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D・ヒルベルト著 中村幸四郎訳 「幾何学基礎論」
ちくま学芸文庫(2005年12月) 

20世紀現代数学の夜明けを告げる公理論主義の記念碑的著書

ヒルベルト    ヒルベルト幾何学基礎論
パナマ帽をかぶってちょっと気取ったヒルベルト(50歳ごろ)と、 ヒルベルト著 中村幸四郎訳「幾何学基礎論」ちくま学芸文庫 
  

個人的なことで恐縮であるが、私は本書を2010年10月から読み始め、第1章(58頁)でギブアップした。全文200頁ほどの数学論文(本書は一般人向けの啓蒙書ではない)であるが、幾何学ということで直感的にわかる図形という感覚で甘く見たのが間違いだった。初等幾何学をどうしてこんなに回りくどく展開するのだろうという疑問から始まり、途中で本書の意図が見えなくなったことがギブアップの原因であったと反省している。そこで最近になって思い出したように、C・リード著 彌永健一訳 「ヒルベルトー現代数学の巨峰」(岩波現代文庫)や、小平邦彦著 「幾何への誘い」(岩波現代文庫)と言った、一般啓蒙書を読んでヒルベルトの「幾何学基礎論」の周りから攻めることにした。本書全文をしっかり読むと、ようやく本書の意図は分かり本書の図形に関する展開はフォローできるようになったが、やはり数学は得意でなかったという負け惜しみからか、他の数学分野との関連や数学史上の意義についてはよくわからない。幾何学を図形なしで表現することが現代数学のやり方だと聞いて、またびっくりした。まさに抽象数学の入り口に立った感がする。補助線一つで楽しめる(苦しめる)図形の科学ではなくなっていた。その辺を小平邦彦氏は嘆いて、「幾何学基礎論」の平面幾何の公理的構成はあまりにも厳しくかつ難しいので、もう少し易しくて一応厳密な平面幾何の公理的構成を試みて、1985年岩波書店より「幾何のおもしろさ」という本を出版した。「幾何のおもしろさ」の公理的構成は、基礎的な部分のみならず円論から比例や面積にいたるまで平面幾何全般に及んでいる。公理は理由を述べないまでも真と認める命題であるとする。形式主義とは反対の立場である。C・リード著 彌永健一訳 「ヒルベルトー現代数学の巨峰」によると、1898年ハルレで行われたH・ヴィーナーの幾何学の基礎と構造という講義を聞いて、「点、直線、平面という言葉の代わりに、テーブル、椅子、そしてビール・ジョッキと言い換えることができなくてはね」という意味ありげな言葉を吐いたという。そして1898年〜1899年にかけてヒルベルトは「幾何学の基礎」と題する講義を行った。ヒルベルトが幾何学へのアプローチを始めるとき、幾何学は一見して自明な命題と、論理学的な方法で得られた命題が混在している有様であった。紀元前3世紀にユークリッドがほぼ1ダースの公理と定義のみを用いて500以上に上る数の幾何学的命題または定理を導いた。自明とは言えない公理もあるがユークリッドの「原論」という体系は2000年以上人々から疑われることもなく存在したということが驚異的である。あいまいな点というのは、ある特定の作図において2つの直線が交わるというたぐいの視覚的認識に基づく仮定である。平行線の公理も自明かどうか確かめようがないが、ヒルベルトは背理法によって無矛盾性という概念を導入した。ガウスは1800年ごろユークリッドの平行線の公理の否定は必ずしも矛盾を導くものではないとかんがえ、ユークリッド幾何学以外の幾何学も可能であると感じていた。1830年代に直線外の1点を通って平行線は無数に引くことができるという、ロシアのロバチェフスキーとハンガリアのJ・ボヤイの2人の数学者が現れた。そして3直線がなす3角形の内角の和は2直角にはならなかったにもかかわらず新しい幾何学は論理的な矛盾を含まなかった。非ユークリッド幾何学の始まりである。球体幾何学はその端的な例である。1870年フリックス・クラインはユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学の関係と対象は同一であると示した。高度に抽象的な論理体系は並立するのである。モリッツ・パッシュは幾何学を純粋な論理的構文の操作の問題に帰着させた。ペアノは記号論理学の記法による翻訳を試みた。完全に抽象的なシンボル化に向かう幾何学の潮流が起った。ユークリッドによる点、線、面の定義は数学的には意味のないことで、それらと選ばれた公理との関係によって規定されるという。ヒルベルトは講義の中で、簡潔で完全で互いに独立した公理系を築こうとし、抽象的視点と具象的な旧来の語法の独創的な結合は成功した。そして公理系が次の論理学的要請を充たすものでなければならないとし、完全性、独立性、無矛盾性をあげた。ヒルベルトにおいては、最後の無矛盾性の証明のみが、理論の直感的真実性にとって代り得るものであった。ヒルべルトの「幾何学基礎論」は19世紀におけるガウス以来の非ユークリッド幾何学の形成と発展を受けて、射影幾何学(透視図法にみる平行線は無限に1点で交わる)の展開も射程に納めて、ユークリッド幾何学の位置づけを理論的に明確にしたものと考えられている。こうして幾何学理論の無矛盾性は算術(ヒルベルトは線分算という)の無矛盾性に帰着された。ヒルベルトの数学基礎論は古代ギリシャで誕生した公理主義を受け継いでる。この公理主義が現代物理学に適用できるかどうかにヒルベルトは心血を注いだといわれるが、発展型経験主義の物理学に完全無欠の公理論を持ち込むことの是非は今なお結論がでていない。本書はそう言う意味で、公理論的アプローチが最も効を奏した事例である。近代数学の画期をなす記念碑的著書とか、人類史上最高傑作のひとつとかという賛辞が本書に与えられている。パスカルが1657年に著した「幾何学的精神」に匹敵する絶賛である。

本書「幾何学基礎論」は1930年発刊の第7版を底本としている。本論と付録10篇より構成されているが、中村幸四郎氏は付録の翻訳は重要な「数の概念について」、「公理論的思惟」だけにしたと解説に書いている。この幾何学基礎論の本論は1898年ー1899年のゲッチンゲン大学における「ユークリッド幾何学原論」という講義に基づいている。1899年に発表されたが、その後付録をつけて1903年に第2版となった。1930年に本文の2倍量の付録をつけ、かつ大幅な改定が行われて第7版となった。中村幸四郎氏による日本語への翻訳本は1943年(ヒルベルトの死の年)弘文堂より出版され、戦後第3版で絶版となっていた本書が1969年清水弘文堂より発刊された。訳者中村幸四郎氏(1901−1986年)については、氏の晩年の数学史研究の弟子であった佐々木力氏が紹介している。中村幸四郎氏は1926年東大理学部数学科を卒業し、東京高等師範学校講師になり、1929年よりスイスのチューリッヒ大学に留学し、トポロジー(位相幾何学)の日本への導入者として知られている。戦後は大阪大学、関西学院大学、兵庫医科大学で数学の教鞭をとった。かたわら中村氏は下村寅太郎の影響で数学史研究に目覚め、戦後は原亮吉氏とともに数学史研究を立ち上げた。我々の世代では懐かしい受験数学参考書「チャート式数学シリーズ」の著者として活躍した。以下本書巻末の中村氏の解説に従って、ヒルベルトの「幾何学基礎論」の数学史上の意義について学んでゆこう。1891年ウィーナーがハルレで行った講演がヒルベルトの幾何学基礎論の重要な動機となった。点と線の結びと交叉を有限回繰り返して得られる「交点定理」はいわゆるデザルグの定理とパスカルの定理を仮定すればことごとく証明できると述べて、射影幾何学の基本定理に導いた。こうして「幾何学の公理に独立に、しかも幾何学に平行して一つの抽象的学問の展開が可能であるかどうかを問題とした。これを聞いたヒルベルトが帰りの汽車内で同僚の数学者に「点、直線、平面という言葉の代わりに、テーブル、椅子、そしてビール・ジョッキと言い換えることができなくてはね」という有名な警句を吐いたという。この言葉の本質は「数学的には幾何学的概念の直感的内容が問題なのではなく、幾何学的概念の公理による結びつきが問題なのである」という見解であった。1894年ヒルベルトは非ユークリッド幾何学の講義を行い、1898年ユークリッド幾何学の講義を行った。ヒルベルトが幾何学の革命を行うことは誰も知る由もなかったので、その見解に多くの人々は驚異と感銘を深めたという。ユークリッドの「幾何学原論」による証明方法とは、定義ー公準ー公理を基礎に置く方法で、2000年以上数学的思考法の代表とされてきた。自明な真理に基づき、直感を排して論理的に遂行された結果としての幾何学の知見は定理の形に整理され、始めて真なるものとして承認された。しかしユークリッド幾何学にはまだまだ怪しげな直感が紛れ込んでいた。1882年パッシュの「新幾何学講義」において、定義を与えない基本概念と定義する誘導概念とから基本命題(公理に相当)を構成する。基本命題は純粋に論理的推論(演繹)を可能とし、他の問題の証明の前提となる。パッシュの方法はヒルベルトの方法の先駆となるといわれる。しかしながらユークリッドの原論にしろ、パッシュの方法にしろ、その基本命題(公理)には直感的なものが依然として混入していた。空間幾何学的な直感への依存を除き、これに代って論理的関係をもってする立場はヒルベルトによってはじめて到達しえたのである。公理はもはや自明の真理たる意味を失い、経験を表現するものではなく、それはただ学理建設のための基礎概念の間の関係を定める仮定に過ぎなくなった。最初の約束事の条件次第で任意の幾何学が生まれるのである。仮定の公理の基礎の上に築かれる体系は、その内容を問題とするのではなく具体性を抽象して得られる可能な形式性である。だからヒルベルトに始まる20世紀の現代数学は形式主義と呼ばれた。したがってヒルベルトの方法の根本問題は「無矛盾性」以外にはない。

公理系が満足すべき条件としてヒルベルトは無矛盾性の問題、独立性の問題、完全性の問題の3つを満たすべきであるという。本書第2章§9「公理の無矛盾性」においてヒルベルトは実数も用いてデカルト幾何学を作り、幾何学の公理の無矛盾性の問題を実数の公理系の無矛盾性に転嫁した。本書付録の「数の概念について」は一つの解答であるが、依然として問題は残っている。幾何学の公理的方法が成立したのはギリシャ時代であるが、算術(代数)の基礎的方法として生成的方法が確立したのは1867年ハンケルの「複素数系の理論」からのことである。数の四則演算の諸法則すなわち結合律、交換律、分配律は「形式不易の原理」を確立し、算術は生成論的となった。ヒルベルトは算術もまた公理論的方法の対象となることを示した。これは物理学の公理論と同じく算術の無矛盾性が解決したわけではなく、後年ゲーデルは「不完全性定理」を発表して算術の無矛盾性を否定した。次に重要なのは公理の独立性と従属性の問題である。ユークリッドの平行線公理の問題である。この公理はどこから来たのだろうか。デデキントは「数とは何ぞや」において「ユークリッドの作図が連続空間において存在するものとして、代数的数の不連続性に全く気が付いていない」という。連続性公理はユークリッドの公理から独立であるという。またヒルベルトは公理間の論理的重複的を避けるという方針で、公理の数をできるだけ少なくするため、平行線の問題を公理の命題相互間の論理的関係の中に吸収した。公理系の満足すべき第3の条件として完全性が要求される。幾何学の構成要素(点、線、平面・・・・)の集合が与えられた公理を全部成立せしめるならば、これ以上の要素の拡大は不可能であるとして公理X2とした。実数の無矛盾性の問題はデデキントの切断、カントールの基本列の概念の導入により、集合論の方法を用いて自然数の理論となった。そこへ数学基礎論の危機が襲った。それは集合論における背理の出現である。ヒルベルトはこの危機を救うために形式主義を編み出したのである。算術と論理学とを同時に公理化する方法を取った。1904年第3回国際数学者会議で「論理学と算術の基礎について」の講演を行い、これは本書付録の「公理論的思惟」となった。ヒルベルトの「幾何学基礎論」の構成は、第1章は公理系の設定、第2章はその無矛盾性と独立性、完全性を論じた。そして第3章以降は幾何学内部の問題が論じられている。(第3章:比例理論、第4章:面積理論、第5章:デザルグの定理、第6章:パスカルの定理、第7章:作図) その理論的展開で指導的原理というべき次の3つの特徴がある。本書をよく読めば、次の3点がいつもでてくることに気が付くはずである。
1)  平行線公理の除外: 公理選択の条件を有限の範囲にのみ成立する公理を使うというクラインの見解に適合するため。
2) 連続公理の除外: 連続性公理であるアルキメデスの公理を避けた非アルキメデス数体
3) 立体幾何と平面幾何学の論理的差別: 平面幾何学を空間に依存せず自律的(特異的)に基礎づける。デザルグの定理は平面幾何学では3角形の合同定理を必要とする。
そしてヒルベルトの幾何学基礎論を導く統一原理というべき「線分算」という概念がある。つまり幾何学公理の下に巧妙に数の公理を持ち込むやり方である。これを幾何学の代数化、体の幾何学と呼ばれる。こうしてきわめてよい見通しが得られる。
@可換的代数化: 連続公理を除く平面公理の基礎の下でパスカルの定理が証明できる。(第3章) この可換的代数の基礎の上に、ヒルベルトは連続の公理なしに(独立に)、比例の理論を築いた。同時に等積性の概念、面積測定の存在を明らかにした。(第4章)
A非可換的代数化: 合同の公理なしに、ゆるい平行の公理とデザルグの定理との基礎の上にデザルグ数系(交換律可能ではない)が作られた。(第5章)デザルグの定理は平面幾何学公理では合同の公理なしには証明不可能である。第2の交点定理であるパスカルの定理は線分算の乗法の交換律が成り立つことである。(第6章) 
B総体実数体: デカルトが解析幾何学的論法を導入したことは、主として作図の解法として統一的な代数学の方法を応用することが目的であった。(第7章)ここにおいても代数的概念たる総体的実数体が重要な役割を果たす。
ヒルべルトの線分算理論は体の概念を中心とする抽象的論法である。ヒルベルトの「幾何学基礎論」は幾何学という実例において、一つの数学的抽象論法の完成形を示したものと言える。ヒルベルトの公理的方法は、無矛盾性論には問題があるとしても、数学自体の中に抽象数学の顕著な発現と発達の種をまいたという事実は否定しようもない。

以下本文に入る前に、序にあるヒルベルトの言葉を記憶しておきたい。
まずカント「純粋理性批判」より、「かくのごとく人間のあらゆる認識は直感をもって始まり、概念に進み、理性をもって終結する」
序より、「幾何学は算術と同様にその矛盾なき建設のために極めて少数の、簡単な基本命題を必要とする。この基本命題を公理という。幾何学の公理を設定し、その相互関係を研究することはユークリッド以来論じられてきたが、我々の空間的直観を論理的に分析することに他ならない。本研究は幾何学に対して一つの完全でできるだけ簡潔な公理の体系を設定し、これより最も重要な定理を導き、公理群の意味と個々の公理から導き得る結論の範囲を明らかにせんとする新しい試みである。」
以下本文に入るわけであるが、ホームページ制作のHTML文法では、図形を描くことや数式や方程式を書くことは困難である。そこでテキスト(文章)のみで表現することになり、理解はさらに困難であるかもしれないのでご容赦頂きたい。

第1章 五つの公理群

幾何学の構成要素として、@点、A直線、B平面の3つを考え、点を直線幾何学の構成要素、点と直線を平面幾何学の構成要素、点、直線、および平面を立体幾何学の構成要素という。(構成要素にはなぜか円や曲線や球体、楕円体などがが入っていない、解析幾何学に任せたのか)
そして幾何学の公理を次の5群に分かつ。T1-8(結合の公理)、U1-4(順序の公理)、V1-5(合同の公理)、W(平行の公理)、X1-2(連続の公理)
公理群T:結合の公理
T1: 2点A,Bに対し、これらの2点の各々と結合する少なくとも一つの直線が常に存在する。
T2: 2点A,Bに対し、これらの2点の各々と結合する直線はひとつよりは多くは存在しない。
T3: 1直線上にはつねに少なくとも2点が存在する。1直線上にない少なくとも3点が存在する。(直線は2点で規定される)
T4: 同一直線上にない任意の3点A,B,Cに対し、その各点と結合する1平面αが存在する。任意の平面に対しこれと結合する1点が常に存在する。(Aはαの点である)
T5: 同一直線上にない任意の3点A,B,Cに対し、3点A,B,Cの各々と結合する平面は1つ以上は存在しない。
T6: 1直線aの上にある2点A,Bが平面α上に在れば、aのすべての点は平面αの上にある。(直線aは平面αの上にある)
T7: 2平面α、βが1点を共有すれば、これらの平面はさらにもう1点を共有する。
T8: 同一平面上にない少なくとも4点が存在する。(平面は3点で規定される)
公理群U:順序の公理(間の定義)
U1: 点Bが点Aと点Cとの間にあれば、A,B,Cは1直線上の相異なる3点であって、かつBはCとAの間にある。
U2: 2点AとCとに対して直線AC上に少なくとも1点Bが存在して、CがAとBとの間にある。
U3: 1直線上にある任意の3点のうちで、他の2点の間に在り得るものは1点より多くはない。
U4: A,B,Cを1直線上にない3点、直線aを平面ABC上にあってA,B,Cのいずれをも通らない直線とする。直線aが線分ABの点を通ればこれはまた線分ACもしくは線分BCの点を通る。パッシュの公理ともいう。(直線aは3角形ABCの2辺を横切ることができる)
公理群V:合同の公理
V1: A,Bを1直線aの上の2点とし、さらにA'を同じ直線または他の直線a'上の点とするとき、直線a'のA'に関して与えられた側に常に少なくとも1点B'を見出し、線分ABが線分A'B'に合同または相等しくなるようにすることができる。記号でAB≡A'B'
V2: 線分A'B'および線分A"B"が同一の線分ABに合同なら、線分A'B'は線分A"B"に合同である。(各線分が第3の線分に合同なら、各々は合同である)
V3: ABおよびA'B'を直線a上の共通点のない2線分、さらにA'B'およびB'C'を同じ直線または他の直線a'上にあって同様に共通をもたないとすると、AB≡A'B'かつBC≡B'C'ならば、つねにAC≡A'C'である。(加法の可能という)
V4: 平面α内に角∠(h,k)が与えられ、平面α'内に1直線aおよびa'に関する一つの側が指定されているならば、h'を点O'から出る直線a'に属する半直線とすると角∠(h,k)≡角∠(h',k')なる半直線k'がただ一つに限って存在する。(角を移すことができる)
V5: 二つの3角形ABCおよびA'B'C'において合同関係AB≡A'B'、AC≡A'C'、∠ABC≡∠A'B'C'が成り立てば、∠ABC≡∠A'B'C、∠ACB≡∠A'C'B''となる。(3角形の合同関係)
公理群W:平行の公理
W: (ユークリッドの公理) aを任意の直線、Aをa外の1点とすると、aとAが定める平面においてAを通りaに交わらない直線はたかだかひとつ存在する。
公理群X:連続の公理
X1: (計測の公理、アルキメデスの公理) AB及びBCを任意の線分とし、直線ABをAn-1An≡CD=aなる単位線分aで分割するとBがAとAnの間にあるようにすることができる。a×(n-1)<AB<a×n(直線の公理)
X2:(1次元の完全公理) 1直線上にある点は、線状定理、合同公理V1、およびアルキメデスの公理を保つ限りでは(すなわちT1-2、U、V1、X1)もはやこれ以上拡大不可能な点の集まりである。
公理群T−Xまでを上述したが、本書には公理から証明される結論としてその一部を定理として紹介している。公理群T(結合)より定理1、定理2を、公理群U(順序)より定理3−10を、公理群V(合同)より定理11−29を、公理群W(平行)より定理30−31を、公理群X(連続)より定理32を挙げるにとどめる。各定理はすべて証明がついているので容易に確認できる。ここまではユークリッドの原論とさしてかわらない。ただ注意してみると入口の条件である公理の選択は極めて重要で、重複を避け、できるだけ少ない数の公理に整理し、独立関係を見直し、何を自明とするかは時代によって変遷するので、ヒルベルトの慧眼に敬服するばかりであるが、これも約束事で絶対的真理ではないので数多くの幾何学が存在しうることは肝に銘じなければならない。だから幾何学は面白い。

第2章 公理の無矛盾性と相互独立性

5つの公理群が互いの矛盾を引き起こさないことを、これらの公理から論理的に引き出すことはできない。そこで実数を用いて5群の公理をのすべてが満足される物の集まりを考えよう。この集まりを領域Ωという代数的数体とする。四則演算と√(1+ω^2)の5つの演算を有限回繰り返して得られる数領域である。2次元座標を選んで、(x,y)と(u:v:w)3数の比においてux+vy+w=0が直線の方程式となる。公理T、公理U(順序)の成立は容易にわかる。そして解析幾何学の周知の方法によって、平行移動、折り返し、回転などの操作を代数演算化する。これによって公理V(合同)、公理W(平行)もまた成立する。アルキメデスの公理X1(連続)もまた成立する。しかし完全性の公理X2は成立しない。こうして領域Ωの代わりにすべての実数の領域を取れば平面デカルト幾何学が得られる。デデキント切断によって新点を作ると矛盾となることから、平面デカルト幾何学においては完全性の公理X2も成立する。公理T−W、X1を満足する幾何学は無数にあるが、完全性公理X2まで満足する幾何学はデカルト幾何学のみである。次に公理群T、Uだけは諸公理の基礎としうるが、V合同の公理、W平行の公理、X連続の公理は互いに独立であることを示す。たとえば球面をとってデカルト幾何学の変換を行うと、この非ユークリッド幾何学においては公理W(平行の公理)以外は全公理が満足されることを知る。とくに2つのルジャンドルの定理は、ユークリッド幾何学においても非ユークリッド幾何学においても同時に成立する定理である。
ルジャンドルの第1定理: 三角形のの内角の和は2直角よりも小さいか、あるいはこれに等しい。
ルジャンドルの第2定理: いずれかのひとつの三角形において内角和が2直角なら、あらゆる三角形の内角和は2直角である。
第1定理は角の大小は対辺の大小によって決まるという補助定理を利用して、じつに曖昧な表現で三角形の内角和が2直角以下であることを言う。第2定理は平行という概念を使わず、直角三角形と四辺形の角がすべて直角という表現で三角形の内角和が2直角であることを示す。つぎにV合同の公理のV5: 二つの3角形ABCおよびA'B'C'において合同関係AB≡A'B'、AC≡A'C'、∠ABC≡∠A'B'C'が成り立てば、∠ABC≡∠A'B'C、∠ACB≡∠A'C'B''となる。(3角形の合同関係)は残りの公理T、U、V1-4、W、Xから演繹できないことを示す。また公理X1(アルキメデスの公理)の独立性は、複素数領域Ω(t)において非アルキメデス幾何学を作ることができる。非アルキメデスで非ユークリッド幾何学の一つとしてリーマン(楕円)幾何学がある。アルキメデスの公理を仮定しなければ、無数の平行線が引けることを仮定しても、三角形の内角和が2直角より小なることは証明されない。1点を通り1直線に平行な無数の直線が引けて、リーマン幾何学の諸定理が成り立つ幾何学を非ルジャンドル幾何学が存在する。なお1点を通り1直線に対して無数の直線が引け、かつユークリッド幾何学の定理が成り立つ半ユークリッド幾何学が存在する。平行線は1本も引けないと仮定すれば、三角形の内角和はつねに2直角より大となる。

第3章 比例の理論

比例は三角形の相似ときり離せないし、かつ演算と密接な関係にある。実数とは次の諸性質を持つものの集まりである。ひとまず数の概念の公理化をめざす。
結合の定理(1-6)
1、(加法) a+b=c  あるいは c=a+b 2、(減法) a+x=c または y+a=b なるただ一つのx,yが存在する。 3、(ゼロの存在) a+0=a あるいは 0+a=a 4、(乗法) ab=c あるいは c=ab 5、(除法) ax=b または ya=b なるただひとつのx,yが存在する。 6、(1の存在) a・1=a かつ 1・a=a なる確定した数が存在する。これを1という。 演算の法則(7-12)
7、(加法の結合則) a+(b+c)=(a+b)+c
8、(加法の可換則) a+b=b+a
9、(乗法の結合則) a(bc)=(ab)c
10、(分配則)a(b+c)=ab+ac
11、(分配則)(a+b)c=ac+bc
12、(乗法の可換則) ab=ba  
順序の定理(13-16)
13、(大小関係) a>b および b<aのいずれかであるなら、a>a なる数は存在しない。
14、a>b かつ b>cならば a>cである。
15、a>b ならば a+c>b+c
16、a>b かつ c>0ならば ac>bc
連続の定理(17-18)
17、(アルキメデスの定理) a,bが任意の2数とすると、aを有限回加えて a+a+a・・・・+a>b (na>b)にすることが可能である。
18、(完全性の定理) 定理1−17を全部成立させる数はもはやこれ以上拡大不可能である。
性質1−18のいくつかを満足するものの集まりを複素数系という。条件17を満足する数をアルキメデス的、満足しない数を非アルキメデス的数系という。とにかく条件17は特別に独立な性質である。

比例と面積理論をX1アルキメデスの連続公理を用いないで、ユークリッドの比例論と求積論をてんかいするものである。そのために幾何学の考察を代数化する。たとえば直角三角形の斜辺をcとする角をαとして、a=c×cos(α)という関係を、a=αcと表す。α、βを直角三角形の2つの鋭角とすると、αβc≡βαcという演算子の可換性が証明され、パスカルの定理が得られる。
定理40(パスカルの定理):A,B,CおよびA',B',C'がそれぞれ3点づつ相交わる2直線上に在り、各点は交点にはないとすると、CB'がBC'に平行(CB'‖BC')かつCA'がAC'に平行(CA'‖AC')ならば、BA'はAB'に平行(BA'‖BA')である。
という定理が演算子の展開のみで証明される。比例論の基礎づけには直角2等辺三角形というパスカルの定理の特殊ケースを用いる。なおこういう幾何学に代数演算を導入することを嫌う人たちは「円論」を正統な幾何学と信じている。複雑な高度な作図を必要とする。パスカルの定理は字数に関する計算法則がそのまま成立するかのごとき、線分を元素とする計算を幾何学に導入することになった。これをヒルベルトは「線分算」と呼んだ。直線状の線分に、加法、結合則、加法の交換側が成立することはすぐわかる。乗法及び乗法の交則、そして分配則がパスカルの定理から直ちに導かれることは幾何学の代数化のすごさである。この見事さには改めて感激した。こうして2つの三角形の相似関係が導かれる。
定理41(相似三角形のにおける比例関係) a,bおよびa',b'を二つの相似三角形における対応辺とすると、次の比例が成り立つ。a:b=a':b'
解析幾何学によって、直交軸を取ると原点を通る直線の方程式は、直線の傾きがどこでも等しいので、x:y=a:b  ∴bx-ay=o、またx=cで横切る直線の方程式はb(x-c)-ay=0 ∴bx-ay-bc=0

第4章 平面における面積の理論

この章も前の比例の章と同じ公理(T1-3,U,V,W)で、前章の線分算を用いたパスカルの定理を採用する。任意の多角形を分割し、二つの多角形が有限個の三角形に分かたれ、対応する2つづつの三角形が合同な時、分解等積と呼び、元の多角形P,Qに分解等積であるP',P"・・・、Q7,Q"・・・を付加してΣPとΣQが等しくなるとき、これを補充等積と呼ぶ。定理44−46の等積性は容易に証明できる。
定理44: 同底、同高の平行四辺形は互いに補充等積である。
定理45: 任意の三角形は同底、高さが半分なる平行四辺形と分解等積である。
定理46: 同底、同高の三角形は互いの補充等積である。
しかしこれだけでは面積測度はできない。任意の三角形の頂点(A,B,C)から対辺(a,b,c)に降ろした垂線(ha,hb,hc)が作る分割三角形(直角三角形の対応内角がすべて等しい)の相似性から、比例関係a:hb=b:haが得られ、a・ha=b・hbすなわち底辺と高さの積はどの辺においても同じである。正の回転方向(線分ABの右側)を持つ三角形ABCの面積測度[ABC]に関する定理が得られる。
定理49: 三角形ABCの外に点Oを取るとき、三角形の面積測度[ABC]=[OAB]+[OBC]+[OCA]
こうして補充等積なる多角形は同一の面積測度を有する。ガウスは体積の理論は平面面積論のようにはゆかないことに注意を促している。私にはこの面積理論は少しばかり不満足である。多角形を分解して三角形に分割し2つの多角形は等積性であるということが証明できても面積を求められるかどうかは分からない。

第5章 デザルグの定理

本章デザルグの定理と次章パスカルの定理では、公理V合同の公理は仮定しない、また平行の公理は狭くとり、これをW*とする。デザルグの定理は平面交点定理に一つである。相似な2つの三角形の対応辺の交点ががあるいわゆる「無限遠直線」と呼んで特別視する(透視図法)時に成り立つ定理を(その逆も)デザルグの定理と呼んでいる。
W*(狭義の平行の公理): aを任意の1直線、Aをこの直線上にない点とすると、このときaとAの定める平面上で、Aを通りaに交わらない直線はただ一つに限って存在する。
定理53 (デザルグの定理): 同一平面上にある2つの三角形において対応辺がそれぞれ平行ならば、対応頂点の連結直線は1点を通るか、たがいに平行である(三角形が合同ならば)。逆に対応頂点の連結直線が1点で交わり、2組の対応辺がそれぞれ平行ならば、三角形の第3辺もまたたがいに平行である。
デザルグの定理は定理40のパスカルの定理及び後に出てくる定理61から証明される。合同の公理に依らないデザルグの定理を仮定した線分算を新しく定義する。和、積、加法の交換律と結合律、乗法の結合律、分配律の成り立つことを検証し、新線分算による直線の方程式を得る。>br> 定理55 任意の1直線上にある点の座標(x,y)はつねに、ax+by+c=0の線分方程式を満足する。逆に上のごとき性質を有する任意の1次方程式は常に線分算の基礎にある平面幾何学の直線である。(乗法の交換律は成り立たない。axはxaと同じではない)
乗法の交換律と連続の諸定理を除くすべての規則が成立する一つの複素系を、「デザルグ数系」という。

第6章 パスカルの定理

デザルグの定理(定理53)は公理T結合、公理U順序、W*狭義の平行すなわち空間の公理を用いて、V合同の公理を追加することなく証明できる。パスカルの定理(定理40)も立体公理を付加すれば合同の公理なしに証明しうるのかという問題がある。ところがパスカルの定理はデザルグの定理と異なり、アルキメデスの連続公理が決定的に重要になる。ここでアルキメデスの公理を言いなおす。
X1*(線分算のアルキメデスの公理): 1直線gの上に線分aと2点A,Bが与えられているとする、有限個の点A1,A2,A3・・・,An-1,Anを見出し、BがAとAnとの間に在り、かつ新線分算の意味において、線分AA1,A1A2,・・・An-1Anをaに等しくすることができる。
定理57:定理40のパスカルの定理は公理T,U、W*、X1に基づいて、すなわち合同定理を除外して、アルキメデスの公理を用いて証明可能である。
定理58:パスカルの定理は公理T,U、W*に基づいては、すなわち合同公理とアルキメデスの公理を除いては証明不可能である。
定理57と58の証明は算術の演算法則の相互関係に基づいている。アルキメデス数系においては定理59により、算法の交換律が成立する(ab=ba)。非アルキメデス数系に対しては定理60より情報の交換律は当然の帰結ではない。デザルグ数系は乗法の交換律と連続の公理を除いて成立する複素数系である。定理57は乗法の交換律はパスカルの定理40に他ならないことを言っている。デザルグ数系Ω(s,t)では乗法の交換律は成立しないので、これを非パスカル幾何学という。非パスカル幾何学はすなわち非アルキメデス幾何学である。定理61により、デザルグの定理(定理53)は合同公理Vおよび連続公理X1を用いることなく、パスカルの定理(定理40)から証明することができる。


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