈と 老身に迫る
片片風前花已散     片片と風前に 花已に散じ 
思母落涙酒殊     母を思て涙を落し 酒殊に頻なり
(赤い字は韻:十一真  七言絶句平起式)


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