150615

岩本裕著  「世論調査とは何だろうか」
岩波新書(2015年5月)

国民の意志や意見を伝える世論調査は、民主主義社会の武器となりうるか

本書は世論がどう形成されるか、そもそも世論とは何なのか、世論が現在の国民の民意と言えるのか、世論とは国民の無知を測るバロメーターに過ぎないのか、世論は日頃のメディアの宣伝活動の結果であって、世論調査はメディアの目論見の浸透具合を測るバロメーターにすぎないのか、世論は社会というブラックボックスに投げ込まれた入力に対する出力なのか、アンケートに答える回答者は深く考えないで感想をのべているか、それともあいまいなまま気分でボタンを押しているだけのことかなどの疑問が次々とでてくるほど、捉えどころがないものである。むろん本書は世論の正統性・妥当性を吟味するものではなく、アメリカで開発された世論調査なるものがどういうものかを検証する書である。戦前の日本政府であれば、国民の意見がどうあれ気にすることもなく、国家主導で強引に政策を進めることができた。この古き良き時代にノスタルジーを感じているのが、岸信介を(大東亜共栄圏時代の官僚)爺さんにもつ、安倍首相であろう。その時代には世論調査やパブコメは聞いたこともないし、国民の意見に耳を傾ける政策決定過程はゼロであった。ところが現代ではテレビの視聴率調査のように、毎月の内閣支持率調査結果が新聞・テレビに発表され、まるでAKB総選挙みたいな人気投票になっている。内閣支持率が30%を切ると危険信号で、20%を切ると退陣が話題となる時代である。これが戦後民主主義の成果だったというのは皮相であるが、少なくとも内閣・政治家は民意の鼻息を伺わないと政策の優先順位が決められない時代になっている。世論調査結果を受けて大義のない総選挙に打って出た安倍首相の目論見は成功した。2015年6月現在の焦眉の問題は、集団的自衛権の行使の閣議決定を経て安全保障関連法案提出と審議の行方である。2014年5月12日、読売新聞と産経新聞(共同調査実施)は集団的自衛権について「71%容認、本社世論調査」という記事を書いた。この記事の援護射撃を受ける形で、安倍内閣は同年7月「集団的自衛権の行使は憲法違反ではない」という閣議決定を行った。ところが同年4月7日朝日新聞は「行使容認反対63%」と正反対の報道をしていた。NHKの井世論調査では「集団的自衛権の行使を認めるべきではない」という意見が、認めるべきを上回っていた。事件を契機に世論が大きく動いたり、うごかなくても数字のマジックで印象を可るのはある意味では簡単なことらしい。さほどに世論調査には問題が多いのである。この朝日新聞とNHKの報道に腹を立てた自民党は、偏向報道を理由として朝日新聞とNHKを呼びつけて釘を刺したようである。さらに朝日新聞には従軍慰安婦証言問題と福島原発事故吉田所長証言問題をネタに執拗に攻撃をかけ朝日新聞トップの自主規制を迫ったというという落ちまで用意されていた。これにより朝日新聞が大いに萎縮したことは言うまでもない。一方自民党の報道の自由を侵す行為には大きな反発が起きたことも事実である。さて本書「世論調査とは何だろうか」を書いた岩本裕氏のプロフィールを紹介して、本書の意義と限界を詳らかにしたい。岩本氏は1965年生まれ(今年で50歳の働き盛り)、早稲田大学法学部卒業後NHK入局、報道局科学文化記者、大阪放送局報道部ニュースデスク、論説委員、「週刊子どもニュース」でテレビ出演をへて、3年前からNHK放送文化研究所世論調査部副部長となった。科学文化部時代にJOC臨界事故取材をもとに「朽ちていった命」(新潮新書)、「NHK地球テレビ100世界のニュースが分かる本」(講談社)、「失われた、医療先進国」(講談社ブルーバックス)、「NHK中学生・高校生の生活と意識調査2012」(NHK出版)などを著した。医療問題を中心にして東京の報道局科学文化部、大阪放送局で記者やデスクを勤めた。また「週刊子どもニュース」の番組ではキャスターを務めた。現在勤めているNHK放送文化研究所が戦後の設立になる、放送番組に対する視聴者の調査、国民の関心の深いテーマに対する世論調査を行う機関である。NHK放送文化研究所に勤めてから社会学を勉強したという。世論調査の世界ではまだ素人に近い。だからこそ問題意識が我々読者に近く、解説が分かりやすいという特徴が出ている。

岩本氏は本書の冒頭に、「民主主義は選挙だけで支えられているか」に疑問符を付けました。選挙だけが民主主義かというカウンター命題を持ち出したのです。2014年12月の衆議院議員総選挙の理由の一つに、安倍総理は2015年10月に消費税8%を10%に引き上げることを1年半先送りにするとしたうえでを、選挙で信を問うたのです。アベノミクスは日銀の金融緩和と円の切り下げとインフレ率2%設定(値上げ奨励)によって、見かけは不況からの脱出が見えてきたとメディアは宣伝していますが、実は2014年4月の消費税8%値上げ後、2四半期にわたりGDP がマイナスでした。つまり国民は物を買わなくなったのです。それに消費税率と円安によって物価上昇が著しく国民生活に打撃を与えました。選挙は民主主義の根幹ですが、自公で2/3以上議席を占める衆議院で争点の不明な選挙を行い、再び2/3以上の議席を獲得したのです。「国民の信を問う」選挙で、本当に安倍政権は信任されたのでしょうか。問題は投票率で戦後最低の、53%を切ってしまいました。マニフェストも公約もない曖昧な選挙で、野党の虚をついて選挙を強行し、半数の国民が棄権をした選挙で信を得たことになるでしょうか。いったい何の信を問うたのでしょうか。全面委任要請と人気とルックスを問うたのでしょうか。安倍首相の解散表明後に朝日新聞が行った世論調査では、「解散の理由が納得できない」とする人が65%になったという。しかし安倍首相が解散に踏み切った裏の事情は2014年10月の自民党の世論調査結果で自公は圧勝するという結果を得ていたからだと言われています。これが安倍首相の背中を押したそうだ。大義も何もない党利だけの選挙だったのです。とはいえ前民主党政権の失政の影響が大きく支配していたようだ。2013年のNHKの世論調査によると、国民は「選挙によって国民の声が政治に反映できるか」というアンケートにできると答えた人は56%に低下していた。国民は政治に期待できないと感じ始めていた。これほど問題が山積し、複雑化する中で、問題ごとに意外や意見が相克する中で、掲げる政策のすべてが自分の考えと一致する政党や候補者がいることは望めません。これが民主主義を維持する装置としての選挙の限界なのです。議員選挙に基礎を置く多数決制度がはたして民主主義かという疑問を提出した、坂井豊貴著 「多数決を疑う―社会的選択理論とは何か」(岩波新書 2015年4月)という本があります。狭くいえば選挙制度のやりかたが、選挙人である主権者の意向を必ずしも反映していないということを述べています。小選挙区制か比例代表制化、また別の選択肢はないのかを論じています。その主張は以下にようやくできます。「社会的選択理論( social choice theory)は、個人の持つ多様な選好を基に、個人の集合体としての社会の選好の集計方法、社会による選択ルールの決め方、そして社会が望ましい決定を行なうようなメカニズムの設計方法のあり方を解明する理論体系だす。経済学者と政治学者の両方により研究され、資源配分ルールや投票ルールの評価や設計が一貫して主要な課題となっている。多数決による少数者の権利の侵害を抑えることは可能であろうか。防御策として多数決により上位の審査機構を持つこと、複数の機関で多数決を掛けること、多数決のハードルを高く(2/3以上の賛意を必要とするなど)することである、民主的手続きを踏んでいても多数派の暴走により社会的分断がおきることがある。これは民主主義ではなく、多数派主義である。多数派はフリーハンドを持ったと誤解し、横暴な立法・行政を行う。これにより自由の侵害が起きる。社会契約により共同体の構成員は、道徳的自由と市民的自由を得るが、欲望による支配と力への服従という契約以前の状態の戻ることがある。その時社会は分断され、立法は一般意思に根拠を持たなくなる。「代表制民主制において〈議会民主主義)自由なのは議員を選挙するまでで、選挙が終わると人民は奴隷になる」とルソーは警告する。国民が直接立法するルートが皆無で、政治家の世襲が多く、巨大な組織力を持つ2大政党制にあって、巨大企業に影響されやすい社会の政治体制をポリアーキ(多数派支配)と呼ぶ。一見民主的体制であるが、選挙によって政治は多数派に支配されやすい。これを民主的と言えるだろうか。」 というように、代表民主主義の根幹にまで疑問を呈するのである。これはルソーの「社会契約論」の再評価につながる問題である。

本書はこの問いの答えになるかどうは分からないが、選挙だけではわからない国民の意見、まさに民意をはかるために、「世論調査」があると主張しています。こういう政治状況だからこそ、国民が政策に納得しているかという「民意」を政権に突きつける必要性があるのでしょう。それが世論調査がますます重要性を増す理由であると本書は断言してます。しかし世論調査の数字は魔物です。マーク・トウェインは『世の中には三つの嘘がある。嘘、大嘘、統計だ」といっています。ハフは「統計で嘘をつく方法」という本を書いています。ダレル・ハフ著  「統計でウソをつく法」(講談社ブルーバックス 1968)は統計が陥り易いバイアスについて次のようにまとめています。この問題については本書第5章に重なっていますので、本書第5章の統計のバイアスについては省略します。
1) 1924年度のエール大学卒業生の年間平均所得は25111$である。(当時ですごい高給である)
(種明かし)税務署調査ではないので事実より大げさに給料を申告する。安月給の人や失敗した卒業生は答えてこない。答えてきたのは成功者ばかり。(教訓)最初からサンプルに偏り(歪み)があった。この集団は全体を代表していない。
2) 当社の平均賃金は5700$である。(こんなにもらっている人は誰、殆どが平均以下)
(種明かし)平均の定義をしないで、算術平均値を公表した。数少ない高級取りに引きずられた。(教訓)平均には算術平均、中央値、最頻値がある。"平均にだまされるな"。
3) A君とB君はIQテストを受け結果はA君が98、B君は101であった。A君の母親は自分の子はB君より劣るのではないかと劣等感に悩まされている。
(種明かし)IQには確率的誤差±3%を含む。標準は100±3であるので範囲は(97-103)である。(教訓)絶対値は気にするな。全ては誤差を含む。誤差範囲内にあれば同じ。
4) 夜のドライブは危険が倍増する。(警察がよくする話で本当だと思い込んでいる人は多い)
(種明かし)大体真実らしいが結論ではない。夜のほうが交通量が多いからで、交通量を同じにして評価しなければ結論づけられない。(教訓)ベースとなる数字の原単位はなにか。
5) 6月の自殺者が最高となるのは、6月に結婚が多いからだ。(結婚は人生の墓場)
(種明かし)相関はあるが、全く因果関係の無い2つのお話。春には好転するだろうとがんばってきたが一向に良くならない今日の景気に絶望。(教訓)偶然の相関は原因結果ではない。
6) シカゴ紙は169社の調査で3分の2の会社は朝鮮戦争で物価が高騰して苦しんでいると発表した。
(種明かし)1200社のうち回答があったのは169社(回答率14%)に過ぎなかった。(教訓)回答率を秘密にした話はウソ(バイアス 歪み)がある。
7) 中国のある新疆自治区の人口調査が中央政府の各部署より依頼された。年金関係調査には1億人と答え、国勢調査には3000万人と答えた。さてどちらが正しい回答か。
(種明かし)お金がもらえる調査では多く答え、税金や徴兵の基礎資料となる調査には少なく答えた。(教訓)調査の趣旨に応じて回答者は答えを選んでいる。真実を述べていない。
8) 1935年の英国の国勢調査では農村人口が50万人も増加した。農村へ帰ろうという社会現象と解説された。
(種明かし)農家の定義が前年より変更になった。(教訓)政府統計資料にはこの手のすりかえが多いので要注意。
だから世論調査という方法は取扱注意です。その注意点も本書で説明しています。科学的世論調査は民主主義社会の中で私たちが持つ武器ですと筆者か結論づけた。憲法改正を巡る問題と国民投票といった大問題に世論は決定的な影響力を発揮するでしょうが、地域行政の政策決定とという直接民主主義に多いに効果を発揮すると期待される。討論型世論調査やパブリックコメントという手法が、原発事故後に民主党内閣府で採用され、熟議型民主主義の芽生えが現れた。世論調査という手法が民主主義の根幹に展開するのも本書の魅力である。本書はそれほど難しいことは言っていない、統計学や社会学、政治思想の本でもない。メディア関係者でNHK世論調査の担当者の感想と思いを書いた本である。では目次に従い内容を要約する。

1) 世論調査は民主主義の基礎

まず最初に「せろん 世論」、「よろん 輿論」という言葉の由来が語られる。「せろん 世論」は感情的な通俗論という意味で、「よろん 輿論」は公共的意味が強くパブリック・ポピニオンという意味だそうです。ただし戦後当用漢字に輿論が使えなくなり、世論をよろんと読む習慣となりました。漢字としては「世論」一つですが、読み方としては「せろん」、「よろん」のどちらも認められています。占領軍GHQ民間情報教育局CIEは民主化政策の意義を浸透させるために世論調査を重視しました。GHQは戦前の言論の自由を制限してきた数々の法令を廃止しました。そして占領軍が新聞やラジオへの検閲を強め、民主化政策の浸透を見るために日本国民の世論に細心の注意を払ったのです。CIEは朝日、毎日、時事通信社の世論調査法を指導し、調査デザイン、サンプリング、面接方法、分析方法、統計学的知識、ランダムサンプリング法を教えたといわれています。終戦直後の世論調査で中心を担ったのは新聞社です。戦後初めて全国規模の世論調査が行われた。読売新聞社は1945年10月「知事公選の方法」について、朝日新聞も「吉田内閣を支持するか」、「総選挙にはどの政党を支持するか」というテーマで20万人の世論調査を実施した。こうして1948年から1949年にかけて、各社ともに科学的に正確な世論調査を実施できるようになり、朝日新聞と毎日新聞は、1948年「サンプル3500人、面接法、地域層化無作為抽出法」で世論調査を実施した。NHKもGHQ指導の科学的世論調査を初めて実施した。国は1951年より世論調査の統計を取っていますが、1951年に374件、1960年には3446件と世論調査件数は増加している。地方自治体の政策調査とマスメディアの視聴率調査が発達したからです。1961年に国は世論調査の定義を意識調査の限ると改めたため、視聴率調査は含まれなくなったので統計件数は激減した。NHKは時系列の意識調査「日本人の意識」を1973年より始め、5年に1度実施し、40年以上続いている。政治家が最も気にする世論調査は「内閣支持率世論調査」です。調査法は1860年代は面接法で各社年間3,4回行っていましたが、1990年代から電話を用いるランダムデジットダイヤリングRDD法という方法に替わりました。コンピュータでランダムに発生させた電話番号に自動的に電話する方法で、質問内容はテープで流れます。回答はダイヤル数字でインプットします。住民基本台帳を使う必要はなく、短時間に実施でき、費用もン面接法の数分の一に抑えることができます。NHKは2003年の衆議院選挙から実施したそうです。RDD 法の導入で、内閣支持率が政治に大きな絵鏡を与えるようになったと言われています。支持率が30%を切ると危険信号、20%を切ったら退陣とまで言われます。自民党の森内閣、福田内閣、麻生内閣、民主党の鳩山内閣、管内閣、野田内閣は20%を切った時点で退陣、または衆議院を解散しています。世論調査をする対象(母集団)の数は多いほうがいいわけですが、これが小さいと結果の信頼性がどんどん低下します。統計の計算法は専門書に譲るとして、100人だと±10%、1000人だと±3.1%、3000人だと±1.8%の誤差が生じます。だから母集団のバイアスを少なくするためにもアンケート対象者は多いほうがよく、調査の速さと調査費用から回答者の数を設定します。それでも母集団に男女差、地域差、年齢差、職業の違い、収入の違い、民族の違いなどのバイアスがかかるので、現在最も科学的とされているのがランダム=無作為サンプリングです。さらに「層化無作為2段抽出」という階層別ランダムサンプリング法が開発されました。現在日本で行われている悉皆調査(全数調査)は「国勢調査」だけです。総務省が大正時代から始め今年が20回目となります。かかる費用は約700億円です。世論調査は、少数の人の結果から全体の結果を推測します。全体の代表を選び出すもっともよい方法がランダムサンプリングなのです。個人の恣意が入らない、偶然が支配する選び方です。その科学的根拠は1730年に発見されたカルダーノの「中心極限定理」です。ランダムに選ぶと、その結果は中心値(必ずしも平均値ではありませんが)を中心とした正規分布(釣鐘形)をなし、試行回数(サンプリング数)が大きくなるほど、その形は中心値の鋭い分布となる(誤差が少なくなる)という定理です。普通、世論調査では信頼区間を95%に設定します。すると1000人の調査で日本国民を代表した意見と見なせるのです。たとえば内閣支持率が50%と計算された時、調査対象者が1000人だとその誤差は±3.1%なので、47%〜53%である確率が95%に入ります。すると真実は47-53%の間にあるのでその間の数値には有意差はないのです。内閣支持率は47%かもしれず53%かもしれないのです。51%という結果がでても支持率が上回ったという表現は間違いで、ほぼ同数であったと表現されます。

2) 選挙が世論調査を発展させた

建国当時伝統的な権力者(部族、王侯、君主、教団など)がいなかったアメリカでは、最初から民主的な手続きで国を運営してきた。大統領を選挙で選ぶとき、気になるのが世論です。世論調査という手法が発達したのもアメリカにおいてです。アメリカの選挙の歴史とは、世論調査の歴史と重なると言っても過言ではない。選挙は世論調査の専門家にとっても、世論調査の答え合わせができる唯一の機会なのです。逆に言えばNHKがやっている「日本人の意識調査」は永遠に答えを確認できない調査と言えるでしょう。1936年のルーズベルト大統領と共和党のランドン候補の選挙において、選挙前の世論調査を実施したリテラシーダイジェストは200万人の回答を得てルーズベルトは負けると予想しましたが、結果はルーズベルトが大勝利しました。その調査の誤りは、回答者の選択にあった。リテラシーダイジェストは調査に使った名簿が比較的裕福な層(雑誌を定期購読し自動車も持ち、電話を持つ)に偏っていたことです。つまりリテラシーダイジェストが調べた回答者には共和党支持が多かったようですが、ルーズベルトはニューディール政策で手腕を発揮したように低所得者。労働者層に人気があった政治家です。これに対して大規模なサンプルを追わないで、30万人の調査で予測を的中させたギャラップは、調査する人がアメリカの有権者全体の縮図になるように工夫し、各州ごとに結果を推測できるようにした。このように世論調査は数を億集めれば正確なのではなく、全体の縮図となるように科学的に集めればサンプルは少数でもいいことになります。ギャラップの方法は「割り当て法」と呼ばれます。階層別に何人調査するかを割り当てる方法です。そのギャラップが1948年のトルーマン大統領と共和党候補の選挙予測において大失敗を犯しました。接戦であったことに加えて、「主観によるサンプリングのゆがみ」が微妙に働いたようです。面接法では調査員の主観が働いてバイアスを生むことが分かり、人の主観が働かない機械化ランダムサンプリングに移りました。NHKの選挙世論調査の正確さには定評があるのは、候補者の情報を日頃からこまめに集めてきたからで、少なくとも55体制まではそれが通用した。対応が難しくなったのは1993年の衆議院選挙からです。つまり与党自民党が野党に転落したことです。新党さきがけ、新生党、日本新党などの「新党ブーム」で細川氏の比切る連合政権が38年間続いた55体制が崩壊し、その原動力であった無党派層の動き「風」を読むことが重要になったからです。だから報道各社はさらに世論調査に力を入れました。2000年以降RDD法は常用手段となり、2010年以降の国政選挙では選挙期間中に2回の調査を実施することになった。すべての選挙区でで調査を行うと、対象者は数万人から10数万人という大規模な調査になる。費用負担も莫大となるため、傾向の似通った読売新聞と産経新聞は2009年より共同で調査を実施している。世論調査だけでなく、「出口調査」にも力を入れている。アメリカでは1970年代からテレビ各局が実施してきたが、日本ではNHKが1993年の衆議院選挙から全国的に導入した。例えば2014年の衆議院選挙で行った出口調査は、全国4130の投票所で46万人に質問し、71%の回答率を得たという。公明党の支持者は期日前投票が多いので、報道各社は期日前投票でも出口調査を実施している。公職選挙法では人気調査を行ってはいけないとか、投票誘導をしてはならないとか、憲法15条では投票の秘密は侵してはいけないという規定があるので、出口調査はあくまで自発的な協力に限ります。調査結果はそのまま出さないで、分析結果の表現だけになる。2014年12月2日の公示後2日の4日の新聞各社の報道は「自民党単独で300議席を超える」という記事が躍っていました。朝日新聞(半分の選挙区で6万7千人の回答)、毎日新聞(全選挙区で12万人の回答)、読売新聞・日経新聞(全選挙区で8万1300人の回答)も珍しく同じ予想をしていました。終盤戦の世論調査結果も同じく各報道機関は「自公で2/3を超える勢い」と予想しました。これほど一方的な勝ちになる現象は、有権者が勝ち馬に乗ろうとする「バンドワゴン効果」といい、関ケ原の戦いと同じ心理構造です。戦国時代の戦い方を見ると織田信長型の死闘をするのはわずかで、豊臣秀吉は和平工作型で、徳川家康の時は様子眺めの鵜合集散型の戦いなのです。これは欧州などの大陸の戦争のような、異民族という言葉の通じない相手と戦うわけでなく、戦後の利益配分を考えて一族を2つの陣営に分けて参戦させ、互いに通じ合うという伝統的戦術に似ています。まま「アンダードッグ効果」という判官びいきもありますが。

3) 政治を動かす世論調査

民主主義の根幹である選挙の結果を予測する有効なツールとして発展したきた世論調査は、政治的な課題や政権に対する国民投票の代用にならないかという期待です。その代表がAKB人気投票ならぬ内閣支持率の世論調査であると考えてもいい。安倍内閣は内閣支持率に細心の注意を払っているとされています。NHK世論調査の内閣支持率を見ると、第1次安倍内閣で発足後65%の支持率が1年後30%に落ち込んだ。これに対して第2次安倍内閣では、発足後64%、2013年の再議員選挙後は60%、2014年4月の消費税8%にアップした直後は50%、7月集団的自衛権を閣議決定した直後は47%、その後はだいたい50%前後を維持してきた。安倍首相は長期政権をめざし支持率を維持して憲法改正までを視野に入れています。高い内閣支持率を維持した小泉首相は85%という高い支持率を記録し、いまだに破られていない。そのポピュリズムの典型ともいわれる「小泉劇場」という国民を観客に引き込んだ劇場型政治と、機動性の高いRDD世論調査法の導入が軌を一にしていた。まさに一刻ごとにオンラインで行うテレビ視聴率調査と同じ構造が政治手法に現れたのである。内閣支持率は、政権の命運を左右するとまではいわないにしろ、政権の盛衰のバロメータであることは確実である。しかしRDDの調査結果が本当に国民の声と言えるかという疑問も出されている。2014年9月3日安倍内閣は第2次内閣の顔ぶれを一新しましたが、政権の目玉であった女性閣僚二人が政治とカネ問題で辞任するというスキャンダルに揺れました。発足直後読売新聞は「支持率64%に上昇、13ポイントアップ」とする記事を書きました。日経新聞は支持率60%、NHKは58%、朝日新聞は47%、毎日新聞は47%の横ばいの支持率と報道しました。今回の調査では各社の結果がかなり食い違っています。手法は同じにしろ、読売新聞の高支持率は「どちらかと言えば支持するかどうか」という「重ね聞き」(よくわからない人に2者択一を迫る誘導効果がある)をしたためと言われる。他社は重ね聞きをしていないという。毎日新聞は「関心がない」という選択肢を設けました。RDD法世論調査で回答率が50%を切ることは、大問題です。2014年7月の朝日新聞の世論調査で「世帯用と判断した番号は2227件、有効回答率は1020人、回答率46%」という記事が出ました。それ以降朝日新聞では回答率が50%を切るケースが相次ぎました。世帯用とは、ランダムに作った電話番号をかけて会社の電話と分かったら電話を切る装置があり、全電話数から会社を除いて世帯数としています。この原因を調べた結果は、NHKや他の新聞社では有権者がいると分かった家庭数を分母としています。朝日新聞は世帯数を分母にしたことが回答率を下げた原因であることが分かったのです。ですから有権者がいる家庭数を分母に取れば、ほかの新聞社やNHKと回答率はあまり変わらない数字になったということです。それでもRDD 法は「固定電話を持つ有権者」しか選ぶことはできません。有権者全体からの無作為抽出とは言い難いのです。NHKの調査では20代の回答者は3%にとどまります。20代の人口に占める割合は12%ですので、若い人はあまり回答していないことが分かり、逆に60代以上が回答者の半数を占めており、回答率の高齢化という笑えない事態になっています。高齢者の意見を聞いていることになります。人口の年齢区分比率に応じた回答率を得なければ、調査対象が日本の小さな縮図とはなりません。現在発生させる番号は固定電話のみで、携帯電話などは含まれません。電話を取ってくれた人は普通は主婦が多いので主婦の意見を聞いていることになります。また通常は行けにいる人が多い金曜日の夜から日曜日の夜にかけてRDD調査が行われるのですが、外出している若い人は捉まりません。さらに問題は若い世代には携帯もしくはiPHONEしか持っていない人が増えてきています。毎日新聞の調査では携帯電話しか持っていない人の比率は14%でした。政治問題に対する全体のアンケートのポイントは、携帯族のポイントとさほど変わらないという毎日新聞の調査結果があります。韓国やアメリカでは固定電話を持たない家庭が2013年で各々32%、40%に達しています。韓国では携帯電話へのRDD調査が併用されています。アメリカでは携帯電話番号は日本のように090とか080で始まるのではなく、固定電話と同じ市街局番からの番号になっているので、早くから携帯電話へのRDD法調査になっています。日本の携帯電話ダイヤル方式は地域が分からないため選挙区ごとの調査ができません。現在、日本では携帯電話単独でRDD調査を行うのは難しく、対策が始まったばかりです。

4) 調査結果を読む

安倍内閣の集団的自衛権に関する2014年春の各社の世論調査結果が違っていたことを考えてみましょう。読売新聞(産経新聞)の5月12日の記事では「賛成71%、反対25%」というもので、「全面的に使えるようにすべき」が8%、「最小必要限の範囲で使えるようにすべき」が63%、「その必要はない」が25%だったとしています。朝日新聞の4月7日の記事では、「行為容認反対」が63%、「行使できるに賛成」が29%でした。RDD調査方法は両者で同じです。この秘密は読売新聞の3つの選択肢のうち「中間的選択肢」である「最小必要限の範囲で容認」という条件付き賛成選択肢にあります。朝日新聞は「現在の立場を維持する」と「行使できるようにする」の2者択一です。統計数理研究所の調査では、米英では中間選択肢を選ぶ人は少なく、日本では中間選択肢を好む傾向にあるということです。またNHK放送文化研究所の実験調査では、普段あまり考えていない問題には、中間選択肢を選ぶ傾向が顕著になるということが確認された。また4月21日の毎日新聞の世論調査結果記事では、「限定容認」が44%、「全面容認」が12%、「認めず」が38%でした。新聞見出しは限定容認44%という表現でした。それでも読売新聞の限定容認63%とは20ポイントも少ないのです。やはり読売新聞の「最小必要限の範囲」というエクスキューズが聞いているようです。そして毎日新聞は5月からの調査では2択に戻しますと、賛成が39%、反対が54%となった。政府自民党の答弁においても、最低必要限の内容が不定で手探り状態であったため、どこまでの範囲で容認するかは今でも決まっていないので、回答者の中間選択肢は曖昧ならざるを得なかった。NHKの世論調査では5択方式にし、賛成を2つ、反対を2つという選択肢を設けたが、結果は賛成が合せて34%、反対が合せて41%だった。また25%は分からないとした。こうして読売新聞の世論調査結果に元気づけられた形で、安倍政権は7月1日集団的自衛権を限定的に行使できる閣議決定をした。上智大学新聞学科の渡邊教授はは、世論調査で避けたい言い回しとして、@場合によっては、A慎重に検討すれば、B必要最低限の、Cしてもしかたない、D事情があれば、をあげ、必要最低限の文句は禁句だと言っている。世論調査の信頼性に疑問が起きる人も多いし、これでは科学的世論調査を行えば、国民全体の意見を代表する結果が得られるということに疑問符がつく。政治的な意図をもって世論を誘導するために、世論調査を行っていることになりかねません。この質問はこういう答えを誘導している可能性があるということになりかねない。新聞人の矜持が問われている。世論調査はよく考えていない人を追い込んで一定の見解へ導く世論誘導であって、国民の意見を客観的に調査しているのではない。その原因は何と言っても国民が日常よく考えていないことで、選挙でいうと浮動票が風に吹かれてどちらへ流れるかということであろう。誘導を狙ったと疑われるのは、前提条件が長い質問です。その説明が回答に影響を与える可能性は否定できない。5月12日の読売新聞の質問文、および朝日新聞の質問文は政府説明に近い長い説明でした。それに対してNHKは集団的自衛権の説明は入れていません。そしてNHKは「分からない」という選択肢も加えました。どちらの方向化に誘導されることを避けた処置です。内閣府が2014年に行った付帯「竹島に関する世論調査」では、竹島の歴史から説きおこし、まるで教科書とその試験のようでした。答えはすべて直前に示された資料の中にあります。施策を検討するためなら、逆に資料を見せないで質問したほうが、その時点で国民が持っている意識や知識を調査できると思われる。言い回しで注意しなければならないのは、「ダブルバーレル」といった言い換えや2つの表現法も禁物です。質問者が強調したい下心が見えてきます。また人は複数の選択肢を見せられた時、算所の選択肢を選ぶ傾向があり、いくつもの選択肢を聴いた時最後の選択肢を選ぶ人が多くなります。選択肢の順番も気を付けたい条件です。前の質問で持った印象が次の質問に持ち越され影響を与える場合を「キャリーオーバー」と呼びます。これも禁じ手です。これらはあるいみでは「心理学」の実験でよく問題にされることです。「調査主体によるバイアス」によって結果が違う場合があります。第2次安倍内閣の支持率調査ですが、読売新聞の調査では2013年1月で68%で大体60%前後を維持し、集団的自衛権の閣議決定後の2014年7月で48%に下がりました。これに対して朝日新聞は就任直後で54%、2014年7月には42%に下がりました。NHKや毎日新聞の調査結果は読売と朝日新聞の中間の数字が出るようです。主張がはっきりしている読売新聞と朝日新聞では回答者が協力してくれるのはその主張に賛成の人だろうと思われます。読売と朝日は日本の右と左を代表する新聞だからです。調査方法によってバイアスがかかり易いのです。方法としては面接法、配布回収法、郵送法、電話法の4つが主な調査法です。同じ質問文を使っても、調査方法が違うと直接比較してはいけないという世論調査のルールとなっています。特に答えにくい質問は「社会的望ましさ」、「宗教」、『政党支持」などです。知識を聴聞く質問は面接法か電話法で行うべきとされています。人がいると見栄が出る回答になり、書類郵送では本根が出やすい調査法も区別しなければ、又NHKの公的機関という立場によって、回答率が高くなる場合があります。お上の質問だから答えなくてはという意識が働くのでしょうか。いずれにせよ回答者の心理によって、質問内容によっては事細かにバイアスがかかるようです。


読書ノート・文芸散歩に戻る  ホームに戻る
inserted by FC2 system