170317

金成隆一 著 「ルポ トランプ王国」 
岩波新書(2017年2月)

問題だらけのトランプを大統領に選んだアメリカ社会の問題と課題

2016年度アメリカ大統領選挙結果地図
2016年全アメリカ大統領選挙結果地図

2016年アメリカ大統領選挙は、共和党ドナルド・トランプ氏306、民主党ヒラリー・クリントン氏232とトランプ氏の圧勝となった。なぜドナルド・トランプ共和党候補者が2016年大統領選で勝ったのか。新聞・テレビでは終始民主党候補ヒラリー・クリントンが優位と報道し続けていたが、どうもそれはアメリカ東部大都市の主要メディアの論調を信じていただけのことかもしれない。上の図は2016年大統領選でのトランプ氏の獲得州を赤色に染め、クリントン氏の獲得州を青色に染めた地図です。これを見れば一目瞭然で、東北部海岸と西部海岸の都市部は民主党クリントンの勝利した州ですが、アメリカ中央部はほぼ全域をトランプ氏が勝利しています。各州に記された数は投票代議員数です。アメリカ大統領選挙制度(総取り方式で日本の小選挙区制に似て、得票数第1位の候補者がその州の投票者をすべて取るという方式です)の問題点はクリントン氏の全米投票数がトランプ氏をはるかに上回っていたことですが、それはいずれの候補者でもありうることなのでここでは問題としないで議論を進める。 なぜアメリカ中央部ではこうもトランプ支持者が多いのかと、朝日新聞ニューヨーク特派員の著者が2015年ー2016年のアメリカ大統領選取材中に感じた印象であったという。この印象はニューヨークなど大都市で取材していても全く見えてこなかった。トランプを指示する人は誰ひとりいなかった。それは選挙結果でも同じであった。トランプ氏の得票率はニューヨークで10%、ワシントンで4%、サンフランシスコで9.4%、ロスで23%であったからだ。都市部はトランプを拒否した。オバマの大統領選挙結果では、オハイオ、ペンシルバニア、ウィスコンシン、ミシガン、アイオワ、フロリダの6州で共和党が負けていたが、今回のトランプはヒラリーを破った。フロリダを除く5州は五大湖周辺の通称「ラストベルト 錆びついた工業地帯」で、本来工業地帯の労働者は伝統的に民主党支持者であった。重厚長大型産業の集積地帯(炭鉱、鉄鋼、自動車など)でいわゆるオールドエコノミーの地域である。グローバル化から取り残された(見捨てられた)製造業の斜陽の地である。アメリカの産業構造そのものの衰退から金融・サービスのグローバル化から完全に無視され過疎化しつつあった州である。この地域に注目しつつ大統領選の取材は、2年間、14州150名に及んだという。本書の構成は以下である。第1章:ラストベルトの街で起きた変化、第2章:ラストベルトの典型的なヤングタウンの街の人々の声、第3章:ラストベルトの若者の声、第4章:ミドルクラスの没落を嘆くラストベルトの人々、第5章:貧困の街アパラチア地方、第6章:反主流派バーニー・サンダー上院議員がなぜ支持されたのか、第7章:アメリカンドリームの終焉とグローバル化 である。本書は大統領選に勝利したトランプ氏を賛美する本ではない。むしろ問題だらけのトランプ氏を支持してしまうアメリカの社会に興味があったからだ。あんな変な候補を支持したアメリカ人は何処に問題があるのかということである。米中西部のラストベルトの社会の問題は、日本でも同じ問題(非正規雇用、社会保障問題、ミドルクラスの没落と格差の拡大、教育格差拡大など)にぶつかっている。アメリカの繁栄と黄昏、あるいは格差と貧困を扱った本から中でも私が読んだ以下の3冊の本(いずれも岩波新書)を紹介し、本書の理解を助けたい。
1) 渡辺靖 著 「アメリカン・デモクラシーの逆説」(岩波新書 2010年10月)
アメリカにおいてはこれまで共和党と民主党の政権交代は何回もあったが、左右の政策の軌道修正に過ぎず、相手の否定には及ばない。すなわち共和党と民主党の価値観は基本的に同じである。アメリカは1776年の建国以来連邦政府の独裁を防止する様々な仕掛けを憲法草案に盛り込んだ。1861年に始まる南北戦争では北部の商工業と南部の農業勢力が対立したが、保護貿易や国立銀行をもとめる北軍が勝利した。南北戦争後は北部主導の国家的統一が進み、アメリカは近代国家として急成長した。ところが共和党の自由放任主義は1929年の金融恐慌を招いて、社会的弱者救済と公正で自由な社会への軌道修正を図るルーズベルト大統領の「ニューディール政策」が取って代った。リベラリズムとは第2次世界大戦後の福祉国家(修正資本主義)や1960年代の公民権運動を下支えした民主党を担い手とした政治思潮である。アメリカでは「保守主義」も「リベラリズム」も自由主義を前提としており、もともとイデオロギーの幅は狭い。保守主義は自由主義右派に過ぎず、リベラリズムは自由主義左派といえる。1980年代のレーガンニズムの「保守大連合」とは、@強いアメリカを目指すネオコン、新保守主義、A小さな政府をめざすネオリベラリズム、新自由主義、B伝統的価値を重んじる宗教右派、C穏健保守の寄り合い世帯であった。最大公約数はセルフガバナンス(自己統治)という考え方である。 格調の高い演説をするのがアメリカ大統領就任演説だとすれば、理念理想のないのが日本の首相の就任演説である。一見相反する立場を折衷させるオバマの思考や手法は本体民主党の多元的価値の是認という開かれたものである。オバマはノーベル平和賞受賞演説で「人間の不完全さと理性の限界という歴史を認める」と述べたが、理想と現実のギャップの深淵は深くて暗い。アメリカにおける保守的潮流の根強さは、日本で想像するより容易には「変革」しないようだ。保守は「リベラル」を、「大きな政府」、「左翼」、「エリート主義」として批難・忌避している。2010年のギャラップ調査によると、過去18年間の国民の保守派、穏健派、リベラル派支持率は40%、40%、20%とほぼ一定している。アメリカ人の政府への信頼度は共和党政権では低下し、民主党政権では上昇するというパターンを繰り返している。選挙に膨大な金が必要なことと小選挙区制と総取り方式のため、共和・民主以外の第3政党が進出することは極めて困難な状況であり、これが閉塞感をもたらしている。共和党のアイデンティティ戦略である妥協を許さない文化価値論(宗教原理主義)は対立を先鋭化し、身近な領域に政治空間が侵入し閉塞感とシオニズムの温床となった。二大政党最大のメリットである「民意に基づく政権交代」の意義が薄まりつつある。 アメリカが多民族国家である事は論を待たない。毎年100万人以上の合法的移民が入国し、50万人の不法移民が流入し、その総数は2009年で1080万人であるという。決してひとつの考え方に収斂していかない多様性こそがアメリカ社会の特徴であり、強靭さの源泉であろう。 その反動として1980年代より社会保守派の政治的スローガン「家族の価値」が強調された。その家族の価値とは1950年代のジェンダー倫理を前提とするノスタルジアであった。新自由主義はさまざまな社会の紐帯を裁断するなかで、社会的なノスタルジアを喚起せざるを得ないとはこれも逆説であろう。アメリカの影響力がグローバル化する一方、アメリカもまたグローバル化の影響を受けているのである。思想家アントニオ・ネグリらは「帝国とはグローバル資本主義による新たな支配のあり方であり、領土や境界を持たない国家を包摂する新たなグローバルな権力またはネットワーク」だと定義する。つまりグローバル資本主義にとってアメリカも一地方に過ぎないのである。トクヴィルはアメリカ人の特徴を自ら矯正できる能力であると云う。
2) 堤未果 著 「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書 2008年1月)
貧困層は最貧困層へ、中流社会は急速に崩れて貧困層へ転落してゆく。極度のアメリカ式格差社会の進行は決して人事ではありません。このアメリカの現実を、「追いやられる人々」の目線で見る事は日本の将来の選択につながります。弱者切捨て、社会保障費削減はセイフティネットを破壊し、さらに新しい弱者層を拡大しています。サブプライムローン問題はその弱者層を食い物にして梃子原理を利かせて儲けてゆくグローバル金融資本の姿を如実に示しています。2007年アメリカのサブプライムローン問題は「信用危機」、「流動性の危機」、「資金繰りの危機」という三つの危機を引き起こした。2008年1月アメリカが不況に落ちるという不安が世界同時株安を引き起こし、今現在(6月)も株価は低迷し続けている。欧米の金融機関は巨額の損失を計上し、シティーグループ、メリルリンチ、USBという巨大金融機関の社長の首が飛んだ。そしてモノライン保険会社も危機に陥った。このサブプライムローン問題の本質は単なる金融の問題ではなく、過激な市場原理が経済的弱者を食い物にする「貧困ビジネス」のひとつだった。アメリカ国内でアフリカ系住民の55%、ヒスパニック系住民の46%がサブプライムローンを組んでいる。経済的な人種搾取といってもいいが、それ以上に恐ろしいのは世界を二分するような格差構造をめぐって、暴走型市場原理システムが弱い者の生存権を奪い貧困化させ追い詰めて金融商品で儲けるという潮流である。「教育」、「命」、「暮らし」という国民の責任を負うべき政府が、「民営化」によって民間企業に国民を売り飛ばして市場原理で貧困化させるという構図は、はたして国家といえるのか。アメリカンドリームとアメリカのイメージそのものであった幸せな中流家庭は何処からおかしくなったのだろう。それはニクソン大統領からロナルド・レーガン大統領に代わったときからである。福祉国家から小さい政府をめざす効率優先の新自由主義(市場原理主義)政策に変化し、企業への規制を廃止・緩和し、法人税をさげ社会保障費を削減した。その結果年収220万円以下の貧困人口は1970年代に較べて急増し、3650万人、貧困率は12.3%となった。18歳未満の「貧困児童」も17.6%に増加した。80年代以降、新自由主義の流れが主流になるにつれて、アメリカの公的医療も徐々に縮小した。政府は「自己責任」という言葉の下に国民の自己負担率を拡大させ、自由診療という保険外診療を増やした。政府が公的健康保険から手を抜き始めると、民間の医療保険が拡大し保険会社の市場は拡大した。だが、国民の命に対して国の責任範囲を縮小し民間に移行することは取り返しのつかない「医療格差」を生み出した。アメリカの乳児死亡率は年間平均1000人に6.3人という先進国では最も高い率で(日本では3.9人)ある。2005年の全破産件数208万件のうちその内半分が高額医療負担による破産であった。アメリカの学資ローンには政府が教育補助として返済不要の奨学金も一部あるが、殆どは政府が年率8.5%の利子を金融機関に補助する学資ローンである。政府の新自由主義政策の流れで教育予算が大幅に削減された結果、学資ローン貸し出し機関の民営化が急速に進んでいる。政府が利子を補給するので金融機関にとって「ドル箱」と呼ばれている。大学生の卒業時のローン借金は4年生で300万円ほど、修士では1200万円ほどになる。学資に耐えられず中退する学生も多い。
3) 堤未果 著 「ルポ (株)貧困大国アメリカ」(岩波新書 2013年6月)
貧困層は最貧困層へ、中流社会は急速に崩れて貧困層へ転落してゆく、極度のアメリカ式格差社会の進行は決して人事ではない。このアメリカの現実を、追いやられる人々の目線で見る事は日本の将来の選択につながります。弱者切捨て、社会保障費削減はセイフティネットを破壊し、さらに新しい弱者層を拡大しています。サブプライムローン問題はその弱者層を食い物にして梃子原理を利かせて儲けてゆくグローバル金融資本の姿を如実に示しています。経済がすさまじい勢いで社会の仕組みを変えている。それはアメリカでは1980年代に始まるレーガノミックスの新自由主義経済のことである。製造業の主導権を日本・ドイツに奪われたアメリカは経済のルールを変更しようとした。金融資本主義に徹底したのである。その動きに拍車をかけたのが、1980年代末の東欧やソ連社会主義国の崩壊であった。そこからなりふり構わない資本のエゴ(投資家の最大利潤追求)に邪魔な制度を、規制緩和とか小さな政府というスローガンで排除した。1%の支配者と99%の奴隷に2極化することが、1%支配者にとって一番効率(利潤/投資)が高いのである。働く人の生活に思いをはせることはセンチメンタリズムに過ぎない。最低限の再生産可能な労働力市場(奴隷市場)にまで追い込むことが利潤というアウトプットを最大化する方程式である。アメリカとヨーロッパに本拠を置く多国籍企業群がこの略奪型ビジネスモデルを展開している。これをグローバル資本という。本書は1)独占アグリビジネスに支配される契約農家の悲劇 、2) 食品業界の垂直統合、3) 遺伝子操作種子のビジネスモデル 、4) 解体される行政公共サービス 、5) 議員、メディアの買収工作 から構成される。。「教育」、「命」、「暮らし」という国民の責任を負うべき政府が、「民営化」によって民間企業に国民を売り飛ばして市場原理で貧困化させるという構図が世界的に進行している。単にアメリカと云う国の格差・貧困問題を超えた大きな流れ(新自由主義的グローバル資本のやり方)を、「暮らしー格差貧困・災害対策の民営化」、「命-医療・健康保険の民営化」、「若者ー教育の民営化」、「戦争の民営化」という民営化による生活破壊の様相を実証した本であった。 アメリカでは食料支援プログラムSNAPを受給する人々の数がリーマンショック以来急増している。SNAP受給者の数は2012年に4667万人(7人に1人の割合)である。2010年度のワーキングプア人口は1億5000万人(2人に1人の割合)、失業率10%(ハローワークに行かない失業者を含めると実質失業率は20%以上)である。これは優れた貧困者救助政策だと思われるが、米国最大のスーパーマーケットであるウォルマートはSNAPより大きな利益を上げている。2011年国家予算より7兆5000億円という食品市場を独り占めしているからだ。貧困者(月収11万以下)であるSNAP受給者(月1万1000円の食費補助金)はこれによりジャンク食品を食べ肥満で病気になる。貧困と肥満は連動する。安い労働力の供給源であるヒスパニックの移民を促進するため連邦政府はメキシコにSNAP受給を約束した。これはもう国家ぐるみの貧困ビジネスである。

1) ラストベルトで起きたこと 民主党(ブルー)から共和党(レッド)へ

本書は書名にもある通り、文字通り「ルポ」であり「インタビュー」記事を骨子とする。トランプ集会追っかけ記者として取材に出向いた州は14州、インタビューした人は150人です。いわば素材を読者に丸投げする方式で、リアリティ重視で分かり易いが、背景や本質、発言者の客観的位置づけに乏しく、そのまま信じるととんでもないことになりかねない煽動的手法である。事件・事故の現場的感覚を生命とする文章です。それに対して概論的・評論的文章は客観性・理知性を重視するので、全体像がつかみやすいが、まとめれば現実味もなくステレオタイプの主張に終始する可能性が大きい。つまるところ、焦点を絞った単一現象の記載にはルポ的手法は功を奏するが、第1人称的記述は迫力はあるが、週間雑誌的で根拠薄弱な主張は危ない。ということで本書のまとめ方として、一時の同情や興奮は捨て去り、インタビューされた人の発言は一切記述しないことにする。基本的な事態の流れだけを表現し、その背景を考える文章としたい。大雑把なまとめ方で淡白な表現となるが、興奮したければ本書を読めばいいと考える。 本書はまず「プロローグ」に、2015年11月14日アメリカ南部メキシコ湾に面するテキサス州ボーモントで初めてトランプの集会を取材したことから始まる。大統領選投票のちょうど1年前のことである。トランプの放言、話題、そして攻撃はいちいち取り上げないが、支持者たちの話からサイレント・マジョリティ(白人労働者)の不満が限界にきていることを見て取れる。自分たちの生活の困窮化は不法移民が仕事を奪い福祉に頼っているからだと考え、だからメキシコとの国境の壁建設に熱狂的な声援を送るのである。又政治家不信は根強く、特に民主党のヒラリー・クリントン、共和党のブッシュ家らのエスタブリッシュメント(名門家)に対する反感は大きい。彼らの不満を聴く取材の旅となった。支持者に共通するのは、トランプの主張の実現可能性や、政策の詳細ではなく、大づかみに不満を吸収するメッセージに共感していることである。不法移民の数は実際は1100−1200万人で、消費税はもちろん、半分ほどの移民は所得税も払っているし、社会保険料も払っている。筆者はテキサス州訪問から、五大湖周辺の「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」地帯に転じた。主な取材対象は、製鉄所や製造業が廃れて、失業率が高く、若者の流出が激しい「見捨てられた地帯」である。オハイオ州東部トランブル郡はトランプの牙城であった。トランプが強さを見せつけた州東部は、失業率の高さとアパラチア山脈と重なっている。アパラチアは生活水準の相対的に低いエリアとして知られており、現状への不満が強く「反エスタブリッシュメント(既得権層)」の風潮が強いと言われる。オハイオ州東部は「ラストベルト」と「アパラチア」という大統領選でのキーワードになる2つの条件の重なるところである。この郡はかって製鉄所、自動車産業の工場が多かった。ブルーカラーの労働者、ミドルクラス(中流階級)が多く、労働組合活動も盛んであったが、主要産業の衰退、廃業、海外移転、合併などで見る影もなくアメリカンドリームを再現する機会も気力も失われた地帯である。労働組合活動だ盛んだったころまでは伝統的に民主党支持で「ブルーカウンティ」(青い州)と呼ばれた。それが今では共和党支持に傾いた。2016年11月8日「オハイオ州でトランプ勝利」の速報が流れ、トランプ52%、クリントン43%であった。米労働省によると、オハイオ州の製造業の雇用は1990年の104万人から2016年の69万人と7割に減少した。全米でも同時期に1780万人から1230万人に減っている。この理由として自由貿易協定FTAを批判するトランプに現地の労働者の票が流れたとみられる。別に対策案を示さなくても、攻撃相手を見つけるだけで労働者は救世主が現れたかのように盛り上がるのである。溶鉱炉の作業員はアスベスト被害のためがんも多いので老後の健康と生活(年金制度)が最大の懸念材料である。

トランプは社会保障を保証するが、特に手立ては示していない。ラストベルトの有権者へのメッセージに、自由貿易批判と大幅減税、そして社会保障の保護が盛り込まれている。保守的な民主党支持者のことを「ブルードック」と呼ぶが、トランプ氏が地方で勝利を収めたのは、ますます都市型政党ニリベラルになる民主党に見捨てられたという「ブルードック」の感情が支配していたからである。町の衰退と若者の絶望的な将来の見通しによって、薬物汚染が蔓延している。この麻薬を不法移民メキシコ人が待ちこんでいるという非難が連鎖して、自由貿易→雇用流出→街の衰退→失業→麻薬汚染→不法移民メキシコ人→国境の壁建設というトランプ宣伝戦略にからめ取られていったのである。こんなシンプルな構図が読めないで、ならず者トランプに掬いとられた白人労働者も哀れであり、トランプがこれだけの施策を講じる政治手腕があるとも思えない。結局は排外的戦争に流れることは目に見えている。反知性主義者トランプはナチスのヒットラーの二番煎じなのだろうか。オハイオ州東部のトランブル郡の南隣にあるマホニング郡ヤングスタウンはかって製鉄所の街であった。今はすっかりさびれている。人口は1960年代の最盛時の16万人から2015年度に65000人に減少した。貧困率は全米の13.5%を遥かに超す38%である。家計所得の中央値は全米の53889ドルの半分以下24000ドル(276万円)である。ここも労働者の街だった、汗して働く者はみんな民主党員だった。70年以降工場は閉鎖され、収入が減り、若者は街を去った。何でこうなったかという不満と、この町で生きていけるのかという不安が人々をトランプに向かわせた。共和党にも民主党にもエスタブリッシュメントがいる。大企業から金を貰って買収されている。彼らは街の働く人の味方ではない。トランプは自分の金で選挙運動をしているのでエスタブリッシュメントとは違うと思い込んでいる。グローバル企業の国内産業切り捨て策(自由貿易協定)が続けば、ラングスタウンで起きていることは間違いなく全米各地に波及するだろう。アメリカは1980年代に日本とドイツによって製造業は追い込まれ、もはや製造業(第2次産業)を放棄し、1990年代より金融資本を中心としたブローバル化産業構造に転化した。今アメリカにあるのは第1次産業としての独占アグリビジネス(農業)、エネルギー資源(石油・ガス)、金融業・投資業、流通業、住宅産業などである。アパラチア山脈を越えてラストベルトに行くとすぐに気づくことは、民家や工場の廃屋、道路やインフラの老朽化、貧困エリアの薬物汚染である。そんな街に暮らす若者の多くは閉塞感や失業に悩んでいる。無論トランプの暴言を支持する若者はいないが、「行動力のある政治家に現状を変えてほしいという願望はある。オハイオ州では2014年に2744人が薬物摂取で死んだ。10万人当たりの薬物死者数が多いのは、オハイオ州で24人、ウエストバージニア州で35人、ニューメキシコ州で27人、ニューハンプシャー州で26人、ケンタッキー州で25人であった。オハイオ州は5番目に多かった。製鉄や炭鉱などの主要産業が廃れた地域とほぼ重なっている。薬物中毒とメンタルヘルスのため中年白人の死亡率が上昇し、長寿に向かう流れを逆転させた。1970−1990年代に年2%のペースで死亡率は下がってきたが、1999年より年0.5% ずつ増加に転じた。特に学歴が高卒以下の人々の多くなったという死亡率格差がみられる。貧乏人は長生きできないのである。アメリカの本当の失業率は18−20%で、政府発表の5%という数値は信じられないと指摘する人もいる。働こうとする意欲も長年の失業でなくなってしまったのである。ペンシルバニア州のピッツバーグは製鉄の街で繁栄したが、1990年代北米自由貿易協定NAFTAの発効(94年)を契機に、急速に製鉄所の規模が縮小した。製鉄関連企業(運送業、製網業など)の中小企業では、オバマケアーの掛け金がアップし健康保険の掛け金が払えず無健康保険になった人も多い。トランプはそこに目をつけ、選挙期間中代替え策を具体的に示すこともなく、オバマケアーの即時撤廃を公約に掲げた。貧困家庭にとって、学生が大学に通って借金をつくり、高給の就職先もなく、儲けたのは大学だけ、大学は偽物だと叫ぶ。学費の返済残高は920万円、毎月8万円の返済に苦しんでいるのである。

2) 没落するミドルクラス

筆者はアパラチア山脈の西のオハイオ州、ペンシルバニア州のラストベルト地域のルポから、さらに五大湖周辺のミシガン州、インディアナ州ラストベルトト地域を訪問し、南部フロリダ州、サウスカロライナ州、ニューヨーク州、ニューハンプシャー州の街々を訪問した。まじめに働いて来たのに以前の様な暮らしができない、ミドルクラス(中流)からこぼれ落ちそうだという不安や憤りは各地に広がっている。トランプ支持者に共通して言えることは「エリート政治家がミドルクラスの暮らしを犠牲にしてきた」という憤りであった。共和党も民主党もグローバル化への対応で失敗した。そして国内の雇用を失った。アメリカはモノづくりをしなくなった。そして製造企業の多くが海外にでてしまった。ミシガン州デトロイトは言うまでもなく自動車産業の街であった。トランプ氏の侮蔑発言は耳にタコができるほど聞かされ、リスクの逆どりで慣れてしまっているが、民主党クリントンも「トランプ支持者は人種差別や男女差別主義者の嘆かわしい人々の集まりだ」という暴言を吐いた。これで「庶民を見下すヒラリー」という評判をとった。もう20年くらい前からデトロイトにはミドルクラスはいなくなり、皆はみじめな存在となったようだ。トランプがブルーカラーのための大統領になるとは思えないし、「製造業の復活」という公約も全く無策で、とても庶民の暮らしを尊重する人物には見えないが、一方クリントンには「エリート、傲慢、金に汚い」とのイメージが植え付けられた。とにかくエスタブリッシュメントを打倒せよという庶民の攻撃目標になった。自動車関連企業の労働者の時給は23ドルだったが、それを2ドルのメキシコ人に切り替えるために解雇された白人ブルーカラーが不満を露わにする。株主の利益の最大化のために労働者を切り捨て、海外に移転する、そんな企業が大統領候補に多額の献金をばらまく。そんな企業にものを言えるのは献金を貰ってないトランプだけだという宣伝に多くの労働者が乗せられた。トランプがヘリコプターやプライベート飛行機で集会場に乗り付けるなど、はでな演出は煽動政治家の常套手段である。リオオリンピック閉会式の安倍首相がマリオの格好で登場したのも煽動政治家の大衆受け演出である。不法移民への反発を煽ることでトランプ支持の原動力とした。憎しみの感情を掻き立てることで人は理性を失い、煽動家の指し示す敵に向かって攻撃を開始する。ロングアイランド東部のサウサンプトンのコンビニ駐車場が朝4時半には「忍足寄せ場」になる。ヒスパニック系の若者が集まり始める時間である。大阪西成の釜ヶ崎と同じ光景である。その寄せ場に朝5時になるとトランプ支持者の街宣車が来て「不法移民の強制送還」、「トランプ支持」をがなり立てるのである。建設業界では不法移民のメキシコ人を使えば、時給は半分で済むので一度使ったら止められないという。トランプの宣伝とは逆に米大手調査会社によれば雇用や住居を奪うなどの理由で移民を「重荷」と感じる人の割合は94年の63%から2016年には33%に減り、かえって勤勉さや才能を評価し米社会に役立っていると見る人は31%から59%に増えた。アパラチア山脈にはトランプ王国が広がっている。主要な産業は石炭業であったが今はすっかりさびれ、1964年ジョンソン大統領が「貧困との戦い」の宣伝の場としたことでケンタッキー州アイネスは「アパラチアの貧困」の代名詞となった。製鉄業や製造業が栄えたラストベルト地帯は従来は労働組合を基盤とする民主党王国だったが、グローバル化によって製造業がさびれ共和党に鞍替えした。ところが炭鉱を主産業としたアパラチア地方のケンタッキーのさびれ方は石炭から石油への転換期の1960年代に始まっており、衰退した時期がラストベルト地帯より30年早かったので昔から共和党の天下であった。まさに置き去りにされた人々の「時代遅れの酒場」だった。アイネスの高齢者は石炭産業が盛んだった1950年代頃の大量消費時代の郷愁に生きている。炭鉱の復活を夢見る人がトランプの自由貿易反対論を支持しているのだ。この地域の家計所得の中央値は約300万円で、全米の約600万円の半分である。グローバリゼーションは金融エリートを儲けさせたがミドルクラスを全滅させたという。トランプはアメリカニズム(アメリカ第1主義)とグローバリゼーションと対比させます。それは製造業か金融業かの国是の選択となります。1990年代アメリカは金融業国家にかじを切りました。トランプ個人の力でこの流れに竿をさすことができるとは思えません。今アメリカは中国との貿易摩擦に苦しんでいます。そこでトランプはTPP離脱を宣言し、今後の貿易交渉は多国間ではなく二国間交渉になると約束した。NAFTAについても撤退をちらつかせて交渉を有利に運ぼうとしています。中国や日本を為替相場操作国に認定するよう財務長官に指示しました。アメリカの移民の歴史は、1965年「改正移民法」からヒスパニック系やアジア系という新しい移民の波が押し寄せた。アメリカは多数の移民を出身国の差別なしに受け入れるようになった。アメリカは社会は新移民の流入を繰り返してきた多民族国家なのである。60年来の国是をトランプは破壊しようとする。全人口に占める白人の割合は1965年に84%だったが、2015年に62%に低下した。白人の高齢者の間に、「白人のマイノリティ化」を杞憂する人々のトランプ共和党支持が急増した。また1962年ウオーレン法廷で「真教の自由」を保障した合衆国憲法修正第1号違反を根拠に、学校での聖書朗読や祈りを違憲とした。こうしてアメリカ社会は60年前に宗教差別と移民の出身国差別を禁じたのである。黒人差別、男女差別もあわせてあらゆる差別撤廃の人道と共生の社会を目指したのである。それをトランプが破壊を試みるのだが、社会の基礎概念がこうも無視されていいのかと、トランプの反歴史・反知性主義に抵抗する運動も起こっている。

3) アメリカンドリームの終焉 

本書はニューヨークに拠点を置く筆者の都合から、ラストベルト地帯とアパラチア地方の取材がメインだった。この取材から@なぜトランプが勝ったか、Aトランプの勝利がアメリカ社会に突き付けた課題を考えてゆこう。トランプ勝利の理由として「アメリカ社会」に鬱積する不満と不安、そして「トランプの個人的資質」にあるということができる。トランプ王国の支持者の中では明らかにアメリカン・ドリームは死んでいた。ラストベルトでは「アメリカン・ドリーム」は死語に相当し、両親の時代、祖父母の時代の昔話であった。夢を失った地域は活力も失った。ラストベルトやアパラチア地方の若者の薬物中毒やメンタル病が社会問題になっていた。2016年12月8日、ニュヨークタイムズが大統領選挙後に行った調査の記事によると、1940年代生まれの世代が親より裕福になれる確率は92%であった。確率は50年生まれでは79%、60年生まれでは62%、70年生まれで61%、80年生まれでは50%に着実に低下し続けたという。AP通信は階層間の上昇の確率はミシガンやインディアナなどラストベルトでは低かったという。所得の階層を下位、中位、上位の3つに分画して1971年から2011年までの10年ごとの構成率の変化を見ると、中位層は61%から51%へ低下し、下位層は25%から29%に増え、上位層は14%から20%に増えた。つまり中位層が分裂して、下位層と上位層に移動したことになる。アメリカのミドルクラスはもはや多数派ではなくなったということである。よく知られているように格差の拡大も深刻である。トップ1%の超富裕層が全体の富を占める割合が、1930年代に50%を超えたが、戦後から1980年代は次第に格差は減少して30%ぐらいで推移したが、最近21世紀になって再び増加傾向になり45%の富を独占するようになった。1%の超富裕層が国全体の富の約半分を独占しているのである。アメリカの貧困率は13.5%でOECD先進国間では最悪である。さらに「トランプ王国」のケンタッキー州で40%、オハイオ州ヤングスタウンでは38%を超える。アメリカの貧困データは、堤未果著 「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書)を参照することでここでは詳細は省く。その理由としてトランプは「自由貿易協定」FTA、NEFTA、TPPを攻撃するのである。しかし自由貿易こそがアメリカの成長の機会であると考える人は2015年調査で58%、脅威と考える人は33%である。トランプのもう一つの攻撃目標は、「不法移民」である。不法移民は福祉をただ乗りをしているというトランプの主張は正しくはない。1986年の移民関連法改正で、実際には多くの不法移民は所得税や社会保険税と支払っている。支払われた税は2016年2月報告で1兆3340億円になる。事実無根の主張でトランプは自由貿易と不法移民への批判を、アメリカの「反エスタブリッシュ」「反エリート」感情に火をつけたのである。トランプは「自由貿易協定からの離脱」、「メキシコ国境に壁を作る」、「不法移民1000万人強制送還」、「テロ国家からの入国制限令」、「関税をかける」などという乱暴な「解決策」を提示するが、世界貿易機構加盟間では最恵国待遇が原則でトランプの主張はWTO協定違反になり、入国制限令は憲法違反になる。トランプ勝利によって、むちゃくちゃな「政策」で一番混乱し損をするのもアメリカ国民である。ハーバード大学教授スティーブン・レビッツキーはニュヨークタイムズ紙に(16年12月)問題提起をした。危機の最大の前兆は「反民主主義的な政治家の登場」と評価した。三権分立で大統領権限を均衡させる憲法の精神が踏みにじられる懸念である。日本では安倍によって2012年より憲法がないがしろにされている。2016年イギリスのEU離脱という出来事も、「西欧型民主主義の終焉」を懸念されている。我利我欲の原始社会への復帰となり、世界協調型民主主義が脆くも崩壊しそうになっている。国連の崩壊も心配される。すると確実に戦後体制は終焉を迎え、再度弱肉強食の戦争状態に戻ることになる。トランプ政権は実行が容易な、大規模インフラ投資や、気候変動枠組みなどの国際的同意の無視、小国いじめをやって人気を維持するだろう。もう一つ忘れてはならないことは、権威主義的なトランプが、移民や難民、イスラム教徒らへの排外的いじめを繰り返して、凋落した白人労働者の感情を利用して当選したことである。この素質は国内の反対派への執拗な迫害となってすでに表れている。黒人差別、イスラム教への偏見を煽る性格は危険なである。人権無視となって現れる。今回の選挙の特徴はトランプのヘイト(憎悪)運動である。日本でいえば「在特」のヘイトスピーチに相当する。イスラム教徒への暴行事件は2016年で91件となり前年度の2倍を超えた。共和党大会が敵意と憎悪で盛り上がる姿は異様であった。トランプは平然と嘘を繰り返すなど、歴史や事実へのこだわりが見えない。これは日本の安倍首相と全く同じ性格である。同じ時期に同じ性格のトップが出てくるのは、これは流行なのだろうか。トランプのメディア攻撃は執拗で、「不正にゆがめられて報道されている」と訴え続け、ギャラップ調査では「メディアを信用する」と答えた人は共和党支持者では14%と過去最低となった。

トランプが大統領として政策に臨むときどのような難問が待ち受けているのだろうか。もはやオバマやヒラリーのせいだとばかり言っていても仕方がない。自分でどういう政策を出すのだろうか。箇条書きでまとめると、@アメリカ超大国として国連と平和維持活動を行ってきたが、これを放棄するのだろうか。Aアメリカファースト(第1主義)は国際貿易協定から離脱するのだろうか。TPPでも他変な労力が必要だったが、二カ国協定を全部やり直すとすればさらに大変である。WTO世界貿易機構を脱退するのだろうか。Bグローバリゼーションと国内労働者の賃金という難問を解決する政策はあるのだろうか。共和党の自由貿易主義者や小さな政府論者とどう折り合いをつけるのだろうか。Cブルーカラーの復活とはすなわち製造業の復活だが、アメリカはすでに製造業から金融投資業に楫きりをしている。製造業への設備投資、人材確保はなされないままになっている。本当にブルーカラーに仕事と賃金を約束できるのか。 グローバリゼーションの本質とは世界規模での分業が進むと、労働集約型の仕事は人件費の高い先進国から出ていくことにある。全米の製造業の雇用者数は、第2次世界た戦後の1200万人から1979年に2000万人となったのをピークとして、その後は下降線を描き2000年には1700万人、2016年には1200万人と減少した。今アメリカで製造業に就くにはかなり高度なスキルが要求される、製造業からサービス業へのシフトは着実の異進行している。スキルギャップの問題は先進国全体が直面している。元世銀のエコノミストであるミラノビッチが作成し「象グラフ」は、1988年から2008年までの20年間の統計で、地球上の人の所得を多い順に並べて、その実質所得の上昇率をグラフ化すると、右に象の鼻を上げた形になるという。所得の少ない開発途上国例えば中国やインドなどの新興国の中流階級の所得上昇率は非常に高く8割から9割上昇し、いわゆる象の背にあたる。次に上昇率の高いのは一番所得の高い世界の超富裕層の所得上昇率で6割ほど上昇した。いわゆる象の鼻の部分である。象の背中と鼻に挟まれた部分はもとは所得の高い層であったが所得上昇率はゼロ近辺を低迷しているかマイナスになることもある。つまりグローバル化で所得が増えた勝組は新興国の中流と世界の富裕層であり、敗者は先進国の中流以下と尻尾にあたる貧困層であった。極度の貧困から抜け出したのは東ジアで、61%から4%に貧困状態から抜け出した。今回の大統領選挙でトランプに票を投じたのは、所得上昇率がゼロ以下の中流白人層である。もとスタンフォード大学教授(哲学者)の故ローティはこう言っていた。「アメリカの左派知識人は目の前の労働問題から目をそらしてきた。民主党は労働組合から遠ざかり、富の再配分を話題にしなくなり、中道という意味不明の不毛地帯に移った」と非難した。



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