140908

服部茂幸著 「アベノミクスの終焉」
岩波新書(2014年8月)

政府・日銀が語る異次元金融緩和を柱とするアベノミクスの検証 経済は本当に回復したのか

政府と日銀によって「アベノミクスによって日本経済は回復しつつある」という「物語り」は真実なのだろうか。2013年4月から始まった日銀の「異次元金融緩和」の大合唱からすでに1年半が経とうとしている。アベノミクスという「神話」はすでにあちこちでほころび、つまずきが明らかになっている。それを回復基調の中の一時的な些細なことといって片づけていいのだろうか、そうではなくアベノミクスの本質が暴露されたというべきなのだろうか。経済と政治は科学ではない、価値観に基づいた政策なので、やり直しもできないし、もしやらなかったらどうなっていたかという検証も厳密にはできない。そこで思わしくないことが起きても、様々な言い逃れや弁解が可能である。結局経済政策と権力は一致していなければ、犬の遠吠えに過ぎないとよく言われる。経済学者は政治権力者と一体化していなければ、政策の実行と成果の享受は不可能である。そこで経済学者は権力奪取を図れという過激な言説も出てくる。経済を富と定義するなら、金の力で政治権力を意のままに動かすことは容易であり、アメリカでは金融資本が国策を決めているといわれる。アメリカの経済学者キンドルバーガーは、経済のブームが「詐欺需要」を作り出し、詐欺需要が詐欺供給を生み出すと論じている。「供給は自らの需要を生み出すというセイの法則よりも、需要は自らの供給を決定するというケインズの法則にしたがうと我々は信じている。ブームの時、詐欺師たちは欲張りで目のくらんだ人々を丸裸にしようと虎視眈々と狙っている」という。需要があってこそ供給手段が講じられるという健全な経済活動から、金融資本の貨幣供給能力から需要が惹起されるという逆立ちした論理に埋没して、1997年と2008年の金融恐慌が発生した。権力者とそれを取りまく経済界と主流派経済学者はあの忌まわしい記憶を忘れさせよう努め、何度でもブームを再来させることで儲けようとするスクラップ&ビルド破壊戦略である。バブルと金融恐慌がセットになった過ちは何度でも繰り返される。それは貨幣の量で価値を評価するからである。キンドルバーガーは、経済のブームが「詐欺需要」を作り出し、詐欺需要が「詐欺供給」を生み出すと論じているが、長期的な経済停滞もまた詐欺需要を作り出す。ブームの時の詐欺需要は金融の分野で拡大するが、長期停滞の詐欺需要は政治の分野で拡大するのである。2012年11月まだ首相になっていなかった安倍氏は日本のデフレを解決するために日銀による無制限の金融緩和を訴えた。安倍氏が政権に就いたのは21012年12月末のことで、日本のリフレ派を代表し日銀攻撃の先頭に在っていた黒田東彦氏と岩田規久男氏が日銀総裁、日銀副総裁の就任したのが2013年3月のことで、「異次元金融緩和」は2013年4月より始まった。岩田氏と並んでリフレ派の経済学者浜田宏一氏が指南したといわれるアベノミクスは3本の矢からなるといわれた。@異次元金融緩和(日銀マネタリズム、ニューケインジアンの金融政策)、A公共事業拡大による内需拡大(政府債務拡大、土建ケインズ主義)、B成長戦略(民間企業、新自由主義経済)のことである。3本の矢には軽重があり、第1に無制限金融緩和、脇役が土建公共事業、そしてまだ形も見えない成長戦略の順である。2012年11月、安倍氏が無制限金融緩和を訴えてから急に株価上昇と円安が進行した。円安で儲けたのは自動車を中心とする輸出産業、大きな損出をだしたのは石油を中心とする輸入貿易で、外貨準備金の減少と貿易収支赤字をだしそれは物価上昇となった。つまり消費者が大きな痛手をこうむったのである。株価も円安も金融緩和が始まってしばらくすると停止した。政府支出と、2014年4月の消費税増税前の駆け込み需要である民間住宅投資、耐久財消費財を除けば13年後半の経済成長はゼロかむしろマイナス成長であった。円安と輸入コスト増、インフレ気分と物価値上げ、消費税増税と企業減税の付けを消費者に回す政策はかならず消費者の疲弊となり経済の縮小という代償を払わなければならない。

そのアベノミクスの早々とした萎縮に疑問を呈し、検証作業をこなったのが服部茂幸氏の本書である。客観的に評価するのはまだ早いというのではなく、こんなまずい政策は早急にやめるべきというのだ。これは経済学上の立場の違いからくる。本書のあとがきに書いているよう、「筆者はアベノミクスが始まる前からその批判者であった」という。筆者はポスト・ケインジアン派(ジョーン・ロビンソン、ミハウ・カレツキが代表格で、ヨーロッパに多く存在しアメリカでは非主流である)に共感するようである。服部茂幸著 「新自由主義の帰結」(岩波新書 2013年5月 )において、服部氏は新自由主義のもたらす金融危機は実体経済を破壊するという。服部茂幸著 「アベノミクスの終焉」に入る前に服部氏の論点を整理しておこう。結論はこうである。「新自由主義によって世界経済危機を何度繰り返そうが、新自由主義の愚かさを学者がいくら指摘しようが、世界経済思想は一向に改まらない。FRB前議長グリーンスパン氏や現議長バーナンキ氏は三文経済学者またはその隷従者である実践者かもしれない。誤ったマクロ経済学に取りつかれたFRBが世界経済を崩壊させた。権力の座を獲得しない限り経済学派は無意味である。すると経済学が先か政権が先かというジレンマになる。経済学は人間が生きてゆく方策を意味するのであれば、人々を従わせる権力をもつ政権に経済学派が君臨しなければならない。アカデミックは何の価値もない経済学であるかもしれない。良識の府と自称して、現政権の施策の過ちや不備に警鐘を鳴らすより、経済学者は政治家と同じように政権を狙うしかないといえる。また経済学は果たして科学なのだろうかという疑問が生じる。なぜなら、経済学の学説は線形関係しか言わないからである。複雑な関数関係、定量関係に踏み込むにはあまりに曖昧である。要因一つをいじくると、ほかの要因が変化しその主従関係さえ不明である。まして経済効果を要因で計算することは不可能であり、リスクでさえ計算することはできない。すると経済学は科学というより政治である。したがって経済学は権力を握らない限り、実証不能な説教に過ぎない。」という。
新自由主義は戦後資本主義を批判して、次の4つの政策を主張する。
@供給サイドの重視:戦後資本主義の総需要管理政策を批判して、供給サイドの改善を主張する。しかし産業政策ではなく、市場の規制を緩和し減税をすることである。
A金融の自由化:戦後資本主義の金融システム規制政策を批判して、金融市場の自由化を主張する。バブルと投機資本による金融危機を招いた。
B富の創出(トリクル・ダウン):戦後資本主義の福祉国家政策を批判して、富の分配よりは富のトリクルダウンを期待した。スーパーリッチへの富の集中となった。
C市場の自由:戦後資本主義の福祉国家による経済活動への介入政策を批判して、市場の自由を主張した。小泉政権の構造改革は民営化路線と格差拡大であった。
格差拡大と並び、金融危機もまた新自由主義レジームがもたらした2大帰結のひとつである。金融危機は資本主義の宿命というべき古い歴史を持つが、戦後資本主義の時代の半世紀は世界は金融危機を経験しなかった。戦後資本主義の優れた制度が金融危機を封じ込めていた。ところが新自由主義が我が世を謳歌する時代となって金融危機も復活した。1994年のメキシコ通貨危機、1997年東アジア通貨・金融危機と日本の銀行不良債権処理、2007年欧米証券市場のサブプライムローン金融危機がそれである。アメリカでも繰り返し金融危機は生じていた。1984年コンチネンタル・イリノイ銀行の破たん、1987年ブラックマンデー、1990年代初めS・L危機、1998年LTCM危機、2000年ITバブル崩壊、2007年サブプライム金融危機である。リスクを分散させる金融工学の発展が証券市場を安定化させると金融関係者は信じていたが、それは幻想にすぎなかった。基礎となる住宅市場、それに資金をあたえる住宅金融市場、住宅ローンを証券化する市場が加わり、さらに証券に保険を掛けるCDS(クレジットデフォルトスワップ)の4層構造が負債を拡大し世界的な金融崩壊を引き起こした。本来住宅を購入できないような貧困層にもローンを組ませてリスクを分散させる金融工学は素晴らしいというのか、略奪的貸し付けというのか、リスク管理を統計的手法で行ってきた保険業界に比べると、複雑で未経験なリスク管理における金融工学の失敗は歴然としている。その理由のひとつに、確率が低くても起きた場合の損害は莫大な原発事故と同じように、金融危機が起きれば損失は膨大になる。金融危機には保険はかけられないのである。深刻な金融危機が財政赤字をもたらすことはよく知られた事実である。公的資金の投入という歳費増加、ケインズ的景気刺激策(公共工事など)の増加、減税という収入減などが原因で赤字幅が急増するのである。現在の世界的な財政危機は、バブル崩壊と経済停滞の結果なのである。

1) アベノミクス1年半の成果の検証

先の浜田宏一氏は1980年代は日銀のすばらしさを称賛していたが、バブル崩壊後の長期経済停滞に意見を急変させる。バブルを作ったことにも長期停滞にも日銀の責任は大きいと言う様になった。浜田氏自身が日銀攻撃の代表者となった。リフレ派が日銀を乗っ取るための戦術かもしれない。対照的にアメリカ経済は好調であったといわれる。2000年のITバブル崩壊後比較的短期間に経済は復興した。そのころアメリカでは「大緩和(モダレーション)」が議論されていた。FRB理事だったバーナンキだけが楽観的に大緩和の未来を語った。その時すでに住宅バブルが拡大していった。2008年サブプライムローン問題を機に発生した証券会社倒産から世界的危機がおこり、バーナンキの大緩和政策は崩壊した。日本の長期停滞の原因はデフレにあるとして、デフレの原因は日銀が金融を緩和しないためであるという経済学者を「リフレ派」と呼ばれた。浜田氏、岩田氏が代表格である。2012年11月安倍氏が日銀による無制限金融緩和を説くと、インフレ気分が広がり13年度前半期の経済成長は高かった。皮肉なことに異次元緩和が始まると日本経済は失速した。きっかけは2013年5月の株価大暴落である。そうして全体的には株価も円安も踊り場に入って止まってしまった。13年後半期の経済成長は低迷した。2014年第1四半期の経済成長率は極めて高いが、これは消費税増税前の駆け込み需要による。14年第2四半期の経済成長率の落ち込みはひどいものであった。要するに日本経済の中身は金融大緩和に関係のない部分(駆け込み需要)を除けば、経済はゼロ成長かマイナス成長である。異次元緩和派の絶頂期は実は緩和開始前の幻想の時期のもので、異次元緩和が開始されると不幸にも日本経済は失速した。日銀は2013年4月4日質的・量的金融緩和の導入を決定した。その柱は@2年をめどに消費者物価上昇率を2%程度までに引き上げること、Aマネタリーベースを年間60−70兆円まで増加させること、B長期金利の低下を促すために長期国債を年間50兆円のベースで購入することであった。マネタリーベースとは日銀の現金と日銀当座預金の合計のことで、12年末に138兆円であった者を14年末にはそれを270兆円まで拡大するという方針である(2013年末の実績はマネタリーベースは202兆円、日銀当座預金は107兆円である)。長期国債の保有も89兆円から190兆円は拡大することになる。しかしマネタリーベースの増加はリフレ派が考える経済成長の手段であって、目標ではない。日本経済がマネタリーベースの数値に比例するわけでは決してない。マネタリーベースはいわば虚数であって実数とはなりえない。マネタリーベース量と経済成長率の理論関係が何もないからである。景気づけの花火と言いってもよい。そのために失うものが莫大であることを日銀は知って知らぬふりをしている。安倍氏が無制限金融緩和を主張してから株価と円安が急進行した。2013年上半期の経済成長率は4%を超えた。金融緩和が実施されたのは4月であり、効果が出るとしたら数か月後のことである。従って13年上半期の経済成長率の増加は異次元金融緩和とは全く関係のない事象である。株価と円ドルレートのチャートを見ると、2012年10月から2013年5月の株価大暴落までの期間は直線的に両者は上昇した。しかし5月23日を期にして2014年5月までの1年間は両者はほとんど停滞している、株価(日経平均)14000円、円ドルレートは100円/ドルであった。5月23日の株価大暴落は日銀の長期国債の大量買い付けが国債価格を不安定にしたためである。これを期に株価も円ドルレートも全く動かなくなった。これがアベノミクスの第1の失敗である。初期の段階で円安と株価上昇はなぜ起こったかというと、政策の効果では全くあり得ない。人々の期待に乗った投資家たちの「偽薬効果」である。円安の狙いは輸出を拡大させることであった。日本の経常収支黒字は1997−2010年の間10兆円を超えていた。2011年3月の東日本大震災以来貿易赤字が続き、経常収支黒字も小さくなった。2012年の経常収支黒字は4兆2200億円であった。輸入と輸出と円ドルレートのチャートを見ると、2000年代前半は中国特需によって輸出を拡大してきたが、2008年リーマンショック以来輸出は急減し、2009年より次第に回復してきたが、2011年3月の大震災で再び輸出は減少した。2012年から輸出の回復傾向は無くなり減少傾向にある。2013年より円安で輸出は少しは回復したが円安の停止とともに輸出も拡大しなくなった。その水準はリーマンショック前には戻らなかった。円安で輸出産業が拡大するというのは必ずしも当たらない。ところがリーマンショック後伸び悩む輸出に比べて輸入は堅実に増加の一途をたどっている。円安の不利な条件下でも輸入は増え続けている。これは原発停止によるエネルギー価格高騰の為というのは言いがかりみたいなもので、大震災にもかかわらず輸入は増加し続けているのである。経済構造の大きな変化が背景にあるようで、電子家電の不振に象徴される製造大国日本の地盤が大きく浸食されているのが原因であろうか。2011年3月の大震災を期に日本は貿易赤字(貿易収支マイナス)になり、経常収支(投資、金利収入などを含む全収支)も2013年末には赤字となった。日銀の金融大緩和が始まると皮肉にも経常収支が悪化した。これは金融政策ではどうしようもない産業構造の沈下こそが大問題なのである。アベノミクスの第2の失敗は輸出拡大による経済復活に失敗したことである

前の民主党政権時代のマニフェスト不履行以上に、安倍首相は自信を持った面持ちでできもしないことを約束し次々とぼろを出してきた。次に安倍首相が約束する賃金の上昇の成果を見てゆこう。実質賃金と可処分所得、実質消費のチャートを見ると、実質賃金は2008年のリーマンショックで大きく落ち込み、2010年ごろから回復傾向にあるがその水準は低いままである。アベノミクスが始まっても実質賃金は変化がないか減少している。実質賃金と可処分所得、実質消費の3者は基本的に同内容であるためほぼ連動して変化するものである。実質消費は物価値上げや消費税増税を受けて上昇し、2013年下半期の消費の増加が急激であった。賃金や可処分所得が増加しないで、消費額が見かけ上上昇するとどうなるかは、生活の圧迫以外の何物でもない。貯蓄の取り崩しから始まって次第に生活レベルの低下となり、消費の減少すなわち需要の減少となることは説明を待たない。2014年の春闘では2%程度もベースアップをする企業もあったというが、厚生省の2014年4月の所定内給与は0.2%低下したという。実質賃金は3%も低下した。勤労者家計の消費の減少は名目で3%、実質で7%だという。内閣府の消費者動向調査では13年度末より各指標は急速に悪化している。アベノミクスの第3の失敗は、賃金が低下し、消費が落ち込んだことである。2013年度第1四半期の経済成長率は5%近いものであった。しかし13年前半の高成長は異次元緩和の成果ではない、安倍さんの運が良かっただけのことである。景気動向調査によると日本の景気の谷は12年11月である。景気回復期と安倍内閣の誕生が重なっただけのことである。皮肉にも金融大緩和が始まると経済成長率は低迷した。13年第3第4四半期の経済成長率は1%からゼロであった。安倍政権は実質で2%、名目で3%の経済成長を目指している。2014年4月の消費税増税を前に耐久財消費、民間住宅消費、政府支出を合わせるとGDP の4割を占める。駆け込み時需要の反動で2014年度第1四半期の経済成長率はマイナスとなり、第2四半期になっても回復していないという。景気の底だった2009年から計算するとアベノミクスまでに日本経済は7%成長した。2013年前半にはさらに2%成長した。ここまではアベノミクス効果とは関係ないン本経済の回復期の効果である。異次元緩和が始まってから経済成長率は低迷した。低迷する経済はアベノミクスの異次元緩和の第4のそして最大の失敗である。雇用者報酬、民間住宅、消費、耐久財、サービスのチャートを見ると、13年後半以降雇用者報酬は減少し続けている。消費はそれなりに増加したが、耐久品の異常な増加のためである。民間住宅の急増も見逃せない。他方非耐久財、サービスの増加率は極めて低い。駆け込み需要の反動で2014年度の第3と第4四半期の消費と、民間住宅の落ち込みは12兆円と予想されるのでGDPは2%低下する。今回の駆け込み需要は1997年の消費税増税時より大きかったため、その反動も大きくなると予想される。総務省統計局では14年4月の家計消費の減少を4.6%と見込んでいる。可処分所得の落ち込みが家計消費の落ち込みの原因であろう。雇用の改善を示す新規求人率のチャートを見ると、2009年より回復傾向にあり30万人から2014年4月まで順調に回復傾向が続いている。特別に2013年より増加しているようには見えない。従って異次元緩和の成果とはみなせない。経済の回復期の為であるとみてよい。日銀は消費者物価上昇率を2%程度引き上げそれを安定化させることを目標としている。輸入物価と消費者物価、物価の見通しのチャートを見ると、2013年11月には消費者物価は1.6%まで引き上げられた。物価見通しも3%を超えている。消費者物価と輸入物価は極めて相関が強いことが伺え、2009年にリーマンショックの底まで落ち込んだ後、2010年から2013年までほぼ横ばいで推移してきた。消費者物価の上昇ははほぼゼロであった。2013年度から消費者物価が上昇し始めたが、これと輸入物価の上昇が連動している。円安による直接的な輸入価格上昇である。これを輸入インフレと呼ぶ。エネルギ―のような1次産品価格の上昇は輸入物価の高騰になる。現在のインフレもこうしたコストプッシュ型と言える。その契機は円安である。円安誘導の真の狙いは輸入インフレであった。2013年5月から円安は止まった。それと期を同じくして消費者物価も上昇が止まった。2014年4月より消費者物価は急騰しているのはこれは衝保税増税の為である。消費者物価の上昇は日本経済の復活の手段であって、目的としてはいけない。通常経済のフ回復と共に物価も賃金も上昇する。消費税増税も物価を上昇させるが、それは経済回復の指標にはならない。消費税増税は福祉というトータルで判断しなければならないが、直接的には家計の可処分所得を縮小させる。現在の日本経済では円安にもかかわらず輸出が減少し、輸入が増加した。すると輸入インフレの影響が強く出るので、国内産業と家計は望ましくない影響を被る。製造業、非製造業、建設業の別に、売上、営業利益、従業員給与、従業員数を見ると、2012年第4四半期から2013年第4四半期の1年間で、売上、営業利益の最大は製造業であるが、従業員給与や従業員数はむしろ減少しているのである。非製造業でも従業員給与や従業員数は減少している。増加しているのは建設業だけである。公共事業の拡大というアベノミクスの第2の矢の恩恵を受けているは建設業である。製造業・非製造業は賃金・従業員を圧縮して利益を増加させている。

リフレ派(マネタリスト)が支配し金融大緩和をこなっているアメリカの経済は本当に回復しているのだろうか。日本のリフレ派が盲従して止まないアメリカの金融当局とアメリカの経済を検証しよう。FRB前議長バーナンキはリフレ派の代表格である。リフレ派がアメリカで主流なのは1980年代から始まった政治的新自由主義と1990年代から猛威を揮う金融資本・金融工学の結合の理論的柱をなすからである。2008年の危機後バーナンキは量的緩和を3回も行い、失業率は10%w越えていたが今では6%台になったといわれる。リフレ派の言い分は、アメリカが金融危機を防いだのは積極的な金融緩和のよるもので、日本は未だ積極的な金融緩和を行わないから経済を回復できないのだという。しかしアメリカと日本の一人当たりGDPのチャートはピッタリ一致している。高齢化の進む日本で現役世代が少ないにもかかわず、一人当たりGDPが日米で一致するのは、日本経済の方が相対的パフォーマンスがいいといえる。2008年の金融危機前の就業率は日米とも80%程度であったが、2009年の就業率(100−失業率)の落ち込みはアメリカでは80%から75%になったが、日本は1%に満たずその後2%程度回復した。景気が悪くナウとアメリカではすぐレイオフで就業者の首を切るが、日本では雇用調整助成金で企業の解雇を避けることができた。アメリカで就業率が落ち込んだまま(75%)、失業率が10%から6%に回復したというのは、就業への意欲をなくして脱落した人が出たために見かけ上失業率が上がったと見るべきであろう。(失業率の定義は仕事をする意欲がありながら仕事に就けない人である。つまりハローワークに行く人であり、ドロップアウトした人はハローワークに行かなくなる。その人らは統計にカウントされない。つまり社会的不安要因となるのである)現役世代が減少する日本では労働供給は減少している。従って低い成長率でも就業率がいいのである。人口が増加し続けるトレンドとして労働力供給過剰になっているのである。2002年から2008年の6年間は、日本では長い「いざなみ景気期」と呼ばれ、日本は2%近い経済成長を実現した。それをぶち壊したのが2008年にはじまるリーマン金融危機であるが、その後の日本の経済回復は早く、アベノミクスが始まる前に、日本では完全雇用(非正規化など雇用条件の悪化は著しいが)が実現していたといえる。日本経済成長率の低迷は人口高齢化仮説と産業構造変化によるもので、現在のアメリカの停滞はバブル崩壊と金融危機の結果であると考えられる。2008年の金融危機後アメリカイギリス欧州の中央銀行は積極的な金融緩和を行った。日本はおこなわなかったので経済復活が遅れているという話は本当だろうか。2009年から12年の平均で一人当たり経済成長率が3%と高いのはドイツのみで、次いでスウェーデンで、日本は2%である。米英仏欧州各国は0−2%であった。日独はショックからの立ち直りが早かった。各国の消費者物価との関連を調べても、消費者物価と経済の回復には関係がみられない。消費者物価を値上げすると見かけ上GDPが上昇するが、それは何の解決にもならないことが明白である。まりに姑息な手段と言わざるを得ない。アメリカは何回の「財政の崖」問題を引き起こしている。国債発行額の上限を小刻みにあげてゆくことで経済成長を図るという「政府介入」の著しい例で、アメリカの成長は財政政策によって支えられてきた。まさに市場原理の修正ではないか。失業率と物価上昇率の関係(失業率が高くなるとと賃金上昇率が低下するというのが本来のフィリップス曲線)を示す曲線をフィリップス曲線という。製造原価とは賃金コスト、原材料コストからなるが、日本の場合1998年以降賃金コストは2割も低下している。それがGDPを3割も押し下げた。従ってデフレ脱却には賃金コストの上昇が不可欠である。大瀧雅之著 「平成不況の本質」 (岩波新書 2011年12月)では、「平成不況はデフレによるものではなく、構造改革(金融資本の反社会性)のためだ」という。アメリカにおいては失業率が高いにもかかわらず賃金が上昇する。このことを「賃金の下方硬直性」という。現在の日本では失業率が低下しても賃金が下がり続けるという。こrを「賃金の上方硬直性」と呼ぶ。日本では労働市場の2重構造(正規と非正規、非正規の賃金が全体を引き下げる)によるものであろう。ここまで異次元金融緩和の4つの失敗を明らかにした。しかし異次元金融緩和がなかったら、日本経済がどうなっていたかは、「歴史のタラレバ」で政策評価は曖昧である。従って政府日銀は、無関係でもいいことは異次元緩和の効果があったといい、逆効果になっても一時的で基本は変わらないと強弁するのである。もともと経済予測は基本的に当たらないものである。経済は複雑すぎて非線形連立微分方程式が解けないというのか、意思決定者の気まぐれは読めないというのか、誰が何を望んでいるかはわ分からないというのか。FRBの集団的思考法は、日米の長期停滞の原因はバブル崩壊でなく、デフレであるという。金融大緩和でデフレは回避できるという。金融工学の技術革新がリスク分散に役立っているので恐慌の連鎖は防げるとグリーンスパンはいうが果たしてそうだろうか。証券市場の失敗は結局政府による救済となったではないか。これはまことに身勝手な「新自由主義」ではないか。そしてぬくぬくと金融資本は復活した。

2) 「第1の矢」批判 異次元緩和金融政策

金融政策は日銀の役割である。金融緩和と日銀については湯本雅士著 「金融政策入門」 (岩波新書 2013年10月 ) に詳しい。だから本書第2章の日銀と金融政策の教科書的記述については繰り返さない。そこには次のようなことが述べられている。「2013年3月白川日銀総裁から黒田総裁へ体制交替があった。白川総裁時代は金融緩和の消極的過ぎたという批判が出ているが、実は白川総裁時代(2008年ー2013年)には様々な緩和措置が繰り返されたので、そういう批判は当たらない。ただ作用と反作用に慎重かつ良心的に対処してきたのでインパクトが弱く、市場の反応がなかっただけのことだ。「マイルドな金融緩和措置」から「思い切った金融緩和措置」の黒川総裁のパフフォーマンスと(強い意思表示による)フォーワードガイダンスに市場が応じて、円安が進んだことは事実である。黒川総裁は「物価安定目標(2%)を2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現し維持するため次のような緩和策を実施する」と表明した。
@ 金融市場の操作目標をこれまでの政策金利からマネタリーベースに変更する。年間60−70兆円のペースで銀行の準備+現金残高を増加させる。
A 長期国債の保有残高を年間50兆円のペースで増加するよう金融市場調節を行う。
B 買い入れる長期国債の残存期間を問わない。買い入れ国債の平均残存期間を3−7年程度とする。
C ETF、J-REITの買い入れを、それぞれ年間1兆円、300億円のペースで増加する。
として、その結果2013年度末にはマネタリーベースは200兆円、2014年末には270兆円規模に拡大するという、途轍もなく規模の大きさに驚かされる。そのため2103年度中に発行される国債の7割以上は日銀に買い取られることになる。すると中央銀行による財政赤字のファイナンス(日銀による国債の引き受け)ではないかという疑問がでてくる。金融政策の財政政策化になってしまうのである。国債のマネタイゼーションとは日銀が国債を引き受け(国債の市中引き受け原則の無視)あるいは金融機関から買い入れると、政府預金が増え、それを取り崩して民間の預金が増えることを示す。どこまでが金融政策でどこからが財政赤字のファイナンスなのか明瞭な線引きは不可能だが、すでに満杯に近い国債市場において、日銀による国債引き受けしか方法はなかった。つまりインフレ・ターゲット2%設定と、日銀による国債購入額の大幅拡大は表裏一体の政策だった。」という。
そして次のような見解を示しています。「ケインジアン・アプローチは金利政策、マネタリスト・アプローチはマネタリーベース規模拡大でした。マネタリスト・アプローチとは中央銀行が準備金を拡大すれば、ストックが増えそれによって経済が活性化する、物価は上昇する、経済成長率が上がると主張しています。現在のリフレ派は古典的なマネタリストではありません。なぜならマネタリスト・アプローチのは2つの理論的欠陥があることが指摘されているからです。一つは通貨数量説MV=PTの通貨量Mとその回転率Vの上昇が、価格Pと生産量Tの増加をもたらすという説です。これはまさにインフレそのものです。=は→(恒等式の左が原因で右が結果)と理解されています。そこには理論的根拠はありません。第2の問題は信用創造説M=R/r(通貨量M、準備通貨量R、準備率r)において、中央銀行は準備Rを供給しますが、通貨量M増加の主役は預金者または預金を預かっている金融機関です。金融機関が信用を供与するにはそれなりの環境がなければなりません。1990年代から2000年代にかけての量的緩和政策の下で、信用乗数は極めて不安定で、マネタリーベースをいくら増加させても、それに見合うマネーストックが生み出されなかったという事実があります。これをリフレ派は不十分な金融緩和政策と呼んで当時の日銀を批判します。そこから導かれる論理は「もっと、もっとショック的に効果の出るまで無制限にサプライする」という「アグレッシブ」な金融政策です。理論なしの事実無視のやけくそ論理です。失われた20年において日銀は手をこまねいたいたわけではありません。相当な量の長期国債を買い込んでいます。金よりも仕事がほしい銀行にさらに金を流し込もうとするものです。中央銀行による準備の大幅積み上げは安心感を与え、金融システムの安定化に寄与したことは評価されますが、結果として実体経済に好影響を与えたという確固たる証拠は存在せず、理論的な根拠も難しいというのが一般の理解です。もともと短期金利はほとんどゼロであって、準備金の金利をさらに引き下げることによってさらに金利が下がる余地はないと思われます。すでに銀行間の短期金利市場金利はゼロとなり、市場の機能は消滅しているとみられます。おそらく日銀当局は米国のFRBのバーナンキ議長の手法に注目しそれをフォローしているようですが、市場のモラルハザード(リスク無視、無責任感覚)が心配されます。黒田総裁下の金融政策は古典的なマネタリスト・アプローチに従っているように見えて、中央銀行が思い切った大胆な金融政策(なんとかっこいい言葉でしょう、いつも正義はこちらにありというような)行う姿勢にあることを強く打ち出すことによって醸成される「期待」が、株価や為替相場あるいは不動産価値に及ぼす影響に重点が置かれているようです。まさに心理学の領域で勝負しているようです。本質的に脆弱な「期待」によりかかった政策が果たして実経済に影響を与える音ができるでしょうか。現在は本当にデフレなのだろうか。それもアグレッシブな金融政策でショックを与えなければならないほど深刻なデフレなのだろうか。平成バブル崩壊以来、円高、成長率停滞、経済規模の縮小、賃金低下、企業倒産、失業率増加、格差拡大、企業の海外移転、非正規労働者による労働条件の悪化などが問題なのである。ところがリフレ派はこの間の不十分な金融政策によって引き起こされた総需要の減退がデフレの要因であると主張します。」

現在のマクロ経済学はケインズから始まる。1970年代までマクロ経済学の主流であったケインズ派はインフレよりも失業を重視した。ところが反ケインズ派のフリードマン(ニューケインジアン)が主流となり金融政策の第1の目標が物価安定とされた。このインフレターゲット論の代表が前FRB議長のバーナンキで、物価安定という目標を損なわない限り、金融を緩和し失業率を引き下げるという政策を取った。2008年のリーマンショックに端を発する金融危機によって、大緩和時代は終わった。物価は数多い変数の一つに過ぎない。金融政策が物価を安定化しマクロ経済も安定するという理論は単純すぎた。バーナンキは2000年代のアメリカ経済は住宅バブルと家計の負債増加によったことを認めなかった。分かっていても認めたくないことは分かる。現日銀の黒田総裁も岩田副総裁も、低い経済成長を支えたのは政府支出と駈け込み需要であり、消費者物価指数の上昇は輸入インフレであったことは分かっていても認めたくないのであろう。中央銀行は銀行の銀行で、信用秩序の維持は日銀の役割である。日銀は最後の貸し手機能(バジョット)と言われる。2008年12月からFRBは量的緩和政策を実施した。バーナンキはこれを「信用緩和政策」と呼んだ。FRBは不動産担保証券MBSの購入を急増させた。金融システムの安定化政策には、@金融規制、A最後の貸し手機能、B預金保険制度、C公的資金の注入による金融機関の救済である。中央銀行はリスクを背負わないのが原則である。従ってリスクのある金融機関への融資、証券購入は政府の政策金融の仕事である。日銀政策と政策金融の間に明確に線を引くことはできないので日銀の財政政策化は避けられないのである。無担保翌日返済の銀行間取引金利をコールレートというが、金融政策はコールレートの調整によってなされる。1990年代中ごろ以降こ−ルレートはほぼゼロとなっている。ゼロ金利下でいかに金融を緩和させるかという方法として「量的案和政策」が考えられた。日銀は2001年から2006年まで量的緩和政策がとられ日銀当座預金のマネタリーベースの拡大である。こうして今の日銀黒田体制では日銀当座預金は128兆円も増加した。これもバーナンキの量的緩和政策の踏襲であった。短期金利はほぼゼロであるが、長期金利はゼロではない。日本の長期金利は0.6%を切っている。日銀が国債以外の貸し出しや証券購入を行うことを「ポートフォリアリバランス効果」という。しかし異次元金融緩和後に国債以外の証券保有の増加が速まったという傾向はみられない。むしろ日銀が買い取ったために銀行の国債保有が急減した。円安政策の重要な目的の一つが輸出拡大である。「ソロスチャート」とは、円ドルレートは日米間の真似たりベースに比率で決まるというものであるが、2001年から2006年の日本の量的緩和時代、日米の真似たりベース日は急上昇したが、円高となっている。量的緩和が終わると円安方向に進んだ。つまりソロスチャートが崩れていたのである。又いろいろな理屈をリフレ派はでっち上げるのである。金融緩和を行えばなぜインフレ期待が生じるのか明確な根拠はない。物価上昇が賃金上昇につながらない限りインフレ傾向にはならない。今回の物価上昇は円安による輸入インフレであった。円安が止まると物価上昇も止まるのでインフレ期待もしぼんでしまった。期待がインフレを起すという理論は資産価格の論理を消費財価格に持ち込んだものに過ぎない。2001年からの日本の金融緩和政策が金融安定化につながったことは事実だとしても、実体経済の効果については曖昧である。金融システムが立ち直っても破壊された実体経済がすぐに立ち直れるわけではない。日銀による市場からの国債の大量購入は国債金利を低下させた。これは借金漬けの政府財政を支える点で重要である。日本の異次元緩和はもともと長期金利の下げる余地がないところから始まった。それでも期待から一定の円安と株価上昇が生じた。異次元緩和が始まると日本経済は低迷した。期待はいつまでも持つものではない。そもそもケインズは金利が下限に達した「流動性の罠」のもとでは金融政策は無効であるという。

3) 「第2の矢」批判 財政政策と公共事業

アベノミクスの第2の矢は国土強靭化であるという。つまり小泉首相が破壊した公共工事の土建業の復活である。不況時に行われる財政政策は一般的にケイインズ政策と呼ばれる。そして公共工事は政府支出のなかでもGDP にカウントされる。福祉という再配分政策はGDPにカウントされない。また建設国債を発行することは、次世代への資産移転となるので財政規律の原則に触れないことになっている。日本の財政政策については、田中秀明著 「日本の財政」 (中公新書 2013年8月 ) に譲るとして財政政策の基本は繰り返さない。政府支出や政府投資が増加すると、その分GDPは増加する。乗数効果ΣG×r^n(r:再消費率<1)でr^nは収束するのでこの無限級数は一定値となる。1〜3×Gが期待される。減税効果は家計や事業の所得が増加するが、深刻な不況期には支出に回す分はほとんど期待できないので減税効果は少ない。福祉の政府支出は所得移転であるので政府消費や政府投資にはカウントしないが、この所得再配分政策は経済刺激策として利用される。ケインズ派は所得の不平等は社会不安の原因であるとともに、需要を縮小させるという。スーパーリッチ(金持ち)はケチだということである。バブルが崩壊すると、人々は(特に金融機関)バブル期に作った借金の返済に追われて支出投資を切り詰め内部留保を高めるためそれが不況を引き起すのである。日本経済は家計、企業、政府、貿易の4者からなる。各部門の収支のチャートは、家計の黒字幅は1990年を境に減少に転じ2005年にはほぼゼロになったのち現在は少し回復した。企業関係はバブル崩壊以降赤字が続いたが、90年代末より内部留保を高め以降は一貫して黒字である。貿易収支は1980年以来赤字である。政府の収支は1990年前後黒字になったことがあるが、バブル崩壊後企業の赤字を吸収したのは政府である。財政赤字が唯一収支を改善する切り札となっている。企業は政府に助けてもらっている。1980年以降財政政策についてはニューケインジアンの均衡財政が重視された。そこでは長期的な生産量は供給側によって決定され、政府の財政刺激策は効果が薄いとされた。しかし2008年の危機以降経済危機を乗り切るために財政出動による景気対策に乗り出している。しかし財政出動は長続きせず緊縮財政となった。ギリシャの財政危機はEUの支援と引き換えに均衡財政を義務付けられた。経済成長率がマイナスの国では財政支出を抑える傾向にあるが、日本だけは例外で危機前よりも政府支出は2%近く増加した。緊縮財政に対する批判も根強い。緊縮財政は需要を削減し経済を悪化させるからである。しかし政府支出の削減が経済成長率を低下させると考えるのも正しくはない。経済が落ちコムと税収が減り政府支出が削減される。景気浮揚が重要だとして赤字国債の増加を図ると、それが長期化すると債務過剰に陥る。そこで田中秀明氏は著書「日本の財政」において、財政規律と予算制度を重視し財政再建の3つの課題を掲げる。
@危機感の共有: 日本が経済成長率の低下から貯蓄率の低下、長期金利の上昇、財政再建の遅れが積み重なると、これまで通りに借金を続けることは不可能になり、信用不安が拡大する羽目になる。財政赤字は政治家・官僚そして国民が改革を回避してきた結果である。日本で一番欠けているのは危機感の共有と政治家のコミットメント(やる気)である。
A予算制度改革: 拘束力のある中期財政フレームと支出ルール(ベースライン)、独立財政機関の設置、財政責任法の制定
B社会保障制度改革: 社会保障改革は自民党政権時2008年「社会保障国民会議最終報告」をまとめ、民主党政権では2011年「社会保障・税一体改革成案」がある。我国の社会保障の根幹である「社会保険」の矛盾(保険だけで賄われるものではなく、一般財源を投入している。税と保険が混合した制度)した曖昧な制度となっている。基礎年金、国民健康保険、後期高齢者医療制度の改革が求められる。こうした議論がないとたんに不足分賄う議論に終わる。消費税を増税しても、一般財源を社会保険制度になし崩し的に投入することは何ら問題解決にならない。

1990年代以降の日本の長期停滞を考えよう。景気対策として政府は公共事業を拡大させた。民間建設投資と政府公共事業のチャートを見ると、1990年を期に民間の建設投資は減少傾向となり、2000年以降は急激に低下した。政府公共事業は景気対策の為1990年以降から増加傾向となり、2000年以降は小泉政権の経費節減策で減少傾向となり、2010年ごろから増加傾向に転換した。アベノミクスによって2013年度はかなり増加する予定である。日本の公共事業は地方自治体によって行われている。建設地方債を地方交付税によって返済できる仕組みとなってさらに公共事業は拡大した。地方自治体支出の3割から4割は公共事業費が占めている。その結果地方自治体は赤字となり財政が破たんするところが増えてくる。高齢化により2009年より国の社会保障費が急増した。地方財政費はむしろ減少している。これは地方自治体の財政難から公共事業費を削減したためである。現在政府・日銀は今回の経済回復は内需主導型と主張しているが、輸出が減少しているので輸出主導型とはいいがたい。だからと言って内需主導型であるわけではない。13年度後半の経済は政府支出と消費税増税前の駈け込み需要主導型である。2014年度の政府投資は実質で2.3%減少すると見込まれている。14年度は政府支出と耐久財消費、民間住宅主導型の成長は見込めない。財政法では政府が日銀に国債をひきうけさせることや、日銀から借金をすることは禁止されている。そこで日銀は市場から国債を購入することでマネタリーベースを供給しているので、実質的なには同じことである。2012年度末から2013年末の1年間で、日本の国債・財融債の残高は37兆円増加したが、日銀の保有率は68兆円増加した。国の借金の2倍近い資金を日銀が貸し出しているのである。異次元緩和の隠れた目的は財政ファイナンスにあるという。財政と金融政策の混合は避けがたい。湯本雅士氏は「金融政策入門」において金融政策と財政政策の関係を次のように解説しています。
「国債発行の基本原則は国債の日銀引取りの禁止であって、市中引き受けの原則と呼びます。これはそうしたことによって過去に激しいインフレが起きたことに起因します。なお日銀による短期証券の引き受けは禁止されていません。これは一時的な資金繰りに対応するためです。また財政法により、日銀は国会の議決の範囲内で国債を引き受けることができるとされ、国債の満期が来て現金償還を受けずに他の国債に乗り換える「借換債」を認める趣旨である。実際日銀は相当額の国債を保有しています。金融市場の調節目的で各種の証券を民間金融機関から買い入れているので、国債の日銀引き受けと日銀による国債の市中買い入れとの間で準備金が増えることに変わりはありません。2013年度当初の国債発行額は総額170兆円、うち借換債が一番大きく112兆円、建設国債43兆円、復興債2兆円、財投債11兆円です。国債の保有者別では2012年末で総額960兆円のうち、銀行が43%、生損保が19%、日銀が12%(115兆円)、公的年金7%、年金基金3%、海外8.7%等となっています。金融調節手段としての国債買い入れは自主規制として日銀券ルールを設けていますが根拠はありません。一般に長期債で金融調節を行おうとすると、短期債に比べて市場かく乱要因になりやすいので自主的に抑制をかけているのです。金融当局が設けた禁止原則は当局のご都合でことごとく破られているのである。財政規律と金融規律は情勢の都合であってもないような状況で、なんでもありといえる。昨今累積国債残高の問題は棚上げにして、国債を除いたプライマリー・バランス(基礎的収支)の均衡だけで財政を論じることが多い。それもプライマリーバランスの赤字を2020年までに黒字化するという目標は、消費税の10%増税でもっても困難な状況である。しかし問題はこのバランスがとれたとしても国債が減少するわけではなく、国債残高の利子払いは黒字でもって補われるべきはずのものである。従って名目経済成長率が長期金利を上回ることが必要になる。」と言います。財政破綻は回避しなければならない。こうした状況では日銀による財政ファイナンスは止むを得ざる超法規行為かもしれない。

4) 「第3の矢」批判 成長戦略とトリクルダウン

アベノミクスの成長戦略とはまだ具体的な政策が立案されていないので、果たして新自由主義的なものかどうかは分からない状況である。TPP交渉の詳細は一切漏れてこない。ここでは小さな政府が経済成長につながるのかという論議と、格差の拡大が望ましいのかを一般的に考えることにする。各国の政府支出のGDP比と一人当たりの経済成長率を見ると、全く相関は見られないのが実情である。各国が抱えている問題の実情、伝統的な問題、市場構造、経済構造などの要因が異なりすぎているため、政府支出のGDP比という指標では経済成長率は議論できないということである。従って小さい政府(政府支出のGDP比が小さい国)が経済成長に有利ということにはならない。現実の市場は決して完全競争市場ではない。市場が歪んでいるとき政府の介入が歪みを正すことができるかもしれない。ミクロ経済学が言う資源の効率的な配分とは、所得格差の問題を排除している。市場の生み出す膨大な格差が望ましくないと社会が考えるとき、所得の再配分が行われる。それは福祉政策である。そのとき政府が小さいと核さの拡大を阻止するkとはできない。小泉政権の目玉であった郵政民営化のモデルはニュージランドにあるといわれる。ニュージランドで1985年政権を取った労働党は過激な新自由主義政策にもとずくl構造改革を行って、郵政民営化を行った。イギリスのサッチャー首相も米国のレーガン大統領も新自由主義の標榜者であった。「小さな政府と民営化がお題目のように叫ばれていた。民営化により郡部の店舗廃止と料金値上げが行われた。ところが同じアングロサクソン系国家であるオーストラリアでは穏健な改革を行った結果。ニュージランドとオーストラリアの一人当たり所得は2対3の比となった。その後もその差は縮まっていない。ニュージランドのショック療法がいいか、オーストラリアの漸進的改革がいいかということになる。過激なショック療法は歪みを拡大させるだけで失敗する場合が多い。英国のサッチャー首相による医療崩壊もその悪例である。ロシア・東欧の自由主義体制へのショック療法的移行は経済を破壊した。中国は1国2体制という柔軟な移行を試みて今やGDP世界第2位に成長した。異次元金融緩和という鳴り物入りで始まった日銀黒川総裁と安倍首相のショック療法的経済政策がとんでもないひずみを生む危険性を指摘しなければならない。もう一つの問題は格差を是認していいのかということである。豊かな国において格差の拡大が経済的、社会的コスト増加になりかねない。大きな格差社会に住むことは底辺層にとって不幸であり、上層の人のコスト負担となる。2013年御米国経済白書は「中間層の強化が強いアメリカを作る」と訴えているが、オバマ大統領がどこまでやれるかは別問題である。結果の不平等は機会の不平等を拡大する(負け犬は這い上がれない)が、結果の平等は機会の平等を促進する(頑張ればよくなる)のである。今や米国のスーパリッチ(個人ではなく寡占企業のこと)は政治的影響力が強く、自らに有利な法・制度の圧力団体となっている。ますます機会の平等が奪われてゆくのである。北欧諸国は消費税率が高いことで有名であるが、大学教育は無料で受けられ、社会の流動性を高め、高い生活水準を維持できている。ではスーパーリッチ(寡占企業)が潤えばトリクルダウンが起きているのだろうか。結果的に言えば雀の涙ほどもお情けは落ちてこないのである。企業の利益が賃金上昇に結び付いたかという点で検証しよう。GDPと雇用者所得、民間消費、輸出入のチャートを見ると、2001年から2008年までの「いざなみ景気」(中国特需)を支えたのは輸出の拡大であった。民間消費も雇用者所得もほとんど増加していない。輸出が最大160%増加し(2002年基準)、GDPで4%拡大したが、民間消費の増加は1%程度増加し、雇用者所得はマイナスとなっている。いざなみ景気の特異性は輸出主導型(企業の中国進出)の経済回復で、内地に取り残された雇用者の賃金上昇と消費の拡大にはつながらなかった。従っていざなみ景気期にはトリくるダウンはきほんてきに存在しなかった。国内製造産業の衰退したアメリカではこれが普通の状態である。ではアベノミクスはトリくるダウンをもたらしただろうか、2012年上下期と2013年上下期の雇用者賃金(ボーナスを含む)を製造業と非製造業で見てみると、2013年度上期より給与はほとんどの会社規模や業種別で下がっている。例外は製造業の大企業のみで給与は増加した。皮肉なことにアベノミクスが始動した2013年上期より賃金は下がり始めたのである。

円安政策の目的は輸出拡大であった。しかし今のところ円安で輸入が急増している。その結果日本の経常収支赤字がかってないほど拡大した。y出が伸びないことに対する政府・日銀の言い訳はの第1は「J曲線効果」と呼ばれる。日本の輸入はドル建てで行うので円安で輸入価格は高騰する。しかし輸出は円建てが多いので輸出価格は高騰しない。だから輸入・輸出の量にさほど変わりがないなら貿易赤字は拡大する。しかし長期には数量の効果(輸出が増える)で貿易赤字は減少する。第2の言い訳は外国の経済状況がよくないので輸出が伸びないという。輸出が伸びない理由を人のせいにしているだけである。品目別の輸出入の増加額を2012−2013年で見ると、全体として輸出の増加は11%、輸入の増加は17.5%であった。その内訳は輸入で見ると電気機器で26%、一般機器で25%、原材料16%、鉱物性燃料(石油、ガス)で15%の順である。なんと石油高騰より、日本の国際競争力が高いといわれた分野で輸入が急増しているのである。これは深刻な問題である。輸出の拡大では、化学製品17%、輸送用機器10%の順である。また貿易相手国では輸入増加は中国21%、中東18%である。輸出では中東16%、中国が15%増えている。つまり輸入増加の大きな要因はアジア新興国からの製品輸入である。円安にもかかわらず輸出は増えていないのは、逆に日本の主力輸出製品の不振にあり、円高が輸出を阻んでいるという前提は疑わしい。アメリカでは1985年のプラザ合意によってドル安政策を取った。その結果円ドルレートは150円/ドルのドル安になった。しかしアメリカの貿易赤字は解消しなかった。当時のアメリカでは製造業の空洞化が進んでおり、以降アメリカは金融立国となった。現在製造業の空洞化が進んでいるのは日本であり、製品輸入国になりつつある。中国・ASEANが強力な製造業を持つに至った。すると日本は金融立国を目指すべきかという議論になるが、基軸通貨を持たない円では絶対に不利である。ロンドン、ニューヨークと言った支配的な金融センターも持たない。この意味ではアベノミクスはいざなみ景気の劣化版だといえる。服部茂幸氏は「新自由主義の帰結」(岩波新書)において、金融危機から財政危機へという警鐘を鳴らし、「現在の世界的な財政危機は、バブル崩壊と経済停滞の結果なのである。アメリカの財政赤字は1980年代のレーガン政権(共和党政権)に始まる。レーガン政権の金持ち減税と軍事拡張政策、ブッシュ父政権でも財政赤字と政府負債の拡大は続いた。1990年代のクリントン民主党政権はITバブルと冷戦終結による軍事費縮小によって財政を黒字に転換した。ところが2000年代のブッシュジュニアー共和党政権の戦争政策で財政は急速に悪化した。その主因は金持ち減税と軍事費拡張政策である。こうして共和党保守政権の伝統的政策は金持ち減税と軍事費拡大という保守層への人気取り政策によって財政は常に悪化してきた。共和党保守政権の金持ち減税政策の裏付け理論が、減税だけが経済を成長させるということを信じているからである。税率と政府税収の関係は単純に言えば比例関係にあるが、税率があまりに高くなると金持ち層の逃避などがあって税収は減少に転じるという、おかしな「ラッファー曲線」が信じられている。しかし共和党政権は金持ち層の圧力を受けて減税政策を継続的に実施し、税収は減少を続け、戦争の経済学(戦争ケインズ主義)も働かなくなったので、軍事費拡大がそのまま巨額の財政赤字を生みだした。政府の放漫財政が原因といわれるが、実体としてアメリカと日本の公的支出のGDP比を見れば十分小さな政府を実現している。アメリカの政府支出はリーマンショック以来増加していない。減税による景気刺激策は効果が薄い、単に収入源を招くだけの結果となった。日本の財政危機の原因は税収の減少であり、人口高齢化による社会保障費の拡大であり、アメリカと同じような様相である。地方自治体の公共工事は90年代半ば以降急減した。2000年以降は替わって団塊世代の社会保障問題が急増したのである。そして2008年の金融危機と2011年の東関東大震災が、さらに日本の財政事情を悪化させた。1980年代に始まったレーガン・サッチャー政権の新自由主義政策によって、99%の国民の賃金と所得が停滞し、1%の富裕層へ富が集中し、国民が背負いきれない負債と借金が残った。ITバブルと住宅バブルによってアメリカ経済は日本を尻目にして回復したかのように見えたのは幻想だった。金融危機後に何をもって経済成長をするか何も見えてこない。景気対策としての減税の効果は極めて弱い。もっとも端的な効果は政府の支出拡大である。そこで、金持ち減税と支出削減の組み合わせは不況を悪化させる政策(フーバーの失敗)といえる。アメリカ人はワシントン、リンカーン、ルーズベルトを偉人として尊敬している。ルーズベルトは銀行休業を実施して銀行危機を一掃したといわれる。救済主義のアメリカの金融当局はウォール街の特殊利益を守ることで、金融システムをいっそう不安定にしてきた。金融当局の実体経済に対する無為無策を正当化するのが新自由主義経済学である。」という。 

5) アベノミクスとゾンビ経済学

金融危機が同じことの繰り返しに過ぎないことは、キンドルバーガーやガルブレイスの指摘する通りである。金融危機の記憶はすぐに忘れ去られ、記憶を忘れた人は新時代が到来したように思い込み、過去の経済学は通用しないと考えるようだ。個々の金融機関のリスクが高まっても、リスクと供給源が分散されているので経済全体のリスクは低下している。さらに日本のような銀行中心型の金融システムで、15年間もデフレを克服出来ないでいるが、証券市場中心型のアメリカでは日本のようなことは起きないとFRB副議長のコーン氏は述べた。ラジャンは証券化は金融リスクを分散させていない、隠ぺいしているだけで影でリスクは高まっていると主張した。そして2008年サブプライムローンの仕組みが破たんしリーマン証券会社は倒産した。日本では1990年に経験した事態であるのに、アメリカは日本とは違う金融システムだから金融危機は存在しないと思い込んだ人々によって、日本の失敗が繰り返された。2008年の金融危機後、英国のエリザベス女王は「経済学者は何をしていたのか」と問いかけた。危機が発生するまで危機を否定する経済学者がいた。2011年バーナンキは「中期的な物価安定に対して強いコミットメントを示すインフレターゲットを主張していたが、中央銀行は金融の安定性も重視しなければならない」と、反省というか責任分散のような発言をしている。バーナンキは危機の前には、金融政策はバブルを無視すべきである。バブルが崩壊しても金融を緩和すれば経済は速やかに回復すると信じていたようだ。このバーナンキモデルの危機対策が失敗したことが分かった。日本のリフレ派はこのバーナンキ説を信じている。バブルの中で借金をして株や土地を購入し、それがさらにバブルを拡大させた。こうしてバブルと金融不安定の悪循環が形成された。2008年の金融危機はバーナンキモデルと日銀批判を問いなおしている。バーナンキモデルが間違っていたことは明白である。クイギンは「ゾンビ経済学」(2012年)で、2008年の危機を作り出した経済学を批判した。@大緩和、A効率的市場仮説、B動学的一般均衡モデル、C成長戦略トリクルダウン、D民営化効率論の5つである。ゾンビとは死んでも繰り返し生き返る妖怪のことで、ゾンビ経済学とは自分が死んだことを理解しない学説(死に損ない)と理解しておこう。ゾンビ経済学はフリードマンに代表される主流派経済学とその政策フレームワークのことを指す。市場は効率的で政府はこれに介入してはいけないが、物価は金融政策によって安定化させなければならないというものである。2008年の危機を引き起したのは民間の証券会社で市場の失敗であり、危機を収拾したのは政府による金融機関の救済であった。この危機でゾンビ経済学は死滅したかのように見えた。ところが、アベノミクスはこの死んだゾンビを復活させた。大緩和時代の再現を目指している。その試みは初期段階で失敗していることは本書の議論で明らかである。新自由主義経済学の失敗とは、
@危機が本当に明らかになるまで危機を否定する(同義反復)
A経済現象は多面的であるので、良い面が出てくれば自分の手柄にし、失敗面は一時的とか他人の責任にする(歪んだ政策評価)
B主流派の力と政治力で失敗しても、自分を免責する(主流派横暴)
Cある政治勢力利益集団と結びつきその利益を擁護することであった(経済とは政治の一環)
クイギンは「ゾンビ経済学」(2012年)で21世紀の経済学の課題として、
@ミクロ経済学の数的厳密性より、現実性を重視
A効率性より平等性を重視、 経済不平等は必ず社会コストが存在するし、すべての政治的政策は分配政策のことである。コスト転換を家計にしわ寄せすると社会不安が醸成される。
B傲慢さより謙虚さを重視
の3点を挙げる。

 
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