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ホーキング著 佐藤勝彦訳 「ホーキング、未来を語る」 
ソフトバンク文庫(2006年7月)

楽しいカラーイラストに満ちたSF的世界で分かりやすく、統一物理理論の展開と宇宙の未来を語る

ホーキングの最初の本である、ホーキング著 林一訳「ホーキング、宇宙を語る」(早川書房 1989年)は当時爆発的に進み始めた宇宙論の研究成果を広める上で大きな寄与したといわれる。国内においても100万部をこえるベストセラーとなった。この本は高度な内容を系統的に論じたものであったが、図や式もなくかなり思弁的で物理学科の学生でも理解が困難であったという。本書「ホーキング、未来を語る」は2001年に刊行され、宇宙論の第2弾となった。ホーキングは本書の序文に書いているように、この書を二番煎じにしたくなかったのでさまざまな工夫をしたという。コンピュータグラフィックの250枚の図版を用い、目に訴えて理解を促すだけではなく、内容に関しては「ホーキング、宇宙を語る」と同じくレベルは依然高踏的で、内容的には前の書と重なるところが多いので分かりやすく読める書である。しかし本当に理解できたかどうかは読む本人いかんにかかっている。本書は前書にくらべて写真印刷のため紙の質も良く豪華本となっている。これが750円で買えるとは文庫本ならではの企画である。第1章「相対論」、第2章「時間の形」はアインシュタインに一般性相対論の復習になっている。第3章「クルミの殻の中の宇宙」は宇宙の創成を説く量子宇宙論、第4章「未来を予測する」はブラックホールの蒸発と未来の予測性、第5章「過去を守る」はタイムマシーンの可能性、第6章「私たちの未来は」は生物学生命の誕生と進化について、第7章「ブレーン新世界」はホーキングの最近の研究対象であるM理論についてを系統的に並べて述べている。ホーキングは私より1歳年上である。ホーキングの業績については、一般相対性理論と関わる分野で理論的研究を前進させ、1963年にブラックホールの特異点定理を発表し世界的に名を知られた。1971年には「宇宙創成直後に小さなブラックホールが多数発生する」とする理論を提唱、1974年には「ブラックホールは素粒子を放出することによってその勢力を弱め、やがて爆発により消滅する」とする理論(ホーキング放射)を発表、量子宇宙論という分野を形作ることになった。現代宇宙論に多大な影響を与えている人物の一人であることは周知のことと思われるので繰り返さない。このブラックホールの蒸発は宇宙物理学の研究というより、曲がった時空の量子論であり、物理学の根幹にかわものであった。1980年代はインフレーション理論(宇宙膨張理論)が口火になりビッグバン宇宙の起源について大きな成果を収めた。インフレーションを起す量子宇宙はいかに創成されたという問題であった。宇宙は時間・空間・物質的存在のすべてである。1993年ホーキングとハートルは「無境界仮説」を提唱した。宇宙は時間と空間において涯がないという。つまりスイッチを押す人(神)がなくても宇宙は始まるということである。ホーキングの本はどこまで理解しているかは別にして、知の世界の面白さを存分に味わっていけばよろしいと理解しておこう。なお本書の本文や章の題名などにはイギリス文学の香りがいくつも埋め込まれている。これも本書の魅力のひとつである。

1) 相対論についてー重力効果

この章はアインシュタインの一般相対論のおさらいである。アインシュタインは1879年ドイツに生まれ、家業のためイタリアに移り、1900ねんスイスのチュウリッヒにあるETH連邦工科大学を卒業しましたが、権威を嫌悪する彼の性格から教授に嫌われ大学に残ることができず、何とかスイス特許庁に就職しました。そして1905年記念すべき3つの論文を発表し、世の中に認められることになりました。時間と空間に対する考えを根本的に変えるような革命が始まった。19世紀の終わりごろ物質世界は波動論で説明できると考えられ、空間はエーテルという連続媒体によって満たされているという仮説を信じる科学者が多かった。光は媒体の中を進む波動だとすると、もし光がある定まった速度で伝わるのなら、光と同じ方向で速度を測るとドップラー効果で遅く見えるし、光と反対方向で速度を測ると、早く見えるはずである。1987年マイケルソンとモーリーは互いに直角に交わる二本の光速を正確に測定しました。光はどの方向でも、その場所がどれほど早く移動しようとも同じ速さであることが分かりました。1905年の論文でアインシュタインはエーテルという概念は不要であると指摘し、観測者が静止していても、どんなに早く動いても光の速さは同じであると言いました。変わらないのは光の速度で、ローレンツ変換を行えば空間や時間は変わるのだという特殊相対性理論の誕生です。絶対的な時間というものはないのだと考える必要があります。かわりにすべての観測者はそれぞれの時計を持っていると考えます。これを「双子のパラドックス」といい、光速に近い速度の宇宙船で旅行をする人は、地球上に留まる人に比べて年を取らないというパラドックスのことです。自然の法則は自由に動くすべての観測者に対して同じでなければならないというアインンシュタインの仮説は、相対論の根本原理で相対運動だけが重要であることを示しています。絶対的、普遍的な時間の概念を取り払いました。相対論の非常に重要な点は、質量とエネルギーの関係です。粒子を光速近くまで加速するにはものすごいエネルギ―が必要で、質量とエネルギーはアインシュタインの有名な式 E=mc^2でまとめられました。質量とエネルギーは変換可能なのです。この考えが原子爆弾を生みました。マンハッタン計画によって熱中性子の連鎖反応によるウラン核分裂型原爆が生まれました。これはアインシュタインのせいだいうことにはなりません。科学は「両刃の刃」なのです。相対論は電磁気学の法則には相性がいいのですが、ニュートンの万有引力の法則とは両立できません。重力場は光よりも早く伝わることに疑問を抱いたアインシュタインが重力の問題に取り組みはじめたのは1911年からである。物質が重力の加速度を得て落下することは、丸い地球では成り立たない。そもそも時空の幾何学が平坦ではなく宇宙が曲がっていたらこの加速度と重量の等価性が成立するアインシュタインは考えた。質量とエネルギーが何らかの方法で時空を曲げているのではないかとした。物質は時空の中を真っすぐ直線的に進もうとするが、時空が曲がっているために経路が曲げられるという発想で、物体の軌道が重力つまり万有引力によって曲げられるとしたのです。リーマン空間という数学を使ってこの考えをアインシュタインとグロスマンは1913年に論文に書きました。1915年遂に「アインシュタイン方程式」を見つけました。20世紀最大の科学的成果でした。実はこの考えはドイツの数学者ヒルベルトも同時に発見していたのですが、重力を時空の歪みだとする栄誉はアインシュタインのものになりました。この理論は「一般相対性論」と呼ばれている。紀元前3世紀のユークリッドの「幾何学原論」以来の最大の革命でした。宇宙は物質で満ちており、そのエネルギーが宇宙の時空を曲げているのです。アインシュタインは静的宇宙を理想としていたので、収縮も膨張もしない宇宙のモデルに宇宙項を加えた。ところが1920年代のウイルソン天文台の100インチ望遠鏡によって、宇宙が膨張しており、銀河と銀河の距離は着実に増加していることが発見されました。アインシュタインは後に宇宙項は誤りであったことを認めましたが、最近宇宙定数はあるのではないかという説も出てきました。宇宙はおよそ150億年前にビッグバンと呼ばれる大爆発によって始まったという説をホーキングとベンローズは一般相対論から導きました。「3分で宇宙は創設された」とスティーブン・ワインバーグは述べています。膨張する宇宙は自分自身の重みで収縮を始めます。収縮すると圧力と温度が上昇し収縮に抑制的に働きますが、急激な収縮を避けることができない時には最終的な安定状態となって、時間は終わることを相対論は予測します。しかし太陽の2倍以上の質量を持つ星にとって安定的な最終状態はない、ブラックホールの成るまで収縮続けるとホーキングは予測します。一般相対論がビッグバンで綻びを見せるのは量子論と相対論の相性が悪いせいです。

2) 時間の形ー量子力学効果

論理的な科学的理論は実証主義でなければならないとホーキングは強調します。科学的理論は観測事実を記述し、その規則を成文化する数学モデルです。予言が観測と一致しているならば理論は生き永らえますが、別に正しいと立証されたわけでなない。実証主義的な立場からは時間とは何かには答えられません。出来ることは、時間に関する数学的モデルとして見つけたことから、それが予測することを述べることです。1687年に発行されたアイザック・ニュートンの「プリンピキア」によって、時間と空間に関する初めての数学モデルが提示された。ニュートンのモデルでは、時間と空間は事象が生じる舞台になり、事象によって何ら影響を受けない絶対的存在でした。時間は永遠とすれば、なぜ宇宙に始まりという事象があったのだろうかという、カントの「純粋理性の背理」は解決の方法がないのです。1915年全く新しい時空の数学モデル「一般相対論」がアインシュタインによって提唱された。一般相対論では時間と空間の3次元を結びつけ、時空と呼びます。一般相対論では質量とエネルギーが時空をゆがめ、時空が曲がった結果として重力が働くことになる。その物体は重力場によって影響され方向が曲がったように運動します。例えば太陽のように大きな質量とエネルギ―を持つ物体の周りでは時空は陥没したシートのようになり、惑星は太陽の周りを廻る運動をする一般相対論では時空は事象が生じる単なる場所ではなく、生じる事象に対して能動的、活動的に影響する存在となる。ニュートンモデルとは異なり、一般相対論では時間と空間は物質世界(事象)に依存する存在であり、独立の存在ではないのです。物質世界では時間は石英結晶の振動数で定義し、空間はメートル定規で定義される。だから宇宙に始まりは終わりがあると考えることは不自然ではないのです。宇宙の物質は無限の密度を持つ一点からすべてが生まれました。この無限の密度を持つ点を「特異点」と呼び、時間の始まりか終わりかを表します。現在の時刻に私たちに届く遠方の銀河からの光線の時空での経路は、縦軸軸を時間とし横軸を空間次元とする「過去の光円錐」を考えます。円錐の頂点には過去を見る観測者がいます。底面は時間軸に沿って、ビッグバン特異点から始まって最大規模の物質密度から、背景放射、50億年間に発生した銀河系、最近の銀河と登ってゆきます。つまり過去は洋梨の形をしている。最大規模の物質密度では凸レンズのように光円錐は内側に曲げられます。宇宙は膨張しつつあり、宇宙は過去に遡るにつれ、密度の高い領域を通じて見ていることになる。宇宙を満たしているマイクロ波電波の背景放射はずっと昔の高密度で高温だった光円錐に沿って現在に届いていることが分かる。マイクロ波電波の背景放射は絶対温度2.7Kの物体の放射です。一般相対論の数学モデルでは宇宙の始まりの特異点は避けられない。そして銀河の中の星は自分自身の重力によって崩壊し、ブラックホールになる。その時点で時間は終わると予測される。一般相対論は重力以外の力の理論は量子論の不確実性(ハイゼンベルグの不確実性:粒子の位置の不果実性×粒子の速度の不確実性×質量=フランク定数より小さくない値)をきちんと組み入れたものなのに、重力ではそれができていないからです。特異点付近でアインシュタインの一般相対論は早くもつまずきました。特異点付近では、物質は高密度状態で量子効果が強くなるので、時空の湾曲と同程度に考えなければならない。量子力学は1920年代にハイゼンベルグ、シュレージンガー、ディラックによって定式化された。量子論からマックスウエルの電磁場を見ると、波長によってエネルギー準位が異なります。従って量子論では、位置と速度を同時に測定することは不可能であるという不確実性原理に反することになる。電磁場の基底状態の揺らぎを考えて、電子の質量や電荷を計算すると見かけ上無限大になるという数学上の困難があります。1940年ファイマンやシュィンガー、朝永振一郎は「クリ込み理論」で切り抜けました。これが量子電磁気学です。基底状態の揺らぎは量子重力論ではさらに重大な効果をもたらします。電磁場での波長には短波長の制限がないので無限大の基底エネルギーという数学上の困難があります。カシミア効果(2枚の金属板の間では波の数が減少し、2枚の板は引き合う)では、エネルギー密度の差による重力効果を無視しているとしてホーキングは感心しない。もう一つの解決案は宇宙定数の存在を仮定することです。これでマイナスの無限エネルギーを調整するなら、打消しを期待できる。しかし並外れた精度で微調整しなければならないという別の困難が発生する。

1970年代に全く新しい種類の対称性が発見された。基底状態の揺らぎを解消する「超対称性」は現代の主導的な数学モデルとなった。時空には3次元空間に加えて余分の次元があるというものです。これを「グラスマン次元」といいます。グラスマン数は乗法の可換則が成り立たず、マイナスとなることです。これによりいろいろな超対称性をもつ「超重力」という理論が出てきました。すべての粒子や場は自分自身より1/2多いか少ないかのスピンをもった「スーパーパートナー」が存在しなければならないという説です。スピンが0,1,2・・・などの整数である「ボーズ粒子型」の基底エネルギーは正です。一方スピンが1/2.3/2…といった半整数である「フェルミ粒子型」の基底状態は負です。ボーズ粒子(力を媒介する粒子 重力にはグラビトン、電磁気力には光子など)とフェルミ粒子(物資粒子を構成する 陽子、中性子、電子など)は同数あるので超重力理論において打ち消し合うのです。量子場理論では、例えば電子とその反粒子である陽子の衝突で、二つの粒子は対消滅しエネルギーの塊となり、そこから別の電子・陽子対が生まれる。外から観察していても互いに方向を変えて違った軌道になったとしか見えない。1985年頃までは、人々は超重力理論は無限大を克服したと信じていました。超重力理論には致命的欠陥があるという説が現れました。「超ひも理論」が重力と量子論を統一する方法であろうと言われるまでになった。粒子はひも(弦 ストリング)の振動として解釈されます。ホモがグラスマン次元を持つなら、ひものさざ波はボーズ粒子とフエルミ粒子に対応します。正と負の基底エネルギーが非攘夷厳密に対応するので、いかなる無限大も解消します。粒子説から波動説の復活のように見えます(装いはずいぶん異なりますが)。超重力理論は低エネルギーでは成り立つかもしれない近似的な理論とされた。基本的な理論は、有力な5つの超ひも理論のうちの一つであろうとされたのです。ひも理論は1985年以来大きな変貌を遂げました。ひもは1次元以上に広がっている物体の広大な部類の一つに過ぎないことが分かった。ポール・タウゼントはそれらを「Pブレーン」と名付けた。PブレーンはP次元の広がりを持つ。すべてのPブレーンは、十次元もしくは十一次元における超重力理論の方程式の解となる。私達の時空は4次元ですので、余次元の6次元や7次元は小さく丸め込まれて気が付かないだけだと考えるのです。しかし余次元の存在を示す観測結果はありません。この余次元には「双対称性」というモデルがあります。これらのモデルは「Mモデル」となずけられている基本理論の異なった側面に過ぎないのです。M理論は、T型、ヘテローO型、ヘテロ-E型、UB型の5つの超ひも理論が同じ物理学を説明し、これらも超重力理論と物理学的に同等であると双対性は示している。ひも理論は無限を一切含んでおらず、高エネルギー物質の衝突解析には適している。しかし大量の粒子エネルギーが宇宙をゆがめたりブラックホールを形成する説明にはひも理論は役に立ちません。基本的には曲がった時空のアインシュタイン理論である超重力理論が必要なことは今も変わりません。量子論がどのような時空像を描いているかを説明するには、「虚時間」という数学概念が必要です。虚数で測定された時間のことです。実数を横軸に、虚数を縦軸に取ることに物理学的意味はありません。これが実在するかどうかは定めることはできなくても、この数学モデルが私たちの時空を説明できるかどうが実証主義者のやることです。虚時間は実時間と直交しているので4番目の次元のようにふるまいます。虚時間の時空とは、なめらかな地球のような球を考えます。虚時間の宇宙の始まりは南極の一点です。虚時間を地球の経度として捉え、南極で始まり北極で終わる。宇宙の膨張・収縮の大きさは地球の緯度で表します。時空は温度を持っているとすると、エントロピーは内部の物理的状態の物差しになります。ホーキングは1974年の論文でブラックホール・エントロピーの定式化を行い、エントロピーはブラックホールの地平面の表面積に比例することをを明らかにした。(ボルツマン定数×光速の3乗)/(4×プランク定数×ニュートンの重力定数)という係数を持つ。量子重力理論と熱力学の間には深い関係がありそうです。

3) クルミの殻の中の宇宙

この章の題名「クルミの殻の中の・・」とはシェークスピア「ハムレット」の中のセリフです。人の身体は小さな存在かもしれないが、その心は宇宙さえつかむことができる大きな存在であることを言いたかったのでしょう。小さな人間が無限の宇宙を捉えようとするホーキングの自負でしょう。宇宙の大きさは無限なのか、宇宙は永遠に続くのだろうかという質問は大切で、プロメテウスの火の拷罰を恐れることなく、我々は宇宙を理解すべきであり、それは可能だとホーキングは信じています。ハッブル宇宙望遠鏡は、幾多の形と大きさからなる何十億という銀河を見ることができます。それぞれの銀河には数えきれないほどの星を持ち、それぞれの星の周りには惑星を持っています。太陽は天の川銀河の外の渦巻きの腕の中にあり、地球をはじめとする惑星群はその周理りを廻っている。銀河には濃淡はあるが宇宙の中で一様に分布している。そして宇宙は空間的に無限に続いている。しかし確実に時間とともに移動・変化している。宇宙が無限の時間存在するとか永遠不変だとすると見方は間違っている。星が無限の時間かがやき続けていたなら、宇宙は星の温度まで加熱され、夜空は太陽と同じくらい明るいはずです。「夜空は暗い」ということは、宇宙が永遠に存在したわけでないことを示している。1923年にヴェスト・スライダーとエドウィン・ハッブルは銀河が遠くに存在する星雲であり、光が届くまで数十億年を要することを示しました。そして驚くべきことにほとんどすべての銀河は私達から遠ざかりつつあることもわかりました。つまり宇宙は膨張しているのです。この膨張の速度から今から100−150億年前にはこれらの銀河はひとつの状態にあったと推定される。銀河から届く光のスペクトルの特異的な欠損波長が赤方偏移いていることから、ドップラー効果より銀河は離れつつあることが分かったのです。ベンローズとホーキングは宇宙に初めがあって、ビッグバンから宇宙が始まったことを示した。アインシュタインの一般相対論は、どのようにして宇宙が始まったのかについては説明してくれません。これは一般相対論がハイゼンベルグの不確定性原理を組み込んでいないからです。重力の場が量子化されていなかったというべきです。スティーヴン・ワインバーグ「宇宙創成はじめの3分間」に書かれているように、ビッグバンと特異点からはじまって、10^-43秒で物質と反物質が同じ量だけ存在し物質がわずかに多かった状態で、10^-35秒ではクオークと反クオークが存在する状態、10^-10秒ではハドロンとレプトン期にはいり、陽子、中性子、中間子、バリオンを構成しその中に閉じ込められた、1秒では陽子と中性子は結合して水素、ヘリウム、リチウムおよび重水素の原子核となった、3分で物質と電磁波は結合し、宇宙で最初の安定した原子核が出来上がった、30万年で物質と放射が切り離され、宇宙背景放射に対して透明になる、10億年で物質が集まりクェーサーや星、原始銀河を形成する。星は核融合によってもっと重い原子核を形成した、150億年で銀河が形成され太陽系や惑星ができ、原子は結合して分子となる。分子は複雑化して生命が形成された。宇宙は果たして複数の歴史を持つという考えは、リチャード・ファイマンによって定式化された。いまやアインシュタインの一般相対論とファイマンの宇宙が複数の歴史を持つという考えを結び付けて統一理論を作ることに取り組んでいる。統一理論は宇宙の初期状態(境界条件)を知る必要があります。ジムハートルとホーキングは、宇宙には時空の境界はなかったかもしれないと言い出しました。実時間の歴史と虚時間の歴史が大きく異なっていても構わない。虚時間は空間次元が増えたかのようにふるまい、虚時間の歴史は球やサドルのように曲がった平面かもしれません。この平面が閉曲面であるなら境界条件は必要ないのです。私達が住んでいる宇宙の歴史は極めてまれな、選ばれたものだということを意味している。知的生命体を生む歴史はどのような確率で達するかどうかは問題になりません。M理論では空間は9ないし10の次元を持っています。しかし大きくはほぼ平らになる3次元が主であるように見えます。余次元は小さく巻き上げられているようです。3つの広がった宇宙のみに知的生命体が生まれたとする考えは「人間原理」によります。虚時間での宇宙の歴史が完全に丸い球であれば、実時間でそれに相当する歴史はいつまでも続くインフレーション的に膨張する宇宙です。虚時間の歴史はわずかに両極が押しつぶされた形で、現在の宇宙を説明するのに適しています。1989年に宇宙背景放射探査衛星(COBE)が打ち上げられ、宇宙の温度分布揺らぎを撮影しました。宇宙は皺を持った揺らぎを持っていたことを示しました。この結果領域の膨張は周りよりもだんだん遅くなり、ついには膨張が止まって自分自身の重力で収縮し銀河や星を形成するのです。収縮の先はビッグクランチとなって宇宙の歴史は終わるかもしれません。物質と同様現在の宇宙は「真空エネルギー」に満ちているのです。真空エネルギーの重力効果は、物質の場合と異なり引力ではなく斥力なのです。この真空エネルギーはアインシュタインが加えた宇宙定数と同じ働きをするようです。真空といえども量子論的に考えると揺らぎのエネルギーで満たされ、そのエネルギーは無限大と計算されます。超対称性理論では粒子と反粒子が打ち消し合いますが、現在の宇宙は超対称性ではないと考えられるのでゼロではなく非常にゼロに近いエネルギーである。人間原理で考えると大きな真空エネルギーがある宇宙画は銀河は生まれなかったといえます。今ホーキングらは宇宙の物質量と真空エネルギーを計算しています。マイクロ波背景放射領域と超新星観測および銀河系からの要請条件の3つがオーバーラップするところがあるなら、宇宙の膨張は長い減速期間の後再び加速を始めると考えられます。

4) 未来を予測する

ニュートンの法則や他の物理的理論の成功は科学的決定論を生みましたが、これは19世紀フランスの科学者ラプラスが言い出した言葉です。ラプラスはもし現在の宇宙のすべての粒子の位置と速度を知ることができたら、物理法則に従って過去であろうと未来であろうとどの時間の宇宙の状態であろうと予測できると主張したそうです。しかし実際はニュートンの万有引力の法則ほど簡単なものでさえ、粒子の数が二つより多くなると方程式は解けません。不確定性原理により同時に粒子の位置と速度を正確に測定することはできないのです。量子力学は粒子は明確な位置や速度をもっていませんが、その状態はいわゆる波動関数で表すことができる。波動関数が時間とともに変化する割合は、シュレージンガー方程式で与えられます。ih'dφ(x,t)/dt=Hφ(x,t) ここでiは虚数、φは波動関数、Hはハミルトニアン演算子です。予測できるのは波動関数のみで、粒子の位置や速度はどちらかが予測できます。1905年に特殊相対性論によって、ニュートン的絶対時間の概念は履されました。各観測者はそれぞれのたどっている経路に沿って個々の時間の基準を持っています。しかし特殊相対性理論が取り扱えるのは時空が平坦で滑らかな場合のみです。1915年の一般相対論では、時空は平坦ではなく歪んでおり、時空内の物質とエネルギーにより曲げられています。時間はどの観測者にとっても増加するものではないとする理由はブラックホールです。重力脱出速度より大きな速度では重力は粒子をとどめることはできません。地球では重力脱出速度は秒速約12キロメータで、太陽では秒速約618キロメータです。それでも光の速度は秒速30万キロメータですので光は脱出できます。太陽よりはるかに大きな星があれば光さえ脱出できないことも予測されます。それがブラックホールです。巨大質量物体は時空を曲げるという一般相対論では状況は異なってきます。1916年シュワルツワルドはブラックホールを表す一般相対論の解を見つけました。ブラックホールという事象の半径Rを定式化しました。R=2GM/c^2 ここでGはニュートンの重力定数、Mはブラックホールの質量、cは光速です。太陽の質量を持つブラックホールの半径はたった3kmにすぎない。1963年クエーサーが発見され、ブラックホールに向かって落下している星雲は巨大なエネルギーで光っている。この星の重力場は星からくる光の経路に影響を与えます。時間を縦軸、空間を横軸とする時空図では、重力崩壊していない普通の星では光は星の表面から遁れることができるが、星が崩壊すると表面近くの光は内側へ曲げられれブラックホールが形成される。崩壊という事象が起った時点以降光は内側に向かい光を外へ発しなくなります。これを事象の地平面と呼びます。もし星の質量が太陽の2倍以上の場合、収縮して圧力が高くなっても収縮を止めることはできない。ついには特異点を形成する。太陽が質量を失うことなくブラックホール化しても重力は働くので、惑星は今と変わりなく同じ軌道をまわっているでしょう。それと同じように中心に巨大な星が見えなくてもブラックホールの連星系を発見すると中心にブラックホールがあるかもしれないのです。銀河中心のブラックホールはNGC4151銀河に見られます。太陽の1億倍の質量を含有するようです。もし宇宙船がブラックホールに落ち込むと、船の形影見ることもできず、宇宙船から送ってくる光信号もこなくなります。ブラックホール内には無数の星の物質で満ちており、他の粒子と凝集しており、過去の履歴情報を取集することはもはや不可能です。したがってブラックホールの性質は、その質量と、自転の速さの二つの性質しかありません。ジョン・ウィーラはこのことを「ブラックホールには髪がない」と呼びました。ブラックホールには熱力学的温度Tを持ちます。T=h'c^3/8πkGM  ここにh'はプランク定数、kはボルツマン定数、Gは重力定数、Mはブラックホールの質量、cは光速です。ホーキングはブラックホールは真っ黒ではなく、白いという説(ホーキング放射)を出した。物質場はいわゆる真空揺らぎという現象があり、仮想的粒子のペアーがブラックホールの縁d出たり入ったりしています。入った粒子は出ることができませんが、縁で片方の粒子は無限遠方へ遁れる場合も生じます。それがブラックホールから放射されたかのように見えるのです。その時の温度は質量に反比例します。絶対零度で100万分の1以下ですので、ブラックホールからの量子放射は2.7度の宇宙背景放射によって隠されてしまいます。ビッグバン後の急激な膨張で多くの天体はあまりにも遠くへ追いやられてしまったため、その天体からの光は100億年かかってもまだ私達にたどり着いていません。ブラックホールの地平面から熱放射がああるように、宇宙の地平面からも熱放射があるべきでしょう。密度揺らぎのスペクトルの強度は予測できる。熱放射によってブラックホールの質量が失われる。そのため温度が上がり放射は増加する。つまりブラックホールは蒸発していることになる。

5) 過去を守る

タイムトラベルの話は物理学者では禁句だそうです。未来の人に自分の過去をいじくられてはどうしょうもありません。とは言うものの現代のすべての時間旅行に関する議論の基礎にはアインシュタインの一般相対論があります。そこでテクニカルタームを使ってタイムトラベルの信憑性を調べようとするのが本章の趣向です。宇宙内の物質とエネルギーによって時空が曲げられ、ゆがめられ、変化するということはもう常識化しました。時空が余りに入り組んでいると出発時刻よりも到着時刻が前に来ることもあるうるのです。過去に戻るにはワームホールが必要です。ワームホールとは異なる時空を結び付けるチューブと言える。遠い銀河間を移動するには光速で移動しても何万年、何億年もかかるかもしれませんが、ワームホールを使えば瞬時に時空移動ができるという便利なSF的道具です。時空は閉じた時間的曲線、つまり何度も最初に戻ると言った経路を「時間ループ」と呼ぶことにします。次に3段階で時空を考えることにします。第1のレベルはアインシュタインの一般相対論(古典理論)です。しかし第2のレベルは物質が不確実性と量子ゆらぎを免れない世界です。第3のレベルは完全な量子重力理論で取り扱うレベルです。クルト・ゲーデルの理論は宇宙を満たしている物質が回転しているような宇宙の時空構造を研究し、時間ループを持つ構造になっていることを発見しました。これは1931年数学基礎論の不完全性定理の証明(いかなる規則や手順をもってしても解くことのできない問題が存在する)は、ハイゼンベルグの不確実性原理と併せて、20世紀の半ばになって時間発展がカオス的になって予測できないことが理解され始めたのです。ゲーデル理論では宇宙定数を仮定しましたが、時間ループを含む他の解が発見された。2本の宇宙ひもが高速で動く場合です。(注意:「ひも理論」のひもとは混同してはならない別ものです) 宇宙ひもは長さを持つ物体ですが断面はごく小さい。宇宙ひもの存在は素粒子論から予言されていました。つまり1本の宇宙ひもは周辺の時空は時間ループを持っていないので過去へ旅することはできません。2本の宇宙ひもが光速に近い速度で移動していると、時間ループが存在し過去へ旅することが可能となります。ここで時間旅行という事象の地平線を、有界領域から現れる光線のみから形成された地平線だと定義します。これらの光線は無限や特異点からくるのではなく、文明がいずれ創造するであろう時間ループを含む有限領域から生じるものです。その代わり、同じ歴史が繰り返すだけの時空に陥る可能性があります。ファイマンの経歴総和法では粒子が過去へ行ったり未来へ行ったりする経歴も含むし、時間的には閉じたループも含むものです。ファイマン著 「光と物質の不思議な性質」の第3章「電子とその相互作用」に電子と光の様々な経歴(時間を逆に進む粒子)が描かれています。アインシュタインの宇宙は空間の向きは有限であり、時空図ではあたかも円筒の世界です。アインシュタインの宇宙は膨張しませんから、実際の宇宙ではありません。しかし時間旅行を論じるときは都合のいい背景時空となる。これ以上論じることは時間旅行がSF的空想か物理的現実かの未成熟な議論になるので、専門外の私には無理なので省略したい。

6) 私たちの未来は?

この章は人類の文明の発展について述べています。科学技術において人類は最高の段階に達するという理想は妥当でしょうか。1万年前に始まった人類の文明(都市文明は5000年前から)以来、人類の知識と技術が飽和し固定したことは一度もありません。この2百年の産業革命以来の人口増加は指数関数的です。40年ごとに地球上の人口は2倍に増加する速さです。又近年の技術進歩の目安として、電気消費量と科学論文数の増加です。電気消費量は1980年までは指数関数的に増えましたが、それ以降は抑制されてきました。科学論文数は1920年以来うなぎ上り(指数関数的)に増え続けており天井知らずの状態です。現在の指数関数的増加は無期限に続くのでしょうか。文明は階段状に進むもので、指数関数的状態と飽和期の足踏み状態を繰り返すでしょう。ただし核戦争で文明が破壊されない限りの話ですが。私達が知っているものの中でずば抜けて複雑なシステムは、私たちの身体です。生命の歴史・進化については成書は多いが、松井孝典著 「宇宙人としての生き方−アストロバイオロジー」(岩波新書 2003年)がお勧めです。生命は40億年前に原始海洋から生じたとされています。35億年前に非常に複雑な構造をもつ遺伝子DNAが出現したということです。1953年ワトソンとクリックが遺伝子構造を明らかにし生命のドグマが確立しました。生物学的進化は基本的に可能性のある遺伝子変化内でのランダムウォークなので進化はゆっくり進みます。進化の多様性は遺伝子の豊富さにあります。さらに本の情報は急速に更新されますが、DNAの進化による更新量は1年で1ビットですが、本は1年で20万冊出版され1秒あたり100万ビット以上ですが、1/100の確率で有益な本が出るなら、生物学的進化よりも10万倍有効なのです。いずれ人の遺伝子工学研究が表面化するでしょうが、増強型人間が他の惑星で住めるようになるまで改造できるかどうかは不明です。人類は自らの遺伝情報を高度な複雑系へと発展させる必要があります。コンピューターは、決して本当の知能を獲得できることは不可能だという人もいます。今のコンピュータはミミズの脳より劣っているそうです。遺伝子工学によって脳サイズを増加させたとしても、レスポンスと集積密度が大きくない脳と神経では自ずと限界があります。脳はCPUプロセッサーを持っていない。むしろ同時処理ができる何百万というプロセッサーである。ただ知性に大きな生存価値があるかどうかは疑問です。人類が一掃されても、細菌だけは生き残るともいわれています。人類はあまりにも特異な存在で、銀河系で人類に似た生物を発見することはないでしょう。まさにガラパゴス的進化の結果が人類なのです。

7) ブレーン新世界

本書の最終章で、ホーキングがいま最も精力的に研究しているM理論(ブレーン新世界)の最近の情報を紹介しよう。M理論とは、見かけ上は異なる理論であるが、それぞれ異なる場合の極限において同じ理論の近似となる理論のネットワークです。構造はジグソーパズルに似ています。過去の研究がより小さい対象になるにつれ予想外の新しい理論が生まれてきました。連続な性質を持つ物質をこれ以上分割できない「原子」に到着しました。すぐに原子は、「陽子」と中性子」からなる原子核とその周辺を回る「電子」から成り立つことが分かりました。これが量子力学の確立する20世紀の最初の30年のことでした。さらに陽子(アップクォータ2つとダウンクォーター1つ)と中性子(アップクォータ―1つとダウンクォーター2つ)は「クォーター」と呼ばれるより小さい粒子で作られていることが分かったのです。その結果それ以上は分離できない「プランク長」で行き詰まりました。それ以上分割するには高エネルギーの粒子を必要とします。粒子加速器を大きくする必要がありますが、予算と加速半径の大きさから容易ではありません。M理論の数学モデルネットワークでは、時空は10か11の次元を持っています。時空は4次元でほぼ平坦にみえます。余次元は非常に小さく丸まっているようです。極めて高エネルギーの粒子を使うと10か11の次元だということです。しかしこの次元の内一つ以上の次元は比較的大きく広がっているという理論があります。この理論は次世代の粒子加速器や重力精密短距離測定装置によって測定できるかもしれないという期待があります。重力以外の物質や電気力の基本的力はブレーンの中に閉じ込められているので、4次元であるかのように振る舞うことでしょう。原子が安定した構造を作る源です。しかし曲がった空間の形態をとる重力は高次元全体に広がります。重力は距離と共に急速に衰えます。急速な重力の衰えが天文学的距離まで達するなら、惑星軌道は不安定になり惑星は太陽に落ちてゆくか、暗い宇宙空間に飛びだしてしまいます。ブレーンは重力を閉じ込める働きがあると考えます。我々の住むブレーン世界は、重力を2枚目のブレーンで遮蔽し余次元へ広がることを防ぐというモデルです。近くに見えない「シャドウブレーン」があるかもしれません。光はブレーン内に閉じ込められるため、我々の銀河の回転は暗黒物質によって影響を受けていることになります。渦状銀河NGC3198の回転速度は星の重力を合計しても足りません。この食い違いはもっと多くの物質の存在を示しているようです。これがシャドウ世界の存在の証拠として考えられているのです。ブレーンの別のモデルとして、リサ・ランドルとラマン・サンドラムはサドル(馬の鞍)のように非常に曲がったブレーンを考えました。しかしランドル=サンドラムモデルとシャドウブレーンモデルには重要な相違点があります。ランドル=サンドラムモデルは重力の影響下では重力波というさざ波を生みエネルギーを運び去るのです。これは重力波を放出することで軌道の周期が変化する連星パルサーの観測によって確認された。問題となるほどの量の短い重力波を放出する源となり得るのは、ブラックホールだけです。ブラックホールは重力波を放出します。ブラックホールは徐々に質量を失い、蒸発します。この死につつあるブラックホールの証拠としてγ線バーストを観測できない理由はあまりにバーストが弱いからだという。ブレーンの量子揺らぎにょって新たなブレーンが創生される様は、沸騰した水の泡沫の形成を連想させます。不確定性原理によってブレーン世界は無から創生される。


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