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石川文洋著 フォトストーリー「沖縄の70年」
岩波新書(2015年4月)

報道カメラマンが、生まれ故郷沖縄の戦後70年を撮る

ベトナム従軍カメラマンとして有名な石川文洋氏の本は、 石川文洋著「報道カメラマン」(朝日文庫 1991年)を読んだことがある。1965年より4年間南ベトナムに滞在し、ベトナム戦争を報道した。帰国後1969年より15年間朝日新聞カメラマンとなり様々な現場を取材し再びフリーのカメラマンとして活躍した。この「報道カメラマン」(朝日文庫)という本は、文庫本と言いながら1000頁を超え、500枚以上の写真を交えて、カメラの目を通して世界の現場を報告したものである。第1部 個人的なシングルライフの生活紹介から始め、第2部 その後のベトナム・カンボジア、第3部 南北朝鮮、フィリッピン、アフリカ、中国、中南米を駆け巡る旅、第4部 報道写真・フォトジャーナリズムについて、第5部 日本の問題、第6部 故郷沖縄 という構成であった。本書フォトストーリー「沖縄の70年」(岩波新書)は、いわば「報道カメラマン」(朝日文庫)の第6部を切り出して現在までの状況を補足したかたちになっている。知らない方もおられるかもしれないので、石川文洋氏の略歴を紹介する。1938年沖縄県那覇市首里に生まれ、4歳で本土に移住し、1959年ー1962年毎日映画社に勤務する。1964年の4か月間香港のスタジオに勤務。1965年ー1968年アメリカ軍、サイゴン政府軍に従軍し同行取材を行う。帰国後1965年ー1984年まで朝日新聞出版局のカメラマンとなる。1984年からフリーのカメラマンに復帰する。沖縄の生活は4歳までに過ぎないが強い沖縄への愛着と帰属の気持ちを持ち、著者は本書の「はじめに」で自分は在日沖縄人だという姿勢をとる。在日韓国人とおなじ被支配者の精神である。著者は本書の出版時に76歳になっている。おそらく自分史と沖縄の歴史を交差させて人生の総括をしているのではないだろうか。扱う対象はおもに戦後の沖縄である。主な著書には、「戦場カメラマン」(朝日文庫)、「アジアを歩く」(笊カ庫)、「戦争はなぜ起きるか」(冬青社)、「私が見た戦争」(新日本出版社)、「カラー版 ベトナム戦争と平和」(岩波新書)、「カラー版 四国八十八ヶ所」(岩波新書)などがある。本書フォトストーリー「沖縄の70年」は文字通り、写真に語らせるものですが、文庫本や新書では写真が小さいので、迫力がいまいちです。といって立派な写真集を買うほどお金もないし、中途半端なところで文章を取るか、写真を取るか迷うところです。そこで各章における印象に残る総括に近い言葉を拾ってゆくことにする。著者は世界中の戦争の現場という危ない橋を渡ってこられた末の結論です。短い言葉ながら重みのある著者の確信です。写真が語る分については、それは言葉にはできませんので、本書を買ってよく見てください。各章に入る前に、沖縄関連年表を下の表にまとめておきました。簡単すぎる年譜ですが、大きな流れはつかめることでしょう。

沖縄関連年表
事項
事項
1879尚秦 首里城を明け渡す。明治政府 琉球藩を廃し沖縄県を置く1970ゴザ事件
1892宮古島で人頭税撤廃運動が起こる1971沖縄返還協定に調印、11月返還協定批准反対のゼネスト
1899第1次ハワイ移民団27人が出発1973パリでベトナム和平協定調印、自衛隊が沖縄へ移駐
1903土地整理事業が終わる。宮古・八重山の人頭税撤廃1975ベトナム解放軍サイゴンに入城、沖縄海洋博開催
1909府県制(特例)施行1976南北統一選挙により、ベトナム社会主義共和国成立
1937盧溝橋事件勃発、日中戦争に突入1978沖縄交通法規 本土に式に変更
1941真珠湾攻撃、アジア太平洋戦争始まる1987国民体育大会「海邦国体」開催
1944米軍サイパン島上陸、8月学童疎開の対馬丸魚雷を受け沈没、10月那覇が空襲を受ける1992首里城正殿が復元される
19455月米軍沖縄本島上陸 6月日本軍壊滅 9月沖縄守備軍降伏に調印1995平和の礎完成 沖縄米兵少女暴行事件起きる
1947日本国憲法施行1996日米政府が普天間飛行場の全面返還を発表 基地問題県民投票行われる
1950米国民政府が設置される。朝鮮戦争勃発1997名護市辺野古沖に海上ヘリ基地建設を発表
1951サンフランシスコ講和条約 日米安全保障条約調印2000琉球王国グスクが世界遺産に 沖縄・九州サミット開催
1952米国の施政権下に置かれる、琉球政府発足2003那覇空港と首里間にモノレールが開通
1953奄美諸島、日本に復帰2004沖縄国際大学に米軍ヘリ墜落
1956プライス勧告発表 島ぐるみ闘争2007教科書検定意見撤廃を求める県民大会が開催
1959石川市宮森小学校に米軍機墜落2010沖縄本島で地震発生 100年ぶりに震度以上
1960沖縄県祖国復帰協議会が結成される2013仲井間知事が名護市辺野古移設計画で埋め立てを承認
1963本土・沖縄代表の初の海上交流>2014辺野古移設反対派が衆議院選挙で勝つ 仲井間氏を破って反対派翁長氏が知事に当選
19648月トンキン湾事件 ベトナム戦争北爆開始2015翁長知事が辺野古移設作業の中止を指示
1965B52戦闘機嘉手納基地よりベトナムへ爆撃
1968ベトナム解放軍テト攻勢、初の首席公選実施、屋良朝苗氏当選
19692月ゼネスト中止、佐藤ニクソン共同声明で72年本土復帰決まる
第1章 沖縄に生まれて

「戦争とは命を奪う。個人、公共の財産、自然を破壊する。軍隊は民衆を守らない。」

第2章 沖縄戦の記憶

「沖縄の集団自決は捕虜になるよりは潔く死ねという日本軍の戦陣訓を民間人に強要したことが原因である」
「もし沖縄が今後どこからか攻撃を受けるとすれば、それは米軍基地と自衛隊の基地が沖縄にあるためであり、その時米軍も自衛隊も沖縄の民衆を守ることはできないだろう」
「この惨劇にまで民間人を追い込んだ皇民教育や日本軍を憎み、自決とは絶対に呼びたくはない」
「私は日本人である前に沖縄人であると思っている」
「私にとって天皇、日の丸、君が代は戦争と重なっている」

第3章 南陽群島の沖縄人

「第1次世界大戦後ドイツ領であったマーシャル、カロリン、マリアナ諸島は日本委託料統治領となり、砂糖以外に産業を持たない貧しかった沖縄人は南洋諸島へ移住した。その数は約6万人、うち1万2826人が戦争で悲惨な最期を遂げた。1944年サイパン、テニアンはアメリカ軍の空襲を受け、7月7日南雲総司令官が総攻撃を命じて、日本軍は壊滅し戦闘は終わった。民間人は自決を強いられた。」

第4章 ベトナム戦争と沖縄

「1964年8月4日、米駆逐艦が北ベトナムから魚雷攻撃を受けたとする「トンキン湾事件」が勃発した。北ベトナムへの北爆が開始される口実となった。これはアメリカ軍の謀略であることが外交資料より判明した」
「連日沖縄嘉手納飛行場より、黒い空の要塞B52が北ベトナムを目指して飛び立った。沖縄基地の動きは、ベトナム戦争の動きに一致していた」
「沖縄系の米兵當間さんはベトナム独立戦争に参加した。1975年3月解放軍の攻撃でサイゴン政府は崩壊しサイゴンは解放された」

第5章 本土復帰

「1969年1月命を守る県民会議は2月4日にゼネストで10万人を動員する計画を発表、基地包囲はアメリカに対する抗議だけでなく、沖縄に犠牲を強いてきた日本政府に対する怒りである」
「アメリカ民政府は綜合労働布令を出してゼネストを弾圧、公選で選ばれた屋良琉球政府政権は、日本政府のゼネスト中止要請を前に苦渋の選択を行い、中止のやむなきにいたる」
「1969年11月沖縄返還交渉のため佐藤首相の訪米が決まり、ニクソン大統領との会談で1972年返還が決まった」
「1970年12月ゴザ事件が起こり、1971年11月には沖縄復帰日米声明反対やり直し・完全復帰要求ゼネストが決行された。こうして1972年5月15日沖縄の本土復帰の日を迎えた」

第6章 米軍基地 1971−2015

「1960年に改定された日米安全保障条約により、日本はアメリカの行動に常にイエスであり、常に追従してきた。日本の安全を守ってもらうために沖縄の基地はやむを得ないということは、本土の安全のために沖縄がまた犠牲になるということか」
「1989年の日本に存在した米軍基地の施設の約75%が、日本全土の0.6%に過ぎない沖縄に集中していた。沖縄の基地はまさにアメリカの言う太平洋の要石となっている。1996年にはアメリカ軍の日本本土の基地は縮小したが、沖縄基地は返還されていない。沖縄の基地関係からの収入は年間1628億円であった。沖縄経済の基地依存度は4.9%まで下がった」
「1996年9月8日大田知事のもと、沖縄基地県民投票が行われ、有権者90万票のうち投票率59.5%で、基地返還賛成票は48万2538票、反対票4万6332票、日米協定の見直し賛成89%という結果で、沖縄県人の意志は固かった。太田知事の功績は平和の礎の建設と、軍用地の代理署名拒否であった。辺野古埋立を承認した沖縄の裏切者仲井間知事とは決定的に違う」
「2012年9月オスプレイ配備反対県民集会が行われた。基地は40年前と変わらずに残り、県民の所得は全国最低、失業率は最高率である」
「2014年11月沖縄県知事選が行われ、辺野古移転反対の翁長雄志氏が当選し、辺野古移転工事を承認した仲井間氏を打ち破った。今辺野古海上は埋め立て工事阻止の市民とのボートと、海上保安庁の武装ボートで混戦している。今安倍政権は国家権力で反対する沖縄県民を抑え込み、基地建設を強行している。これは民主主義に対する不正義であり、不正義には勝利はない」


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