170613

服部茂幸著 「偽りの経済学ー格差と停滞のアベノミクス」 
岩波新書(2017年5月)

日銀黒田・岩田の異次元金融緩和策による物価上昇2%目標は4年経って達成できず、格差と停滞のアベノミクスは破たんした

服部茂幸氏の書かれたアベノミクスに関する経済学の関連著書で、服部茂幸著 「新自由主義の帰結」(岩波新書2013年5月)服部茂幸著 「アベノミクスの終焉」(岩波新書2014年8月)がある。アベノミクスの始まりである2013年3月時点での現状の問題を指摘したのが「新自由主義の帰結」であり、アベノミクス開始後1年半後の状況(中間報告に相当する)を明らかにしたのが「アベノミクスの終焉」であり、アベノミクス開始後4年後の状況を総括したのが本書「偽りの経済学ー格差と停滞のアベノミクス」である。「アベノミクスの終焉」(2014年8月)で筆者は次の様な見通しを述べた。「アベノミクスの下で経済が順調に成長していると思われていた。しかし経済成長を支えているのは、政府支出と耐久大消費と住宅投資に過ぎない。2014年4月に消費税率8%に増税が行わた後に反動として耐久財消費と住宅消費が急減することは目に見えていた。政府投資も14年度は横ばいと見込まれる。そして14年度は経済成長が挫折する。消費者物価上昇率もプラスに転じたが、これは輸入インフレの結果である。円安が止まればデフレに戻る」 その間に世界的な原油価格の急落や、円高の進行が起った。2017年の今では消費者上昇率はほぼゼロかマイナスに転じ、経済も停滞している。日銀副総裁の岩田氏は2015年2月、消費税増税後の反動期は和らいだといった。消費税増税前の駆け込み需要にとって2013年度の経済成長率は0.8%も押し上げられた。これはアベノミクスの効果ではない。消費税増税の反動がデフレ回復に水を差したのではなく、駆け込み需要と政府財政出動拡大でかさ上げされていた経済が元に戻ったに過ぎない。アメリカでは2008年の金融危機について、以前から住宅バブルの危険性を警告し続けた少数派の経済学者であった。彼の2010年の書物で次のように言っている。「グリーンスパンに導かれた連邦準備制度理事会FRBは、8兆ドルの住宅バブルを抑制することなく黙認した。・・・政治的エリート(経済政策のトップの地位を占める人々)は自分らが無能、腐敗、あるいはその両方であることを公衆が知ることを望まない。物語を複雑さと饒舌さとデータの中に埋葬することによって、アメリカの公衆を煙に巻いている」 ベーカーはアメリカの金融恐慌の原因はFRBが住宅バブルを放置したことにあるといいう。政府関係者は公衆が金融恐慌の真のシナリオに気が付かないように、歴史を書き換えようとしていると批判する。中央銀行が経済を動かす力には自ずと限界がある。需要な局面でFRBが悉く判断と対策を誤ってきた。現在に日銀を動かしている金融政策のフレームワークはバーナンキの理論に基づいている。2013年3月に旧来(白川日銀総裁時代)の日銀の金融政策を批判していた黒田が日銀総裁、岩田が副総裁に就任した。彼らは金融緩和によって2年をめどに物価上昇率を2%まで引き上げると公約した。ところが4年を経過した2017年の今、物価上昇率はほぼゼロか、マイナスである。実体経済の成長率も低い。日本経済は金融恐慌までデフレと言いながらそれなりの成長(さざ波景気)を維持していた。ところがアベノミクス期には恐慌がないにもかかわらず経済成長率は低いまま推移している。今やアベノミクス経済政策はデフレ脱却に失敗したことは明らかであるのに、その責任を消費税増税後の需要の低迷、原油価格の世界的な急落、2015年以降の新興国の経済の減速のせいだとすり替えた。FRBを信奉しその路線を踏襲する彼ら日銀リフレ派は重要な判断を悉く間違ってきた。本書はアベノミクス経済政策の中心人物である岩田日銀副総裁(元慶応大学教授)の言動を取り上げてゆく。アベノミクス政策を総括する基準は@目標を達成したかどうか(2年をめどに物価上昇率2%達成)、A目標が持続的に維持されているか(一時の成果に終わってないか)、Bより大きな利益を阻害していないか(犠牲になっている大切な面はないか、格差など)、Cどのような経路で目標が達成できたのか(ブラックボックスで成功したのか、プロセスを踏んだのか)で行う。アベノミクスの当初の段階(2013年度)消費者物価上昇率がプラスに転じたことだけでアベノミクスはうまくいったという論は、成り立たない。アクションをその結果にはフィードバックがかかるものである。消費者物価上昇率がプラスになったのは、急速な円安の結果であり、経済を支えたのは2014年の消費税増税まえの駆け込み需要と政府支出(復興事業など公共事業)拡大であった。いずれも持続性はないからこれを成功とはいえない。消費税増税実施後すぐにフィードバックがかかり経済は収縮した。また消費者物価が上昇したのは賃金上昇によるのではなく、円安による輸入インフレのためである。何に依るかによってその効果は大きく異なる。賃金上昇は消費を拡大し経済を活性化させる。逆に円安による物価上昇は、実質的な購買力を削減し消費は縮小することは明らかである。その意味で円安インフレはより大きな目標を阻害し有害でもある。アベノミクスの成果として政府は雇用の回復を主張する。金融緩和で輸出や消費の拡大を促し生産を拡大し雇用を復活させると彼らは主張する。実際実経済は成長したであろうか、輸入や消費は停滞し生産は横ばいである。すると雇用の拡大は別の要因によると考えられる。増加しているのは短時間就業者であり、長時間就業者は減少しているのである、簡単に言えば正社員を一人頸にして、二人の短時間就業者を雇用したに過ぎない。その証拠に、延べ就業時間は横ばいである。労働生産性上昇はほぼゼロである。これが生産拡大なき雇用増加の実態である。企業利益の急増もアベノミクスの成果とされる。実経済の生産や売り上げの拡大がない中で企業が利益を増大させている原因は、円安、原油安、人件費削減のおかげである。パイの分配が生産者側に傾斜したことによるもので、アベノミクスの成功とは言い難い。

服部茂幸著 「アベノミクスの終焉」(岩波新書2014年8月)は本書のアベノミクス総括の中間報告をなすものであるので、本書を理解するうえでぜひ目を通しておきたい。
2014年夏、アベノミクスの早々とした萎縮に疑問を呈し、検証作業をおこなったのが服部茂幸氏の本書である。客観的に評価するのはまだ早いというのではなく、こんなまずい政策は早急にやめるべきというのだ。これは経済学上の立場の違いからくる。本書のあとがきに書いているよう、「筆者はアベノミクスが始まる前からリフレ政策の批判者であった」という。
1)アベノミクス1年半の成果の検証では、2014年第1四半期の経済成長率は極めて高いが、これは消費税増税前の駆け込み需要による。14年第2四半期の経済成長率の落ち込みはひどいものであった。要するに日本経済の中身は金融大緩和に関係のない部分(駆け込み需要)を除けば、経済はゼロ成長かマイナス成長である。異次元緩和派の絶頂期は実は緩和開始前の幻想の時期のもので、異次元緩和が開始されると不幸にも日本経済は失速した。日銀は2013年4月4日質的・量的金融緩和の導入を決定した。その柱は@2年をめどに消費者物価上昇率を2%程度までに引き上げること、Aマネタリーベースを年間60−70兆円まで増加させること、B長期金利の低下を促すために長期国債を年間50兆円のベースで購入することであった。マネタリーベースとは日銀の現金と日銀当座預金の合計のことで、12年末に138兆円であった者を14年末にはそれを270兆円まで拡大するという方針である(2013年末の実績はマネタリーベースは202兆円、日銀当座預金は107兆円である)。長期国債の保有も89兆円から190兆円は拡大することになる。2013年5月23日の株価大暴落は日銀の長期国債の大量買い付けが国債価格を不安定にしたためである。これを期に株価も円ドルレートも全く動かなくなった。これがアベノミクスの第1の失敗である。初期の段階で円安と株価上昇はなぜ起こったかというと、政策の効果では全くあり得ない。人々の期待に乗った投資家たちの「偽薬効果」である。円安の狙いは輸出を拡大させることであった。日銀の金融大緩和が始まると皮肉にも経常収支が悪化した。これは金融政策ではどうしようもない産業構造の沈下こそが大問題なのである。アベノミクスの第2の失敗は輸出拡大による経済復活に失敗したことである。 2014年4月の所定内給与は0.2%低下したという。実質賃金は3%も低下した。勤労者家計の消費の減少は名目で3%、実質で7%だという。内閣府の消費者動向調査では13年度末より各指標は急速に悪化している。アベノミクスの第3の失敗は、賃金が低下し、消費が落ち込んだことである。異次元緩和が始まってから経済成長率は低迷した。低迷する経済はアベノミクスの異次元緩和の第4のそして最大の失敗である。雇用者報酬、民間住宅、消費、耐久財、サービスのチャートを見ると、13年後半以降雇用者報酬は減少し続けている。
2) 「第1の矢」批判 異次元緩和金融政策 では、国債のマネタイゼーションとは日銀が国債を引き受け(国債の市中引き受け原則の無視)あるいは金融機関から買い入れると、政府預金が増え、それを取り崩して民間の預金が増えることを示す。どこまでが金融政策でどこからが財政赤字のファイナンスなのか明瞭な線引きは不可能だが、すでに満杯に近い国債市場において、日銀による国債引き受けしか方法はなかった。つまりインフレ・ターゲット2%設定と、日銀による国債購入額の大幅拡大は表裏一体の政策だった。」という。黒田総裁下の金融政策は古典的なマネタリスト・アプローチに従っているように見えて、中央銀行が思い切った大胆な金融政策を行う姿勢にあることを強く打ち出すことによって醸成される「期待」が、株価や為替相場あるいは不動産価値に及ぼす影響に重点が置かれているようです。まさに心理学の領域で勝負しているようです。本質的に脆弱な「期待」によりかかった政策が果たして実経済に影響を与えることができるでしょうか。
3) 「第2の矢」批判 財政政策と公共事業 では、アベノミクスの第2の矢は国土強靭化であるという。つまり小泉首相が破壊した公共工事の土建業の復活である。不況時に行われる財政政策は一般的にケイインズ政策と呼ばれる。そして公共工事は政府支出のなかでもGDP にカウントされる。各国の政府支出のGDP比と一人当たりの経済成長率を見ると、全く相関は見られないのが実情である。各国が抱えている問題の実情、伝統的な問題、市場構造、経済構造などの要因が異なりすぎているため、政府支出のGDP比という指標では経済成長率は議論できないということである。現在政府・日銀は今回の経済回復は内需主導型と主張しているが、輸出が減少しているので輸出主導型とはいいがたい。だからと言って内需主導型であるわけではない。13年度後半の経済は政府支出と消費税増税前の駈け込み需要主導型である。2014年度の政府投資は実質で2.3%減少すると見込まれている。14年度は政府支出と耐久財消費、民間住宅主導型の成長は見込めない。財政法では政府が日銀に国債をひきうけさせることや、日銀から借金をすることは禁止されている。そこで日銀は市場から国債を購入することでマネタリーベースを供給しているので、実質的には同じことである。2013年度当初の国債発行額は総額170兆円、うち借換債が一番大きく112兆円、建設国債43兆円、復興債2兆円、財投債11兆円です。国債の保有者別では2012年末で総額960兆円のうち、銀行が43%、生損保が19%、日銀が12%(115兆円)、公的年金7%、年金基金3%、海外8.7%等となっています。
4) 「第3の矢」批判 成長戦略とトリクルダウンでは、ミクロ経済学が言う資源の効率的な配分とは、所得格差の問題を排除している。市場の生み出す膨大な格差が望ましくないと社会が考えるとき、所得の再配分が行われる。それは福祉政策である。そのとき政府が小さいと格差の拡大を阻止することはできない。円安政策の目的は輸出拡大であった。しかし今のところ円安で輸入が急増している。その結果日本の経常収支赤字がかってないほど拡大した。輸出が伸びないことに対する政府・日銀の言い訳はの第1は「J曲線効果」と呼ばれる。日本の輸入はドル建てで行うので円安で輸入価格は高騰する。しかし輸出は円建てが多いので輸出価格は高騰しない。だから輸入・輸出の量にさほど変わりがないなら貿易赤字は拡大するのである。石油高騰より、日本の国際競争力が高いといわれた分野で輸入が急増しているのである。これは深刻な問題である。輸出の拡大では、化学製品17%、輸送用機器10%の順である。また貿易相手国では輸入増加は中国21%、中東18%である。輸出では中東16%、中国が15%増えている。つまり輸入増加の大きな要因はアジア新興国からの製品輸入である。円安にもかかわらず輸出は増えていないのは、逆に日本の主力輸出製品の不振にあり、円高が輸出を阻んでいるという前提は疑わしい。スーパーリッチ(寡占企業)が潤えばトリクルダウンが起きているのだろうか。結果的に言えば雀の涙ほどもお情けは落ちてこないのである。企業の利益が賃金上昇に結び付いたかという点で検証しよう。GDPと雇用者所得、民間消費、輸出入のチャートを見ると、2001年から2008年までの「いざなみ景気」(中国特需)を支えたのは輸出の拡大であった。民間消費も雇用者所得もほとんど増加していない。ではアベノミクスはトリくるダウンをもたらしただろうか、2012年上下期と2013年上下期の雇用者賃金(ボーナスを含む)を製造業と非製造業で見てみると、2013年度上期より給与はほとんどの会社規模や業種別で下がっている。例外は製造業の大企業のみで給与は増加した。皮肉なことにアベノミクスが始動した2013年上期より賃金は下がり始めたのである。

1) 低成長が続く日本経済

岩田日銀副総裁が、就任前の2012年に書いた「日本銀行―デフレの番人」という本の中で、「日銀のデフレ理論によると、世界中でなぜか、日本だけが@グローバル化、A情報通信革命、B新興国の急速な台頭などの経済環境の変化に企業は政府もうまく対応できずに、デフレになった」と述べています。1990年以降の日本経済は長期停滞の下にあるとされ、経済停滞の中で日本銀行が金融緩和を行わず、デフレを放置したと主張する経済官僚と学者の一派を「リフレ派」と呼びます。このリフレ派の黒田が総裁に、岩田が副総裁にとなった現在の日銀体制が発足したのは2013年3月です。その後同じリフレ派の原田が日銀政策委員会の審議委員に就任した。金融緩和の規模の巨大さから、量的・質的緩和政策は「異次元緩和」と呼ばれた。しかしリフレ派が日銀を支配しても、政治的勝利ではあるが、2%の消費者物価上昇のインフレ目標達成及び日本経済のデフレからの脱却が達成されたかどうかが問題である。すでに2017年春で4年が経過したのであるが、デフレ脱却の公約は果たされていないし、物価上昇率もほぼゼロかマイナスに転じデフレに戻った。これに対して岩田日銀副総裁はただただ言い訳と責任転嫁と問題の複雑化に埋没している。黒田―岩田日銀は目標未達の責任を、消費税増税後(2014年4月)の経済低迷、原油価格の世界的な下落、新興国の経済減速という外的要因に押し付けた。そういったことがなければ物価上昇率2%は達成できたのにとタラレバ論で、「出来なければ辞任する」と豪語した舌の根も乾いていないのに逃げの手を打っています。原油価格の世界的な下落、新興国の経済減速も世界的な現象である。岩田が範とするアメリカではデフレになっていない。目標未達のため政府・日銀は3年目に打開策を焦ったように実施した。2016年2月日銀はマイナス金利を導入し、6月には10%への消費税増税を見送り、9月にはさらなる金融緩和を決定し、10月には第2次補正予算によって28兆円の追加投資を決めた。にもかかわらず政府・日銀はアベノミクスによって日本経済のファンダメンタルズは良好であると、強弁し宣伝した。2016年度の経済白書において、雇用と所得が改善し、名目GDP、GDPデフレーター(名目GDPから実質GDPを算出する物価指数)がプラスになったと述べている。政府・日銀は数多くある経済データの中で良い物だけを取りあげて、アベノミクスの成果だと宣伝し、悪い経済状況は外的要因に責任転嫁をしている。実質GDPの伸びが緩やかであるということは経済が停滞していることである。実質GDPの伸び悩みの原因は支出が伸びていないことにある。アベノミクスは2%の物価上昇、2%の実質GDPの経済成長、3%の名目GDPの成長を公約した。デフレ脱却は経済成長のための手段である。1995年以降の実質GDPの推移を見ると、短期的には上下があるので、中長期的な平均実質GDPの方が重要であろう。1997年の世界金融危機期、2008年のリーマンショックによる世界同時不況期と2011年の東日本大震災とその回復期(2008−2012年)は著しい乱高下があるが、2000年から2008年までのいざなみ景気の平均実質GDPは1.5%、アベノミクス期(2013−2016)の平均実質DGPは1.1%と低くなっている。確かに2013年単年では実質GDPは2%と高かったが、これは消費税増税の駆け込み需要で、2014年単独の実質GDPは反動で0.3%に低下した。2015年は1.2%、2016年は1.0%と低いままである。金融政策は需要の拡大を通じて、生産を拡大させる。労働市場が需要超過であれば賃金が上昇するはずである。この金融政策の物価上昇への波及効果の一つがこの経路であるが、少なくともアベノミクスはこの経路においてあまり機能していない。政府日銀はアベノミクスの成果として失業率が低下し完全雇用の状態にあるという。これは人の成果の横取りと同じであって、2008年の金融恐慌後の回復期に経済が復興し、ほぼ完全雇用が実現していたのである。アベノミクス期は全体的に名目GDP の方が実質GDPの増加より大きい。平均名目GDP 増加率は2%程度であって、3%の目標には達していない。政府は2015年9月アベノミクスの新3本の矢を発表した。その第1は名目GDP を2020年頃までに3%に引き上げるというものである。そこで政府は名目GDP統計の見直しで計算上の数値向上に努めたが、これは本当の目標達成と言えるのだろうっか。名目GDPの計算には為替レートが大きく影響する。急速な円安は貿易収支において輸出価格を引き上げることで名目GDP を増加させる。輸入価格の高騰は名目GDPを減少させる。加えて2014年後半から世界的に原油価格が急落した。これにより原油価格の引き下げを通じて名目GDP を増加させた。実体経済は少しも拡大していない。その責任を消費税増税のせいにしている。政府が打つ経済政策内での矛盾がぶつかっているだけのことなのに「天に唾する」とはこのことをいう。経済成長は2013年度後半から停滞し始めた。低迷する経済を支えているのは、政府支出、耐久財消費、住宅投資である。消費税増税によって大打撃を受けるのは耐久財消費と住宅投資であることは目に見えていた。消費税増税の駆け込み需要の効果は一時的で、藩ドプの方が経済減少させることは誰が見てもわかる話である。消費税増税によって雇用者報酬と家計の可処分所得はさらに落ち込んだ。物価上昇に賃金上昇が置き去りにされたのである。もうひとつの責任転嫁先が新興国の経済の低迷である。世界金融恐慌後中国やアジアの新興国の経済はいち早く回復し、堅実な成長を続けている。アメリカでは経済の回復を受けてFRBが利上げを行った。

一般的に経済の停滞の原因は需要の停滞にある。そして異次元緩和は需要創出に失敗したから機能しないのであった。さらにその原因は消費と輸出の停滞にあることも自明である。岩田らの日銀リフレ派は日銀の金融緩和によって円安が生じれば輸出が増加すると論じてきた。デフレが脱局出来れば、賃金や消費も増加すると「考えた。しかし輸出や消費が伸びないまま岩田の公約は破られた。日銀副総裁就任時に、岩田は日本画世界貿易で勝てない理由は円高にあると論じた。日本は世界最大の債権国であり、その名目金利は世界最低水準であった。世界経済が順調な時は外貨準備が増加し円安になるが、不況時には円高になる。円安政策は輸出の拡大のための手段であって、目標ではない。従って円安が進行しても輸出数量規模は伸びなかった。為替レートは1ドル120円でも100円でも輸出にはそう影響はしないことが証明された。これまで輸送機械(車)と電気機器が輸出の中心であった。最近は電機業界は振るわない。その原因は新興国の低賃金で日本製品の競争力が無くなったことである。円安によってドル換算の賃金を引き下げることぐらいでは新興国の低賃金には勝てなかった。中国、韓国、台湾のメーカの技術力と投資が進み日本製品に対抗できる状況では、低賃金による低価格には日本企業は勝てなかった。こうして円安による輸出促進政策は中途半端な形で終了した。ただし円安政策は日本企業の海外工場での名目効果による利益が激増した。儲けたのは自動車産業だけであった。しかし新興国中国やインドでの自動車製造業がいずれトヨタに追いつく時には、電機産業のように急速に業績は悪化し製品によっては撤退の憂き目を見ることは明白に予想される。消費はGDPの6割を占める最大項目である。消費の停滞を経済指標から見てゆこう。アベノミクスの下で家計の可処分所得が低下し、消費もそれにつれて減退した。2010年を100とする消費活動指数を見ると、アベノミクスが始まる前から消費活動指数は103まで上昇していたが、アベノミクスの始まった2013年度も緩やかに上昇し2014年春の消費税増税駆け込み需要で瞬間的に108にまでなった。しかし増税実施後は反動で101まで急落し、2014年春から2016年度末まで(約3年間)ほぼ102で停滞している。その水準は安倍が首相になった2012年末よりも低くなった。外国人の旅行収支を差し引いた消費者指数は100を少し超える程度で2014年度以降停滞が顕著である。中国人観光客が日本の消費者指数を支えてくれたことが良く分かる。次に家計所得と消費の停滞を見てゆこう。1997年の金融危機以来賃金と家計所得は全体として減少し続けた。2010年を100とする消費、雇用者報酬、家計可処分所得の推移を見ると、雇用者報酬はアベノミクスが始まる2013年迄わずかながら増加傾向にあった。ところがアベノミクスが始まった21013年以降は大きく減少した(指数は99)。その最大の原因は円安による輸入インフレであった。原油安や円高によって輸入インフレが終息した2015年以降雇用者報酬は増加に転じた。家計可処分所得はアベノミクスが始まるまでは停滞していたが、アベノミクスが始まると家計可処分所得は雇用者報酬以上に急減した(指数は96が底で2015年より回復傾向になったが、2016年でも100まで回復していない)。これは税金と社会保障費負担が増えたためである。輸入インフレによって雇用者報酬と家計可処分所得が減少すれば消費も減少するのは当然である。輸入インフレによって給与が目減りし、税金や社会保険の負担によってさらに実質可処分所得が減少しているために消費が停滞している。ところが2015年以降消費停滞はそれだけが原因ではなく、所得の回復に関わらず消費が停滞し消費性向(消費/可処分所得)が低下している。家計が節約モードに走っているのである。2016年のエンゲル係数がバブル以前の水準に上がった。それは食糧価格の高騰によるものである。食べなくては生きて行けないから必然的にエンゲル係数が上がるのである。食費を除いた消費性向は高齢者は別にして勤労者世帯では2014年以来58%から55%に下がり、特に40才以下の年代で落ち込みが激しく50%を切った。日銀は消費の伸びが停滞していることを「2015年から食料品や日用品の値上がりが広く見られ、賃金の伸びを上回っているため消費者心理に悪影響を及ぼしている」と認めている。アベノミクスでは物価上昇のために、実質可処分所得は大きく低下した。家計の金融資産と負債を見ると、金融資産は中高年世帯ではこの15年はほとんど一定である(50歳代では金融資産は1500万円ほど、若者は減少傾向)。他方負債は30歳代と40歳代では2010年以降増加傾向で、800−900万円である。50歳代の負債は600万円でほぼ一定である。住宅ローンなどの負債のある世帯の消費者性向を調べると、10年間の平均で負債がある世帯では消費者性向は全平均世帯より8%も低い。そして2014年に比べると2015年はさらに2%低下している。住宅・土智のための負債を多く抱えている世帯が消費性向を大きく引き下げている。こうして住宅ローンの負担は消費を削減させる。住宅投資はマイナスの遺産となった。住宅の着工床面積の推移を見ると、アベノミクス前と2014年消費税増税駆け込み需要までは新設住宅床面積は順調に拡大してきた。2014年4月より8%消費税増税が始まると新規着工は激減し、800万平方から600万平方に落ち込んだのち、2015年末マイナス金利導入で90万平方ほど増加したがすぐに落ち込んだ。増加したのは持ち家ではなく、賃貸と分譲住宅である。すでに日本は「空き家大国」で、かつ人口減少社会である。住宅地の土地価格もほとんど停滞したままで、特に地方において顕著である。2020年のオリンピック施設は大きく負の遺産となることは目に見えている。結論として異次元緩和の効果を検証すると、@為替レートの急落(円安)が生じ、貿易は思った以上に拡大せず、貿易赤字は拡大した。A長期金利と住宅金利を下げた。しかし住宅建設は停滞し、家計の住宅ローン負担は消費を抑制した。企業は需要が低迷する中では設備投資wp拡大せず、利益は内部留保を急増させただけであった。B株価は高騰したが、日本の家計の株保有は大きなものではない。物価上昇は金融資産価値を目減りさせたため資産効果は限定的である。C円安インフレによって家計の実質賃金と実質可処分所得が減少し、これが節約志向を生み消費は停滞した。

リフレ派は世界の中で日本だけがデフレの中で経済停滞に陥っていると主張していますが、本当にそうなのでしょうか。IMFによると、主要国の人口一人当たりの実質GDPを見ると、2000年から2016年まで日本はアメリカやイギリス、ユーロ圏とほぼ同じように増加を続けています。ドイツだけは伸び率が抜きんでています。現役世代人口一人当たりではアメリカよりも高いのです。GIIPSを抱えるユーロ圏やイギリスも金融恐慌以後の回復が日本に追いつき始めています。OECDのデータより現役世代(15−64才)の就業率の推移を見ましょう。日本の就業率は1990年代後半から70%を切り低下傾向にあったが、2000年代に入ると就業率は上昇に転じ、2008年の世界金融恐慌前には71%になった。恐慌により一時的な低下があったが2016年には74%と過去最高水準となった。今就業率がそのレベルにある国はイギリスドイツ、日本である。アメリカは70%とアメリカの雇用回復は芳しくない。アメリカの実質上の失業率はなお10%程度であろう。ただし日本の就業率の質的内容を見ると日本で増加しているのは短時間労働(派遣、パート、バイト)就業者である。リフレ派は1930年代のアメリカ大恐慌や戦前の我国の高橋蔵相財政政策の教訓を金融緩和策の権威付けに使っている。1925年から1940年の日本とアメリカの実質GDPの推移を見ると、1931年高橋是清財政によって経済は順調に拡大し1935年には実質GDPは恐慌前の1.4倍に拡大した。十分経済は回復したと見た高橋は緊縮財政に切り替え軍事費を削減した結果、1936年2.26事件で軍部によって暗殺された。アメリカでは恐慌によってGDPは30%も減少し、ルーズベルト大統領のニューディール政策が1933年より始まり回復が軌道に乗った。1939年には著しい経済回復の成果と格差の縮小という効果を挙げた。ナチスドイツもV字型回復を成し遂げている。高橋財政は世界の中でいち早く復興を成し遂げた点で、今の取り残されたアベノミクス日本とは正反対である。アベノミクスでは経済回復は停滞し格差が拡大している。根本的に金融政策の志と方向性が間違っていたのであろう。高橋財政では経常収支は改善されていない。1930年代の世界恐慌期には、金本位制を廃止し通貨を切り下げた国が一番早く経済を回復したが、経常収支には手を付けなかった。フリードマンらの大恐慌論は金融政策の失敗によってデフレが生じたことにあった。だからバーナンキは金融政策はバブルを無視しても構わない、バブル崩壊後に経済が停滞した時は金融を緩和すれば経済は直ちに復活するという理論が、今日の異次元金融緩和を支えている。フリードマン説はバブル崩壊や金融恐慌が大恐慌とは無関係であると考えている。フリードマンはマネーストックの急減が大恐慌の原因だと述べた。このマネーストックの急減も金融恐慌の結果である。また金融恐慌後の注目すべき特徴に一つは、財政拡張論者の増加である。浜田も2017年に財政拡張論に転換した。バーナンキも政府出動を要請している。バーナンキとFRBは2000年代の住宅バブルを放置した。金融緩和で事態が容易に回復するというのが彼らの主張なら、なぜ国家による金融機関の救済を行ったのだろうか。2008年の金融恐慌はフリードマンやバーナンキのリフレ理論を粉砕したのだ。アベノミクスの下の日本経済は2013年以降、何の危機も存在しない回復期に経済停滞をしている。これこそ異常事態である。

2) 雇用は増加していない

前章が総論だとすると、この章では実体経済と雇用、労働生産性との関係に焦点を合わせている。2008年の世界金融危機以降は日米欧ともに経済停滞に苦しんでいる。EC、ヨーロッパ中央銀行、国際通貨基金IMFはギリシャ財政破綻に対して緊縮財政を押し付けた。その結果ギリシャ経済はさらに停滞した。EUのプログラムは失敗に終わったにもかかわらず、EU指導者は緊縮財政の成果を宣伝し続けている。日本でもアベノミクスが失敗した証拠が続々集まってきても、政府日銀は目標を達成しつつあると宣伝している。アベノミクスが4年経過して、物価上昇率はほぼゼロ程度であるが、そのうち良くなるだろうくらいの気持ちではないか。政策者は失敗を隠して、成功ストーリだけがメディアに宣伝されている。かれらの嘘をひとつづつ暴いてゆこう。アベノミクスの成果としてよく出てくるのが雇用の改善である。実体経済が低迷しているのに雇用が改善したとは奇妙である。これにトリックがある。内閣府データによる就業者数と延べ就業時間、労働生産性の推移を見ると、2011年の東日本大地震の混乱期を除いて(2010年と2011年度データー欠損)、就業者数は2000年以来減少を続けていたが2005年以降就業者は増加に転じた。2013年より再び増加になった。2012年を100として2016年度は103であった。労働力調査における就業者の定義は週1時間以上働いた人の数である。残業も含めて週60時間働く人も数時間しか働かないアルバイトの人も同じ就業者にカウントされる。そこで延べ就業時間数の推移を見ると2000年以来微減の一途であった。2016年で99であった。延べ就業時間は就業者数と連動していない。雇用の正しい指標を使えばアベノミクス期に雇用は全体として減少しているということが結論である。延べ就業時間増加率と実質GDP増加率との間に「オーカンの法則」(実質GDPが増加すれば失業率が低下する)を置いて考えると、労働生産性=実質GDP/延べ就業時間であるから、労働生産性は2000年以来著しく増加してきた。2010年の労働生産性85から2012年に100となり、アベノミクス期には増加率は低くなって2016年には108であった。現役世代人口は2001年以来一貫して減少しているので、延べ就業時間数が減少しいるのは、労働市場において需給のひっ迫から失業者が低下して原因である。アベノミクス期の人手不足は仕事量GDPが増えたからではなく、現役世代人口が減少し労働供給が減少したからである。従ってこれからの日本は労働生産性の向上なくしては経済成長は望めない。このような状態でアベノミクス期に労働生産性の上昇率が低下したことは中長期的には由々しき事態となる。就業者数が増えたというトリックは、急増する短時間労働者数の増加が要因である。総務省データより週就業時間別の就業者数の変化を見てみると、週29時間以上就業する長時間就業者数が減少している。より短い就業時間の労働者は増加している。アベノミクス期が始まった2012−2014年には短時間就業者は120万人増加したが、週40時間以上の長時間就業者は100万人も減少した。長時間就業者の大部分は現役世代の正規社員である。現在日本で就業者が増加しているのは女性と引退世代である。産業別に見ると、雇用が著しく拡大しているのは医療・福祉である。他方雇用が減少しているのは製造業・建設業である。雇用形態では正規社員が減って非正規社員が急増した。世界同時不況からの回復期になぜ就業者が増加していないのだろうか。普通は不況からの回復期の成長率は高いのが常識である。急速な成長が雇用を生まなかったのはアベノミクスの謎である。内閣府データーより、時系列に区分して実質GDP、就業者数、延べ就業時間、労働生産性、雇用DIを見てゆくと、2005−2008年の好況期T、2008−2009の不況期U、2010年―2013年回復期V、2013−2016年アベノミクス期Wと区分する。
T期: 実質GDPは増加を続けた。しかし就業者数は横ばいであり、延べ就業時間は微減である。その分労働生産性は上昇した。
U期: 実質GDPが急減した。雇用維持に努力した結果就業者数は微減である。長時間就業者が減少し、残業が無くなったので延べ就業時間は低下した。労働生産性は統計上は低下した。雇用DIが急上昇したのと反対に労働生産性は低下した。
V期: 経済は回復し雇用DIも急低下した。実質GDPが急上昇しているにもかかわらず延べ就業時間は横ばいで、労働生産性は急上昇している。この期間も長時間労働者数は減少している。就業者数が増加していないのは、不況期に解雇しなかった日本的労働習慣である。労働生産性は向上した。
W期: 実質GDPは微増である。延べ就業時間は横ばいである。アベノミクスが始まるといきなり就業者数が増加した。しばらくすると労働生産性の停滞が始まった。雇用DIはマイナスに低下した。医療福祉介護の労働生産性は低い。労働生産性が低い産業が拡大すると全体の労働生産性を低める。老人、女性、非正規の層が急拡大した、中でも短時間就業者が拡大した。これがアベノミクスの雇用の改善の実態である。今まで一人の長時間就業者のやってきた仕事を細分化して低賃金の短時間就労者を多数雇用したからである。これをきれいな言葉でいうと「ワークシェリング」と呼ぶ。
最後に内閣府データにより実質賃金率の推移を見てゆこう。実質賃金の3つの要因に分けて考える。@GDPデフレーター(名目GDP/実質GDP×100)と消費支出デフレーターの上昇率の差、A労働分配率上昇率、B労働時間あたりの実質GDP増加率(労働生産性)の寄与分を計算して、その合計を実質賃金率とする。U期の金融恐慌不況時には、労働生産性はマイナスになり、それと相殺するように労働分配率は大きく上昇し、実質賃金率は全体としては増加した。V期の東日本大震災時にはデータはないが、2012年末までを見ると実質賃金率はほとんど増加していない。アベノミクスのW期の初めは実質賃金率は上昇した。労働生産性の比較的高い増加率が支えた。2013年半ば以降、労働分配率の低下とGDPデフレーターと消費デフレーターの上昇率の上昇の差によって実質賃金?アマイナスに転じた。円安は輸出物価の上昇によって名目GDPを増加させる。また円安で輸入物価が上昇すると名目GDPは減少する。こうした名目GDPの増加に名目賃金の増加が追い付かない時労働分配率が下がる。2014年以降はまた状況が変わった。労働生産性の上昇はほぼゼロになり、原油安の要因で実質賃金率は上昇した。また消費税の影響で労働分配率は下がった。労働分配率の上昇は企業収益を圧迫することから政府日銀は労働分配率を上げる政策は実施する気はない。労働生産性上昇率が低迷している現状では企業や政府は中長期的に実質賃金を引き上げることはできないだろう。以上をまとめると、日本経済が停滞しているだけでなく、雇用も労働生産性も停滞している。就業者が増加したと言っても、短時間就業者が増加したにすぎない。延べ就業時間で見るとアベノミクス期にはむしろ減少した。アベノミクスの公約では2%の経済成長を実現することになっているが、そのためには延べ就業時間数を増加させるか、労働生産性を上昇させることの二つが必要である。従って2%の実質経済成長率と実質賃金の相当分の引き上げは、アベノミクスの目標の中で最も実現困難な目標である。                                                                                               

3) デフレ脱却という神話

総務省のデータより、消費者物価上昇率と輸入物価上昇率の推移を見てゆこう。2013年異次元金融緩和が始まると、消費者物価上昇率がプラスに転じた。日銀はインフレ目標の対象とする指数は、生鮮食品を除く指数(コア指数)である。このコア指数の上昇率は、2014年4月には1.5%まで上昇した。しかしその後石油価格の下落によって消費者物価指数上昇率は再び低下した。2016年12月のコア指数上昇率はマイナス0.2% であった。日銀の公約は4年後にあっさり反故にされた。輸入物価上昇率の変化に6か月の遅れを伴って消費者物価上昇率は連動している。実は円安はアベノミクスの始まる前から生じており、それが輸入物価を引き上げていた。輸入インフレがそれである。金融緩和によって人為的な円安が急速に進行すると輸入インフレは一層加速された。アベノミクス初期の消費者物価上昇は円安による輸入インフレに支えられていたことが分かる。ところが2014年後半から原油価格が急落する。15年後半から揺り戻しの円高も始まって、消費者物価上昇率もマイナスへと下降した。円安は原材料(燃料を含む)のコスト上昇だけでなく、海外同業他社の製品価格の上昇になり製品価格を引き上げることになった。一般サービスは原油など輸入物価の影響を受けることは少ない。岩田日銀副総裁は2014年輸入インフレでは物価上昇はないと反論した。一部の輸入品の高騰により家計が圧迫されほかの財の価格が低下するので差し引き物価は必ずしも上がることにはならないという理屈である。これは為にする論で根拠にかけている。円ドルレート、輸入物価と各種消費者物価の上昇率の相関係数を6か月のラグをとって求めると、1998−2013年のアベノミクス以前では円ドルレートと消費者物価の相関性はなく、輸入物価と消費者物価の相関性とくに生鮮食品を除く消費者物価の相関は0.5程度で相関性はあることが分かる。アベノミクス期を含む2005−2016年では円ドルレートと消費者物価(コアーとコアー・コアー物価を含めて)の相関係数は0.4−0.6と断然相関性が高くなる。輸入物価と消費者物価の相関係数は0.5程度でアベノミクス以前と同じような相関性が見られる。原油価格の急落はエネルギー価格を引き下げるので、生鮮食品を除く消費者物価上昇指数であるコア指数の上昇率は大きく下がりマイナスとなる。そこで日銀は生鮮食品とエネルギーの二つを統計から外し日銀コア・コア指数とする恣意的な定義変更を提唱した。ところが2016年になると日銀コアコア指数も上昇率は低下した。2015年初めから世界的な原油価格の低落を受けて輸入物価は急速に低下した。2016年初めには原油価格は底を打ったが、コア指数の上昇率はマイナスのままである。日銀コアコア指数の上昇率も0.1%まで低下した。実際の物価上昇率はゼロに近かった。世界的な原油価格の急落も急激な円高も政府日銀にとっては想定外の出来事だったかもしれないが、無限の円安を続けることこそ不可能であったのだ。先進国が新興国並みの為替レートに人為的に戻ることはショック療法かもしれないが中長期的に経済と生活の破壊である。2016−2017年の物価上昇率はゼロ近傍で安定している。日銀は物価上昇率を高く評価したいために日銀コアコア指数だとかGDPデフレーターを物価の基調として使用したいようだが、余りにもご都合主義で恣意的である。消費者物価の加重中央値の上昇率で評価するのが妥当とする筆者の見解でデーターを見ると、消費者物価上昇率は2013年よりプラスに転じ、2014−2015年には0.1%を維持したが、2016年にはゼロになって安定したというべきであろう。アメリカの物価上昇率の推移を見ると、2008年の世界金融恐慌で大きくマイナスに低下したが、回復は早く2010年より2014年まで2%で安定し、2015年石油価格下落によって再びマイナスとなったが、2016年に2%に回復した。特に中央値に関してはアベノミクス以前からゼロ近辺で低位安定だった日本とは対照的である。日銀はアベノミクスの始まった2013年3月に消費者物価を2%に引き上げると公約した。まず2014年10月日銀は目標の達成時期を15年度末までと引き延ばし、2015年4月には16年度前半までに引き延ばし、同年10月には21016年度末までに引き延ばし、2016年4月には17年度末までに引き延ばし、2016年10月には2018年度後半まで引き伸ばした。ということは黒田日銀総裁の任期は4年として、2018年3月までには黒田氏の手でデフレ脱局が達成できないという見通しを日銀は認めたことになる。

日銀の仕事は貨幣を供給することにあり、金融機関への貸付と国債などの証券の購入を行う。日銀の供給した資金の総量をマネタリーベースと呼び、日銀当座預金と銀行と人々の現金保有量の和に等しい。銀行などの金融機関の間で資金を貸し借りするところをインターバンク市場と言う。日銀はこの金利(コールレート)の操作を通じて金融政策を行う。現在このコールレートはほぼゼロである。岩田やリフレ派はマネタリーベースを増価させればインフレ期待が発生し、消費者物価は上がると信じていた。このマネタリーベース増加政策を 量的金融緩和と呼ぶ。FRBのバーナンキはアメリカの金融緩和と日本のそれは異なるという。FRBはより長期の金利を低下させることが目的で、日本はマネタリーベースの拡大が目的だという。バーナンキは日本の量的緩和に否定的である。日銀は当初、長期金利を引き下げるため年間50兆円の長期国債を購入することにした。加えて社債、株式投資信託ETF、不動産投資信託REITも購入した。これは社債の金利を下げ、株価や不動産価格を引き上げるための措置である。当初は消費者物価が上がり始めたが途中で息切れして下がり始めたので、日銀は次々と追加の緩和措置を繰り返した。2014年10月追加緩和によって買い上げ国債を80兆に拡大した。2015年12月には補完緩和によって、ETFやREITの買い入れ枠を拡大した。2016年2月には日銀はマイナス金利政策を導入した。日銀当座預金金利のうち10−30兆円に−0.1%の金利を掛けた。長期国債の金利もマイナスとなった。このマイナス金利策は金融機関の反発が大きかった。いつからか日銀政策が金融緩和政策から金利政策に変更になったのは奇である。日本の国債新規発行は年30−40兆円、日銀の国債購入は80兆円である。日本の国債残高は1000兆円になる。国債は金融機関の担保であり、生命保険などの機関投資家にとって国債は重要な運用先である。日銀が全部買い取ることはできるわけではない。このままいけば2017年度中には国債購入は行き詰まることになる。日銀が国債を大量購入すれば、国債はひっ迫し国債価格は上昇するだろうが、消費者物価が連動して上がるとは限らない。またそれ以上に出口問題は深刻である。2016年9月にはETFの買い付け枠を拡大した。同時に長短金利操作付き量的・質的金融緩和策が導入された。10年物国債の金利がゼロとなった。そして同年10月には消費者物価上昇2%の目標の達成時期を2018年度まで引き延ばした。しかし日銀が目標とする物価上昇率と実体経済の間にはそれほど密接な関係があるのではない。日銀が次々と矛盾する弥縫策を打って、周辺部を改良することで、理論の中核部はないがしろにされ、何か手段で何が目標なのか見失っているようである。黒田・岩田の日銀リフレ派首脳部は日本経済の主要な問題について間違い続けている。リフレ派のお手本がFRBにあるが、そのFRBも2008年の金融危機においては一貫して間違い続けた。アメリカの証券市場中心の金融システムはリスク管理ができているという過信、金融緩和政策はデフレを防ぐことができるのでバブルが生じても構わないという無責任な態度がそれであった。当時のFRBには「うぬぼれ」と「否認」が支配し、最後には「崩壊した」というストーリ展開であった。彼らニューケインジアンの経済モデルでは、金融緩和政策が物価を安定化させれば、一時的ショックはあっても速やかに経済は完全雇用の水準に戻ると仮定されている。バブルが崩壊した後に金融緩和を行えば、経済は速やかに回復するというFRBの後始末戦略が作られた。金融恐慌は金融機関を壊滅させたがバーナンキ経済学も破滅させた。                                                           

4) 広がる格差

アベノミクスの成果として宣伝されるのが、企業の業績回復である。アベノミクスで一番得をした人、損をした人、どちらに比重が大きいかによってその政策の真の目的が分かる。99%の国民は後者である。後者が何時まで経っても効果がないと不平を言うと、そのうちおこぼれが落ちてくるまで待てと言われる。まず企業と金融資本を富ませて、国民は後回し、これがトリクルダウンです。2015年岩田はこのことを次のように言っている。「企業収益の改善は、企業・家計の両部門を通じて国内民間需要に波及する好循環を生み出している」 ところが2016年になると企業の利益が悪化してきた。生産が低迷しているのに、なぜ企業の利益だけが急増するのだろうか。内閣府のデーターで全産業活動指数、売上高、GNI、人件費、営業利益の推移を見る。2013年を100として表現されている。アベノミクスが始まって営業利益だけが急増している2016年で150に増加した。全産業活動指数は緩やかな増加をして2014年に低下し、それから103で横ばい状態である。人件費はアベノミクスが始まって95まで減少したが、2014年から緩やかな増加に転じ21016年で100に回復した。名目国民総所得GNIは増加傾向であるがそれでも110である。このようにアベノミクスが始まって4年間の、生産、売り上げ、所得の増加はわずかである。にもかかわらず営業利益が急増したのは、円安と原油価格の急落が生じたからである。そして人件費の削減も営業利益を引き上げた。財務省のデータより、法人企業の営業利益の要因として、売り上げ、原価削減、固定費削減、人件費削減の寄与分の和としての営業利益の推移と利潤分配率の推移を見る。利潤配分率とは(営業利益)/(人件費+営業利益)のことである。営業利益は企業側に人件費は労働者側に移動するので企業側が利益を受け取る率である。2011年と2012年は売上要因はマイナスで営業利益はほぼゼロかマイナスであった。利益配分率は19−20%ほどで低迷していた。2013年より円安によって売上要因が急増した。円安による輸出価格の上昇と輸入インフレによる国内物価の上昇のためである。ところが2014年から原油価格の急落によって輸入価格は低下したので売上要因は減少しマイナスとなった。原価削減要因がプラスとなって、かつ人件費要因はマイナスになったので営業利益はまだ増加傾向であった。生産が低迷している状況で営業利益拡大の原因は名目的要因でしかありえない。2015年円高になって売上高が減少し人件費の増加要因が加わると営業利益は下がり始める。企業利益の急増は経済の好循環を意味していない。しかし営業利益の産業と企業規模による違いは大きい。財務省のデーターから営業利益の増加率の推移(2011−2016年)を産業別、企業規模別でみてゆこう。これは企業格差を調べることになる。産業を輸出型製造業、内需型製造業、建設・不動産業、非製造業に分けて考えると、輸出型製造業の営業利益は急増した。規模は資本金10億円以上の巨大企業における営業利益の増加が著しい。おなじ輸出型製造業でも資本金1000万円―1億円の中小企業では営業利益の増減が激しく、円安によって原材料費の高騰に苦しめられ経営が苦しい。建設業・不動産業の営業利益も急増した。内需型製造業も営業利益を増価させているが輸出型製造業ほどではない。非製造業の営業利益は2014原油価格急落によって輸入物価が急落すると営業利益は増えた。アベノミクスで利益を上げたのjは巨大企業で、中小企業にはその恩恵は少ない。成長重視派の論客は労働側に富を配分しても、企業は成長しないという。経済が成長していない時、巨大企業に富が集中すれば労働側のパイは少なくなり格差は拡大され、消費者の購買意欲は減少する。だから巨大企業の利益の急上昇は経済成長を意味しないし、アベノミクス成長戦略はかえって国内内需経済を縮退させる。円安と原油安のために、企業の利益は空前の増加を成し遂げたが、その利益は従業員の給料や設備投資には向かわず、内部留保として蓄えている。これが経済の回復を妨げる要因になっていることは公知の事実として認識されている。日銀のデーターにより、非金融法人企業の現金・預金と対外投資(GDP比)の推移を見てゆこう。企業の預金と現金は、1988年より2008年までほぼ横ばいで180兆円程度で推移していたが、2012年より増加傾向が顕著になり2016年には230兆円に拡大した。つまり50兆円ほど増えたことになる。国内で貯金していても増えないから資金の運用先として当然金利の良い対外投資額が比例して増加している。約8割が対外投資に向かっている。つまりドルを買っていることになり、日銀の望む円安路線になる。2016年の円高時にも対外投資は減少しなかった。日銀リフレ派はアメリカFRBに倣った金融政策を行い、デフレを脱却すれば日本もアメリカのように回復すると論じてきたことは先に述べた通りである。ではアメリカ経済の何が回復しているのだろうか。その内実を見てゆこう。アメリカ国税庁のデーターより、アメリカの所得階層別の実質課税所得を見てゆこう。所得トップ1%層の所得は1990年代のITバブル期に急増し、2000年代の住宅バブル期で再び高騰した。2008年世界金融危機で急減しその後回復したがピークまでには至っていない。所得トップ1%層はバブルと共に成長してきたのである。それ以下の所得層ではバブル期の所得増加は少なくなり、上位50%層ではこの30年間所得はほとんど変化していない。ピケティが2014年「21世紀の資本」で指摘したように、上位1%以上の富裕層の所得の大半は資産所得である。現在のアメリカの資本主義は「投資資本主義」と言われる。投資資本主義の経営モデルと金融緩和のフレームワークが有効に機能すれば、利益を受けるのは株主と経営者である。逆に雇用の破壊と賃金停滞によって中間層は没落してゆく、とくにブルーカラーの貧民化は著しい。こうした社会の不安定期を背景としてトランプ大統領が出現したのである。民主党の既成政治の信頼が失われ、左右の両極が支持を集める様子は、1930年代のヒトラー台頭のドイツを彷彿させる。世界経済の危機が、大恐慌以来の政治の危機を生み出したのである。財務省法人企業統計によって、産業別、企業規模別従業員の実質給与・賞与の推移を見てゆこう。従業員数よは常用者の期中平均人員と臨時従業員(総従事時間数を常用者平均労働時間で割った人員数)の和である。一人当たりの実質給与・賞与の変動は資本金10億円以上の巨大企業で2008年の世界金融危機時に急減したが、製造業・非製造業・企業規模の違いはあっても概ね同じ推移を示している。アベノミクスが始まる2013年以降実質給与・賞与は減少した。企業規模の違いはない。すなわち企業の営業利益の増大は賃上げにはほとんど影響しなかった。利益はすべて企業側が独り占めしたのである。びた一文トリクルダウンはなかった。

5) アベノミクスの真実ーまとめに代えて

筆者のアベノミクス評価は単純である。「日銀の異次元緩和はデフレ脱却にも、実体経済の回復にも失敗した。延べ就業時間は微減かほぼ横ばいである。就業者の増加は、短時間就業者が増加したことと、労働生産性上昇率がほぼゼロになった結果である。」 急速な円安は輸出を拡大させなかった。拡大したのは名目だけである。逆に円安にもかかわらず輸入が急増した。輸出拡大なき円安は、円安インフレによって実質賃金と家計の実質所得を削減した。従って消費が停滞した。こうして経済回復の道は閉ざされた。円安は企業、特に輸出大企業の利益を急増させた。しかし巨大企業は利益を設備投資や賃上げに回さず内部留保に貯め込んだ。空き家大国の日本では低金利にしたからと言って住宅投資拡大は見込めない。人口減が進む日本では今の状況でも住宅は過剰供給である。すると経済政策の評価は何をもって成功とするかという価値観の問題、すなわち政治の目的に依存する。富者をより富ます政策をとるか、貧者を富ませる政策をとるか政権の性格にかかっている。デフレ脱却が中途半端で、リフレ派としてはさらなる金融政策が必要であるが、買える国債も底をつく状態ではマネタリーベースの拡大より、マイナス金利の追及に日銀は舵を切った。マイナス金利は国家補助金に代わる可能性があり、政府の財政政策が金融政策の限界を決めている。2年以内に消費者物価上昇率(インフレ目標)を2%にするという日銀の約束は5回延期になり、2019年3月にはデフレ脱却ができると公表し、アベノミクス開始4年になってなお努力中という姿勢だけは示している。政治家はポピュリズムに走りやすく、経済官僚はエリート主義に固まっている。不都合な真実は無視することにしている。オックスフォード辞書は「ポスト真実」を次のように定義した。「ポスト真実の政治では、個人的信条・願望や政治的な都合が重要であり、政策の詳細や客観的な真実は無視される」と。嘘には、嘘、大嘘、そして統計の三つがある。立場にとって都合のいいデータを示すことで大衆を誘導するという操作法のことである。だから経済的指標の定義を必要に応じて都合のいいように定義する。日銀コアコア指数がその典型である。日銀は全能ではないが、全能性を否定することで日銀は生き残ることができる。アベノミクスが始まる前の日本経済の成長率は、アベノミクス期よりも高かった。「デフレ脱却がなくとも成長していればいいのであれば、アベノミクスは不要であった。(筆者は新時代の経済学理論として、ミンスキーの「金融不安定仮説」、クーの「バランスシート不況論」、ジョルダ、シュラリック&テイラー、シナモン&ファッツアーリ、ミアン&スフィらの理論を紹介しているが割愛する。)



読書ノート・文芸散歩に戻る  ホームに戻る
inserted by FC2 system